ザ・グレート・展開予測ショー

横島忠夫奮闘記 85〜『きょうだい』の仲〜


投稿者名:ぽんた
投稿日時:(05/ 6/30)

St.ヴァレンタインデーというイベントが人界には在る。
その発生はキリスト教成立以前とも言われている。
時の権力者に逆らい、愛し合う男女の為に命を落とした聖職者、聖ヴァレンチノ。
彼が、逃げてきた男女に振舞ったのがホットチョコレートだったという不確かな伝説に
便乗して出来上がった商業イベント、それが日本の聖ヴァレンタインデー。
発端は某菓子メーカー、モロ○フが仕掛け人とも言われている。
単なる菓子業界の商戦略とも言える。

以上が横島がタマモに尋ねられて、答えたヴァレンタイデーに関する知識である。
嘘は言っていない、このイベント自体を憎悪して、影の薄い大男と共に調べた知識である。
即ち、虚飾に満ちたこのイベントに何ら意味など無いと。
ただし、身近な男性に普段のお礼のつもりでチョコを贈る分には構わないとも答えておいた。
勿論その答えの理由など説明するまでも無いだろう。

2月に入ると街はヴァレンタイン一色になる。それを初めて見るタマモが何かを尋ねるのは当然の事。
そして横島はタマモに尋ねられたら嘘は言えない。しかし真実を語るには過去の経験が苦過ぎる。
その結果、事典に載っているような事柄を答えざるを得なかったという訳だ。
VDの飾り付けのしてある、シャッターの降りた商店街を歩きながら明け方の街を通り抜ける。

前夜に奇妙な女と微妙な出会いをして後、珍妙な提案を受けた。
まだ細かい処までは煮詰まってはいないが、新たな商売の話を聞かされた。
横島にとってもメリットのある話であり、積極的に断る理由は無い。
賛成する理由も無いが。

日が昇る頃、自宅前に帰り着いてマンションを見上げながら考える。
中学生女子と言えば、そこそこは大人と言って良い。
総てを正直に話した方が良い、という助言は受けたが躊躇は残る。
即ち、もし嫌われたらどうしよう、というヤツである。
だがそんな逡巡を意に介さない存在もいる。

「せんせぇ〜」

朝靄も突っ切るようにして飛びついて来る者がいた。
誰が、など言うまでも無く、彼の弟子犬塚シロである。

「朝の散歩のお誘いに来たでござるよ〜」

抱きつきながらそう言ってくるが、いつもと違い横島に顔を寄せ匂いを嗅いでいる。
何をしているのか不審に思っていると、不意に顔をあげ詰問してきた。

「昨日、タマモと電話で話した時は“まさか”と一笑に伏したでござるが……」

何やら不穏な表情をしている。

「拙者の知らないオナゴの臭いが色濃く残っているでござる。先生昨晩は何処で?」
「ん? ああ、昨日会った女とちょっと話をしてたけど?」

「話? “何処で”でござるか?」
「何処でって言われてもなぁ〜」

「言えないのでござるか? ではいかがわしい場所でござるな? 連れ込み宿でござるか?」
「“連れ込み宿”なんて今は言わんだろ?」

シロのレトロな表現につい反論してしまったが、それで充分答えになったようである。


「うわ〜ん、先生の色魔、変態、好色一代男、ジゴロ、ロリ、ペド、ネクロ〜!」

恐らく意味も解らぬまま聞き覚えのある単語を羅列して爆走して行く愛弟子を見ながら
横島はポツリと呟いた。

「これがドップラー効果か…」

物理学の法則に則り、声の高低を変化させばがら走り去る弟子を見遣りつつ、追いかけて
訂正する、という選択肢は今の彼には無かった。

「走り去った“弟子”より家にいる“妹”への釈明が先だよな」

そう呟くとエレベーターに乗り自室への道を急ぐ。
ドアを潜ると意外にも総ての同居人がリビングで待っていた。

「あれ? みんな早いね?」
「馬鹿野郎、一晩中起きて待ってるってタマモが言うから俺達も付き合ったんだよ」
「そやそや、横っち、早う被告弁論を始めぇや」
「下手なウソはやめてね?」

こう言われては下手な事は言えない。嘘をつく事に関しては名人級の自信はあるが
敢えて嘘を言いたく無い相手もいる。今目の前に居る三人はその代表格と言って良かった。

横島は総てを語った、魔界で聞かされた冷厳な事実。
自分に足りてないもの、これからやらなくてはならない事。
最も会いたい相手には今生ではもう会えない。
だが来世で再会する可能性を高める為に、今為すべき事。
それら総てを包み隠さずに語った。

「“復活”じゃなくて“再会”の為って事?」
「“今”のお前には何の見返りも無ぇのにか?」
「それって単に“やり放題”とちゃうんか?」

オカルトに関して馴染みのあるタマモや雪之丞と違い、銀一からすればそのように聞こえたらしい。
だがそれに関する反論なら明確なものが横島にはある。誰憚る事無く。

「あんなぁ銀ちゃん、“俺”は“気持ち良く”なったらアカンねん。“それ”は相手だけ、
 俺に許されるのは“忍耐”だけ、あとハイエンドテクニックの“行使”やね」

自身が楽しむ事など許されず、ひたすら相手を悦ばせるだけで愉しみなどどこにも無い。

そう言ってもヤる事はヤるんじゃないのか、と言わんばかりの表情の銀一に対して更に言葉を重ねる。

「なあ銀ちゃん、例えば、栄養万点でカロリーも充分だけど味が全くしない食い物を食うのって楽しいか?」

物を食べる時、それが美味しければ申し分無い。マズくともリアクションには困らない。
だが、もし、何の味も無い料理だったらどうだろうか?
普段の食生活を総てカロリーバーやサプリメントで過ごす生活に楽しみはあるだろうか?
無論カロリー面や栄養バランスは問題無い、だがそれは単なるエネルギー摂取だ。

人間の三大欲求の内の一つ食欲、それを満たしているとは言えないだろう。
ならば同様の内の一つ、性欲に関しても同じように考える事が出来るのではないか。
交合によって高めたエネルギーを摂取するだけ、愉悦など何処にも無い。
味覚を置き忘れた食事の如く。      寂寞とした感すらある。

「うわ〜、何かそれ修行っちゅうか苦行?」
「まぁそんなトコ」

種族維持の為に性行為に快楽を伴わせた、と巷で信じられている俗説と相反するが在り得ない話でも無い。
現実にサプリメントのみで食事を賄い、万全の栄養状態で自律神経失調症になる者がいる如く。


「そこまでしても再会したいのね?」
「相変わらず難儀なヤツだな」
「せやけど恋愛するんは自由やねんな?」

三者三様の言い分であるが、オカルトへの造詣が浅い分銀一の意見が最も現実的でもある。

「横っち、誰か彼女とか作らへんの?」
「う〜ん、考えてなかったなぁ〜、まぁ“アッチ”への焦りが無くなった分ノンビリ行くわ」

横島としてはそう言うしか無い。至高の目的“ルシオラ”が果たせない以上は焦る理由も無い。
チェリー君としての焦りも無くなった。後はじっくりと考えてもバチは当らない。

「しっかしお前の師匠が夜魔の女王とは驚きだな」
「どんなヒトなの?」

雪之丞とタマモはやはり本来無縁のはずの名前を聞いて興味が湧いたようだった。
何せ魔界を支える六大のウチの一柱だ。

「ん〜とパピリオの事をスンゲェ可愛がってくれた。タマモとは気が合うんじゃないかな?
 逆に雪之丞とはどうだろうな〜?」

基本的にリリスは女性の味方であり、母性本能も豊かである。転生を果たしたばかりの
タマモに対して冷たく当る要素は見当たらない。

一方雪之丞は“男”としての矜持が高い。亡き母への思い入れが強く、“女性”とは
“優しきもの”“儚きもの”“護るべきもの”という認識が強い。
その為“男”とは“強くあるべきもの”という意識が高い。

実際問題として女性とはそこまで“弱く”はないのだが彼の内部でのその認識は根強い。
“母”の本質、“剄きもの”という処までは表層意識が及んでいない。
その為、傍から見たら“男尊女卑”の徒、と取られかねない。
そのような“男”とリリスが意気投合する可能性はあまり高くない。
が、闇の母性を象徴するかのようなのようなリリスであれば雪之丞すら取り込むかも知れない。

「ああ、それとリリス様の名前は内緒にしてくれ、面倒事になりかねんから。
 所長には俺から言うし、それ以外の人間に言うつもりは無いから、今んトコ」

一通りの説明を終えて、仲間達はまだ色々と言いたい事がありそうだったが、取り敢えず
全員出かける事にした。学校に行く者、仕事に行く者それぞれだ。






横島が自分の高校を早退して、六女に来て普段通りの授業をしている時、周囲の反応が
微妙に違った。具体的に言うと更に生徒達との距離が拡がったような気がしたのだ。
その理由は放課後に解った。シロが登校してきたタマモに横島の行状を問い質したのだ。
つまり今朝、朝帰りした横島から見知らぬ女性の匂いがしたと。

そう問われてもハッキリと事情を説明出来るような場合では無い。
仕方無く言葉を濁して、場を改めて説明するとしか言えなかった。
そしてシロの問い掛けは、殊更に大声だった訳ではないが小声だった訳でもない。
つまりは周囲には聞き取った生徒もいたという事だ。

そのテの噂が噂を呼び、憶測が憶測を招き昼休みの頃には“横島色魔疑惑”が充満したという訳だ。
何せ授業中だろうが、学生の必殺技“手紙”がある。美味しそうな噂は光速で伝わった。
事情が解り、横島からは溜息しか洩れない。
別にシロが悪い訳でもない、“女子校”に関わった以上は不可避な事だ。
そしてこれを悲観するつもりもない。するべき事は増えたが時間は有限だ。
となれば何かを削る必要がある。そして削りたい候補No.1が六女の講師なのだ。
このまま悪い噂が広まれば労せずして講師を辞められるかもしれない。
とは言え、余り悪い噂が広まり過ぎるとタマモの肩身が狭くなる可能性も在る。
その辺の微妙な匙加減は注意する必要がありそうだ。

結局この問題に関しては、GSとしての仕事上女性顧客の相手をしている事、(事実)
横島には既に決まった彼女がいる事(大嘘)をタマモが意図的に広めて、後は聞き手の
妄想が広がるに任せる事にした。決まった相手がいるというデマだけでかなり見方は変わる。
まぁ、乱射している銃がマシンガンかライフルかという程度の違いではあるが。





そんな日々を過ごしている横島に来客がある。魔界正規軍士官たるワルキューレだ。

「お前が魔界へ通うゲートの設置がすんだ。案内するから来てもらおう」

そんな言葉と共に案内されたのは、彼が良く知る場所。
かつて住み慣れたオンボロアパート。
彼が引っ越した後も入居者もおらず空き部屋のままだった場所。
今時流行らない程の老朽アパートである。
横島にとって“縁”があり、ゲートの設置がし易いという利点がある。

横島自身は気に入っていたがタマモと二人暮しをするには問題が在り過ぎるので引っ越したアパートだ。
その元の部屋に新たな契約者が出来た。見せられた契約書の名義人はジークフリード・キルヒアイス。
ジークの人界での偽名である。

「ここはジークと私の人界活動拠点になる。主に人界の資料収集の為のな」

本来なら妙神山に詰めるべきなのだが、リリスが訪れる事が増えそうな為ワルキューレが
弟の為に手を廻して逃げ場所を確保したのだろう。
そのついでにゲートを設置したという事らしい。
ジークの最近の人界での仕事といえばアスモデウスの使いっパシリなのだが
少しでもその作業が軽減されるようにワルキューレが考慮したのかもしれない。

「あぁ、横島さん色々と教えて下さいね」

ゲートから転移するや否や、そう話し掛けてのは件の名義人ジークである。

「引越し時の挨拶はどうすべきでしょうか?」

そう尋ねて来るが引越しの挨拶と言えばやはり蕎麦である。それもモリ。
日々の忙しさにかまけて忘れ掛けていた善良なアパートの住人に挨拶はすべきであろう。
この部屋の隣人は二人と一柱、病弱な割に食欲旺盛な女性や神のクセに食い意地の張った
者もいるので八人前もあれば足りるだろうか。

助言だけして消えようかとも思ったが、今後とも訪れる事が多くなりそうな以上は
改めて挨拶をしておくべきだろうと思い、ジークと共に挨拶回りを済ました。
まさか魔界正規軍人界出張所幸福荘支所とも言えず、その辺りはお茶を濁しておいたが
食べるのに夢中でロクに話を聞いていなかった薄倖少女の母親と違い別の存在、腐っても神
もしくは腐った神はジークとワルキューレの事を凝視していた。

「あ、あの横島さん、これからは頻繁にここに来るのでしょうか?」

ピンポイントで知りたい事を聞いて来るのは筋金入りの苦労人であり、薄倖と清貧が
こよなく似合うグラマラスな美少女、花戸小鳩。
彼女が密かに慕っていた少年が引っ越して、彼女の面前から消え失せたのは数ヶ月前の事。
同居人が増えたのかと思い問い質そうとする前に引っ越してしまった。その後、事情を確認
しようにも尋常でない多忙さを発揮する少年に対してロクにコンタクトすら取れなかった。
精々擦れ違った時に挨拶を交わすぐらいで長々と話し込む事は出来なかった。

「う〜ん、まぁ週に1〜2回かなぁ〜?」

実際には部屋のゲートを通じて魔界へ通うことになるのだがそこ迄話して良いものかどうか
悩んでしまう。が、彼女とて神の守護を受ける身であり、非常識な話には免疫がある。
どの道横島以外の人間はゲートを使えないので事故が起きる可能性も低い。
そして元貧乏神が気付いている気配が濃厚な以上はダンマリも通じそうに無い。

「なあ横島、そっちのにーちゃんとねーちゃんは人間とちゃうやろ?」

そう問い掛ける貧の声が良いきっかけだった。

「流石は福の神、やっぱ解るか。その通りこの二人は魔族で俺の友達だ」
「横島さんのお友達ならそれで充分ですよ」

横島の発言に全く動じないのは薄倖の苦労人。ある意味、魔族よりタチの悪い神族を家族同様に
扱ってきた彼女にしてみれば属性云々よりも“横島の友人”という肩書きの方が大事なのだろう。
そして小鳩の言葉に無言で肯く母親も只者ではないのかもしれない。
そして相手が魔族であろうとも一向に気にした様子も無い親娘に魔族姉弟も興味が出たようだった。

その後も色々と会話を交わし、その部屋に誰かが常駐する訳ではない事、この住所を拠点にして
通販で買った商品が届けられるであろう事を聞いた時に食欲旺盛な病人が提案をした。

「それでしたら私がお預かりしておきましょうか? 恥ずかしながらまだ外出もままならない状態なので」

常時在中の半病人だからこそ留守番には最適でもある。
誰か他者の役に立つというのも社会復帰への第一歩だ。

一方魔族姉弟にしてみれば外出もままならない半病人に負担を掛ける、というか頼るというのが
微妙に抵抗がある。相手の好意に一方的に世話になる訳だ、しかも表の一般人に。
そんな逡巡を見て取った横島が妥協案を出した。

「なぁジーク、留守居役として雇うってのはどうだ? 9時〜5時で」
「ああ、なるほど…それは良いですね。報酬はどうしましょうか、やはり時給で?」

横島の発案をいち早く見抜いたジークが話に乗ってくる。
この手法なら誰も困らない、魔族のプライドも満たせるし在宅勤務扱いにもなる。
そして娘に対して肩身の狭い思いをしている母親も気分的に楽になれる。

「う〜ん、時給1000円ぐらいなら安くないんじゃないかな?」
「解りました、ならば時給2000円でいかがですか、フラウ花戸?」

横島の提案は極貧経験者の言葉であり、彼が高額と思っている金額も世間的にどうかは解らない。
ならばその2倍の金額を提示しておけば間違い無いだろう。
魔界正規軍を悪く言う者は数多いるが、その理由が吝嗇だった事は一度も無い。
いくら最近の軍が経費に煩くとも時給が1000円増えたぐらいでどうこう言われる心配も無い。

「それは条件が良過ぎませんか? ヘル・キルヒアイス」
「キルヒアイスは人界用の偽名ですので、ジークで構いませんよフラウ花戸」

「ではジークさん、只いるだけで時給2000円は高過ぎると思いますよ?」
「当然口止め料も含まれています、フロイライン花戸もヘル貧も同様に願います」

魔族が人界で大っぴらに何らかの活動をしているのをしているのを知られるのは得策ではない。
ましてやそれが、酔狂な司令官の趣味の為とあらば尚更だ。

一方守秘義務を伴う金額と言われれば説得力もある。
それは実社会では珍しい話ではない。
かくして両者の間に合意が成立し、病弱な母親は一気に一家の稼ぎ頭になった。

「これなら小鳩を大学に行かせる事も出来そうだね」
「お母さん、私は高校を卒業したら働くつもりだったのに……」

小鳩は高校に通えるようになっただけでも望外の事と思っていた。
一方、親の立場からすれば少しでも高い教育を子供に与えたいと思うのも当然の事。
ましてその娘の学業成績はすこぶる良いのだ、そう考えるのも自然の流れだろう。

「小鳩ちゃん、決め付けるのは良くないよ、大学の四年間でじっくり考えるのも良いんじゃない?」

横島にとっても小鳩は可愛い後輩であり、成績優秀なのも聞いている。
自身が進学する事など考えた事も無いが選択肢の一つとして“在り”だと思う。
学力と財政が許せば。

「まだ卒業まで二年以上あるんだし、焦らずに考えてみたら?」
「……そうですね、真剣にじっくりと考えてみます」

まだまだ話し足りない事はあったが、これから会う機会も増えるだろうと思ったので会話を
切り上げてその場を辞する事にした。
花戸家を出て部屋に戻る前にジークが尋ねてくる。

「挨拶はここだけで良いのですか?」
「あ〜一応もう一部屋行っとくか? 蕎麦五人前ぐらい用意して」

そう言った後で蕎麦を手配して立ち寄ったのは貧困に喘ぐ住人の部屋。
部屋の主は、建前は生きた伝説、最高の錬金術師、実質は単なるボケ老人。
さりとて傍らに控えるは世界最高のアンドロイド。
挨拶ぐらいは済ましておくべきであろう相手は言うまでもなくDr.カオス。

「ん? おぉ小僧ではないか、久し振りじゃの。魔族の姉弟を従えて何の用じゃな?」
「あぁ引越しの挨拶だよ、蕎麦持って来たから良かったら食ってくれ」

そう言いつつ部屋の中に上がらせてもらう。この相手には大して隠し事をする必要も無い。
ゲートを設置し名義人がジークである事。これからちょくちょく魔界へ通うので立ち寄る機会が
増えるだろう事を告げておく。カオスは気にした様子も無く食事に夢中になっている。
伝説の錬金術師の威厳など欠片も無い。

「相変わらず貧乏してんのか?」
「ふむ、現代においても天才とは受け入れられ難いらしいでのう…」

ようするに愚にもつかない研究をしては失敗を繰り返しているという事なのだろうか。
見れば二人の服装もどことなく薄汚れている。
小汚いジジィがどれ程薄汚れていようが構わないがマリアのような見た目美女がみすぼらしい
格好をしているのは横島の胸が傷む。“存在”がどうであれ女性は女性だ。

「今は何やって稼いでんだ?」
「主に土木作業じゃが?」

「ドカチンより良い収入の仕事を紹介しようか?」
「何故おヌシがそのような事を気にするんじゃ?」

さほど深い考えがあった訳では無い。カオスに対する博愛精神など微塵も無い。
どれ程困窮しようが、例え餓死しようが所詮は他人事だ、カオスに関しては。

「アンタはどうでも良いんだが……マリアが困るのはちょっとな…」
「どういう意味じゃ?」

「今の俺は経済的に余裕がある。そしてマリアは俺の命の恩“人”だ、力になりたいと思うのは変か?」
「月に行った時の事か?」

「他にも何回か命を助けてもらった事もあるんでな、尤もテレサの件は100%アンタの所為だったが……」
「今となっては良い思い出じゃのう……」

明後日の方向を見ながら湯飲みを口元に運びズズッと啜っている。
卓に置いた中身を見ると茶ではなく白湯だった。

(そこまで困窮してんのか)

金が無いのはクビが無いのと同じ事、貧乏のツラさは誰より知る横島だが
不思議な程同情心が湧いて来ない。

(考えてみりゃ“不老不死”なんだし餓死する心配も無いしな〜)

だが家賃が払えなければ追い出される事になる。
このアパートの大家のバーサンは気さくな良い人だ。家賃滞納者以外に対しては。
マリアの充電用の電気代も必要だろうし路頭に迷うのは気の毒だ。     マリアが。

「それでマリアにどのような仕事をさせる気じゃな?」


話題を戻すようにカオスが話し掛ける。
別に非合法な仕事だろうが非常識な内容だろうが一向に気にならないが、自身の美意識に
反するような事なら断るつもりだった。それはヨーロッパの魔王の譲れない一線だ。

別に一般に言われる道徳心の持ち合わせなど無い。
渇すれば盗泉の水でも飲むし餓えれば周の粟でも喰らう、孔子の教えなどクソ喰らえだ。
だが彼の中には知を極めた者の矜持が失われる事無く息づいている。
所謂“常識”とは懸け離れているが、天才は衆愚などに迎合しないものだ。

「ん? あぁ、六道除霊事務所の事務一切を引き受けて欲しいんだよ」


現在六道除霊事務所の経理事務などの一切は六道家から派遣された人間が取り仕切っている。
何れは事務所単体で総てを賄うように言われていたがその為の人材が中々見つからないでいた。
あまり真面目に捜していなかった、という事情もある。ぬるま湯から出ようとは人は中々思わない。

そしてマリアの事務処理能力は、以前に美神の事務所で確認済みであり文句無しの“人”材である。
おそらくマリアより事務処理能力の高い人間はいないだろうから冥子も反対しないだろう。
念の為電話で確認すると、取り敢えず面接するので出来るだけ早く来て欲しいとの事だった。

「ふむ、マリアが経理をやるという事は帳簿も総て把握する事になるがそれでも良いのか?」

カオスが言っているのはかつて美神事務所で不正を発見した為に借金を棒引きさせた、という
思い出深い出来事だ。あれが無ければ借金をタテにどんな無理難題をふっかけられたか解った
ものではない。神も悪魔も恐れぬカオスだが金銭絡みの美神令子を敵に回すのは真っ平だった。

「ウチは明朗会計がウリでな、何の問題も無ぇよ」

所長である冥子は金銭に対する執着が薄い、一度も困った事が無いからだ。あまりに無頓着
過ぎる為、財政引締めは横島が一手に担っている。雪之丞も性格的に金勘定には向いていない。
六道家から派遣されて来る人間はその辺りには一切口出ししない、恐らく当主に報告だけしているのだろう。

「そういう事なら問題無いかの、名にし負う六道家であれば金額も期待出来るであろうしの」

カオスは金持ちから金銭を受け取る事に遠慮する気持ちなど無い。
何故なら凡人が天才に資金援助するのは当たり前だからだ。
ましてや今回は彼の愛娘の労働の対価なのだ、どれ程高額だろうが引け目を感じる必要も無い。
パトロン無くして学問も芸術も発展するのは難しい。
時代によってはどれだけ援助しているかが貴族達のステイタスだった事もある。
例えばルネッサンス期のメディチ家のように。

「じゃがマリアが本採用になった場合、まぁ間違い無くなるじゃろうが一つだけ条件がある」
「何だ? 出来る限り希望には沿うが」

「うむ、最初の給料を前借したいのじゃ、家賃が三か月分程貯まっておるでな」

天才錬金術師の切な過ぎる台所事情だった。

「解った、それは俺から交渉しよう。あぁそれと事務員として来てもらうんだから危ない事はさせないから」

横島にとっては当然の気配りで事務員を前線に出すような事をするつもりは無い。
ましてや“女の子”を。
だがカオスにとっては心外な配慮だったらしい。

「この天才Dr.カオスの最高傑作マリアに危険など関係無い。むしろデータ取得の為にも
 限界性能まで発揮出来るような状況の方が望ましいのう」

あのアシュタロスの一撃を不完全にとはいえ防いだマリアだ、今更人界の有象無象の攻撃で
完全破壊される事など在り得ないだろう。横島をかばいながら大気圏突破すら成し遂げたのだ。

「まぁその辺は依頼内容に依ってって事で……」

現在はほぼ三人バラバラで仕事に当っている為、どうなるかは確約出来ない。
今の六道除霊事務所の三人が同時に出るような相手など滅多にいない。
三人揃えば上級魔族すら倒せるのだ、単独での戦闘力も桁違いに大きい。
だが揃いも揃って事務仕事が苦手なのでマリアに求められる資質はそちらに偏らざるをえない。

「ふむ、じゃがマリアはワシの誇りでもある、見当違いな心配だけはせんで欲しいものじゃな」
「解った、マリアの事は信頼する、だが、大切にもするって事で手を打ってくれ」

「まぁそんなとこかの?」


とりあえず“人”材派遣の交渉が纏まり一件落着かに思えた。
だが好奇心旺盛な年寄りが場を引き延ばす。

「ところで小僧、おヌシの腕輪と額冠を見せてくれんかの?」

白湯を啜りながらそう要請するカオスに断る理由も無く、普通に外して見せる事にした。


「これがどうかしたか?」
「これは……“精神の腕輪”と“知識の額冠”じゃな?」

そう言いながら自身で身に着けようとしてみるがアイテムに拒絶されて出来ないでいる。

「むう、やはり所有者限定登録がなされておるか、ワシでは解除出来そうもないの」
「それは無理だDr.、それぞれの以前の所有者が横島を所有者として登録している」
「以前の所有者はアスモデウス様とバアル様です、人間が手を出せる相手ではありません」

カオスに対しては魔族姉弟もあまり気兼ねする事も無く、あっさりと事情を話している。
まあカオスは“こちら”側の人間なので大した問題ではないのだろう。

「それで? おヌシはこのアイテムをどう使うつもりじゃな?」

カオスが興味深そうにそう聞いてくる。
ある意味“知”の象徴たるアイテムを横島がどう活用するのか知りたいのだろうか。

「おお俺の野心の為に活用するつもりだ」
「野心? おヌシの?」

本来横島にとって最も縁遠い言葉“野心”。
ついにこの男もヒト並になったのかと思ったらしく一層興味深そうにしている。
そして“野心”とやらの内容を知っているワルキューレはそっぽを向いている。

「これで期末デストは楽勝でクリアーさ」
「は?」

自信満々でサムズアップしながら下らな過ぎる事を断言している。
カオスは一瞬我が耳を疑ったが聞き違いではないようだ。
ワルキューレの呆れかえった表情がそれを裏付けている。

秘術に関わった者なら誰もが欲しがる“知識の額冠”の使い道が事もあろうに“期末テスト”とは。
欲が無いのか価値が解っていないのか、単なるバカなのか。おそらく“単なる”どころではないバカなのだろう。


「期末テストとな?」
「おう!」

「ちなみに、どんな科目があるのじゃな?」
「ん〜と、国語・英語・数学・社会・理科だ」

その答えを聞いて何かに思い当たったらしいが、何もとりたてて言うつもりはないらしく
そのままカオス宅を後にする事になった。

魔族姉弟と別れ、マリアを伴い六道除霊事務所に行くと、所長たる冥子が待っていた。
簡単な実務テストと言う事で現状溜まっていた伝票を試しに処理させてみた。
その処理速度は驚くべきもので、アッと言う間に帳票が作成されていく。
マリアのスペックを持ってすれば簿記一級試験ですら小学校の九九以下だろう。

「すごぉ〜い、問題無いどころじゃないわね〜たークン?」

冥子は感心する事しきりで採用する事には何の抵抗も無いようだ。

「条件は〜どうしようかしら〜?」

経営責任者としてはその辺りの事も決めて欲しい処ではあるが、あまり急激に要求しても始まらない。
今回の場合、採用を即決しただけでもささやかな進歩だろう。
この調子で小組織といえど“トップ”に相応しくなってくれれば六道理事長も本意だろう。

条件に関しては、即決出来なければ時間を掛ければ良い。
ならば丁度良い制度がある、“見習”という。

「最初の一ヶ月を仮採用にして、大丈夫そうなら六道本家の正社員待遇に準じるって事でどうッスか?」

一ヶ月の猶予を置いてゆっくりと待遇を考えれば良い。
その間に周辺環境を整える事は出来るだろう。
ましてや能力的に何の不安も無いマリアなのだ、事務員としての。  或いは“しても”。

「仮採用中の条件は〜どうしようかしら〜?」

冥子の言葉を受けてマリアに今現在の賃金を確認する。
取り敢えずマリアとカオスの賃金を合計した金額よりも高ければ問題無いだろう。
その金額にほんの少し上乗せした金額を提示した上で横島が交渉する。

「それであまり例を見ない話だと思うんですが、最初の給料を前借させてもらえませんか?」

元より冥子の金銭への執着は薄い。了承してもらえるのは解っている。
だが、寛大を通り越して甘いという次元の話なのも解っている。
ありえない話だが、万が一カオスが持ち逃げして場合は、横島が責任を持って世界の果て迄
追い詰めて取り立てる事を、一応保証しておく。

「構わないわよ〜、よろしくね〜マリアちゃん」
「こちらこそ・ミス六道」

かくて交渉は纏まり、横島達はその場を辞した。
マリアが空の彼方へ飛び去るのを見送った後、視線を落すと目の前にジークがいた。

「どうしたんだジーク?」
「いえ姉上が、今日はもう良いから横島さんと食事でもしてこいと……」

ワルキューレの真意はイマイチ解らなかったが一緒に食事人数が増えるぐらいどうという事も無い。
今日の食事当番がタマモだったので念の為確認の電話を入れる。

「あぁタマモ? 今から一人連れてっても大丈夫かな?」

受話器の向うの相手にそう問い掛けると、返事までに暫くの間が空いた。

『だったら帰りに買い物して来てくれる? 冷蔵庫が空っぽなのよ』
「じゃあ俺は外食して帰るよ、その帰りに買い物してくから」

どうやら調達の狭間だったらしく現在の横島家の冷蔵庫は広々としているらしい。
買い物をして帰るのは別に構わないが、それだと食事にありつける時間が遅くなってしまう。
一応ジークもいるので外食で済ませる事にした。


「俺の知ってる店で良いか?」
「どこでも構いませんよ」

ジークの消極的同意を得て、選んだ店は当然の如く“魔法料理魔鈴”。
横島の知る限り、オーナーシェフの“ウデ”“人格”共に最も信頼出来る店だ。


「あら、いらっしゃい横島さん、お二人様ですか?」
「あ、そうッス、何かオススメのコースがあったらそれをお願いします」

それだけ聞いた後は、使い魔の猫や何やらが料理を運んで来る。
食後の紅茶を魔鈴自らが運んで来た頃には、他には客の姿も無く、ゆっくりと話が出来た。

それまでの主な話題は横島の近況だった。だいたい苦い物ばかりだが。
その中でも最も苦いものが“対パピリオ・ゾウさん事件”である。

「あん時ゃ参ったよ、目が覚めたら風呂にいて、師匠に後から抱き抱えられての強制ゾウさんだしな〜」

丁度目の高さでそれを見たパピリオが大喜びで、アンコールまでされて。
今度は本人の意志で行った、捨て身の“ゾウさんパオパオプレイ”。
その場にいたリリスに対する恥ずかしさ等は更々無い。何せ魂を直結されて総ての過去を知られているのだ。
パピリオが両手を叩いて大ハシャギだったのは良い事だしリクエストがあれば何時でも応えるだろう。

問題はヒャクメや小竜姫や斉天大聖に知られていた事だ。
必死に笑いを堪える表情、或いは堪えきれずに爆笑する顔。
哀れむような目、生温かい同情の視線。        幾ら横島でも流石にキツかった。

「そう言やワキューレが、今度ジークとじっくり酒でも酌み交せって言ってたっけな〜」

そう言いつつ視線をやると、何やら深い処に想いを馳せているような様子でジークが何度も肯いている。

「横島さん、呑みましょう」
「えっ? 今から行くのか?」

一応明日も学校があるし今から行くのも如何なものかと思ったが、ジークの目は本気である。
酒無くしては語れない思い出でもあるのだろうか。


「横島さん? 軽いものでしたらお出し出来ますけど?」
「え? 良いんですか営業時間は?」

「もう閉店ですから」

そう言うや身を翻して奥へと引っ込んで行った。
戻って来た時はトレイの上にワインが一本とグラスが二つ。
それらを置くと、テーブル上に乗っていた食器を片付け、再び奥に戻って行った。

ジークはワインをグラスにつぐと一息に飲み干した。   水の如く。

「おいおい、ワインは一気飲みするもんじゃ……」
「聞いてください横島さん」

聞いちゃいなかった。

「以前――――姉上と一緒に風呂に入った時の事です」

ガタッ  そう音を立てながら、思わず横島は椅子ごと体を引いてしまった。

「今何を考えているか、だいたい解りますが果てし無い誤解ですよ」

横島は何となく禁断のウッフンな関係を妄想して、流石に魔界は違う、などと
考えていたのだがどうやら勘違いだったらしい。

「それは数千年前の話、まだ僕らが幼少の頃です」

まだ性別を自覚する前の話、幼い姉弟が一緒に風呂に入った時の事。
姉は自分に無いモノが弟に付いているのに興味を持ち、嫌がる弟を無視して弄くりまわした。
硬度も低く、形状的に可変性に富んだソレは芸術的創作意欲をそそるのか入浴の間中弄られたらしい。
何が可笑しいのか知らないが、笑いっ放しだったそうだ。

無意識のウチにソレが男の急所である事を自覚していたのか、その間はとにかく逆らえなかった
らしく、その頃の事が軽いトラウマになり、姉に逆らえない体質になった、とジークは語る。

「いやワルキューレにだって悪気があった訳じゃ「そしてあれは……千年程前でしょうか」……」

やっぱり聞いちゃいなかった。

「食事中の時です、卓上のフランクフルタークランツと僕を見比べながらボソリと呟いたんです」
「何て?」

出来れば続きは聞きたくなかったが、仕方無しに合いの手を入れる。

「『これと較べると随分可愛かったな』と、微笑みながら」
「あ〜、それは……何と言うか…」

おそらくワルキューレに悪気など皆無だったろう。
だがこの場合問題なのは、言った側の気持ちではなく言われた側の感性である。
弟を可愛く思う姉の愛情の発露なのだろうが、手法に問題が有り過ぎる。

「その時の僕の気持ちが解りますか横島さん!?」
「解るよ」

ジークの魂の叫びに対し、あまりにも呆気無く応えられた所為で疑わしそうな顔になっている。

「俺の場合はアレだ、“リリス様との一部始終”のリプレイを見終えた後での
 ワルキューレの一言、『早過ぎるぞ』、心臓ブチ抜かれたような感じだったよ」
「そ、それは……僕より悲惨なのでは?」

そこ迄話した時に魔鈴がツマミを持って来てくれた。
チーズの盛り合わせとカナッペだ。食後なので軽い物を、と気を利かせてくれたらしい。

「軽い物しかありませんが、よろしければツマんで下さい」
「ありがとうございます、って言うか閉店したんならご一緒しませんか?」

閉店後に居座るのも気が引けたし、暗い話題の転換もしたかった。
女性の同席する場であれば、ジークも立ち直ってくれる事を期待しての提案である。

「それは嬉しいお誘いですけど、私がご一緒してはお邪魔ではありませんか?」
「そんな事無いです、是非お願いします。是非是非是非是非是非是非是非是非!」

このままジークと二人で飲めば、間違い無く“悪い酒”になる、という確信が横島にはあった。
そんな横島の心情を察したのか、魔鈴は一つ肯くと奥へと姿を消した。
おそらく自分の分のグラスを取りに行ったのだろう。
そんな様子も知らぬげに―――

「姉上は弟の贔屓目を抜きにしても、優秀な戦士であり素晴らしい女性です」
「まぁそうだろうな」

ワルキューレの強さは良く知っているし家事全般をそつ無くこなすのもその目で見ている。

「なのに何故?――――― 無神経無頓着は時に何より残酷だっ!」
「いやまぁ、根底にあるのは弟への愛情だと思うぞ? って言うか思いたいぞ?」

その時に魔鈴が戻って来た。トレイに乗っているのはグラスが一つにワインが四本……四本?
そのまま無言で席に着き、トレイ上の物を卓上に移す。
ジークがボトルをそのまま鷲掴みし、横島にも一本を持たせる。

「横島さん、貴方の事を友と、いえ、同志と呼ばせて下さい、プロージット!」
(何で俺の周りには“姉に迫害された弟”が集まるんだろうな〜、俺一人っ子なのに)

そう心中で独白するとワインボトルをカツンと合せて一気にラッパ飲みする。
仕方無く横島も調子を合せて一本を一息に飲み干した。

「見苦しい処をお見せして失礼致しましたフロイライン魔鈴」

そう言い放った様子は先程迄の状態を微塵も引き摺らないジェントルマン。
大した精神力である。

女性に対して弱い処を見せないというのは本人の主義なのか姉の教育なのか。
魔鈴が同席するや一瞬の内に立ち直り、穏やかな笑顔を浮かべている。
何気無く日常の話題を振り撒き会話をリードしようとしている。
となれば、それに乗るのがスジだろう。

「んで? ジークの直近の任務って何だ? やっぱアスモの用事か?」
「いえ、バアル様から委託された仕事で人界の遊興施設の取材です」

人界ほど娯楽の追及に貪欲な世界は無い。中でも日本はそのトップクラスに位置する。
自分の領地に同様の施設を設置しようとしているバアルがアスモデウスに資料収集を依頼したらしい。

「で? 最初は何処に行くんだ?」
「この国を代表するテーマパーク、東京デジャヴーランドです」

「……一人で?」
「ええ、単独任務ですから」

ジークの返答を聞いて横島が思案顔になる。
男一人でデジャヴーランド、――――寒い、寒すぎる。

「あそこは男一人で行く処じゃ無ぇぞ?」
「えぇっ? じゃ、じゃぁ横島さんも是非ご一緒に」

「断る!」
「えぇっ!?」

不満そうな顔のジークに返答の意味を教えてやる。
男同士でデジャヴーランドへ行くという意味を。

「要するにそういう奴らは勘九朗の同類ってこった」
「あぁ成る程…鎌田上等兵と同類視されるのは確かに嫌ですね…」

単に仲の良い男同士の友人総てに喧嘩を売るような事を言う横島と即座に納得するジーク。
世界は複雑な構成で満ち満ちている。

「しかし…困りました、基本を押えずに取材しても本質を捉える事は出来ないでしょうね」

あくまでも生真面目に悩んでいるジークの為に横島も思考の幅を拡げる。 
果て無き有限と矮小なる無限の彼方へ。

「ジーク、今日の暦を言ってみてくれ」
「は? 今日は2月13日月曜日ですが?」

ジークの返答を聞いて更に事象を組み上げる。
横島の思考を先読みしているのか、魔鈴は無言のままにこやかにグラスを傾けている。

「魔鈴さん、明日の定休日の予定は?」
「何もありません、一日中暇なものですよ?」

横島の意図を理解しているのか、魔鈴が阿吽の呼吸で返して来る。

「ジーク、ここに明日暇な美女がいる」
「はい?」

「後は自分で考えろ」
「はぁ」


一人で行くのは変、男同士で行くのは微妙。
そして目の前には、明日暇な美しき魔女。
ならばどうすべきか?

「フロイライン魔鈴、よろしければ明日一日僕に付き合っていただけませんか?」
「喜んで中尉、素敵なエスコートを期待しています」


一度行ってみたかったんです、と、
子供の様に無邪気に微笑みながら返事をする魔鈴を見遣りながら
満更でも無さそうなジークを発見して、横島は思う。
どうかワルキューレの横槍が入りませんように、と。
優しき魔女とのデートが、彼の姉に対するトラウマの解消の第一歩になりますように、と。

そして酒塗れの夜が明け、新しい朝が来る。希望? の朝が。
喜びに胸を震わせ、セントヴァレンタインデーがやって来る。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(あとがき)
PCが死にました。ネットに繋がりません。
マニュアル等と首っ引きで調べましたが一週間程で飽き…いえ諦めました。
そのまま放置して一月余り、何気に試してみたら繋がりました、   何故?
少年S誌のF田K日郎氏の涙混じりの巻末四コマ、コンピューターはボタン三個まで、
に心から共感しました。
一ヶ月以上の間を置いて、ようやく復活した環境で気付いた事が一つ。
ssの書き方忘れました。
難産の上の難産だった今話、如何でしたでしょうか?
書きたいエピソードの時期まで何とか矛盾無く繋げようとした試み、出来映えは?

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