ザ・グレート・展開予測ショー

指輪物語


投稿者名:犬雀
投稿日時:(05/ 5/30)


「指輪物語」


夕飯も終わりそれぞれの時間を過ごす美神令子除霊事務所の面々。

いつもなら時給を稼ごうと居座っている横島がシロとテレビを見て笑い転げたり、その横でタマモが定期購読している「月刊 お豆腐の友」を真剣に読みふけっていたり、バラエティ番組に馬鹿笑いする師弟を美神が苦笑交じりに叱ってみたり、それをおキヌが宥めてみたりという光景が繰り広げられるのだが、今日はちょっと様子が違う。

何と言うか…事務所の女性陣が落ち着きが無い。
シロは大好きな師匠に近寄ろうか近寄るまいかと逡巡してオロオロとソファーの周りを回っているし、タマモはタマモで普段は絶対に読まない「週刊 ネギ(特集 万能ネギは本当に万能か?)」を読んでいる。というか読む振りをして上目遣いにソファーの向こう側に座る少年をチロチロと覗き見ている。

おキヌはお茶を皆に配った後、台所にも戻らずにお盆の端をくわえて立っているし、美神も何かを期待するかのような、訴えるかのような目でソファーに座る少年を見つめていた。

そんないつもの違う事務所の空気の原因は…勿論、この事務所のムードメーカーである煩悩少年である。

食事の時からどこか上の空ではあったのだが、食事が終わってソファーに座ってからは、何かを考え込むように真剣な表情になって見たり、かと思ったらいきなりニヤケてみたり、そうかと思えば己の思考を否定するかのように頭をブンスカ振ってみたりと怪しさ大爆発である。

何だかんだ言っても付き合いが長い女性陣には彼が何か重大な決断をしようとして懊悩しているのが理解できた。
それも自分たちに関わることだろうと言うのは察しがつく。
女の感は時には神をも超えるものだ。

そんなことには気がつかない横島は時々「ほひー」と情けない溜め息を吐きながらGジャンのポケットに手を入れる。
そこに何か彼の悩みの原因があることはわかるのだが、迂闊に声をかけることが出来ない空気が室内には満ちていた。

しかしついに均衡が崩れるときが来る。
それは横島ではなくおキヌからもたらされた。

「あ、あの…私、宿題があるからお部屋に戻りますね。」

そう言ってゆっくりとドアに近づくおキヌだが、横島はまだ何かを考え込んでいるのか返事をしない。
もっとも彼女の言葉も横島に向けて言ったものではないから、返事が無くても当然なのかも知れないがそれでもおキヌは少し悲しくなって静かにドアを開けると自室に向かった。

自室に戻ったおキヌはベッドに体を投げ出して枕に顔を埋める。
彼女は食事の時に応接間に横島を呼びに行った時に彼が慌ててポケットにしまったものを見ていた。

それは小さな紺色のビロードに包まれた二つの箱。
間違いなく指輪の箱であろう。
薄給の彼がどうやってそれを工面したのか知らないが、それの用途はわかるつもりだ。
少年があれほど思い悩むとしたら、それはきっと…。

「やっぱりエンゲージ・リングなのかな…」

口に出してしまった途端、おキヌの体に震えが走る。

「やっぱり…美神さんなのかな…」

部屋から出る時、横島は特に反応を示さなかった。
もし相手が自分なら優しい彼のこと、返事ぐらいはしてくれるだろう…。
だのに横島は何も言わなかった。
それほど自分の思考に埋没していたのか、それとも…。

「私…じゃ…駄目だったのかな?…」

顔を埋めた枕が少しずつ湿っていく。
思わず漏れそうになる嗚咽をグッと唇を噛んでこらえた。

今頃、横島は美神に向けてあの小箱を手渡しているだろうか?
それともまだ躊躇し続けているのだろうか?

もしかしたらシロちゃんかな?

いつも横島に纏わりつき明け透けに好意をぶつけるシロの顔が頭をよぎる。

タマモちゃん…かも?

