ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 17 ―


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(05/ 7/ 4)




「距離を置く事で、気付かされる事もあるわ」

 公園のベンチ、枝葉から差す陽射しと青空を眩しそうに美智恵は見上げた。

「離れて過ごそうと変わらない気持ちは・・・離れてみた時にこそ見えて来る時もある」

「君がそう言うと、ずいぶん説得力があるよ」

 隣に座っていた黒衣の男――唐巣和宏はうなずくと、彼女と同じ木漏れ日を見上げる。

「それで横島君と令子君を・・・」

「そもそも彼の成長を考えれば頃合いだった。近くにい過ぎて分からないって言うんなら、地の果てにでも飛ばしてやりゃいいのよ・・・・・・まあ、それは冗談だけど」

「また怖い事を言う・・・君のは冗談に聞こえんよ」

 唐巣が苦笑いを浮かべながら美智恵に顔を向けると、彼女も彼を見返し悪戯っぽく笑った。そのまましばらく顔を見合わせて笑う二人だったが、やがて唐巣が真顔に戻って確認する。

「それじゃ、令子君の疑問については・・・」

「あの子も直接聞きに来ればいいのに。変な所で意気地がないんだから・・・そう、彼の身柄確保後、そんな大きな処分はないわ。違反項目の数を考えれば本来永久追放でしょうけど・・・」

「・・・“何とかする”、って訳か」

 美神令子が母に抱いていた疑問――Gメンは一体横島を捕えた後、どうするつもりなのか?
 常識的に考えるなら、あれだけの事をしでかした横島に「独立」とか将来性を慮った言葉は出て来ない筈だ。

「伊達雪之丞のケースや、南極から戻っての“彼女”の処遇の時とかと比べたらどうって事もない・・・あれほどの能力者を除名の形で野に放つのは危険過ぎるし、かと言って殺したり封じたりするのは、割に合わないし・・・勿体ない。それが必要な程、彼には害意も功利的な意図もないわ・・・彼はただ、彼女を復活させたいだけ」

 あの装置はいただけないけどね。そう言って苦笑する美智恵に唐巣は再び尋ねる。

「その目的こそが問題なんじゃないのかね?生と死の理を乱すという状況でもなさそうだが・・・彼はここで挫けても懲りずにまた彼女を復活させようとするかもしれない・・・あるいは」

 今度こそ絶望し、やけになって何か更に危険な事を考え始めるかもしれない・・・唐巣はそう続く言葉を飲み込んだ。彼にとってもあまり想像すらしたくない事だったから。
 だが、美智恵はそんな彼に小首を傾げながら問い返す。

「あら、先生まで横島くんや令子と同じ誤解をしていらっしゃるのかしら?私達の考えは、あくまでも“安全優先”・・・“ルシオラ復活の阻止”ではないわ」

「じゃあ・・・その件についても・・・?」

 その件――美神の二つ目の疑問・・・そもそもは横島が確信として抱いているもの。
 神界・人間界・魔界の全陣営が「ルシオラが復活しない」事を望んでいるのではないか?
 子供へ転生する可能性を美神が口にした事に乗じて、横島はハメられたのではないか?

「・・・本当はね、考えていなかった訳ではないわ――――“彼女の存在は厄介だ”と」

 美智恵は言葉を切ると、空を遠く見上げた。彼女のスーツも神父の黒衣もまばらな模様の光に照らされている。
 影となった淡いグリーンの切れ目から覗く空は雲一つなく澄み渡っていた。

「彼の想像した私達の考えはきっと、実際に私自身も一通り考えていた事・・・ルシオラの持つ知識や能力を狙う人間・妖怪は幾らもいるだろうし、彼女自身、それを人間界で制御し続けるには情緒面でも立場面でも不安定過ぎた・・・安全の根拠が恋愛感情だなんて、信頼するのが無理ってものだわ・・・私個人はともかく、人類側の総司令官として」

 彼と一緒にいるから問題を起こさない・・・じゃあ、彼を人質に取られたら?いつか彼の彼女への想いが冷めたら?・・・彼女の彼への想いが冷めたら?
 それでも彼女は、人間達・・・いや、従来の神魔族や妖怪さえも含めて・・・と良好な関係を保って行けると、一体どこの誰が保障する?

「だから、思わずにはいられない・・・消滅してくれたのならば好都合だと。わざわざ復活させて問題を増やす必要はない・・・彼らが悲しもうが、それで世界が平和だったら別に構う事じゃないでしょう?泣き言呟いてる分には何もトラブルはないわ」

 唐巣は表情を変える事も言葉を挟む事もなく、ただ穏やかに前を見つめている。
 近くで遊んでた子供達のボールが唐巣の足元に転がって来た。それを拾って、駆けて来た子供の一人に渡してやると、子供はぺこりと一礼して遊びの輪の中に戻って行った。
 彼らが再びはしゃぎ始めた頃、美智恵は空を見上げたまま口を開いた。

「・・・でもね」

「うん」

「きっと大丈夫。それでも私達と彼女はきっと上手くやって行ける、彼女は“いない方が良い”存在じゃない・・・・・・私達が、ここで最初にそう思えなければ、ダメなの」

「うん」

「今は横島くんしか見ていなくても、きっと・・・危うい時があっても乗り越えて、私達と一緒に成長して行けるんだって―――ここで私達がそう思えなかったならば、いない方が始めから安全って判断を重視し続けるならば・・・・・・私達は本当の意味でアシュタロスに勝った事にはならない。奴の呪詛と狂気に対して敗北し続ける事となるでしょう」

「・・・」

「世界は変わらぬまま、澱み腐敗する・・・そう言って世界をリセットしようとしたアシュタロスにあの子は、令子は答えたそうね――“私達は自分の力で抗い、少しずつ変えて行く。リセットによる救済などいらない”と」

 後から西条君に聞いたんだけどね。そう付け足す美智恵にも唐巣は静かに「うん」とうなずくだけ。

「それが我々生けとし生けるもの全てを代表する、奴への返答となった・・・・・・あの子の言葉の後ろで、私達が足掻こうとせず変わろうともせずに奴の言葉の正しさをこそ証明し裏付けていたら、台無しよね。神魔族の判断は何とも言えないけど・・・少なくとも、その気持ちだけはきっと同じ筈」

「うん」

「・・・私達にも、彼女に関して安全で確実な方策なんて見つけられなかった。あの子達の考え付いた所、納得できた所に任せるしかなかったのよ・・・情けない話でもあるけど、それが事実。だから今回も・・・あの方法の安全性・確実性を検証した上で・・・」

 数年前――彼女にとってはそれ以上前――の激動の日々をゆっくり思い返したのか、美智恵は少し遠い目をして、しかし、現実感のあるきっぱりとした口調で呟く。

「大事の前の小さな犠牲、そんな考えも度が過ぎるとアシュタロスと一緒・・・なんて彼にも言われた事があったけど・・・世界観まで奴と似通らせるつもりはないわ」

 しばらく間を置いてから、唐巣は静かに答えた。

「大丈夫。君は・・・しっかり足掻いているし、変わろうとしているよ」

「フフッ、ありがとうございます・・・先生にそう仰って頂けると励みになります」

 美智恵は木漏れ日と空から視線を戻し、唐巣に微笑みかけながら尋ねる。

「・・・あの子への答えはこんな所でOKかしら?」

「ああ、転生の可能性については僕からも説明出来るだろう・・・彼女の霊体が彼の中にあると言う状況のせいか、どうも転生と霊的遺伝を混同してるふしがある様だし」

「これも基本的な知識ね。まったく、二人とも今や業界の一流とか言われてるのに・・・しょうがないかしら、普段から魂の行方とか気にした事なさそうだから」

「現世利益と煩悩最優先だからね・・・しかし、いいのかね?」

「何が?」

 ふと挟まれた唐巣の確かめる声に、美智恵は聞き返す。
 唐巣は考え込む様にして、自分の疑問の中身を説明した。

「Gメンが・・・君が、彼女の復活を手助けする事さ。もし成功すれば彼女と彼は恋人同士だ。となると令子君は・・・」

「色恋沙汰は話が別よ。そんな個人的事情まで持ち込んで娘や彼らを甘やかすほどぬるくはないわ・・・それはそれ、自力で状況に挑み答えを掴んでもらわなくちゃ」

「大人でも、一人で挑むばかりでは迷う事もあるだろう・・・現に令子君は今かなり」

「そうね・・・こんな時あの子が頼るのはやっぱり先生なのかしら・・・まだまだ、よろしくお願いしますわね」

「やれやれだ・・・」

 唐巣は苦笑して肩をすくめる。しかし、美智恵にこうしてお願いされるのも、その娘に一番困っている時に頼って来られるのも、まんざらではなさそうだった。
 前を向いて美智恵は静かに呟く。

「でも、最後に答えを出せるのは自分の心よ・・・」

「私もそう言ったさ。誰を選ぶか、どう進むかまでは教えてやれないって」

「令子が彼を忘れてあのジュニアの許へ行くと言うなら、それもありだわ。だけど、彼に・・・場合によっては“彼と彼女”に・・・借りを作っておきたいと考えるのは、向こうだけとは限らない」

「向こう・・・神内グループか・・・そして“限らない”とはつまり、君達も・・・」

 美智恵は唐巣を見てうなずいた。その顔には先程までとは違う種類の笑い・・・口元に浮かぶ不敵な薄笑いが浮かんでいた。

「神内コーポレーションは企業の本能のままに、際限なく勢力範囲と利潤を拡大しようとし続ける獣。我々の様に霊的秩序や人と妖怪との関係の未来に対するヴィジョンは、持っていない・・・自らの本能の為にあえて持とうとしないでしょう。たとえ令子があの男を選ぶのだとしても・・・オカルトGメン日本支部は、そんな獣がGS業界の何もかもを手に入れるってシナリオを、通す訳には行きません」

「君達にとって、その為の横島君と“彼女”でもあるのだな・・・」

 一体どちらが“獣”だか。半ば呆れつつもいつも通りの美智恵であるとも思い、唐巣は息をついてもう一度肩をすくめる。
 ぼんやり公園の風景に目をやっていたが、ふと何かを見つけた様に彼は目を凝らした。
 ずっと視界の端に映っていた、ボール遊びをする子供達の姿。しばらく見てから彼は呟く。

「あの子供達・・・・・・“一人多い”な」

「あらっ、本当・・・みんな気付いているのかしら?」

 唐巣の呟きに美智恵が、彼と同じ風景へと目線を移して言った。

「さあ・・・でもまあ、性質の悪い手合いには見えんし・・・どっちも楽しそうだから」

「そうね・・・」

 二人の娘の母親でもある美智恵は、どことなく嬉しそうに“一人多い”子供達の遊ぶ光景をしばらく眺めていた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 休日の昼下がり。大通りの歩道も、そこからの脇道も、大勢の人で溢れ返っている。その中を流れに沿って、すり抜けるみたいに横島は進んでいた。
 角から角へと路地の奥に進むと、夜から営業を始める店の並ぶ付近で人の姿は大幅に減っていく。一見あてもなくぶらついている様でもあるが、良く見ると目的地の決まっている足取り。

 やがて狭い道に面した小さなコインパーキングの前に来る。その端に辺りの雰囲気にはそぐわない、スーツを堅く着た一組の男女が立っていた。
 横島は彼らの前に進み、声を掛ける。

「・・・待たせたな」

「30分遅刻、君にしては上出来だろう。こないだは随分と目覚めが悪かったそうだな・・・タイガーから聞いたよ」

「せんせい・・・大丈夫なのでござるか?つらくはないのでござるか?もし拙者に出来る事があれば・・・」

 彼を待っていた男性と女性がそれぞれに応えた。
 大した事じゃねえ、いつもの事だ。彼はそう言うと長身長髪の男性ではなく、その隣の女性の前に立ち、彼女の鮮やかな色の髪をくしゃくしゃっと撫でてやる。
 傍らでしばらくそれを見ていた西条が口を開いた。

「さて、まず何から聞きたい?」

「ピートは・・・どうしてる?」

「唐巣先生の所にいるよ・・・外出禁止の謹慎措置だがね。正式な処分は後日ってやつだ。まあ、積極的に協力してた訳でもないから、重大な事にはならんだろう・・・させんよ」

「そっか・・・で、“向こう”はどの程度いじられてるんだ?」

「全然さ。内側をどうこうするより先に、外側にエネルギーや霊を受け止める結界を配置し、ホテルを包囲して一気に浄化する段取りに決定したからね・・・今はそれらの結界の構築中だ。だが、もうすぐ・・・明後日には完成するだろう」

 横島はうなずきもせず、シロの頭に手を置いたままじっと西条の話に耳を傾けている。

「問題がもう一つ・・・・・・その結界は人間の進入も阻める」

「だろうな・・・隙間はあるんだろう?」

「ああ。これを見たまえ」

 西条がそう言いながら懐から一枚の図面を取り出す。印刷されたホテル一階の見取り図、その周囲にボールペンの手書きで様々な図形や文字が書き込まれていた。その一角を西条は指差す。

「僕達作業班の出入り、及び結界構築用の通路がこの様に確保されている。まずは正面入口の両端からそれぞれ外角60度、通用口から左へ15度、裏手テラス入口から右へ45度、全て幅1m・・・直進で建物内に入れるコースはこの四通りだな。結界内通路の全てを把握すれば、また違ったルートも取れるだろうが」

「ふうん、通路だけでなく色々、俺らが作ったのよりもややこしそうだな」

 俺の邪魔をする為だけに作られた結界のくせに。呟きの言外の意味を読み取ったのか、西条は言葉を続ける。

「時限爆弾だって安全に解除するには、それを作って設置したのと同じ位の・・・あるいはそれ以上の技術が要るもんだよ。それに、この結界は言うまでもなく、君らが入るのを防ぐ為のものでもある訳だ」

「でもこうして俺にその情報が渡ってるんだから、防いでも防げねーよなー」

 横島がそう呟いた時、西条は意味ありげな表情を浮かべたが、図面に視線を向けていた横島とシロはそれに気付かない。
 しばらく手書きの図形を眺めていた横島は、顔を上げる。

「どこから突っ込むかは後で教える・・・その時に配置の細工もよろしくな。じゃあ・・・最後に今夜のねぐらについて聞くか」

「せんせいっ・・・拙者、今夜一緒でいいでござるか?・・・夕飯になればと色々買って来たんでござるよ、お肉とか・・・お肉とか・・・・・・焼くのなら自信があるでござるっ。それに・・・眠るのが辛い時には拙者が少しでも楽になれる様・・・」

「バーカ、止めとけっての・・・・・・ロクなもんじゃねえんだから」

「見届けるって言ったでござろう?拙者、せんせいのどんな姿を見ても平気でござる!もしそれでせんせいの気が楽になるなら、拙者何をされても平気で・・・ぶたれても・・・いや・・・あるいは」

「バカ野郎・・・・・・」

 横島はシロの頭を今度は揺さぶる様に撫でて、言葉の続きを遮った。そして、西条に向き直って返答を促す。

「いさせてやった方が良いと思うぞ。彼女も今回、そのつもりで僕に同行した訳だし・・・君もひょっとしたら、彼女を前にしたら正気に返るのも早いかもしれないだろ?まあ・・・君がどう言おうと彼女と一緒な訳なんだが」

「・・・何だって?」

 最後の一言。言葉の内容も不可解だがそれよりも、明らかに西条の様子が・・・辺りの気配がそれまでと違う。
 シロが怪訝な顔をして自分の上司を見る。横島は、更に何かを察し西条を鋭く見据えていた。
 西条は肩をすくめ苦笑しながらも、眼光だけは鋭く横島を見返して、言い放った。

「君らの今夜の寝床だが・・・実は、オカルトGメンの特別留置室なんだ」

「・・・・・・そういう事か」

「そういう事さ横島君、ここまでなんだよ。残念ながらね」

 西条の言葉の終るか終わらないかの内に、どこから現れたのか十人以上のGメン捜査官が西条の背後から、三人を包囲する様に展開していた。
 横島は、彼らをざっと見回すと溜息まじりで西条に尋ねる。

「お前の事だ。いつかはそう来るかもなと思ってたけどよ・・・・・・それにしてもちょっと急過ぎねーか?・・・何かあったのか?」

「いつかは来るかもと思っていても、いつ来るのか分かっていなければ話にならんのだよ」

「西条どの・・・これは一体・・・!?拙者達を裏切るのでござるか?」

 鼻で笑う西条にシロが喰ってかかったが、彼は彼女を一瞥すると、更に冷たい口調で答えた。

「裏切る・・・?背信行為を行なっているのは君の方だろう?犬塚シロ捜査官」

 痛い所を突かれ、シロは言葉に詰まった―――詰まりながらも尚、反論を試みた。

「しかし、しかしでござる・・・っ!西条どのとて・・・!」

「フン、今まで内通者の炙り出しと誘導を行なった甲斐があったな・・・さて、横島忠夫・犬塚シロ両名の身柄を拘束しろ。話の続きは庁舎内で聞こう・・・君らにも弁護士を呼ぶ権利くらいはある」

「ひ・・・・・・卑怯者がっ!」

 横島とシロを取り囲んだ捜査官達は、術者や妖怪の動きを封じる専用の札を手に、じりじりと距離を詰めて来る。その中央で二人に向き合っている西条も、表情を消し、両手にジャスティスを構えていた。
 シロは激しい怒りの表情を浮かべつつ喉で唸ると、霊波刀を出現させ構えた。隣の横島も右手を突き出して構える――その手元から鉤爪の様に伸びる光芒。
 彼の手元に視線を向けながら西条が薄く笑った。

「ハンズ・オブ・グローリーか・・・君の剣技で僕相手にサイキックソーサーを出さないのは利口だったが・・・計画の為に文珠を貯めなくちゃならないって言うのは本当だったらしいな・・・さて、それでどうする?」

 西条は不意に問い掛けて来た。
 横島は答えない――じりじりと捜査官達の動きに合わせ距離を保っているが、攻める事も逃げる事もしない。ただ、相手の出方を窺いつつ、構えた姿勢を崩さずにいる。
 戦う事を選んだ場合は勿論の事、逃げる事を選んだ場合でも、包囲網の誰か一人を攻撃する事は避けられない。

「負傷者を出さないという計画の大義名分を覆して僕達に攻撃を仕掛けるか?一人二人刺せばそこから包囲を抜けられるかもしれんな。彼女の全力疾走でも可能性はある・・・誰かに掠ればそいつの骨は砕けるだろうけどな」

 次の瞬間、横島は前に踏み出して来た。ジャスティスが押えられ、そこから霊波の鉤爪が西条の頭に向かって伸びて来る。

「―――ぐっ!?」

 ギリギリで足を捌き後ろに下がる。もう少し後退が遅ければ、ジャスティスごと頭部をその鉤爪に握られていただろう。
 次の瞬間、横島の手は右へ――西条の隣で、彼に向かって札を投げつけようとしていた捜査官の手元を、霊波の指先で押えていた。その札がぼうっと音を立てて燃え上がり、捜査官は慌てて放り捨てる。

「西条・・・何勘違いしてんだ?誰にも迷惑掛けねえつったけど・・・ここまで露骨で攻撃的な邪魔者は別だぜ?」

 静かに言い放つ横島。だが、呆気に取られていた西条はすぐに冷静さを取り戻していた。

「そいつは失礼。危うく部下に無駄な怪我を負わせる所だったよ・・・・・・だが、これならどうだ?」

 西条の次の動き――前に踏み出して、横島――咄嗟の構えを取る――の左脇僅かを抜け・・・・・・ジャスティスの切先をシロの喉元に突きつけていた。
 元来常人ばなれした敏捷さを持つ人狼のシロだったが、西条の予想外の――本気の――踏み込みを前に、全く反応は取れなかった。

「先生っ!」

「―――シロっ!?」

 動きの固まった彼女に3人ほどの捜査員が詰め寄り、札を貼りつける。彼女の身体の周囲から火花が散り、短い悲鳴が上がった。

「てめ・・・・・・っ!」

 毒づく横島の背後にもやはり数人、捜査員が距離を詰めて近付いて来ている。
 シロの悲鳴が短かったのは、彼女が途中で声を呑み込んだから・・・今、苦痛に顔を歪めながらも、彼女は堪えている。

「配置を変えたら隙間が増えた。随分と逃げ易くなったんじゃないかね?・・・・・・君一人でならね」

 苦痛の中にいるシロに剣先を向けたまま、西条は再び薄く笑った。

「どうする?一人で逃げるか?彼女を置き去りにして・・・・・・・・・彼女を、“また”見捨てるのか?」

 西条が「また」と付けたのは、言うまでもなく故意である。
 シロはルシオラではない。状況の性質も全く違う。

 しかし、その言葉の効果は今の横島には絶大だった。

「――――・・・貴様・・・・・・っ・・・」

「一度見捨ててしまえば一度も二度も同じだな、そうだろ?そう思うなら今すぐ行きたまえ」

 凍り付いた様に目の前の光景を凝視する横島。
 そんな彼に向かって苦痛の中のシロが顔を上げて叫ぶ。

「せんせえっ!構わぬでござるっ、逃げて下され!拙者ともどもこんな卑劣な輩は捨て置いて、先生は悲願を遂げるでござる!拙者大丈夫でござる・・・先生の“あしでまどい”にはなりたくないんでござるっ!」

「・・・“足手まとい”だ・・・・・・二度目は濁らねえんだよバカっ・・・」

「―――先生!?」

 横島は大きく息を吐き出すと、再びハンズ・オブ・グローリーを構える。そして、空いた左手からも光を放ち始めていた。

「可愛い弟子を見捨てられなかったのは結構だが、だからと言って投降してくれる訳でもないのか・・・」

「当り前だろ・・・こうなったらてめーら全員、病院送りだ・・・っ!使った文珠を補充するだけの時間は、眠っててもらうぜ」

「ふん・・・出来るかね?」

 西条がジャスティスをシロから離し上段に振りかぶった時、車のエンジン音の近付くのが聞こえた。
 コインパーキングの利用客かと、その場に居合わせた全員が一瞬思ったが・・・どうもおかしい。こんな狭い道を・・・行き止りのこの道をスピードも落とさず、疾走して来る。


ぶろろろろろろぉ・・・――――――っガシャアアァッ!!


 黒いワゴンが一台、出口から遮断器を撥ね飛ばして入場し、そのまま対峙している西条と横島めがけて突っ込んで来た。

「―――う・・・わあああああっ!?」

 その場にいた者達は横島と西条、シロを含めバラバラな方向へと逃げる。金属をすり潰す様なブレーキ音を立ててワゴンは二人の間で停まった。
 運転席後ろのドアが勢い良く開き、運転席から身を乗り出した男が横島に大声で呼び掛ける。

「――――――乗れ横島!!」

「・・・雪之丞っ!?」

「ちっ・・・・・・こんなタイミングで・・・っ!」

 ワゴンの運転手の正体に気付いた西条が舌打ちをした。腕で部下に合図を出し、タイヤを撃てと指示する。

「そこの犬っころも!」

「・・・犬っころとは拙者の事でござるか?無礼な、拙者狼でご」

「いいから乗れえっ!!」

 横島が乗り込んだ後に、札の効き目が残ってるにも関わらずアイデンティティへのこだわりを見せているシロをわざわざ運転席から降りて車内に蹴り込むと、雪之丞は車を急発進でバックさせる。
 後ろからタイヤを撃とうとしていた捜査官が慌てて脇へ飛ぶ・・・そのまま車の後部が隣のビルに激突した。車内から微かに悲鳴が聞こえた気がする。
 車は向きを変えると入口からまたもや遮断器を吹っ飛ばして路上に出、来た方向を一直線に走り去って行った。



「こちら西条こちら西条。現在地S区Dパーキング31号。横島忠夫と犬塚捜査官の確保に失敗。妨害車両あり妨害車両あり。現場にて施設建造物破損。逃走。伊達雪之丞・・・伊達雪之丞だ!黒のハイエース車両ナンバーは・・・」









   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―

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