ザ・グレート・展開予測ショー

EXILE〜追放者〜(12)


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/ 6/ 5)

「人間風情が―――邪魔を……するなぁ!」
 歪んだ復讐心を満たす直前に台無しにされた怒りの声が、馬鹿にゆっくりと聞こえた。

「うるせぇ、この粘土野郎が!!」
 雪之丞はそう叫ぶと、吹き飛ばされた“ヒルコ”との間合いを詰める。

 そのスピードは、加速状態から、通常の速度にあえて抑えていた。


 一撃を入れたことで、集中して『最速』をイメージすれば超加速に近い動きを得ることは判った。

 だが、実際のスピード差は大きい。打撃を当てたとはいえ、あくまで不意打ちでしかない。復讐に躍起になり、ファルコーニ以外を目にしていなかった先程とは違い、自分が改めて敵と認識された以上、限定された『三分間』を同じ速度域で戦うのはあまりにも危険なのだ。


 雪之丞にしても、ただ攻撃を喰らっていた訳ではないし、黒崎の言葉を漠然と聞いていた訳でもない。全てのことを自分の強さに向かう道へと結び付け、全てのベクトルを勝利へと向かわせるこの魔装術使いが、“ヒルコ”との戦いの中で自分なりに見極めた“ヒルコ”の弱点があることも確かだ。

 だが、その弱点を自分一人で突くには、あまりにも力が不足している。

 確実に弱点を攻め……ミリ単位の誤差も許されないようなポイントを衝き、致命の一撃を加えるには――どうにかして“ヒルコ”の動きを止めればあるいは、といった黒崎だけでなく……ファルコーニの力も必要だ。

 傷ついたファルコーニが霊的治癒を使い、戦線に復帰するには……実際の時間で最低でも一分は必須――その一分は超加速なしで乗り切らなければならない。

 ならば、向こうにも使わせない――それを為すために、雪之丞は数度の組み手を含めて一度も勝ったことのないメドーサの姿だけでなく、強さも同種のものを持つ強敵を前に、あえて接近戦を選んだ。





 “ヒルコ”は、彼から復讐の美味を取り上げ、恍惚の極地から引き剥がした、小さい男を苦々しい思いで見る。

 この姿の基となった女竜族には勝てたことは一度もなく……圧倒的な恐怖を感じていたはずだというのに、無謀な真似をする。

 『ならば、いい。復讐を優先する心算だったが……死にたいなら、望み通りにしてやる』

 雪之丞の記憶に秘められた女竜族の持つ『力』――我知らず、この女竜族から吸い取っていた竜気と、無意識に皮膚から取り込んだ僅かな血と馴染んだ『力』――を発揮し、邪魔なこの男を一瞬のうちに葬る。

 そう意識を切り替え、再び超加速に入ろうとした“ヒルコ”の頬を、低空からのアッパーがかすめた。

「なっ!」

 面食らいながらも、柄を短く持ち替えた刺叉を雪之丞目掛けて振るう“ヒルコ”ではあるが、刺叉は虚しく空を切っていた。“ヒルコ”の突きが目標を捕らえた、と思った頃には、アッパーを打ち、無防備に伸び上がっていたはずの雪之丞は足を前に投げ出し、自ら無理矢理体勢を崩すことで刺叉による突きを回避していたのだ。

 回避は即攻撃に移行した。雪之丞は尻の脇に置いていた左手が接地すると同時に身体を捻り、刈るような足使いで“ヒルコ”の足を払う。

 雪之丞よりは長身ではあるものの、流石に首無し鎧騎士のそれとは大違いな体型と質量を持つ現在の“ヒルコ”は、ものの見事に足を掬われて転倒した。


「く……油断、したか」
 思わぬ攻撃に熱くなった頭をクールダウンさせる。

 確かに油断はあった。少しは痛い打撃は撃つが、所詮はただの打撃だ。気に止める必要性も薄いと思っていた。

 だが、最も力で劣ると踏み、侮っていた男が、思わぬ攻撃を繰り出し、“ヒルコ”を戸惑わせている。

 真っ先に思い浮かぶのは……“エビス”。恐らくは彼の“本体”の力を借りることで身体能力を引き上げ、神経を加速したのだろう。でなければ、ただの人間が自分の出せる速さについて行けようはずはない。

