ザ・グレート・展開予測ショー

横島君的復讐―最終日


投稿者名:丸々
投稿日時:(05/ 6/15)

―日曜日―

激動の一週間が終わり、遂に親父がナルニアに帰国することになった。
今思い返してみると結構楽しかったような気もする。相変わらずの浮気ッぷりには殺意を覚えたが。

気に入らんけどアドバイスまでされた。どういう風の吹き回しだろうか。
しかも的確なアドバイスだったみたいで、言われた通りにやったら美神さんが誉めてくれた。

結局ガチの殴り合いじゃ勝てなかったけど『文珠』駆使したら何とか勝てたしな。
っつーか『文珠』使っても勝てなかったら人としておかしいだろ。霊能力も無いのに。

思い起こせば色々むかつく事もたくさんあったが、同じくらいスカっとする事も多かった。
『文珠』で役立たずになったときのリアクションは最高だった。ご飯三杯は軽いね。
『爆』『文珠』で空に飛んでいく姿も傑作だった。実写でロケットマンが見れるとは思わなかった。
一生からかってやれるネタだろうな、こりゃ。

くくく、と笑いながらも少年はなんとなく気分が晴れなかった。
今日は仕事も無く、父親を空港まで見送りに行くぐらいしかする事も無い。
父親がいなくなった後はいつもの様にゴロゴロするなり、大人のビデオを愉しむなり、好きにし放題だ。
普段のだらけた日常が帰ってくるというのに何故かそれを嬉しいと感じられなかった。

理由は少年も本当はわかっていた。昨日の夜の父親の様子だ。
あの時は気が付かなかったが、あの後からじわじわと何かが心の底から湧き上がるのを感じていた。
それは少年があまり感じた事が無いものだった。何となく心がざわつく感覚。
一言でいうなら『別れの寂しさ』だろうか。

雇い主との会話の中で何らかの変化があったのか、それとも他の理由があるのかもしれない。
理由はともかく昨夜の父親は『親』の顔をしていた。今思えば来日して初めてではなかったか。
昨夜は気が付けなかったが、今ならわかる。
昨日の突飛な質問、あれは自分を心配し、導いてくれようとしていたのだろうと。

「けッ・・・・今更なんだってんだ・・・・。」

小声だったが前の座席に座る父親には聞こえたのか、声をかけてきた。

「ん、忠夫なんか言ったか?」

「・・・・別に、なんでもねーよ。」

親父が『まともな親』のように振舞ったからといって、別に何が変わるってものでもないんだよな。
なんとなくやり辛いけど、どうでも良い事か。どうせ親父はもうすぐナルニアに帰るんだし。

父親と少年を乗せた車はそろそろ空港に到着しようとしていた。
只今の時刻、午前11時。父親の出発まで後3時間であった。


「クロサキ君、世話になったね。」

「いえ、こちらこそ。」

父親が車から降りながら運転していた部下と別れの挨拶を交わしていた。

「珍しく疲れているみたいだから、ゆっくり休んでくれ。
それにしても、目の下に隈が出来た君の顔を見るなんて、いつ以来だろうね。」

何故か妙に消耗した様子の部下に微笑みながら声をかけている。
この3日ほど出勤しなかったので、部下に負担をかけたと思っているようだ。

「はは、昨日いきなり急ぎの仕事が入ってしまったもので・・・・。
ですがもう片付いたので、ゆっくり休もうと思っています。」

乾いた笑いを浮かべる部下の男。
見た目よりも体力の消耗が酷いようだ。

「随分疲れてるみたいだね。知らなかったとはいえ、運転頼んで悪かったかな。」

気を遣う父親。この部下がここまで消耗するとは余程大きな仕事だったと感じたのだろう。
内心、手伝った方が良かったかなと思ったが、ここ数日は息子の事を優先していたので
会社に顔を出していなかったのだ。

「いえ、大丈夫ですよ。見送りぐらいしないと落ち着きませんから」

部下の男も車から降り、上司と握手をする。
二人とも名残惜しそうだが、こればかりは仕方が無い。
いずれは上司も日本に戻ってくるのでそれを待つしかないのだ。

「それでは大樹さん・・・・お元気で。」

「ああ、クロサキ君も元気でな。」

荷物を持たされた少年が面倒くさそうに空港の入り口に向かうのを見て、
父親も後に続いて歩き出した。

(・・・・大樹さん・・・・どうかご無事で・・・・。)

背を向け息子の方に歩いていく上司を眺めながら、クロサキはぽつりと呟いていた
空港で以前仕えていた上司が刺されてしまった事を思い出したのか、男の顔色は悪かった。



「じゃ、手続きすませてくるからここで待っとけ。」

「けッ荷物持ちなんかさせやがって。
かわりに昼飯は奢ってくれよ」

いつも仕事で荷物持ちばかりさせられているのに少年は不服そうだ。
いや、仕事でやってるからこそ仕事以外ではやりたくないのだろうか。

(なんかこの空港ってスペースが落ち着かないんだよなあ。
なんかだだっ広いし、人多いし、外人多いし・・・・。)

待っている間する事も無いので辺りを見回す少年。
以前、香港やブラドー島に行く時に飛行機に乗ったりしているのだが、何となく落ち着かないようだ。
やはり少年には、交通手段といえば車や自転車に馴染みがあるだろう。
特に興味も無いが、大きな電光掲示板や行き交う人たちを眺めていた。

(でも生のスッチーに会うんなら空港が一番だよな!
待ってる間ヒマだしちょっと声かけてみよっかな・・・・。)

思いついたら即実行が少年の良いところ。
いつものようにおねーさーんと声をかけてみるが、誰もまともに話すら聞いてくれない。
そもそも、どう見ても高校生かそこらの子どもに声をかけられて喜ぶ人は少数派だ。

(なんで親父はあんなに簡単にひっかけられるのに俺には無理なんだ!?。
チクショーーーー!!世の中って不公平だ!!)

「アホかお前は。」

すでに搭乗手続きを終えていた父親が呆れたように少年に突っ込む。
ずっと少年がナンパを失敗する姿を見ていたようだ。

「うっせェェーーー!!
どうせ俺なんてよォォォォーーーーーー!!」

叫ぶ少年は夏場の海水浴場に出没する妖怪のごとく、陰気なオーラを撒き散らしている。

「あー、わかったわかった!。
ナンパのコツを教えてやるから静かにしろ。
周りの目が気になってかなわん」

「マジでか!?」

やれやれという感じの父親の言葉に、飛び上がらんばかりの反応の少年。
『ナンパの鉄人』といっても過言ではない父親がナンパのコツを教えてくれるというのだ。
ろくに成功したことがない少年にとっては、天のお告げのように聞こえたのかもしれない。

「じゃあ、アレか!?
俺にもやっと春が来るのか!?
なんなら今日ここでお持ち帰りとか―――」

「待て待て、取り合えず飯にしよう。
飯食ったらレクチャーしてやる。」

完全に熱くなっている息子の暴走を遮ると、さっさと歩き出す父親。
少年は待ちきれないといった様子だが、腹も空いてきてたので文句を言わずについていく。
考えてみれば、やはりこういう大事な話は落ち着いてからじっくり聞いた方が良いだろう。

これからの展開に思いを馳せ、胸を躍らせながら父親の後についていく少年。
もし少年に尻尾が生えていたなら、それはちぎれんばかりに振られていただろう。



「―――で、さっき見ていて気が付いたんだが。」

食事を終え、腹も落ち着いてまったりしていた空気が急に引き締まる。
少年の顔は引き締まっている。普段の除霊のときの緊張感を10とするなら今の緊張感は
100と言っても過言ではないだろう。
もし今誰か少年の知り合いが通りすがっても、少年とは気がつかないに違いない。

「全然、駄目駄目だ。
あれじゃ宝くじに当たるより難しいだろうな。」

あっさり切り捨てる父親。

「そんなに駄目だったのか!?」

宝くじより難しいってどんだけ駄目やねん、と突っ込みたかったが我慢する。
何か問題があったのならそれを解決すれば良いと考えたのだろう。
なかなか前向きな考え方だ。

「駄目すぎだ。
そもそもお前、『TPO』って言葉を知らんのか?」

息子の自覚の無さに呆れながらも質問を投げかける。

「てぃーぴーおー?
聞いた事あるような気もするけど…なんだそれ、英語か?
それがナンパのコツなのか?」

クエスチョンマークを3個くらい頭の上に浮かべる息子にため息をつく。

「あのな、ナンパだけじゃなくて世の中を渡るのに不可欠な事だ。
ちなみに英語じゃなくて造語らしいけど、これを機会にしっかり覚えとけ。」

ぐぐっと身を乗り出す少年。
学校にいるときを10とするなら、今の少年のやる気は1000以上に達しているのは間違いない。
普段からそれくらいの集中力を見せろと内心思いながら、父親は続ける。

「TはTime、時間だ。
 PはPlace、場所だな。
 で、OがOccasion、場合ってやつだ。」

そこまで区切り少年の方を見る。
少年はどこから取り出したのかメモ帳に今聞いたことを書き込んでいる。
一言も聞き漏らすまいと目が血走っていた。

「お前にわかりやすいように説明すると、だ。
ナンパするなら『時と場所と相手の都合を考えなさい』って事だな。」

言われて少し考え込む少年。
だが、いまいちピンと来ないようだ。

「さっきのお前のナンパで説明するとだな。
まず時間、スチュワーデスが仕事してる最中に声かけても聞いてくれる訳無いだろうが。
邪魔扱いされるのがオチだ。次から声かけたかったら仕事が終わった後にしとけ。
次に場所、そもそも空港ってのはスチュワーデスの仕事場な訳だ。
それに周囲には同僚の目もある。声かけるなら相手が周囲を気にせんでもいい場所にするんだな。
で最後に相手の都合だが・・・・これはかなり難しい。
なんせ相手の都合ってのは相手しか知らないんだからな。他人の俺達にはどうしようもない。」

「ならどうすりゃいいだ?」

思わず質問する少年。

「お前ならどうする?」

父親は答えず、逆に少年に問い掛ける。
少しは自分の頭で考えろって事なのだろう。

「そーだな・・・・俺には『文珠』があるから上手く使えば相手の心を読むくらいなら出来るかもな。
おお、自分で言うのもなんだけど良い考えかも。これなら相手の好みも悩みもなんでもわか―――」

「却下だ。プライバシーの侵害はバレた時に致命的だ。余計なトラブルを招きかねんぞ。
っつーか、お前そんことに霊能力使ったら捕まるんじゃないのか?。
思いっきり『オカルトの不正使用』ってのに引っかかりそうだが。」

少年の脳裏に、嬉々として自分に手錠をかける道楽公務員が思い浮かぶ。
たしかに『文珠』をそんな事に使ったら本気で捕まりかねない。

「じゃあどーすりゃいいんだ?。
そもそも自分で考えてわかるんなら、とっくにナンパ成功してるっつーの。」

あっさり思考を丸投げする少年。
確かに、考えてわかるんなら苦労は無い。
ちなみに、この1週間で何個の『文珠』を不正使用したかは既に忘れているようだ。

「それもそうだな。
お前にもわかるように具体的に言うとだ、『相手は自分を相手にするか?』
これこそがナンパを成功させる鉄則だろうな。」

「そんなこと事前にわかれば苦労せんわ。
何か見分けるコツは無いのか?」

脈が有るか無いかは、話し掛けてみないとわからないのだ。
わからないからこそ少年は自分の好みの女性に片っ端から声をかけているのだから。

「よし、なら質問形式で考えてみるか。
新婚の、幸せ真っ只中の女性に声をかけたとする。
成功すると思うか?」

「いや、さすがにそれは無理やろー。
幸せな新婚生活を壊すような事はせんやろうし。」

「うむ、その通りだ。」

満足気に頷く父親。

「なら、わざわざ声をかけられなくても相手には困らないような女性が
自分より年下で、稼ぎも無い男から声をかけて喜ぶと思うか?
ちなみに相手の容姿はそこそこだ。悪くもないがそれほど良くもない。」

「んー、相手に困らないんなら探せばもっと良い相手が見つかるんじゃね?。
特にカッコ良くもないんならわざわざその男にする必要は無いよなあ。」

「ああ、よくわかってるじゃないか。」

やはり満足げに頷く父親。

「これならどうだ?
若くて毎日充実した生活を送っているスチュワーデスが、いきなり高校生のガキに声掛けられて
ほいほいついて行くと思うか?。相手の容姿はそこそこだが、服装はぱっとしないぞ。」

「んー、スッチーなら相手に困らなさそうだしなあ。
わざわざそんなガキ相手にしなくても・・・・
ってコラ、俺の事じゃねーか!!」

「見事なノリ突っ込みだ。」

ニヤリと笑う父親。
何か言おうとした息子を遮り、話を続ける。

「まあ待て。まだ終わりじゃないぞ。
さっきの若くて毎日充実した生活を送っているスチュワーデスが、また声を掛けられたとするぞ。
相手は自分より年下だが、若くして高所得の商売、GSの免許を持っているとしたらどうだ?。
GSじゃなくても弁護士の卵や税理士の卵でも可だがな。」

「それなら将来性があるからなあ。悪くない話じゃ・・・・
ってなるほど!そういうことか!!」

ようやく父親の意図に気が付いてハッと顔を上げる少年。
その様子を見て父親も頷く。

「そういうことだ。声を掛けたい相手が自分を相手にしてくれる状況に持っていくのが一番確実だ。
お前が成功しそうな条件を考えてみたが、やはりただ一つの取り得を活かさない手は無いからな。
悪霊に困った女性を救う若きGS。これに惹かれない相手はいねーぞ?」

喜んだのも束の間、考え込む少年。

「でもさ、GSってあんまり一般的な職業じゃないけど、俺が資格持ってるって言っても
信じてもらえるのかな?。なんか生温かい目で見られそうで怖いんだけど。」

証明するためにいきなり街中で霊波刀とか出した日には、お巡りさんが放っといてくれないだろう。
ナンパに失敗した挙句、職務質問なんてはっきり言って笑えない。

「まあ、確かにな。いきなり言っても信じてもらえんわな。
そこで、だ。声を掛けるのは依頼が終わってからにすればいい。
これなら悪霊を祓う姿を生で見せられるからな。成功率はかなり高いはずだぞ。
正直、食事に誘うくらいや連絡先を聞く程度なら、恐らく100パーセント成功するだろうな。
相手が企業なら、受付嬢なら軽く引っ掛けれるはずだ。」

ニッと笑う父親。
仕事が終わった後に声を掛けるのは、いつもやってる事なので妙に説得力がある。

「なるほど!さすが浮気の達人だな!!
言葉に説得力が溢れてるぜ!!」

さっそく脳内でナンパをシミュレートする少年。



『ありがとうございました。これで悪霊に悩まされずにすみます。』

『いえ、あたりまえの事をしたまでですよ、お嬢さん。
良ければこの後、一緒に食事などどうですか?』

『はい!もちろん喜んで御一緒させてもら―――』

『このバカ!!仕事中にナンパするなんて良い度胸してるじゃない・・・・!!』

『ハッ!美神さん!?
こ、これは違うんやァァァーーーー!!
ちょっと仕事の話をしようと思っただけなんやァァァーーーー!!』

『丁稚の分際で除霊の何がわかるって言うのかしら・・・・?
遺言ならもっと気の聞いた言葉にしときなさい!!』

『いやァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!』










「―――夫、忠夫、おい大丈夫か?」

ハッ!!

「いや、なんでもないよ!
ちょっと何か間違ったみたいだ。」

慌てて頭を振って今のイメージを抹消する。
少年の全身に嫌な汗が浮かんでいる。

(危ない危ない、美神さんにシバかれないように気をつけてもう一回挑戦しよう・・・・)




『ありがとうございました。これで悪霊に悩まされずにすみます。』

『いえ、あたりまえの事をしたまでですよ、お嬢さん。
良ければこの後、一緒に食事などどうですか?』

『はい!もちろん喜んで御一緒させてもら―――』

『あら、依頼人さん♪今ちょっといいかしら?』

『あ、はい!美神さんも本日はどうもありがとうございました!』

『お礼なんていいんですよ♪
でも今日の除霊の内容なんですけど依頼書と随分食い違ってましたよ。
大型の悪霊が3体も多いなんて、どういう事でしょうね?(ニッコリ♪)』

『そ、それは依頼書を作成した後に増えてしまった分です!。
依頼書に嘘の内容を載せるなんて事はしてません!。』

『わかってますよ、少し見ない間に悪霊が増えてるなんて良くある事ですから。
でも、増えてた分も祓ったんですから、その分のギャラは頂きますよ♪』

『え、と、そうですね。
はい、その分もお支払いします。』

『わかってくださって嬉しいですわ♪
それじゃ、大型の悪霊3体分で3億円の追加料金になります(ニッコリ♪)』

『え!?この仕事の報酬って1億ですよ!?
いくらなんでも3倍は・・・・』

『あらあら、危険な大型悪霊は1億でも安いくらいなんですけど。
仕方ないですね、それじゃ、今からこの封魔札破っちゃいますから、後は好きにしてくださいね♪』

『ま、待ってください!!わかりましたお支払いします!!
ですからもうお引き取りください!!』

『それじゃ、送金お願いしますね♪
あら、なにやってるの横島君?
さっさと帰るわよ〜♪』










「なあ、親父・・・・。
俺、独立とかしないと当分成功しないっぽい・・・・。」

何度シミュレーションをやり直しても一度も上手く行かなかった。
殆ど雇い主に潰されるが、たまに同僚の少女にも潰されたり。
少年の夜明けはまだ先になりそうだ。

「ん、そうなのか?
なら独立できるように頑張るんだな。」

(やれやれ、身近なところに自分を好いてくれてる娘がいるってのに気付いてないのか?。
いや、違うな、こいつも心のどこかでこのままの関係が続く事を願ってるんだろうな・・・・。)

軽くため息をついて時計に目をやる。

「おっと、もう1時か。
2時に出発なんでな、そろそろ出るぞ。」

少年と父親は席を立ち搭乗ゲートへ向かって歩き出した。

父親との別れまで後1時間。





「こんにちは、大樹さん。
見送りに来ましたよ。」

「やあ、わざわざありがとう。
忙しいところすまないね、西条君」

搭乗ゲート近くの待合スペースに長髪の若い男が待っていた。
大樹と若い男は親しげに挨拶を交わしている。

「けッ、いつの間に見送りに来るほど仲が良くなったんだ?。
やっぱり女ったらし同士、気が合うのか?」

若い男にいつものように食ってかかる少年。
彼らの仲の悪さは相変わらずである。
前世からして仲が悪かったのでこればかりはどうしようも無いのかもしれないが。

「ふう、やれやれ、君も相変わらず失礼な男だな。
君の忘れ物をわざわざ届けに来てあげたというのに。」

そう言いながら長髪の男は上着のポケットから何かを取り出し、少年の方に放り投げる。
少年が投げられたものを反射的に受け取った瞬間、少年の体が淡い光に包まれた。

「これで横島君の記憶から、大樹さんの今回の浮気に関しての記憶は忘れ去られるでしょう。
忘れた部分は、彼の頭の中で都合の良いように補ってくれる筈なので、ご心配なく。」

「ふふ、忠夫が昨日事務所の倉庫に落としていったのをこっそり回収しておいたんだが、
これで親の面目が保たれたよ。ありがとう西条君。」

ニヤリと中年の男が若い男に笑いかける隣で、まだ少年は淡い光に包まれている。
それを横目で見ながら、若い男が肩をすくめる。

「ま、もともと彼が作りだした物ですからね。
自業自得ですよ。」


―昨夜―

「ところで西条君。
こんなものを拾ったんだが、私にも使えるだろうか?」

中年の男が上着のポケットから何かを取り出した。

「これは・・・・『文珠』じゃないですか!?。」

「ああ、忠夫の奴が忘れていったのを拾ったんだが、
この『忘』を使って忠夫の頭から、今回の浮気に関する記憶を忘れさせたいんだよ。」

「・・・・少し貸してもらえますか?」

若い男が硝子球のようなものを手に取り何やら念じると、浮かび上がっていた文字が消えてしまった。
もう一度若い男が念じると今度はさっきと同じ文字が浮かび上がる。

「なるほど、文字を込めるのに少し霊力が必要のようですね。
明日、大樹さんの見送りに空港に行く時にでも、横島君にこの『落し物』を『返して』おきましょう」

ニヤリと笑いあう二人の男達。
これが昨夜のやり取りであった。





少年の体を覆っていた淡い光が次第に薄くなっていき、ついには完全に消えてしまった。
立ったまま意識を失っていた少年の瞳に光が戻る。

「ん、なんで俺の事を見てるんだ?」

ふと気が付けば父親と道楽公務員が自分の方を二人して見ていたので、思わず質問する。

「ああ、そろそろお別れだと思ってな、今回は全然構ってやれなくて悪かったな。」

少年の様子を窺いながら父親が適当な事を言ってみる。
記憶操作が上手くいったのなら好意的な返事が返ってくるはずなのだ。

「ずっと仕事だったみたいだし、仕方ないって。
それでも昨日の除霊にはついてきたし、俺の成長はちゃんと見届けてくれたんだろ?。」

急にしおらしい事を父親が言い出したので、少年は少し驚きながらも気にしていない事を伝える。
それを聞いた父親と若い男が何やらアイコンタクトをとりながら頷き合っていた。

「さてと!それではそろそろお別れだな。」

何故か満足そうな父親が飛行機の搭乗ゲートに向かう。
少年も簡単な別れの挨拶をすませ、さっさと帰ろうとしていたが、
途中で父親に呼び止められた。

「忠夫!」

「どうした親父?」

何か忘れてる事があったか考えながら父親の方に振り返る。

「昨日、ホテルの前で俺が言ったことを覚えているか?」

どの辺りまで記憶が改竄されているかわからないので確認する。

「えーと、確か、『一つしか選べない事もある』ってやつか?」

どうやら昨日の雇い主と父親の食事は少年の頭の中では浮気と認定されなかったらしく、
改竄される事もなく残っているようだ。

「心配されんでも、俺は欲しいものは全部手に入れてみせるっての!。」

ニッと少年は笑顔を浮かべるとまた背を向けて歩いて行った。

「さて、ではそろそろ僕も行くとします。」

残っていた若い男も別れの挨拶に入る。

「西条君、君には本当に世話になったね。
困った事があったら相談してくれ。私にできることなら力になるよ。」

「ええ、その時は遠慮なく相談させてもらいますよ。」

まだ出会って数日だが、まるで数年来の親友のように感じていた。
年齢こそ少し離れているが、結局二人とも似たもの同士なのだろう。

さっきの少年に使った『文珠』も、表向きは大樹が自分の面子を守るためのように言っていたが、
それは単なる建前であり、真意は別のところにあった。

大樹は西条に息子の記憶を改竄させる事によって、息子の『文珠の不正使用』の共犯にし、
西条が息子を罪に問えないように仕立て上げるのが目的であった。
西条は西条で、実際の被害者である大樹の言う通りに行動する事によって、
後のトラブルを未然に防ぎ、美神令子のキャリアを傷つけないように配慮していたのだ。

二人とも相手の真の目的を察しつつも、あえて見て見ぬ振りをし、一番無難な理由を前面に
持ち出しているだけだったのだ。
この辺りの、ある意味秘密の共有の様な関係が、より一層彼らの結束を強めているのかもしれない。


新しく出来た友人との別れを惜しみながら、大樹は飛行機に乗り込んでいった。










飛行機の出発を待つ間、大樹は思い出していた。
自分の『問いかけ』に対するさっきの息子の『答え』を。
何の迷いも無く、全てを選んで見せると言ったあの姿を。

だが大樹は知っている。
現実は残酷だという事を。
全てを手に入れる事など不可能という事を。

現実の辛さを理解していながら、それでも大樹は想う。
あの愛すべき馬鹿息子にだけは現実の非情な側面を知らないで欲しいと。

そして大樹は知らないが、近い未来に大きな事件が起こる。
そしてその時、彼の息子は最も非情な選択を強いられる事になる。

どちらも諦める事など出来はしない、そして両方を手に入れる事も出来ない。
もっとも残酷な選択をあの少年は迫られる事になる。

























―ナルニア―

「百合子ー、帰ったぞー。」

木造のログハウスの扉を開けて大樹が玄関に入って行く。

「あら、思ったより早かったわね。」

奥から妻が出迎えてくれた。
半日以上飛行機に乗っていたためか、大樹は疲れていた。

「風呂は沸かしてあるけど、入るかしら?」

日付変更線とか色々あって今のナルニアは午後8時、既に日も暮れている。
夕飯の匂いがするがまだ出来上がっていないようだ。
大樹は先に風呂に入ってそれから食事にする事にした。
風呂から出る頃には夕飯が出来ている頃だと予想していた。

「ああ、そうするよ。」

熱帯雨林の土地で湯船を張るというのも場違いな感じがするが、
疲れを取るにはやはり風呂は最適だった。

湯船につかりながら日本での日々を思い出す。
最初の4日間は浮気を愉しんでいたのだが、何故か今は浮気をしたいと思わなかった。
恐らく一時的なものではなく、もう浮気をする事は無いだろうな、と漠然とした感覚があった。

理由はわかっている。息子の事だ。久しぶりに会い成長した姿を見て、それを実感した瞬間
ここ何年か忘れていた事を思い出してしまった。

自分は『親』なのだと。

(やれやれ、らしくない事を思い出しちまったな。
ほったらかしにしてるくせに、今更父親ぶるとは勝手なもんだ。)

今まで好き勝手にしてきたからか、自己嫌悪の念を拭えないらしい。
なんとなく憂鬱になりながら風呂から出る。
予想通り風呂から出る頃には夕飯が出来上がっていた。

息子の成長を妻に報告しつつ、食事を進める。
GS見習いとしての働きは太鼓判を押しといたが、
「学校はどうだった?」という質問には答えられなかった。
だって見てないからね。わからないと答えると百合子は何やら考え込んでいた。
もしかして様子を見に行くつもりか?。まあ、すぐに行く訳じゃないだろうし問題ないよな。
次に俺が日本に戻るのは本社に返り咲く時だろうし、どうでもいいか。

食事を終え、大樹がまったりしていると、百合子が分厚い封筒を持って来た。

「本社の方から資料が届いたわよ。
目を通してくれるかしら?」

渡された封筒はギチギチに膨らんでいて、どう見ても入れすぎだった。
封筒を二つに分ければいいのになどと思いつつ封を開ける。

新しい鉱山の資料か何かだろうと思い中身を引っ張り出す。

「!?」

中から出てきたのは全て写真だった。
どの写真にも自分が写っていた。
いや、正確に言うなら『自分と女性』が一緒に映っていた。
もう少し詳しく言うなら『自分と女性が腕を組んでホテルに入っていく姿』が映っていた。

「な!?なな!?な!?」

完全な不意打ちにまともな言葉が出てこない。
有る筈が無い写真が、一番有ってはいけない場所に現れたのだ。
頭の中が真っ白で全然考えがまとまらない。
感じることは疑問、疑問、疑問のみである。

「今回は随分派手に愉しんできたみたいねえ・・・・。」

パニックに陥っていた心が、この一言で凍りつく。
背中に感じる威圧感で胃に穴があきかけていた。
殆ど無駄だとわかりながらも微かな抵抗を試みる。

「あ、悪質なデマに惑わされるんじゃない!。
こ、こ、これは合成写真だ!な、何かの間違いだ!!」

自分で言ってても明らかに苦しすぎる言い訳だったが、
それさえも叩き潰すかのように相手が何かの書類を目の前に突きつける。
それはホテルの利用明細書だった。

支払人『横島大樹』。

突きつけられたその書類は死刑を宣告するにも等しかった。




どう足掻いても逃げ場が無い事を覚悟すると、逆に冷静になってきた。

(こんな馬鹿な!あれだけ尾行には細心の注意を払っていたのに写真を撮られるなど・・・・!。
それにホテルの利用明細が何故ここにあるんだ!?。使ったホテルを知られていたとしても
利用明細は他人が手に入れる事は不可能な筈だ!そんな事ができるのは私かクロサキ君くらい―――)

ハッと気付く。今朝の彼の疲れた様子。
『昨日いきなり急ぎの仕事が入ってしまったもので・・・・。』

なるほど、そういう事か。この写真をクロサキ君に突きつけ、観念させてから
クロサキ君を自分の側に引き込んだのか。
・・・・くッ!相変わらず抜け目が無い・・・・!!。

どんな方法を使ったのかはわからないが、自分とクロサキ君の目をかいくぐり写真を手に入れた
恐るべき女性の方に目をやる。いまだに殴られていないのが正直かなり不気味だった。
まるで嵐の前の静けさ。

などと考えながら大樹が百合子の方に向き直ると、彼女は電話をかけているところだった。

「もしもし、横島大樹の妻ですが。」

どこかに繋がったようだ。
わずかにもれる音から相手がナルニア支社だとわかる。

「空港から帰る途中にトラックに轢かれてしまったみたいで―――。
はい、命に別状は無いんですけど―――。
今はICU(集中治療室)にいるんで当分面会は出来ないみたいですね―――。
それで明日から大樹の代わりに私が出社しますので―――。
ええ、資料の用意をお願いしますわ♪。」

話の内容とは対照的に、終始彼女の表情はにこやかだ。

「あ、あのー・・・・百合子さん。
私は別に事故ってなんか―――。」

大樹の話は聞かずまた電話をかける。

「あ、もしもし院長先生ですか?
はい、百合子です。この間はお世話に―――。
いえいえ、良いんですよ。」

どうやら今度は病院にかけているらしい。
病院の院長と世間話をしている。

「それでですね、今から1時間後に救急車を1台寄越してもらえません?。
ちょっと家の旦那が重傷なんで―――。
え、今すぐじゃなくていいのかですって?
いいんですよ。それじゃ一時間後にお願いしますね。
あと、手術室も一室押さえておいて下さいね♪。」

またも笑顔で電話を切る。
彼女の顔には「準備完了」と書かれているようだった。

「あ、あはははは・・・・べ、別に怪我なんかしてないですよ・・・・?。
こ、怖い冗談はよしてくださいよ、百合子さん・・・・。あ、あははははは・・・・。」

引き攣った笑みを浮かべ、これからの自分の運命を悟ったのだろう。既に顔面は蒼白だ。
百合子はというと胸の前で拳をゴキゴキ鳴らしながら大樹に近付いていく。

「ま、待って下さい百合子さん!もう浮気はしないと心に誓ったから勘弁してくださ―――」

「さよか、その言葉を聞くんはこれで32回目やな、このロクデナシが!!」

とうとう百合子の口調が関西弁に変わる。
彼女が関西弁を使うと威圧感が何倍にも膨れ上がる。
大樹は己の死を悟った。

「あ、あ、ああァァァァ――――――」














―――グシャリ―――














一時間後到着した救急隊員は後にこう語る。

「あんな凄惨な患者を見たのは初めてです。あれはトラックに轢かれるよりも重傷でした。
何故まだ生きていたのか・・・・人体の神秘を実感しましたね・・・・。」

血に染まった室内で何があったのかは、それは誰にもわからない。
ただ、熟練の救急隊員が、その後3日間も食事が喉を通らなくなる程、無惨な現場だったそうだ。










大樹は知っている。
現実は残酷だという事を。
一度犯した過ちは消す事など出来ないと。

現実の辛さを理解していながら、それでも大樹は想う。
バレなきゃ皆幸せなのに、どうして上手く行かないのかと。

そして大樹は結論する『現実は甘くない』と。



『おっさん、また来たのかァ?
これで何回目だったっけか?』

『これで18回目ですな。
今回も渡らないんで、また世間話でもしましょうか。』

三途の川で渡し守とのんびり世間話をしながら、
大樹は現実の世知辛さを痛感していた。

























―日本―

「おかえりなさいジャー、エミさん。」

1週間ぶりに事務所に戻ってきた雇い主に挨拶をする大男。

「久しぶりねタイガー。荷物は届いてないかしら?」

褐色の肌の女性も軽く応じ、質問をする。

「そうですノー、なんか外国から郵便が届いとったような―――」

「それよ!!どこ!?どこに置いた!?」

「エミさんの机の上に置い―――」

そこまで聞くと猛然と走り出す大男の雇い主。
まるでクリスマスの朝の子どものような反応に唖然とする大男。
気になったので雇い主の後を追う。

雇い主が部屋の中で郵便の袋を破いていた。
ハサミを使わないとはよっぽど早く中が見たいのだろうか。
中から出てきた箱を開けると、何やら良くわからないものが出てきた。

「エミさん、それはいったい何なんですかいノー?」

何故雇い主がここまで喜んでるのかが、さっぱり理解できない大男。
部下の質問に上機嫌で話し出す雇い主。よっぽど嬉しいようだ。

「これはね、超貴重なオカルトアイテムなワケ!
金さえ出せば手に入るようなそこらの道具とは格が違うワケよ!
プライド捨てて冥子に式神借りてまで、あんな汚れ仕事したかいがあったわ!」

言われて見てみれば、怪しげな粉末や人形、それに干し首が入っていた。
とはいっても大男は呪術師じゃないので、それらの価値がいまいちわからない。

「タイガーは呪術師じゃないからね、簡単に説明してあげるわ。
まずこの人形はモナ族っていう少数部族が作ったものなんだけど
これは最高の生贄媒体になるのよ。これさえあればどんな呪いもリスクを背負わずに使えるワケ!」

「それは凄いですノー!」

内心、これで自分が生贄にならなくてすんだと一安心している大男。
ほんの2、3年でも寿命を削られるのはやはり遠慮したい。

「この干し首はね、もしも呪術を返されてもそれの身代わりになってくれるのよ。
ヤコイ族の干し首なんだけどもう彼らは絶滅しちゃってるから、とんでもなく貴重なワケ。」

「それさえあれば呪詛返しも怖くないですノー!」

以前雇い主が呪詛返しを喰らった時、自分の掛けた呪いに追い回されたらしいが、
これさえあれば身代わりになってくれるのだろう。
操る呪術が強力になればなるほど呪詛返しの危険も高まるのだから、確かに便利なアイテムだ。

「最後のこの粉末がナルニアンパウダーって言ってね、
これを使えば呪術の効力を飛躍的に高める事ができるってワケよ!言ってみれば呪術用の精霊石ね。
原料はナルニア原産の邪精霊を粉末にしたものらしいんだけど、
滅多にお目にかかれない超貴重品なワケ!」

どうやら想像以上に貴重なアイテムのようで、雇い主のテンションはウナギ昇りだ。
犬猿の仲の某守銭奴をヘコます事を想像し、さらにテンションは加速していく。

「つまりはナルニアってとこの名産品ってことかノー。
・・・・ナルニア?。最近どっかで聞いたような気がするノー?。」

燃え上がる雇い主をよそに、大男はぼんやり考えていた。

























―後書き―

これにて横島君的復讐は終了です。

コメントをくれた皆様。ありがとうございました(゚▽゚)/~~~



もし時間がある方はもう一度最初から読み返してもらえたら
色々伏線に気が付いて面白いかもしれません。
最初の方は名前を間違えたりしていて少し情けないですが・・・・(汗

エミルートやグレートマザールートも書こうかと思ったのですが
なんとなく蛇足になりそうだったので省いています。
リクエストをして頂ければ番外編で書く事にしますが。


気が付けば合計10話以上になっていたので、完結できて一安心です。
長々とお付き合い頂き、ありがとうございました!。


※最後に
西条さんが『文珠』を扱っていますが、これは原作でも高島が『雷』『文珠』を『癒』『文珠』に
書き換えていたり、美神さんが未来横島の記憶を『忘』『文珠』で消していたので
西条さんでもこれは出来ると判断してます。

全編を通じて西条さんを持ち上げすぎた感じもするのですが、ここは見逃してもらえると嬉しいです。
西条さんの扱いについて言い訳させてもらえるなら『文珠』が横島君のドラ○もんだとするなら
西条さんは大樹氏のドラ○ちゃんだったりする訳で・・・・(汗)

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa