ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦3−2 『休日は山に行こう!』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 7/ 6)

「姉上、目的地はどこですか?」

先日の依頼のお礼として受け取った車のナビを説明書を片手にジークが操作している。
開け放たれた窓から爽やかな風が入ってくる。
五月の雲ひとつ無い青空。絶好のドライブ日和だろう。

「うむ。『崖上峠』だ。」

片手でハンドルを操りながら運転する姿は実に手馴れた様子だ。
ご機嫌で運転しているので、どうやら車を運転するのは好きなのだろう。

「ガケウエトウゲ、ですね?
それにしても変な名前の山ですね。」

山にハイキングに行くと思っているジークが首を傾げる。
ハイキングに行くなら山だが峠はハイキングをする場所ではない。

「あー、それはアレだ……通り道なんだ。
そもそもドライブと言えば峠を走るモノなのだぞ?」

気のせいかジークの視線を避けながらワルキューレが答える。
どことなく嘘臭い話だが初めてのドライブのジークは納得したようだ。
なるほど、と頷いている。

「それにしても、なかなか良い車だな。
流石は世界のトヨダ自動車だ。」

「タダでこんな立派な車が手に入るとは幸運でした。
やはり神父の日ごろの行いが良いからですね。」

なんとなくワルキューレが話題を変えたような気がするが、ジークは素直に頷いている。
ナビを操作している最中なので話に注意していないのだろう。

トヨダ自動車から提供された車は地球に優しいハイブリッドカーだった。
別に自然保護に神父がうるさい訳ではなかったがイメージを考えての事だろう。

「いや、恐らくそれだけではあるまい。
これは一種のマーキングだろうな。」

ワルキューレが面白そうに話す。

「マーキングというと……縄張りの主張ですか?」

「ああ、そうだ。
恐らくトヨダ自動車は神父を囲い込むつもりだろうな。
あえて受け取りやすいランクの車を提供した事からもそれが窺える。」

クククとおかしそうに喉を鳴らすが、ジークにはいまいち理解できないようだ。
ナビを操作する手を止め目を向ける。

「どういうことです?
もしも神父にとって不都合な事になるなら早く何とかしなければ。」

「いやいや、神父にとって不都合な訳がない。
相手は世界でも有数の大企業。これなら報酬を受け取る事に気兼ねなどしなくてすむ。
上手く顧問GSにでもなれれば神父の生活は一生安泰だろうな。」

もしそうなれば神父にくっついて行動する必要はなくなる。
資金面さえ何とかなれば、あの神父なら一人でも心配ないだろう。
神父にとって良い話のようでほっとしているジークに続ける。

「車というものはランクが色々とあってな、この車は言ってみれば大衆車。
神父ほどのレベルのGSが乗るには少々格が落ちる。
ちなみに美神令子の車は高級車というやつでな。値段も性能も段違いだ。」

「しかしそれは変ではありませんか?
自分の側に取り込みたいのなら高級な車を贈るべきでしょう。」

いまいち話が頭の中で噛み合わないようだ。

「ふふ、やはりお前は駆け引きには向いていないな。
考えてもみろ。いきなり高級なものを渡されれば戸惑うだけだろう?
下手をすれば何か下心でもあるのかと警戒されるのがオチだ。」

「あ、たしかに……」

「その時限りの付き合いということならそれも悪くないだろう。
上手くやれば自分達の懐の大きさを世間に示せるのだからな。
だが、長期的な友好関係を続けるのなら相手が受け取り易い物を渡すのが一番だ。
そして少しずつ贈り物の質を上げていき、相手が自分達を信頼した時に肝心の用件を伝えるのだ。」

「なるほど……少しずつ餌に馴れさせておいて気を許した所で一気に捕まえるということですね。
ただの善意でこれをくれた訳ではなかったのか……むぅ……」

善意の振りをしつつも裏で策を巡らせていた事がわかり、唸る。
たしかに唐巣神父の性格を考えればいきなり頼んでも顧問を引き受けるとは思えない。
そして一度断ったなら、相手に気を遣いニ度と依頼は受けようとしないだろう。

