ザ・グレート・展開予測ショー

失われしもの


投稿者名:コピーキャット
投稿日時:(05/ 6/18)

横島忠夫は氷室キヌを連れて東京タワーにやってきた。
東京タワーに行くことを言い出したとき、おキヌは自分もついて行くと言ったのだ。

上目遣いで「いいですか?」と聞かれれば、さすがに、断ることが出来なかった。

都内を見下ろす格子状の窓を前にして、並んで立つ横島とおキヌ。
アシュタロス事件から一週間が過ぎていた。
横島は、あの事件にけりを付けるために、ここにやってきたのだ。


彼女が生きてきた事に対して自分なりに総括するために。





俺は……ルシオラを守れなかった。


でも、君の事は忘れない。
つらい記憶も哀しい過去も、君と一緒に過ごした証だから……





六本木ヒルズを夕陽が朱く照らす。

過去はもう変えられない。でも、未来は変える事が出来るかも知れない。

だから、これ以上誰かを不幸にしないために……俺……

横島は視線を横に逸らす。
傍らにはおキヌがいる。珍しいのか、下界の風景を夢中で眺めている。
彼女の存在が、多少の騒々しさが心地良く感じられる平穏な日常が戻ってきた事を実感させる。





……守って見せる……



 
「ルシオラが言ってたっけ、『昼と夜の一瞬の隙間……短時間しか見られないのでよけい美しいのね』って。本当だよな……」

横島のつぶやきに、おキヌは多少怒ったように頬をふくらませて、にらみ付ける。

「横島さん……」

……仮にも女の子と一緒にいるときに、違う女性の名前を出せば、いい気持ちはしないよな……

横島は自分の無神経さに、苦笑いを浮かべてしまう。

「ルシオラさん、って誰なんですか?」

ほとんど無人の展望室に差し込む夕陽は横島の茫然とした横顔を、ただ朱く染めていた。








美神令子除霊事務所には、所長の令子、横島とおキヌが座っていた。

「つまり、アシュタロスというやつが、コスモプロセッサーという機械を使って、神族と魔族を抹殺しようとしたわけね」

令子はオーク材のデスクに頬杖をついて、怪訝そうに横島を見つめている。

「美神さんも、あれだけ命がけで戦ったのに、憶えて無いんですか?」

「憶えてない、っていうよりも、まず、最近そんな大きな事件なんて無かったわよ。おきぬちゃん、悪いけど、その日の業務日誌取ってくれない?」

「はい、これですね」

「だから、ここに……」

横島が指さした、業務日誌のその日のページ。

そこには、普通のビルの写真が載っていた。

「……そんな」

「それに、このページを見てご覧なさい」

令子が指さしたのは、依頼主に見せるために写した除霊場面の写真。
そこには、横島が悪霊に霊波刀を振りかざしている姿が霊視カメラでしっかりと映っていた。

「このときは、あたしが写したんです」

おキヌが軽く手を挙げる。


「横島さん、オートバイの免許は取っていたんですか?」

日誌を書棚にしまいながら、おキヌが聞く。

「そんなもん、この貧乏学生に……」

横島は口ごもった。
あのとき、一体どうやって、バイクで地下鉄の階段を駆け上ったんだ!?
しかも、スポーツタイプの車高の低いやつで。
かなり慣れていないと難しいはずだぞ?

「横島君の言ったことを、まとめると……」

令子は横島のとまどいをよそに、話を続ける。

「疑問があるわ。あたしのママはどうやって、アシュタロス一味のテレビ局襲撃の日付と時刻を知ったのか。そして、逆天号のルートを知り、原子力空母で待ち伏せする事が出来たのか」

そう……隊長は知っていたんだ。
ルシオラ達がどんな行動を取るかを。

事件が終わって、全てを知った隊長が、未来に向かう以前の過去に戻る。
そして、未来に向かう自分に事件の全てを話す、となれば、一応つじつまはあう。
しかし、それでは、隊長がなぜ未来に跳んだか、に対する説明はできない。

それよりも事件を知っているのであれば、なぜ、神族に話さなかったのか。
そうした方が危険も遙かに少なくなる事は確かだ。

もしかすると、最大の黒幕はアシュタロスなどではなく、隊長なのか?
理由はGSの強化育成のための実戦訓練とイメージアップ。そして世界征服のための布石……

……あまりにイメージがあいすぎて、横島はあわててその想像を打ち消す。

「横島君の話によると……」

令子は引き出しの中から鍵を取り出す。

「ここの屋根裏にルシオラとパピリオって子がすんでいたらしいわね。ちょうどいいわ。いつか掃除しようと思っていたんだし」

















「……うそ、だろ……」

横島は茫然と立ちつくす。
何年も手が付けられた様子のない屋根裏部屋がそこにあった。
カビとホコリのにおいが鼻につく、薄暗い屋根裏部屋が。

「ここに来てから、使ったこと、ありませんでしたね」
やりがいがあると言った感じで、おキヌは袖をまくる。
横島はなにもない空間をさわっている。

「どうかしたんですか?」

「あったんだよ。ここに、確かに。そして、無いんだよ。確かに……」

「へ?」

おキヌが首をかしげる。

「ここに、ちゃんと、ベッドがあって、枕が二つ並んでいて……そして、ルシオラとパピリオが、短い間だったけど、確かに住んでいたんだ……」

「よこ……しまさん?」

横島の真剣な表情を不安そうに見つめるおキヌ。
手がホコリまみれになるのもかまわず、床をなで回す横島。

「どこにいったんだよ。そんな、そんなはず無いんだよ。あり得ないんだよ……」

モップを持ちながら、どんな言葉をかければいいのか分からないおキヌであった。


「横島君、おキヌちゃん、お客さんが来たから、降りてきて!」

「はーいっ!」

おキヌの言葉に、横島はがらくたを片づける手を休める。


下に降りると、小竜姫とワルキューレが座っていた。
デタントの影響で、最近は二人が仕事を一緒にする事が増えて来たらしい。
今日は人間界の調査のためにやってきたのだ。

おキヌはお茶の用意で席を外している。

「妙神山のパピリオと魔界軍のベスパはどうしてますか?」

二人なら覚えている。
そう思って、横島はさりげなく聞いてみた。

「妙神山には、そんな子はいませんわ」

「ベスパ?誰だそれは。ここ百年以内に入隊した新人の名前は全て知っているが、そんな兵士は知らんぞ」

二人の返答は横島の過酷な現実を再認識させるものでしかなかった。

「さっきから、この調子なのよ」

令子はアシュ事件を二人に聞かせる。

「なかなかおもしろい話だな。しかし、そんなもの、現実に起こるはずは無かろう。
なるほど、私たちが何か強い呪いのようなもので、記憶が消されたと仮定しよう」

春桐魔奈美姿のワルキューレは、おキヌの入れた紅茶を口に含む。

「第一に逆天号で世界に散らばる百八箇所もの霊的拠点をどうやって破壊するのだ?それぞれの拠点には小竜姫のような神族が住んでいる。一カ所でも破壊されれば、神族は対策を立てるだろう」

「……それに、横島さん」

小竜姫は言葉を引き継ぐ。

「もしそうなれば、ルシオラ達魔族によって、神族の大虐殺があったことになりますわ。結果として、神族過激派は黙っておらず、デタントは崩壊、アルマゲドンの引き金になりますわね」

「そうなれば、私も小竜姫とのんきにお茶を頂く事もできないわけだ」

小竜姫の言葉にワルキューレは頷く。

「それに……」

令子が補完する。

「バチカンには、百年先の未来まで見通すラプラスという悪魔がいるわ。もし、そんな大きな事件があるならば、とっくの昔に予言されていたはずよ」

令子の言葉にうなずくしかない横島である。

「コスモプロセッサで魔族、妖怪、悪霊が復活して、暴れ回ったのなら、世界はもっと混乱していてもおかしくないわ。
人は自分と似ていながら、自分と同じものでない存在を認めることが出来なくなる。そして、世界は、認めぬもの同士が際限なく争う場になるわね」

唇を噛みしめる横島を、令子は優しく見つめる。

「ま、あんたに、それだけのストーリーを作れるはずないからさ、全くの嘘とは思えないのよね。もっとも、これが本当の事だとしても、あたしには全くの得にはならないわけだし。ま、どちらにしても、全部過ぎた事なんだから。……何もかも夢だったのよ」

「……そんなの」

「え?」

「ルシオラは確かに、存在したんです。そして、この世界を好きになって、守ろうとして、そして、死んでいった……だから、夢なんかじゃないんですっ!!」

「横島君っ!」

事務所を飛び出す横島に令子はかける声も無かった。









電車のドアの側に立ち、流れゆく車窓を眺める横島。
明日から、どうやって事務所に顔を出すのか。
どんな顔をして合わせられるのか。
ルシオラを知らない世界と。
全く知らない世界に独りで放り込まれた方が遙かに楽だ。
そうであれば、自分はその世界に合わせればいいだけだ。
自分が知っている世界が、いつの間にか自分が知らない世界に変わる。
そんなの、やりきれない。

何気なく、車窓の風景を見ると、

『芦不動産…… 芦優太郎……』

と看板に書かれているのが見えた。

横島はあわてて、電車を降りる。
通勤途中にあると言っても、見知らぬ街である。
看板はいくら探しても見つからない。
いつの間にか、河原沿いの道に出ていた。
夕陽は再び世界を照らし、遠くに見える鉄橋を走る電車を赤く照らす。

ペスパとパピオラはどうなったのか……
もしかして、秘密保持のために消されてしまったのか。
そうだ、轟天号を探し出せば証拠になるのじゃないか……

横島はそのときなにか、とてつもない違和感を感じた。
なにか、自分の知らない世界が、確実に自分を浸食しているような。

もしかすると、明日になれば、自分もルシオラの事を忘れて、だらけた日常を送っているんじゃないか、そんな恐怖に襲われる。

もし、神魔族を含む世界中の人たちの記憶を消したとすれば、それが出来るのは……




神魔最高指導者。





横島は出てしまった結論に、愕然とし、どこに向ければいいのか分からない怒りを抱いた。

いくらアルマゲドンから世界を守るためと言っても……
人々の記憶を奪い、真実を隠して、それで、正しいことをしていると言えるのか……
それで、本当に世界を守ったと言えるのだろうか。

「ルシオラ……誰かを、何かを守るって、本当は難しくて辛いことなのかもしれない……」

夕陽に向かってつぶやく。




「横島忠夫さん、ですね」




いつの間にか横島の隣にはバンが止まっていた。
中から現れたのは黒いスーツを着た女性である。
彼女は確認するかのように言うと、携帯電話を横島にかざす。
横島は疑問に思う間もなく、視界が白い光に呑まれた。
薄れる意識の中で、


……あなたはもう背負わなくてもいい。あとは私たちに任せてください……


そうつぶやくのを聞いたのは単なる錯覚だったのだろうか……






『横島忠夫の処理、終了しました』

「ご苦労様です」

ここは某地球防衛組織秘密基地。
ダムの湖底にあると噂されている。
初老の縁なし眼鏡をかけた男性はモニタを見つめ、報告に対して簡潔に応えた。
モニタには横島の顔写真に『処理済み』と書かれている。

「彼はあの女性魔族に対する思い入れが強すぎたために、標準的な処置は通用しなかったようですね」

初老の男性の隣には襟無しの白いシャツを着た二十歳代の男性が立っていた。
立体映像である。

薄暗い部屋の正面には巨大モニタが掲げられている。
そこには二つのの光る人影が映し出されている。

「ほんま、これで、一件落着やな。キーやん。アシュはんには手こずりましたわ」

「まぁ、ヨコッチにはほんま苦労かけましたわ。でも、これで、大丈夫やろ。あんさんたちにはほんま面倒かけなはったな。ご苦労さんでした」

モニタに映し出されていたのは、北米本部のさらに上層部の方達である。

そのお偉方のねぎらいに、「恐縮です」とお辞儀をする、二人の男性。

「あとは、最後の仕上げだけですね」

立体映像の男性は、つぶやく。










「なにか、悩み事でもあるんですか?お金のこと以外なら相談に乗りますよ

「ん〜、なにか、大事な事を忘れているような気がするんだよ」

横島は心配するピートに、生返事を返す。


その朝も学校は平和だった。
昨日と全くなにも変わらず。
たぶん明日も同じような日になるのだろう。

「ニュースよ、ニュース!」

机を頭の上に抱えた愛子が教室の中に入ってくる。

「転校生が来たのよ。それも可愛いのが」

『可愛い』と言う言葉にパブロフの犬のように反応する横島。

「なんだって?どこだ、それは!」

「横島さん、何か悩み事が会ったんじゃないんですか?」

「そんなことは些細な問題だ。早くしないと他のやつが手を付けてしまうではないか」

「そんな、バーゲンで限定品をつかみ合う主婦じゃあるまいし」

愛子の案内でやってきた教室には、すでに、人だかりが出来ている。
その大半は男どもというのはお約束である。
早速アプローチをかけているのが何人かいるが、そのほとんどは遠巻きに見ているだけだ。
輪の中心にいるのは、二人の女生徒。

「髪の短い方が、芦 蛍。姉。長い方が、芦 蜂美。妹よ」

眼鏡にお下げをした新聞部の女の子が、聞かれもしないのに、横島達に説明する。
横島と蛍の視線が交差したとき、
横島の中で何かが浮かび上がった。
そして、何かを思い出せる思いだそうとした。

『あの』

二人は同時に口を開いた。
蛍は横島の方にまっすぐにやってくると、袖を軽くつまむ。

「あの、学校を案内してくれませんか?」

周りを取り囲んでいる男どもの中から、罵声が聞こえる。

ちくしょう、蛍ちゃんまで手をだしてたのかよ。
ぜってー、ぶっ殺す

横島は、何かを思い出そうとしていたが、もう、どうでもいいようになった。

「だめ、ですか?」

上目遣いで聞いてくる蛍の手を、恋人のように優しく握り、

「喜んで、とりあえず」

彼女の手を引くと、

「逃げよう」

と、二人で駆けだした。

過ぎ去ったものなら夢と同じ。
なら、今に生きるのが一番大事。

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