ザ・グレート・展開予測ショー

デートっぽい。


投稿者名:APE_X
投稿日時:(05/ 7/ 3)

 事務所から最寄りの駅前で、横島はそわそわと人待ち顔をさらしていた。
 履き古したジーンズにTシャツ、いつも通りどうでも良いような格好だが―――。


「うー・・・。タマモめ、なーにが『少しはセンスってものを考えなさい』だ・・・」


 がしがしと掻きむしった頭に、いつものバンダナがない。
 どうやら、タマモのコーディネイトにはそぐわなかったらしい。

 そのかわり、手首にはごついダイバーズウォッチ、襟元にはシルバーのチェーンが覗いていた。

 待ち合わせている相手は、小竜姫―――と、パピリオ。

 横島的にはそうなっているが、本当はパピリオと小竜姫、というべきだろう。
 神魔双方の上層部から、条件付きではあるが、ようやくパピリオの外出許可が下りたのだ。
 今日はその記念すべき最初のお出かけのお伴で、《東京デジャブーランド》へ行く事になっていた。

 ちなみにその条件とは、『俗界最強の武神』小竜姫と、『魔神殺し』横島の二人がお目付につく事、というもの。

 どうも、どこかのお節介焼きの影が、ちらほらと見え隠れする話である。
 ―――主に、この話を通すのにかなりごり押ししまくったらしい、人民服を着たゲーム猿の影が。

 もっとも彼にとっては、可愛い孫娘(のようなもの)の希望を叶える方が優先で、愛弟子の色恋沙汰など余録だろう。


「アレか、猿神のジジイと結託でもしてやがるのか?―――ったく。デートじゃあるまいし・・・」


 バンダナを取り上げられた額に、相当の違和感を感じているらしい。
 横島は先ほどから、落ち着かなげに髪の毛を引っかき回し続けている。


『ヨコシマーっ!会いたかったでちゅ!!』
「ぐはうッ!?」


 ―――ズッドォン!!

 ぶつくさと呟いた横島が、腕時計を確認して顔を上げるのと、待ち人(?)が彼に飛びつくように現れたのは、ほぼ同時だった。


「よおパピリオ、久しぶり。――・・・相変わらず元気一杯って感じだな・・・」


 轟音とともに、もたれ掛かっていたコンクリート製の柱に思い切りめり込んだ体勢で、横島は軽く手を上げた。
 その腹にしがみついた、見た目は小学校半ばほどの義妹に、やや引きつり気味な笑顔を向ける。


「・・・次からは、もーちょっと手加減してくれ」
『―――ちょっと張り切りすぎたでちゅ・・・ゴメンでちゅ』

「イヤまあ、いーけどな。こんくらい慣れとるし」


 気恥ずかしげに謝るパピリオの目の前で、ぱらぱらとコンクリートの破片を払い落としながら立ち上がる。
 砕け散った柱とは対照的に、さしたるダメージはないようだ。
 ―――本当に人間か?


『―――もう!あまり調子に乗ってはダメだと、何回言わせるんですか・・・!』
『う〜・・・反省してまちゅ・・・』
「・・・!」


 いつも通りパワフルすぎるパピリオの愛情表現に、これまたいつも通りのお叱言を言いながら、小竜姫も後を追って現れた。

 だが、残る横島の反応だけが、何故かいつも通りとは言い難い。
 おべんちゃらをまくし立てながら擦り寄るでもなく、玉砕必至のルパンダイブを敢行するでもなく。

 ただただ息を呑んで立ちつくし、目を瞠って小竜姫を見つめ続けている。


『こんにちは、横島さん。――・・・横島さん?』
「―――ッ!、あ、どーも・・・その、今日は、よろしく・・・」


 いぶかしげに声をかけられた横島は、我に返った途端、今度は困ったように目を逸らしてもごもごと挨拶した。
 その反応に、パピリオは何故か無い胸を張って勝ち誇り、小竜姫は逆に不安そうな様子で自身の姿を確認する。


