ザ・グレート・展開予測ショー

紅を引く


投稿者名:ししぃ
投稿日時:(05/ 6/ 7)

「動いちゃだめよ」

 やっと腫れが引いたばかりの赤くなっている目元に軽くファンデをいれる。
 元々くっきりしてるアイラインには微かに色を重ねる。

「全然手入れもしてないんだから、まったく」

 紅を引く。
 まだあどけなさの残る彼女に似合う、淡い色。
 グロスは目立たないように。

「髪もボサボサで。アンタ本当に無頓着なんだから」

 銀と赤のメッシュ。
 長い髪に櫛が何度か引っ掛かる。

「バカ犬、泣くなっアイライン溶けるっ!」

 ティッシュを慌てて渡したら、事もあろうにゴシゴシとこすり始めた。

「あーもう。台無し。……決めたんでしょ?」

 鏡越しに彼女は頷く。
 いつもの姿からは想像出来ないほど弱々しく。

「こころよくお祝いするって言うから手伝ってるのよ、もうメソメソするんじゃないの」

「……スマヌでござる」

「涙目は良いけど、こぼしちゃダメ!!腫れたらごまかし切れないんだからね」

 起きた時の腫れを冷やすのに今までかかったのだから。
 グチャグチャになった目元を直して、もう一度髪を鋤く。
 サイドを細く編み込んで、若葉色のリボンでアップにまとめる。

 康則からもらったわたしの小さめのバレッタを沿えて、完成。

「ほんと、バカよね。あいつも。こんなキレイな娘泣かせて結婚するんだから」
 また泣きそうな瞳にティッシュを軽く押し当ててそんな風に呟いたら、

「先生はバカでないでござる」
と、しゃくりあげながら小さな声。

「そうねー、バカはアンタだわ、まったくあれのどこが良いんだか」

 知ってるけどね。
 優しくて。
 強くて。
 不器用で。
 ……わたしにとっても、多分初恋の相手だから。

「タマモだって……」
と、上目づかいに軽く睨まれてしまうけれど、今のわたしは笑みを返せる。

「わたしは康則がいるもの。アンタも良い男見つけなさいよ」
 彼女の恋がそう簡単に割り切れるなんて思えないけれど、だからこそわたしは
そんな風に言うしかなかった。

「今日は走ったりしちゃダメだからね、ハンカチとかもちゃんと持って。泣きそうに
 なったら、こすらないで当てるのよ?」

 かつて同室だった頃はあんなに反抗的だった彼女とは思えない程に素直に頷いて、

「タマモ、有り難うでござる」
と、小さく告げた。

「化粧もしたことないなんて、よっぽど寂しい高校生活なんでしょ?」

 離れて一年。
 シロは横島の母校に通っている、と聞いていた。
『シロちゃん、ボーイフレンドいっぱいなのよ』
とは、おキヌちゃんから聞いていたけど、本人が友達以上に意識している相手なんて、
絶対にいないだろう。

「そんな事ないでござる!」

「どーだか」

「恋文やぷれぜんとも、ひっきりなしでござるよ」

「どうでも良い相手からじゃ意味ないわよ」
 乗ってきたわね、と、フフン、と軽く嘲笑ってみたら、

「そうであるなー」
と、本気で落ち込んでいた。……もう、調子狂うわ。

「ほら、行くわよ。美神さんの準備は済んでるんだから、バカ、膝は閉じて立つの!」

 ガサツな動作で立ち上がるシロの後ろ頭を叩いてわたしたちは部屋を出た。





 大阪で暮していたわたしに結婚の知らせが来たのはひと月前。
 横島の独立とかも聞いていたから、長めの滞在予定を立てて二つ返事で来てみると、
待っていたのは泣き腫らした犬の相手だった。

「おキヌ殿なのは仕方がないでござる、先生が拙者に下さる愛情が恋人とは違うこと
 など理解していたでござる……それでも、それでもー!!」

 ……上京してから悲しみの遠ぼえを聞かない日は無かった。


 横島の事務所は本人とシロとおキヌちゃんでやっているらしい。
 残酷な布陣だ。
 美神さんにその文句の一つも言おうとしたら、あっちはあっちで派手に落ち込んでいて、
どうにもならない状態だった。


「こんな時こそアンタの出番じゃないの?」
と、隣のビルを訪ねて西条をつっかけてみたら、美智恵さんに止められた。
 彼もすでに妻帯者らしい。


 わたしが東京から離れて2年。
 シロやおキヌちゃんから来る手紙だけでは掴めない人間関係にちょっと呆れつつ。
 取りあえず、昔みたいに同室をあてがわれたシロを静かにさせることにした。

 口に出すのはあまりに恥ずかしいけど、この馬鹿犬とわたしは紛れもなく親友だ。
 いっぱい話をした。
 彼女がロナルドとデジャヴーランドから抜け出して釣りに行った事とか。
 横島と行ったサンポの事とか。
 通い始めた高校にいる、美人な妖怪の先輩の事とか。
 わたしも康則の事とか、向うで会った横島の知人の話とか。
 思い出と呼べる物の1/4を共有している彼女との再会は(遠吠を除けば)予想以上
に楽しかった。

 予定はあっという過ぎ去って。

「拙者覚悟を決めたでござる。タマモ、相談に乗ってもらいたい」
と、シロが改まって言ったのが式の前日。
 持ってきたコスメは、彼女にイマイチ合わなかったから、美神さんと美智恵さんに
協力してもらい。

 この日を迎えたのだった。





「おキヌちゃん、おめでとー」
 扉の向うにいる彼女は、わたしの記憶よりずっと大人びて見えた。
 細身のシンプルなウェディングドレス。
 さっき見たタキシードに並ぶのは勿体ないと思えてしまう。

「タマモちゃん、ありがとう。……真友君も一緒に来て欲しかったのに」

「康則?あいつはダメよ、人見知りだし。わたしも一人でゆっくりしたかったもん」

 ふふ、と彼女は笑う。
 柔らかく。
 シロとしばらく一緒にいたせいで、わたしも軽く恨み言を告げてみようかと思っていた
のだけれど、そんな気はあっという間に霧散してしまった。

 彼女は優しい。
 もしかしたら、限りなく。
 それはその特殊な生い立ちにあるのかも知れないし、生来の徳なのかも知れない。
 その微笑みで不意に横島の部屋で文字通り噛みついた事を思い出して、少し照れた。

「後悔してない?おキヌちゃん、もっと良い男いっぱいいるわよ」

 してるはずがないのを知ってる。
 視線だけで、仕種だけで。満ち足りている想いを受け取れた。

「あの人が一番なの。わたしには」

 甘い声。伝わる想い。
 わたしは康則にこんな風に思ってもらえるかな。

「……仕方ないね、おめでとう。幸せになってね」

 ちょっと敗北感を込めた言葉に彼女は深く頷いた。

 写真、撮らせてね。と、持ってきた使い捨てカメラを出したら古めかしい木の机に
座ってオキヌちゃんの支度を手伝っていた女の人が

「あ、わたし撮るわよ」
と、手を伸ばしてくれた。
 ……しかし、この人…というか多分妖怪……なんでセーラー服なんだろ?

「あ、ありがとっ、シロ、なにやってんのよ。ほら」

 来る前に『いいでござる、殿中でござるー』とか叫んでいたので、また怖じけづいて
いるらしい。ドアの向うに手を伸ばす。

「ううっ、いいでござる、拙者は所詮日陰の女、正妻たるおキヌ殿の前にはまぶしくて
 出られないのでござるからっ!!」

 なんか最近見てるドラマに影響されているみたい。
 前は時代劇ばっかり見てたのにね。

「バカ、そういうのは既成事実でも作ってからやるもんなの」

 腕を引っ張るとヒールのある靴に慣れていないシロはあっさりとバランスを崩して
部屋の中に。

 銀色のポニーテールが揺れる。
 少し赤くなった頬。
 軽く潤んだ瞳も、慌ててスカートを押さえる仕種も上出来だと思う。
 去年の誕生日に横島にもらったという桜色のAラインのミニドレス。
 ロマンス映画のヒロインも斯くやという程に似合っていた。

 この場に男の子が居ないのは勿体ない。

「シロ、ちゃん?」

 一瞬、おキヌちゃんは疑問を投げる。
 当然ね。手を入れたわたしですら戸惑う出来映えなんだから。

「まあ!シロちゃんっ素敵!綺麗におめかしして横島君の愛人の座を狙うのねっちょっと
ドロドロだけどそれも青春よねっ!!」

 セーラー服の妖怪はハイテンションだった。

「愛子先輩っ!!いえっ拙者そのようなつもりはござらんっ今日は本当におキヌ殿と
 先生をお祝いに来たのでござるっ」

 あ、これがシロの憧れの『美人な妖怪の先輩』なのか。

「シロちゃん、ありがとう。シロちゃんの大事な先生とわたし幸せになるからね」
 立ち上がって手を伸ばしたおキヌちゃんは、シロを力強く抱きしめて。

「おキヌ殿、拙者は、拙者はっ!!」
 シロはおキヌちゃんに頬ずりしながら感極まって、歯を食いしばる。

 ポロポロポロポロ零れた涙に、持って来ておいて良かった、とわたしはカバンの
コスメを確かめて、憧れの愛子先輩もドーランの準備をしていた。






『おキヌ殿に負けないぐらいキレイになって、先生をちょっとだけ後悔させてやりたいの
 でござる。そしたら、拙者も二人を……認められそうなのでござる』

 昨夜のシロのそんな決意は叶ったと思う。
 二次会で、あまりに多くの男たちに声をかけられていたシロに、バカが一匹

「うぉおー、俺のシロをイヤらしい眼で見るなー!!」
とか、叫んでいたのだから。

 それが元で(少し酔っぱらっていた)おキヌちゃんとシロの戦いなんかも見れた。

 最後は眼の座りきったおキヌちゃんが
「シロちゃん、可愛いっ食べちゃいたいっ!!」
と、イロイロとマズイのでは?というほどの連続口づけ攻撃でシロをノックダウンしていた。


「横島クン、幸せになってね」


と、もう一人の恋敵が告げていたのを聞いて、わたしは最近コンタクトにしたあの人に
会いたいなナンテ考えてしまう。

 明日、泣き疲れた相棒を慰めたら、すぐに帰るから。
 もう少しだけ待っててね。














−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
えーと。

 「ポニーテールにAラインのドレスで結婚式に出席するシロ」
 頑張ってみました。
 ……タマモの一人称になると思ってなかったです。
 シロ物にちょっと拘ったのでタマモの描写はちょっと削ってます。
 (そゆ事すると次は、と続いてしまう罠……二次創作って魔物だ)

 いかがでしょうか?

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa