ザ・グレート・展開予測ショー

〜 『キツネと羽根と混沌と』 第32話 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/ 7/ 7)




―――――――どんな危機を目の当たりにしても、絶対にあきらめない。ピンチになれば、いつだって、何度だって都合良く現れて、
       爽快と悪い魔法使いからお姫さまを助け出す………


…そんな、おとぎ話の英雄みたいになりたかった。

                            
                              




                               ◇




〜appendix.32 『ゼロの時間へ…』


 
                                
                                 

―――pause―――


グチャグチャと…。
肉の『溶ける』奇妙な音が鳴り響く。巨大な蟲たちが垂れ流す緑色の血液と、耳を塞ぎたくなるような断末魔。
数千にものぼるであろう、灰色の死骸に囲まれて…。また、足元に染み渡る緑の血沼を睥睨(へいげい)しながら…。
1つの影がノド元で笑いをかみ殺していた。

「殲滅完了…といったところか。これでご期待には添えたかね?不死王殿」

肌を滴る血漿よりもなお濃い、粘性を持った緑色の表皮。
人影の正体はトカゲだった。常人ほどの大きさを有し、2本の足で立ち、医師を思わせる白衣に身をつつんだ、奇妙な生物。
爛々と黄金の虹彩を輝かせ…彼は鼻上にかかる、眼鏡のブリッジを押し上げた。

『…ご苦労だった、Dr.(ドクトル)。自分の庭に汚らわしい蟲どもが蠢いているかと思うと…妾はどうにも我慢ならぬでな』

カサカサと羽音を立てるコウモリはそれだけを告げ、闇の向こうに飛び去ってしまう。
『お前も早く帰還するように』そう言い置き、釘を刺すのを忘れないあたり余念がない。まさしく暴君だな……トカゲは愉快げに嘆息した。

「やれやれ…ワタシは一応、客分なのだがね…。あれではアンデットたちの苦労がしのばれる」

独り言をつぶやきながら、周囲を見渡す。そこはGメン施設最奥に近い通路の一角。エマージェンシーを告げる点滅ランプが赤い灯を放っている。

「…外に何か現れたな。これほどの霊圧を受けて顔色一つ変えない不死王も不死王だが…。しかし、とんでもない大物が顔を出したものだ」

ここももうじき崩壊する…早目に退散するに越したことはない。
廊下に転がる、蟲のちぎれた脚を拾い上げ…。『ドクトル』はギョロギョロ目玉を動かした。

「フム、興味深いな…。コレが混沌か。次の研究素体としては申し分ない…念のため血液のサンプルも採取しておこう…か――――――?」

……と。
白衣のポケットから、注射器を取り出そうとした…彼の動きが不意に止まる。
コツ……コツ……。ゆっくりとした足取りでこちらへ向かってくる気配が一つ。『ドクトル』は薄く目を細めた。

「…人間、か。逃げ遅れでもしたのかね?」

一振りの霊刀をたずさえた、Gメンの男…。たしか西条とかいう名前だったか。
柱から現れたその男の姿を一瞥し、トカゲが値踏みするように口元を緩めた。

「……?」

「フム。粉砕した左肩骨も含む、完全骨折7ヶ所。不完全骨折4ヶ所…両鼓膜破損に加え、全身打撲。
 致命傷に近い傷だというのに、なおこれほどの霊力を保つ、か…。横島忠夫といい、君といい人間としてはまさに破格だな。
 キミ、ワタシのサンプルになってみる気はないかね?人間の素体が不足していて、キミのように活きのいい材料は大歓迎なんだが…」

悪びれもせずそんな提案を持ちかけてくる怪物へ、西条の顔が嫌悪で歪む。濁りきった腐泥にも似た瞳の光沢。理性や知恵の片鱗はうかがえるが、それ以前にコイツは頭のネジが外れている。
…もっとも危険なタイプの魔族だ。西条は、ものも言わず霊刀を抜き放った。
  
「君が誰かは知らないが、そこを通してくれないか?行かなければならない場所があるんだ」
「…おやおや、いきなりケンカ腰とは。気に障ったのなら謝罪しよう。悪趣味な冗談だったとでも思ってくれ」

くっくっ…と笑いをかみ殺し、魔族は思いの外あっさりと道を空ける。無言のまま前進する西条の後ろ姿を、彼は鼻歌まじりに見送った。

「加勢にでも行こうというのなら、やめておきたまえよ。その体では戦力にならん。
 戦力にならないなら……おそらくは、決着までには間に合わないという結末なのだろう」

「……。」

謎かけのようなその言葉に、思わず西条が振り向いた。正面にたたずむ白衣のトカゲ。
まるで、自分の言葉が相手にどのような効果を及ぼすのか……それを測定する観察者のような表情だ。

「…僕の頭がおかしくなったのでなければ、お前の言っていることは支離滅裂だが?」

「残念ながら、その命題は成り立たんよ。無論、君の思考は正常だし、ワタシの台詞にもちゃんとした筋道が通っている。
 アリスがお茶会に存在意義を見出せなかったのごとく、だな」

青みがかった舌先をチロチロと出し入れし、『ドクトル』は天井に向かって息を漏らした。
口元に手を当て、わざと大仰なしぐさを作り…

「人間の哲学者にね、昔こんなことを言った者が居る。
 【まずはじめに結果が在り、原因と過程は単にその隷属に他ならない】。どうだ、なかなかに面白い文句だろう?」

笑ってそう言うと、トカゲは放置された蟲の屍骸に手を伸ばした。…なるたけ状態の良いものを、選別する必要があるらしい。

「ワタシから見れば…神や悪魔などというのは、どうしようもな馬鹿の集まりだ。
 何せ、地動説が実証された今、宇宙が自分を中心に回っていると本気で信じ込んでいる連中だからな。
 人間の作り出した科学や思想論に価値を見出そうとは考えもしないし、また、それらが一片のの真実を掴んでいることに気付きもしない」

「…御託に付き合うつもりはない」

一言で切って捨て、西条は再び歩き出す。背後から降ってわく不快な発言に、彼は感情を押し隠した。

「キミとイーターの会話な興味深かった…。まぁ、止めはしないが一歩手前で踏みとどまることをお勧めするよ。
 安易に覗くものではない……運命を動かす歯車なんてものはね」

最後のつぶやきが西条の耳元に届いたかどうかは、分からない。ただ闇の中を、嗤(わら)い声だけが響いていた。尾を引くようにいつまでも……
…途切れることなく。


                                     ◇


〜pause.2〜



――――――いつの間にか、教室の机で眠っていたらしい。

  
気づけばそこは学校の中。
横島はゆっくり上体を起こすと、しょぼしょぼと辺りを見回した。終業を告げるベルが鳴る。
見慣れたはずの風景を夕陽が差し込み、無人の廊下が遠くにかすめた。    

誰もいない教室の風景…。風が前髪を揺らしてゆく。


(………なんで眠っちまったんだっけ………)


ぼんやりそう考えながら、横島は大きくあくびをした。眠い。とにかく眠い…。
気を抜けば、また机の上に突っ伏してしまいそうなほど。

(あ〜……たしか、5限目が古文で………)
今の今まで国語の教科書と熱烈なキッスをかわしていたことを理解して、横島は思いっきり半眼になる。ちなみに現在の時刻は――――――…。
壁に備えられた時計を探し、眠けまなこをゴシゴシこすった。少しずつはっきりし始める視界の先に………

「…?」

彼は見つける。あるいは、前にもこんなことがあったのかもしれない。
穏やかで、だけど少しだけ寂しげに………こちらを見つめ、微笑みかける少女の姿を。薄赤に輝く長髪を揺らし、優しい、黒い瞳が印象的な…驚くほど美しい少女だった。

「……神薙先輩?」

声が漏れる。手を伸ばせば、すぐに届くはずなのに……。なのに、彼女の笑顔はひどく遠い…

「横島くん………」



――――――いつの間にか、教室の風景は目の前から消え、世界は闇につつまれた。


墨を塗ったような一面の黒に、ポツンと自分が独りだけ。神薙のかわりに現れた『ソレ』がペシミスティックな笑みを浮かべる。

(チッ!チッ!チッ!チッ!)

皮肉げな舌打ち。『ソレ』は何度でも現れる。手に負えない敵と戦わなければならない時、タマモが消息を絶った時、スズノが目の前で死にかけた時…
あの時も、この時も―――――――自分の心が揺らいだ瞬間、いつだって嘲笑とともに現れる。
『ソレ』と初めて出会ったのは何時(いつ)からだったか…

(残念だったなぁ〜横島忠夫ぉ…。まぁ諦めな、お前はよ〜く頑張った。
 その甲斐もなく今の女も、ユミールも――――それにタマモも仲良しこよしでサヨウナラだがなぁ。結局は敗地にまみれるってやつだ。ほらほら、寝ちゃえよ。いくら立っても無駄なんだからさぁ…)

こんな歪んだ悪魔を心の中に飼い始めたのは、何時からだったか…

「…黙れよ。オレはまだあきらめちゃいない…!」

(ハッハー?『あきらめちゃいない』?何ですかそいつは?ねぇ、何ですかそれ?現実を見ろよ、ゲ・ン・ジ・ツ・を。
 今回ばかりは俺様の勝ちだ。どうにもなりゃしねーよ。その証拠にホラ、お前はこうして死にかけてるじゃねえか)

凶悪な牙を剥くソレは、滑稽なピエロのようにも、雨に濡れた子犬のようにも見えた。
そう……コイツが胸の奥に巣食うようになったのは、1年前のあの日から。大切な人が消えた……打ちひしがれる自分の前に、ソレは音も無く語りかけてきた。
『どうせ何をしても無駄なんだよ』、と。

「お前は…それでいいのかよっ!『助けて』って……目の前で女の子が泣いてるんだぞっ!?
 そいつの手を平気で振り払って…それでお終いにしろって言うのかよっ!?」

(だからさぁ…。そういうのが疲れるだけって言ってんの。逆に教えてくれよ、助けるってんならどうすりゃいいわけ?
 勝てるとでも思ってんの?あんな化け物みたいなヤツ相手に?好きな女一人守れなかったお前がか?)

「………。」

会話が途切れた。闇に静寂が訪れ、『ソレ』は相変わらずヘラヘラ笑っている。横島は我知らず押し黙り……そしてくやしげに唇をかんだ。

こんな……
結局はこんな結末のために、自分は今まで闘い続けてきたのだろうか?こんな光も救いもない、ひどい終わり方を迎えるために……
何をしても無駄だから、このまま大人しく引き下がれと…?

――――――…。

…横島の口元に渇いた笑いが浮かび上がった。無力感に体の力が抜けていく。全身が震えて、何も見えない。
考えてみれば、当たり前のことなのだ。人の身である自分がいかに足掻いたところで、物語の行く末は変わらない。
だって自分は、映画や小説出てくるヒーローなんかじゃないんだから。
出鱈目に強くて、格好よくて……誰かがピンチになれば、いつでも、何度でも、どこからともなく現れて、そして結局は悪い魔法使いをやっつけてしまう……そんなヒーローになりたかった。
本当に、ずっと、なりたかった――――――。なのに世界は、果てしなく、どこまでも残酷で……

(…だから無理だって言ってんだろ)
そんなものは当たり前だとピエロが言う。

(だってもう一度は失っているじゃないか…)
このまま寝てしまえ、と子犬が言う。

横島は再び打ちひしがれ、何の力もない自分の姿に絶望する。
容赦なく襲い来る不条理な現実を前にして、彼はただただ弱々しく……ただただ屈するように顔をうつむけ………
そして……。



