ザ・グレート・展開予測ショー

こどもチャレンジ(13)


投稿者名:逢川 桐至
投稿日時:(05/ 6/15)



「のぁあぁぁぁぁっ!」

 走る。 ただひたすらに、意外と広いタイル貼りの廊下を走る。

 小学生の小さな身体が、悲鳴を上げていた。
 しかし、ソレに鞭打って脚を動かす。 無意識に行っている霊力での制御が、今の横島の動きを支えていた。

 ほんの少し目の前には、先行する様に遠のく白い影。
 この館物に根を張っている今回の除霊対象……ぱっと見には、草臥れたおっさん、と言った風な姿のソレが必死に走っている。

『来ルナァ〜〜ッ!!』

 幽霊なのだから、飛んでいても良さそうな物だが、そこはそう年季の入った存在で無かったからか、習慣の様に途中で途絶える脚を懸命に動かしていた。 …まるで必死に逃げているかの様に。

 いや、実際、逃げているのだ。

「ふぇえぇぇぇぇんっっっ!!」

 …言うまでもなく、暴走娘から。

「なんで俺までぇ〜〜っ?!!」

 横島と一緒に。





 こどもチャレンジ 13





 神父の唱える聖句が、静かで暗い敷地内に響き渡る。

 彼を中心にエミと横島が警戒する様に先行し、後ろには六道親娘が付き従う。

 にこにこと笑みを浮かべている六道夫人は、胸の内で、やっぱり唐巣クン羨ましいわ〜〜、などと呟いている。
 多少の実務経験を持つエミは勿論の事、初参加の筈の横島もそれを窺わせないくらい平静を保っていた。

 この場で、おどおどしているのは、彼女の娘だけなのだ。 となれば、そんな思いは仕方有るまい。

「エミさん」

「えぇ」

 事前の打ち合わせ通り、二人は正面の扉に取り付いた。

 人伝に手に入れた中古物件と言う話で、築後かなりの年数を経ている建物は、その資産価値に比べてかなりの大きさを誇っている。 大豪邸と言うほどではないが、ちょっとした旅館程度の大きさは有り、闇の中に浮かぶその姿は なかなかの威容を見せていた。

 慎重に警戒しながら押すと、意想外に難なく開かれて行く。

「…居ない、わねぇ?」

 門からここまで、彼らは警戒しながらゆっくりと歩いてきた。
 敷地に入るなり襲って来る、と言う話だったので、神父の呪唱による一種の簡易結界を張っていた訳だが、まるで出て来る様子が無いとなると少し不自然だ。

「そうねぇ〜〜
 確か〜見せて貰った依頼書には、敷地に入ったらすぐに出て来る、みたいに書かれてたわよねぇ〜〜?」

 敷地内に縛られているらしく外には出て来ないが、入るとすぐに襲って来る。 今のところ死者は出ていないが、その執着は激しく攻撃的である。
 そんな相手の筈だ。

 だと言うのに、建物に踏み込んだ現時点で、その姿は影も見えない。

 まぁ、この割と広い玄関ホールは、マグライトの照らす僅かな明かりしかない闇の中なので、そもそもロクに何も見えないのだが。

「したら、どーします?」

 横島が、首を捻って神父に尋ねる。
 向こうから来てくれた方が楽だし、その可能性の方が高いと予想していたのだが、出て来てくれないのでは仕方ない。

「ふむ。 そうだね…
 取り敢えず、亡くなっていたと言う二階の寝室に向かおう」

 呪唱を止めて、彼はそう答えた。
 止めたのも、無論 誘いだ。 多少だったとしても思考能力は残っているらしいから、油断は出来ない。 だが、どうせなら正面から向かって来てくれた方が、色々と対処し易いのだ。

「お母さま〜〜」

「おどおどしてるんじゃありません〜 あなたは六道の後継ぎなのよ〜〜」

 袖に掴まって半泣きの冥子に、六道女史の叱咤が掛けられる。
 まだ何が出て来たと言う訳ではないが、その内面の幼過ぎる少女には、この何か居そうな雰囲気は充分怯えるに値したようだ。 母親が十二神将を抑え込んでいて、外に出て来ていないので、単に寂しかっただけなのかも知れないが。

「それじゃあ、打ち合わせ通り私とエミくんが先に行きます」

 六道親娘に掛けた声に、女史がこくりと頷く。
 それを確認すると、エミと横島にも目配せをして、階段へと向かった。

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 ここで建物の簡単な概略を述べておく事にする。

 外観は、2階建の中央に尖塔部を持つ左右対称の、昭和初期に建てられた洋風建造物で それなりに華美なフォルム。 各階は共に、現代的感覚からするとかなり天井が高い。
 時代掛かった作りだが、その分 全体的に老朽化が見られるのは否めなかった。

 1階は中央に玄関ホールを配し、左側に食堂やキッチン、大浴場などの水回りを、右側に娯楽室と洋間が3部屋。
 左右の両端に階段が設置されている。

 2階に上がると、主寝室、居間などを含む計7部屋。
 ちょうど真ん中には主寝室が位置しており、尖塔部の分だけ天井が更に高く、2階で最も広い空間になっていた。

 その部屋が、現在の神父一行の目的地である。

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 やはり警戒しながら、左翼の端に有る階段を慎重に登る。

「出て来ないわね…」

「そっすね」

 出ないならソレに越したことはないのだ。 今、この階段を登ってる最中だけは。
 宙を自由に飛べる訳でもなく、足場の悪さはハンデにしかならないのだから。

 登りながら、横島が神父に尋ね掛けた。

「なんか… 随分、話 違わなくないっすか?」

「ん? あぁ、確かにね…」

 彼も、さすがに気になっていた。
 除霊対象の諸元がいつもいつもはっきりしてる訳も無く、また三味線をひいていたりとアテにならない事も多いのだが、それにしても引っかかるモノがある。

「けど、ナニも居ないって事は無さそうだわ」

「そうだね」

 このピリピリと霊感に訴えて来る空気が、ソレを否定するのだ。
 確かに、ナニカが居るのは間違いない。

「とにかく、注意を払っておくに越した事は無さそうだ」

 二人の弟子は、その言葉にこくりと頷いた。

 天井の高い作りとは言え、2階の高さが通常の4階層、5階層に匹敵する筈も無い。 5人は難なく階段を登り切る。

 と、闇の中 空気を切り裂いて、ナニカが飛んできた。

 小さく悲鳴を上げる冥子をよそに、エミが手にした神通棍を振るう。
 擦った様な感触と共に、キキィッと言う鳴き声が上がった。

「な、なんだ、コウモリか…
 脅かしやがって」

 横島の向けたマグライトの光の中。 棲みついていたのだろう何匹かのコウモリが、逃げ惑う様に飛んでいた。

「これくらいで怯えてどうするの〜〜 しっかりなさいな、冥子〜」

「だって、お母さま〜 恐いんですもの〜」

 こんな事で暴走しかけられたのには、さすがの六道女史も看過し難かった様だ。
 今は、彼女が抑え込んだから良かったが、後々娘が独り立ちした時には同伴出来よう筈も無い。 そう遠くない将来を思えば、先はあまりにも暗すぎる。

 苦笑混じりの3人の肩から、思わず力が抜けた。 そんな、傍目には微笑ましい親娘の遣り取りを見て。

 その瞬間だった。
 すぐ横の壁を抜けて、白いナニカが飛び掛かってきたのは。

『ウケケケケケッッ!!』

 とっさに避けて身を躱す。
 誰にも当たれないまま、その件の幽霊だろうソイツは、床へと力を降り注いだ。 

 ドガッと、何かを叩き付けた様な鈍い音と共に、床が大きく崩れ落ちる。
 ガラガラッと言う轟音と、もうもうとした埃や砂煙とが、周囲を蔽い尽くした。

「エミくん?! 横島くん?!」

 神父の呼び掛けに答えたのは、しかし一人だけだった。

「けほっ、私は大丈夫なワケ」

「あらあら〜 困ったわね〜〜」

 いつの間に移動していたのか、六道女史のおっとりとした声が背後から聞こえる。
 振り返れば暗がりの中、すぐ近くに佇む着物姿の女性の姿。

「六道さんたちは、無事でしたか…」

 ホッとした様な彼の声に、しかし返ってきた答えは無情だった。

「それがねぇ〜 ウチのも、落ちちゃったみたいなのよ〜〜 困ったわ〜」

 何が落ちたかなど言うまでもない。
 すぐに「どわぁ?! なんでや〜〜!!?」と言う悲鳴と、先程以上の爆発音とが階下から響き渡ってきたのだから。

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 とっさに動けないまま固まっている冥子を見て、横島は反射的に飛び出した。
 結果として、一緒に下へと落ちたのだ。

 床に落ちた瓦礫で落下距離が縮まっていたとは言え、自分よりも大きな少女を庇って無傷で済ませる辺り、相変わらずバケモノじみている。

「てて…
 冥子ちゃんは、無事みたいだな」

 抱かかえていると言うより、のしかかられている様な状況で、横島は安堵に一息つく。
 が、そんな余裕を与えられる状況に、彼は居なかった。

「と、そだ。
 さっきの…」

 さっと周りを見回せば、そう遠くない位置に人型の白い靄。

「ちっ」

 舌打ちして、自由に動ける体勢を作るべく、冥子の身体をすぐ脇へ下ろした。

 身体に触れたゴツゴツとした瓦礫の感触で、気が付いたのだろう。
 目を開いた彼女は、すぐそばにある横島の顔を見て、いきなり叫び声を上げた。

「きゃあぁぁ〜〜〜っ!!!!」

 と同時にその小柄な身体の下から湧き出て来る異形の姿。

「どわぁっ?!」

 危機感に素早く飛び退いていた横島だったが、その程度では焼け石に水。 いや、それどころでは無かった。

「なんでや〜〜っっ!!?」

 明らかに横島を狙って、サンチラの電撃とアジラの炎とが飛んだのだ。

 実際、或る意味 それは意図された攻撃だろう。
 ただでさえ、霊的な雰囲気で溢れ暗闇に閉ざされて、冥子の心はいっぱいいっぱいだったのだ。 そこへ襲撃を受け、しかも気が付けば、昼に自分に襲い掛かってきた少年がのしかかって……彼女の主観で……いた。 ぷっつんと行ってしまったのは仕方有るまい。
 即座に暴走した式神たちは、危険なモノを排除に掛かった。

 その優先標的の中に横島が含まれて居たのは、まぁ自業自得と言う物だろう。

「ふぇえぇぇぇ〜〜〜んっっ!!」

 襲い掛かろうとしてだろう、何時の間にか近付いていた幽霊が、ハイラの毛針とビカラの突撃を受けて逃げ惑っている。
 泣き喚く少女の声に、式神たちが更に殺気立つ。

 その様に、幽霊は逃走に掛かった。

「い、いかん、このままでは俺が標的になるぢゃねぇか!
 つう事で、戦略的撤退〜〜っっ!!」

 横島もまた、逃げる幽霊の尻馬に乗った。
 この場にいても待っているのは地獄だけだ。 何度か捲き込まれたかつての経験が、それを保証している。

 だが、それだけでは何の気休めにもならなかった。
 彼らの後を式神たちが追い掛けてきたからだ。

「なんでやねんっ!?」

 ドカッバキッベキッと大きな音を立て、破壊の嵐が追い掛けて来る。

 幽霊と横島は、逃げる足を更に速めた。

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「忠夫っ?!」

 上がった悲鳴に、エミが叫ぶ。

 だが、目の前の穴はけして浅くない。 普通であれば、飛び降りたら怪我をするだろう。
 しかし階段は大きく開いた穴の向こう。

「仕方ない、反対側の階段を使おう」

 神父の言葉に頷くと、揃って右翼の階段に向けて走り出す。
 が、その脚はちょうど真ん中の、開かれていた扉の前で止まった。

「誰か居る?!」

 大きな部屋の真中。 くすぶっている何かの塊と、そのすぐ脇に倒れている人の姿とが、窓から差し込む月明かりの下に有った。

「エミくん、こちらが先だ」

「くっ… 仕方ないワケ」

 既に想定外の現状、一人でも何とかしてしまいそうな横島と、生きているなら放置する訳にもいかない倒れている誰か。 どちらを優先するかは、考えるまでもない。

 二人はすぐに、部屋の中へと進入した。

 真中の人影は、尻餅をついたまま あおむけに倒れた様な壮年の男性。
 総髪は乱れ、貧相な口ひげの下で泡を吹いている。

「どうやら、気を失っているだけみたいだ」

 しゃがみ込んで、神父がホッとした様に呟く。

「…神父」

「ん、どうしたのかね?」

 尋ね返す彼に、エミは燻る何かを指差した。

 60cmほどの、人を模した形代。 その頭には、焦げて擦り切れた何かの符らしき紙の切れ端。

「陰陽系の呪式っぽいんで、ちゃんとは判らないけど…
 たぶん操霊の呪いだと思うワケ」

 人形の回りに描かれた籠目紋と、紙から読み取れる術式からエミはそう言った。

「そうね〜〜 そうみたいだわ〜
 だから、動きがおかしかったのね〜〜」

 彼女の横から覗き込むようにしてそれらを見た六道女史が、その推論を肯定した。
 それは、一時的に用意した形代に括って、怨霊を式神と成す呪法。 六道で受け継がれてる物とは系譜が違うが、それでも知識としては彼女も知っていた物の一つだった。

 符が破れているところを見ると、操っていた幽霊が何らかの攻撃を受けて式を壊され、呪詛返しを食らった様な状態になったのだろう。

「と言う事は、あの幽霊はこの男性に操られていたって事ですか…?」

 説明を受けて、神父が顔を顰めて呟いた。

 除霊失敗に見せかけようとしたのなら、自分たちの中の誰かを殺そうとした可能性は小さくない。
 だが自分自身は、仕事にかこつけて襲われるほど、誰かの恨み買った様な覚えは無かった。 自ら思うだけでもおこがましいが、彼は自他共に認める清廉潔白な人間だ。
 それに、見覚えの無い男だから誰かに雇われたのだろうが、裏の人間……特に霊能者を雇う為には、かなりの大金を要する。

 貧乏所帯のGSやその弟子を標的にするには、かなり不自然だと言わざるを得ない。

「あら〜〜?」

「この男性。 誰なのか、ご存知なんですか?」

 六道女史が男を見て上げた小さな声に、神父が問い掛けた。

「鬼道ちゃんだわ〜
 でも、なんでこんなトコに居るのかしら〜〜?」

 旧知の人物を目にして、彼女は不思議そうに呟いた。





 【つづく】



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……ぽすとすくりぷつ……

 ちょいと遅れ気味ですが、月刊こどもチャレンジその13でした(__)
 もう月刊だと開き直るしか、なのだわ(苦笑)

 なんか、前回から今回までの間に、新しい方たちが増えたり色々有ったりしてて、なんかお上りさんな気分。 コメもロクすっぽ入れらんないんだから、書く速度くらい上げとくべきなんだろうけど、ねぇ(^^;
 次も同じくらい間が開くやも知れませんが、そうなったらごめんなさい(__)

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