だが頼み事をしてきた相手が親しく付き合っている相手なら話は別だ。
美神親子の頼みを断れないのと同じように、情から顧問を引き受ける事は充分考えられる。

一度は神父が断ろうとしたのを自分が受け取らせたのだが失敗だったか……。

「ジーク、お前が気に病む必要は無い。さっきも言ったが、私は良い話だと思うぞ?
神父は欲が無さすぎるのだ。もうそろそろ若くないのだから老後の事も考えなければ。
体力が無くなってから今の生活を続けるのは流石に危険だからな。」

「……それもそうですね。
今まで神父は自分を犠牲にして来ましたが、そろそろ報われても良い頃でしょうし。」

「うむ、そういう事だ。
後は神父の判断に任せれば良いのだ。」

神父の苦労が報われる事を想像し、ジークの顔に笑みが浮かぶ。
ワルキューレも任務が一つ成功する事になるので嬉しそうだ。

五月の爽やかな陽気の中、二人を乗せた白い車は目的地へと走っていった。

























その頃教会では神父が一人のんびりくつろいでいた。
椅子に座り、自分でいれた紅茶を飲み溜め息をついている。

「ふう……最近はずっと彼らと一緒に行動してたからなあ……
こうのんびり一人で過ごすのは久しぶりだなあ……」

軽く伸びをし、ふとテーブルの上に目をやるとロードマップが置いてあった。
恐らく今日のドライブにあたり道を調べるのにワルキューレが使ったのだろう。

「ロードマップか……昔はドライブに行ったりしたものだなあ……」

昔を懐かしむようにパラパラとページをめくると赤い丸印が目に入った。
インクの色が真新しいので恐らくワルキューレが印をつけたのだろう。

「おや……?
これは崖上峠……!?
有名な走り屋の聖地に行ったのか?」

崖を削って作られたような道で、何人もの走り屋がスピードを誤り崖から落ち
帰らぬ人となっている事から、霊能者の間では別名、不帰峠―かえらずのとうげ―とも呼ばれている。
頻繁に霊障の類が発生する心霊スポットでもあった。

「何も知らずに偶然選んだのかな……?
いや、待てよ。そう言えば……」

昨日の朝ワルキューレが庭を借りたいと言い口論になった事を思い出す。
庭を使う事は別に気にならないが、問題はその使用目的だ。
あれは流石に受け入れる事は出来なかった。

「……まさか!?
いかん!ジークが危ない!!」

ある一つの可能性を思いつき、慌てて電話に向かう。
もしこの予想が正しければジークの身に危険が迫っていた。
メモしてあったジークの携帯電話の番号に電話をかける。

『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか電源が入っていないため―――』

「クッ……遅かったか!
無事でいてくれ、ジーク……」

全能なる主よ彼をお守りください……

胸の前で十字を切り、神父は神に祈りを捧げていた。

























「あれ、山に入ると電波が届かないんですね。
いつの間にか圏外になっています。」

峠道を走りながらジークがふと声をあげる。
別にどこかにかけようとしていた訳ではないので特に問題も無いが。

「ああ、たいてい山に入ると電波は届きにくくなるな。
後は海の上なども電波が届かないからな、覚えておくといい。」

ジークの問いに答えながら、危なげなく次々とカーブをクリアしていく。
安定してスピードを維持している事から見ると、なかなかの運転技術のようだ。
たまにドリフトして曲がったりするのはお遊びだろう。

かなりの高所を走っているので周囲の景色は絶景だった。
崖沿いに走っているので景色を遮るものも無く、雄大な自然を眺める事が出来た。

素直にこの雄大な光景に感動しているジークとは対照的に
ワルキューレは何かを探るように油断なく辺りに気を配っている。

長い直線から急カーブという、事故が起こり易そうな道路を過ぎた辺りでワルキューレが車を止める。
ガードレールを突き破り、崖に飛び込むようなブレーキ痕が幾重にも重なっていた。
ちなみに辺りを見渡しても他に車は走っていない。
有名な心霊スポットなのであまり人は近付かないようだ。
もちろんその事をジークは知らないが。

