ザ・グレート・展開予測ショー

EXILE〜追放者〜(13)


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/ 6/19)

 漆黒の闇に、光が射した。


 光の眩しさに顔をしかめながら、目を開ける。



「……よ」

 白を貴重とした淡い色の浴衣に身を包んだ三白眼の少年が、彼に声をかけながら、半ばまで呑み込んだ麺をすすり上げる。


 改めて正面を見る。


 見知らぬ白い天井がそこにあった。


「ここは?」
 尋ねつつも、『病院に決まっている……』と思う自分がそこにいる。

「黒崎サンが手配した病院だよ……食うか?」
 予想通りの答えを簡潔に答えた少年は、“隼”のコードネームを持つヴァチカン法王庁直属の武装執行官…エンツォ・ファルコーニに、白い発泡スチロールの容器に緑色の字で印字された、大振りのカップうどんを示す。

「……ああ、頂こう」
 身を起こし……頷きながら、ファルコーニは平均よりは身長の低い魔装術使いの少年…伊達雪之丞から湯を注がれた発泡スチロールの容器を受け取ると、噛み締めるように言う。








「――――生きて、いるのか」



















 雪之丞の右拳……その中でもごく一点に収束した霊気が、“ヒルコ”の霊的中枢へと唸りを上げて流れ込む。



 胸の中央にある霊的中枢――武術においては『壇中』とも呼ばれる、動きによって生み出し、発した氣を四肢に行き渡らせる重要な中継点でもあるその一点に流れ込んだ霊気は、紫電の迅さで“ヒルコ”の全身を駆け巡り、各所の霊的中枢をズタズタに引き裂いていく。


「倒れろ、倒れろ……倒れやがれぇぇぇぇぇっ!」全ての力を込めてもなお倒れない“ヒルコ”に向けて突き込んだ拳を、更に霊力を込めて押し切ろうとする雪之丞……。


 ――その膝が、折れた。


 『……まずい!力を入れすぎた!』

 全ての力……自分にもとからある霊力に加え、恵比寿神から受け取った神気までもを注ぎ込んで止めを刺しにいったためだろう……さながら大きな流れが川岸の砂を削り、押し流すかのように、自己の体力までもを削り取られてしまったのだ。


 小竜姫に香港での原始風水盤絡みの事件の調査を真っ先に依頼されただけあって、雪之丞も一流といってもいい域にあるGSではある。また、ほぼ初見で『ライバル』の少年が使っていた霊気の盾……サイキック・ソーサーを使いこなした点から見ても、霊力を一点に集中し、放つ技術は高いものを持っている。

 だが、初めてその身に受ける雪之丞にとって、“神気”というものの持つ力は、予想以上に大きかった。

 大量の力は得ていたが、それを解放する時の力もまた……大きい。

 無論、今までの『二分半』は全力を出していた。だが、その『およそ150秒』という体感時間の大半を“ヒルコ”のスピードを殺し、チャンスを得るギリギリのタイミングまで『速さ』の制御に主眼を置いていたために、自然とセーブしていた中での全力である。

 『止めの一撃』を叩き込んだ瞬間の、文字通りの全力とは質が違う。


 『維持』『制御』を捨て、『全力』『解放』を選ぶその選択は……いわば“自分”という名のタンクに溜め込んだ“力”という名の水をタンクから外に出す“蛇口”を最大限に捻ることと同様の行為である。

 『神気を受ける』という初めての体験によって、一度に解放する力が違ってしまったことにも気付くことなく全ての力を込め、インパクトの瞬間には加速状態を維持するために回していた神気すらも拳に与えてしまった雪之丞が即座に“力”を搾り取られてしまうのも、無理のない話であった。



 ――平たく言えば……最後の最後で、詰めの甘さを出してしまったのだ。


 『立ち上がれ――立たないと……殺……ら…れ………』自分を鼓舞するための言葉も出すことも出来ないままに――魔装術を維持するだけの力をも奪い去られてしまった雪之丞は、膝から崩れ落ちた。





