ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦2−2 『されど朝日は昇る』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 6/29)

アシュタロスの事件の後、横島は色々と忙しく過ごしていた。

コスモプロセッサで生き返った魔族や妖怪の再除霊。
コスモプロセッサを破壊しても一度生き返ったものは消える事は無かった。
もし消えていたなら、同じようにコスモプロセッサで生き返った美神令子も消滅していたかもしれない。

無理やり呼び出された体を持たない悪霊たちは自然に消滅したが
ある程度の力と実体を持った妖怪や魔族たちは消滅してはくれなかったのだ。

他にも美智恵のひのめの出産や、シロやタマモが事務所に来た事など。

だが、いくら忙しくても合間にルシオラのことを思いだし、泣きそうになる事があった。
その時はいつも以上に馬鹿をやって誤魔化すようにしていたが。

美神たちの前で自分が沈み込んだりすれば皆に気を遣わせてしまう。
ルシオラの遺言を聞いていた横島は、自分が落ち込んで
美神たちに心配をかけてしまう事をルシオラは望んでいない事をわかっていたのだ。

何より自分の態度からシロやタマモにあの事件に興味を持って欲しくなかった。
わざわざ辛い話をしたくないという事もあったが、ルシオラが満足だと言ってるのに
ルシオラを直接知らない相手に同情されるのは嫌だったのだ。

彼女達も事務所の仲間たちなので、いつかは話す事になるだろう。
だが、まだ精神的に幼い彼女達に話すのは早過ぎる。
美神やおキヌも同じように考えていた。だから、彼女達はルシオラの事を未だに知らなかった。

だがあの時の戦いに直接参加していた者は横島が大切な人を失ってしまった事を知っていた。
ある者は直接彼を慰めようとし、ある者は遠まわしに彼を元気付けようとした。
ある一人の人物を除いて、皆が横島を元気付けようと何らかの行動を起こしていた。

それは確かに嬉しい事だった。
大切な存在を失ってしまったが、自分にはまだ大事な仲間がいる事が実感できたのだから。
だが、皆に気を遣われるたびにルシオラを失った事を実感してしまうのも、また事実だった。

ルシオラを失った痛みを忘れるため、彼は飲めもしない酒に手を出すようになっていた。

いつしか仕事場では陽気に振舞っていながら、一人になると酒を飲み
夜の街をうろつくという二重生活を送るようになっていた。

次第に、彼は時折からんでくるチンピラや不良を相手に憂さを晴らすようになっていった。
普段の彼は喧嘩などしないが酒の魔力が彼を暴力に駆り立てていた。
シュミレーターで強化された妖怪たちを、何十体と倒した彼にとって一般人など相手にならなかった。
霊力に頼らなくても己の体だけで屠る事が出来た。

そんな生活を一月ほど過ごしていた時だった。
その日もいつものようにチンピラ相手に喧嘩を終え、あてもなくぶらぶらしていた時だった。
薄暗い路地裏を歩いていると、唯一人傷心の彼に触れようとしなかった男が彼の前に現れた。

「よー、カオスのじーさん。久しぶりじゃね―か。
俺の事なんかすっかり忘れちまったのかと思ったぜェ?」

黒いコートに身を包み、鋼鉄の少女を従えた老人が無言で彼の前に立っていた。

「おいおい、何とか言えよ。ヨーロッパの魔王さんよぉ。
とうとうボケが進行してまともに話せなくなっちまったの―――」

酒臭い息で絡む彼をいきなりカオスの拳が殴り倒す。
突然の事で反応できずに吹き飛ばされる横島。

カオスは無言で、倒れた横島を無理やり起こすと
有無を言わさずさらに顔面に拳を叩き込む。

「ぐっ……!
何しやがるこの爺ィ!!」

あまりに予想外の出来事に硬直していたが我に返り殴りかえす。
カオスは避けようともせず、顔で横島の拳を受けるが微動だにしない。

また何も言わずカオスが横島を殴り倒す。
かわす事すら出来ず、またも地面に倒れ伏す横島。

よろけながら起き上がると今の衝撃で折れた歯を吐きだした。
唇も切れ、横島の口からは血が流れている。

「このクソ爺ィ……ぶっ殺してやる!!」

怒りのあまり霊波刀で斬りかかろうとするが、酒に酔ったままではまともに集中できず
すぐに形が崩れ消滅する。文珠も上手く精製できないようだ。

「ちッ……!
死にぞこないの年寄りなんぞ素手で充分だ!」

酒の酔いと殴られたダメージで足をふらつかせながら
横島はカオスに飛びかかった。

























月明かりのさす路地裏で一人の少年が天を見上げ倒れていた。
とうとう立ち上がれなくなった少年を見下ろし、長身の老人が初めて声をかける。

「……少しは目が覚めたか、小僧?」

表情を和らげ、少年に笑いかける。

「うるせー……
人のことボコボコにしやがって……。」

言葉は不機嫌だが、その目はさっきまでの濁ったものではなくなっていた。

「酒に酔ってふらふらの小僧なんぞ相手にならんわ。
拳に力がはいっとらんし、足腰もガタガタじゃったぞ?」

動けない少年に手を貸してやる。
まだ立てそうにないので取り敢えず地面に座り込む少年。

「で、いったい何なんだよ。
わざわざ俺を殴りに来たのか?」

「……ふん。その様子だとルシオラ嬢ちゃんがいなくなって不貞腐れとるんじゃろう。
こういう時はそっとしとくのが一番本人のためなんじゃが、若い連中にはわからんかったようじゃな。」