『あ、あの・・・もしかして私の格好、何かヘンですか?・・・――パピリオに見立てて貰ったんですけれど・・・』


 そう言って見下ろした小竜姫の今日の服装は、膝下丈の白いワンピースに、少し大きめの羽織りシャツ。
 足許は濃い色合いのストッキングとローヒールで固め、普段の彼女より少しお淑やかな雰囲気を演出している。


『むっ!ヘンなんかじゃないでちゅ!!パピのコーディネートが信用できないって言うんでちゅか!?』
『そーいう訳じゃありませんけど・・・!』


 口を尖らせたパピリオと口論する様子が、まるで少し年齢の離れた姉妹のように見える。

 その姿に、さらに困ったような笑みを浮かべて。
 横島は、言い争う二人の間に割り込んだ。


「全然、ヘンなんかじゃないっすよ。・・・――とても可愛らしくて・・・良く似合ってます。本当に」


 ぐしゃぐしゃ、っと、照れたように前髪を掻き回し、ふわりと笑う。
 そんな横島の、彼らしからぬ穏やかな視線に見つめられて。


『え・・・っ?―――あ、あの、その・・・、あ、ありがとうございます・・・』


 ぼむっ、と小竜姫の顔面が紅潮する。

 ―――今度は、彼女が困る番らしかった。



***



 他人の不幸は蜜の味、という。

 そこまでは言わなくとも、やはり他人の恋路は気になるもの。
 ましてや、思春期真っ盛りの少女にとって、自らの気になる異性の恋路は極めて重大な問題である。
 ついでに『偶然』ライバルの邪魔ができれば、ますます重畳。

 と、言うわけで―――。


「むむぅっ!拙者、先生にあんなふーに言ってもらった事ないでござるッ!!」
「ちょっと!落ち着きなさいよ、バカ犬!!アタシたちが尾行してるの、バレちゃうじゃない!」


 シロとタマモの犬っ娘コンビは、ただいま出歯亀の真っ最中であった。

 黒のタンクトップにオフショルのTシャツを重ね、ホットパンツから尻尾を出したシロ。
 タマモはノースリのブラウスにキュロットでしめている。

 活動的というか、開放的というか。
 比較的身体のラインが出やすい服装の美少女が、二人揃ってお尻を突き出すような格好でしゃがみ込んでいる。
 何も知らないおにーさんには、非常に無防備そうに見えるだろう。

 勿論、迂闊にちょっかいでもかけようものなら、即座に殲滅されること請け合いだが。


(ヨコシマのあの表情・・・――アレって、『あの』顔だわね・・・)


 何やら憤懣やるかたない様子の相棒を抑えながら、タマモは少し憂えた表情になった。

 横島により強く関心を抱いているのはシロであって、タマモ自身は正直、男としての横島にはさほど興味はない。
 どちらかというと面白半分で尾行している面が強いため、シロよりもやや冷静な観察ができているようだった。

 そしてそれだけに、小竜姫に対する敵愾心も稀薄なのだ。

 だから。


(まったく、あのおチビは・・・!、何を考えてるのよ!?)


 一歩間違えれば酷く不幸な結末をもたらしかねない、危ういコーディネイトをした犯人に、腹立たしさを感じてしまっていた。



***



 頂点からほんのわずかに西へ傾いた初夏の陽射しが、未だ充分な熱と鋭さでアスファルトを灼いている。

 ティンバロやピッコロを多用した、無闇にリリカルなBGM。
 要塞としての防衛機能など初端っから無視した造りの、やたらとファンシーなお城。
 生物としてはあり得ない頭身をした犬や猫の人形たちが、手にした風船を子供たちに配ったり、愛想を振りまいたりしている。

 ここは、東京デジャブーランド。
 『完璧な夢』を客に提供する、必要以上に完全無欠な夢の国。

 今、そのド真ん中で、ある意味ファンタジーにもっとも近い一組の男女が、へろへろになっていた。


『さー次はあれに乗るでちゅ!早く早くッ!!』

「いや、ちょお待てえ!少しは休ませろ!!」
『ぜ、絶叫ましーんとやらは、連続で乗る物ではありませんね・・・』


 元気一杯、弾けるようにはしゃぐパピリオのお子様パワーの前には、横島も小竜姫も形無しだった。

 未だ遊園地に着いてから半日も経たないというのに、二人揃ってぜーぜー、はーはーと顔を引きつらせている。
 絶叫マシーン三連打は、些かキツいものがあったらしい。
 これが実戦なら、もっととんでもないGでも平然としている癖に。


『二人とも、だらしがないでちゅね!時間は貴重でちゅ、わたしたちには無駄に費やす余裕はないんでちゅよ!?』
「うるせーっつーの!何でそんなに張り切ってやがんだ・・・」

『・・・すみません。実は、どうも殿下に対抗意識を燃やしているらしくて・・・』


 小竜姫が『殿下』と言う場合、大抵は天竜童子の事を指す。
 その天竜がつい最近、妙神山を訪問した際に、ジークの対応が恭しかった事がパピリオには面白くなかったらしい。
 パピリオに対するそれと比べて、随分と格差を付けられたように感じたのだという。


『パピには適当な返事しかしないくせに、てんりゅーには直立不動で敬語でちゅよ!?ジョンはパピのペットなのにッ!!』
「いや、オマエな・・・ペットはどーかと思うぞ・・・?」


 一応ツッコんではみたものの、無理もないか、とも横島は思う。

 ジョンことジークにしてみれば、相手は竜神王の嫡子だ。
 もしも対応を間違えて神界と事を構えるようなことにでもなれば、デタント崩壊のトリガーを我が手で引くような物。
 下にも置かぬ扱いにならざるを得ないのは、良く分かる。

 だがパピリオからみれば、天竜などあくまでも同世代の子供に過ぎないのだ。
 霊格も霊力もほぼ拮抗しているのだから、なおさらだろう。

 ジークがパピリオにも恭しく接していれば、というのは容易い。

 だが、何分にも普段から一緒に暮らしている仲のこと。
 ましてや同じ魔族同士であり、それなりに気易くもあれば、これまでの経緯もある。
 これはもはや、起こるべくして起こった事態だと考えるしかない。

 ただ、そのツケを何故自分が?、っと思ってしまうのも事実ではあるのだが。


『折角てんりゅーも来たがってたデジャブーランドに先に来れたんでちゅ!目一杯愉しんで、自慢してやるでちゅ!!』


 何やら方向の間違った決意と情熱の炎を背負い、小さな拳を握りしめている。
 ずごごごっ、と噴き出した霊気で、周囲の鉄柵やベンチが軋んでいたりするのはご愛嬌。
 周りのお客さんや係員の人たちが、台風報道の現場中継みたいに吹っ飛んでいるのは、気のせいだ、多分。

 そんなパピリオから目を背けて、横島は時間稼ぎのかわりにと、小竜姫に気になっていた事を尋ねてみた。


「―――そいや、雪之丞はどーしたんすか?、アイツたしか今週、妙神山に行くって・・・」


 そう、パピリオのお目付役というなら、『最強』と謳われる雪之丞でも構わない筈だ。
 横島としては、あわよくば、というか多少ムチャをしてでも、こんな怖ろしい任務は誰かに押しつけたい。
 ちなみにその場合、勿論どさくさ紛れに小竜姫も一緒に連れて逃げる気だ。

 だが、世の中とは常に無情なもので。


『雪之丞さんなら、今頃は老師の名代でシャム・・・今はタイと言うんでしたっけ?、そちらへ・・・』
「た、タイぃ!?雪之丞がッ!!?」


 ずがあぁん!!っと、衝撃を受けて、横島はその場に崩れ落ちる。


『―――・・・どーかしたんですか?』
「タイっつったら、ムエタイ・・・ラジャダムナン・・・あの格闘バカが覚えて来ない訳がねえ・・・!」


 ぶつぶつ、しくしく。
 がっくりとうなだれて、歩道脇のベンチに肘を突きながら、虚ろな声色でべそをかく。
 何しろ、雪之丞が何か新しいワザや戦法を覚えてくると、真っ先に実験台にされるのは横島なのだ。

 『よお、ちょっと修行に付き合え!』っと。
 ムダに闘る気マンマンな雪之丞が横島宅の戸口に仁王立ちする未来絵図が、横島の脳裏に映っていた。


「は、猿神・・・!オレに何か恨みでもあるのか・・・ッ!?」
『・・・ご愁傷様です・・・』


 どんよりと落ち込む横島の後ろ姿に、小竜姫がかけてやれる言葉は、他にはない。

 今の雪之丞は、格闘の技量だけなら彼女自身にも匹敵する。
 文字通り『人界最強の格闘生物』を相手にしなければならない、そんな不幸の前には、下手な慰めなど無意味だ。

 ―――まあ、そんなモノと年中やり合って五体満足のままなあたり、横島も『無敵』の二つ名に恥じない化け物な訳だが。


『もおッ!ゆっきーなんかどーでも良いんでちゅ!!早く次に行くでちゅよ!!』
「うおッ!?、は、放せーっ!!せめて、もーちょっとヌルいのにしてくれ・・・!!」


 『無敵』だろうが『最強』だろうが、お子様の前では同じ事。
 襟首を鷲掴みされ、引き摺られて行く横島を見送って、小竜姫は手を振った。


『私はもう少し休んでますから、お二人で行ってらっしゃい』
『小竜姫、ナイス!さすが気が利くでちゅ!!―――さ、ヨコシマ!行くでちゅよ!!』


 しゅびっ!っとサムズアップして、じたばたと暴れる横島を引っ掴んだパピリオが人混みに消えて行く。


「そんな、あんまりやぁー!?裏切ったなっ!、とーさんと同じに、ボクを裏切ったなーッ!!」
『・・・紫色より金色の方が、横島さんには似合ってますよー・・・』


 その場合、自分もコンタクト着けて、勢いよく横島の胸に飛び込むつもりらしい。
 他にも、白地に青赤黄色のトリコロールとか、緑色の悪役っぽいのとか色々あるが。

 ちょっと(かなり?)禁じ手の入ったギリギリな台詞で、遠ざかる横島の泣き声に答えておいて、小竜姫は急に振り向いた。


『覗き見とは、関心できませんね?――・・・出ていらっしゃい、二人とも』


 小竜姫の呼びかけに、茂みが揺れる。

 がさごそ、わたわたとしばらく慌てる気配がしてから。
 観念したように、金銀二色の頭が、にゅっ、と灌木の向こう側から突きだした。


「ホラ、見つかっちゃったじゃない!アンタが騒いだせいよ!?」
「何を言うか!そーいうタマモこそ、迂闊に気配丸出しだったではござらんかッ!!」


 侃々諤々、ああやかましい。



***



 しうううう・・・、っと拳骨を喰らった脳天から煙をたなびかせつつ、シロタマがひっくり返っている。


『まったく・・・!、人目というものをもう少し考えてください、二人とも!』


 ぐーるぐーると目を回したお子様二人に向かって、腰に手を当てた小竜姫が説教していた。

 しかし、周囲のお子様連れのお父さんお母さんが必死に目を背けているのは、むしろ小竜姫の折檻の過激さのような気がする。
 少なくとも、『俗界最強の武神』の拳は、人前で振るって良いものではない筈だ。

 まずアナタが人目を気にしましょう。


「うぬぅ〜・・・やはり力では勝てぬかあぁ・・・!」


 むくり、っと、師匠譲りの打たれ強さを発揮したシロが、良く分からない事を言いながら復活した。
 へたり込んだまま小竜姫を恨めしげに見上げるその目線は、何故か小竜姫の顔よりだいぶ下方に向かっている。


「拙者とそんなに違わないのに・・・ってゆーか、むしろ拙者の方がちょびっと上?」
『な、何の話ですかッ!?』


 まるで親の仇を見るような目つきで、近ごろ少々コンプレックス気味な胸元をじっと見据えられ、小竜姫はうろたえた。
 思わず両手で身体の前面をかばい、ちょっと後ずさる。

 一方のシロは、何故か両手をワキワキさせつつ、にじり寄る。
 座ったアブない目つきに、妙に荒い鼻息。
 その様子はまるで打たれ強さのついでに、セクハラ魂まで師匠から受け継いでしまったかのようだ。


『ちょ、ちょっと!・・・何か、目つきがイッちゃってますよ!?』
「良いではないか良いではないか・・・大人しく研究させるでござるよッ!」
『きゃーッ!!?』


 ごちん!

 泣き叫んだ小竜姫の手加減も遠慮もない拳骨が、痛そうな音を立てて着弾。
 再び脳天から煙を噴出させたシロの身体が、重力加速度を無視した高速で垂直に落下する。


『はーっ、はーっ・・・』
「イタタ・・・ってシロ、アンタ何いきなりサカってんのよ・・・」

『ヒィっ!?』
「―――や、そんなに怯えられても・・・」


 轟沈したシロと入れ違いに、小竜姫の背後で復活したタマモが、相方にツッコむ。

 コイツもかっ!?、と思わず警戒心もあらわに振り向いた小竜姫は、人狼のタフネスを見くびっていただろうか。
 ―――どちらかというと、シロの、と言い換えた方が正解っぽいが。

 がばちょっ、と無防備な後ろから抱きつかれる。


「だってぇ〜!拙者もあーやって先生に意識されたいでござるー!!」
『うひゃあ・・・!?』

「――・・・まあ、言いたい事は分かるけど・・・」


 さーわさーわ、すーりすーり。


「むぅうう・・・違いが分からないでござる・・・大きさも形も、負けてないハズでござるのに・・・ッ!?」
『イヤーやめてー!!、えっちー!!』

「ホラ、その辺にしときなさい!――本気でべそかいちゃってるわよ」


 ぐいっ、と割り込んだタマモの背後に逃げ込んで、小竜姫は涙目のままでシロを睨んだ。

 人狼の小娘にセクハラされて、べそまでかいちゃう竜神。
 何だか有り難みが非常に薄い。

 さすが、某役立たずの友人などやってるだけの事はある。


『う〜・・・。グスン・・・』

「しかし本当に、拙者と小竜姫様と、どこがそんなに違うんでござるか!?」
「実年齢でしょ」


 きっぱりはっきり、タマモの答えが正解。


「それを言うなら、若い方が良いに決まってるでござる!小竜姫様の方が絶対、拙者より先にタレるでござるよ!?」
『ちょっと、シロさん!?それはあんまりな言い方じゃありませんかッ!!』

「いー加減、その話題から離れなさいよ・・・小竜姫も・・・」


 まだ鼻を啜り上げながら、しかし聞き捨てならないらしく、小竜姫が吠え返す。

 げそっ、とタマモがツッコむも、効果無し。
 こういう時にバカを見るのは、最後まで良識を捨てきれなかったヤツである。


「あんまりも何も、年増は年増でござる!若くてぷりちーな拙者にはかなうまいッ!!」
『と、年増ッ!?――・・・アナタがまだ子供なだけでしょう!』

「へへ〜んだ!おばちゃんよりはピチピチな分、まだ子供のほーがマシでござる〜!」
『おば・・・ッ!?、・・・パピリオに続いて、アナタもですか、そーですか・・・!』


 タレるだの年増だのピチピチだのと、傍で聞かれたら物凄まじく恥ずかしい会話を繰り広げるシロと小竜姫。
 思いっきり巻き込まれたタマモはもう、穴があったら入りたいという言い回しの、総天然色見本な心境だ。


「この、乳びんぼー!婚期を逃したいかず後家!」
『何ですって!?この、イモ狼!フナ狼っ!!』


 ぶっちん。
 タマモ、臨界点突破。


「―――・・・ッだああ〜!!うっとーしいのよっ、このドングリの背比べどもッ!!!」

『・・・ドングリの』
「背比べ・・・?」


 ぐいぐいっ、と再び割って入ったタマモは両手を広げ、醜い言い争いを繰り広げるおバカたちを引き離す。
 その姿勢だと当然、胸は反り返るように張っている訳で。

 左右から視線が一点集中。

 ぎりぎりC(Bだとちょっと苦しい)と、きっぱりAとを、それぞれ見比べているようである。

「富の偏在、ここに極まれりッ・・・!!」
『ううっ、これだから、資本主義って・・・!』

「よく分かんないけど、アカいこと口走るんじゃないの!キケンだから!!」


 というか、今日び本物のアカい方々でもそんな事、言いません。
 ついでに、早く育てば良いって物じゃない、とか、大きさが全てじゃない、とか書いておこう、一応。

 ―――もっともどうフォローしたところで、妖狐相手に『そういう』方面で挑む限り、勝てる要素の方が少ないだろうが。



***



『―――それで、小竜姫ったら、わたしに正座なんかさせるんでちゅよ!?おーぼーでちゅ!!』
「イヤそりゃオマエ・・・自分が悪いんだろーが」


 夕陽色に染め上げられた観覧車の狭い室内に、パピリオの不満そうな、しかし元気良い声が響く。
 舌っ足らずな口調でまくし立てているのは、先ほどからずっと、小竜姫に関する不平ばかりだ。
 そのいかにも本気ではなさそうな子供の愚痴に、軽い口調でツッコミながら、横島は夕焼けに目を向けた。

 結局あれから小竜姫とは合流できないまま、パピリオに引きずり回されて、アトラクションを二つもハシゴしてしまった。

 三つ目が、大人しい観覧車だったのは、正直ありがたいが。
 折悪しくというか何というか、今日はまた夕焼けが非常に綺麗だ。

 パピリオと二人きり、という状況も手伝って、横島の目に映るその空の色は、いつにもまして眩しい。

 そんな横島の感傷がうつってしまったのだろうか。
 機関銃のように近況を報告していた彼の義妹も口を噤んでしまい、にわかに沈黙が室内を埋め尽くした。


「―――なあ、パピリオ・・・。小竜姫様、好きか?」


 ぽつり、っと尋ねた横島の顔を見上げて、パピリオは少しくすぐったいような表情で笑って見せる。


『・・・キライじゃないでちゅ。堅っ苦しいし、年寄り臭いし、すぐ怒るけど・・・いつも一緒にいてくれまちゅ。
 寂しい時は一緒のお布団で寝てくれるし、オヤツも作ってくれまちゅ。』

「そっか・・・」


 未だ生まれて幾らも経っていない、その上身も心も外見相応に幼く創造された、いたいけな義妹。
 幼げな容貌に、似合わない寂しさを滲ませたその小さな身体を、横島は膝に抱え上げた。


『―――・・・ヨコシマは?、どう思ってるんでちゅか・・・?』
「オレか?そりゃ勿論・・・」


 と、いつも通りに答えかけて、横島は何となく口ごもった。
 何故か、膝の上から見上げるパピリオの瞳に、縋るような色合いを見てしまったからだ。

 お道化てはぐらかしてはいけないような、横島としてはある意味非常に苦手な雰囲気である。

 ―――今日の小竜姫の服装は、パピリオが見立てたと言っていた。
 そしてその装いは横島に、否応なく『彼女』を連想させる。

 無論、パピリオが狙ってそうした訳ではないだろう。
 そうまであからさまに誰かと重ね合わせて見るなど、故人にも小竜姫にも失礼だ。
 横島の自慢の義妹は、心身共に幼くとも、そういった分別は人並み以上に備えている筈だった。

 だとすれば、おそらく無意識の内に、『姉』のイメージを投影してしまっている、と考えるべきだろう。


「―――好きだよ。一番最初にオレの事を認めてくれた恩人だし・・・師匠としても神様としても、尊敬できるしな」
『・・・そんけーするのは、やめた方が良いと思いまちゅよ?』


 ぜったい買い被りすぎでちゅ!、っと憎まれ口を叩きながら。
 それでも、嬉しそうな表情を隠しきれないでいる。

 ちょっと背伸びした、ボーダーのキャミソールに包まれたパピリオの上体を受け止めて、横島はわずかに瞑目した。


(これで、良いんだよな・・・?
 過去に囚われた生き方なんて・・・コイツには、似合わないもんな・・・)


 少し、言い訳じみているだろうか?
 そんな疑問を無理やり無視して、横島はパピリオの頭を、かぶったハンチングごと乱暴に掻き回した。


「それにッ!何と言っても、あのほっそりと引き締まった腰つきが!もーシンボーたまらんのだッ!!」
『むっ!!――でも、ひんにゅーでちゅよ!?将来的にはわたしのほーが『ないすばでぃ』になるでちゅ!!』

「甘いぞ!大きさがスベテではないのだっ!!形とかやーらかさとか、感度とかだな―――」


 こっちでも結局、その話題に行き着くのか。

 どうやら少女達の目には、胸部の脂肪の分量が、小竜姫の数少ない弱点と見えているらしかった。



***



「―――ねえ、気付いてる・・・?」


 夕暮れの遊園地。
 もうすぐ夜間のパレードが始まる、その準備のために人形たちが引き上げた歩道。

 そのすぐ脇、観覧車を見上げるベンチに腰を降ろしたタマモは、何故か疲れ切った表情の小竜姫に問いかけた。


「その格好って、多分・・・」
『――・・・『あの人』と似ている、でしょう?・・・分かっています』


 そう言って、微笑む。
 夕焼けに照らし出された小竜姫のその表情は、どこまでも優しげで。

 けれど、タマモには納得しかねる、切なさをたたえてもいた。


「・・・だったらどうして―――!?」
『だって、パピリオが選んでくれたんですよ?――・・・私に、って』

「〜〜ッ!、そんなの・・・!!」


 だんっ、と音を立てて。
 歩道のアスファルトを踏み鳴らし、詰め寄る。

 子供のした事だから?

 だから、誰の古傷をえぐっても、構わない?

 自分ではない誰かと、重ね合わせて見られても、我慢する?

 ―――冗談じゃない。

 自分ではない前世と、今ここにいる自分。
 そのギャップを周囲から押しつけられ、折りにつけ戸惑い続ける妖狐の少女は、激昂していた。


「―――先生は、もの凄く、物覚えが悪いでござる。勘もニブいし、時々アタマも回らなくなるようでござるな」


 唐突に、感極まったタマモの台詞が途切れた隙を狙って。

 タマモの背後から、まだベンチに腰を降ろして紙カップのストローをくわえたまま、シロが言葉を滑り込ませる。
 前後の脈絡もなく、いきなり師匠をこき下ろし始めたシロの意図が読めなくて、タマモは毒気を抜かれてしまった。

 その余りにも容赦のない言い草に、毒気のついでに度肝も抜かれてしまったが。


「そりゃ良く知ってるけど・・・。いきなり何よ?」

「だから先生は、目の前にいるのが神様でも魔族でも妖怪でも、幽霊でも―――多分ウチュー人でも、分け隔てなどしないでござる。
 それに、目の前の小竜姫様に重ねられるほど、もういなくなった『誰か』の事なんて、覚えてないでござるよ」

「・・・・・・」


 静かに、小竜姫と同じような微笑みを浮かべながら。
 シロは自信たっぷりに言い切って見せる。

 本気でそう思っている訳ではない。
 ただ、そう信じているのだ。
 いつかきっと、と。


『貴女は・・・優しいんですね。――・・・でも、心配して下さらなくても、大丈夫ですから。
 きっとまだ知らないのでしょうけれど・・・横島さんは、貴女が思っているよりももっと、とんでもなく凄い人なんですよ。』


 色々な意味で、横島が人間の規格外だという事は、タマモにも分かる。
 目の前の彼女たちが、そんな横島を信じているという事もだ。

 だが、どうしてそこまで信じ切れるのか。
 横島だって、しょせん人間には違いないのだ、心折れた人間が、必ず再び立ち上がれるとは限らない。
 彼の抱える傷を癒す事はできなくとも、せめて触れないように、えぐらないようにするのは、当然ではないのか。

 ましてや、自分がもし、今の小竜姫の装いのように無遠慮に、古傷に触れられたなら。
 自分はきっとその相手を、嫌悪するだろう。

 それが想像できない訳でもあるまいに、なぜ彼女は恐れげもなく、こんな真似ができるのだろうか。


『―――横島さんはいつだって、本当に必要な時に、必要とされる場所に、かならず立っているんです。
 力があっても無くても、あれは誰にも真似なんてできません』

「・・・・・・。」


 納得できない、タマモのそんな内心を読み取ったのか。
 小竜姫は軽く瞼を閉ざし、過去を振り返るような表情で微笑んだ。


『だからきっと、大丈夫。私たちが待っているかぎり、横島さんは必ず、そこに居てくれる筈ですから』
「そうでござる。だいたい、タマモが先生の心配をしようなんて、百万年早いんでござるよ!」


 小竜姫は静かに微笑み、シロは元気良く。
 手放しで横島の事を信じ切っているらしい、ある意味無責任とも言える事をぬけぬけと言い放つ。


「―――そんなに経ったらヨコシマなんて、何回転生してるか、わかんないわよ」
「・・・物の例えでござる!いちいち揚げ足を取るな、女狐!」


 考えてみれば、この中ではタマモが一番、横島との付き合いが短い。
 その、自分が知らない事を共有しているような二人の物言いに、何となく面白くない物を感じる。
 まるで、仲間外れにされたようで。

 タマモが、口を尖らせて少し拗ねだした所へ、狙ったように良いタイミングで、観覧車の扉が開いた。


「ぅう〜ん・・・っ!あー、良く遊んだ。な、パピリオ」
『何言ってるでちゅか、まだまだこれからでちゅよ!?、パレードに、花火に・・・』

「うぇ・・・マジか!?もーカンベンしてくれ・・・っと、小竜姫様―――と、シロに、タマモまで?何やってんだ、オマエら・・・」


 何だか、週末の家族サービスに疲れ切ったおとーさんのような、情けない表情。
 こちらに気付いて眉を跳ね上げる、その間抜け面めがけて。

 タマモは思いっきり、狐火を吹き付けた。


「のわっぢゃぁああ〜!?」

『あーっ!!わたしのヨコシマに何てことするでちゅかッ!?』
「そーでござる!!拙者の先生にいきなりこんな真似をしおって、返答次第では血を見るでござるよッ!!」

『ああっ、そんな、人前で火なんか吹いては・・・、ゴメンなさいゴメンなさい、今すぐ大人しくさせますから・・・!!』


 お約束通り、火だるまになって転げ回る横島。

 シロとパピリオが、いきり立ちながらもさりげなく所有権を主張して、水面下で火花を散らす。
 その背後では、小竜姫が周囲に謝り倒していたりもして。


「うるっさ〜い!!アタシだけがバカみたいじゃ、納得行かないってのよ!このッ、燃えてしまえぇー!!」
「何じゃそらーッ!?」


 ま、鈍感と超回復力と女難は、今日び主人公の三種の神器だ。
 頑張れ、横島。


「アタシのこの屈辱ッ、あんたの命でつぐなえー!!」
「待てコラーッ!!何が何だか、訳分からんわボケェー!!」


 ―――実際、横島が『必要な時、必要な場所に、かならず居る』男なのは、確からしかった。

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