 『小ざかしい真似を……する』思いながら、改めて超加速に移ろうとしたヒルコの目の前に――やはり雪之丞は立っていた。

「ウマイ!!」
 サッカーで言うならば、ディフェンダーが突破を目論むフォワードの動く先を見極め、体を張って前進を阻む……いわゆる『縦を切る』という動きで、完全に“ヒルコ”の前を塞ぐ雪之丞の位置取りに、思わず日本代表二人とウズベキスタン代表一人を抱える、躍進中の在京Jリーグチーム『バンディッツ東京』のファンであり、スポンサー参入も視野に入れている賢一が声を上げる。


 超加速は確かに凄まじい能力だ。音速をも大きく凌駕するスピードと、それに伴う破壊力の増大……その気になれば、人間相手ならばほぼ間違いなく一方的に切り刻み、コンマ1秒もあれば人間に似た質量の挽き肉を一山生み出すことも充分可能だろう。

 だが、どの状況でもこの能力を容易く引き出せるという訳でもない。

 本来ならば仏法を守護する護法鬼神である韋駄天以外には使えない超加速であるため、発動には集中力を要し、また、加速に必要な……いわば『助走』とも呼べる一歩が絶対に必要になってくる。


 雪之丞の『親友』にして『ライバル』でもある少年ならば、様々な方策を使って立ち回ることで『集中力』をかき乱して相手の超加速を潰すことに主眼を置いた戦いを挑むだろう。

 『そのような戦い方は……“天才”であるあいつだけにしか出来ねぇ。少なくとも、自分には無理』――部分的に誤解はあるが、完全に間違いという訳ではない印象を、雪之丞は抱く。

 だからと言って、腐る必要はない。それならばそれでやり様はある。

 その『やり様』として選んだ方法が、常に一定の間合いを保ち、『助走』に必要な一歩を間合いを消すこと――こういった方法を使って超加速に入らせないことならば、自分にも可能だ。

 完全に密着し、組み合えば――もしかすればもっと楽に超加速を封じることが出来るかもしれない。

 だが、相手の単純な『力』はほぼ間違いなく自分よりも上にある。ただでさえ、組み合いには不利だというのに、引き剥がされ、自分の体勢が充分でない一瞬に超加速に入られたならば、待っているのは間違いない死だけだ。

 それをさせないためのこの間合い――互いの距離が1mあるかどうか、という、渾身の打撃を互いに打ち合うことのできる『ミドルレンジ』と称される間合いであり、“ヒルコ”の全身を視野に収めることによって、間合いを外す動きや横に外れる動きといった、あらゆる動きの“兆し”を見極めるためのギリギリの間合いであった。

 『感じるな、考えろ』『感じたことを、考えろ』……黒崎の言う理論を交えた、新しい戦い方を早速実践するにはまたとないこの機会に……場違いにも、雪之丞の心は――躍った。





「大丈夫ですか、ファルコーニ神父?」
 恵比寿神の下までファルコーニの長身を引き摺りながら回収した黒崎が、「恵比寿様、お願いします」と有無を言わせぬタイミングで恵比寿神に回復を任せつつ、銀髪を鮮血に染めたカトリックの使徒に尋ねる。

 大丈夫、なはずはない。“ヒルコ”が恨みを晴らす、と称して弄ばなければ、ファルコーニに待っていたものは“死”意外になかったはずだ。

 救命救急士が瀕死の患者に尋ねるかのように、答えることが出来るはずもないことは判りきってはいるが、尋ねる……さもなくば、意識はおろか、命を手放しかねない――それほどに、ファルコーニの状態は危険だった。

「判っとるわ!」
 神であっても便利な道具扱いする黒崎に対する返答と共に、細い息を吐くファルコーニに向けて神気を流し込む恵比寿神。

 ファルコーニのような『天使混じり』――神族との混血に対して、神気の注入による回復を行うことは、本来ならば得策ではない。

 特に、神族による『侵食』に対して恐怖を抱いているファルコーニには、注入する神気を最低限にしないと、この微妙なバランスで人間に踏みとどまっている男は、自らの意識を失ったままに別の存在に織り直されてしまう危険性は高い。

 だが、このまま死なせてしまったとしても、結局はファルコーニは元人間の天使として顕現を果たすだろう。


 かつての自分と同じ恐怖――自分が別の存在に書き換えられ、織り直されるという恐怖を抱きながら、なおその恐怖に立ち向かったこの人間に、それはあまりにむごいことだった。


