ザ・グレート・展開予測ショー

君が家の池


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(05/ 6/28)




「倉庫への納品はご確認頂けましたかしら?では、こちらの円での小切手など、書類一式お預かりしますわ・・・ナルニアから足をお運び頂いてのご厚意に感謝します。ムラエダ商事様」

「・・・私の名前は大樹と言うんですよ、可愛らしいお嬢さん」

 この男にそう呼ばれるのもこれで何度目かしら。さすがに私でも、これが商談相手に普通使われる呼び方じゃない事ぐらい分かる。
 書類を封筒に収めていた私の手元に、男は自分の手を添えて来た。反射的に振り払おうとするのをどうにかこらえる・・・消し飛んじゃうものね、レストランの建物半分ごと。

「これらの黄金も地下のガイコツや我が社の無粋な耐火金庫などではなく、本来この白くたおやかな手を飾ってこそ映えるものですが・・・」

「あら、さっそくクーリング・オフのご相談かしら?―――ミスター・ダイジュ」

「相談事は場所を変えて、グラスを交わしながらなどいかがでしょう?・・・初めてあなたに名前で呼んでもらえた事も記念して。可愛らしいお嬢さん」

「それなら、私の事も名前で呼んで下さいます?」

「ああ、勿論だとも・・・・・・・・・ミス・ルシオラ」

 軽く添えるだけだったのが、今度は両手で私の手を握り締めていた。
 そのままじっと見つめて来る男に、私は満面の営業スマイルを返すと席を立つ。

「でも残念ですわね。今日は先約がありますの。オフィスに戻らなくては」





 途中まで送りますよ。この街は夜中物騒だからね。
 そう言って男はどこまでも付いて来る――今日が商談の最終日だからか、道すがら諦める事なく誘いを繰り返す。

 今日がダメなら明日、明日がダメなら明後日・・・男はこの国での滞在を、一体何日延長するつもりだろう。
 意外としつこい・・・本当に「たまたま同じ方向だった」のかも怪しいものね。

 のこのこついて行って・・・死ぬつもりはない。土偶羅様にも、もっと早く帰還する様、昨日注意されたばかりだったし・・・

 だけど―――――

「ナルニアには“取引が難航している”と伝えておけばいいさ・・・嘘じゃないだろう?私は現にこうして、君との取り引きに難航しているのだから」

「・・・奥様に通用する方便には思えませんわね?」

 奥様という単語を耳にすると同時に、男はその余裕たっぷりの笑顔と共に凍り付く。

 こんな事をしていながらも男はかなりの恐妻家だという事は、これまで取引の中身よりも多く話されたプライベートな話から、十分知っていた。
 口説き文句もそうだが、関心を持たせようとしたのかそれ以外の多くの事も男は話していた。

 日本に高校生の息子がいてGS見習いをしている事・・・GSという単語には少しドキッとさせられた・・・
 浮気が妻にばれて日本まで逃げ、そこで息子ともケンカになり・・・これまた女絡みらしい・・・妖怪や幽霊をけしかけられて苦戦した事。
 レアメタル採掘現場でゲリラと戦った事。
 ナルニアでの事業を成功させていつか必ず日本に帰ろうと思っている事。

 ただ単に自分の妻が怖いだけじゃない・・・彼女に、自分の家族にどんな思いを抱いているのかが伝わって来る。
 ・・・裏返せば、今口説いている私に、どんな関係を期待しているのかも。

 ただの遊び・・・

 遺跡から掘り当てた財宝を地元のではなく日本企業を選んで売りつけて円と交換する、貿易会社を名乗る得体の知れない連中。
 話を持って来た「ドグラ」と名乗る人物は一度も姿を見せず、代理で訪れる得体の知れない女。
 買い付けがてらの一夜のアバンチュール。

 どこから出ようが金は金。遊び相手は遊び相手。





「私ね、惚れっぽいのよ」

 私が大通りを外れ裏路地へと入り込むと、男が慌てて呼びかけて来る。
 ミス・ルシオラ、君のオフィスはこの先なのか。この辺は小さいギャングの縄張りが密集していてスラムの中でも特に危険な・・・
 慌てながらも、男に怯えた様子はない。ゲリラや山賊相手に戦っていたってのは本当みたいね。
 私にしてもそんな危険など意味はない――何人来ようと、どれだけ凶暴だろうと、それが普通の武器を持った普通の人間なら。

 私は立ち止まり、振り返って男に言う。

「少しカッコイイ所や情熱的な所見せられると、すぐその気になっちゃうみたい・・・弱いのね、そんな一生懸命さに。私、子供みたいなの」

 ゆっくり足を進め男の前に立つ。両手を胸板に当てて身体を寄せ、顔を上げて相手の目を見つめる。
 その目にはあからさまに期待の色が浮かんでいた・・・何だか、そわそわしてる様にも見えた。

