ザ・グレート・展開予測ショー

銀河祭の日の夜に


投稿者名:竹
投稿日時:(05/ 7/ 7)

 ある日、除霊事務所で美神令子が何の気なしに呟いた一言。
「そう言えばさー」
「? 何ですか」
 今日は特に仕事も入っていないので、事務所には来たものの手持ち無沙汰にごろごろしていた横島が、これまたさほど興味も無さそうに返事をした。今、この場に居るのは美神と横島の二人だけ。双方ともにやる事も無くぐだぐだしていたのだが、この状況で美神が呼び掛けるとすれば、相手は横島で相違ないだろう。
「いや、月神族からのお礼って、何も貰ってないわよねーってさ」
「またそんな、がめつい事を……」
「うっ、うっさいわね! 何となくちらっと思った事を、口に出してみただけでしょ!? 何で、そこまで言われなきゃならないのよっ!」
 それは、普段の行いと言うものだ。
 しかし、守銭奴、冷血漢などと言われるのは、甚だ心外な美神令子。自覚が無いと言うか、そうなってしまったのには環境的な要因もあると言うか。取り敢えず、横島をしばいておきました。涙目で。
「いや、別に金目のもので無くてもさぁ。正直、アシュタロスの時とか、援軍で来てくれたり、そうでなくても何かご都合主義な便利アイテムでもくれるとか、神界魔界とのチャンネルを繋ぎ直してくれるとかくらいはしてくれるかと思って、ちょっと期待してたんだけど」
「そう言えば、そうっすねー。まあ、メドーサ一人にこてんぱんに伸されてた月警官のねーちゃん達が、アシュタロスやルシオラたち相手に役に立ってくれたかどうかは微妙っすけどね」
「まあ、ねえ」
 一応、あそこも地球の勢力範囲に入るらしいので(神界にも魔界にも属さない、中立の第三勢力らしいが)、アシュタロスが何らかの手を打っていた可能性もあるが。
 横島が既に復活している事には、美神ももうつっこまない。それを承知でサンドバックにしているのだし。
「でも、結局お返しはしてもらってないわよね」
「ませんねえ」
「普通ならここで取り立てにでも行くとこだけど、連絡手段が無いんじゃねー」
「ははは……」
 仮にも神様相手に強請りとは、相も変わらず我が師匠の豪胆には頭が下がる。と、冷や汗まじりの愛想笑いで思う横島。その神様相手にナンパかましてたのは、どこの誰だったか。
「つーか、神様って寿命長いから、時間感覚も俺達と違うのかも知れませんね。だから、借りを返せてないって言っても、まだそんな不誠実とか言うほど時間経ってないとか思ってるのかも」
 横島自身は、専業主婦だった母親の影響もあってか、お裾分けでもされたら翌日にはお返しを持っていかなくては気が済まない性質なのだが(最近は、花戸家の米櫃は横島くんと言う感じにすらなっている。材料費も小鳩持ちの手料理のお返しは、白いご飯と言う事で。ギブアンドテイク)、まあ、隔離された世界でのんびりと暮らしている神様たちの事だ、そういう事もあるのだろう。
「ちっ……たく、いいご身分よねぇ……。代わって欲しいとは、微塵も思わないけど」
「三白眼で舌打ちするの止めて下さい、めっちゃ怖いですから」


 窓から見えるは、青空に浮かぶ白い月。
 長閑な昼下がり、今日も元気に横島くんの悲鳴が響き渡った。
 相も変わらず、仲睦まじい二人です。






【銀河祭の日の夜に】






 今日は、七月七日。
 月。
 地球の唯一の衛星であるこの星には、月神族と言う女性ばかりの精霊たちが棲んでいる。精霊なので、種族を残すとかの心配はしなくていいんですね。
 そんな月神族たちを束ねる月の覇王・迦具夜の居城に、この日ある訪問客があった。


「いや、申し訳ない、迦具夜姫。いきなり押し掛けてきてしまって」
「構いませんわ、彦星どの。どうぞ、楽になさって下さい」
「そんな、お気遣い無く」
「ふふっ……」
 訪問客は、角張った顔の着物を着た男。天星神・彦星だった。今日は、年に一度の恋人との逢瀬の日だった筈なのだが……。
「あの不細工は、また性懲りも無く……。あいつの浮気癖には、ほとほと愛想が付きました。お返しに、こっちが浮気してやるんです」
「それで、ここに来られましたのですか。だと言うに、ここでこうしてのんびりお茶を飲んでいると言うのも、おかしな話ですね。月は永続的な男日照りです、ちょっと外を歩いてくれば、若い娘が何人だって引っ掛かりますよ?」
「む……、そ、それは」
「本当に……織姫さまを愛していらっしゃるのですね。お羨ましいですわ」
 穏やかに微笑む迦具夜に、バツ悪そうに目を逸らして頬を染める彦星。私の気持ちを相手も味わえとは言っても、だからと言って気持ちを切り替えて自分も本気で浮気をするなどとは考えられない。誠実で実直な男なのである。
「その……、惚れた弱みと言う奴ですかな。いや、お恥ずかしい」
「そんな貴方だからこそ、織姫さまもついつい甘えてしまわれるのですよ」
「ははは……」
 それはまあ、その通りなのだろう。それに、なんだかんだと言って、織姫に最後まで付き合えるのは自分しか居ない。と、思う。だからこそ、一年に一度しか会えないこの日を無駄に使いたくはないのだ。
「まあ……、人の好みはそれぞれですしね。神においてもそれは然り」
 ぼそっと。
「……何か、いま物凄い失礼な事を言われた気がするのですが」
「気の所為でしょう」
 小声で言ったつもりの陰口が、しっかり相手に聞こえていたようで。それでも何食わぬ顔でさらりと流してしまうのは、真にやんごとなき迦具夜さま。
 しかし、根が真面目な彦星。自分がか恋人がか、冗談でも侮辱されてそのままにしておくのは、何だか耐えられなかったご様子。
「……ご存知のように、われわれ天星神族は変身能力を持っています。ですから、人を見る上で、外面的な要素は他に比べて問題にされにくいのです」
「くす、左様で」
「それで、あいつのどこに惚れたかと言うと、ええと――」
 必死になってフォローをする彦星が、少し可愛くて。
 迦具夜は、ちょっと笑った。






「どうした、この程度の距離でもうへばっているのか! 情けないぞ、貴様らそれでも誇り高き月警官か」
 ところどころクレーターが残る月面に、アルトの怒声が響いた。
「そ、そんなこと言っても長官んんん〜。この重装備を背負って、走って月を一周とか無茶ですよ、実際……」
 はあはあと息を切らしながら、若い女性が怒声に反論した。
 彼女を含めたこの一団の、ほぼ全員が膝を着き、汗塗れで荒い息を吐いている。中には、酸欠で目を回してしまっている者すら少なくない。
 先頭で刀を持って仁王立ちしている、怒声の主を除いては。
「戯けた事を言うんじゃないッ! 貴様らは、あの屈辱を忘れたか。僅か数鬼の魔族に手も足も出ず、事態の解決に地上の介入を許したあの時をッ」
 そう怒鳴るのは、赤い髪をボブカットにしたこれまた若い女性。月世界唯一の治安部隊、月警官の長・神無。女性ばかりの(月神族は女性しか居ないので当然だが)警官隊を率いる、バリバリのエリート軍人だ。
 現在、月警官たちは月の最新武装をフル装備で、月一周の耐久マラソンを敢行中。発案者の神無本人ですら無茶かと思われるその地獄のプログラムに、月中から選び抜かれた精鋭揃いの月警官たちも、道程半ばを待たずに神無を除いたその全員がリタイア、ギブアップを表明していた。
 神無は、鬼教官である。
「そ、そんなこと言ったって、普段から六倍の重力と百分の一の魔力濃度で暮らしてる地球の連中と張り合うなんて、土台無理ってもんですよ」
「馬鹿を言え、だからこうしてその差を少しでも埋めようと、まずは体力作りから始めているのではないか!」
「その前に死んじゃいますよほおぉぉ〜」
 足りないのは使命感と根性だ!とでも言いたげな神無。本人は、至って真剣である。部下たちには、それが逆に怖い。
 怖い――が、物理的にと言うか体力的に、無理なものは無理だ。いきなり月一周など、無茶と言うにも程がある。一体、何をそんなに急いでいるのか。
「地球からの情報によればアシュタロスとやらの反乱もどうやら鎮圧されたようですし、地球との戦力差なんて装備も兵の質も今更なんですから、何もこんな無茶をしなくたって……」
「何を言うか。姫様のご活躍もあったとは言え、あのとき侵略者どもを撃退したのは借り物の装備しか持たぬ地上の武士たちだったというのを忘れたか。仮にも神である我らが、人間如きに遅れを取ったのだぞ」
 オーバーリアクションで力説する神無に対し、部下の女の子は神妙に受けつつもどこか胡散臭げな眼で聞いていた。
「それに――そもそもの原因は向こうにあるとは言え、地球への侵略者撃退の返礼を、我ら月をまだしておらぬ。月警官は、この月唯一の武装集団。何れ、地球へ派兵される時も来ぬとも限らん。その時になって慌てる事の無きようにだな……」
「はあ……、つまり横島さんにいいとこ見せたいって事ですね」
「なっ……!」
 真理。
 なのかどうかは分からないが、少なくとも図星であった事は確かなようだ。先程まで鬼のようだった神無の顔が瞬く間に崩れ、真っ赤に染まった。
 真面目な彼女が、それと言う下心に基いて訓練メニューを厳しくしたと言う訳ではあるまいが、少なくともそうしようと思った動機の一つに“彼”――横島忠夫の存在が意識されていた事は確かなようだ。
「ば、馬鹿を言うな、だ、誰がそんな……っ!」
「誰がって言うか、その反応だけでも充分ですよ」
 変装を見破られたミカ・レイよりも動揺する、挙動不審の神無長官。一方、部下の女の子は、その様子を白けたように半眼で見ていた。
「いや、まあ……いいんですけどね? せっかく恩返しに行っても、また役に立たなかったら間抜けもいいとこですし。でも、実際問題として、そもそも私たち地球に行って生きられるんでしょうか。魔力濃度が百分の一って、幾ら鍛えたって普通に死ねますよ。行っても、動けないんじゃないですか?」
「う、うるさいッ! わ、私は別に……っ」
 皮肉を交えて反論する部下の女の子に、応えられなくなった神無が逆切れする。早い。見たまんまの体育会系で、あんまり思慮深いタイプでもないのである(体育会系が頭悪いとは限らないが)。
 まあ、言い返そうにも出来ないと言うのも実際なのだが。彼女の言う通り、彼我の軍事力の差は比べるまでも無く明白だ。月が統一政府の元で安泰なのは、単に地球から距離が遠く離れているからと言うに過ぎない。
 もし仮に地球の何がしかの勢力にもっと大規模に攻められていたとしたら、恐らく今度は主権を侵されるなどと言う程度ではすまないだろう。亜空間に逃げ込めると言うアドバンテージすらも、気休めに過ぎない。
 しかし、だからこそ――生真面目な神無は自分の預かるこの月警官隊を強くしたいと思う。自分達の仕事は月世界の治安維持だけではないと言う事を、メドーサ達の侵攻によって思い知ったのだから。
「だから、次が無いとも限らんだろう! 四の五の言わずに走れッ、ノルマも果たせない者に、平和が守れるか」
「ちっ……理論武装しやがった……」
「何を、うだうだ言っている! 喋っている元気があるのなら、少しでも距離を稼がんか!」
「はいはい……」
 なんだかんだと言って、理屈を捏ねなければをしなければ自分の恋路すら貫徹できない不器用なひとなのだ。月と地球とで離れ離れになっているこの状況で、恋路も何もあったもんじゃないが。――可愛いものではないか。
 そう、真面目ないいひとには違いないのだが……それだけに、こうなるともう手がつけられない。
「……はあ〜」
 ぼちぼちとゾンビのように再び立ち上がり始めた月警官たちは、刀を振り上げ先頭を走る神無に、溜め息をつきながらよろよろと走り始めたのでした。


 因みに。
「ああっ、相変わらずお厳しい神無さま……。そんなところも素敵っ」
「愛よっ、愛を感じるわっ! このスパルタは、神無さまの愛なのよっ」
「憧れの神無さまと一緒に訓練が出来るなんて……、月警官に志望してほんとによかった!」
 ……こんなひと達も居たりします。
 まあ、女性ばかりの世界だしね。






「ふむ……、月警官の阿呆な訓練の様を見物しながら、月桂冠で月見と言うのも……おつなものですね。風情がありますか」
「いや、風情は無いでしょう。と言うか、まあ、月の大地の上に居るのですから月見には違いありませんけど……」
 ぽつぽつとヘンゼルのパン屑のように脱落者を撒き散らしながら、這いずりさえしてマラソンを続ける月警官の部隊を、クレーターの縁に腰掛けて遠くから見物している者が居た。
 どこから持ってきたのか、杯になみなみと注いだ月桂冠を旨そうに飲むのは、白い女神。
 月を司る古代神、アルテミス。
「いや、元気なのはよい事ですよ。ええ、その意気やよし。男などに頼らずとも、強く生きられねばね」
「はあ……」
 絶望と怨嗟の声を上げて走る月警官たちを満足げに眺めるアルテミスに酌をするのは、迦具夜姫付きの宮廷官女・朧。神無の双子の姉である。
 迦具夜姫付きの癖に何故にこんなところに居るのかと言えば、当の迦具夜からそう命ぜられたからである。
「ここは、素晴らしいところです」
 そう言って、アルテミスはまた一杯、月桂冠を仰いだ。
「ここには、男が居ない。あの身勝手で汚らわしい、役立たず共が。実によい……、正に理想郷ですよ……」
 満ち足りた表情で呟くアルテミスに、顔に縦線を引きつつも朧は曖昧な愛想笑いで酒を注ぐしかなかった。
 この地味にキツいお勤めが、一刻も早く終わる事を願って。




 星祭の日の月面に、フェンリル狼・犬飼ポチの遠吠えが響いた。

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