ザ・グレート・展開予測ショー

招き狐は風呂で泣く


投稿者名:犬雀
投稿日時:(05/ 5/15)


「招き狐は風呂で泣く」



ことの発端は例によって美神のわがまま。
やれ雨だ、やれ暑いと文句を言って仕事を先延ばしにしてみれば、気づいた時には期日間近の案件二つ。
両方ともたいして難しい仕事じゃないが報酬も少ない。
美神の腕なら簡単に出来る除霊だが何しろ双方距離がありすぎる。
結果として美神除霊事務所は二チームに別れて除霊に当たることになった。

南の小島に現れた蜘蛛の怪異にあたるのは美神とシロチーム。
北の温泉宿に現れた女性の霊に当たるのは横島、おキヌ、そしてタマモの両手に花チームである。

本来はおキヌだけでも何とかなる相手だが何が起こるかわからぬ除霊作業。
万一に備えてオールマイティの能力を持つ横島をつけてみて、はたと美神は気がついた。

ひなびたとは言え温泉旅館。
傍目から見ても少女が好意を抱く煩悩小僧と二人きり。
「ええではないか。ええではないか。」と迫られりゃ、「駄目です、嫌です」言ったとしてもきっと最後は甘い夜。
美神の脳裏に浮かぶはポタリと落ちる牡丹の花。
おキヌは何と言っても嫁入り前。
しかも人から預かる身。
乙女の貞操守るため、お目付け役として抜擢されたは妖狐の少女。

元々クールな性質ゆえに普段バカやる小僧から一歩引いてる彼女なら、きっとおキヌの不幸を防いでくれると願いこめ、極上油揚げ数十枚の報酬にてお目付け役の大任を任せてみる。

さてここで根本的な問題が発生した。
考えててみれば皆高校生かそれ以下で、信用第一の霊能家業、きっと横島たちだけでは客が納得すまいと思い至り、「うーむ」と腕を組んで考えれば、幸か不幸か偶然か、たまたま遊びに来たのは横島の友人たち。

強面の虎男、美形の半分吸血鬼、そしてチビとはいえスーツの似合う三白眼と三人揃えば大抵の人は信頼するだろと、何やら背後から物騒な視線を浴びせるおキヌを冷や汗交じりに無視しつつ言葉巧みに言い含め、かくて豪華混成チームの誕生とあいなった。


ほぼ一日にあたる行程を乗り越えて、ついて見れば山奥の寂れた旅館。
そこに現われたる霊は失恋のあまり自殺した女性のもので、なんやかんやと現世の未練やら振った男への恨みごとやらをグチグチと馬の小便のように垂れ流す。
それでも懸命に説得を試みるおキヌの言葉など耳も貸さない幽霊に、ついにタマモがぶち切れて、狐火一つ放ってみればたちまち幽霊悪霊化。
おキヌに襲い掛かる悪霊を横島があっさり切り捨てて除霊作業は無事完了。
早い除霊に喜んだのは宿の主人。
「ありがとうございます。」と頭下げ、感謝の意を表した心づくしの料理を振舞う。
建前上は「成人」として来ているもんで、山宿の料理の定番の鍋だの川魚の塩焼きだのの他にもちろん酒もつき、除霊成功の嬉しさか、はたまた目の前の豪華料理に理性が飛んだかたちまちのうちに場は宴会場へ変貌した。

酒には弱いのを知りながら、想い人の少年に杯わたされ注がれれば嫌とも言えず、クイッと一口あけてパタリと倒れるおキヌ。
それを見てゲラゲラ笑うバカ三人。

「相変わらず弱ええなぁ…」と三白眼。
「綺麗どころが寝てしまうのは惜しいですノー」と顔を真紅に染めた大虎が親父臭いことを言う。
「横島ひゃん…おキヌひゃんを寝かせた方がいいんじゃないれしゅか?」
日本酒には弱かったか呂律が回らぬいつもは冷静な吸血鬼。
倒れこむおキヌの浴衣の裾からこぼれる白い美脚に目を奪われていた煩悩小僧もこっくりと頷くが、さすがにおキヌを一人で部屋に運ぶのは気が咎める。

