ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 15 ―


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(05/ 6/ 4)




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 また・・・あの夢を見た・・・

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「クククク・・・ククククッ!」

 自分の去った後の美神事務所前で繰り広げられてるであろう滑稽な寸劇を思い浮かべ、ハンドルを握りながらも笑い声が漏れる神内だった・・・が、やがて目的地が近付くとその笑いも収まっていた。
 “彼ら”の前に来てまでクスクス思い出し笑いを続けてたら、こちらがいい笑いものだ―――適度な緊張こそがこの先のやり取りにはふさわしいだろう?



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 郊外にある閉鎖中の物流倉庫。
 僅かな照明で照らされた薄暗い通路、その終点――階段手前が少し広いスペースとなっている。
 スペースの中央にはパイプベッドが無造作に置かれてあり、その周辺にやはり無造作に冷蔵庫やテレビなど生活用品が置かれ、弁当のパックや空き缶などのごみが散乱していた。
 ベッドは大きめだったが、それでも持て余す程の大男が上に寝そべっていた。男が体を動かす度にベッドの金具はぎしぎしと悲鳴を上げる。

・・・・・カッ、カッ、カッ、カッ・・・・・・

 その男――タイガー寅吉は、近付く足音と気配に身を起こした。相手は一人、霊力などの類は感じられない・・・通路の向こうから近付いて来るその人影が神内である事を確かめ、タイガーはベッドから降りた。

「就寝中だったかな・・・?今日は、伊達氏じゃないのか」

「わっしは構わん・・・どうせここにいる時は何もない限りずっと寝とるんじゃ。雪之丞サンは今日のゴタゴタで潜ったけん、本番まで現れん」

 神内の声には微かに失望が混じっていた。神内にとって、“彼ら”の中で雪之丞が最も話を前に進められる相手だったからだ。
 特に相通じるものがある訳ではないし、取る立場や利害が一致している訳でもない。しかし、表があり裏がある話でこちらの用件を表裏共に理解し、その上で表裏含めて返答出来るという点で最高の交渉相手だった・・・その意味で、目の前の大男は“彼ら”の中では最悪だった。

「横島氏も寝てる、か・・・それじゃ、来られるまで待たせて頂くとする・・・その辺の床で構わないから、僕も少し寝かせてもらっていいかな?」

「別にいいが・・・お坊ちゃん育ちの社長さんが、こんな所で眠れるんかいノ?」

「正直言って、この手の場所は苦手さ・・・・・・似ているからね。あるトラブルがこじれた時に連れて来られて、口に銃突っ込まれながら数日ばかり監禁されてた場所に・・・まあ、トラウマってやつだ」

「お前一体どーゆー人生送っとるんジャ・・・?」

 呆れた様に言いながらも、タイガーは、神内の意外な一面を見た気がした。
 神内が彼と噛み合わないと感じている様に、彼もまた、神内に対して思っている――「虫の好かない奴だ」と。
 キザったらしくナヨナヨした話し方、それでいて肝心な所では有無を言わせぬ高圧的な態度――全ての人間が自分の都合を満足させる為に存在している・・・とでも思っているかの様な傲慢さは、猫撫で声で横島の計画に噛んで来た神内コーポレーションとの今までの交渉において、何度も見せ付けられて来たものだった。
 タイガーはこの男に対し、挫折とかコンプレックスとか後悔とは正反対の所にいる人間――常に恵まれた条件で勝ち続けて来た人間だと言う先入観を抱いていた。

「救出されるのに手間取ったんだ・・・生まれだけで次期トップ候補のボンボンなんて、コーポレーションからすれば一番・・・どの部署のどんな社員よりも、救出する必要性がないからね」

「そーゆー・・・もんかいノ・・・?」

「そーゆーもん、さ・・・」

 壁際に借りたマットを敷き、その上で横になった神内は、短く答えると目を閉じる。
 横島が眠っている時、手前で待機している者は起こしには行かない――基本的に、起きてここへ来るまで待つ事になっている。神内もそれは承知していた。
 何故、起こしに行かないのか・・・今の横島に眠りを外部から中断させる事、そしてその場に居合わせる事が、色々な意味で危険だと思われたから。

―――楽して生きとる奴など、どこにもおらんって事かいノー?いけ好かないキザ野郎って事に変わりはないんじゃが・・・

 タイガーは神内の寝顔を見ながらそう呟くと、自分も再びベッドの上に横たわろうとした。



―――――――・・・ドンッ・・・!



 遠く響く音を聞きつけタイガーは・・・神内も素早く身を起こす。
 二人は音のした方向・・・奥にある階段入口へと視線を向けた。



―――――――・・・ドンッ・・・ドドドッ・・・バシィィィッ・・・!
―――――――・・・バリッ・・・・ベキベキベキベキ・・・ッ!

「――――・・・ぁ―――ぁぁぁぁぁぁっ――――・・・っ!」



 打撃音、そして何かが砕ける音。壁や床が抉られ剥される様な音。言葉にならない絞り出す声。
 二人は顔を見合わせるが、驚いた様子はない。神内がタイガーに尋ねた。

「起きられたらしい・・・行ってみるかい?」

「おお・・・じゃけん、行くのは少し待つんジャ。静かになったら・・・」

 タイガーの言葉が終わらない内にそれらの音が一斉に止んだ。辺りは急にしんと静まり返る。
 タイガーは不安になっていた。横島の現在地から見て、今の音はかなりの勢いで暴れた事を意味している。これほどの暴れ方をしたのは初めてだったし、それがぴたっと止むという事も今までなかった。
 今日、美神事務所と決別し追われる身となった事・・・仮初めの日常すら本当に失くした事が影響しているのかもしれない。握り締めた掌が汗ばみ滑るのを感じる。

「静かに・・・・・・なったな・・・」

 神内が緊張の浮かぶ声で、分かり切っている事を口にした。



















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 またあの夢を見てた。幸せな夢。

・・・・・・・・・幸せの、夢。



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 特に大した事が起きたりするような夢じゃない。
 その中で俺はまだ学生だったり、現在の様に仕事してたりする。

 そして普通に学校に行ったり、職場に行ったりして・・・普通に帰って来る。

 普通に、その中でいつも通り過ごすんだ。
 休みの日なんかもあって・・・



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 でも、ただ一つだけ、
 現実と決定的に違う部分があるんだ・・・・・・



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ザアァ―――――――ッ。



・・・じりっ・・・・・・じりじりっ・・・



 壁を這う者あり。赤レンガなどに指や爪先を掛け、慣れた動作でよじ登る。

「ふふふふ・・・っ。少年法が適用されなくなったから何だと言うのだ・・・俺を誰だと思っている?」

・・・じりっ・・・・・・じりじりっ・・・

「幾つになろうと男のロマンに変わりは無い・・・そこに壁があれば、登り・・・」

・・・じりっ・・・・・・じりじりっ・・・

 目的の階まで登り切った彼は頭上のシャワー音に耳を澄ませる。

「そこに裸のねーちゃんがいれば・・・いればっっ!美神さんのあのちちとしりとふとももがっ・・・シャワーの湯でほんのり赤い、すべすべの肌があっ、そこにあるならばあああっ!!」

―――がらっ

「横島クン、今日ね、そのお肌の為にって、イイモノ買って来たのよ」

 頭上の窓から明るい色の髪をなびかせた女性が身を乗り出し、右手に持ったプラスチックの容器を彼に見せた。

「これ、何だと思う?」

「・・・何で、ございませうか・・・?」

「ボディーローション。オランダ直輸入で最後に流す前、塗るんだって。香りも上品で、本当に、すべすべーってなるのよ。あとに残ったりもしないし、すべすべーって・・・」

 説明しながら彼女は、そのローションをゆっくりと真下の壁に垂らして行く。

つるっ・・・・・・つるつるつるつるつるっ!

「い。。¥&@++%∀;Σ#!!!」 じたじたばたばた・・・・!

 とてもすべりの良くなった壁の表面で、彼は必死に何度も両手足を振り回し、這い登って来た姿勢のまま落ちて行った・・・。






「あ・・・あのクソ女があ・・・っ!最近やる事がどんどん殺人的になって来てるぞーっ!?」

「横島さんが悪いんじゃないですかっ」

 呆れた顔をしながらもおキヌは、横島の手足や顔に包帯を巻いている。

「そりゃそうなんだけどさ・・・」

「女の人にとってそうやって勝手に覗かれるってのは、とても嫌な気分にさせられる事なんですからね?そう言われたりしません?はい、顔を上げて下さい」

 横島の顔をおキヌの両手が包み込むと、その周りがふわっと光を放った。

「顔と足首にヒーリング掛けますね・・・私だって横島さんがケガする度、いつも心配させられてたんです・・・だから、この先も、自分で無茶しない様に注意して・・・ちゃんと心配させない様に・・・」

「あー、そう言えばおキヌちゃん、もうすぐかあ・・・」

「―――はいっ」

「何か、寂しいかもな」

「そんな事言っちゃダメですよー?・・・私が決めた事なんです・・・頑張って来ますからっ」

 にっこり笑ったおキヌの手に、僅かに力がこもるのを感じた。横島もそんな彼女に笑顔で答える。

「それでこそおキヌちゃんだ・・・俺も、おキヌちゃんにはもっと広い世界へ出て、もっと沢山の人と出会って・・・そーゆーのが似合うと思う」

「でも、私もやっぱり寂しいかな〜?」

「おいおいっ」

「ふふ、一年に何度か帰って来ますから、その時まとめていっぱい一緒にいたいですねっ。美神さん、シロちゃん、タマモちゃん・・・そして横島さん、そして・・・・・・」

バタンッ!!

「―――ただいまでござるっ!」

「・・・毎日毎日、何でアンタは仕事帰りにそう元気なのよ・・・?」

「ふっ、拙者達、なまけものの女狐なんかとはきたえ方が違うのでござる。」

「パワーの問題じゃないでしょ?・・・気疲れするのよ、あそこにいると。」

「フン、お主の気疲れなどまだまだなのでござるよ・・・そんな事よりせんせえっ!散歩の時間でござるっっ!!」

 シロに勢い良く飛び付かれた横島はおキヌに足首を握られたまま椅子から転げ落ちた。

――ぐき。

「え゛Дφ^^〜あ@<±・・・!!」

「よっ、横島さんっ!?」

「せんせえーっ、せんせえーっ、行くでござるよぅ」 ぱたぱたぱた・・・

「ばっ、ばか犬・・・これから散歩じゃねえ。仕事に出るんだよこっちは・・・それに、見て分かんねーか?俺のこの状態が・・・」

「―――その通りよシロ。・・・横島クン、準備出来た?」

 シャワーを終えて居間に現れた美神。いつもに加え神通棍や精霊石をホルダー装備、普段より物々しい格好。

「あ、美神さん・・・いやあ〜まだ少し足の痛みが・・・」

「大丈夫。足なんかいくら痛くたって死なないから・・・あと、タマモも来て」

「ちょっと待ってよ!何で私?」

「タマモ・・・行 ・ く ・ わ ・ よ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・ハイ」






――――シュッ!ブオオオオッ!!

「カビィィッ!カビカビカビィッッ!!」

 周りを狐火に巻かれて毒々しく多彩な色の不定形妖怪が苦悶の声を上げる。
 倉庫内に積まれたダンボール箱は勿論の事、鉄の柱や壁にまで色とりどりの黴で覆われている。

「――ただでさえジメジメしてうっとおしいこの時期を、更に不快にさせてんじゃないわよっ!!」

「カビビビビイッ!!」

 カビ妖怪の体内から胞子の塊が狐火に向かって撃ち込まれた。

ドゴォッ!!

 衝撃波と共に胞子が四散し、その後に炎は残らなかった。胞子はタマモの足元でも炸裂し、床のコンクリートを弾き飛ばす。

「爆破消火・・・!?何でカビ妖怪なんかにこんな知識や能力があるのよ?」

「コスモプロセッサ起動の影響がまだ残ってるんだわ・・・その時に吹き荒れた霊力でああ言った分不相応の力を持つザコ妖怪が多く出て来たのよ」

「なるほど!完全な復旧には何年もかかるってこう言う事ね・・・納得だわ!」

「口じゃなく身体を動かす!」



ドシュッ、ドシュッ、ドシュッ―――ドガアッ!!

「カビカビィッ!!カビイイイッ!!」

――――ヒュウウウウウッ!!



 風を切り裂く音。カビ妖怪後ろの空間に横島の姿・・・天井からのロープで逆さ吊りの。

――『固』!!

 投げつけた文珠が発動して、不定形の敵は凝固し、収縮した。

「ギャビイイイッ!?」

「しつこい油汚れとカビは、“固めてポイ”よっっ!!」

 美神の一閃した神通棍は霊力の鞭となってカビ妖怪の全身に巻き付くと、そのままそいつを横島の構えた封霊札へと・・・



「ね?あれなら足が痛くたって充分役に立てるでしょ?」

「ね、じゃないわーーっ!!」

「・・・でも、こんな時痛みとか関係なく自分の仕事をきちんと全うしているのを見ると実感しちゃうわ・・・横島クンも、一人前のプロになったんだって」

「美神さん・・・とりあえず・・・降ろして下さい・・・」





「あ・・・・」

「んあ?・・・何だ、朝焼けか。んな事より俺は眠・・・」

「へえ、この私が起きて運転してるのに眠るの?どこで目が覚める事になるのかしら・・・っていうか覚めるのかしらねえ?」

「イイエバッチリ目ガ覚メマシタ・・・」

「ったく、帰ってからゆっくり寝ればいいでしょう?」

 オープンカーの上では朝独特の匂いとひんやりした空気が強く肌に当たる。そして白んだ空の向こうに水平線から昇る太陽。
 高速を出る頃には、朝焼けではない普通の青空となっていた。

「日が出る前から少しずつ明るくなるのね・・・沈む時は一瞬で暗くなるのに」

「断然夕焼けの方がピシッとしてるよな・・・昼と夜の一瞬の隙間って感じでさ」

 横島がそう答えるとタマモと・・・運転席の美神までもがプッと小さく吹き出して笑った。

「アンタ、それ完璧な受け売りでしょーが」






 事務所に帰り着くと玄関の前に立つ者が二人。
 車を止めた時、その一人がこちらに向かって駆け寄ってくる。

 黒髪を肩で揃えた細身の女性だった。黒のブラウスとスラックス姿。
 彼女は駆け寄りながら大きな声で呼びかけている。彼女に名前を呼ばれた者――横島も、彼女に呼び返した。



「ヨコシマーーーーーッ!」

「―――ルシオラっ!?・・・うわぁっ!」

「お帰りなさいヨコシマ!朝までお疲れ様っ!」

 言いながらルシオラは、まだ車を降りていない横島の首へと勢いよく抱きついていた。



「お前こそ・・・今まで待ってたのか?」

 横島の問いには、後から歩いて来たもう一人の女性が答える。

「色々あって、昨夜は彼女に朝まで私達の仕事手伝わせてしまったの・・・ごめんなさいね、ルシオラ」

「いいえ、ヨコシマと時間が合うから私にもちょうど良かったです」

「ママ・・・!?」

「――おはよう、令子。でも、これから寝る所だったみたいね?」

 美神令子の母で、オカルトGメン日本支部のトップでもある美神美智恵。良く見ると彼女の傍らに4才になる娘、ひのめもいた。

「おあよ・・れーこおねーちゃ・・」

「ひのめを幼稚園に連れて行く途中で寄ってみたのよ。二つ三つ話したい事があって・・・少し、いいかしら?」

「う、うん・・・」

 コブラを車庫に入れると、5人は建物の中へ入った。美神母娘の後ろでルシオラとタマモが両脇から横島にこっそり耳打ちする。

「「また、あの話よ・・・何か、進んじゃってるみたいね・・・」」

「くうう〜〜っ、けしからんけしからんぞっ!あの乳をっ!あの尻を!どこの誰が一人占めする気じゃあっ!あれはワイの・・・」

「ちょっと・・・ヨ・コ・シ・マァッ!?・・・何かしら?その憤りは」

「あ、いや、その・・・痛っ!いででででっだあっ!ごめ・・・痛いって!」

 横島の憤慨は、ルシオラの更なる怒りを買った。
 並んで歩く美神母娘の後ろを、横島の耳を掴んで引きずるルシオラ、その後ろに距離を置いてタマモの順で事務所の中に入る。






 装備点検終了を美神に伝えた横島が札の整理へ戻った時、玄関扉の勢い良く開け放たれる音が響く。
 散歩帰りのシロが飛び込んで来たのだ。

「美神どのっ、それに美智恵どのとひのめどのも・・・おはようでござるっ」

「おはよう」

「おあよーございます・・」

「おはようシロ。今日も頑張ってね・・・」

 シロは鼻をくんくん鳴らしながら美智恵の挨拶も最後まで聞かずに、居間へと走って行く。

「――せんせえっ!今日の散歩は・・・いや、散歩自体は楽しいのでござるがっっ・・・拙者独りで、せんせえがいなくて、何だかとても寂しかったでござるようっ!!」

「ええいっ、まだ仕事中だ!邪魔すんじゃねえっ・・・まとわりつくなっ、そこのファイルも踏むなっ」

「シロー、ヨコシマはお仕事だし、疲れててこの後も少し寝ないとだから、後で私とボール投げしよっか?」

「おおっ!ルシオラどののボール投げはとっても楽しくて、拙者大好きなのでござる」

「フフッ、そう言ってもらえると私も張り切りがいがあるわ」

「・・・いやあれ、絶対ボール投げじゃねーから・・・頼むからどっちもあまり張り切らんで・・・」

 横島は思い出す。以前行われたルシオラとシロの“ボール投げ”を・・・・・・



『グモモモモモモッ・・・・・・グモモモモモモモモモモオッッ!!』

「――待て待て待て待て待て待てぃっ、待つでござるううううううっっ!!」

 町中を所狭しと逃げ惑う数体の大魔球・・・それを霊波刀片手に追い回すシロ・・・
 パニックになった住民達の通報により、署内のGメンが総動員する騒ぎとなった・・・・・・



「・・・でも、今日はいいでござる。拙者、これからお勤めでござるから」

「あら、そう?」

 シロのその言葉には、ルシオラだけでなく側で聞いてた横島までもきょとんとする。
 いざと言う時は生真面目でも、普段、熱中出来る遊びの話になったら仕事の予定など失念してしまうのもシロだ。実際、以前のボール投げの時には、Gメンを無断欠勤して(妖怪騒ぎの火元まで作り)美智恵・西条・ピート・・・タマモにまで一通り説教を食らっている。

「・・・本当にいいのか?」

「うむ。ルシオラどのが朝まで奮闘されたのでござる。然らば、ルシオラどのには存分に英気を養って頂き、拙者がその業績をしっかりと引継がねばならんでござろう」

 横島はシロを凝視し、同じようにシロを凝視しているルシオラの横顔を見る。彼の視線に気付いたルシオラは、視線を返して微笑むと再びシロを見て言った。

「―――シロえらいっ!」 ぱちぱちぱちぱちっ・・・!

 えらいえらいと繰り返しながらルシオラが拍手するとシロは、思いっ切り照れた様子で頭を掻きつつしっぽをぱたぱたと振る。

「え・・・いやぁ・・・拙者武士でござるから当然の事と・・・いや・・・くぅ・・・」 ぱたぱたぱた・・・

「ほらっ、お師匠さんからも何か言ってあげなさいよ」

「え?俺?・・・あ〜、いや、まあ・・・成長した、な?立派な一人前になったと思う・・・ぞ?師匠の俺も鼻が高い」

「え?・・・せっ、せんせえ・・・っ!!」 ぱたぱたぱたぱたぱた・・・!!

 思い付きで言ってるのが良く分かる語尾も怪しい横島のコメントだったが、しかし、それに対してシロは一層しっぽを激しく振り目に涙を浮かべながら、彼の両手を両手で握り締めた。

「横島先生、拙者頑張るでござる!もっともっと修行を積んで先生と人狼族の名に恥じない立派な・・・立派な・・・っっ!!」 ぎうーーーーーっっ!

「――あだだだだだだだあっ!!ゆびがっ!指の骨があっ!!」 みしみし・・・っ!

 ―――心意気と握力は現時点で十分立派なシロだった・・・・・・






 屋根裏部屋のベッドの上、身を投げ出してうとうとしながらタマモは物思いに耽っていた。
 ノックの音。その物思いの中身であった横島とルシオラが部屋に入る。

「隊長が、今日はお前休んでいいって・・・何だ、さっそく寝てんのか」

「んん・・・」

「どーせ昼には起きるんだろ?今日はちょうど土曜日だし、遊びに行くといいんじゃないか?・・・あの、何とかって言う中学生と」

「何とか、じゃなくて真友くんでしょ?」

 ルシオラが横島の腕をつついて訂正を促すと、彼は頭を掻いた。
 タマモはだるそうに身体を起こす。

「わりぃ。直接顔見知りな訳じゃないから、なかなか憶えられん・・・」

「それで・・・アンタたちはどーすんの?」

「俺もこれから帰って寝るさ。・・・起きたら夕方、おキヌちゃんとシロの買い物に付き合う約束があって・・・」

「私はヨコシマの洗濯物とかお掃除とか・・・午前中寝てる時に少しうるさいけど我慢してね」

「いーよ今日は・・・お前も徹夜だったんだろ?」

「私は平気よ?」

「いやいいって、のんびりしてよーぜ」

 ベッドの上で二人に視線を据えたままのタマモ。しばらく無言で二人の会話を見守ってから、合間に言った。

「・・・美神さんは、今夜は西条さんとデートよ」

 その言葉で横島とルシオラは互いに顔を見合わせる。

「頑張るわね、あの人も・・・最近軽い事してないってGメン内でも噂になってたわ」

「まあ、美神さんにも見合いの話とか来てるし、ケツに火が点いてる感じなんじゃねーの?」

「・・・私達も、頑張っちゃおうかな・・・?」

「えっ・・・・・・ええっ!?」

 突然そう言いながら腕に腕を絡ませ顔を寄せて見つめて来るルシオラに、横島は戸惑っていた。タマモはそんな二人に駄目押しとばかり声を掛ける。

「アンタたち最近そういうイベント作ってないんでしょ?みんなとの付き合いもいいけど、そういうのって大事なんだからね」

「え、えーと・・・それってつまり今夜は帰さないぜっていう、あんな事やこんな事だったりとかーーっっ!?」

「「―――そーゆー意味じゃないっっ!!」」 ―――どかべきぐしゃっ!!

 タマモとルシオラのW攻撃(ツッコミ)で血の海に沈む横島だったが、復活する頃には、何時頃から二人になるか・その後どこへ行くかなど、何気に手際よく話をまとめ始めていた。



 浮かれながらもヒントをくれたタマモに礼を言い、部屋を出るルシオラ。続いて横島が出ようとした時、彼はタマモが自分をじっと見ている事に気が付いた。
 この辺はいつもの呼吸で、横島はルシオラを外に待たせておくと、タマモに向き直る。
 相手に話を聞く準備が出来たのを確かめたかの様に、タマモは枕から少し顔を浮かせて口を開いた。

「・・・バカ犬に、まだまだだなんて言われちゃった・・・」

「・・・うん・・・まだまだ、だよな・・・」

「・・・・・・アンタまでそう言うの?」

「ああ。だって・・・お前が一番それを感じてるんだろ?」

「・・・・・・フンッ」

 タマモは枕に顔を埋めた。

 傾国の妖怪と呼ばれた金毛九尾の狐の転生体である事から、タマモを取り巻くGメン内の空気は常に、異物扱いからの緊張とプレッシャーに満ちていたのは事実。
 しかしそれでも、世界全ての消滅を目論んだ魔神アシュタロス一派――その幹部であったルシオラの比ではなかった。

「なのにどうして・・・あのひとはあんなに自然でいられるんだろう・・・?」

 もごもごと誰の答を求めるでもなく、タマモは呟く。
 その声に浮かぶのは、彼女に対する不可解さと・・・羨望・憧憬の様なもの。そして、いつか自分もそうなれるかもしれないと言う希望。

 ルシオラはそうした警戒と排斥の空気の中にいても、タマモの様に気疲れを表に出す事もなければ、萎縮または緊張で応える事もなかった。
 それどころか、普段の彼女は、むしろ横島やシロと一緒にバカやって美神に大目玉食らったりしている部類ですらある。

 横島からの答えはない・・・ただ、穏やかにタマモを見ている。
 正直言って、彼にもその答えは分からなかった。
 何故ルシオラがプレッシャーに屈しないのか、弱音を吐かないのかと聞かれれば「彼女は強いから」と答えられる・・・だが、「何故彼女は強いのか」と聞かれたら・・・・・・
 タマモはちらっと顔を上げて彼と目線を合わせた。

「きっとアンタも、彼女に支えられてるんだろーね・・・だからこんな時でも、一緒に前に歩いて行ける」

 タマモの言う“こんな時”の意味は、横島にも分かっていた。

 ―――最近、みんなが変わり始めている・・・それぞれの立ち位置の変化で距離が出来始めていると。

 美神は母の持ってきた見合い話の相手と西条からアプローチされ、本格的に自分のパートナーを選び始めている。
 おキヌは、六道女学院大学での優秀な成績が認められ・・・本人の希望もあり、アメリカへの留学が決まっていた。
 シロとタマモもオカルトGメンの仕事を多く手伝って来た結果、準職員として採用され美神事務所と兼業している。

 横島だけが立場上は相変わらずだった・・・しかし、美神事務所で働いてきたキャリア・・・GSとしてのキャリアが美神に次いであり、また、物の見方・人の見方も変わらざるを得ない部分がある。
 表面上はともかく、本気の部分でこれまでの様なおちゃらけた煩悩少年ではいられなかったし、意識せずともとっくに彼は少年ではなくなっていた。
 「仕事仲間は仕事仲間」どんなに尊敬しようと、魅力的であろうと。
 プライベートな感情や対人欲求を職場に持ち込む事もなくなって随分経つ。

 たった一人、最初から・・・敵同士だった時期は除いて・・・プライベートな部分を支え合う恋人として絆を作って来た相手、ルシオラを除いて。

「まーな・・・もし今アイツがいなかったらとか、想像すると怖いよな・・・」

 横島がそう呟いた時、何故か、彼のこめかみを鋭い感触――痛み――の様なものが横切った。
 ・・・その正体も理由も、きちんと思い出せはしなかったが。









   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―


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