「でもね・・・」

「・・・でも?な、何だい・・・?」

「私の名前・・・ルシオラって、何だか分かる?」

 顔を見つめたまま私は男に尋ねた。男は一瞬呆気に取られてから、少し間をおいて答える。

「・・・・・・蛍?」

「そう、蛍。 ・・・ミスター・ダイジュ、あなたの国の古い詩にこんなのがあるわ・・・“外で遠くあなたを思うより、私はあなたの家の池で恋焦がれる蛍になりたい”」

「外に居て恋ひつつあらずは、か・・・よく、知ってるね・・・」

「気に入ってるの・・・まるで、私そのものだから」

 目を閉じると顔を伏せ、男の胸に顔を埋める。そして、囁く様に尋ねた。

「・・・ねえダイジュ、私をあなたの池に住まわせてくれる・・・?私はあなたの傍でこの身を焦がし続けても、本当にいいのかしら・・・?」

 私は再び顔を上げる。見下ろしている男の顔には困惑が浮かんでいた――答えは明らかだった。



 彼の家に住めるのは、彼の家族だけ・・・彼の帰る場所に必要なのは、たった一人のパートナーだけ。
 彼が外で求めるのは――それがどれだけ入れ込むものであっても――遠く想うだけの女。

 彼の家に、蛍の身を焦がせる池はない。



 一抹の悲しさを添え、私は男に微笑みかける――私の言葉もまた、あしらう為だけの嘘ではなかったから。
 もしこの男の心に蛍の池があったなら、私を焦がすまでの情熱があったなら、私はこの身を焦がして散ってもよかっただろう。

 男はふいに前方遠くに視線を向け、顔にも全身にも緊張を走らせた――何が起こっているのかは、振り向かなくても分かる。
 一人、二人、三人・・・十人以上のスラムの住人が銃やナイフをブラブラと手に、並ぶ建物の隙間から湧いてこっちに近付いていた。

「・・・それにね、」

「・・・えっ?」

 私から注意を離していた男は、私のいきなりの呟きに少し驚いて聞き返す。
 だが、男が口を開く前に、私は今まで抑え込んでた自分の霊力を解き放っていた。

 辺りの空気が変わった――普通の人間でもそうと分かる程に。

「――――!!」

 男が素早く、身を寄せていた私から2mばかり後ずさった――後ずさってから気付き、顔を強張らせる。
 自分が、莫大な・・・そして異様な私の力を―――何百人でも瞬時に殺せる力を持つ私を、拒んだ事に。

 何をしようとしなくても、一万マイト近くまで放たれた私の霊圧に空気が、建物のレンガが、路面のアスファルトが軋む。

 霊的防御を全く持たない男がこれ程の霊圧を前に、数歩下がった程度でこっちを向いて立っていたって事は、むしろ超人的だったのかもしれない。
 男より私から遠くにいる筈のギャング達は、半分以上腰を抜かしていた・・・恐怖と圧迫感で涙を流し、失禁している者も少なくない。

「ルシオラ・・・・・・君は・・・一体、君は・・・・・・っ?」

 霊力を放つ時の私の目の光は、もう隠されていない触覚は、見る者に私が人間でないのだと十分知らしめた筈。
 チンピラの一人の、十字を切りながら呻く声が聞こえた。

「・・・・・・・・・demon・・・!」

 正解だわ・・・あまり知性のなさそうな連中だったけど、私の正体を男よりも先に、正しく言い当てている。
 男はかろうじて足を踏ん張りながら立ち尽くし、私を見据えていた。
 人間離れした精神力・・・だが、それが本当の私の姿を垣間見た、この男の限界。

「私が何者か・・・何をしようとしているのか・・・何に囚われているのか。その全てを知ってもなお、この手を取って連れ出してくれる・・・・・・私の魂を焦がせるのはきっと、そんな奇蹟みたいな情熱なのよ」

 私が静かにそう告げると、男は肩を竦めた。苦笑を・・・本当に苦しげにだが・・・浮かべながら言う。

「・・・・・・降参だよ、ミス・ルシオラ。完全に・・・俺の負けだ」

 圧勝だった・・・しかし、とても苦い圧勝。

 私の目の前にそんな奇蹟みたいな情熱など、きっと訪れる日は来ないのだから。
 私が想い焦がれる池へと、連れて行ってくれる人など現れないのだから。

 私は与えられた寿命の中で、与えられた任務だけを遂げて散る。
 ・・・そして、やがて、あの方の意思によって世界の全てが消え失せる。

 負けを認めた男の目には、そんな私への哀れみが混じっている様にも見えた。

「ではお元気で、ミスター・ダイジュ。奥様をもう少しお大事に・・・時間は限られているし、態度に示さないと伝わらない想いもあるわ」

 男は再び肩を竦めた。
 私は男に背を向けて、ギャング達が道の両端で壁に――霊圧と恐怖で――貼り付いている裏路地の奥へと歩き出す。やがてその足を宙へ浮かせ、夜空へと身を躍らせた。





 何て言ったかしら、あの男の名字―――街を一望に見渡せる上空まで舞い上がった時、そんな問いが意識を横切った。
 だが既に、何度も口にした筈の男の名前すら、はっきりとは思い出せなくなっていた・・・手元のファイルから書類を出して、確かめる気にもならない。
 私は逆天号への帰還と、待ち受けている次の任務の事だけを考えていた。



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