自分の理性なぞ屁のツッパリにもならんと正確な自己分析が出来るあたりまだまだ酒精に侵されてはいないのか、あるいは意外と酒豪なのかも知れぬ。

だもんだから「一緒に運んでくれ」と横を見れば、据わった目でこちらを見ているお目付け役の狐の少女。
彼女の足元には無残にも討ち死にした銚子が10本あまり。

「タマモ…?」

「んあ?」

怯えを含んだ横島の声に下からねめつけるような視線と共に返されるは重低音。
(コイツこんなに酒癖が悪かったんか?!)と驚きつつもおキヌを運ぶ手助けを提案してみれば、あっさりと頷くタマモである。

火事場の馬鹿力かはたまた酒のエナジーか、小柄な妖狐はぐったりとしたおキヌを「ふん」と担ぎ上げ、手伝おうとする横島に「ふん!」と敵意の篭った視線を向けながら自分たちの部屋へと戻っていった。

「なんじゃありゃ?」と怪訝な顔をする横島に「こら横島飲め〜!」と雪之丞が抱きついて、酒宴はますます混迷の度を深めていった。



部屋に戻りすでに敷かれた布団におキヌを寝かせ、窓の側のイスに腰掛けてタマモは考え込む。
あの幽霊に狐火を放ったとき、少年が居なければおキヌは怪我を負っていた。
自分がキレなければおキヌは危険な目に会わなかったのだ。あげくに普段軽んじている煩悩少年に助けてもらった。
人に借りを作るのが嫌いな自分にしては何と言う失策か。

ブルブルと酒気の篭った頭を振ってタマモは天井を睨む。

「もう失敗なんかしないわ!金毛九尾の名にかけて!」

口に出してしまえば意外にスッキリするもので、タマモは「ほふっ」と息を吐くと気分一新のために露天風呂に行くことにした。

食事前におキヌと入った露天風呂は渓流を模した岩の造形も見事だったし湯の性質も良かった。
気持ちよく寝るためにもう一風呂と手ぬぐい一つ下げて部屋を出る。

霊障のせいで他に客も無い。
暗い廊下を歩いてみれば薄っすらと見える「露天風呂入り口」の文字。

ガラガラと戸を開けて勢い良く浴衣を脱ぎ捨てると湯船へと飛び込んだ。
ブクブクと頭まで湯につけてぷはーと浮き上がるを繰り返すこと数度、ようやく酒気も抜けてきたか周りの音がクリアに聞こえる。
近くを流れる川のせせらぎが眠気を誘い、岩の一つに頭を乗せて目を閉じてみる。
温められた体と夜の山の冷気に冷やされる頭が気持ちよく、そのまま眠りに引き込まれそうになったタマモの耳に聞こえてくるのは馬鹿どもの騒ぐ声。

「ちっ」と気分を壊され舌打ちして気がついた。
その声は脱衣所から聞こえていることに。

「あいつら…覗く気ね…」

ニヤリと笑うタマモ。覗いたら焼き尽くしてやるわと密かに最大レベルの火球を用意する。

実は覗きにきた奴が騒いでいるのは妙だと気づかないあたりタマモの判断力はかなり鈍っていたりして。

そんなこととは知らぬから脱衣所の声は今やはっきりと聞き取れるものになっていた。

「やー。ここの露天は良いらしいですノー」
(ええ。凄く良いわよ…でもね、ここは女湯なの…)

「横島。てめえ覗かねーのか?」
(今覗きに来ているでしょうが!)

「覗いたってなぁ…おキヌちゃん覗いたら俺完全に悪役だし…タマモじゃなぁ…」
(ぬあんだとぉぉぉぉぉ!わ、わたしは覗く価値もないとでもぉぉぉ!!)

確かに先ほど風呂で見たおキヌの裸身と比べれば…見劣りがする。
悔しいけど…これ現実なのよね…。と唇を噛んだのは乙女の秘密。
だが…
(あんたに言われる筋合いはないわぁぁぁぁ!)

