ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 14 ―


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(05/ 5/31)




―――あの人達が、本当に・・・



「じゃあ、よろしくね。頭の隅にでもいいから、留めておいてちょうだい」

「えっ?あ・・・う、うん」

「どうしたの?・・・何か聞きたい事でも?」

「あ、いや・・・・・・」



―――ルシオラの復活を望んでたと思いますか?



 美智恵はコートを羽織ると応接室から廊下へと踏み出す。その後に続く美神は、横島のその言葉について、最後まで彼女に訊けずじまいだった。

「事情聴取は明日も続く・・・それに色々と手伝ってもらう事も出るから忙しくなると思うわ。覚悟してね」

「・・・うん」

 二人が玄関を出た時、まばゆい光が手前の路上をゆっくりこちらへと迫って来ていた。美智恵は眉をひそめながら光源へと顔を向ける。
 車はライトの光とスピードを落としながら、路上を美神事務所の脇で停止する。ウィンドウを開けて顔を見せた神内に美智恵は声をかけた。

「――――こんばんは」

「こんばんは。ひょっとしてこれからご用ですか?」

「私は今、帰る所よ・・・でも、こんな時間にいきなり女性の家を訪ねるのはどうかとも思うけど」

「まあ普通はそうですが・・・例外もありませんか?それに、前もってお電話はさせて頂きました」

 車内から笑って見せる神内に美智恵も僅かに笑顔を浮かべながら答える。

「そう、なら大丈夫かしらね」

「“こんな時”には万難を排して馳せ参じるべきでもあるでしょう・・・この度はお母様の方も色々大変だったと存じてます」

「ふふ・・・ありがとう。大変は大変だけど・・・私達にとっては日常茶飯事よ。余りお気遣いされる事でもないわ」

「・・・心強いお言葉です。流石は地球の危機すら退けたICPOオカルトGメン、最高峰ならではですね」

「いいえ。私達の力だけで出来る事など、たかが知れてる・・・だから、多くの人の協力を常に必要としているの。貴方がたにも色々とご迷惑掛けた様だけど、またお力をお借りする事になると思うわ」

「喜んで、お手伝いさせて頂きますよ。その為の神内コーポレーションなのですから」

「ありがとう。じゃあ。またよろしく」

 美智恵はこの場にて神内に横島達との関わりを追及する事はなかったし、神内もまた美智恵にそれらの事で牽制や挑発を仕掛ける事はなかった。
 挨拶を交わすと、美智恵はそのまま颯爽と歩き去る。二人のトップの邂逅はこうして終わった。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「神内さん・・・」

 美智恵が去った後に彼女の娘から呼び掛けられ、車から降りた神内は手を振ってみせる。

「今日は本当に大変でしたね・・・何か励みになれればと思いまして」

「申し訳ありませんわ。御心配お掛けしたみたいで」

「何、こんな時に心配して貴方の許へ駆け付けるのは私の役目、義務ではありませんか」

―――今や、他の誰でもなくね。

「で、それを片手に駆け付けられたんですか・・・?私は随分大酒呑みだと思われてるらしいですわね」

 美神は神内が手を振りついでに掲げたボトルを見ると苦笑いを浮かべた。不思議とさっきから――事実上、横島を疑い始めた時から――沈んでた気分も少し浮かんだ様な気がする。

 美神が歩み寄ると、神内は右手に抱えたボトルを彼女に差し出す。同時に左手を後ろ――ドアが開いたままの車内に回して何かを取り出すと、美神の眼前に再び差し出した――白いバラとラベンダーの花束だった。

「えっ・・・・・・?」

 美神の顔に微かに動揺と朱色が走る。花束を前に抱いたままにっこりと神内は言った。

「この二つの花言葉は――“尊敬”と“期待”。今の僕の気持ちですよ」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「貴方にとっては、予想外の事だったんじゃないかしら?」

 窓際で贈られた花束を花瓶に挿しながら美神は尋ねる。
 一度にこれだけ贈られたら、さすがに玄関前で帰す訳にも行かず、美智恵同様に神内は応接室へと通された――同居人が全員就寝しているから、お静かにお願いしますね。

「はて、予想外とは・・・何がです?」

「えっ、だから・・・その・・・」

 かつてドライブ中に交わされた会話――「横島は世界の為とは言え、愛する女を見殺しに出来た男だ」――美神の問いは、勿論これを指していた。今回の横島の暴走はその指摘を大きく外しているのではないかと。
 とぼけて見せる神内に美神は説明しかけるが、何故か言葉を詰まらせ口ごもる。

