この時を忘れない
投稿者名:ちくわぶ
投稿日時:(05/ 6/17)
下校のチャイムはとうに過ぎ、学校に残っている生徒の数もごくわずか。
日は西に沈みかけ、家路につく生徒達は朱の光に照らされ、その影は長く長く伸びて地面に貼り付いている。
教室の窓から目をやれば、運動部員達が器具をを片付けたり、グラウンドにトンボを引いたり。
せわしなく動き回った後は、みんなが同じ方向へ歩いて行く。
それぞれの、帰るべき処へ。
走って帰る人。
おしゃべりしながら歩いている人。
別れた友達に手を振っている人。
手をつないで、微笑みあっている人たちもいる。
私はいつも、そんな彼らをじっと見送っている。
私は教室から外へ向かうことはないの。
たとえどこかへ出かけたとしても、必ずここへ帰ってくる。
なぜなら……私の家はここだから。
私は学校で産まれた机の妖怪だから。
最後の1人まで、生徒が帰るのを見送り続ける……それが私の日課。
産まれてからずっと、続けてきた私の日課。
だけど……誰もいなくなったあと、時々たまらない気持ちになってしまうことがあるの。
今日も……そんな気分になっていた……。
がらっ。
いつものように窓の外を見つめていると、誰かが教室のドアを開けた。
そこに立っているのは、学校でも有名人のクラスメイト。
彼はイタリアからやってきた、気の優しい金髪のバンパイア・ハーフ。
「ピート君……か。」
「やあ、愛子さん。ちょっとノートを忘れてしまって……入っていいかな?」
「……うん。」
「……?」
生返事を返した私を不思議に思ったのか、ピート君は私の方へ近付いてくる。
私は無言のまま、じっと夕焼けに染め上げられた校庭を見つめていた。
ピート君は私の傍で足を止め、同じように窓の外を眺めた。
しばらくの沈黙が続いた後、ピート君は私の方を向いて、優しく言った。
「どうして泣いているんだい、愛子さん……。」
言われて私はハッとした。
知らないうちに、涙が一筋だけ頬を伝い落ちていた。
なぜなんだろう……自分でも、よくわからなかった。
「あ、ううん…なんでもないの。ただ……ふと考えてしまって……。」
「何を考えていたんだ?」
「……聞いてくれるの?」
「クラスメイトの悩みとあれば、聞かないわけにはいかないよ。」
そう言ってピート君はニコッと笑ってくれた。
その笑顔に、ほんの少しだけ私はホッとしていた。
「別に悩みっていうんじゃないんだけど……そうね、ピート君にしか聞けないこと、聞いてみようかな。」
「僕にしか聞けないこと?」
「私って……人間じゃないのよね。机の妖怪。産まれてから結構な年月を過ごしてきたわ。」
「……。」
「ピート君はバンパイアハーフだけど、もう700年も生きているんでしょ?」
「ああ。」
「私達と人間とは生きる時間の流れが違うのよね……それを考えると、時々寂しくなってしまって……ピート君は、そういう事ってなかったの?」
「僕らの一族はなるべく人間と関わりを持たないようにしてたし……ずっと同じ仲間と暮らしていたから。人間の知り合いは、ほんのわずかしかいなかった。」
「そう……。」
「でも、その気持ち…少しはわかるつもりだよ。」
「……。」
それから先は、言葉をうまくつなげられなくて、沈黙が続いてしまった。
その沈黙を先に破ったのは、ピート君だった。
「僕は島を出て、本当によかったと思ってる。唐巣先生や美神さん、横島さんやエミさん……みんなが僕のことを受け入れてくれた。人間の天敵である吸血鬼の僕を……700年生きてきた中で、今ほど充実している時はないよ。」
すこし興奮したように話すピート君は、本当に嬉しそうな顔で。
そして私も、ようやく言葉が出てきた。
「私もそう……青春を味わいたくて騒ぎを起こしたのに、みんな私のことを同じ生徒として迎え入れてくれて……横島君も先生もクラスメイトもこの学校も、私はみんな大好き……だから……哀しいの。」
「……別れの、ことだね。」
「いつかはみんなこの学校を卒業して、それぞれの道を歩いていくわ……でも、私はここに残ったまま。なんだか私だけ取り残されてしまいそうな気がして……このまま時間が過ぎなければいいのにって思ってしまう……みんなでずっと一緒にいられたら、って。それは考えてはいけないことなのに……。」
「僕らは人間よりずっと長い時を生きていける。だから、そういう流れの中で物事を見てしまいがちだ。滅びることなくずっと一緒に……ずっとそばに……吸血鬼が人を噛んで仲間にしようとするのも、きっとそういう寂しさからなのかも知れないな……。」
ピート君はじっと夕日を見つめ、憂いを含んだ顔で呟いた。
私も、同じだった。
同じ思いから、生徒達を異世界に呑み込んで終わることのない学校ごっこを続けていた。
楽しそうに学園生活を送る人たち。
私もその中に入りたかった。
みんなが、私のそばにいて欲しかった。
その気持ちは、今でも変わっていない。
私は学校が、みんなが大好きだったから。
「別れが辛いことを知っていながら、なぜ僕らは人間に惹かれてしまうのか……その理由を考えたことはあるかい?」
「え……ううん。」
「人の一生は短い……だから、今この瞬間を彼らは精一杯生きようとしている。スポーツに情熱を燃やしたり、将来のために勉強したり、誰かに恋したり……今しかできないこと、今しか感じることができないもののために人は生きている。だからこそ、その命はまぶしく輝いて見えるんだ……って、これは唐巣先生の受け売りなんだけどね。」
ピート君はそう言って、少し照れくさそうに笑った。
「確かに別れは辛い……でも、そこで全てがなくなってしまうわけではないんだ。共に過ごした時間、共に分かち合った気持ちはいつまでも心に残る。時が経って、遠く離れていても、目をつぶればいつだってその頃に戻ることができるんだ。だから、僕たちも見習わなくちゃならない。今を大切に生きる、その素晴らしい生き方を。」
ピート君の言葉は温かく、確かな自信に満ちていた。
彼はもう、ずっと前に答えを見つけていたのね……。
今を大切に
今しかできないことを
今しか感じられないことを
そのために精一杯生きる……
私の心に覆い被さっていたどんよりとした重い影は、いつの間にか消えてなくなっていた。
心の中に、一陣の風が吹いた……そんな気がした。
「そうね……ピート君の言う通りよね。先のことでくよくよするよりも、今を目一杯楽しまなきゃ。それが青春よねっ!!」
「そう、それが青春だよ。ようやく愛子さんらしさが戻ってきたね。」
「なんだかこう、燃えてきたわっ!!ありがとうピート君。」
「どういたしまして。」
「ああ……これこそ青春だわっ!!」
私はピート君の気遣いが嬉しくて、そしてちょっと恥ずかしくて大げさに声を出しちゃった。
そんな私の姿を見て、ピート君も嬉しそうに笑う。
……本当に優しいのよね、ピート君は。
700年も生きている貫禄って、いうのかな。
私にとっては、同じ時間を過ごしている数少ない大切な『仲間』
いつか遠い未来、今のことを思い返すときに同じ思い出を持つ人がいるのはすごく嬉しい。
「それじゃあ、そろそろ僕は帰るよ。」
ピート君は机からノートを取り出し、教室のドアへと足を運ぶ。
「ピート君。」
私は最後に言い忘れたことを思い出し、彼を呼び止めた。
「まだ何か?」
「私達……今この学校で過ごした仲間達のこと……ずっと憶えていましょうね。」
「……忘れられるはずがないさ。」
「そうね……それじゃ、おやすみピート君。」
「おやすみ……じゃあまた明日。」
そして私は眠りにつく。
明日も同じように1日が始まり、終わって、また生徒を見送る。
私はこれから、いろんな事を目一杯楽しんでみよう。
そしてできる限り、この目で見たもの、感じたことを憶えていよう。
この素晴らしい時を忘れない限り、私達の青春は永遠なのだから……
今までの
コメント:
- スランプから抜け出すリハビリの一環として、ちょこっと作ってみました。
人間ではないもの同士、そして男女の友達関係……なんか、そういうのいいなぁ、とか思ってしまったわけで。
愛子ってねーなにげにちょこちょこ顔出してて、可愛くて好きなんですよ。
こんなコがいたら、学校生活は楽しいに違いないっ(ぐっ!)
今回はわりとシリアスでしたが、次は相当頭悪いバカな話を作ってみたいと思います。 (ちくわぶ)
- くわーんツボりました。
なんてえか。
静かな終りの予感と今という特別な時間への愛着がじんわりと。
青春賛成票!! (ししぃ)
- とてもいい話でした。なんと言うか人とは違う時間を過ごす彼らの考え方というか・・・。
たとえ友に会えなくなったとしても人は心の中に生き続けるんですねっ!っと思ってしまったお話でした。
久しぶりにこんないい話を読みました。ありがとうございました。 (never green)
- 彼らと流れる時は違う。しかし、彼らと過ごす、交差した『この時』は確かに同じ――うーん、しんみり……スランプなんてとんでもない!いい話書くじゃないですか!
そして、朝がまた来る……そんな余韻に浸らせていただきました。ご馳走様です。 (すがたけ)
- ……賛成票入れてなかった_| ̄|○ lll
というわけで、こっちで一票! (すがたけ)
- たびたび申し訳ない!また……賛成票入れてなかった_| ̄|○ lll
今度は入れてるよな(ドキドキ)よし、入れてる……GO! (すがたけ)
- >>ししぃ様
誰でも、今この時間が続けばいいと願ってしまうことありますよね。
だからこそ、いつか来る終わりの時間にふと哀しくなってしまう。
そんな気持ち、そして特別な時間というものを感じて下さったのなら幸いです。
今を大切に。いつもそうありたいものですw
>>never green様
その時を大切に思えば思うほど、さよならの時はつらいものです。
でも、遠く離れても共に過ごした時間だけは本物で。
自分が忘れてしまわない限り、その時間は失われないんですよね。
この気持ちに共感して下さったこと、とても嬉しく思います。
>>すがたけ様
生きる時間の流れが違う……もし現実にこんな事があったとしたら、それはとても哀しいことでしょう。
自分が大好きだった人たちが誰もいなくなってしまう。
そんなことを思うと、どうしようもなく切ないですから。
だからこそ、交差した時を、その『今』を精一杯生きていきたいと思うのです (ちくわぶ)
- 最近、コミックスを通して読んだんですが、最終回のピートが
それまでの間、どういう気持ちで過ごしてきたのかなと考え、
少し陰鬱な気持ちになってしまいました。
別れの時のみならず、大人になり変わっていく横島達を見て
どういうふうに思っていたんだろうかと…
ですが、この作品でピートが出している答えを読んで、
少し心が軽くなりました。
もうちょっとだけ、明るい想像ができそうです。 (mockup)
- >>mockup様
初めまして、私の拙SSを読んでいただき、ありがとうございます。
私もあなたが感じたのと同じ気持ちになり、憂いておりました。
いつか時が経った時、愛子やピートはどんな気持ちで過ごしてゆくのだろうか…と。
月並みな表現ですが、横島達のいる時間こそが彼女達にとっての黄金時代ではないかと。
ならば、どうやっていつか来る現実と向き合い、暮らしていくのか。
そんなことをふと考えた時に思いついたのがこのお話です。
>少し心が軽くなりました
>もうちょっとだけ、明るい想像ができそうです。
こう言っていただけると、とても嬉しいです。
寂しいから、哀しいからといってその辛さに挫けるのではなく、前を向いていて欲しい。
それこそが、GSの世界にはふさわしいのではないでしょうか。
賛成票、本当にありがとうございました。 (ちくわぶ)
- 個人的に、愛子辺りの人物はもっと妖怪としての本質を強烈に意識してとらえているので、こーゆー人間臭い人物として描く事のできない人間です。
ですので、あくまでそーゆー目で本作を見たとしますと……人間よりも遥かに長く生きているピートですら他人からの借り物でしかない言葉でしか自らの永い生を言い表せない所に、妖怪としての彼らの本質が隠れているのかもしれない。600年も無駄に生きてるなー(笑)、と。
ま、彼より400年くらい先輩などこぞの魔王さんも、どこまで自分で悟っているのかはナゾですが……うーん、やはりこの部分に於いての人間と妖怪の境界はかくも曖昧な物か?……と、そんな疑問をすっとばすがごとく、青春を「私『達』の」物と結論する所に愛子の真骨頂を観ました。ある意味究極。 (Iholi)
- >>Iholi様
過分な褒め言葉をいただき、本当に嬉しい限りです。
愛子はその登場シーンを見ても、コミカルなセリフや行動がほとんどです。
ですから本来はギャグでおもいっきりハジケさせるのが彼女の真の役まわりでありましょう(笑)
私の場合、ついついキャラを人間くさく捉え、表現してしまうクセがあるもので、今回は悩める場面を演じてもらいました。
長い時を生きてゆけるからこそ『今』を『熱く』生きる。
彼女の青春とはやはりこれに尽きるのではないかなぁ、と思いまして。
書いた本人ですら気付かないような深い部分にまで注目し、そこを拾い上げてくれるIholi様のコメントには本当に元気付けられます。
重ね重ねお礼申し上げます。 (ちくわぶ)
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