ザ・グレート・展開予測ショー

ジーク&ワルキューレ出向大作戦1 『BGMはドナドナ』


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 6/25)


妙神山を飛び立ったジークとワルキューレは、餓死寸前の唐巣神父を救うべく教会に向かっていた。
だいたいの場所はヒャクメから受け取った資料に記載されていたので、特に迷う事は無かった。

辺りはそろそろ夕暮れに包まれようとしていた。

「おっと、どうやらここが神父の教会のようだ」

空を飛んでいたのであやうく行き過ぎそうになり、慌てて着陸する。
はじめて来た場所なので、どことなくそわそわしながらジークが教会の扉を開けようとする。

「待て、ジーク。さすがにこの格好で教会に入るのはマズいぞ。
人間形態になるなりしないと、神父を驚かせてしまう。」

顔見知りの神父はあまり気にしないかもしれないが、もしも第三者に見られてしまうと
あの教会の神父は悪魔と通じている、などという噂が流れかねない。
助けに来たのに逆に足を引っ張ってしまうなど、ワルキューレのプライドが許さなかった。

二人の周囲に一陣の風が巻き起こる。
風が収まる頃には二人はどこから見ても人間の姿になっていた。

ワルキューレは翼を隠し、黒のビジネススーツに身を包んでいた。
白いシャツと、スカートではなくパンツを履いているので、まるで秘書か弁護士のように見える。

ジークは見た目の姿はほとんど変わらないが、尖っていた長い耳が人間と同じサイズの耳に変わり
後は薄紫色だった肌が褐色の肌に変わっている。
白いスーツに黒いシャツを着、胸元をはだけ、銀の十字架をかけている。
銀髪に褐色の肌、白いスーツに黒いシャツ。シルバーのアクセサリ。これではまるで――――――

「おまえはホストか……」

似合っているのは間違いないが、軍人としてどうなのだろうとワルキューレは頭を抱えていた。
当のジークは人間界の知識があまり無いので、ホストってなんですか?などと無邪気に聞いていたが。

「……まあ、いい。では入るぞ。
早くしなければ神父が死んでしまうかも知れん。」

弟の人間界についての知識があまりに乏しい事に気付き、幸先が不安になるワルキューレであった。
























二人が教会の中に入ると、見知らぬ老婆が神父と話していた。
第三者がいたので、人間形態に化けた判断はどうやら正しかったようだ。

「本当にありがとうございました。
これで安心して暮らしていく事が出来ますじゃ……。」

老婆が涙を流しながら感謝の言葉を口にしている事から、恐らく依頼人なのだろう。
どうやら除霊自体はすでに終わっているらしく、報酬の引渡しに来たと推測できる。
それを裏付けるように老婆がバッグから封筒を取り出し神父に渡そうとしている。

「年金で何とか生活しておるので、これが精一杯のお礼なんですじゃ……。
どうか受け取ってくだされ。」

その言葉が気になりワルキューレが封筒の厚さに注目するが、もうペラッペラ。
恐らく紙幣が2枚。どれほど多く見積もっても3枚有るか無いかだろう。
命懸けの除霊の報酬がそれだけなのか、とワルキューレが呆れ果てる。

「いえ、いいんですよ。それは貴方の生活のために使ってください。
私は神の御心のままに行動したまでですから。」

優しく微笑み、報酬を拒む唐巣神父。
老婆は涙を流しながら神父様は神様じゃ、などと言い今にも神父を拝みかねない勢いだ。
それを見たジークは神父は欲が無い人ですねえ、とボケたことを呟いているが、
ワルキューレはそうはいかない。神父が金を受け取らない事には本当に餓死してしまう。
無理やりにでも受け取らせようと思い近付くと、神父達がようやく二人に気が付いた。

「おや、神父様。お客様が来たようですじゃ。
約束していたのなら言って下されば良かったんですがのう。」

先に声を掛けられてしまったので、とりあえず適当に誤魔化す。

「えーと、私達は以前神父様に危ないところを助けて頂いたんです。
今日はそのお礼をしようと思って来たんですよ」

『春桐魔奈美』として受け答えをするワルキューレ。
言われた神父は首をかしげている。どこかで会ったような気もするが、思い出せない。

「ほんに神父様は素晴らしいお人ですじゃ。」

二人が神父に用があると思ったのだろう。老婆は神父に何度も頭を下げながら帰ろうとしている。
神父は神父で老婆に気をつけて帰ってくださいね、などと言っている。

「ちょっと待――――――」

「ところで以前お会いしたそうですが、申し訳ないんですが思い出せなくて……。
良ければお名前を教えてもらえませんか?。」

報酬を受け取っていないので老婆を呼び止めようとしたワルキューレだったが
神父の質問によって遮られてしまった。少し考えるが元々たいした金額ではないので諦める事にする。