―――相変わらずだな、この人も。

 神内は内心で苦笑する。当然ながら彼女が何を言おうとしているか分かっていた・・・そして、何故それを口に出せないでいるのかも。

 あながち矛盾する話ではないとは言え、「世界の為に彼女を見殺しに出来た男」と「彼女の為に自分の全てを投げ出せる男」とでは、ニュアンスが大きく違ってくる・・・少なくとも、神内の口にした横島評を大きく裏切る形である事だけは確かだ。
 しかし、それを言ってしまえば、認めた事になる――――横島が全てを捨てて取り戻そうとしている「彼女」とは、自分ではない事を。
 ・・・その為に捨て去られようとしている「彼女以外の全て」の一つに過ぎないと言う事を。
 それにも関わらず、こうして神内に横島の擁護を――気持ちを置くに値する男であったと――しようとしている自分を。

「横島さんの事ですか?以前、お話しした・・・」

 口ごもられたままでは話が進まない。神内が助け船を出してやると美神は顔を伏せた。
 しかし、その後に彼はこう続ける。

「別に、僕は自分の読みが外れたとは思いませんがね」

「――――え?」

「詳細が少し変わっただけで、一番重要な所では僕の言った通りだったじゃないですか・・・」

 神内はソファーから立ち上がると窓辺の美神に近付き、その左隣へと並んだ。美神が彼に顔を向けた瞬間、神内は右手を彼女の右肩後ろに当て、左手を前から右の二の腕に添え軽く引く。
 くるっと彼女の全身は彼に背中から抱き寄せられる形となった。

「あっ・・・・・・ちょっと!?」

「肝心なのは、彼は貴方が愛すべき男じゃないって所でしょう?・・・・・・全く、その通りだった」

「・・・やめて下さい・・・っ、ふざけな・・・」

 言い終えるよりも先に美神は、反射的に空いている右肘を神内の鳩尾目がけて繰り出す。しかし、神内は体をずらしてそれを避け、勢いで美神は更に密着して抱きすくめられる。

「その花には他にも花言葉があるんですよ」

 神内は長く明るい色の髪に半ば顔を寄せながら、今彼女が挿したばかりの二種類の花に視線を向けた。

「白いバラの花言葉は“私は貴方にふさわしい”・・・そしてラベンダーは・・・“私に答えて下さい”です」

 美神が顔を上げて花瓶に目を向けると、神内は「僕の気持ちです」と、さっきも言った言葉をもう一度繰り返した。

「ねえ、美神さん・・・」

 更に馴れ馴れしく呼び掛ける声。しかし、それとは裏腹に、背後の気配が離れるのを感じた。
 美神が振り返ると、神内は部屋の中央付近まで下がって彼女を見ている。
 視線が合った時、彼は口を開いた。

「貴方は・・・分かっている筈です」

「何を・・・・・・?」

 美神の問い返しに神内は答えず、顔を伏せ、目を閉じる。瞼の裏の明暗に、秒針とエアコンの音だけが聞こえる――神内にも、その静寂は長く感じられた。
 不意に空気が揺れ、絨毯をそっと踏む音。ゆっくりと近付く気配。
 顔を上げながら目を開くと、さっきより近くに美神の顔があった――突然ぶつかる視線に彼女の表情は固まっている。

「ないものをねだっても、得られる事はないのだと」

 そう答えると、神内は微笑んだ。

「ない・・・もの、を・・・?」

「そう。貴方は、あらゆるものを手に入れる事が出来る。財産、物品・・・能力・・・名声と称賛・・・人脈・・・そして運。全てのものは、貴方が手に入れる為に存在していると言っても過言ではない」

 言葉を反芻する美神に向かって両手を広げ、その台詞同様の大袈裟な身振りを見せる神内だったが、そこで言葉を切ると腕を縮め、抑えた口調でこう付け足した。

「・・・・・・それが存在するものであるなら、ですがね」

「何が・・・存在しないと、言うの?」

「決まってるじゃないですか・・・貴方を満たさない者との満ち足りた日々、そして貴方を幸せにしない者との幸せな未来・・・これらは所詮、フィクションなんです。貴方はそれを知ってるからこそ、ここまで僕とお付き合い頂けたのではありませんか?」

 神内が両手を僅かに前へ差し出すと、その先にある美神の肩がびくっと震える。

「・・・今日はここまでにしておきましょう。僕だって貴方を労いこそすれ、消耗させる為に伺った訳ではないのですから・・・ただ、いずれ貴方の言葉をお聞かせ頂ければ」

 彼女の様子を確かめて神内は、両手を手前に戻し話を締め括った。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