準備している狐火が極大レベルに変化した。

「ヒック…でも…やっと露天風呂に入れましゅね…確か10時から男湯と女湯が交代でしたもにょねぇ…」

半分脳の溶けた吸血鬼の言葉に(へ?)と首を傾げるタマモ。
追い討ちをかけるように横島の声が聞こえた。

「そうだな〜。さっきの男湯もいいお湯だったけど、やっぱり温泉は露天だよな!」

(え?え?え?…すると何?今、ここは男湯なの?ってことは…覗きしていることになるのは私っ?!!)

酔いのせいで風呂の前の案内板を読まなかったタマモ、いきなりの大失敗。
ガーンと効果音を乗せた頭の中であれやこれやと思考が渦巻く。

「やーいやーい!タマモの変態狐〜」と囃したてるシロ。

「タマモちゃん…不潔です…」と軽蔑の眼差しを向けるおキヌ。そして…

「同志よ!!」とキラリと無意味に歯を光らせて手を差し伸べてくる横島。

「そんなのイヤあぁぁぁ!」

自分の脳内妄想に思わず悲鳴をあげて慌てて口を押さえるタマモ。
脱衣所が一瞬静まると横島の声がした。

「ん?誰か居るのか?」

「に、にや〜ん」

「なんだ猫か…」

再びガッハッハと脱衣所で馬鹿笑いが始まった。
気づかれなかったことにホッとしつつも「ううっ…九尾の狐が猫の鳴きまねなんて…」とズーンと影を背負うタマモであるが、すぐに落ち込んでいる場合ではないと気がついた。目まぐるしく頭を回転させるが酒気に侵された頭では碌な考えも出てこない。
(見つかっちゃ駄目よ。見つかっちゃ駄目よ。見つかっちゃ駄目なのよぉぉぉ!)とそればかりがリフレイン。
だが事態は一刻の猶予も無く進み続け、ついにガラス戸の前に馬鹿どもの影が見えたとき、タマモは咄嗟に考え付いた方法にすがりつく。


ガラガラとドアが開き出てくるは股間を手ぬぐいで隠した馬鹿4人。

「おー。いい景色ですノー」

「そうだな。ママにも見せてやりたかったぜ」

「気持ちよさそうでしゅねえ…」

「そだな」

かけ湯をしながらあたりを見回す横島。
露天には自分たちのほかに人影は無い。
どうやらさっきの声は自分の聞き間違いだったんだと納得して、ふと見上げた岩の上に珍妙なものが乗っているのに気がついた。

「招き猫?」

横島の声に雪之丞たちもそちらを見れば、確かに岩の上に石像が乗っている。
こういう露天風呂では珍しくも無いが、その造形が他とは変わっていた。
石で出来たそれは確かにポーズだけなら招き猫。
だが、よくよく見ればそれはすました顔した狐の石像。

まあ酔いの回った馬鹿どもがそんなものにいつまでも興味を持ち続けるはずも無く、それぞれが思い思いの方法で湯に浸かる。

誰ともなく「のへー」と息を吐いて溶けた餅のように弛緩する様は命がけの仕事をしてる連中とは思えない。

やがて弛緩していた一人の男がグッと拳を握り締めて湯から立ち上がる。

「勝負だ!」

「風呂で何を勝負するっちゅうんじゃ!この戦闘オタク」

横島の突っ込みは至極当然当たり前。
しかし雪之丞はニヤリと笑う。その笑いに心当たりがある。
そうアレは中学校の修学旅行の思い出。

「誰のブツが一番デカイかにきまてるだろ…」

「ほほう…俺と勝負しようと言うのか?」

「ワ、ワッシは遠慮しますジャー」

逃げ腰な虎にニヤリニヤリと近づく馬鹿二人。
その後ろから沸き起こるもう一人のアホの含み笑い。

「ふふふ…外人相手に勝負になるとでも…」

ピキッ…空気が軋む。

「へ?」と酔眼のままだったピートの目に正気の光。だがすでに遅し。

後ろからタイガーに羽交い絞めされ、前から横島と雪之丞が剣呑な目で睨みつけ、どこから取り出しかわからんが「わたしはとことん調子に乗ってます」と書いた半紙を貼り付けた。