「気付かんか?神父。私だワルキューレだ。」

誰もいなくなったのでいつもの軍人口調に戻っている。
いつも被っているベレー帽がなかったので気付くのが遅れたが、ようやくわかったようだ。

「ワルキューレか!久しぶりだね。二年ぶりってとこかな?。
ってことはこっちの青年はジークだね?」

「ええ、お久しぶりです神父。」

ジークも神父と挨拶を交わす。教会にいきなり魔族が乗り込んできたのに普段と変わらぬ様子の神父に
少し意外に感じるワルキューレ。キリスト系の聖職者は魔族を見たら多少は警戒するのが普通だ。

ワルキューレ達は知らなかったが唐巣神父はそもそも破門されている上、ずっとヴァンパイア・ハーフの
ピートを居候させていた事からわかるように神と魔の垣根をあまり気にしていないのだ。

「今までどうしていたんだい?とりあえず奥で話を――――――」

そこまで言うと神父がふらりと倒れてしまった。
























「あ、姉上!どうしますか!?
神父が倒れてしまいましたよ!?」

「落ち着け、ジーク!取り合えず脈と呼吸の確認だ。」

騒ぐジークを落ち着かせ神父の脈を取る。

む、特に脈拍の異常は無いな。

呼吸は……少々弱々しいがしっかり出来ているな。

顔色は……悪い……。

「姉上、これはもしや……。」

……ジークも気付いたか。

「ああ、間違いない。」

この症状にお目にかかるのは何時ぶりだろうか……。



「ただの栄養失調だ。」

……栄養失調で倒れる奴なんてホントにいたんだな。
























倒れた神父を奥の部屋のベッドに運び、起きるまでヒャクメに渡された資料に目を通す事にした。

ふむふむ、居候していたピートが高校を卒業し、オカルトGメンに入ったのか。

となると今は一人で生活しているのだな。

ヒャクメの資料によると神父の栄養状態が危険な域に達するようになりだしたのは
一人で暮らすようになってからだな。

察するに、ピートが報酬を受け取るように促していたのに、そのピートが居なくなったことで
報酬を受け取らないようになってしまったと言う事か?

やれやれ、資料ではかなり腕の立つGSと評価されているが、生活能力は皆無だな。

このままでは本当に餓死してもおかしくないぞ。

しかしそれは困る……。

そんな事になっては、私の任務が失敗したと言われかねない。

……よし、ここは私達が一肌脱ごうじゃないか。

この生活無能力者を立派に更生させてやるのだ!


「ジーク、この男が社会生活を送れるようにするのを我々の第1の任務に定めようと思うが
何か異存はあるか?無ければお前の案を聞きたい。聞かせてくれ。」

「僕も同じ事を考えていたので異存ありません、姉上。
さっきの様子から気づいたのですが、どうやら神父は依頼人からお金を受け取りたくないようです。
となると別の収入源が必要ではないでしょうか?」

ふむ、別の収入源か……悪くないな。

資料によると世界でも上位の実力者という事らしいし、有料で弟子を取るのはどうだ?。

人格面もかなり優れているみたいだし、きっと高い金を払ってでも師事したい奴はゴマンといるだろう。

よし、ジークに資料を確認させよう。

「ジーク、唐巣神父は弟子を取る事はあるのか?
月謝としてなら金を受け取る筈だ。以前に弟子を取っていないか資料を確認してくれ。」

「了解です、姉上!」

うむ、書類の読み取りは情報士官が適任だ。

「あ、唐巣神父は弟子を取るようですよ。一番最近の弟子は……ピエトロ・ド・ブラドー。ピート君ですね。
それ以前の弟子は…………なッ!!」

ん?どうしたジーク、妙な声をあげて?

何故目を見開いて絶句しているんだ?

「ピ、ピート君の前の弟子は……美神令子、になってますが……同姓同名の別人ですよね、姉上……」

な、なにィィィィ!!美神令子だと!?