「………………」

横島は無言で目を逸らす。
図星だったが自分では認めたくないのだろう。

「どうでもいいだろ、んな事。
それより、そっとしといた方が良いってわかってるんなら放っといてくれよ。」

カオスに背を向け俯く横島。
皆が気を遣ったせいでルシオラがいない事を実感してしまったのは確かだが
その気遣いに感謝をしているのもまた事実だった。

だからこそ余計に、彼はやりきれない思いでいっぱいだったのだ。

「ワシを誰だと思っとるんじゃ。
ヨーロッパの魔王、ドクター・カオスじゃぞ?
無意味な同情になんぞ興味はないわ。
今日は小僧に一つの可能性を持って来てやったんじゃよ。」

その言葉に振り返ると、今までと打って変わって真面目な表情をしたカオスがいた。

「可能性って、何の事だよ。」

怪訝な表情で質問する。

「決まっとるじゃろう?
ルシオラ嬢ちゃんの復活じゃよ。」

目を見開く横島を確かめ、カオスは満足そうに頷く。

「どうやらまともに頭が働くようになったようじゃな。
どうする?ワシの話を聞きたいか?」

真剣な表情で何度も頷くその姿は、さっきまでの酔っ払いではなく
アシュタロスと戦った時の少年と同じだった。

「最初に断っておくが、残念ながらルシオラ嬢ちゃん『本人』を生き返らせるのはワシにも不可能じゃ。
ワシの膨大な知識でも失われた魂を補うなどという事は不可能なんじゃよ。」

「ならどうしようもないじゃね―か!
ルシオラの霊気片を補えなけりゃ結局俺の子供として転生するしかないんだろ!?」

掴みかかろうとする少年を制する。

「落ち着け小僧!
話を聞く気があるのか!?」

「ごめん、悪かったよ……。」

落ち着いたのを確認し、話を続ける。

「霊気片が足りないといっても、ほんの少し足りないだけなんじゃろう?
後少し霊気片があれば譲ちゃんが復活できる、つまり限りなく一つの魂に近いと考えて良いな?」

「あ、ああ。
俺もそう聞いてる。」

念を押され頷く。

「わしの考えた方法は、お前さんが持っている嬢ちゃんの魂を使うというものじゃ。
確か蛍の形になっていたのをお前さんが保管しているのじゃったな?」

「ああ、でも話したり動いたり出来ないんだからどうしようも無いだろ。」

変わり果てたルシオラの姿を思い出し、少年が目を伏せる。

「……じゃが、本当に話せないのか?動く事が出来ないのか?
意識はあるのではないか?意識はあるがそれを表現する術を持たないだけではないのか?」

「それは……わかんねー。
だって何の反応も無いんだし。
でも……少し動いてたような気も……」

言われて思い出そうとするが、ハッキリと思い出せない。
あの蛍を見るとルシオラを失った事を思い知らされるので、出来るだけ見ないようにしていたのだ。

「もしルシオラ嬢ちゃんの意識が全く無く、唯の植物状態だというのならワシに出来る事は無い。
しかしじゃ、もしも意識は有るがそれを表現出来ないだけだとするなら……」

言葉を切り、横島の様子を窺う。
自暴自棄な様子が完全に消え失せている事を確認し、続ける。

「もう一度この世界に彼女を呼び戻す事が出来るじゃろう。」

























「どうすればいいんだ!?頼む、じーさん教えてくれ!!
俺にできる事なら何だってするから!どんな事でも耐えてみせるから!!」

とうとう堪える事が出来なくなりカオスのコートに縋りつく。
絶望の世界でたった一つ差し込んだ光に、全てを賭けて縋りつく。

「……落ち着け、小僧。
それを話すには一つ条件がある。」

静かに、しかし断固とした口調で言葉を紡ぐ。

「な、なんでもやるよ!なんでもやってみせるから!!
お願いだ!ルシオラを生き返らせてくれ!!」

地に額をつけ土下座までして頼み込む。
思いきり地面に額を叩きつけたので地面が赤く滲む。

「……話す条件は唯一つ。
ルシオラ嬢ちゃんの意識が有るかどうか、じゃ。
意識が有れば話してやるが、無かった時は諦めるんじゃ。」

「そ、そんな……!!
話し掛けても答えてくれないのに、どうやって意識を確認するんだよ!」

「難しく考えんでもええ。
ワシが調べてみるが、嬢ちゃんの意識が少しでも感じられればそれで良いんじゃ。
少なくとも嬢ちゃんの意識が無ければ、ワシの力をもってしても嬢ちゃんを呼び戻す事は出来ん……。」

