ザ・グレート・展開予測ショー

GSホームズ極楽大作戦!! 〜バスカヴィル家の狼〜 5


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(05/ 7/ 3)

白と緑がコントラストを織り成すバスカヴィルの館は、広大な敷地のわりにはこじんまりとしてはいたが、それでも部屋の数が十を下らぬほどはあった。
整然と切り取られて積み上げられた壁石の角は全て丸くなり、バスカヴィル家が永きにわたりこの地にあったことを物語っていた。
中央部には円柱に支えられたポーチが一段高くなって出っ張っており、重々しい玄関へと私たちを導いていた。

最近になって付けられたに違いない呼び鈴を鳴らすまでもなく、ヘンリー卿は自分でさっとドアを開けて薄暗いホールへと入っていった。
ヘンリー卿の後に続いて入った我々が目にしたのは、広々とした立派な造りの部屋だった。
梁に見える木口は長い年月を経て黒光りする樫の木であったし、左手の奥にはさすがに火こそ灯していなかったが、よく手入れされた古風で大きい暖炉が鎮座していた。
それから、くすんだ色を投げかける古いステンドグラスをはめ込んだ高い窓や、これまた黒く炙られた樫の木の羽目板や、壁に塗り込まれた紋章などをぐるりと見渡した。
まさにそれは、私が想像した通りの旧家の絵そのものであった。

「アル! アル!」

そんな私の感傷など気にせず、あわてて人の名を呼ぶヘンリー卿の声が、ホールの高い天井に反響して木霊した。
私はてっきり執事か下男でも呼ぶのだろうと思っていたが、予想に反して奥の部屋から姿を現したのは、まだ二十歳ほどにしか見えない一人のメイドだった。

「まあ、なんでございますか。そんなに大きな声を出されなくても聞こえてございますわ、ヘンリーさま」

アルと呼ばれたメイドは、少したしなめるように言った。
すると、ヘンリー卿はいたずらを見つけられた子供のように、照れくさそうな顔をしてにこやかに笑った。
ヘンリー卿とは一回りほども違うはずなのに、ともすればどこか彼女の方が年上のように思えた。

「ふむ。おもしろいね、ワトソン」

ホームズは軽く私の方に目を向けて囁いた。
私のみならずホームズもまた、この主従の奇妙な位置関係に興味を引かれた様子だった。

「ああ、これはお恥ずかしいところをお見せしました。これは叔父の頃から当家に勤めている、メイドのアルバです。まあ、私はいつもアルと呼んでいるんですが」

私たちの視線に気付いてか、ヘンリー卿は顔を幾分か赤くしていた。
それとは対照的に、アルバのほうは落ち着き払った態度で我々へ深々と会釈した。

「ようこそいらっしゃいました、ホームズさま、ワトソンさま」

このときになって、私はようやくアルバの様相に気がついた。
アルバはかなり古くさい、今どきの娘ならば絶対に着たがらないような地味な制服を着ていたが、まるでそれが流行りの頃のように見事に着こなしていた。
頭につけたカチューシャは染みひとつない清潔さを保っていたが、白く見えるのはそれだけではなかった。
彼女の名(Alba = ラテン語で『白』の意)に相応しく、長くふくよかな髪は見惚れるほどに白く、艶やかで銀色に輝くかに思えた。
そして丁寧に隠されたカチューシャの下から、あの思い出深い『赤毛連盟』事件のウィルスンと同じく、燃えるように赤い前髪を覗かせていた。

「ヘンリーさま、すぐにお茶になさいますか?」

「用意は出来ているのかね?」

「はい、すぐにご用意いたします。お客様にはお部屋にお湯をとってございますから、それまでのあいだにお仕度なされましたらよろしいかと存じます」

「それはありがたい。では、そうさせてもらおうか」

朝からの少々の長旅で疲れた身にとって、これは何よりもありがたい心遣いだった。
まだ若いのにこれほど細やかな気の利く者など、昨今では大枚をはたいたとしてもそうなかなか見つかるものではない。
筋違いではあるが、亡くなった叔父から素晴らしい者を受け継いだヘンリー卿のことが、私はうらやましかった。
我が家にいた、あのどうしようもないメリー・ジェーンのことを思い出して、心底そう思った。

「それではどうぞ、こちらへ」

アルバは私の荷物を手に、二階の部屋のほうへと案内してくれた。
古風な広間の中央には、広い手すりの付いた二つ折れの階段が伸び、高い回廊へと続いていた。
私たちは暖かな陽の当たる南に面した部屋をそれぞれにあてがわれた。
これらの部屋は階下とは違ってはるかに新しく出来ていて、明るく清潔感の溢れる室内だった。
窓を開けてみると、小高い山に囲まれた沼沢地のごつごつとした斜面が広がっている様子がよく見えた。



間もなく身支度を済ませて階段を降りていくと、柔らかな午後の光に満ちたテラスへと案内された。
清々しいデヴォンシャーの空気をのんびりと堪能していると、アルバがトレイにのせた数々の茶器を音も立てずに運んできた。

それは実に充実したひとときだった。
キューカンバーをはじめとする様々なサンドウィッチには、何故か玉葱だけが入っていなかったのがやや物足りなかったが、それを引いても余りある出来だった。
次に出てきた黒イチゴのタルトもよかったが、なんといっても私を満足させたのは大きく焼き上げられたスコンだった。

狼が口を開いたような、と評される焼き上がりそのままに膨れ上がり、生地の中ほどに見事な割れ目が生じていた。
外はさっくりとしていて、中はしっとりと柔らかいスコンをそこから二つに割り、たっぷりのクロテッド・クリームとジャムをのせて食べる。
ロンドンでは表面に卵黄などを塗ってつやを出し、やたらに甘いものを店が多くなったが、そんな飾り気などない、昔ながらのデザートに私は嬉しくなった。
その証拠に、普段はあまりこういったものを口にしないホームズまでもが、さも美味そうにしているのだった。

「どうです? なかなかのものでしょう?」

まるで母親か妻の手料理でも披露するといった様子で、ヘンリー卿が言った。
その口調には、どこか誇らしげなものが含まれていた。

「実に美味しいですね。これも彼女が?」

「そうなんです。アルはコックとしても一流だと思いますよ」

「ほう。すると、こちらの来る前にどこかで習ってきたのでしょうか?」

「さて、それは特に聞いたことがありませんね。どうしてですか?」

「いえ、彼女の若さで昔ながらにこれだけのものを作るというのは、なかなか難しいかと思いまして」

「まあ、どちらでもいいじゃないですか。ところでホームズさん、調査の方はいつごろなさいますか?」

「そうですね、早速明日にでも始めようかと思っていますよ」

ホームズの言葉を聞いて、私はおや、と思った。
彼が現場についてから、そんなにのんびりとしていることなど、今までになかったことだからだ。
普段なら午後のお茶を楽しむこともせず、辺りをくまなく調査しているはずなのに、これはいったいどうしたことであろうか。
私の顔に浮かんだ疑問をよそに、ホームズはもっと他に関心があってしかたがない様子だった。

「こちらのお屋敷には他のものは誰もいないのですか?」

「ええ。大きな来客のときなどは臨時に人手を借りたりもしますが、普段は私とアルのふたりだけです」

「それでは大変でしょう」

「いやいや、アルは非常によくやってくれていますし、私もアメリカ生活が長かったものですから、大抵のことは自分ですることに慣れておりますから。まあ、ゆくゆくは何人か雇わねばならないでしょうが、今は気ままな独身生活を堪能していますよ」

そう言ってヘンリー卿は陽気に笑ったが、ホームズにはまだ何か気にかかることがあるのが見て取れた。
だが、それが何なのかは私にはわからなかった。



その夜、夕食のために広間につながる食堂に降りてみると、そこは昼間のテラスとは打って変わって、暗く陰気なところだった。
細長いつくりの食堂は中央で二つに分かれており、上段のほうには家族の者が、下段のほうには使用人たちが坐るようになっていた。
伝説にあるような酒宴を張るには相応しかっただろう食卓も、今は私たち三人しかおらず、つい声までもがひそひそと落としてしまいがちだった。
そして、その陰鬱とした我々の様子を、壁に掲げられたこの家の祖先たちの肖像が不気味に見下ろしているのだった。

やっと食堂から解放された私たちは、球戯室へと逃げ込んでゆったりとタバコを楽しんだ。
私がヘンリー卿にサーストンとの賭けで鍛えた腕前を披露しているあいだ、ホームズは熱心にバスカヴィルの古文書を調べていた。
その間、二回ほどアルバがやってきて一言二言ヘンリー卿に報告をしていたが、やがて辞して自分の部屋へと下がっていった。
あんまり夢中になってゲームを続けていたため、気がついたときにはすっかり夜遅くなってしまっていた。

明日の調査を話しながら、それぞれ自分の部屋へと下がっていった。
私はベッドに入る前に窓を少し開けて外を覗いてみた。
塗りつぶしたような漆黒の闇の中で、少しばかりの植え込みの木が先程から出てきた風に揺られて、ざわざわと音を立てるのが聞こえた。
流れる雲の切れ間から半月が時折姿を現し、静かな沼沢地に冷たい光を投げかけていた。
ひんやりとする風を受けて、これでぐっすりと眠れるだろうと思いながら、窓を閉めた。

だが、そうはいかなかった。
身体はすっかり疲れているのにもかかわらず、どうしたことかなかなか眠りにつけなかった。
幾度となく寝返りをうって時を過ごしていると、いつのまにか風も止んで死んだように静まり返った屋外から、犬の遠吠えが聞こえた。
かなり離れている場所で吠えているらしいその声は、始めのうちは力強く、少し途切れた後にもの悲しい泣き声に変わっていた。
私はベッドの上に起き上がって、窓に寄せてじっと耳をすませていたが、やがてそれはぴたりと止み、あとは静寂が訪れるばかりだった。
それから三十分ばかりのあいだじっと待っていたが、ついぞ再び聞こえてくることはなかった。

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