ど、どこをどう見ればあの神父とあの女が師弟関係に見えるのだ!?

流派も性格も何もかも正反対だぞ!?

お、落ち着けワルキューレ!魔界軍人は決して取り乱したりしない!!

「ああ、きっとそうだ。別人に違いない。
……ジーク、我々は何も見なかったんだ、いいな?。
よし、取り敢えずそれは置いといてだ、他に弟子はいないのか?」

「えーと、あ、もう一人いますね……20年以上昔のようですが。
名前は……うッ!!」

またか!?勘弁してくれ……。

「今度はなんだ?」

「み、美神美智恵です。」

ちょ、ちょっと待てェェェェ!!美神美智恵だと!?

人間の身でありながらべスパと互角以上に渡り合ったという、あの美神美智恵か!?

あれほどの人間の師匠を務めていながら、何故栄養失調で倒れたりするのだ!?


むぅ……どうやら神父の生活能力の低さは我々の想像をはるかに越えているようだな。

これでは弟子を取ったところで月謝を受け取らないかもしれない。

何か別の方法を考えなければ……。

「おっと、姉上、神父が目を覚ましましたよ。」

ふむ、取り敢えず神父の話を聞いてみるか。
























「いや、お恥ずかしい所を見せてしまって申し訳ない。」

笑いながら言ってる所から察するに、倒れるのはあまり珍しくないのだろう。
表情は明るいが、それとは裏腹に顔色は悪い。
心を強く持てば多少の体調不良は耐えられるだろうがそれにも限度がある。
早急に栄養を摂取しなければならない。

「神父、我らの用件を伝える前に、何か食え。
話の途中で倒れられたらかなわん。」

言われた神父は苦笑する。

「それが、もう二日は何も食べていないんだよ。
冷蔵庫の食料も既に尽きてしまったしね。」

深刻な話の内容とは裏腹に、神父の表情は明るい。
もし神父が仏教系の聖職者なら生きながら即身仏になれただろう。

とはいえ、神父がいくら満足していても実際に弱っているという事実は変わらない。
神父の体から感じる霊圧はそこらの三流GS並みに頼りなかった。
これではどう考えても除霊に支障をきたすのは間違いない。

「いったい貴様は何を考えているんだ!?
何も食べていないのなら何故さっきの老婆から報酬を受け取らなかったんだ!?」

「あ、姉上、落ち着いてください!」

神父の発言に噛み付かんばかりのワルキューレをジークが落ち着かせる。
ワルキューレの言葉に神父は遠い目をしながら呟いた。

「君達も見ただろう?あのお婆さんの顔を……。
あんなに涙を流して感謝している相手から報酬を受け取るなんて、出来る訳無いじゃないか。」

遠い目をしながら呟く神父の表情は満足気だった。

(ア、ア、ア、アホかこの男は……)

(うーーん、神父は立派だなあ……)

呆れ果てるワルキューレと、感銘を受けるジークであった。
この二年間の妙神山の復興活動によって、ジークの魔族の性質は完全に影を潜めてしまったようだ。

「チッ、これでは話にならんな。
以前の任務の時に使っていた資金が少し残っていた筈だ。
私は食料を調達してくる。ジーク、お前は情報士官の端末を妙神山から取って来るんだ。」

「私は――――――」

「神父は寝ていろ!これ以上無駄にカロリーを使うな。
本当に死んでも知らんぞ!」

神父を怒鳴りつけるとワルキューレはさっさと部屋を出て行った。

「ジーク、君のお姉さんは激しい性格なんだねえ。
なんだか令子君を思い出すよ。」

「神父……お願いですからその言葉は姉上の前で言わないで下さい。
本気で命の保証が出来ないですし、僕にもとばっちりが来そうなんで……」

「あ、ああ、覚えておくよ。
どうやらお互い苦労しているみたいだね。」

教会の一室で神父と魔族が親睦を深めていた。























1時間後、僕達は姉上の作った夕食を囲んでいた。

「……なるほど、つまり君達は僕達の手伝いをしてくれるために
わざわざ魔界から来てくれたんだね?」

うーん、初めて食べたけど姉上の作った料理は美味しいなあ。

僕も料理はできるけどここまで上手くないんだよな……。

神父の顔色も良くなってきてるし栄養面も申し分ないみたいだ。

「うむ、全員の所に顔を出す予定だが、先ずは神父からだ。
理由は言わなくてもわかるだろう?貴様が一番助けを必要としているからだ。」

あ、姉上、そんなにはっきり言わなくても。神父が困ってるじゃないですか。

「ははは、確かに私は裕福とは言えないけど、施しを受ける気も無いよ。
なぁに私の事は気にせずに他の人たちのところに行ってあげるといい。」

……神父、その考え方は立派だと思いますけど
姉上にそんな事を言えば火に油を注ぐようなものですよ?

「ほほう、神父。どこの口からそのような言葉が出てきたのか気になるところだな。
我らが来なければ本当に餓死していたのではないか?。」

ああ、ほら、姉上の闘争本能に火がついちゃった。

こうなったら何としてでも神父を裕福にするつもりだろうなあ。

姉上は任務のためなら手段を選ばないからな……。
せめて犯罪沙汰にならないように注意しとかなきゃ。平気で銀行とか襲いかねないもんな。

「ジーク!妙神山から端末は取って来たな!?」

「はい、姉上!」

「よし、しばらく借りるぞ!」

「はい、姉上!……って、ちょっと待って下さい!
それを持って行かれると僕の情報士官としての立場がなくなってしまいます!!」

危ない危ない。反射的に答えてしまったけど情報端末は僕の大事な仕事道具なんだから
そう簡単にほいほい渡す訳にはいきませんよ!

「ほう……ジークフリード『少尉』。何か異議があるのか?」

ああああ、そんな冷たい目で見ないで下さい!懐から銃を抜こうとしないで下さい!!

「ノ、ノー・サー!失礼致しましたワルキューレ少佐!!」

くう、僕の情報端末が……。壊さないで下さいよ姉上……。

「よし、では本官はこれより情報収集を行う!
ジークフリード少尉は明朝までこの教会で待機するように!!」

「イエス・サー!!」

「あ、ワルキューレ、部屋が必要なら奥の部屋を使うといい。
ピート君が使っていたんだが今は誰も使ってないからね。」

「うむ、神父。協力に感謝する。」

あーあ、行っちゃったよ。

僕の端末が無事に帰ってきますように……。

「君はお姉さんに頭が上がらないようだねぇ」

神父……見ていたのなら助け舟くらい出して下さいよ!

いや、無駄か。どうせ姉上には逆らえないしな。うん、無駄無駄。

「まあ、そう落ち込まずに。
どうだい、明日の朝までする事がないのなら上等のワインを貰ったんだが一杯やらないか?」

「ワインですか?僕は人間界の酒は飲んだ事が無いのですが。」

妙神山にいたときも酒は飲んだ覚えが無かった。
お神酒なら置いてあったけど流石に魔族の僕が飲む気にはならなかったし。

「元は葡萄から造られているからね。君達の口にも合うと思うよ。
ああ、属性は気にしなくも大丈夫だよ。儀礼に使ったわけでもないから無属性だからね。」

「なら試しに頂きます。」

任務の途中で酒を飲むのはちょっと抵抗があるけど、良く考えたら当分魔界に帰れないんだから
細かい事は気にしなくて良いだろう。うん。

それに任務と関わりのある相手と交流を深めるのも大切な事だよな。

うん。そうと決まれば今夜は飲もう。

「じゃ、乾杯だね」

―キンッ―

「いただきます、神父」

ん!これは美味しいな!

何とも芳醇な香りがするし、色合いも鮮やか。

アルコールも適度な濃度だし、魔界の酒よりも僕は好きだな!

「美味しいですね神父!」

「はは、気に入ってもらえて嬉しいよ。
かなり上等なものらしいんだけど、一人で飲むのも寂しくてね。今まで放ったらかしになってたんだ。」

「でもそんなに上等なものなら競りにでも出せばよかったのでは?」

これを売った金で食料を買えるのならそっちのほうがいいと思うんだけど。

「いやいや、これをくれた方は私が飲むと思って下さったんだ。
それを売りに出すというのは、どうにも相手に対して不義理なのではないかと思ってね。」

「なるほど、言われてみればそうかもしれませんねえ。」

うーん、自分の命の危機より義理を選ぶとは人間の身でありながらなんて高潔な精神なんだろう。
そこらの神族よりもよっぽど神様みたいだな。
少なくともゲームばかりやってる師匠どのよりは神様っぽいなあ。

「ところで神父。この二年間、皆さんはどうしていたんですか?」

あれ、神父のグラスがもう空になっている。
ピッチ早くないですか?