 神である自分をあまり認識しないかのような物言いをする、異教徒の青年に影響を与えない最低限のバランスを保ちながら――恵比寿神は神気を注ぎ込んだ。



 ファルコーニは一瞬、夢を見ていた。

 10年前に『二度目の生』を受け、直後に自らの手で命を奪った、父の夢だ。

 銃爪を引き、硝煙と共に浴びた、人ならぬものの血の『冷たさ』――沸き起こる熱を押し殺し、悪魔や堕天、異端の者を排除してきたが故の……零下の血の記憶が、まざまざと蘇る。

 その時に流した涙を最後に、涙は封印した。

 任務の最中に倒れ、堕天使と化した父……だが、最期の瞬間は無言のまま微笑み、塵と消えた父・ルッカ――この10年考えてきたその微笑の意味は、判らなかった。

 いや、今も判らないし、そもそも判ることにあまり意味はない。

 いくら親子とはいえ、所詮は別個の人間……その思いを推し量ったところで、自分にとって都合のよい答えを、その時の感情に併せて導き出すだけに過ぎないのだ。

 死者に思いを馳せることも大事には違いない。だが、それ以上に大切なのは、生きている者に対して、自分が何が出来るか――その一事に尽きるのだ。

 『まだ――死ねない!』その思いと共に……ファルコーニは、沈んだ意識を揺り起こした。





「――助かったか、無理すなや」
 恵比寿神の、安堵の声が聞こえた。

「う……私は?……それに、あの古き神は?」

「どうやら、ちぃと気を失のうとったらしいな。
 “ヒルコ”については、あの兄ちゃんが、巧く止めてくれとる――戦いのセンスの良さ、ちゅう奴やろな。眼鏡の若いのが“ヒルコ”とやりあいながら見本としてレクチャーしよった身体の使い方を、しっかり理解して動いとるわ。
 ワシが神気を与えてヤツの速さにも対応できるようにはしたったが……こっちからいわんかったのに、必要に応じて自分から意識的に速さをコントロールしとることも含めて……大したやっちゃで」

「……速さの、コントロール?」
 恵比寿神の言葉に、ファルコーニは怪訝そうな表情を浮かべた。

「ああ……判らんかったか。どうやって手に入れたかは知らんが、本来は韋駄天族にしか仕えんはずの超加速を“ヒルコ”が使える様になっとったからな……それに近いスピードを出せるように、神気で限界以上の力を引っ張り出せるようにしたんや。
 触媒も何も持たん人体に耐えることが出来るギリギリの時間である『体感時間で三分だけ』っちゅう限界はあるから、何も考えてへんかったら、あっという間に使い切っておったかも知らんが……あの眼鏡の若いのや、自分をワシに回復させるだけの時間を稼いで、戦力を整えるための足止めを果たしとる……『三分間』ゆう時間の使い方を、巧く考えとるわ」


 常にその前に立ち、“ヒルコ”の苛烈な攻撃に晒されながらも……突破を許すことなく、背中を預けた『仲間』が好機を生み出すその時を待っている――その雪之丞の姿に、ファルコーニは背中を押された。



「日本の神よ……私にも、神気を与えては頂けないでしょうか?」
 『後戻り出来ないかもしれない』、という恐怖は……拭い去っていた。

「なんやて!?……自分、正気か?」恵比寿神が猛然と反対する。「今はギリギリで人間の方に戻れるんやぞ!もしワシが神気を更に与えてしもうたら……自分は、人間とは別モンになってまうんやないのんか?!」


「気付いてましたか――流石に神、というところですな」
 苦笑しながら言うヴァチカンの執行官に、日本土着の商業神が食って掛かる。

「ああ、そうや!自分とこの神さんとは格が違うかも知らんが……“神”を嘗めとったら承知せんぞ!
 そっちの方で言うなら『天使』やったか――そんなモンになりたなかったからこそ……人でありたい、ということに拘ったからこそ、出来るだけ力を使わんでええ様に戦こうとったと違うんか?!」
 恵比寿神の叱責が、異教徒の青年の心に染み渡る。



 『やはり、神か――自分では忘れていたことも、思い出させてくれた』
 苦笑し、ファルコーニは恵比寿神に返した。


「飽きたのですよ……無理矢理心を殺して戦う、ということにね。自分が天使になることを恐れて先延ばしにし、ここで手をこまねいていても、いずれは天使になるのなら……悔いなく天使になる方がまだいい。
 何より、あの日本人は、自分達を信じ、捨て石になることも辞さない覚悟を決めています。あの日本人と同じ領域で戦い、彼をサポートすることが出来なければ――我々は……勝てない!」
 信念のこもった瞳で言い切る……氷の鎧に隠されていたファルコーニの心は――熱かった。

 溜め息一つ――そして、恵比寿神は言った。
「せいぜい二分やぞ!それ以上はやらせる訳にはいかんからな――それに、念のために言うとくが……自分が戦こうても、銃がその速さになる訳やあらへんねや――超加速の速さは……弾よりも速いぞ」

 異教の使徒であるにも関わらず、ギリギリまで自分の身を案じながら神気を注入した恵比寿神に謝辞を述べ、ファルコーニは言う。

「二分もあれば充分――やり様は、あります……私にしか出来ない、やり様がね」
 “隼”の名を冠するヴァチカン法王庁直属の武装執行官が……不敵に笑んだその時――雪之丞を相手取っていた“ヒルコ”の姿が……消えた。





 己の視界を、敵の全体を捉えるために広く……それでいて、撃ち抜くべき一点への意識を細く保つ。

 それを意識しただけで、圧倒されていたはずの“ヒルコ”の取ったこの姿――メドーサの虚像の動きに追いつくことが出来た。

 ――相手の動き出しが、見える。

 ――相手の焦りの意識が、手に取るように判る。

 ――“ヒルコ”の殺意が、騙しや眩ましのない、素直すぎる攻撃を生み出すのが、理解できた。

 
 ずるぅ。

 その粘り気の強い音と共に、“ヒルコ”の髪からビッグイーター……白蛇に似たメドーサの眷属が生み出されたが、完全に顕現を果たす前に、雪之丞の放った三発の霊波砲が、大口の蛇妖を纏めて六匹貫き、バラバラに引き裂く。

 眷族を生み出し、数で押そうという試みは、外れた。

 それどころか、眷族を生み出そうとして出来た一瞬の硬直は、魔装術使いの少年に明確なチャンスを与える。

「おおおっ!」
 黒崎に喰らった一撃を、見様見真似でイメージし、繰り出す。

 手と足を同時に前へと出し、左足が接地すると同時に重心を下半身に固定……自分の体重そのものと併せて、弾丸と化した左拳を――撃ち出す!

「がっ!!」
 石化の呪力を持つ蛇妖を生み出そうとして硬直し、隙を作ってしまっていた上に、持ち前の柔軟性をその一瞬に限り失っていた“ヒルコ”には、水月目掛けて撃ち込まれたその崩拳の一撃を受け流すことは出来なかった。

 霊力中枢を打ち据える打撃を与えた快哉は、雪之丞にはない。

 76……77――頭の中でカウントを続けていた時間は、残すところ100秒……二分にも満たない時間しかない。時間切れになる前に、仲間が好機を生み出してくれない限り、いくら押していても待っているものは敗北だけだ。

 『まだかよ……早く起きやがれ、ファルコーニ!』決定的な好機を生み出せるであろう仲間の回復を待ちながら……雪之丞は打撃を入れたことで開いた間合いを1m程度に再び詰めるべく、“ヒルコ”目掛けて飛び込んだ。

 “ヒルコ”の振るう刺叉が、飛び込む雪之丞目掛けて突き込まれる。

 だが、雪之丞の顔面を狙ったその攻撃はあまりにも大きすぎた。容易く見切られ、雪之丞の5mは後方にある石壁にその切っ先を突き立たせる。

 ――5m?

 刺叉の長さを大きく上回る距離に突き立ったその不自然さに、戦慄を覚えた雪之丞だったが……遅かった。

 元来の間合いである2m強の倍以上の長さは、攻撃のために生み出されたものではなかった。

 どうしても『助走距離』を取らせない、というのなら、こちらから作るだけ……黒崎の血を啜ることによって得たロジカルな思考を自らの身体特徴――質量に大きな差がなければ自在に組成や形状を変化させることが出来る、錬金術において万物の源であるとされる“賢者の石”の肉体を持つという自己の身体的な特徴――に照らし合わせてフルに活用し、やはり自らの身体から作り出した刺叉を躱させる。

 こちらと違って攻撃を受けることが出来ない相手にあえて隙の大きい攻撃を躱させることで、刺叉の軌道という一本の道を作り出した“ヒルコ”は、壁に突き立てた刺叉の本身側を本体としてイメージし、本来の長さに戻す。

 伸びきったゴムが縮むように、壁側に引き寄せられる“ヒルコ”。

「っ!…………しまっ!」
 雪之丞が痛恨を感じたその時には――ヒルコの姿は、視認出来ない速さを取り戻していた。


「クロサキ!閃光手榴弾は持って……」

「あと一つだけなら――」
 掻き消えた“ヒルコ”の姿に、焦りを滲ませながらのファルコーニの言葉に、先を制して被せるように黒崎が返す。

「そうか……済まないが、今すぐにそれを使ってくれ!」
 言葉と共に、目を閉じ、意識を凝らすファルコーニ。有無を言わせぬその態度にも、もとより断る理由などない、と瞬時に納得した黒崎は……閃光手榴弾のピンを抜いた。

 目にも止まらない打撃が、雪之丞を弄るように打ち据える。
「……やっぱり、遊んでやがるぜ」

 言葉を苦々しく吐きながらも、雪之丞の意識は、確かな手応えを感じていた。



 “ヒルコ”やメドーサのみならず、“神族”“魔族”という人間というものを超越した存在は、どこかで人間というものを見下している、という意識を持っていることを、雪之丞は感じていた。




 恵比寿神の言葉によって、現役の“信仰を受ける神”というものに関しては、必ずしもそうではない、ということは判ったが……それでもなお、人と神族・魔族との間における意識格差は大きい。

 信仰を失ったにも関わらず、過去の栄光にすがるばかりの古い神や、力こそがルールというシンプルな世界観を持つ魔族の大半は、自分達ほどの力を持つことがなく、卑小な存在である人間のことなど気にも止めない――平たく言えば、嘗めているのだ。

 だからこそ、多対一という状況であっても、目標に据えた一人のみを狙い、倒そうとする。各個撃破を狙っている、という訳ではない。ただ単に、いくら喰らってもどうということはない、と単純な力の差から踏んでいるのだ。

 それは“ヒルコ”も例外ではない。

 言葉の端々から感じた、人間を見下し、嘗めた態度。

 その柔軟な身体を駆使して雪之丞からの打撃を受け止め、そのエネルギーを溜め込んでの一撃で返すというやり方を取り、回避をしようともしなかった戦い方。

 前の超加速の時にはファルコーニを執拗に狙い続けたように、今も狙うことが出来るはずの賢一や黒崎には脇目も振らず、自分一人を狙い、攻撃を加えている。







 黒崎やファルコーニの血、メドーサの血と竜気から知識としての戦い方を知ったとはいえ、大本になり、それを使いこなす人格は“ヒルコ”そのもの……それこそが“ヒルコ”の傷であり、雪之丞の狙う隙なのだ!



 『この隙さえ突けば、勝てる』――強い確信を抱く雪之丞ではあったが、超加速に入られてしまっては、その隙を突き崩すことは難しくなってくる。



 脳内で刻むカウントは――82……残す『時間』は、ついに100秒を切っていた。



















 『――加速しろ!日本人!!』
 声が、聞こえた。

 誰の声かは――考えるまでもなかった。意識を集中し、加速状態に自分を持っていく。

 カウントが90に達する。
 加速した意識にそのままファルコーニの声が響き、『そうだ、いいぞ――こっちも接続した……今から視界を回す!』視界が360度に開けた!

 全身が目になった、とでも言おうか……前後左右に留まらず、上方や足元にまで広がる視界――光の屈曲率を変え、全ての角度を視界とする上、最大限に解放した場合、その瞬間から数えて四秒程度の未来すらも見通すファルコーニの<戦>里眼……その力の一端だった。

「ファルコーニ!?」見失った“ヒルコ”の姿を再度捕らえた雪之丞が、加速した世界の中で叫ぶ。

『無駄話は後だ!今出来た落盤跡にヤツを弾き飛ばせ……今の速さで6秒以内だ!』

 有無を言わせない指示が飛んだ。

「難しいこと……言ってんじゃ、ねェよ!!」
 言いながら、突進する“ヒルコ”の刺叉を全力で回避する。

 同時に、霊波砲で着地するはずの足元に穴を穿ち、“ヒルコ”のバランスを崩す。

 不可避の一撃を――叩き込んだ直後、閃光が彼らを包んだ。

 ファルコーニの指示に従い、黒崎が使用した閃光手榴弾だった。


「その程度の打撃で――!」瓦礫に吹き飛ばされた“ヒルコ”の叫びは、光の壁に閉ざされた。

 壁に擬態していたヒルコを燻り出す際に使用したクレイモアから、四人と一柱の身を守るために使用された光の防護壁がドーム状に“ヒルコ”を包み、彼らから隔絶していたのだ。

 閃光弾から発せられた光が増幅され、光の壁の向こうで幾束もの帯となってヒルコを切り刻む。

 だが、それが目的ではなかった。切り刻まれたのは“ヒルコ”ばかりではなく、その空間の大半を締めるものを切り刻み、攪拌していたのだ。

 濛々とした土煙が上がったその時、更に一条の光が迸る。細い光だが、床に散らばった銀色の物体……落盤に巻き込まれ、破損した黒崎のシグから零れ落ちた銀の弾丸――その雷管を撃ち抜くには充分すぎる威力だった。

 雷管が衝撃を受け、火花が上がる。

 空気中に飛散した、石炭やその他の雑多な塵埃の微細な粉末にその火花が燃え移り、爆発的な勢いで燃え広がる!

 ――――ドーム内が、爆発した。


 空間内に一定以上の密度の粉塵を含有させ、発火することで空間に爆発を起こす――俗に言う、粉塵爆発だった。


 防護壁を使用することで空間を限局し、収束レーザーの乱射によって生み出し、攪拌することで一定以上の密度の粉塵を持たせた……言うなれば空間爆弾にヒルコを叩き込んだのだ。


 強力な防護壁である光の壁が振動し……斬り開かれた。


「ふ……ざけるなぁぁっ!!」
 崩れかけた身体を再生させながら、メドーサの身体を模した“ヒルコ”が雷光にも似た魔力を伴い、超加速による勢いを付与した刺叉の一薙ぎで光のドームを破ったその時――残すカウントは36だった。


 “ヒルコ”は見失った敵を探す――赤い鎧を身に付けた少年の姿を、見つけた。


 『どの角度からの攻撃か』――人と天使との混血の男から奪った、“未来を見る力”を使い、数秒後の未来を見通す。

 真正面から飛び込んできた赤い鎧の男の左拳が、自分の下から抉りこむように胴を撃つ様が、ありありと見えた。

 侮っていたが故に味わう苦痛、そして屈辱を……これ以上味わう心算はなかった。

 左の肩口に、刺叉を構える。

 自分の身体に打ち込まれる打撃の威力を付加した一撃を加え、一撃で確実に葬り去るために……。


 予見した映像に、雪之丞の姿が重なった。

 残すカウントは、32――。


 雪之丞の左拳が、“ヒルコ”の右の脇腹を突き上げ、抉る。

 打撃の瞬間……“ヒルコ”の身体が捻られ、受け流された打撃のエネルギーが、さながら波のように、刺叉を構えた左の肩口に向かって進んだ。










 “ヒルコ”の左の肩に、衝撃が届いた――――。








 左拳とほぼ同時に放たれ、“ヒルコ”の左肩に突き刺さった雪之丞の右拳から……直接に。







 ほぼ同時に起きた、等しい力の波が、中間点で相殺され、消える。



 ほんの一瞬、ヒルコの動きは――止まっていた。


 その一瞬こそが、好機だった。


 対角に二発の打撃を叩き込み、波が打ち消されたそここそが、最大の急所――!




 遮るものは、何もなかった。



 踏み込む足に、力を込める。



 身体を折りたたみ、全身を弾丸と化す。



 崩壊の一点を貫く弾頭として、腰に矯めた右の拳に力を込める。



 全身のバネをたわめ、超加速のスピードをも瞬間的に上回るスピードをイメージし、一気に飛び込む。




 そして、インパクトの瞬間、雪之丞は霊力を一点に圧縮した拳を――――解放した!!

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