ザ・グレート・展開予測ショー

〜 『キツネと羽根と混沌と 』 第30話 前編 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/ 5/20)




〜appendix.30 『 Last Battle 』




―――――――――――…。




暗い部屋に、白い陽光が差し込んでいた。
壁中に付着する深紅の血晶……亀裂から吹きこむ冷たい風が、サラサラと石片をさらっていく。

柱にもたれて、頭上の天蓋を見つめながら……
西条は刀を鞘へとおさめ、そうして、小さく背後を振り向いた。すぐ手前の扉から、何か……人ならざる気配を感じたからだ。

「……やぁ…」

微苦笑を浮かべ、彼は片手を上げてみせる。力ないその動作に、しかし影は何も応えることはせず…

「決着は、着いたのか…?」

しゃがれた声で、ただそれだけを口にした。
霊刀に甲冑をたずさえた、鳥獣の魔族。一度は憎みあったことすらある、その旧友の問いかけに…西条は弱々しく首を振る。

「逃げられたよ…。もっとも、あのまま闘いを続けていれば、床に転がっていたのは僕だろうが…」

それは、尋ねたこちらが驚くほどに、穏やかで気安い口調だった。
ひょい、と肩をすくめる彼の姿に、コカトリスは浅く嘆息する。この3年で目の前の男の何が変わったか、と問われれば…
自分は間違いなくこう答えるだろう。呆れるまでに軽くなり、女好きには拍車がかかった――――――と。

「…ひどいケガだ。肩を貸そう」
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ。残念なことに、お互いこうして話すことさえ不自由する窮屈な身の上だからな…」

告げながら、西条はきびすを返していた。血滴を流す衰弱した体を…。重たげに引きずり、通路の奥へと消えていく。
コカトリスも、それをあえて呼び止めようとはしなかった。


「…灰色の翼を持つ、天使の噂…。貴殿も耳にしたことぐらいはあるだろう…?」

「――――――――――…。」

「今日、それがしが貴殿に会いに来た理由はな…西条殿。貴殿に、”お別れの挨拶 ”を言いたかったからだ…」


背を向けたまま、低く言う。留められる靴音に、濡れたタイルがひたり、と鳴った。

「お別れの…挨拶…?」
「ピアノが好きだったあの子と…それに、七海のお気に入りだった曲の名前だよ。引用しようにも、他の曲は知らぬ」

自嘲気味に肩を揺らすと、コカトリスは抑揚なくかぶりを振る。気づけば互いの足音は、もうずっと遠い場所から響いていた。

「―――――探すのか、君は…。その灰色の天使を…」

ピチャリ、ピチャリと……。
壊れたスプリンクラーから、水雫がこぼれ続けている。通路の向こうに、闇が、広がる。

「ユミールが生きているかもしれない…。噂だろうと、それだけ分かれば十分だ。それがしには、もう他に何も残されていないからな…」

コカトリスは、もう2度と振り向こうとはしなかった。
西条は霊刀を引きずるように……ほの暗い通路を進み続ける。
まだ、やり残していることは幾らでもある。何より、あの世話の焼ける友人は……今ごろ、一人で戦っているだろう。

(…いい加減、貸しの一つぐらい返してほしいんだがな……横島くん)

苦笑が浮かんだ。この傷でどこまで助けになれるかは知らないが…ひとまず彼の加勢に向かおう。すべての話はそこからだ。
今ある障害全てを斬り伏せ、その後、ゆっくり身の振り方でも考えればいい。

…。

―――――――だが、一つだけ。たった一つだけ……他の何を犠牲にしてでもやり遂げようと…そう決めていたことがあった。


「貴殿は、これから何処へと向かう?一体……何をしようというのだ?」
「僕は――――――――」

西条の黒髪が揺れる。彼は先ほど手渡されたばかりの……虹彩を放つMOを掴み…。そして…


「『世界の深淵』とやらを見に行くさ…。一足遅れでね」


口元に鋭い笑みを貼り付かせ、闇に向かってそう告げたのだった。
 




                                  ◇


緑色の太陽が淡い煬炎を立ち昇らせる。
絵画のようにガレキの渦巻く空間で…その2人は静かに対峙していた。
強烈な圧迫感に、息が詰まる。おそらくココは、もとより人が足を踏み込むべき場所ではないのだろう。

「…本当に良かったの?横島くん一人の任せて…。相手はあの翼人なのよ…?」

あやうげに微笑むユミールを見据え、美神はきつく唇を結んだ。
肌に伝わる、おそらくは件の少女のものであろう……奇妙な霊波。彼女の持つソレは、まさに”波 ”だった。
ゼロからピークへ、ピークからゼロへ…。わずかな力しか持たぬかと思えば、その数瞬後、高位魔族に匹敵する勢いへとその出力を変じてしまう。
魔族として、霊体のどこかに欠陥があるしか思えないが…しかしそれゆえ、その気配にはどこまでも得体の知れ無さがつきまとう。

「本人が言い出したんだ…好きにさせりゃいいじゃないか。正直、私は無謀だと思うけどね…」

「…はっきり言ってくれるじゃない」

サラリと言い放つメドーサを、美神が睨む。
険悪な視線が交差する中、タマモは無意識のうちに目を伏せていた。そのまま、消え入るようなか細い声音で…

「……私が勝てて、横島が負けるはず…ない…」

「どうだかね…。アンタを前に遊んでたとも考えられる…。
 そもそも、小竜姫とパピリオをまとめて返り討ちにするような化け物相手に…横島ごときがどう立ち回るっていうんだよ?」

肩をすくめてメドーサが笑った。
彼女の首筋に冷たい汗が伝う。先刻の戦闘で、3日前に受けた傷口が大量の出血を始めているのだ。

「な、なんでござるか、さっきから!まるで先生に負けてほしいみたいに…」

「…別に。ただアタシは覚悟を決めとけって言ってるだけさ。特にそこの犬と狐……横島の強さを過信でもしてるんなら、そいつは間違いだ。
 アイツは所詮、ただの人間………神や悪魔に勝てるわけがない」

会話を打ち切ると、メドーサはチラリと横島の顔を一瞥した。私情をはさむなら、あんな男、別に死んだところでどうということもない。
自分が幾度にも渡り退けられた……その元凶ともいえる人間に対して、好印象を持てという方が無茶な話だ。
しかし…

(…………。)

メドーサは、横島のことを語る時の、ドゥルジの瞳が好きだった。ようやく彼女が手に入れつつある、恋慕という名の感情の芽を……
出来うることなら摘み取りたくなどない。失わせたくない…。
そして、そう思うこともまた…自分のちっぽけな私情によるものなのだ…と。そう気づき、少しだけため息を漏らす。

「いずれにせよ、横島くんに任せる以外私たちに残された道はないわ。小竜姫さまやメドーサさんも含めて…私たちは全員が、自身の霊力を使い果たしている…」
鋭く目を細め美智恵がつぶやく。そしてこの状況……もはや後がないのは、ユミールの方も同様だ。

「…これがラストバトルになるわね。間違いなく―――――――――――――」




――――――――鈍く輝く腐食の羽根が、ヒラヒラと空を舞っていた。


「君は…『こっち側』に来るべきだったね…。自分でもそうは思わない?横島忠夫…」

翼を抱きしめ、ユミールが静かに破顔する。
それは自らの勝利を確信した笑み。異界の天上をはばたいて、少女は空いっぱいに両手を広げた。つかむものの無い空で、無数の羽片を散らせながら…

「…私は、昔の私じゃないの。生まれ変わったの。誰にも殺されないぐらい…強く。強く…!強く!!」

霊気が拡散する。目に見えない力の流れが、突風を生み横島の体へと打ち寄せた。
ジャケットの一部がちぎれ飛ぶ。

「『むかし』を帳消しにすることなんて出来ないよ…。したいとも……オレは思わない」

「…フフッ嘘つき。それはアナタが弱いからだよ」

「……じゃあお前は、今の自分が強いって………本気でそう思ってるのか?」

「っ―――――――――黙れ…っ!」

灰色の翼が飛翔した。刹那、横島の手にする3つの文珠が、圧倒的な光輝を放つ。
視認できぬ域にまで加速された2つの影が、閃光とともに交錯した―――――――!



(――――――――!!)
嵐のごとく巻き起こる暴風。タマモは思わず息を飲む。
(違う…!私の時とは…全然…!)
ユミールの全身から発せられる、異常な殺意に……彼女は、戦慄にも似た怖気を覚えた。



「…この間よりも、また少し速くなった?力を隠してたのかな…それとも、この短期間で成長した?」
「くっ!お前が言えた義理かよっ!」

迫る斬撃を紙一重で避け、横島は少女の胸元へ、緑色の宝珠を叩きつける。

瞬間、膨大な水流が地を穿った。文珠の創り出す、全てを飲み込む激流に……しかし、ユミールの動きは止まらない。

「いっ……けぇええ―――――――――っ!!!」

矢じりと化した数千の羽根が、一斉に横島の元へと降り注ぐ。
無数の爆発。散乱する死の雨が、辺り一帯――――――タマモたちの足場まで切り崩し……

(…っ…みんな…!)

「…あれ〜?よそ見してる余裕なんてあるのかな〜?」

反射的に振り向いてしまう横島の頬を、真空の刃がかすめ裂く。舌打ちの音と、淡い哄笑が大気に響き……

―――――静寂の後、爆炎が舞った。



『あとがき その1』

おキヌちゃんが一度もしゃべらない(笑
どうもこんにちは〜かぜあめです。今回、次回と引き続きひさびさの前後編でお送りする予定です。
しかし・・・うしろと前のバランスが悪いですねこれは…。うむむ…。
ラストバトルだというのに、前編には横島がほとんど出て来なかったり、コカトリスが一年半ぶりに再登場したりと、色々曰くつきの30話。
なんてことだ…(汗)ユミールというセーフティーラインがあるとはいえ、こいつのことを覚えている読者さまが誰もいないという危険な罠です(笑

ちなみに、今回出てきた”お別れの挨拶 ”という曲なんですけど。とんでもなくマイナーですね。
たしかオレの妹が10歳の時にヤマハのピアノ発表会で演奏したんですが・・・
誰か作曲者を知っている方がいらっしゃれば、教えていただけると嬉しいです。執筆作業中、久々に聞いてみたくなりました(笑

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