ザ・グレート・展開予測ショー

始まりの夜


投稿者名:ししぃ
投稿日時:(05/ 6/ 2)

「アンタさ、明日の予定とか平気?」
 車を走らせながら、助手席に呟いてみた。
 午前2時。
 少し冷たい夜の風。

「あー、一件仕事ありますね。小口ですけど」

 欠伸を交えて返ってくる言葉。
 期待と少しだけ違ったけれど、大した誤差じゃない。
 ちょっとだけ沈黙を挟んでから言葉を続けることにする。

「そっか、じゃ急がなくても平気ね?」

 少しだけアクセルを緩める。
 言葉が届くように。

「まあ急ぎではないですね、都内の低級霊らしいんで昼に戻ってればいいですよ」

「じゃあさ、今日はもうこの辺に泊ってかない?経費うちで持つから」

 シートベルトは付けていたはずなのに、彼は助手席で飛び上がって驚いていた。

「なにが、いやまさか」
 いつものこととはいえ、憮然とされればさすがに腹も立つ。

「帰りたいなら叩き落して行くわよ?」

「いやっまさかっ、泊りたいなー僕」
 隣席の表情、視線を向けなくても見えてくる。思わず漏れてしまった笑み。

「じゃ、決まりね」

「いいんすか?」

「仕方ないわよ、無理やり手伝わせたんだし、こんな時間から帰ったってみんな寝てるでしょ?」

 日付の変わる前に帰るつもりだったけど、料金の交渉でこんなに時間が掛かってしまったのだ。
多少の罪悪感もあった。

「そっすねー、元々今日は遅くなるって言ってあるし泊るのは大丈夫っす、じゃ連絡だけ入れますね」

「この時間で平気?」
 問いかけには、言葉でなく動作で答えが返ってきた。
 繋がったらしい携帯電話、優しい表情。

「お、シロか?キヌは寝てる?まあだろうな、いやいい、起こさないで帰るの明日の昼ぐらいになると
 思う。伝えといてくれればいいから。お前もゲームばっかしてないで寝ろよ?あー満月か。近所迷惑に
 なんないようにな、おう。おやすみ」

 電話を切ってokです。と言葉が続く。

「なんかいい旦那してるわね、あんたも。4年たってもアツアツ?」

「うはは、心は新婚です」

「はん、ごちそーさま。……ラジオつけてくれる?渋滞してるなら次のインターで降りちゃうから」
 スピーカーから、少し古い恋の歌。
 周波数を変えようと伸ばした手を止めさせた。

「この曲、好きだから」

「ははは、なつかしいっすね」

 出会った頃の曲だった。
 あの頃のあたしが彼にこんな感情抱くなんて思ってなかった。
 軽く口ずさみ、右を見る。
 バンダナをしなくなったのは結婚した頃からね。
 目を閉じて、背もたれに寄りかかる姿はいつのまにか予想以上に大人になっている。

「アンタ、寝てんじゃないでしょうね」

「美神さんに運転させて、横で寝るなんてできませんって」

「ならよし」

 寝ててもいいよ、ぐらいの優しい言葉が頭によぎらないでもなかったけれど、
いつもと同じ会話を選ぶ。
 心地好いやり取り。
 8年越しの変わらない距離。
 変えなかった距離。