ニヤケ笑いを浮かべる『ソイツ』のツラに――――――鏡に映る自らの鏡像に、振り上げた拳を叩き込む。



ガラスの砕ける音が闇を引き裂き、火花が散るほどの怒りとともに横島は叫んだ。
何の打算も計算もなく、ただ一言。


『甘ったれるなっ!』と―――――――――。

                                           


                                 ◇





《――――――――終わりです…死になさい、虫ケラ共っ!!!》


始まりと終わりが交錯する場所。
赤い水面をたゆたう都市空間に、凄絶な光が突き抜ける。天空を貫く巨大な『腕』は幾重にも唇を蠢かせ……破壊的な霊圧が、次々と2人の足場を切り崩す。
無数に響いた哄笑がまとうもの……それは紛れようもない、死の気配――――――――。
ユミールは唇をかみしめる。

――――――何もできない…守りたいものが、すぐ目の前にあるのに…。

涙が流れた。無慈悲な『腕』の咆哮が、頭の中で渦を巻いている。
くやしい…。体が言うことを聞かない。早くなんとかしなくちゃいけないのに……でなければ、この人は死んでしまうのに……

(君もあの時……こんな気持ちだったの?)

命の灯火が消えかけた青年。彼の傍らで思う。あるいは単身アシュタロスに逆らったルシオラは、今の自分と同じ思いを抱いていたのか…。
頼れるものなんて、何もない。ただ諦めたくなくて…希望の光を手離したら、そこで終わりだと……そう繰り返し繰り返し心にきざんで、震える足を奮い立たせて…

――――――利用されていることにすら気づかない道具は、ただの木偶(でく)だよ…。

「……。」
そんな彼女を捉まえて、自分は、なんということを口にしてしまったんだろう…。

横島は浅い呼吸を続けたまま。ユミールは彼の体を抱きしめた。

「…ごめん…なさい……」

言葉がこぼれる。それが誰に向けられたものなのかも分からないまま、こぼれ落ちる。

すべてが壊れてしまえばいいと……ずっとそう思い、生き続けてきた…。
それが大切なものであればあるほど、失くしてしまった傷跡は、面白いぐらい大きくなるから。
耐え難い喪失感を味わうこと……そのわずかな時間だけが、少女にとって唯一、《生》を実感できる瞬間だったから。

だけど、本当は違ったのだ。2度目の生を受けて以来、少女は初めて失うことの意味を知った。気づいてみれば、とても当たり前のことだった。
もしもそれが、本当に大切なものなら……かけがえのない、自分にとって何よりも、誰よりも大切なものであるならば……
そんなものを失って、嬉しいなどと思えるわけがない。良かったなんて、思えるはずは絶対無い……!

「…ごめんなさい……ごめんなさい……」

ぽろぽろと温かい雫が流れ落ち、ひび割れた地面を濡らしていく。
ユミールは繰り返し繰り返しつぶやいた。壊れたオルゴールのように、何度も、何度も……。


―――――――滅びの光が目の前へと迫る。真の意味での終わりの時が、彼女の視界に近づきつつあった。


(――――――――――っ!)


神さま……お願いです…!もしも本当に貴方がいるというなら、一度だけでいいから助けてください。
私のことなんてどうでもいいから…。
二度と目を開けることが出来なくても、別に構わないから…!だから、この人だけは……この人だけは救ってあげてください。
だって、横島くんは何も悪くないんです!悪いのは、わたし一人なんです…!だから……

だから、お願い―――――――!

…。

ユミールはすでに気づいていた。自分の祈りが届くことは決してない、と。なぜなら次の瞬間、『神さま』の嘲笑う声が聞こえたような気がしたから。
酷薄で冷たい、まるで悪魔みたいな声。ただ「何を今更。死ね」とだけ告げる声。

ユミールの頬が涙を伝う。
ポチャリ、と……彼女はどこまでも虚ろな瞳で、薄い水面にヒザをついた。そして、全てが闇に………
全てが…………闇のヒカリに飲み込まれて――――――――――






しかし、その強大な光弾は…ユミールの体に “ 届かない ” 。


「……っざけてんじゃねぇぞ…。こんな小せぇガキ泣かして………何笑ってやがる、クソババアッ!!」


声が聞こえた。
力無く息絶えかけた……それでも振り向かざるを得ない声だった。
ユミールだけでなく『腕』までもが言の葉の主へと目を向ける。そこには信じられない光景が広がっていた。

(…?)
たった今、自分が死の淵へ追いやったはずの人間。ゴミクズのようにぼろぼろの《死体》が、ゆっくりとその場を立ち上がる。
全身から血を噴出し、体を動かすたび骨のきしむ異様な音が鳴り響き……にもかかわらず、青年は決して倒れようとはしない。
眼光に壮絶な怒りをただよわせ、少しずつ前へと進んでいく。


《…………………………………………………………………ッ!?》


ゾクリ―――――と。

光の神の蒼白の肌が、一抹の悪寒を覚え鳥肌立った。自分の力の万分の一……全ての力を具現化させれば、億分の一にもおそらくは満たないであろう存在。
敵と呼ぶことさえ、おこがましい……矮小な生き物、人間。理性が冷徹に囁いてくる。大丈夫、こんな奴に何も出来はしないと。
だがしかし、彼女の中の理性以外の部分――――もっと根源的で、本能的なナニカは、目の前の存在を確かに畏れ、恐怖していた。

アレを放っておいてはいけない。アレを早く殺してしまわなければ…!
でなければ、今にとんでもない事を仕出かしてしまう――――――!



「――――――オレは絶対に認めねぇっ!!」

横島が叫んだ。叫びは大気を突き抜けた。

だってそうだろう…。
もうたくさんだ……こんな悲しい結末は。こんなもの一度きりで十二分だ。
誰も死なない、誰も泣かない、誰も傷ついたり、何かを諦めたりなんかする必要がない………みんなが笑って、普通に誰かを好きになって、そして普通に日々を暮らす…
そんな幸せな結末を願って何が悪い。何故、悪い!

ムシがいいことは分かってる。都合がいいことだって分かってる!
自分が助けたいモノだけを助けて、敵と見なしたモノの前に立ちはだかる……そんなのはちっとも褒められたことじゃない。

だけど。

それでも。

まだ無くしたくないものが、その手の中にあるのなら…
血反吐を吐いても、死にかけても…それでもなお、守りたいものがあるというなら……

なら、倒れるな。今ここで自分が倒れたら、多分、すべてが終わってしまう。
信じろ。力なんて無くたって…ヒーローなんかじゃなくたって…きっと自分は誰かを救える…!


「大丈夫…必ず助かる……助ける」

小さくそう言う横島を見つめ、ユミールはかすかに頷いた。彼女の顔は、涙でくしゃくしゃになっていた。

―――――不意に思う。

希望の光は…。希望の光というものは、本当に《神》が定めるものなのか……。
もしかしたらそれは、ただ人の意思が創り出す、必然性の結果として生まれるだけのモノなのではないか…。
目の前のこの人は、あきらめることを知らない。
『だけど、それでも』。そう叫び続ける彼こそが、今のユミールには希望というカタチそのものに見えた。

……決して届かない夢の続きが、その先にあるように見えて仕方なかった。




《人間がっ!!思い上がるなぁっ!!!》

無数の唇が口々にわめく。
異形の指先から、白色の光がほとばしる。一撃でもかすりさえすれば、それで事足りるはずだった。途方もない重低音。核爆発じみた衝撃が街の景観を焼き尽くす。
一面を覆いつくす、炎、炎、炎。
それでも横島は止まらない。当たらない。やがて、『腕』は小さな異常に気づき始める。

《かわした……?いや、違う……》

横島の動きは立ってはいても這うようであり、速さなどない。何のひねりも無く、一直線に体を引きずる…だから避けているとも考えられない。有り得ない。
有り得るとすれば、その理由はたった一つだけ。この人間が消滅しないそのワケは……

《…………。》
『外している』のだ、無意識のうちに。他ならぬこの私自身が。目の前の存在が『死なないように』―――――

《そ、そんな…そんな…馬鹿な…!馬鹿な…!?》
自分はちゃんと狙っている。狙っているのだ。しかし何発撃っても、何度この手で打ち据えようとしても…この虫ケラは【絶対に】死なない。
目の前の【敵】は消えてくれない。悪夢のように突き進んでくる。

その時になって初めて、『腕』はこの【虫ケラ】を、心の底から恐怖した。


――――――――…終わりだな、アフラマズダ。

刹那、底冷するような無限の虚無が蠢きだす。透明で中性的な…恐ろしく緩やかな声音が背後から響く。
光の神が慄然とする中、蒼い影、エメラルドの瞳がゴポリと空間から浮かび上がった。

《……っ!?ま、まさか……。何故、お前がこんなところに…!現界していたのはユミールだけでは…!》

――――――王の一人の目の前で、また随分なことを口にしたものだね…。僕たちを利用し…そして裏切る。それはお前とアンリマンユの総意か?

《ひっ!?け、決して……決してそのようなことは………!》

違う…。これは違う…。何だ、一体何故こんなことになっている?
戯れとして嬲り殺すための人間は、その実、どこまでも得体が知れず。そしていつの間にか、自分はこの途轍もない化け物まで敵に回している。
違う…。違う…。ここは、自分の居るべき立ち位置ではない。光を統べる支配者たる自分が、これでは……

これではまるで、“追いつめられている”みたいではないか……!



《お、おのれ…ダハーカ…!貴様………!!》


―――――――…混沌の力を、あまり舐めるな…。


絶対の無。
それはさながら巨大な鉄槌を振り下ろすかのごとく…。
光の神の幽体が、紙くずのように叩き潰される。一瞬にして力の大半を消し飛ばされ、まだ足りず、崩壊を始める具現化した『腕』。
遠のく気配。そして近づくもう一人の敵。

《…何故だ……》

信じられなかった。触れるほど至近に立つ横島を見ても、異形は未だ信じられなかった。

《人間が……私の掌で踊り、ごみ虫のように死に絶えることしか出来なかった人間が……私を滅ぼすというのですか?
 私を…この光明神アフラマズダを…滅ぼしてのけるとでもいうのですかっ!!?》

横島の周囲を浮遊する…数十の超える無字の文珠。
限界を遥かに超える、『制御することは』絶対に不可能な……ただ暴走を呼ぶためだけに連ねられた、破壊の力。

全ての条件は揃っていた。急激に低下した『腕』の霊波は周囲の圧にくぼみを生み出す。
空洞化した空間に、強力なエネルギーが解き放たれれば、それは当然、空洞の中心――――――消滅しかける『腕』本体へと流れ込む。
本来、横島の体をも灰燼と化すはずのその力が……この瞬間だけは、滅ぼすべき対象のみに矛先を向けていた。

今や、単なる高位魔族程度の出力へとその身をやつした魔神の霊波。
哀れな異形は、この期におよび、横島の姿を嘲笑った。狂信のごとく疑わなかった。こんなちっぽけな生き物が、自分を滅ぼすことなど有り得ない、と…。

そして、それがこのアフラマズダという存在の……限界だった。

《有り得ぬ、有り得ぬ、有り得ぬ…!何故、私がこのような下等生物に…!》

「…お前には、一生わからないさ……」

横島が声をしぼり出す。許容を破った霊子の渦が、それを合図に解き放たれる。

《は、ハハ……ハハハハハハ…!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!》

耳をつんざくような絶笑をあげて、アフラマズダは横島に向かって手を伸ばす。
収束してゆく轟音とともに、一つの、巨大な爆発が巻き起こった―――――――――!


《…この私がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!》


光を統べる狂気の王…
残滓の塵を飲み込みながら、すべての光がゼロへと還る―――――――――――…


〜エピローグへ続きます〜

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