―――まったく、先客万来じゃないか。

 玄関口に出た神内は建物横の暗がりから気配と視線とを感じ、顔に浮かべず嗤う。

「車まで出送って下さるのは有難いですが、階段の足元暗いので気を付けて」

「大丈夫、毎日通ってるんですから。それに、目は良い方なんです」

―――それはそれは。じゃあ向こうの彼なんか、すぐ見つかっちゃうね。

 一歩二歩降りた所で、神内は美神に片手を差し出した。美神は少しだけ驚きを浮かべたが、先程の様な反応は見せず自然にその手を取る。
 神内に続いて彼女が階段を降り切った時、神内は取った手を引き寄せ、残る片手を素早く美神の背中に回す。

「・・・!ちょっ・・・!?何を・・・?」

 強く抱き付いている訳ではないが、美神が両手で押し戻そうとしても全く動かない。神内は両手で彼女を包む姿勢を保ったまま、そっと耳打ちする。

「・・・向こうのビル、明かりが点いてます。オカルトGメンはまだまだお仕事中のご様子・・・大変ですねえ」

「だから・・・今日は、非常事態ですから・・・それより」

「そう。非常時です・・・貴方と同じくね。貴方がこんなに辛い時だってのに、彼らにとっては、貴方は取り調べて警戒する対象でしかない。それが彼らの役割なんでしょうけどね?」

「―――!」

「貴方を本当に求めているのは誰なのか、貴方の望むものはどこに行けば与えられるのか・・・良く考えておいて下さい・・・・・・これは、僕からの宿題です」

 囁きながらも神内は彼女の肩ごしに暗がりを見据える。
 その中からの気配へ向けて唇を歪め、薄く笑みを浮かべていた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「―――令子ちゃん」

 神内の車が走り去る間際、呼ぶ声がした。
 家の中に入ろうとしていた美神が振り返ると、暗がりから玄関照明の当たる範囲へ浮かび上がる様に一人の男が姿を現す。美神はその男の名を口にした。

「・・・西条、さん・・・」

「・・・神内は、何だって?」

「様子見に来たんですって。世間話だけして帰ったわ・・・Gメンに詮索される様な事は、何も」

「別れ際に抱き締めてしまう程の、情熱的な世間話か?」

「――――!見て・・・いたの・・・?」

「あの場でのこのこ現れる訳にも行かなかったからね」

 絶句しながらも美神は、照らされて長く影の伸びる西条の姿を改めて見る。感情の代わりに陰影の濃く浮かんだ顔は、少しやつれている様にも見えた。

「お仕事中じゃ・・・出て来て大丈夫だったんですか?」

「・・・・・・君とあの男がどこまで進んでるのか、君があの男をどう思っているのか、いちいち尋ねるつもりはない。僕の言うべき事は変わらない」

 西条は彼女の問いに答えず、自分の用件をそのまま切り出した。

「あの男は・・・神内は、やめておくんだ。僕とか横島くんとか関係なく・・・奴は、君を幸せにする男じゃない・・・断じて」



僕を見ていた・・・僕を見て――――――笑っていた



 西条の脳裏にはまだ鮮明に残っていた。美神の体に腕を回しながらも、しっかりとこちらを見て浮かべた、神内の薄笑いが。
 見せる為に、西条に笑いかける為に彼が彼女を抱き締めたのは、考えるまでもない事だった。
 彼女を巡っての嫉妬心だけではない。西条の胸に去来したのは、笑みに込められた神内からのメッセージとそれへの嫌悪。

 ―――踊れ。
 彼の歪んだ口元は西条にそう言っていた。

 車で西条の前を通る時、神内はもう一度西条にその薄笑いを向けた。



「・・・・・・今のは、聞かなかった事にしておきます」

 そう一言言うと、美神は踵を返し玄関の扉へと向き直った。

「令子ちゃん・・・っ?」

「今夜の西条さん、らしくないですわよ・・・疲れてるんじゃありませんか?そんな風に陰から覗いてたり、本人がいない所で貶める様な事を言うのって、紳士としてどんなものだか、分からない筈も・・・」

「ま・・・待ちたまえ!」

 西条は言うと同時に階段を駆け上がり、美神のすぐ側まで迫る。足音に驚いた彼女が振り返った。

「聞いてくれ、令子ちゃん。これは真実なんだ。いいか、神内は・・・」

 西条は昼間の神内とのやり取りを彼女に話そうとしていた――何から話せばいいのかも思い浮かばぬ内から。
 自分の今の滑稽さも、頭の隅で十分自覚している。その自覚している部分では、こうも考えていた―――これでは、奴の要求通りじゃないか。