 『――日本人!』雪之丞に意識を一部リンクすることによって、感覚を共有し、対象に自分の意識や能力を渡す『啓示』……これを使用することによって、自らの持つものの中でも、近接戦闘を主眼に置いた戦闘スタイルの雪之丞にとって有効極まりない武器である<戦>里眼を渡す……それを目的として、ごく一部の神族が持つの能力の一端である『啓示』を使用したファルコーニの思念が、叫ぶ。


 生意気で、神の御心が何たるかを解さない、だが、純粋でどこまでも真っ直ぐな心根を持つこの日本人の魔装術使いを、死なせる訳には行かない。

 だが、それは100%が感傷のため、という訳ではない。

 たとえこの場で勝ちを収めようとも、既に、自分が堕天使と化すかもしれないというリスクを犯している以上、『堕天使を倒せる人間』を確保しておかねばならないからだ。

 今ならまだ意識は残っている。だが、それもいつ途切れるかは判らない。

 『古き神』こと“ヒルコ”はまだ倒れきっていない。

 だからこそ、全員を生き残らせるために………………賭けに出る!



 『自分に意識が残っているうちに、この日本人を守りきらなければ……』そのためにファルコーニが選択した方策は、『幽体離脱しての憑依』を応用したもの……リンクした意識を通して気絶した雪之丞の運動神経に強制介入し、リモート・コントロールする――いわゆる、文字通りの『神懸り』を引き起こそうというものだ。




 今から行おうとする『神懸り』は、<戦>里眼を貸し与えた際に使用した『啓示』以上に使用する力の量は多い。それに比例して今ある“人としての自我”を失ってしまう危険性も高まってしまうことは間違いない。

 しかし……このままあの日本人を死なせる訳にはいかない。

 ――100%は純粋な想いからではない。だからと言って、100%が『キリスト教における最大級の神への大罪である“自殺”が出来ない自分を殺す相手を確保する』という打算のみに基づいている訳でもない、ごく単純な想い……目の前の人間を、死なせたくないという自然な意識から……ファルコーニは雪之丞にリンクした精神の一部を通して、力を注ぎ込んだ。



 

 ファルコーニにとって、それは人生最初の運否天賦であった。



















 だが、ファルコーニは忘れていた。現在の自分自身が、恵比寿神から受けた神気によって精神を加速状態に持っていっている、ということを……。









 雪之丞から意識が失われたとはいえ、力の放出は収まっていなかった。

 本来の持ち主が気絶すると同時、というタイミングで雪之丞の身体に注入された力は、開放点である右の拳に向けて全ての力を流し込もうとする圧倒的な力の流れに巻き込まれてしまう。


 『――しまっ……!』

 ――――そして、視神経にリンクしていた意識を運動中枢に回そうとしていたファルコーニの意識もまた、雪之丞の身体には単純な『力』と断ぜられ、暴力的な激流に押し流されてしまった。








 こんなタイミングで言うのは酷だが……揃ってアホか、お前ら。





















 “ヒルコ”は、己の体内の霊力中枢……そして、霊力中枢を相互に結ぶ回路を、雪之丞から流し込まれた力が駆け巡り、各所でショートを引き起こす様を、感じ取っていた。

 “エビス”によって力は受けてはいたものの、実力そのものでは劣っていたはずの魔装の赤い鎧を纏う少年の打撃によってその動きを止められ、不可避にして防御も不能となる致命の一撃を喰らってしまう……侮っていたが故の痛恨だった―――。

 とはいえ、全ての力を出し切り、ゆっくりと崩れ落ちていく様を見せているこの少年の血を啜れば、“蛭子神”としての側面を持つ自分ならば、崩壊の一点を突き崩されてしまったこの身体に力を取り戻すことは可能だ。

 だが、それは出来なかった。


 狂気に侵された自分の中に辛うじてこびりついていた一欠けらの理性が、それを拒否していたから……。










 ふと、思い……至る。

 ――何故、私は人間を侮っていたのだろう?



 狂気の深奥に仕舞い込まれていた、最後の理性が自問する。




 拳を放った体勢のまま気を失った雪之丞を見下ろす“ヒルコ”の末端部分……女竜族の姿を取った身体と共に変容させた“刺叉”の部分から徐々に罅割れ、崩壊を開始していく中……“ヒルコ”は胸の中央に拳を突き立たせたまま、立ち尽くしていた。










 黒崎にはあまりに一瞬過ぎて、何が起こったのかを把握することが出来なかった。

 目の前には、不可視の状態にある“ヒルコ”に対してガードを固めていた、と思っていた雪之丞が、一瞬のうちに“ヒルコ”の胸に拳を深々と突き刺している、という映像がある。

 その型は、箭疾歩――元来は秘宗拳の絶招だったものが様々な門派に広まったという……突き出した拳を鏃(やじり)に見立て、放たれた矢の勢いで身体ごと相手にぶつかり、踏み込みの勢いと体重を乗せた一撃を繰り出す技法であることは判る。

 恐らくは黒崎が見せ、その身にも何度か受けることで体得できた体術の技法や、黒崎が言葉で示した指針――『感じるな、考えろ』『感じたことを、考えろ』――を実践に移した中で、直線的なダッシュ力という自分の持ち味を最も活かせる己に適した技術を見出し、工夫して放ったのだろう。



 だが、その致命の一撃を急所に突き立てている雪乃丞の方が崩れ落ちようとしている様を見てしまっては、推察は意味をなさない。

 ただ、雪之丞の身に危難が迫っていることだけが判るだけだ。


 依頼者が助けるというのは本末転倒ではあるが、仕方ない――『黄金の恵比寿像の確保』という当初の目的からは逸れたものの、会社に利をもたらすことになるであろう今回の一件を出来るだけ秘密裏に進めるためにも、除霊中の事故とはいえ、死人は出さない方がいい――それを理解している黒崎は、100%の計算の基に雪之丞の命を救うため……動いた。






 やはりというか、人としてどうか、という動機ではあったが……。













 そして、黒崎とはまた違った動機で賢一も駆け出していた。

 恵比寿神の言葉は耳に入っているが、即座に通り過ぎている。

 親に棄てられ、本体からも分かたれた哀れな『幼子』をそのままにするわけにはいかない。




 ――手を、差し伸べなければ……その思いのみ一心に、賢一は危険を顧みずに走り出した。











 全ての行為は、交差した。









 雪之丞と“ヒルコ”との間に身体を割り込ませ、雪之丞の安全を確保しようとした黒崎が、崩れ落ちそうな古き神に最後の一押しとなる一撃を打ち込もうとして、止まる。


 自失のままに立ち尽くしていた“ヒルコ”の身体が横合いから抱えられ、1メートルほどの距離を運び去られる。


 そして、“ヒルコ”の崩れ行く身体をタックル気味に腰抱きに抱え、その場から引き剥がした賢一が、一瞬前まで“ヒルコ”が立ち尽くしていた場所に飛び込んでいた。




「社長!?」賢一の不可解な行動に、思わず非難の混じった口調で尋ねる黒崎。

 無理もない。殺すべき時に殺さなければ、逆にこちらが危うくなる。

 影となり、日向となってその身を守り、共に歩んできたはずの“以前の上司”を、『殺せる時に殺さなかった』ただ一人の復讐鬼が原因で失ってしまったあの雨の日の思い出――――その苦い思い出が、彼にはあるのだから……。


 だが、「黒崎君……もう、いいだろう」“ヒルコ”を押し倒していた賢一は、立ち上がり、続ける。「彼にはもう……戦うことは出来ないよ」魔に堕した女竜族を模していた身体の表層は、硬い地面に叩きつけられた石膏細工のように砕け散り……這いずる赤子の姿を晒していた。













「賢……」

「考えていたんですよ……恵比寿様の話を聞いてから、ずっと」
 傍らに佇む恵比寿神の呟きを遮るように、賢一が言葉を被せる。


「殺し合いにせずに解決する道を……そして、このヒルコという古い神が、何を求め続けていたのかを――私なりにね」

 タックルでヒルコを押し倒した拍子にずれ落ちかけた眼鏡を直しながらの言葉……そこには、明らかな哀れみの響きがあった。


 無論、世の中というものが奇麗事や博愛の精神だけで収まるものではない、ということは賢一も知っている。故に、黒崎のようなダーティな部分を担う者を用い、巨大なヤクザ組織や大物政治家との裏でのパイプを確保することで、無用のトラブルを未然に避けているのだ。

 だからと言って……いや、だからこそ『邪魔な存在は消す』だけでも世間を渡ることが出来ないこともまた、賢一は知っているのだ。

 他に方法がないならば、完膚なきまでに叩き潰せばいい。しかし、方法があれば、互いに生き残る道を模索し、双方の利益を見出す……それこそが、賢一がこれまで歩んできた道で培ってきた方法論だった。

 そして、それ以上に……出来ることならこの哀れな古き神を生かしたかった。でなければ、父母に棄てられ、本体であったはずの恵比寿神からも切り離されたこのヒルコという神があまりにも不憫すぎてならない―――賢一には、そう思えて仕方なかった。

「確か、恵比寿様は仰っていましたよね?ご両親であるイザナギ、イザナミの二柱の神に棄てられた同じ苦しみを、彼に味あわせてしまった、と。それに、私の夢枕に立った時、『ケリを付けなければならない』とも……言いよったやなかですか!
 命を奪うばかりが、ケリのつけ方やなかでっしょうが!今、折角過ちを取り返すこつがでけるかも知らんっちいうとに、そぎゃんこつしよったら、結局は取り返されんかった、ちいう悔いばっかりの残るだけやなかとですか?!」
 途中、興奮が高じて熊本弁に戻っていたが、構わなかった。

 ただシンプルに『救いたい』の一心だけが、賢一の心にあった。



 その言葉に、恵比寿神は圧倒される。

 『命に代えても、“ヒルコ”の暴走を止める』――そう思ってここに来たはずだった。だが、悠久の時を越えて再び巡りあった『過去の過ち』は、最早無力な赤子に等しい……いや、イザナギ、イザナミの二親に棄てられた頃の自分自身――三つになれど立つこと叶わぬ、足萎えの蛭子――に戻ってしまっていた。

 動揺を抑えようとしたそこに、賢一の言葉である。

 思いが……決意が、揺らぐ。


 揺らいだ思いを落ち着けるべく、しばし瞑目する。

 そして、恵比寿神は結論を出した。

「――許してくれ、とはいえる立場やないことは判っとる。せやけど……お前には今の気持ちのまま、絶望したまま逝って欲しくはないんや。
 ワシの中に……戻ってこんか?」


 私を捨てたお前が、偽善を……詭弁を吐くな。そう思う気持ちは強い。

 だが、言葉は出なかった。

 恵比寿神を……そして、自分を愛した者達を殺した人間を憎む思いよりも、卑小な人間を侮る気持ちよりも……自らの姿を黄金に変えてまでも感じたかった感覚――人からの信仰を受けたい、という、“神”としての存在の根源に起因する本能が、“ヒルコ”を捉えていたから……。

 口をついて出た言葉は……嘲りの言葉ではなかった。

「私を取り込めば……穢れに取り込まれるかもしれないのだぞ」

「ダァホ!ワシは滅びかけの絶望的な立場から七福神の中でも1・2の信仰を得るようになったんやぞ!多少の穢れなんぞにワシが取り込まれてたまるかい!」一喝で“ヒルコ”の耳朶を揺らすと、傍らに立つ賢一を示し、続ける。「それに……こいつや、こいつの親父や息子のように……お前と別れてから今まで数え切れん程の人間がワシを信じて力を与えてくれよったんや!お前を取り込むことで穢れに侵されたところで、そんなモン、すぐに押さえ込んだるわ!」

 言い放ち、恵比寿神は“ヒルコ”を抱き上げると、賢一に向き直る。
「こいつを取り込むことで、お前のトコには影響が出るかも知らんが……そうなったら勘弁やで」

 赤子に近い姿となったヒルコの身体から、淡い白光が発せられている。

 その光から賢一が感じるイメージは――『歓喜』よりもむしろ『充足』。

 親に棄てられた負の感情から生み出された念を一点に集めることで生み出され、本体からも切り離された“ヒルコ”が初めて感じることの出来た……『親の愛』――これによる充足だった。

 満足そうに笑み、賢一は恵比寿神に返す。
「何、構わんですよ……そうやって貴方が抱き上げんしゃったけん――彼はもう貴方を責める気持ちもなにも持っちゃおらんでしょうし……もし、万一何かが起こったちゃ、私のところにはこの黒崎君や馬場君、横島君や郷間君んごたる(のような)優秀な人材が数多く揃うとります。
 ……“人は石垣、人は城”で、この20年近く貴方に頼ることなくここまでこれたとだけん…多少の影響やら、なんちゃなかです!」

「そう……やったな」
 苦笑混じりに村枝商事代表取締役社長に返した恵比寿神は、右腕で徐々に小さくなっていく“ヒルコ”を抱えたまま、左手を雪之丞に向けて突き出す。

 雪之丞の身体が一瞬だけ淡い光に包まれ……意識を失っていた雪之丞は、倒れた時と同様に唐突に跳ね起きると、倒しきれなかった敵の姿を探し……二度、三度と周囲に視線を巡らせる。

「……よぉ、やってくれたのぉ。助かったわ」
 20センチにも満たない大きさにまで縮まった赤ん坊を抱いた恵比寿神に声を掛けられ、しばし呆然とする雪之丞。「けど、まだ終わりやないで……ワシも結界張りつづけたり、自分らに神気を与えたりと無理をしすぎたさかい、今から地上に出るまで、実質自分一人で、賢一と黒崎、やったかな……この眼鏡の兄ちゃんと外人の兄ちゃんを守り通さなあかんのやからな」

「ちょっ……どういうことだよ!?」

 尋ねる雪之丞に恵比寿神が応じる。「力を使いすぎた、ちゅうこっちゃ。ワシだけやなしに、力使い切って寝こけとるその外人の兄ちゃんも含めてな」

「いや……そういうことじゃなくて、何でファルコーニは起こさねぇんだ?」

「折角神の力を吸い出されて人間に戻れたんや。ここでワシが少しでも神気を注ぎ込んでしもうたら、結局もとの木阿弥になる……つまりは起こさんのがこいつのためなんや!」
 有無を言わせぬ口調で言い切る恵比寿神に、雪之丞は無理にでも納得せざるを得なかった。

 見れば、黒崎はすでにファルコーニを担ぎ上げていた。その右手には、ファルコーニが十数秒前まで握り締めていた純銀のベレッタが握られており、無言ながら、その態度だけで『こちらはもう脱出の準備は整っていますよ』と雄弁に物語っている。

 ――難しく考えることは、止めた。

 今この場で大事なのは、無事にこの霊道と地脈の上に作られた廃坑を脱出すること。それだけを心がけ、雪之丞は再び魔装の鎧を纏う。

「判ったよ!それなら、俺一人で全員守り抜いてやらぁ!!」
 半ばやけになったような口調で、魔装術使いの少年が宣言した。


「『穢れに取り込まれるかどうか……ワシの中で、見続けたる』か――」“ヒルコ”の発した最後の言葉……恵比寿神の中に吸収されていく際に発した、言葉にならない呟きを繰り返すと、恵比寿神は意識を保っている三人に向けて言う。「ほな、ワシはもう寝るさかい……後は任すでっ!」

 言葉と共に、恵比寿神の姿、そして、恵比寿神の発していた神々しい波動も消える。

 ファルコーニによって清められた坑道の途中までおよそ2キロ……この長い道をどう切り抜けるか……迫り来る霊圧に雪之丞は冷や汗を流しつつ、両手に霊気を集め始めた。

















「……一つ、聞きたいんだけどな」
 発泡スチロール製の丼から蓋を引き剥がすファルコーニに、雪之丞は尋ねる。


 ファルコーニは思わず身構える。

 ――やはり、自分の意識の一部を端末として力を注ぎ込み、自分の持つ特別な視界を与えた『啓示』についての疑問だろうか?

 ――それとも、自分の持つ力のそもそもの大元である『天使』としての力について黙っていたことへの不信だろうか?

 どちらにせよ、答えることの出来ない質問ではある。

 基本的な性格はあくまで単純ではあるが、納得できないことには食い下がる一面を強く持つこの少年相手にどう切り抜けるか……それを意識していたファルコーニに浴びせられた質問は、ファルコーニにとっては意外なものだった。

「ここに担ぎ込まれてから今まで、寝言で言い続けてた『バッボ』って……なんて意味なんだ?イタリア語は判らねぇけど、それだけは何回も言ってたから、気になって仕方ねぇんだ」

 拍子抜けした。

 身構えていた自分が馬鹿らしく思えるようなその質問に、思わず割り箸を取り落としそうになった武装執行官は苦笑し、応じる。「――『父さん』という意味だ」

 応じてみて、断片的な夢の記憶を思い出す。

 辛うじて記憶にあるのは、風に溶け消える直前に見せた父の微笑み。実際の『その時』には何も言い残さなかった父が、『――お前は、生き続けろ』……そう、夢の中で語ったかのような気がした。

 人として生き残ることが出来たのは、明らかに偶然だろう。だが、偶然とはいえ人のまま生き残れた以上、これからも悔いなく生き残ってみせる――そう決意を結びつつ、カップうどんを一口口にする。

 不味くはないが、ことさら旨いという味でもない……やや塩気の強い味が、熱を帯びて口の中に広がった。

 それもまた、人間としての感覚か――じわりと広がる安堵に息を一つつくファルコーニに、雪之丞が声を掛ける。



「父さん、父さん……か。そう見えて、ファザコンだったんだな?」

 マザコンが言うな。

「――なんか失礼なこと考えてなかったか?」

「いや……生き残れたことを神に感謝していただけだが」
 雪之丞からの全くの言いがかりにも動じることなく、味の濃い油揚げを一口――口にして、ファルコーニは苦笑と共に一言漏らす。

「比べるのが間違いかもしれないが……やはり、今朝食べた方が旨いな」

 当たり前である。というより、全国レベルで見ても屈指のうどんと、病院の売店で一つ178円のカップうどんを比べる方が間違いである。

「そりゃそうだ……だけど、一つ間違ってるぜ」三つ目のカップうどんの封を破りながら雪之丞はそこまで言うとカード式のTVの電源を入れる。「あのうどんを喰ったのは、昨日だ」

 既に朝のニュースが始まっている時間だ。残り度数がすぐに減るため、勿体無い、という意識も多分にあったが、眠っていたファルコーニに対しての遠慮もあって着けていなかったTVが、電源をONにされることで本来の役割を思い出したかのように映像と音声を辺りにもたらし始める。

『……けるでしょうか!?』ヘリのローター音と共にアナウンサーの張り上げる声が鼓膜を揺らす。『これが東京です!』不自然なまでに靄がかった映像が見えた。『大部分が煙のようなものに包まれ、中との連絡はまったくつきません!!』煙のようなもの――地脈に寄生し、地震や噴火を引き起こしていた植物の変化による妖力が込められた花粉――の渦巻くドームと化した東京の様に、唖然とするファルコーニ。

「まずいな……何が原因かは判らないが、最近東京近郊で起こっていた群発地震とこの事件とが関連があるとすれば……相当大きな魔物が関連しているかもしれないな」
 こうしてはいられない、そう言わんばかりにファルコーニは焦りつつ、立ち上がろうとするが……大阪と名古屋のTV局との間で戦闘が勃発しようとするその中継を背景に、雪之丞はそれを制して言った。

「心配いらねぇよ……東京にいるGSは……俺の知っているGS達は、どいつもこいつも腕利きばっかりだ。どんな状況でも、あいつなら……あいつらなら生き残って、解決するに決まってらぁ」

 深い実力を知るからこその絶大なる信頼に裏打ちされた言葉……なぜか、真っ先に思い浮かんだのは、ライバルであり、共に死線を潜り抜けた親友といってもいい少年の顔だった。

 ――――そうだ……何とかするさ、横島のヤローならな。

 その思いを噛み締めながら、雪之丞は出来上がりまでの5分を待ち続けた。



 群発地震の震源地であるオロチ山で、横島とその雇い主である超一流GS・美神令子がかけがえのない仲間である幽霊少女とのしばしの別れを味わうことになる――ほんの二時間ほど前の出来事であった。

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