「どうしたんですか姉上?」

店はおろか自販機すら無い場所でいきなり停車したのでジークが問い掛ける。
ワルキューレは後部座席に積み込んでおいた鞄を取り、中から資料を取り出した。

「うむ。ハイキングに行く前に山菜を採取しようと思ってな。
この辺りに珍しい山菜があるはずなのだ。」

資料をジークに渡し、その中の写真を指差す。

「とくにこの写真の物はかなりの貴重品らしくてな。売ればそれなりの資金になるらしい。
という訳でこれから山菜の採取を行う。反論は無いな、ジークフリード少尉?」

「イエス・サー!」

内心では出来れば今日くらいは任務を忘れてのんびり過ごしたかったが
山菜取りというのも面白そうだと思いジークも了解する。

仮に嫌がったとしてもそれが聞き入れられるとは思えないが……

「ではこの崖を降りるぞ。」

「え!?この下ですか!?」

崖を見下ろすと軽く百メートルはありそうな断崖絶壁だった。
下の様子に目をやると深い緑に覆われ何がどうなっているのかすらわからない。
山菜取りに行くにはあまりに過酷過ぎる場所のような気がする。

「もちろんだ。こういった人の手が入っていない場所こそ珍しい山菜が生息しているのだ。
我々なら飛べるのだから何の問題も無いだろう?」

「それはそうですが……
少し意外だっただけです。」

姉の言う事も一理あると思い、ジークも納得したようだ。
確かに飛ぶ事が出来る彼らにとって、どんな高さの崖でもなんら問題は無いだろう。

ワルキューレがトランクから大きな麻袋を取り出し肩に担ぐ。
かなり大きな麻袋で大人一人くらいなら軽く入りそうだ。

「どれだけ取るつもりですか……」

大きすぎるとしか思えない袋を見て、ジークが呆れている。

「あー……備えあれば憂いなしという奴だ。
下に降りたら別行動だからな、これを持っていけ。」

携帯電話程の大きさの無線機をジークに手渡す。
魔界のものではなく人間界で市販されているもののようだ。
使い方を一通り確認して二人は崖を降りていった。

























「これはひどいな……」

ジークが下に降りてみると辺りには上から落ちてきたのであろう車が何台も転がっていた。
どの車にも死体が入ったままの状況から察するに、恐らくこの辺りは誰も来る事が出来ないのだろう。
辺りには自縛霊や悪霊の気配が充満している。
これではレスキュー隊や遺族が遺体を回収するのも難しいだろう。
周囲に充満する負の気配もやっかいだった。
魔族のジークには平気だが人間なら気分が悪くなるだろう。

余計なちょっかいを出される前に魔族の霊圧を解放し周囲を威嚇する。
人外の気配に恐れを感じたのだろう、ジークの周囲から霊達が立ち去る気配がした。

「これで良し……では写真の植物を探すとするか……」

資料を片手に鬱蒼と茂る森の中を歩き出した。
まだ昼間というのに木々が高く生い茂っているので殆ど光が届かず、周囲は薄暗い。

「あたりの負の気配といい、まるで魔界の森みたいだなあ……」

ふと故郷の魔界の森を思い出し、懐かしくなる。
これだけでも今日ここに来た甲斐があっただろう。

「ん……?
そう言えばこの写真の植物を以前見た事があるような……」

資料に目を落とし記憶を探る。魔界の森で見たような気がする。
何か注意しなければいけないこともあったような気がするが、随分昔の話なので思い出せない。

「いや、気のせいか。
そもそも魔界の植物が人間界に生息している訳無いしな。」

勘違いと判断し、頭を切り替える。
地面に注意しながら進むがなかなかそれらしいものは見つからない。

しばらく当ても無く探し回っていたが、無線機から呼び出しがかかった。

『……ザザッ……ジークそっちの様子はどうだ?
それらしいものは見つ……ったか?……ガガッ……』

「姉上、こちらはまだ見つかりません。
何か生息場所の手がかりは無いのでしょうか?」

『……ザー……車が落ちていただろう?
その下はどうだ。そこが一番可能……高い……ザザッ……』

少し途切れ気味だったが充分伝わったようだ。
車の下を調べてみるとジークが返事をしている。

来た道を引き返し、薄暗い中、最初に降りた地点へと向かう。
あそこ以外では車は転がっていなかった。
途中、野犬や自縛霊と擦れ違ったが特に襲われる事も無かった。

「……5台、か。
取り敢えず片っ端からひっくり返すか……」

車の下に生えているというのなら、それを傷つけないように注意深く車を持ち上げていく。
魔族の力を解放すればこの程度の力仕事は難しいものではない。

最後の5台目をどかせると、その下から小さな葉っぱが現れた。
資料のものと比べると明らかに小さいが、これで間違い無さそうだ。

資料によると、最低でも葉っぱの長さが10センチ程度は無いと使い物にならないようだ。
これはどう長く見てもせいぜい5センチ有るか無いかといったところか。

「せっかく見つけたのにこれでは使えないか……そうだ!」

何か思いついたのか顔を輝かせ、車まである物を取りに戻る。
ジークが戻ってくるとその手には何か本のような物が握られていた。
それは先日神父から譲り受けた聖書だった。

聖書を開き、ある呪文を唱え始める。

(魔族の僕でもこの辺りに充満する負の気配を利用するのなら出来るかもしれない……)

辺りに充満する負の気配を体の中に取り込むようにイメージしながら言葉を紡いでいく。

(これは……!
感じるぞ……周囲の力が僕の体に流れ込んでくるのを……!)

昨日とは打って変わり、自分の中に満ちていく力を感じながら、
聖書の一節を霊力を込めて詠唱する。


『―神は言われた!

地は草を芽生えさせよ!種を持つ草と、それぞれの実をつける果樹を、

この地に芽生えさせよ!!―』


聖書を持つ右手から霊力が迸り、体内に満ちた力が一気に解放され足下の植物に注ぎ込む。
ついに聖書の術を使うことに成功したと喜んだ瞬間―――

―バチッ!!―

「グッ!?」

何かが弾けたような音が周囲に響き渡り、ジークの右腕の血管が破裂し血液が飛び散る。
痛みで一瞬呆然としてしまったが、すぐに我に返ると慌てて止血をする。
さっきまでの負の気配に加え、今では辺りに血の臭いと肉の焦げる臭いも立ち込めていた。

「クゥゥゥ……やはり魔族の僕が聖書の力を使いこなすのは無理か……
でも今ので感じは掴めたしな……次は聖書以外の媒介を使うことにしよう……」

痛みに顔をしかめながら、湯気が立ち昇る右腕を見つめ反省する。
やはり生粋の魔族が聖書の御力を行使するのは代償を必要とするらしい。

『……ザザッ……どうした何かあったのか!?……ザッ……』

今の術の波動を感じたのだろうワルキューレが慌てて連絡を取ってきた。

「はは、植物を成長させる術の制御を失敗してしまいました……
でもやりましたよ、姉上!大物に成長させる事が出来ました!」

ジークの目の前には葉っぱが30センチほどに成長したさっきの植物が生えていた。
急激な成長で地面が盛り上がり、ひび割れているのでかなり大きな根を持つ植物なのだろう。

「大きさは葉っぱが30センチです。かなり大物ですよね!
これからどうしますか?葉っぱを切り取って持ち帰れば良いですか?」

『……ザザー……それは凄いな!……なら一気に引っこ抜くのだ!!……ザザッ……
かなり頑丈らしいから、思いっきりやって良いぞ!……ガッ……』

「了解です!」

小さかった植物を自分がここまで大きくしたので嬉しかったのだろう。
腕の痛みも忘れ、何も考えずに茎を掴んで一気に植物を引っこ抜く。

だがもしここでジークが少し記憶を探れば、これが何の植物か思い出せただろう。
魔界軍の講義で危険な魔界植物の説明は一通り聞いていたのだから。

「それッ!」

―ボコボコボコッ!―

魔族の力で土も一緒に掘り起こしながら一気に引き抜くと、その植物の全体像があらわになった。
見た目はただの巨大な根野菜のようだがまるで人間のような形をしており、
人間の頭部に当たる部分に、まるで顔のような窪みができている。
大きさも丁度大人の人間と同じくらいだった。

下半身に当たる部分がまだ地面に埋まったままの人間のような植物を見て
ジークもようやくこの植物の正体を思い出した。






(…………やってくれましたね……姉上……)








『ギャアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!』









植物がまるで生物のように叫ぶのを感じたのを最後に
ジークの意識は暗い闇に沈んでいった。


























―マンドラゴラQ&A―

Q.マンドラゴラってなんですか?

A.断頭台で処刑された男の精液が落ちた地面に生える植物です。
無実の罪で処刑された人間の無念の涙と怨みが生み出したと言われています。


Q.何に使うんですか?

A.不妊役、麻酔薬、麻薬、万能薬など様々な使い道があり、とても高価なものです。
また『魔女』が作る薬の原料としても有名ですね。


Q.マンドラゴラを見つけました!早速採取してみますね!

A.もしマンドラゴラを見つけても、決して直接引っこ抜いてはいけません!
マンドラゴラは地面から引き抜かれる時に悲鳴をあげます。
もしこれを人間が聞くと、その場で死んでしまうか、良くても発狂します。
どうしても手に入れたいのなら犬を使って引っこ抜きましょう。

























日が暮れた街の一件のレストランの前に白い車が停まる。
中から一人の女性が降りると店の扉をノックした。
扉には『Close』の看板が既にかかっている。

中から誰かが出てくる気配がする。
扉が開くと黒い三角帽をかぶった女性が顔を覗かせた。

「ごめんなさい。もう閉店なんですよ……ってワルキューレさんじゃないですか!
もしかしてもう手に入れてくれたんですか!?」

驚いている女性にニッと笑うと車のトランクを開ける。
トランクの中にはモゾモゾ動く麻袋が入っていた。

「え……まさか、これですか!?
こんなに大きいのは私初めて見ました!」

「ああ、私もまさか人間界でこれほどの大物にお目にかかれるとは思わなかった。
どうやらジークが成長させる術を使ったようなのだ。」

ちらりとジークに目をやると肝心のジークは真っ白になっていた。
髪は元からだが、なぜか肌や衣服まで真っ白に漂白されている。
どうやら至近距離で耳栓も無しでマンドラゴラの悲鳴を聞いたので燃え尽きてしまったようだ。

「ま、まさかワルキューレさん……ジークさんに引き抜かせたんですか……?」

「い、いや、私もまさかこれほど大物とは思っていなかったんだ!
人間ならともかく、魔族の我々ならそう簡単に倒れる事も無い……かな、と……その……」

流石にワルキューレもこれはジークに悪かったと思っているのだろう。
言い訳も最後の方は力が無い。表情もばつが悪そうにしている。

「……わ、私も黒犬を使うのが良いとは知っていたのだが、調達できなかったのだ。
で、代わりに肌が黒いジークで良いかなって……なあ?……」

ワルキューレにしては珍しく弱気だ。もはや肝心に目を逸らしている。
肌が黒いからといって犬の代わりをさせるのはマズかったと自覚しているのだろう。

「『なあ?』じゃないですよ!人間なら死んじゃってます!
気付け薬を用意しますから早く店の中に運んであげて下さい!」

良い魔女を目指す女性に怒られ、素直に真っ白になったジークと麻袋を担いで店内に入る。
ワルキューレが店に入ると女性の自宅がある空間に切り替わる。

長椅子の上にジークを置いて待っていると
女性がなにやら薬を持ってジーク達のところにやってきた。
ちなみに麻袋は店主の女性が奥に運び込んでいった。

薬を飲ませるついでに右腕の包帯を取り替え、薬草と一緒に巻きなおす。
魔族の強い再生力もあることだしこれですぐに治るだろう。

薬を飲んでしばらくするとジークの顔色が良くなり、ガバッと飛び起きる。

「あれ?ここは……?」

いきなり目が覚めると見知らぬ空間だったのでキョロキョロと周囲を見渡す。
見知った顔の二人が居たので取り敢えず挨拶をする。

「おはようございます、姉上。
お久しぶりです魔鈴さん。」

「あ、ああ、おはよう、ジーク。」

「お久しぶりですねジークさん。
お体は大丈夫ですか?」

挨拶を交わす三人だったが、ジークの頭はまだハッキリしないようだ。

「それじゃ、行きましょうか姉上。
今日は山にハイキングに行く約束でしたよね。」

「ジーク?」

「そう言えば、車は届きました?
朝に届けに来るという話でしたが。」

妙な事を言っているジークを見て、女性二人がコソコソと何か話し合っている。

(ジークさん、どうしちゃったんですか……?)

(どうやらショックで今日の記憶がスッポリ抜け落ちてしまったようだ……)

(ええ……!?
どうするんですか……!?)

(いや、これはむしろ好都合だ……!)

寝ぼけ眼でぼんやりしているジークに、ワルキューレが笑顔で話し掛ける。

「あー、ジーク、お前は今日山を上る途中で落石が頭に命中してな……
今までずっと気を失っていたんだ。」

「そう言われてみると、何だか頭が痛いですね……」

ジークが頭をさすりながら答える。
別に瘤などは出来ていないのが不思議なのだろう。首をかしげている。

「その時にその腕も怪我をしてしまったのでな……
一応もしもの時の為にここに連れてきたのだ。ここなら我らにも効く薬があるからな。」

ジークの頭がハッキリしないうちに偽の記憶を刷り込むつもりのようだ。
その妙に手馴れたやり方に魔鈴が呆れながら見ている。

(なんだか手馴れてるみたいですけど、いつもこんな事してるんですか……?)

(い、いや、そういう訳ではないのだが……頼む、今だけでも口裏を合わせてくれ……!
ジークは温厚そうに見えるが、キレると別人格になるんだ……!)

魔鈴もマンドラゴラを貰っているので苦笑しながらワルキューレにあわせる。

「包帯も取り替えましたし、もう大丈夫ですよ。
あとは安静にしておけば2、3日で治ると思いますよ。」

「ありがとうございます。
あ、そうだ、今何か困っている事はありませんか?
僕達にできる事なら力になりますよ。」

今更なジークの提案に魔鈴が困った顔をしている。
貴重なマンドラゴラが手に入っただけでもう充分なのだ。

「いえ、私は今は困っていませんよ。
誰か別の方を手伝ってあげて下さいな。」

「そういう事らしいので、帰るぞジーク。」

逃げるようにワルキューレがジークの腕を掴みその場を後にしようとする。
余計な事を思い出す前にさっさとこの場から離れたいのだろう。

元の店内の空間にもどすと、二人はさっさと出て行ってしまった。
ちなみに去り際にワルキューレがジークに気付かれないように
魔鈴に目礼をしていたのはここだけの話だ。

二人は車に乗り込むと走り去っていった。
助手席に座るジークにワルキューレが何か色々と話していたのは
偽の記憶を完全に植え付けるためだろうか。

『魔鈴ちゃん、あの二人は帰ったのかニャー?』

今まで店内に隠れていた黒猫が魔鈴の足下に寄ってくる。
魔族の二人を怖がって今まで出てこなかったのだろう。

『なんだか嬉しそうニャー。何かあったのかニャー?』

魔鈴が二人を見送っている表情から何かを読み取ったのだろう。
黒猫が前足で魔鈴の足をつついている。

「すっごく貴重な素材が手に入ったのよ。
これであなたがどんな悪戯をしてもすぐに中和剤を作れるわ♪」

ニッコリ笑いながら黒猫を抱き上げる。
優しい笑顔と裏腹に強烈なプレッシャーを放っている。

『い、いやだニャー。僕は悪戯なんてしないニャー。』

冷や汗を垂らしながら黒猫が口笛を吹いて誤魔化していた。

























―後書き―

魔鈴がマンドラゴラを欲しがっているのをワルキューレが知ったのが事の発端です。
ワルキューレが教会の庭土で栽培しようとしていたのはマンドラゴラです。
はい。当然神父に怒られてしまいました。
人間界で栽培するなら強力な魔族である二人が住んでいる教会は
濃い魔力が漂っているのでうってつけだったのですが。

自殺の名所ではなく走り屋のメッカに行ったのはマンドラゴラが人間界で生えるには
死者と精液が必要だからです。自殺の名所には無くても車の中で(以下略)

なので車の下にマンドラゴラが生えていた、という訳です。

次回の主人公は雪之丞です。
ではまたお会いしましょう。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa