ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(20)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 6/ 7)

「・・・では、その吸血鬼は女性だったんですか?」
「ああ。二十歳ぐらいかな。眼鏡をかけた、長い黒髪に黒いワンピースの女だったと思うよ」
「・・・わかりました。ご協力有り難うございます。ゆっくりご養生して下さいね」
「ああ。あなたも、ご苦労さん」
調書を片手に、椅子から立ち上がって一礼した美智恵に、輸血の点滴チューブを腕にくっ付けた老人が、にっこり笑って手を振ってくれる。
自分もそれに笑い返して病室を出ると、美智恵は、さっきの調書をファイルに綴じながら、はーっ、と息をついた。
「よーし。これで全部・・・と」
「これで終わり?」
「ええ。そうよ」
病室の外で待っていた令子が、駆け寄って来たのを見て頷く。
「調書はこの人で終わり。最初に襲われた人よ、一人暮らしのおじいさん」
「最初に・・・?何で三日も経ってから調書取りに来たの?」
この三日間、都内で数件相次いだ吸血事件の最初の被害者だと言うのに、なぜ、調書を取りに来るのが最後になったのかと、令子がしごく当然な疑問を口にする。他の被害者の中には、病院に運ばれてすぐ調書を取りに行った相手もいるのだ。
「この方は高齢でしょ?大量失血で、輸血をしてもかなり危険な状態だったから、しばらく面会は控えてくれって言われてたのよ。いっその事、血を吸われた時に吸血鬼になっていれば、その生命力のお蔭で安全に治療が出来たんだけどね」
そう苦笑しながら美智恵が言うが、これはあながち無茶苦茶な理屈ではない。
吸血鬼に大量に血を吸われた人間がその場で死なないのは、自分も吸血鬼に感染する事によって、強い生命力が身につくからだ。だから、今回の事件で吸血鬼になる事なく人間のまま血を吸われた被害者達は、その各々の体質や体調によっては、自己回復が見込めない大量失血で、かなり危険な状態に陥っていた。
「まあ、死人が出なかっただけでも良かったんじゃない?」
「そういう事ね。・・・それにしても、やっぱり、妙な事件ね・・・」
令子と並んで病院の廊下を歩きながら、調書を開いて一人呟く。
わずかな凹凸のあるリノリウムの床に、令子と美智恵のヒールの音が、颯爽と響いた。
(被害者は三日間で五人・・・被害者の共通点は、今のところ無し。現場には、いずれもピート君の霊気が残留してる。ただし、それは犯人に付着していたと思われる霊気で、ピート君は直接関係ないと思われる・・・手口は吸血鬼のものなのに、吸血鬼化した被害者は一人もおらず・・・か)
この事件の犯人が、ピートを誘拐したのと同一犯だとすれば、ピートの霊気が現場にあると言う問題は解決出来る。しかし、手口は吸血鬼なのに被害者が吸血鬼化しない、また、犯人本人の霊気がごく微量で、なかなか検知出来ないと言うのも妙な話だった。
最初、現場に駆けつけた西条が、ピートの霊気だと報告してきたのは、霊能者であるピートの強力な霊気に隠れて、犯人の、一般人並しかないごく微量な霊気が感知出来なかったせいである。
(吸血鬼は魔物だから、どんなに弱い者でも一般人よりは強い筈なのに・・・これは、どういう事なのかしら・・・)
令子のさりげない誘導もあって、器用に障害物を避けながら、思索にふける。
まだ、ピートの誘拐と吸血事件の共通点すら見出せていない美智恵達にとって、この事件はなかなか厄介な代物だった。



 ・・・ニャー、ニャー、ニャー・・・フギャアア・・・ギャッ

「・・・・・・」
相変わらず、ピートの写真で飾り尽くした自室。
ピートが三日ぶりに目を覚ましたその日の深夜。その部屋の中央で、加奈江は、ペットショップから適当に見繕ってきた子猫の首筋に牙を立てていた。
首を掴まれて暴れていたものの、噛まれた瞬間、ギャッと一声鳴いたきり大人しくなった子猫を両手で捧げ持ち、静かにその血を啜る。
そして、ある程度血を吸ったところで唇を離すと、加奈江は子猫の体を足元のクッションに横たえ、様子を見守った。
首筋とは言え、本当の急所は外したのだが、大量の血を失ったせいで失血死寸前の子猫は、ただヒクヒクと時折震えるのみで、回復する兆しは無い。
加奈江は、そんな子猫の様子を見て小さく肩を竦めると、部屋の窓から見える半月を見ながら心の中で呟いた。
(やっぱり駄目ね・・・私じゃ、『永遠』を人に与える事は出来ないんだわ・・・)
ピートの血を受け、その蘇生に呼応して、自らも『人ならぬ者』となった加奈江だが、自分がピートの血から得たものを、他人にも与えるのは難しいようだった。
能力的にはピートと同じ、吸血鬼の能力を得られたようで、ピートが目覚めるまでの三日間、何人かの人間を試しに襲ってみたのだが、その内の一人も吸血鬼化していないのだ。
やはり、自分は噛まれて吸血鬼になったわけではないので、本物の吸血鬼のように、血を吸う事で相手を自分と同じ者にしてしまう、魔力の伝染能力のような力までは持っていないのだろう。
(どうしたらいいのかしら・・・)
自分の血液と同化して体内にあるピートの血の、その魔力が自分の体内に満ちているのを感じながら、考える。ピートと同じ、永遠を手に入れた事もそれはそれで嬉しいが、加奈江はまだ、満足はしていなかった。自分の目的は、ピートを『守る事』なのだから、この段階で満足していては駄目だと、加奈江は一人で考えていた。
(ピエトロ君の血を他の人に・・・いいえ、そんなの駄目だわ。この事は、彼に内緒で進めないと・・・)
加奈江は全て、ピートに良かれと思って行動している。だから、ピートを誘拐したりしている事も、悪い事をしたとは思っているが、結果的には彼に良い事になるんだからと、自分の判断に自信を持ってやっている。
しかし、加奈江のこの最終目的ばかりは、今のピートが知れば逆上するに違いない。
ピートのためにと思って考えている事なのだから、彼に怒られる事など別に構わないが、怒った彼に邪魔をされては少し困る。
だから、この計画は、ピートには秘密で進めなければならない。
(でも、どうしたら良いのかしら・・・私はピエトロ君の血を受けて・・・その魔力のお蔭で人じゃない者になれ・・・)
「・・・・・・」
そこまで考えて、加奈江はふと、自分の胸に手を当てた。
ピートの血を受けて、魔物となった自分。
それは、ピートの血を−−−すなわち、彼の魔力を体内に取り込んだから−−−
・・・では、ピートの魔力を内包した自分の血を、誰か他の相手に与えれば・・・?
「・・・・・・」
加奈江は、部屋の隅に置いてあるドレッサーの引き出しから、身だしなみ用の剃刀を取り出すと、クッションに横たえた子猫を見下ろす位置に立った。
ヒクヒクと、断末魔の痙攣を見せている子猫が、まだ生きている事を確かめると、加奈江は手にした剃刀で自分の手首を切った。
白い手首にスッと走った一線の傷口から滴り落ちる血を、子猫の傷口にかける。
普通の人間なら手首を切る事など、下手をすれば致命傷になりかねない行為だが、人ならぬ身となった今の加奈江には、何でもない事だ。
やがて、血は自然と停まり、勝手に塞がってしまった傷口の周囲に残った血をハンカチで拭いながら、加奈江は静かに子猫を見守った。
「・・・さあ・・・教えて・・・。私にも永遠が与えられるのかどうかを・・・!」
ぐったりとクッションに臥して、目を閉じている子猫の喉元を撫でる。

そして、その数秒後。
爛々とした光を灯して目を見開いた子猫の姿を加奈江は、にっこりと笑って見つめていた。

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