普段クールな狐の少女とて横島と一緒に過ごすようになってからは日が長い。
いみじくも彼の親友が言ってのけたとおり、近くに居れば居るほど彼のよさはしみこんでくるのだ。

太陽のような派手さは無いが、日向に干している布団のような温もりと安らぎが彼にはある。

だけど…それも…もしかしたら今日で終わりかも知れない。

変わらない日常、いつまでも続くと錯覚させてくれるあの温もり。

それが失われるかも…と考えておキヌはまた体を震わせた。

もう嗚咽を隠すことが出来なかった。



トントン…

小さなノックの音がドアから聞こえおキヌは体を起こした。

「はい…」

自分の声が思ったよりか細いことに驚く。
もしかしたら聞こえなかったかもと思って、おキヌは枕もとのティッシュで顔を拭うともう一度返事をした。

「はい。どうぞ」

除霊の時よりも勇気を振り絞った彼女の声が届いたのか、ドアの向こうから遠慮がちの少年の声が聞こえてくる。

「あ、おキヌちゃん?入って良いかな?勉強の邪魔じゃない?」

「あ、はい!どうぞ!!全然お邪魔じゃないですって!…ああっ!ち、ちょっと待って下さい!」

ドアの外の気配はかすかにうろたえた様に感じられたが、今のおキヌはそれどころではない。

慌てて小さな鏡台の前に座ると身だしなみをチェックする。
ほんのりと目元と鼻の下が赤いのをサッサッとファンデーションを塗って誤魔化すまでわずか10秒弱。

立ち上がりベッドに寝転んでいたために乱れた服装を整えてドアの前に立つまでわずか30秒。

普段のトロさからは考えられない反応速度だ。

だがそこからが長かった。
ドアの前でノブに手をかけながらも深呼吸すること数度。
それでやっと落ち着いたのかおキヌはドアを静かに開けた。

彼女の前に立っていたのは、どこか照れた様子でありながら瞳に決意の色を漲らせた横島忠夫本人である。
タマモが化けててるわけではない。
なぜなら彼の手には先ほどおキヌが盗み見た小箱が握られているのだから。

少女の小さな胸が大きな期待とわずかな不安で高鳴る。

そんなおキヌに横島はニッコリと微笑みかけた。

「入ってもいいかな?」

「ど、ど、ど、どうぞっ!」

声が裏返ったが気にする余裕は無い。
その笑顔は間違いなく自分に向けられたものだ。

彼女の頭の上では気の早い天使がクラッカーの紐を握って待機している。

そんなおキヌにちょっとだけ不思議そうな目を向けて横島が部屋に入ってきた。
そして後ろ手にカチリとドアに鍵をかける。

「え?あの…横島さん…どうして?」

「あ、ごめん。誰にも邪魔されたくない話なんだ…。気になるなら開けるけど?」

そう言うと横島はニッコリと笑う。今、彼の目には迷いの色はない。
まっすぐに澄んだとも言える視線がおキヌの心にクリティカルヒットする。

「だ、だ、大丈夫ですっ!どんどんかけちゃって下さい!!」

クラッカーを持っている天使が携帯で仲間の天使に応援を要請しはじめる。
どうやら一個や二個では足りないらしい。

慌ててるおキヌの様子に横島の顔にも一瞬だけ苦笑いが浮かぶがそれはすぐに真剣な表情へととって変わった。

「実は…おキヌちゃんにお願いがあるんだけど…」

少年の目に先ほどまでの決意の色とは違う色が浮かぶ。
それは不安の色だった。それを敏感に感じ取っておキヌは咄嗟に返事をする。
またしても声がひっくり返ったがそれを気にする余裕はすでに無い。

「私で出来ることならっ!」

「おキヌちゃんにしか頼めないんだ…」

そう言うと横島は片方の青い小箱をおキヌに優しく手渡した。

「え?あの…横島さん…?」

「あ、開けてみて。」

「は、はひっ!」

恐る恐る開けた小箱の中にあったのは紛れも無く小さな指輪。
少々意匠は古いし宝石の類もついてはいない。

「これって…」

「おキヌちゃんに貰って欲しいんだけど駄目かな?」

(キターーーーーーーーーーーーーーー!!!)