 観光地と言うわけでもない片田舎で宿があっさりと見つかったのは幸運だった。

「ただ、一部屋だけらしいんすよ。俺こっちで寝ますから」

 フロントに確認に行った彼が寝袋を引きずり出しながらそう告げる。
 ったく。
 結婚してからこの男は変わってしまった。
 ずるい。

「若い男女が二人きりーー!!」

と、昔のように叫んでくれたら、人中線に沿って5段の攻撃を食らわせてやれるのに、
そういう手に出られたら、

「ばか、いいわよアンタに今更遠慮されたって困るわ」
と、言わざるを得ない。

「そ、それはつまりっ!!誘っているんやなっついにその肉体を俺に捧げる決意がっ!」

 そーそー、その顔。
 ……明らかに演技だとしてもその表情が嬉しい。

「アンタのおキヌちゃんへの愛を信用してるのよ?」

 がばっ、と抱きつく姿勢の彼に笑みを返す。

「うぉおお、しょうがなかったんやー今のは不可抗力なんやー」
 深夜の雄叫びにとりあえず握りこぶしを叩き込んでおく。

「静かになさい、いくわよ」

「へい」

 関係を確かめるようなやり取り、彼は最後にちょっとほほえんで。
 あたしもそれにつられてしまう。

「露天風呂、使っていいらしいです。暗いから気をつけろって言ってましたけどね。」

 荷物を置いて一息ついたところで、彼が言った。
 そして殊勝にも布団を敷きはじめる。

「ありがと、アンタは?」

「俺も一服したら行きますので」
 タバコ。
 父親譲りの悪癖と言っていた。
 事務所を離れて、変わっていった彼の象徴にも思える。
 ちょっと見つめすぎてしまった。

「そっそれは、つまり俺と一緒に入りましょうという視線ですね!」
 灰皿でタバコを消す時間だけ、アクションがおくれてる。
 反射的に振り降ろした拳は空振り。
 正直ちょっと寂しい。

「どうやって殺すか考えてたのよ」
 備付のバスタオルを抱えてあたしは露天風呂に向かった。

 外は月明かり。
 宵闇と星。
 汗を流して湯船につかると、水面に映る光がまぶしかった。

「そういえば新婚旅行ってどうしたのよ」
 垣根の向うのいささか親父臭い呻きに声をかけてみる。
 これで別人だったらまるきり馬鹿だ。

「いや、まだっす。なんかタイミングが取れなくてそれでもう4年ですからねー」

「なかなか繁盛してるみたいねー」

「最近やっとですよ。初めの年は本当にお世話になって」

「本当よね、感謝しなさい」

 彼の独立という話が出たのは、唐巣先生のGS協会会長への就任があったからだった。
 最後の弟子ピートがGメンに入ってしまったため、神父が請け負っていた小口の仕事を
こなせるGSが足りなくなってしまったのだった。
 協会からの要請に応える能力を持ったGSは数少なく、まして唐巣先生の穴を埋める程の
能力を持った者はほぼいなかった。……うちに欠くことの出来ない人材に育っていた彼を除いては。
知人達の後押しと、目に見えない幾つもの理由で神父の教会を事務所に彼は開業した。

「おキヌちゃんにシロまで連れてっちゃって。その上仕事の斡旋までさせたんだから、
 あの貸しは大きいわよー」

「わかりました、その借りはこの僕の肉体でお返ししましょう」

「バーカ、アンタの体じゃ借金がかさむダケよ」

 彼は今や世界のトップクラスの実力を持っている。
 いる、がその実力がそのまま収入に結び付いていないのも事実である。
(ある意味本当に唐巣先生の後継者よね)
 高額なアイテムを用いず、自らの能力でほぼ全ての依頼をこなせる彼の経済状態は前任者より遥かにましではあるだろう。
 しかし、夫婦そろっての金銭に対する執着のなさも手伝って、一般的な会社員役員程度の収入のままらしい。
(あたしに遠慮してるとこもあるのかな)
 高額の依頼は相談という形でうちに持ち込む事も少なくない。
 8:2という報酬の取り決めは、本来は彼の独立心を促そうとした物だったのだけれど
それでも月に一度は、こんな風に共同戦線を張る事がある。
 今回のようにあたしから持ちかけることもあった。
 おキヌちゃんの良人なのだから、と言い聞かせながらそんな時は心が躍るのだ。

「本当はね」
 口をついてしまったのは多分月の魔力。

「出ていって欲しくなかったわ、横島君」

「そんなそんな、魔理ちゃん優秀じゃないですか」

「そうね、でもかなり優秀すぎて時給250円って訳に行かないし」

「荷物持ちやらせるわけにも行きませんしねー」
 あははー、と笑っておく。
 いや荷物持ちはさせてるし。

「出ていってすぐおキヌちゃんと結婚するって言うし……正直に答えて。押し倒したんでしょ?」
 独立して一ヶ月で婚約。
 三ヶ月で結婚。
 まあ、正直予感はあったけど対抗する暇すらなかったのは、誤算だった。

「イヤ、まじめに本当に神に誓って、式上げるまでキスしかしませんでした」

「またまた」

「信用ないなー、本当にダメだったんスよ、始め夜這いかけようとして……」

 沈黙。
 ルシオラ?かな。……彼がとどまる理由。
 心臓がいたくなる。時が深めてしまう傷跡。

「美神さんが、浮かんじまって駄目だったんす。」

 けれど彼は、ゆっくりとたしかに。
 あたしの名前を言っていた。

 涙が、出た。
 後悔した。いっぱい。

「じゃあ、どうして結婚、したの?」

 あたしを選んでくれなかったの?という言葉は出せなかった。
 だけど、答えてくれた。

「愛してるからですね、なんつうか。すんません。ずるい言い方ですけど美神さんも
 キヌも愛してます。正直今も。でもなんつーか。美神さんと俺の間に結婚なんて絆は
 要らないなって思えて。そんな物より大切なものがある自信があって。キヌともそれは
 あるんですけど、こっちは結婚することでしか深められない部分があって……
 あーわけわかんないですね。すんません。」

「そっか。」

 あたしは不覚にもそれじゃあしょうがないな、と思ってしまった。
 思いながらも、心の中に小さな欲望が浮かんでしまった。
 見上げれば、満月。
 光があたしに決意させる。

「冷蔵庫のビールだけですが、飲みましょうか」
 あたしより少しだけ先に上がった彼は窓辺に座って缶を差し出した。

「サンキュ」
 襟元を少し直して向かいに座る。

「飛び込みのわりにはいい部屋ですね」

「そうね」

 バキ、と缶を開け中身をコップに注いでくれる。

「アイツラにばれないようにしないとな」
 トクン、と心臓が鳴った。
 おキヌちゃんとシロ。
 横島クンの家族。

「家族サービスちゃんとしてあげないとダメよ?」

「そっすねー、マジにそろそろヤバイなー」

「子供出来てからとか考えてると奥さんは不満らしいわよ?」
 魔理ちゃんが言った言葉だった。
 タイガーと出来ちゃった婚という形で結ばれた彼女は時々そんな愚痴をこぼしている。

「シロがガキみたいなもんですしねーうちは」

(あの子もかわいそうに)

 チン、と乾杯して喉に流し込むと、温まった体に染み渡った。

「まして、アンタのとこの子供、ちょっと複雑だしね」

「あはは、ルシオラですからねー」

 軽く。本当に軽くその名前を口にする。

「アンタはすぐ子供作ると思ったんだけどね」

「いや、努力はしてるんすよ?」

「してないなんて思ってないわよ。おキヌちゃんからも聞いてるし」

「ゲッマジすか?」

「ホホホ、あたしとおキヌちゃんの間で隠事なんかないわよ」

「グア、まさか前の仕事の後の観光とかも?」

「言った言った。お仕置きですねーとか言ってたけど」

「一週間、俺の飯がカレー続きだったのはそのせいかっ!」

 仕込みをしてる姿が思い浮かぶ。

「優しいんだってね、もう少し激しくてもいいのにって言ってたわよ」
 そう言ったら彼はビールを吹き出してた。

「ナンスカソレハッ!!」

「ホホホ、あたしとおキヌちゃんの間で隠事なんかないのよ!!」
 親友で妹で娘。
 あたしとおキヌちゃんの関係はそんな感じだった。
 恋敵で共闘者でも、ある。
 吹き出したビールを拭いてる彼をじっと見詰めた。

「さっきの絆の話ね、すごくわかった。アンタがおキヌちゃんを選んで、本当は嫉妬してたし
 怒ってたし悲しんでたけど、わかっちゃった」

 顔が赤くなる。
 鼓動が早くなる。

「でもね。……おキヌちゃんとの絆みたいに、あたしたちの絆も深くする事ができるから」
 深呼吸。
 コップを空にする。

「抱いて」

 彼が何かを言う前に唇を塞ぐ。
 本気を、伝える。
 全力で抱きしめる。
 舌が唾液を混じらせる。

 夜が更ける。




 ねえ、おキヌちゃん。
 あれで・・・激しくないの?

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