横島は何か言いたそうだが、カオスが背を向けてしまったので続けることが出来なかった。
歩き出したカオスとマリアを見失わないように、横島も後を追う。

三人の行き先は、ルシオラの霊気片が保管されている場所、
すなわち横島のアパートだった。

アパートに向かう途中、誰も口を開く事は無かった。
皆それぞれに期待と不安が入り混じっていたので、言葉を発する気にはなれなかったのだ。

アパートに着くと横島が鍵を開ける。

普段なら散らかっていたところだったが、最近おキヌが来て掃除してくれたので
今はまだ比較的片付いていた。

部屋に入ると棚の上に置いてある木箱を手に取る。

「この中に、入ってるんだ……」

ルシオラ、と呟きながらそっと蓋を開ける。

箱の中には見た目には只の蛍にしか見えない
ルシオラの霊気片が入っていた。

「これがあの嬢ちゃんか……
少し調べるが構わんか?」

横島が頷くのを確認してからルシオラの霊気片を手に取り、慎重に反応を確かめる。
慎重な手つきで何やら調べていたが、次第にカオスの表情が険しくなる。

横島が固唾を飲んで見守っていたが、とうとうカオスが首を振る。
ルシオラの霊気片を木箱に戻すと静かに呟いた。

「小僧、残念じゃが……
嬢ちゃんから意識を感じ取れん……
約束通り、諦めるんじゃな……」

無情な通告だった。

























「そんな……!
何とかならないのか!?」

横島がカオスの肩を揺さぶる。

「最初に断った筈じゃ……。
嬢ちゃんの意識が無い時は諦めろと……。」

ハッキリと言われ、力無く項垂れる。

「ルシオラ……駄目なのか……?
やっぱりもう会えないのか……?
俺の子供として転生するしかないのか……?
頼む……頼むよルシオラ……何か言ってくれよ……!」

悲痛な嗚咽が室内に流れる。

その瞬間それまでずっと沈黙を続けていたマリアが何かに反応する。

「ドクター・カオス・明かりを・落とします」

「どうしたんじゃ、マリア?」

突然マリアが立ち上がり、蛍光灯のスイッチを切る。

「横島さん・もう一度・呼び掛けて」

「マリア……?」

「さあ・もう一度」

マリアの突然の行動が理解できずに問い掛けるがマリアは答えてくれない。
だがマリアの言う通りにもう一度ルシオラに呼び掛ける。

「なあ、ルシオラ……聞いてくれ……
ずっとこんな所に閉じ込めたままにしちゃったけど……
お前を見たくないとかじゃないんだ……
ただお前がもう俺の近くにいない事を思い知らされるみたいで辛かったんだ……!」

最後の望みをかけ、心を込めて呼び掛ける。

「なあ、ルシオラ……このじーさん覚えてるだろ……?
お前とパピリオの自爆コードを解除してくれたんだけど……
このじーさんがさ、お前を生き返らせてくれるっていうんだよ……
でもそれにはさ、お前の意識が無いと駄目だって言うんだ……
だから、ほんの少しで良いんだ……!
お前がちゃんと生きてるって……俺の言葉が聞こえてるって……
俺達に教えて欲しいんだ……ルシオラお願いだ……!
俺は……もっとお前と……一緒にいたいんだ……」

何度も何度も繰り返し呼び掛ける。
もう駄目だろうとカオスが諦めかけたその時



ルシオラの体から淡い光が放たれた。

























「ルシ……オラ……?」

蛍の淡い光に魅入られたかのように横島が呟く。

「これは……。」

カオスも同様に驚いていた。
自分の手で意識が無いのを確認したばかりだというのに
今はまるで自分の存在を主張するかのように光を放っている。

しかしルシオラに無理をさせる訳にはいかなかった。

「嬢ちゃん!力を消耗するのなら光を抑えるんじゃ!
今は余計な体力を使ってはいかん!」

その言葉に反応したかのようにルシオラの光が収まってしまった。
淡い淡い蛍の光。蛍光灯をつけたままでは気が付けなかっただろう。

「マリアは気付いとったんか?」

ふと浮かんだ疑問を口にする。
もしかしたらさっきも光を放っていたのかもしれない。
自分達は気付かなかったが、機械のマリアには光を感知することが出来たのだろうか。

「イエス・ドクター・カオス
ですが・さっきの光は・もっと弱いものでした
恐らく・横島さんの言葉に・反応したものと・推測されます」

カオスの質問に答え、蛍光灯のスイッチを入れる。

「じーさん!どうなんだ!?
ルシオラは意識があるのか!?」

「……うむ。
マリアが言うように弱かった光がお主の言葉に反応して強くなったというのなら
意識があると思って間違いなかろう。
それにさっきまでと違い、嬢ちゃんから弱々しいが意思の波動を感じるからのう。
これなら大丈夫じゃろう。」

「なら!」

「ああ、ワシの考えた方法を聞かせてやろう。」

嬉しさのあまり今にも泣き出しそうな少年に向かい、穏やかに微笑んだ。

「だが、最初に断ったようにルシオラ嬢ちゃん『本人』を生き返らせるわけではない。
ワシに出来るのは彼女の意志を表現するための『依り代』を用意してやる事ぐらいなんじゃ」

そこで一度言葉を区切り、横島に問い掛ける。

「ところで小僧、テレサを覚えておるか?」

少し考え、答える。

「たしか……マリアの妹だよな?」

「うむ。」

「マリアとテレサの機体は全く同じ製作過程を辿ったにも関わらず、テレサは暴走してしまった。
何故そんなことになったか、わかるか?」

「いや……そういや何でだろう。
あの時は驚いてそんな事考える余裕無かったし……」

以前テレサに襲われた時の事を思い出す。
見た目はともかく性格的にはどうみてもマリアの姉妹機とは思えなかった。

「ワシの錬金術の最大の秘訣は、魂そのものを合成しそれを機械の体に与える事なんじゃ。
とはいえこの魂を合成する作業が最も困難なんじゃが……
ほんの少しの温度差や気圧差などで結果が変わってしまう。
テレサはボディーは問題なかったが肝心の人工魂が暴走してしまったんじゃ。」

「それがルシオラとどう関係するんだよ!?
頼むから早く本題に入ってくれよ!!」

とうとう我慢しきれなくなり、声を荒げる。
だが、カオスは真剣な表情で横島を見据えると続けた。

「まだわからんか……?
ワシにとって一番の問題となる魂の合成……
じゃが、その魂が既に用意されていたならどうなると思う……?」

カオスの視線はルシオラの霊気片に向けられていた。

























「ワシが嬢ちゃんの意識の有無にあれだけ拘ったのは、そういうことじゃ……
ワシなら彼女の意志を表現するための義体を造りだす事が出来る……
じゃが、肝心の嬢ちゃんの意識が無ければ只のマネキン人形にしかならん……」

「そ、そんな……!
ルシオラをロボットにしようってのか!?」

あまりに衝撃的なカオスの提案に上手く反応できない。
彼にとって完全に予想外であった。

「……じゃが、小僧。
お主はマリアやテレサをはじめて見た時、彼女達がロボットだと気付いたか?」

「それは……!」

マリアやテレサは武装解除さえしなければ普通の女の子にしか見えなかった。
現に初めてマリアと出会ったとき、ナンパしようと声をかけていたのだ。

「小僧……お主の気持ちはワシが誰よりもわかるつもりじゃ……
マリアのモデルとなった女性はお主も知っておるな……?
愛した女性を偽りの存在として造り出す事への忌避感……わしが誰よりも知っておる……」

遠い昔に愛した女性を思い出し、カオスの表情が歪む。

「じゃが、ワシはマリアを造り出した事に後悔はしておらん……!
ワシが気の遠くなるような年月を過ごす事が出来たのは……マリアが居てくれたからなんじゃ……
ワシとて長い年月の中で、何人もの友や女性との別れを経験しておる……
それに耐えてこうして生き続けることが出来たのは……常にワシの側に彼女が居てくれたからなんじゃ……!」

横島は目を閉じて黙ったままだ。

「じゃが、決めるのはお主じゃよ……
一つだけ言わせてもらうなら、嬢ちゃんの体は偽りの物になったとしても……
その魂は彼女本人のものじゃ……それだけは覚えておいてくれ……」

ついに何かを決意したように横島が目を開く。
そこに悲壮感は無く、揺るがぬ覚悟があらわれていた。

「例え……体は偽りの物でも……!
俺はもう一度ルシオラに逢いたい……!」

その力強い言葉を聞き、カオスが頷く。

「そうか……ならばこのヨーロッパの魔王、全身全霊でやり遂げて見せよう……!」

二人は頷きあい、固い握手を交わす。

「ワシはこれから万全を期すため、世界各地に散らばるワシの研究結果を集める旅に出る。
恐らく帰ってくるのは二年近くはかかるじゃろう……。
その間お主は少しでもワシの研究が理解できるように錬金術の知識を身に付けておくのじゃ。」

「ああ、やってみる。」

横島の返事を聞き満足そうに頷く。

「うむ。それでは達者でな、小僧。
……行くぞマリア!」

「……ドクター・カオス
マリア・横島さんに・お別れの挨拶がしたい」

「……そうじゃな。
ならワシは先に戻っているから適当に帰ってくるんじゃぞ。」

カオスが出て行き部屋には二人だけが残された。

「マリア、さっきはありがとうな……。
マリアが気付いてくれなかったらルシオラに意識があるって気付けなかった……」

心からの感謝を捧げ、頭を下げる。
その拍子に鼻から血が流れた。

「おっとっと、カオスのじーさんに殴られたせいだな。」

「横島さん・マリア・手当てします」

部屋にあったタオルで血をふき取り、アルコールで傷口を消毒する。

「くーー……染みるなあ……」

アルコールの刺激を感じ、顔をしかめる。

「横島さん・ドクター・カオスを・怒らないで下さい」

マリアがどことなく神妙な態度で語りかける。

「え、ああ、殴られた事なんかどうでも良いよ。
そんな事より俺はカオスに感謝してるんだ。ルシオラの事もそうだけど……
殴られたおかげで目が覚めた気がしたしな。」

堕落というぬるま湯に浸かっていた自分を、無理やり引き上げてくれたのだ。
感謝こそすれ恨む気など微塵も無かった。

「あれ、そういえばマリア。
アシュタロスにバラバラにされなかったっけ。もう治ったんだ?」

ふと感じた疑問を投げかけてみる。

「イエス・ドクター・カオスが・レストアして・くれました」

「ふーん。結構金かかりそうだけどよく治せたなあ。」

自分と同じく貧乏な生活をしていた事を思い出し少し違和感を感じる。

「……ドクター・カオスは・自分の・研究成果を・日本政府に・売り渡したのです
マリアの・レストアと・今度の旅に出る資金を・作るために……」

「え!?」

「……ドクター・カオスは・今まで・自分の・研究成果を・売り渡す事は・ありませんでした
ドクターにとって・研究成果は・ドクターの・人生の・全てだからです
本来・金銭に・換えるようなものでは・ありません……」

「だったら何で!?
俺のためにそんな事したってのか!?」

ルシオラのことばかり考えていたので気が付かなかったが
冷静に考えてみると、さっきカオスは世界各地を巡るような事を言っていた。
そんな事をしようと思えばそれなりの資金が必要だ。

「横島さん・ドクターの・気持ちを・受けてあげて・下さい
あの・事件の後・ドクターは・誰よりも・横島さんを・心配していました
それでも・横島さんの・前に・現れなかったのは・何よりも・優先して
ルシオラさんを・生き返らせる・方法を・探していたからです」

「マリアの・レストアを・考えている時に・この・案を思いつき
それからは・この・案が・実現可能かどうか・ずっと・研究して・いました」

カオス唯一人が自分の前に現れなかったのはそういう事だったのか
それなのに自分は何も知らずに、久しぶりに会った相手にあんなに酷い事を言ってしまった……

感謝と後悔で横島の瞳から涙がこぼれる。

「実現可能と・わかると・日本政府に・研究を・売り渡し
マリアの・レストアに・取り掛かったのです」

横島はマリアの顔を見る事が出来なかった。
自分にはこれほど心配してくれる仲間がいるというのに
酒に溺れ、自分の為に己の人生ともいえるものを犠牲にしてくれた相手に
暴言を吐いた挙句、殴りかかってしまった。

「ドクター・カオスは・隠し通す・つもりでしたが
マリアは・横島さんに・知っておいて・欲しかった
横島さんは・一人では・ありません・それを・知っておいて・欲しかった」

涙を拭い、マリアに頭を下げる。

「ありがとう……カオス。
ありがとう……マリア。
俺は、もう大丈夫……もう絶対馬鹿な事はしない。」

「それでは・マリアも・もう行きます
また・お会いしましょう・横島さん」

その時横島にはマリアが優しく微笑んだような気がした。
感情を表情として表す事が出来ないはずなのに、彼には確かに微笑んだように見えたのだ。

「……ああ、またな。マリア。」

自分の錯覚かもしれない。だが彼にはそれで充分だった。
マリアを見送り、部屋に戻る。


「なあ、ルシオラ……お前は造り物の体なんて嫌かもしれないけど……
俺はどうしても、お前と一緒に過ごしたいんだ……俺のわがままかもしれないけど……
俺、頑張るからさ……これからも見守っててくれないかな……」

優しくルシオラの霊気片に語り掛ける。
語り終えた時、それまで無反応だった蛍が羽を広げ震わせる。

まるで彼の提案を受け入れるかのように。

「……ルシオラも賛成してくれてるのかな?
へへ、となると落ち込んでなんかいられないよな!
先ずは明日から美神さんのとこの本を全部読破してみるか!!」

ようやく己の進むべき道を見つけ、少年の心は暗闇から抜け出せたようだ。
今後はもう二度と己を見失う事は無いだろう。

ふと窓の外に目をやると
夜は終わりを告げ、朝日が昇ろうとしていた。

「……夕日は昼と夜が移り変わる一瞬の間しか見れないから綺麗、か。
でもさ、ルシオラ……俺、思うんだ……」

箱の中の蛍を見つめ呟く。

「たとえ夕日は沈んでも……いつか日は昇るんだよ。
だからさ俺、決めたよ。絶対にお前を一瞬の思い出なんかにはしない……!」

横島は昇る太陽を見ながら静かに呟いた。

























「……これが、一年半前の出来事なんだ。
前にカオスから電話がかかって来た時は後半年以内に帰るって言ってたんだけど。」

長い話を終えた横島が溜め息をつく。
初めて自分とカオス以外の相手に話したので疲れたのだろう。
だが、どことなく重荷を降ろし気が楽になったようにも見える。

すでに日は暮れ、辺りは闇に包まれだしていた。

「二人はどう思う……?
俺は間違ってるかな……やっぱりルシオラは嫌がるかな……?」

二人の意見を求めているが、その瞳は縋るように弱々しい。
ルシオラの意見を聞こうにもルシオラが話せないため
結局自分の独り善がりではないか、という疑問をずっと抱えていたのだろう。

「大丈夫だ横島君。必ずルシオラは喜んでくれるとも!
自分の体が変質してしまうとしても、彼女も君と共に過ごす事を選ぶはずだ。」

「うむ、その通りだ!
自信を持て横島!お前はルシオラを取り戻す手段を見つけたのだ!!」

初めて第三者に、それも彼女と同じ魔族に、自分のやろうとしている事を肯定してもらい
ようやく安心したのだろう。力無くその場に座り込む。

「良かった……
ずっと気がかりだったんだ……
ルシオラが嫌がるんじゃないかって……」

安心し小さく笑う。弱々しいがそれは決して後ろ向きなものでは無かった。

「だが横島君、何故美神さんたちには話していないんだ?
彼女達ならいくらでも君の力になってくれるだろうに……」

この方法は少なくとも非合法な方法ではないし、誰かを犠牲にする訳でもない。
それなのに何故誰にも言っていないのかがジークには不可解だった。

だが、ジークの疑問はかなり深い所を突いていたようだ。
横島の顔が強張り、表情が厳しくなる。

「実は……カオスが言うには、もしも義体とルシオラが上手く馴染まなかったら
ルシオラの魂に傷が付いてしまうかもしれないらしいんだ……
もしも……魂が酷い傷を負ってしまった場合は……」

横島の只ならぬ雰囲気に、周囲に緊張が走る。

「ルシオラは完全に消滅してしまうんだ……」

ジークとワルキューレもすぐには言葉が出なかった。
ようやく見つけた希望が、下手をしたら絶望に変わるなど理不尽にも程がある。

「……そ、そんな馬鹿な話があるか!?
もしそうなれば君の子供としても転生できないという事なのか!?」

歯を食いしばり無言で頷く横島。

確かにこれでは不用意に誰かに相談する訳にはいかない。
成功しても失敗しても周囲に与える影響は計り知れない。

「だが、何故だ!?カオスの人造人間の製造技術はかなりのものなのだろう!?
何故そんな失敗が起こるのだ!何か問題でもあるのか!?」

横島を責めている訳ではないが、ワルキューレも激しく詰め寄る。
どこまでも横島を苦しめようとする『運命』に二人とも怒りを抱いていた。

「マリアやテレサの魂は……最初から機械の体に順応できるように造られてるらしいんだけど
魔族のルシオラにとって機械の体は異物のような物らしいんだ……
カオスも人工魂以外を機械に埋め込むのはこれが初めてらしいんだけど……
理論的には、拒絶反応が起こってルシオラの魂が傷つく可能性はゼロじゃないらしい……」

「……その確率は?」

ジークの問いに、目を閉じてしばらく黙り込む。
そしてついに絞り出された言葉は苦渋に満ちていた。

「……五分五分らしいんだよ」

























ワルキューレは愕然としていた。
可能性が五分五分ではあまりに分が悪い。

二回に一回はルシオラが消滅してしまうのだ。

だが逆に二回に一回は成功し、ルシオラがこの世界に戻って来れる。

諦めるのは難しく、かといって軽々しく動くのも難しい。

この微妙な数字を少しでも変えるために、カオスは旅に出たのだろう。

「あの日から今日まで、ずっと美神さんの魔術書を読み漁ってきたんだけど……
正直、俺にはどうすれば良いのかわからない……
結局カオスに任せる事しか出来ないんだ……!」

己の無力さに耐えられないのだろう。
体が微かに震えている。

だがジークは先ほどから口元を掌で押さえ、何やら思案していた。
しばらく考えた後、横島を見据えて質問する。

「ルシオラの魂が拒絶反応を起こすのは、
彼女の魂と機械の体が馴染まないのが原因なのだな?」

「あ、ああ。機械の体を魂が無意識に拒絶してしまい
その結果、魂が自分から崩壊してしまうらしいんだ……」

ジークの様子が急に変化した事に戸惑いながらも質問に答える。
その答えにジークは何やら頷いている。

「なら機械の体を使わなければいい。」

「……だったら何を使うんだよ?」

そもそも機械でルシオラを補う事を否定してしまったら
最初から話が成り立たなくなってしまう

「魔族の体を使うんだ。
これなら少なくとも魂の拒絶反応の危険はかなり小さくなる筈だ。」

ジークの提案を首を横に振り、退ける。

「……駄目なんだ。
俺もそれをカオスに言ってみたんだ……
以前、須狩と茂流田って奴がガルーダを培養してたのを見たことあったから
そういう風にルシオラの肉体を培養して、魂を込められないか聞いてみたんだ……」

俯き、続ける。

「でもそれだとルシオラの魂が足りてないから、体を動かす事も話す事すら出来ないって……
ルシオラの魂が足りていない部分は、どうしても機械で補うしか無いらしいんだ……」

この言葉を聞いても尚、ジークの表情は曇らない。
むしろ何かを確信したかの様な表情で横島に語りかける。

「ああ、単純に魔族の肉体を使っただけでは無理だろう。
だが、思いだしてくれ。魔族の肉体と機械の特性。
この二つを併せ持った存在を君は良く知っている筈だ。」

そんな都合の良い物があったか?
思い出そうとするが心当たりが無い。

「君が月で戦ったヒドラ。君が一時期乗り込んでいた逆天号。
あれらを只の機械と思ったのか?もしそうなら、それは大きな間違いだ。
あれらの肉体の性質や属性は魔族のものだが、その肉体的な構造は機械のそれに非常に近い。
君達の世界の機械は鉄や鋼で構成されているが、アシュタロスが造り出した強力な兵鬼は
魔族の肉体で構成された機械とでも呼ぶべきものなのだ。」

ジークは情報士官なので武器や兵器の知識は豊富だった。
本来ジークの役割は相手の情報を分析し、弱点や対抗策を探る事が本業なのだ。

だからこそ、あの事件でアシュタロスが使った兵鬼の造詣に深かったのだ。

そして流石にここまで説明されれば、横島にもジークの意図が理解できた。

「ルシオラの魂が拒絶反応を示さない、機械として加工された魔族の肉体……!
たしかに、これなら成功の確率はもっと高くなる筈だよな!?」

思いもよらぬ所で問題解決の糸口を見つけ、飛び上がる。
しかし、喜んだのも束の間。新たな問題が横島の中に浮上する。

「でもさ……アシュタロスも死んじまったし……
そういう知識がありそうなルシオラは喋る事すら出来ない……
俺達だけでそんな複雑な兵鬼を造れるのかな……?」

いくらカオスの知識が膨大でも、魔族の肉体を機械に加工するような経験は無い筈だ。
兵鬼としてルシオラを生き返らせるのは、理論的には可能でも現実的には不可能に思えた。

少なくともジーク以外は。

ジークには一つの当てがあった。
ルシオラ以上の兵鬼開発の知識を持つ存在に心当たりがあったのだ。

用意していたアタッシュケースを開き、ディスプレイとキーボードを引っ張り出す。
そしてなにやら打ち込むと、ディスプレイがどこかの空間と繋がった。

『まったく、毎日毎日コキ使いおって……
ジークの奴は人間界で遊んでおるようじゃし、儂の仕事は増える一方じゃ……』

ディスプレイの向こうではどこかで見たような土偶がぶちぶち愚痴をこぼしていた。
別にジークは遊んでいる訳ではないのだが彼にとっては遊んでる事になるのだろう。

「お前、ドグラか!?」

懐かしさのあまり横島が叫ぶ。

『ぬお!?
何を覗いとるんじゃお前ら!?』

「さぼってる暇があったらさっさと仕事をしろ、と言いたいが
少し話がある。聞いてくれ。」

ジークがルシオラを復活させる案を話し出す。
最初は嫌そうだったが、ルシオラ復活の現実味が出始めると身を乗り出していた。

ドグラもドグラなりにルシオラだけが犠牲になった事を気にしていたのだろう。


『なるほどな……人間達の工夫には頭が下がるわい。
結論から言えば、恐らく可能じゃ。
ジークの想像通り、儂の記憶の中にはアシュ様の兵鬼開発の全てが詰まっておる。
本来なら軽々しく話す気は無いが、今回だけはルシオラの為に特別に力を貸そう。』

「ありがとう!ドグラ!!」

『フン、お前のためじゃない。元部下のためじゃ。
義体兵鬼の用意はしておいてやるが、魂の接続方法など細かい打ち合わせは必要じゃからな。
カオスとやらが戻ってきたらまた連絡するんじゃな。』

ぷいと横を向くとディスプレイの電源が落ちる。
接続を切られてしまったのだろう。
とはいっても必要な事は全て話した後だが。

「どうだろう、横島君。
拒絶反応さえ抑えられれば失敗の可能性はかなり減らせるのではないか?。」

「ああ!俺も詳しい事はわからないけど、きっとそうだよ!
ありがとうジーク!これでまたルシオラとの再会に一歩近づけた……!」

横島の方に向き直ったジークに頭を下げる。

「気にすることは無いよ。君が何を望んでいるかは皆良く知ってるからな。
君達の願いをかなえる事が今回の任務。僕にできる事なら何でもするさ。」

優しく微笑み、続ける。

「それじゃ、ドクター・カオスが帰ってきたら教えてくれ。
彼とも色々打ち合わせしないといけないからな。」

別れ際、ジークとワルキューレと固く握手を交わし、横島は東京タワーを降りていった。
『浮』文珠でゆっくり降りていったので、人に見られたらちょっとした騒ぎになりそうだが。

そして東京タワーの屋上にジークとワルキューレだけが残された。

























辺りは完全に暗闇に覆われていた。
周囲を見渡せば大都市東京の美しい夜景が目に映ることだろう。

「まさか魔界神界の両研究者が出来なかった事を
人間の彼らが思いつくとは驚きでしたね」

さっきの話を思い出し、ジークが呟く。

「ああ……。所詮ほとんどの神族魔族にとっては他人事のようなものだからな。
奴らにとってルシオラは只の一下級魔族なんだ。
横島達のような執念は持ち合わせていなかったのだろう……」

魔族神族の不甲斐なさを吐き捨てる。

「取り敢えず横島君は立ち直れたと判断して良さそうですね。
朝の馬鹿騒ぎも決して無理をしていたのではなく、目標を得た事で精神的な余裕が出てきたのでしょう。
まだ彼女を失ってしまった時の痛みは癒されていないようでしたが
あの案が成功すればそれもすぐに消える事でしょうし。」

「そうだな……当初の目的の『美神令子への恨みの有無』も無いとわかったし、
今回の任務は結果的には成功と言えるだろうな……」

最初はどうなる事かと思ったが、終わってみれば上手く行きそうなのでジークの顔は晴れやかだ。
だが、対照的にワルキューレの表情は暗い。

「ではそろそろ僕達も神父の教会に戻りましょうか、姉上。
あまり遅くなると神父が心配するかもしれませんし。」

「……待て『ジークフリード少尉』」

帰ろうとしたジークをワルキューレが呼び止める。その口調はいつもの姉弟としてのものではなく
魔界第二軍特殊部隊所属、ワルキューレ少佐としてのものだった。

「……なんでしょうか。ワルキューレ少佐。」

姉の雰囲気の変化を感じ取り、ジークも軍人として対応する。
この辺りの切り替えの速さは流石だ。

「本日の任務を終了するにあたり、貴官に最後の指示を下す。
一切の反論は許さん。いいな?。」

「イエス・サー!」

姿勢を正し、敬礼する。
が、内心この後の事を考えると不安だった。
一ヶ月前は漁船に売り飛ばされたが、今度はどんな無茶をさせられるのか……

「ジークフリード少尉、私を殴れ……!」

あまりに予想外の指示に目を丸くする。

「姉上!?
何を言っているのですか!?」

驚きのあまり素に戻ってしまっている。

「反論は許さんと言ったぞ、ジークフリード少尉……!
これは不甲斐ない本官への『けじめ』だ……!
手を抜く事は許さん……わかったならさっさとやれ……!」

結果的には全て上手くいきそうなところに落ち着いたが、それは結果論だ。
ワルキューレは横島を追い詰めてしまった事を悔いていた。

ルシオラを失った時の事を話す横島の悲痛な姿は、ワルキューレが追い詰めたのが原因だった。
『美神令子への恨みの有無』を探るのが目的だったとはいえ、あまりに横島への配慮を欠いていた。

もしカオスの案が未だ提示されていなかったなら、下手をすれば止めを刺す事になった可能性すらあった。
全ては己の立てた作戦が原因なのだから、ワルキューレがけじめを付けようとするのは当然なのかもしれない。

そして、ジークもそれを理解した。
姉の罪悪感を少しでも軽くするため、ジークも覚悟を決めた。

「クッ……イエス・サー!!
……失礼します!ワルキューレ少佐!!」

























「やあ、二人とも随分遅かったね……ってワルキューレ!その顔どうしたんだい!?」

いつもより遅く帰ってきた二人を出迎えた神父は
ワルキューレの顔が腫れている事に気付き慌てて声をかける。

「ふん、気にするな。これは私なりのけじめだ。
それより神父、電話を借りるぞ。」

何事も無いかのように神父を退け、さっさと奥に行ってしまう。
神父がジークを問い質すが、言葉を濁して答えようとしない。

二人とも全く話そうとしない上に、ワルキューレ本人が気にしてないようなので
正直心配だったが神父も無理に聞きだすことは無いと判断したようだ。






「……ワルキューレだ。
こんな時間にすまないな、美神令子」

最後の仕上げのため、美神に電話をしている。

「さっき横島と話していたのだが……
おい、落ち着け。お前がどう思っているかは話していない。」

電話の相手は自分の朝の様子を暴露されたのかと慌てていたが
ワルキューレが否定したので落ち着いたようだ。

「詳しい話は出来んが、これだけは伝えておこうと思ってな……
あいつは既に前を向いている。お前が気にする必要は無いのだ……
お前がいつまでも気にしていたのでは、立ち直ったあいつに悪いだろう?」

電話の向こうは何も言わず静かに耳を傾けている。

「夕日は沈んでもいつか朝日は昇る……
そういう事だ……横島の長い夜はやっと終わったんだ。
だから、これからも普段と同じように過ごしてやってくれ……」

ルシオラ復活の件については話す事はできなかった。
それでも相手は横島が立ち直った事、そして自分を恨んでいない事を感じ取ってくれたのだろう。

聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。


―――『ありがとう』と。

「私は何もしていないさ……
礼ならジークに言ってやってくれ……
話は以上だ……邪魔したな……」

ワルキューレは静かに電話を置き、その場を後にした。



























―後書き―

かなりの長文になってしまいました。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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