おキヌの頭の上の天使たちが一斉にクラッカーを鳴らす。

「わ、わ、わ、私でいいんですかぁぁぁ!!」

「うん。カオスの爺さんに貰った指輪だけどね。二つセットなんだよ。」

そう言って横島はそれぞれの小箱から指輪を取り出すと片方を自分で嵌め、もう片方を持ったままおキヌの手を握る。

「に、にゃぁぁぁぁぁぁ」

顔中真っ赤に染めてハニャけるおキヌ。
その頭からは火山のように蒸気が吹き上がり、熱気に当たられた天使たちが右往左往して逃げ惑うがそんなものは今の彼女にとってどうでもいい存在だ。

「いいかな?」

「はひっ!不束者ですがぜひっ!」

そして横島はおキヌの人差し指に優しく指輪を嵌めた。

(へ?人差し指?あ、もしかして横島さんも緊張してるの?うふふふふ…もうテレちゃっって可愛いんだからぁ〜♪)

すでに思考が天国の一歩手前まで舞い上がっているおキヌは横島に手を握られたままイヤンイヤンと体をくねらせた。

そんな彼女に更に横島が追い討ちをかける。
おキヌの手を握ったまま再び真剣な目で彼女の目を見つめる。
その表情が再び彼女の心をクリティカルし、もはやおキヌの心臓はいつ胸から飛び出して踊り始めても不思議じゃないくらいだ。

「もう一つ頼みがあるんだけど…」

「は、はいっ!もう何でもどんとこいでありますっ!」

おキヌの返答が面白かったのか横島は再びニッコリと笑った。
その笑顔を間近に見て再び夢の世界をさまよい出すおキヌの魂。

(ああっ…これってもしかしてキスですか横島さん?…そ、それとも…ま、まさかその上の世界?!!)

期待に高まる少女の脳内では様々な考えが渦巻き始める。

(えーとえーと…ごめんなさい早苗お姉ちゃん…そして美神さん…キヌは今日大人になりますっ!ああああ…こうなると知っていたらシャワーくらい浴びておけばぁぁ!!)

横島は気を抜けば緩みそうになる頬を必死に引き締めるおキヌの手を軽く引っ張り、その白い可憐な指に嵌められた指輪を神に見せるかのごとく彼女の手を掲げた。

「え?」

自分の予想とは違う横島の行動に戸惑うおキヌの目の前で横島は自分の指輪を彼女のそれに合わせて高らかに叫ぶ。



「出て来いシャ〇ーン!!!!」

「アイアイサー!!」

呆然とするおキヌの目の前に現れたのはいつぞや見た壷の魔神そっくりのアラビアンな怪人。

「えええええええ?!!」

驚くおキヌをほっといて怪人は横島に恭しく礼をした。

「何か御用ですか?ご主人様。」

「ハーレムをっ!漢の夢を………」

横島は自分の願いを最後まで言うことが出来なかった。





応接間で悶々としていた美神たちの耳におキヌの部屋から「ビルの十階くらいから落ちた植木鉢が割れるような音」が聞こえ、何事か?とおキヌの部屋に向かってみれば鍵がかかっている。

シロが体当たりでドアを開け、壊れたドアから中に飛び込もうとして「ひっ!」と小さな悲鳴とともに固まった。

その後ろから続いた美神とタマモが見たものは…。

なんだかドロリとした赤い液体の中に倒れ付す少年の姿と、赤い何かを滴らせた『バールのようなもの』を握って肩で「ゼーゼー」と荒い息を吐くおキヌ。

そして救急箱を持ってオロオロしている謎のアラビアンであった。




翌日、人外の回復力を発揮して何事もなくバイトに現れた横島は、顔一面に縦線を貼り付けたおキヌから針どころか対空ミサイルのような視線を浴びせられて怯むことになる。

彼の記憶からは前日の出来事がすっかり消えていたのだ。

かくして魔法の指輪が「好き合ったもの同士」でしか作動しないのだということはカオスの記憶と共に闇に葬られたのである。

                                 おしまい


後書き
ども。犬雀です。
えーと…

おキヌちゃんの甘々物を書いてみたくなった。
途中で思わず電波を受信してしまった。
壊す気は無かった。
今は後悔していないが反省している。

では…(脱兎)

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa