ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦3−1 『神父の提案』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 7/ 4)

「あのねえ、いくら私でもしまいには怒るよ……」

「クッ……!
少し庭土を借りるくらい、良いではないか!」

おや、珍しいな。朝っぱらから神父と姉上が口論してるぞ。

それしても庭土を借りる?姉上、ガーデニングでも始めるんですか?

「駄目と言ったら、駄目だ!
君は神聖な教会を何だと思ってるんだい!?」

「チッ……!
仕方ない、そこまで言うのなら諦めるか……」

口論は終わったみたいだな。

どうやら姉上が折れたみたいだけど。

きっとまた無茶な事をしようとしたんだろうな……

「やあ、おはようジーク。」

「おはようございます、神父」

清々しい朝ですね。

日本は湿気の多い国ですが五月は涼しくて快適です。

梅雨に入ると蒸し暑くなるけど……

今日の朝食は、パンと炒り卵にサラダですね。

相変わらず姉上は料理が上手です。

「ごちそうさま。美味しかったよ。」

ごちそうさまです、神父。

もう席を立つのですか?

ああ、今日の除霊の準備ですね。

今日は僕も手伝うので大船に乗ったつもりでいてください。

「………………」

あれ?
何か考え事ですか、姉上?

「どうかしたんですか、姉上?」

「ん……いや、ちょっとな……
いや、待てよ……」

僕を見て考え込んでいる?

僕の顔に何かついてますか?

―ニヤリ―

あれ?
何を笑ってるんですか?

……ん?

前にもこんな事があったような……

これが既視感―デジャビュ―ってやつですか?

なんだか凄くヤな予感がするんだけど……

「ジーク、明日は神父の手伝いも無いのだろう?
私と山にハイキングに行かないか?」

山?ハイキング?

話の流れがさっぱりわからないのですが。

……先月は海で漁船に売り飛ばされたけど、山なら大丈夫だよな。

「……楽しそうですね!
もちろん僕は賛成です。」

「いま一瞬何か考えてなかったか?」

「……いえ、気のせいデスヨ?」

「……ならいい。
では本官はこれより情報収集に入る。」

……また僕の情報端末を使うんですね。

いいですよ。好きにして下さい。もう諦めました。

……んん?

前にもこんな事があったような……

これが既視感―デジャビュ―ってやつですよね?

またもや凄くヤな予感がするんだけど……

「ジーク、もう出れるかい?」

おっと、もう時間ですね。

ええ、こちらは準備完了です。

「はい、そろそろ行きましょうか。」

神父がちゃんと生活できるように頑張らなきゃな。

























廃工場の前で神父達と依頼人が対面していた。

「これは唐巣神父。
本日は私どもの依頼を受けて頂き、ありがとうございます。」

「いえ、困っている方の力になるのが私の役目ですからね。」

依頼主の女性の挨拶に笑顔で答える唐巣神父。
業界最高水準の力を持ちながら、今までは弱者の救済を優先し企業からの依頼は滅多に受けていなかった。
だが依頼人からすれば成功率が高く、報酬も少なめで引き受けてくれる神父は人気が高い。
ワルキューレ達が来てから週に一度の割合で企業からの依頼も受けるようにしていたが、
週に一度という数少ないチャンスをものにできた今日の依頼人は幸運だった。

本日の依頼人は日本有数の自動車製造会社。
今は使われていない廃工場に悪霊が居座ってしまい、誰か犠牲者が出る前に解決しようというのだろう。
さすが世界でもトップクラスの売上を誇る大企業。危機管理もしっかりしている。

「ではこの工場の悪霊を除霊するという事で宜しいですね?。」

「は、はい。我々ではどうする事もできないので……宜しくお願いします。
……と、ところで唐巣神父、こちらの方はいったい……?」

依頼人の女性が恐る恐る神父に質問する。
もちろん内容はジークの事だ。

黒のスーツに白いシャツ、黒いネクタイに身を包み、直立不動で手を組んだ
褐色の肌の黒いサングラスをした銀髪の長身の男性。
胸の辺りが僅かに膨らんでいるので恐らく銃を身に付けているのだろう。

ぱっと見ではカタギの人間には見えない。

「ああ、こちらの方は私のアシスタントです。
主に除霊中の私の護衛を担当してくれています。」

「春桐 竺人(はるきりじくひと)です、よろしく。
ジークとお呼びください。」

人間界での偽名を名乗り自己紹介を済ませる。

(な、なんだか怖そうな人ね……
噂では神父の助手はすっごい美少年だって聞いてたのに……
この人も格好良いけど、私は20歳以下が好みなのよねぇ……)

依頼人の女性はピートに会えるのを楽しみにしていたのだろう。
方向性が逆のジークが来たので内心溜め息をついていた。

残念ながらそもそもピートは20歳以下では無いのだが。

「では後はお願いしますね……除霊が終わり次第連絡を下さい。
すぐに迎えにきますので。」

「ええ、お願いします。」

仕事の説明を終え、霊能力の無い依頼人はその場を後にする。

「……ところで、ジーク。
今日のその格好はいったい何なんだい?」

除霊作業にスーツで臨む必要は無い。もちろんそれが駄目な訳ではないが。
だが前衛を担当するなら、もっと頑丈な服装の方が望ましい。

「最近見た映画の護衛役がこの服装だったのですが?」

「あー、そう言えば映画館に行ってたね。」

最近ジークは人間界の常識を学ぶためにテレビや映画から情報収集をしていた。
確かに、テレビや映画はその時代に沿った造りになっているのだから悪くない方法かもしれない。
流石に近未来や歴史物は参考にしていないようなので無茶な失敗もしないだろう。

どうやら最近は、黒人の名俳優が小さな女の子を護衛する話がジークのお気に入りのようだ。
力の有る者が弱者を守るという、優しい性格の彼が気に入りそうな話ではある。

神父も気に入っている宇宙戦争物の新作について語り合いながら二人は廃工場に乗り込んでいった。

「ところで神父、この依頼はどうですか?」

サングラスを外しながらジークが神父に依頼の確認をする。

「うーん……正直に言って、ある程度の実力のあるGSなら誰でも出来そうだよ。
2階の製造ラインに陣取った悪霊のボスを倒すだけだからね。」

除霊の中でも特別な知識を必要としない、悪霊のボスを除霊するという仕事は比較的簡単な部類に入る。
なんせそれこそ破魔札や吸引札を大量に用意すれば誰がやっても同じなのだから。
最も、それで採算が取れるかどうかはまた別の話だが。

ちなみに神父たちの本日の装備は、神父の聖書一つとジークの精霊石銃一丁のみである。
神父が報酬を安くしているのは自分の除霊にコストが殆どかからない事を自覚しているからである。

「それじゃジーク、いつものようにお願いするよ。」

「了解です神父。」

玄関から製造ラインへの階段に続く廊下を進みながら神父がジークと打ち合わせしている。
製造ラインに近付くにつれ、周囲に霊の気配が漂い始めた。
恐らくボス霊が下級霊を呼び込んでいるのだろう。

『獲物だァァァーーーーーー!!』

いきなり物陰から一匹の下級霊が飛び出してきて二人に襲いかかる。

―ギロリ―

ジークが霊圧を高め『やんのかコラ?』といった感じに睨みつける。

『ひ、ひ、ひィィィーーーーー!!』

魔族の霊圧を叩きつけられた下級霊は脱兎の如く逃げ出してしまった。
ただの下級霊には魔族の霊圧は刺激が強すぎたのだろう。

「いつもながらお見事だね。」

「いえいえ、姉上に比べたら僕なんて可愛いものですよ。」

神父の賞賛の言葉に謙遜しているが、ワルキューレとの除霊を思い出して神父も苦笑いを浮かべる。
この間の依頼で数十体の悪霊に囲まれた時、ワルキューレの『気をつけ(アッテンション)!!』
の一喝で全員金縛りにかかったように動けなくなってしまった。
その間に神父が詠唱を終え、一気に殲滅したのだが。

あの時の霊圧に比べれば確かにジークの睨みなど可愛いものかもしれない。

二人が階段を昇る頃には周囲にはかなりの数の低級霊が集まってきていた。
しかし一匹たりとも二人には襲い掛かれず、遠巻きに様子を窺っている。

二人が進む道はまるでモーゼの如く下級霊たちが道を開けていた。

遠巻きに眺める事しか出来ない下級霊がこそこそ話をしている。

『おい、お前何とかしろよ!
このままじゃボスのとこまで行っちまうぞ!』

『お前こそ何とかしろよ!
先頭の奴なんか只の優男だろ!お前なら勝てるって!』

『馬鹿言ってんじゃねーよ!
ああいうのが一番キレたら危ないんだよ!!』

『だったらもう片方の薄いのを殺っちまおーぜ!
不意をつけばあんなおっさん何とでもなるだろ!』

『駄目だって!意外とああいうのが昔はワルだったりするんだよ!
見た目に騙されたら酷い目にあうぞ!!』

意外と正しい下級霊達の認識であった。






結局誰からも襲われないまま製造ラインまで辿り着く。
扉を開くとだだっ広い空間が目の前に広がっていた。
製造ラインとは言っても移転する際に既に機材は運び出されていたので只の広いだけの部屋だった。
下級霊とは違う霊圧が立ち込める部屋に入った二人を体長二メートル程度の霊が睨みつける。

『ここまで辿り着くとはなかなかやるようだな。
だが下級霊は倒せてもこの俺には勝てると思うなよ!』

「いや、一匹も倒していないぞ?」

一人でやる気になっているボス霊にジークが冷ややかに答える。
ボス霊はキョトンとしている。

『え、だって、ここにいるって事はそういう事でしょ?
下級霊たちにはここに来ようとする奴は襲うように言っておいたし。』

ジークは無言で親指で自分達の後ろを指差す。
そこには申し訳無さそうな下級霊たちがボス霊に頭を下げていた。

『すんませんボスー、通しちゃいました。』

『だってこの二人怖いんですよ。
俺達の手には負えませんよー』

『ボス、頑張って!』

『頑張って下さいボス!』

頭を下げる者もいれば、無責任にボスに声援を送っている者もいる。
やはり人望が無いと人をまとめるのは難しいようだ。

『おい!お前ら、何やってるんだ!!
ちゃんと言っといたろーが!ここに来る奴は襲えって!!』

既に見物を決め込んだ部下達に慌ててもう一度命令を下すが誰も動こうとしない。
それどころか下級霊たちはこれからの展開に期待の眼差しを向けている。
気分は格闘技の頂上決戦を観る観客、といった所だろうか。

「このまま大人しく成仏するならそれで良し。
もし抵抗するのなら僕が相手になるぞ……」

スーツの上着を脱ぎ、ネクタイも外す。
言葉遣いが普段と同じなのでそれほど気合は入っていないようだ。
できれば面倒なのは避けたいので、威嚇として霊圧を高め相手に叩きつける。

神父は聖書を開き詠唱を開始する。
神父が言葉を紡ぐごとに聖書が強い輝きを放ち始める。

『頼りにならん部下なんかどうでもいいわい!!
こうなったらこの俺自ら貴様らに引導を――――――』

詠唱が完成した瞬間自分達が成仏してしまう事を悟ったボス霊がジークに襲いかかる。

―ドボッ!―

相手がやる気になったと判断したジークが一瞬で間合いを詰め、霊力を込めた拳で腹を殴りあげる。
くの字に体を曲げボス霊は凄まじい速度で天井に叩きつけられた後、床に落ちていく。

そして頭から落ちてきたボス霊が鈍い音をたて、床に逆さに突き刺さる。
『犬神家の一族』のあの名場面である。

元ネタをテレビで知っていたジークが満足そうに頷いている。
周囲の低級霊も生であの名場面が見れたので拍手喝采だ。

「このままでも良いんだけど、流石にちょっと可哀想か……」

そのままにしておくのも可哀想だと思いジークが足を掴んで引き抜いてやる。
逆さ吊りにされたボス霊が息も絶え絶えにジークに質問する。
生身の人間なら即死モノだが流石悪霊、頑丈だ。

『お、おい……あんたホントに人間か……?』

今更な質問にジークが首をかしげ答える。

「言ってなかったか?
僕は魔族の軍人だ。」

『き、聞いてないよ……
それは……先に言って欲し……かった』

そのままガクッと気を失ってしまった。
そもそも霊圧が人間と違う事くらい気付いても良さそうなのだが。

「……主と精霊の御名において命ずる!
汝ら汚れたる悪霊よ、キリストのちまたから 立ち去れッ!!」

そして遂に詠唱を完成させた神父から神々しい波動が放たれる。

『あー、あったけー』

『和むなぁー』

『もうどうでも良いやー』

口々に色々呟きながら下級霊たちが成仏していく。
何となく投げやりな感じがするのは彼らがあまりこの世に執着していないからだろう。

肝心のボス霊は意識を失ったままなので 無言で成仏してしまった。
次に気がついたときにはお花畑にいる事だろう。

「お疲れ、ジーク。
手加減して戦うのは大変だろう?」

できるだけ『消滅』ではなく『浄化』させるのが神父のやり方なので
さっきのジークの一撃もかなり手を抜いていた。

「いえ、相手が弱すぎましたから楽なものですよ。
それにしても相変わらず見事な術ですね」

あっさり全ての霊を成仏させた神父の能力の高さにジークが感心している。

「はは、君が時間を稼いでくれるからね。
詠唱にいくらでも時間を割けるから強力な術が使えるんだよ。」

確かに一人ではあれだけ長い「溜め」は難しいだろう。

「さて、これからどうします?
まだ一時間くらいしか経ってませんが依頼人に報告しますか?」

除霊の際一番手間がかかってしまうのがボスの前にいる下級霊たちなのだが、
今回は露払いのジークの霊圧にびびって襲って来なかったのでほとんど時間がかからなかった。
結局、工場の二階に上がってボスを除霊。作業としてはこれだけしかやっていないのだ。

さっさと報告を終えて帰っても良さそうだが、神父が待ったをかける。

「まあ待ちたまえ。流石に今日の除霊は君がいたとはいえ、上手く行き過ぎだろう。
あまり過大評価されても困るし、あと二時間くらい適当に時間を潰した方が良いだろうね。」

確かに今日の作業はジークやワルキューレという人外のサポートがあって初めて可能なのだ。
一人でも今日のように出来るかと言われれば、それはさすがに無理だろう。
そもそも除霊は時給に換算するものではないのだし神父がそれを望むなら断る理由は無い。

「神父がそう言うのなら……。
でも後二時間もいったい何をするつもりですか?」

「ここ最近考えていたんだけど、君達は当分人間界に留まるのだろう?」

「え、ええ、まあ。
そう簡単に帰れそうにないですからね。」

神父のおかしな質問に首を傾げる。
正直なところ、どうすればこの任務が終わりになるのかジーク本人がわかっていないのだ。

「それでね、良かったら私の術を覚えてみないかい?
君の戦い方は格闘戦が主流みたいだけど補助くらいにはなると思うんだよ。」

予想外の申し出に目を瞬かせる。

「えーっと……それは僕に神父の弟子になれという事ですか?
こう見えても僕は魔族ですよ?」

まさか魔族の自分に神父の弟子入りを勧めるとは、これぞまさに青天の霹靂。
当の神父は何も問題無いとでも言うように微笑んでいる。

「ピート君もバンパイアハーフの身でありながら神の御力を行使できていたよ。
君は純粋な魔族だからピート君より難しいかもしれないが時間があるならやってみる価値はあるだろう?。」

しばし考えてみる。
初めは無茶な話だと思ったが、もし実現すれば大きな力になるだろう。
魔族の自分には聖なる属性の力は行使できないだろうが、外の力を自分の力に換える事が出来るなら
身体能力を向上させる事や霊波砲の威力を高めるぐらいなら出来るかもしれない。

神父の言う通り、試す価値はありそうだ。

「そうですね。もしかしたら上手く行くかもしれませんし……
では早速お願いします、先生。」

「ああ、今まで通り『神父』で良いよ。
きっと私から教える事はあまり無いと思うしね。」

敬礼をしようとするジークを神父が遮る。
ジークも呼び方に拘っても仕方ないと思い納得したようだ。

「それじゃ、私が先ずやってみせるからね」

神父が聖書を開き、読み上げる。

『……初めに神は天地を創造された。
地は混沌であり、闇が深淵の面にあり。神は言われた』

神父が聖書の言葉を紡ぐごとに霊圧が高くなっていくことをジークは感じていた。
ここまで言葉を紡ぎ、一瞬間を置いたのは自分の中に集まった霊力を一気に放出するためだろう。

『―光あれ!―』

最後の言葉を口にした瞬間、凄まじい光が神父の掌から迸る。
あまりの眩しさにジークが目を逸らす。
光が収まった後に神父のいた場所を見ると、そこには誰もいなかった。

「ただの目眩ましだけど使い方によっては色々出来そうだろう?」

背後からジークの肩をポンと軽くたたきながら話し掛ける。

「うわっ!
ってビックリさせないでくださいよ神父!」

声をかけられた瞬間にビクリと体を飛び跳ねさせ慌てて振り返る。

「どうだい、他にも色々出来るけど先ずはこれからやってみてはどうかな?
地味だけど君の格闘能力と併せれば有効だと思うよ。」

素直に頷き、先ほどの神父と同じように聖書を読み上げてみる。

『―光あれ!―』

結果は残念ながら全く効果なし。

「ま、まあいきなり成功するとは思ってなかったしね。
時間はあるんだから練習してみようか。」

励ますように神父が声をかけるが、当のジーク自身これが成功するのかさっぱりわからなかった。
神父のように外から力を取り込んだ実感もなければ光を発する想像すら出来なかったのだ。

「そ、そうですね。
取り敢えず色々試してみます。」

こうしてジークの新たな挑戦が始まった。

























「お疲れ様です唐巣神父。
随分大変な除霊だったみたいですね。」

除霊が終わったと連絡を受けたさっきの女性が廃工場に戻ってきていた。
本当は楽に除霊は終わっていたのだが、ジークの疲れ果てた顔を見て大変だったと判断したのだろう。

「え、ええ、まあ。」

神父も苦笑いを浮かべて相槌を打つ。
まさかジークの疲れ果てた姿が自分の提案が原因だとは言えない。
あの後、結局ジークがどれだけ頑張っても全く効果がなかったのだ。

無駄に体力を使い果たしたジークが哀れとは思ったがいつまでもこのままでは意味がないので
取り敢えず今は一時的に諦める事にし、依頼完了の連絡を取ったのだった。

「ではこれで除霊は終わりましたので安心して取り壊してください。
放っておくとまた別の悪霊が潜り込むかもしれませんからね。」

それでは失礼、とばかりにその場を後にしようとしたが女性に呼び止められてしまった。

「唐巣神父、失礼ですが車はお持ちでないのですか?」

そう、なんと神父とジークはこの廃工場までタクシーで来たのだ。
一流のGSとしてそれで良いのか?と突っ込まれそうだが、それもまた神父らしいと言えるだろう。

「ははは、お恥ずかしいですが今は車を使っていないのですよ。
免許は持っているのでその内なにか手頃なのを探すつもりですけどね。」

恥ずかしそうに神父が頭をかくが、それを聞いた女性の目がキラリと輝く。

「ではどうでしょう。今回の依頼のお礼に我が社の車を使っては頂けませんか?
もちろん依頼料とは別にさせて頂きますわ。本日の迅速な除霊に我々はとても感謝しているのです。」

さらりと凄い事を言っている。
車一台はけして安いものではない。
なのにそれを依頼料とは別に差し上げると言っているのだ。

少なくとも神父はそう感じた。
当然、清く貧しい神父にはそんな高価なものを受け取る事は出来ない。

「いえ、流石にそれは受け取れませんよ。
依頼料はすでに頂いているのだから―――」

(神父……!神父……!
貰えるものは貰っておかないと後で姉上に何をされるかわかりませんよ……!)

(う……!言われてみれば……!)

断ろうとした神父にジークが耳打ちする。
もしこれが後でワルキューレに知られたらどれだけ怒られるかわかったものではない。
不足物資は現地調達をモットーとするワルキューレにとって、使えるものは全て使うのが常識なのだ。

「あー……すいません。
その話ありがたく受けさせて頂きます。」

一度断ろうとしてやっぱり受けます、というのは正直恥ずかしいが教会の台所事情を握っている
ワルキューレに逆らうのは躊躇われたし、その上相手の善意を無駄にしたくないという気持ちもあった。

提案が受け入れられた女性は、神父に笑顔で明日教会まで車を運ぶ事を伝えている。
女性、つまり依頼先の自動車会社もGS業界で有名な唐巣神父にコネを作れて大喜びなのだ。
いつかまた何か霊的なトラブルが起これば、義理堅い神父の事だ。きっと力になるだろう。

「それではお二人とも教会までお送りしますよ。」

ジークが疲れ果てている事もあり、結局依頼人に教会まで送ってもらう事となった。
流石にこれは情けないので内心車が手に入るのは嬉しかったりするのだが。

























「ほう、という事は車が手に入るのだな?
これは助かる。やはり人間界は車が無いと不便だからな。」

夕食を皆で囲みながら今日の出来事を話し合っている。
車が手に入る事を聞いたワルキューレが喜んでいた。

「僕は運転できませんが、姉上は運転できるのですか?」

ちなみにジークは免許を持っていないので車を運転した事はなかった。
留学先の妙神山は車が走れるような土地ではなかったので運転する機会が無かったのだ。

「もちろんだ。人間界で行動するには運転技術は無くてはならないからな。」

胸を張って答えているが美神令子の車に突っ込んだ事は言う気が無いようだ。

「私は当分車は使わないから良かったら君達が使ってくれないかい?
せっかく頂いたのに使わないというのも失礼だしね。」

「それはありがたい。ではさっそく明日使わせてもらおう。
ジークと山に行くのだが交通手段をどうするか迷っていた所なのでな。」

神父の提案に感謝するワルキューレ。
やはり車はあると便利だ。

「君達にはいつも手伝ってもらってるからね。
明日は楽しんでくると良いよ。」

神父も任務優先のワルキューレが山へ行くと言ってるので喜んでいた。
仕事を優先するのは立派だが、適度な休暇は必要なのだ。

「ああ、それとジーク。神父の術を覚えるという話だが……」

「もしかして駄目ですか?」

ワルキューレが言い難そうにしているので何か不都合でもあると思ったのだろう。
ジークが不安気に問い掛けている。

「いや……駄目という訳ではないのだが。
魔界でならともかく、人間界で我らに力を貸してくれる存在など無いのではないか?」

「あ。」

言われてみればその通りだ。
魔族の自分達はこの世界では異質な存在なのだ。
世界から力を集める神父の術とは根本的に合わないような気がする。

「うーん……ピート君にも使えた訳だから君達でも不可能ではないと思うんだけどね。
まあ、色々試してみれば良いんじゃないかな?時間はあるみたいだし。」

ピートという前例があったから勧めてみたのだが
純粋な魔族であるジークには無理なのかもしれない。
とはいえ諦めるには早いので色々試してみるように勧める。

「そうですね。上手く行けば幸運ですし……
やるだけやってみようと思います。」

「ああ、私も出来るだけ力になるからね。
それはそうと明日は楽しんでくると良いよ。
やっぱり休息は必要だからね。」

「うむ。ジーク、お前の準備は私がしておくから明日の朝まで休んでいるといい。
少々疲れているみたいだからな。明日に備えて体力を回復させるのだ。」

優しく自分を労わってくれている姉の言葉に
本日三回目の既視感―デジャビュ―を感じ、内心頭を悩ませるジークであった。

























―後書き―

ちょっと内容が薄いですが2部編成ですので後編に続きます。

ちなみに作中の映画や自動車会社は2005年5月のものです。
わからなかった方は流してもらって結構です。
最近見た映画では一押しの作品でしたが……。

原作の時間軸とはちょっとずれますけど1999年の事なんてもう忘れかけてますので……
時間軸が2005年なので携帯電話やインターネットは普通に出回っています。
まあそれが作品に大きな影響を与える訳ではないですが。

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