 「踊れ」・・・神内は西条を踊らせようとしている。

「―――離してっ!」

 美神が、自分の肩にかかった西条の手を勢い良く振り払う。
 そのまま扉の内側へと身体を滑り込ませると、慌しく閉じてしまった。

「―――令子ちゃんっ!!」

「・・・今日は疲れてるし、色々と取り込んでますので・・・これ以上のお話は明日以降にして頂けますか?」

 閉じた扉の向こうからは、事務的な口調の美神の声。
 西条は激しく扉をノックしようと両手で拳を振り上げた、が―――振り上げた姿勢のまま動きを止めた。
 その両手を扉にそっと押し当てたまま、顔を伏せて考えを巡らす。

 奴は僕に「踊れ」と要求している―――ならば、踊らされるな。
 しっかりしろ、西条輝彦・・・令子ちゃん達も、Gメンも、そしてお前も、横島君達や神内に振り回されっ放しじゃないか。
 ・・・・・・だからこそ、お前が。

「済まなかったね・・・僕も冷静さを欠いていた様だ。落ち着いたらまた寄らせてもらうとするよ・・・お大事に」

 顔を伏せながらそれだけ言うと西条は扉から離れ、背を向けて階段を降りて行く。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 美神は2階の自室の窓から、事務所前の通りをGメンの方へと向かって行く西条の姿を見ていた。

「・・・お・・・・・・」

 口元から僅かに声が漏れる。何と言おうとしていたのか、自分でも分かっていた。

おにいちゃん、ごめんなさい。

 ・・・そんな台詞の似合う年でもキャラでもない。
 何故昔の呼び方が出るのか。そこまで疲れているのか。美神は自嘲気味に息を吐くと、カーテンを閉め窓から離れた。
 今日は色々な事があり過ぎた・・・横島が明日も明後日もその次の日もここに来ないのだという事すら、まだ実感し切れてはいないのに。

 神内の考える事が分からない訳ではない。西条の気持ちが分からない訳でもない。
 二人の言ってる事はどちらも間違ってない事、それらの言葉に含まれる各々の都合すら彼女の理性では容易に判断出来た。
 ただ、もう今は何を考えるのも億劫だった・・・・・・

 嘘だ。

 神内の事が分かっても、西条の事が分かっても、横島の事が分かっても、
 自分の事が分からない・・・考えられない。

 それが、彼女の本当の現状。



 自分一人で考え、決めなくてはならない事なのに、自分一人で考えると行き詰る・・・自分の事が分からないのでは当然だ。
 誰かの言葉を聞きたい・・・だけど、神内にも、西条にも・・・横島にも、もう聞けない。
 美智恵はこんな時には、娘を甘やかさず突き放すだろう・・・そうでなくても、今それどころではない筈だ。
 今までも一人でやって来た自分は、こんな時誰の言葉を聞いて来たか・・・聞こうとして来たか。

 ベッドに座っていた美神は枕元にある電話を手に取り、番号をプッシュし始めた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 美神の部屋の隣、照明も点けない暗い寝室のベッドで、おキヌは上半身を起こしていた。
 目が覚めた時、玄関先で少し大きめの言い合う声が聞こえていた。美神と西条の声だとは分かったが会話の内容までは分からない。話はすぐに終わったらしく扉の閉まる音が聞こえ、次に足音がこちらへと近付いて来た。
 昼間も眠ってしまったからすぐ目が覚めるんだ。そう思いながら彼女は窓の外に目を向ける。
 ちょうど窓から大きめの少し欠けたラグビーボールみたいな月が夜空に浮かぶのが見えていた。

 この月の下で横島さんも夜を過ごしている・・・そんな事を思い浮かべた。
 一人で・・・あるいは仲間の人と・・・それでもやっぱりひとりで。

 足音は彼女の部屋の前を通り過ぎ、隣の部屋に入った。
 しばらく部屋の中を移動する気配があったが、スプリングの音・・・今はベッドに腰掛けている様だ。
 やがてピピピっと電話をプッシュする音、続いて話し声が微かに聞こえ始めた・・・何を話しているのかも、誰と話しているのかも分からなかったが。

 おキヌは窓から視線を外すと、今度は美神の部屋とこの部屋とを隔てる壁に顔を向ける。
 そして壁を―――壁の向こうの気配を、長く、静かに見つめていた。

 窓の月明かりを逆光にしている彼女の表情が・・・その心中が照らされる事は、ない。





 それぞれの夜が、更けようとしていた―――――









   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―


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