「そうだねえ……。一番変化があったのは令子君のところだろうね。
新しいメンバーが二人増えて今は5人で事務所を動かしているようだよ。」

「それは凄いですねぇ。あの事務所で働ける人間が二人もいるとは驚きました。」

美神さんは無茶するからなあ……。横島君がまだ働いてる事すら驚異だというのに。

「まあ二人とも人間じゃないからね。」

「人間じゃないんですか?」

「ああ、人狼と九尾の狐なんだよ。二人ともまだ小さな女の子だけどね。」

相変わらず常識外の事務所だなあ。
でも二年も経てば新しい人員が増えててもおかしくないか。

「それと学生の子達は皆無事に卒業できたみたいでね。あの時は私達も胸を撫で下ろしたものだよ。
ピート君はともかく横島君とタイガー君は危ないところでね。
くくく、エミ君や令子君が焦っていたのが印象的だったよ。」

ははは、確かにバイトでこき使いすぎて留年じゃあ笑えないですからね。

あれ、神父のグラスがいつの間にかジョッキに変わってる?
ワインってジョッキで飲むものなんだろうか。なんだか葡萄ジュースみたいで安っぽく見えるな。
って気付けば空になってるぞ?

「あはは、色々面白い事もあったと思うけど、あり過ぎて思い出せないな。
聞きたい事があったら聞いてくれないかい?その方が上手く話せそうだしねえ」

なんだかテンションが上がってきてるような気がするな。
まあ酒を飲んでるんだから当然か。よし、丁度良いし色々聞かせてもらおうかな。

「横島君は元気にしてますか?あの事件では一番彼に負担をかけてしまいましたから……。」

これはずっと僕も姉上も気にしていたことだ。
彼の心に深い傷を残してしまった事が何よりも悔やまれる。
姉上がこの任務を引き受けたのも、彼に対する負い目があったからなのは間違いないだろうし。

流石にこの質問には神父も真面目な顔になる。

「うん、最初の数ヶ月は正直言って痛々しくて見ていられなかったよ……。
表向きは何でも無いように装っていたんだが、普段から彼に接していたなら気付かない訳が無いんだ。」

神父、辛い話なのはわかりますがジョッキを呷るのはどうかと……。

「でもね、半年位経った辺りから徐々に以前の彼に戻っていったんだよ。
きっと彼なりにあの事件を消化できたんだと思うよ……。」

そうか……。横島君はあの事件を乗り越える事が出来たのか。

「彼の所にも顔を出すつもりなので、その時に聞いてみようと思います。
ちょっとした朗報もありますしね。」

「うん、でも彼の傷を抉るような事にならないよう注意してあげて欲しいんだ。
彼のあんな辛そうな姿はもう見たくないからね……。」

神父、話し終わるたびにジョッキを飲み干すのは体に悪いんじゃないですか?

「他に……聞きた……い事は無い……かい?」

―ガシャン!―

やっぱり。いくらなんでもペースが速すぎですよ神父。
ま、テーブルで突っ伏したままなのは可哀想だしベッドに運んであげようかな。

それにしても神父、軽すぎるような気がするなあ。
もっとも、食事をとってなきゃ痩せるのも無理は無いけど。

さて神父も運んだし僕もそろそろ休もうかな。
おっとその前に姉上に挨拶をしておかなくては。

―コンコン―

「入れ」

「失礼します」

ベッドと机があるだけの殺風景な部屋だった。
恐らく私物はピート君が運び出したのだろう。

「どうした?ジーク。」

良かった。今は軍人モードのスイッチが入ってないみたいだ。

「いえ、そろそろ休もうかと思ったので、報告に参りました。」

「そうか……ところでジーク、釣りは好きか?」

釣り、ですか?。妙神山は山ですからね、やる機会は無かったですが。

「いえ、やった事すらありません。」

藪から棒にどうしたんですか?

「そうか、私は明日から勤めに出ようと思うのだが、その間お前は暇を持て余すだろうと思ってな。
一ヶ月ほど釣りにでも行ってみないか?」

もう勤め口を見つけたんですか?さすが姉上!
あれ?でも何のために勤めに出るんだろう。活動資金の確保かな?

「それは……有り難いですが、姉上だけ働かせる訳には……。」

本音としては是非そうしたいんだけど。

「なに、気にするな。お前は先ず人間界の空気に慣れた方が良い。
それに大きな魚を釣れたら神父に食べさせてやれば良いのだ。一石二鳥とは思わんか?」

なるほど、僕が毎日魚を取ってくれば神父がお腹を空かせることも無い訳ですね。
さすが姉上!これなら全てが上手く行きますね!

「了解です姉上!
では頑張って食料の調達に励もうと思います!」

「うむ、その意気だジークフリード少尉!
準備は私がしておくから明日に備えて休むといい。」

「イエス・サー!!」

うーん、この任務についてホントに良かった。
一ヶ月ものんびりすごす事ができるなんて夢みたいだ。

僕にこの任務を与えてくださったサタン様、感謝いたします。
あ、もちろんイエス様にも感謝してますとも。
よし取り敢えず磔にされた十字架の前で祈りを捧げておこう。

うん。祈りも捧げたしそろそろ寝よう。

あ、僕の寝るところが無い、どうしよう。
仕方ない長椅子で我慢しとくか。ちょっと硬いけど寝れない事も無いし。

それでは姉上、神父、お休みなさい…………。

























「ジーク、こんな所で寝ていたのかい?部屋を用意して上げられなくてすまなかったね。」

翌朝教会の礼拝堂の長椅子で眠っていたジークを見つけ、神父が声をかけている。
椅子で寝ていたのでジークの黒シャツは皺が出来ていた。

「ああ、神父、おはようございます。他に部屋は無いんだし仕方ないですよ。
ところで昨日は飲みすぎたみたいですけど、大丈夫ですか?」

ワインをジョッキでがぶ飲みすれば二日酔いになってもおかしくない。
だが神父は顔色も良く、むしろ昨日よりも元気になっているように見える

「いや、もともと酒は強い方なんだけど、昨日は久々にお腹いっぱい食事を取れたからね。
少し体が驚いてしまったようだ。でも栄養補給も出来たし随分元気になったよ。」

少し恥ずかしそうに笑っているが、確かに体の調子はいいようだ。
神父の体から発する霊圧も昨日に比べると段違いに強い。
この様子ならそこらの悪霊相手に遅れをとることはないだろう。

「ところで、これから君達はどうするんだい?」

「姉上は今日から働きに出るそうですが、僕は釣りを楽しもうと思います。」

「おや、釣りに行くのかい?君は働かなくていいのかね?」

「ええ、姉上にそうするように言われたので。
僕はまだ人間界の事を良くわかってないので、『先ず空気に慣れろ』と言われてしまいました。」

恥ずかしそうに頭をかくが、実際人間界で活動するのは初めてなのでそれも仕方ないだろう。
妙神山は一応人間界に存在しているが、中身はほとんど神界で暮らしているのと変わらない。

「なんだもう起きていたのか、二人とも朝食の用意が出来たぞ。」

ワルキューレが朝食の支度を終え、二人を呼びに来る。

「すまないね、ワルキューレ。朝食まで作ってもらうなんて。」

「気にするな。これも任務だ。」

初めに命じられた時の、あれだけ嫌がっていた態度はどこへやらといった感じだ。
彼女本人もこの任務を楽しんでいるようで、言葉とは裏腹に表情は明るい。

「姉上の作る食事は美味しいですからねえ。僕達は幸せ者ですよ。」

「うんうん。ワルキューレは良いお嫁さんになると思うよ。
もし結婚する時がきたら僕でよければ力になるよ。こう見えても神父だからね。」

「バ、バカを言うな!!
食事が冷めるだろうが、さっさと来い!」

天然二人組みの言葉に耳まで真っ赤になり神父の部屋に向かうワルキューレ。
怒ったように装っても、どう見ても照れているのが丸わかりだ。

結局食事中も彼女の顔は紅く染まったままだった。
ここでいらぬ事を言えば暴れだすだろうと直感したジークと神父は気がつかない振りをしていたが。





「よし、そろそろ行くぞジーク。」

食事の後片付けを終えたワルキューレがジークに声をかける。
当のジークは正座して両手で湯飲みを包み、お茶をすすっていた。
一息飲むごとに溜め息までついている。
おかげで室内がほんわかした空気に包まれていた。

「……ジーク、茶を飲むのは構わんが何故そんな年寄り臭い真似をしているのだ?」

縁側で日向ぼっこをする老人を思い浮かべワルキューレがこめかみを押さえる。
ジークと一緒に行動するようになってから、こんなんばっかりだ。

「あれ、おかしいですか?
でも妙神山では皆こうしてましたが……。」

ハヌマンはともかく小竜姫まで年寄りじみていたとは……。
ん、だが考えてみれば小竜姫が年寄り臭いのはいつもの事か……。

本人に知られたら仏罰という名目のもと、即座に切りかかってくるような事を考えながら
ワルキューレは一人納得していた。

「……まあいい。結構距離があるからな。
そろそろ出発するぞ。」

「はい姉上!」

初めて釣りに行くのが嬉しいようだ。
日曜日の子どもの如く、朝っぱらから妙にテンションが高い。

「ところで、どこまで行くつもりなんだい?」

特に深い意味はないが好奇心から神父が質問する。

「うむ、目的地は宮城県だ。」

「え!?ここから300キロ以上離れているよ!?
釣りに行くのなら何もそこまで遠くに行かなくてもいいんじゃないかい?」

「いや、宮城県の漁港でマグロを釣るのが目的だ。
我々なら飛べば2時間程度で着くので問題ない。」

無茶を言うワルキューレに開いた口が塞がらない神父。
マグロは釣り針を垂らせば釣れるというものではないのだ。

何故か自信満々なワルキューレと多分良く分かってないであろうジークが飛び立つのを
神父の哀し気な目が見送っていた。

























二時間後、僕達はとある漁港に降り立っていた。

「よし、ジーク。とりあえずこの服装に着替えるんだ。
残念だがその格好では海に出るのは無理だ。」

「この格好では駄目ですか?」

「うむ、海には海の掟があるのだ。
海に出る男は皆この姿で臨むのが、この国の古くからのしきたりだそうだ。
言ってみれば海の男の『正装』に当たるのだろうな。」

なるほど!そういうことでしたらすぐに着替えなければ!

しかし、随分派手な模様の上着だな……。

青い波飛沫のデザインにでかでかと『大漁』の真紅の二文字。

このゴムの長靴も動きにくいな……。

あ、そうか地面が濡れてる場所でも滑らないようになってるのか。

ゴムならいくら水がかかっても気にならないしな。

うーむ海に出るために色々考えてあるみたいだな……。

となるとこの派手な上着にも何か意味があるのだろう。

士気を高揚させるためだろうか?……考えてみれば確かに燃えてきたような気がするぞ。

おや、姉上?手拭いを捻ってどうするのですか?

「ジーク、なかなか似合っているぞ。後はこれを頭に締めれば完成だ。
これは『捻り鉢巻』といって海に出る男達が好んで使っていたものだ。」

我々がよく被るベレー帽のようなものですね?

うーん、締めてみると確かに気合が入りますね!

あれ?姉上?なんか笑ってませんか?


「おう、姉ちゃん。昨日電話してきたのはアンタかい?」

む、何者だこの老人。姉上になれなれしく声をかけるとは。

「ああ、この男が昨日電話で話した男だ。
いくらでもこき使ってくれ。」



姉上?何の話ですか?

何故この老人は僕の体を触っているのですか?

「……ふん、見た目より力はありそうじゃな。
海に出たら容赦はせんから覚悟しとけよ。」

……行ってしまったよ。

いったいあの人は何を言っていたのだろう?

「……あー、ジーク。釣りの初心者のお前一人では成果が上がらない可能性があるのでな。
彼にお前の指導を依頼しておいた。今から彼がお前の上官になるのだ。しっかり言う事を聞くんだぞ。」

あ、なるほど、そういう事ですか!

言われてみれば彼も今の僕と同じ格好をしてましたし、彼に釣りを指導してもらえば良いのですね!。

「了解です姉上!」

「それと、お前の人間界での名前も考えておいた。
私が『春桐 魔奈美(はるきりまなみ)』だからな。
お前は『春桐 竺人(はるきりじくひと)』と名乗るといい。これなら名前を略せばジークになる。
苗字は私と姉弟だから同じにしておいた。あまり妙な偽名を使うと自分で訳がわからなくなるからな。」

「了解です!」

よし、これで僕も人間界で名前を名乗れるようになったぞ。

確かに日本でカタカナ名は目立ちすぎるもんな!

「む、彼が戻ってくるな。
そうそう、彼の事は『船長』と呼ぶんだぞ。」

「おう、若いの。そろそろ出発するぞ。
それと姉ちゃん、これが代金だ。50万あるから確認してくれや。」

……あれ!?なんなんですか、その大金は!?

