ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(22)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 6/12)

シュル、と、柔らかな衣擦れの音を立てて、シルクのリボンが長い金色の髪に絡まる。
真っ黒なブレザースーツの襟元を飾るネクタイと色を合わせた、落ち着いたダークレッドのリボン。
足元の革靴から、ブレザーの下のベストまで。シャツ以外は全身黒で統一した装いの中で、その長い金髪の鮮やかさと、それを首の後ろで一つに結っているリボンと紐ネクタイの暗めの赤が、モノクロトーンの色調の中のアクセントとなっていた。
「・・・痛くない?」
髪質が全体に細めでサラサラとしているので、ずれないように少しきつくリボンを結びながら、加奈江がピートに尋ねる。
「・・・べつに」
後ろに回って髪を結われている最中であるため、首を横に振って答えるわけにはいかず、小声でそう答えると、加奈江が嬉しそうに笑ったのが気配でわかった。
「・・・とても似合ってるわ。素敵よ」
リボンを結い終わり、ブレザーの襟を直すと加奈江は、椅子に腰掛けているピートの前に回った。傍らのテーブルの上に置いていた、直径三十センチほどある丸い鏡を手に取ると、ピートの正面にかざして見せる。
「長いのも綺麗ね。くせがないから、余計にそう思うわ」
鏡は手前にかざしたまま、ピートの横に回ると、長い髪を撫でて言う。
しかし、ピートの方は、褒めてもらってもそれほど嬉しくなかった。
長いのは、あまり好きではない。慣れないせいか頭が重くて、首の据わりが悪いようにさえ感じられる。顔を覆うほど伸びていた前髪は視界の邪魔になるので切ってもらえたが、ピートの長くなった髪をいたく気に入った様子の加奈江は、綺麗だからとか何とか言って、後ろ髪は毛先を揃えるだけにして、それ以上は切ってくれなかった。
(ただでさえだるいのに、余計に動きにくい気がする・・・)
昨夜、夜中の三時に目を覚ましてから今朝まで、かなり深く眠っていたように思うのだが、やはり、どこか体力が戻っていない。
加奈江はピートの変調の理由を知っているようだが、まともに聞いたところで、はぐらかされるのは目に見えている。実際、髪や爪が急に伸びた事、自分が数日間眠ったままになっていたのではないかと言う事に関して、今朝からもだいぶしつこく聞いたのだが、肝心なところは全てはぐらかされた。
(・・・でも多分、一日以上は寝ていた筈だ・・・)
具体的な確証は何も無いが、体内時計の感覚で、と言うか、とにかく、何となく頭の中の日付があやふやになっている事からそう考える。
(・・・それで、加奈江さんは何かの理由でその事を僕に隠そうとしている・・・)
自分が一日以上寝たままになっていたのではないか、と言う事は、加奈江のふとした言動の不自然さや、加奈江から感じる、以前とは何かが違う違和感からも推測した事だ。
それを、加奈江は自分に隠そうとしている。
と、言う事は、熱が出たから丸一日分の記憶がすっ飛んでいる、などと言う単純な事情ではないだろう。
何かはわからないが、加奈江が、何かをやらかしたのだ。
(・・・でも、一体何を・・・?)
まさか自分が一回殺された、などとはさすがに浮かんでこず、ピートの考えはそこで行き詰まる。
(僕の体調だけじゃない・・・加奈江さんも、何か前と違ってるんだけど・・・)
「ピエトロ君?」
「え。・・・あ、はい」
思考が煮詰まっていたところに声を掛けられ、少し返事が遅れる。
何か怪しまれなかっただろうかと思ったが、加奈江は相変わらずの、掴み所が無い優しい微笑を浮かべた顔でいつものように言ってきた。
「・・・私、少し用事をしてくるわ。お昼には戻って来るから。一人にしてごめんなさいね」
「いいえ・・・」
正直、一人にしておいてくれた方が嬉しいんですけど、と、心の中で言っておく。
「ごめんなさいね。それじゃ、行って来るわ」
ピートのそんな胸中の呟きなど全く察していない様子で加奈江はにっこり笑うと、ピートを軽く抱きしめてから出て行った。
くるりと身を翻した動きに合わせて、マリンブルーのロングスカートの裾がはためく。
それを見て、何となく引っかかるものを感じたピートは、ドアが閉まってから、加奈江に感じていた違和感の要因に気付いて、ああ、と軽く手を打ち合わせた。
(服が違うんだ。いつも、真っ黒だったのに・・・)
これまで加奈江は、真っ黒なワンピースか、そうでなければ白黒のみのモノトーンカラーが常で、化粧も至極地味だったのだが、今日は少し違った。
こざっぱりした白いブラウスに、マリンブルーのスカートと、それに合わせた青色のカチューシャ。コンタクトにでもしたのか、眼鏡もかけておらず、何となく、以前の鬱な雰囲気が少し抜けたように感じられる。化粧なども、派手と言う程ではないが、どこか明るくなっているように感じられた。
(どうしたんだろう・・・)
そういえば先ほど、加奈江に軽く抱きしめられたが、そんな事も、これまでの加奈江にはなかった行動だ。
−−−何かが、以前とは違う。
普通なら、陰鬱な雰囲気が明るくなったのは、良かったと喜ぶべき変化なのだろうが−−−
何となく、何となく感じるひどく嫌な予感に、ピートは背筋に寒気が走ったのを感じた。

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