嬉しそうにお金を数えてないで説明してくださいよ、姉上!!

笑顔でお金を数えるなんて、それじゃまるで美神さんみたいですよ!!

「ああ、確かに受け取った。
それではジーク、一ヶ月間頑張るんだぞ。」

ま、まさか、一ヶ月間釣りをして過ごさないか、ってこういう事だったんですか!?

ああああ、のんびり過ごせると思ったのに、強制労働ですか……。

だが、これも任務のためには仕方ないか……。

あのお金はきっと姉上が有意義に活用してくれるだろうし……。


いや、でも考えてみればそんなに悪くないか。釣りには違いないんだし。


意外と楽しいかも……。うん。やってみなけりゃわからないよな。

「それでは船長、よろしくお願いします!」

「ほう、敬礼するとはなかなか見所がありそうじゃねえか。気に入ったぞ若いの!
ジークとか言ったな。おめぇには儂の漁師としての全てを伝授してやるわ!」

「イエス・サー!!」

それでは行って参ります、姉上!!

























「ワ、ワルキューレ……それはいくらなんでも酷くないかい?
僕はてっきり釣り竿を使うものと思ったのに、それじゃあ『釣り』じゃなくて『漁』だよ……。」

やれやれ、神父はそう言うと思ったがな。

「気にするな。あいつはきっと楽しんで帰ってくるさ。
偏屈と評判の船長とも上手くやってそうだしな。」

「偏屈な方なのかい?」

「うむ。服装のこだわりもさることながら、昔からのやり方を貫き続けているらしいのだ。
腕は確からしいが、並の漁師達ではついていけないため、常に助手が入れ替わっているそうだ。」

ま、その人手不足のおかげで代金も大目だったし、すぐに雇ってもらえたのだが。

さてと、そろそろ本題に入るとするか……。

「ところで神父。我々は人間界で活動するための拠点を探しているのだが
この教会を使わせてはもらえまいか?。最も、単に寝泊りをするだけだがな。」

「うーん……そうだね、構わないよ。
きっと君達なら主もお許しになるさ。」

その点は心配ない。なにせイエス・キリスト直々の任務だからな。

「感謝する、神父。ならこれを受け取ってくれ、取り敢えず半年分の家賃だ。」

「な!?このお金はジークが犠牲になって稼いでくれたものじゃないか!
そんな大切なお金を受け取る事など出来ないよ!」

ふん、そう言うと思ったわ。だが甘く見るなよ、この私がその程度で諦めると思ったか?

すでに貴様に逃げ場は無いのだ!

「ほう?これは驚いたな。神父はジークの犠牲を無駄にするつもりなのかな?
己のために犠牲になった子羊を無駄にするとはたいした聖職者だな。」

「うっ!それは……」

貴様に金を受け取らせるためにジークを犠牲にしたのだ。別に死んだ訳ではないが……。

ともかく!貴様が何と言おうとこの金は受け取ってもらうぞ。

「……ふう、わかったよ。君達の気持ちはありがたく受け取らせてもらうよ。
犠牲になってくれたジークのためにもね。」

ふふ、理解が早くて助かるぞ、神父。

「それと、弟を働かせて私が遊んでる訳にはいかないのでな、教会の運営に私も協力させてもらおう。
なに、心配するな。貧しいものから巻き上げるような事はせんよ。」

「ジークが朝言ってたのはこの事だったのかい?
わかったよ。もう、好きにしてくれたまえ……。」

ふふふ、どうやら神父は観念したようだな。

なぁに安心するがいい。これからは企業の依頼や裕福な者からの依頼を取って来てやるさ。

以前美神令子に近付くために人間界の企業や社会を研究したのが、こんな所で役に立つとはな。

神父ほどの能力ならいくらでも需要があるはずだ。

今までは貧しいものを優先していたために、実入りの良い仕事は後回しにしていたのだろうが
私が来たからにはそうはいかない。今後は神父を飢えさせるような事態など起こりえないのだ!











こうして神父の資金難は一応解決したようだが、神父よ。本当にこれでよかったのか?
生粋の魔族を二人も居候させてしまって。破門されてるとはいえヴァチカンに怒られないのか?



飢餓の悩みからは解放されたが、『神の家』としての大事な何かを失ってしまった教会であった。

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