「ああああああ…」

自分のしでかしたことにやっと気がつきジタバタと暴れるピートの腰からタオルがハラリ。

「「「「う゛…」」」」

「あああ…見ないで〜。見ないで下さい〜。ち、ちょっと雪之丞、そのマジックは何を?!!」

コクリと頷きあう馬鹿三人がピートに制裁を加える中、プルプルと震えるのは招き狐。
なんだか顔が赤くなっている気もするが馬鹿どもは気づかない。


「ううっ…もうお婿にいけない…」と泣き伏す吸血鬼を幾ばくかの軽蔑とかなりの羨望の混じった視線で見つめる6つの目。

「コホン」と雪之丞が咳払いして再びお馬鹿な勝負を提案した。

「男は大きさじゃねぇ!性能だ!!」

「性能ってどうやるんだよ…。」

まさか砲撃演習かと半目で睨む横島に雪之丞は力強く宣言した。

「芸だ!!」

「芸?」
「芸ってなんじゃろ?」
「芸って何よ!」

「「「へ?」」」と顔を見合わせる三匹の馬鹿。

「今、女の台詞が混じらんかったか?」

「ああ。オレも聞こえたぜ。」

「でも…ここにはワッシらしか…」

再び顔を見合わせて三匹はギクリと振り向く。
その視線の先には泣きながら股間を洗っている吸血鬼がいた。

「やべえ…追い詰め過ぎたか…」

「目覚めてしまったんかいノー…」

「とりあえず奴に背をいや尻を向けるな!」

「「おうっ!」」

自分がとんでもねー疑いをかけられていることを知りもしない吸血鬼。
彼に気をとられた男たちは気づかない。
彼の横の招き狐が汗をダラダラ流しつつプルプルと震えていることに。

「とりあえず芸の優劣で勝敗をつけようぜ!」

背後を警戒しつつも雪之丞は勝負にこだわる。
「「おう!」」と力強い返事を返す横島とタイガー。
なんだかんだ言っても酔いが残っているのだろう。

「んじゃ。言いだしっぺのオレからやるぜ!見てみろ。勘九郎直伝の大技!」

不敵な笑みを浮かべて雪之丞は大き目の湯船に入ると仰向けになってぶくぶく沈んでいく。
ゴクリと喉を鳴らす一同の前にソレは浮上した。

「必殺「謎の潜水艦!」」

「爆雷を喰らえいっ!!」

「うごっ!!」

浮上した潜望鏡は横島の投げた爆雷(手桶)の直撃を受けブクブクと大破沈没。
「ぜーぜー」と肩で息する横島の前に白目を剥いた艦体が死んだ魚のようにぷかぁと浮かび上がってきた。

伊達雪之丞…湯船に散る。

「では次はワッシの番ですノー」

二番バッター。不敵な笑いを見せる虎男。
何をするやらと見守る横島の前で洗い場に仰向けに寝るとその股間をタオルで隠す。
そして目を閉じ深呼吸。やがて霊力開放し、見せるは幻覚自分用。

「何をっ!」、「する気よ!」

再び混じった女の声も酔っている馬鹿どもには聞こえない。

「奥義!「吸血鬼の復活!!」ジャー!!」

叫びと共に手も触れてないのにムクムクと起き上がるタオル。
それはあたかも棺おけから起き上がる吸血鬼のように禍々しい。

「吸血鬼を馬鹿にするなぁぁぁぁあ!!!」

「うごおっ!!」

流石に腹に据えかねたかピートの放つ霊波砲に湯船に吹っ飛ばされる虎。
ブカーと浮かぶは二番艦。

タイガー寅吉…洗い場に散る。

今や露天風呂に響くは近くの川のせせらぎと「ぜーぜー」と言う3つの息の音。
やがて呼吸を整えたか横島がまだ興奮冷めやらぬピートを見て不敵に笑う。

「ひっ…」と息を飲む声に横島は顔の前で「ちっちっちっ」と指を振る。
その様はいつにもまして勇ましい。

「ピート…お前に教えてやろう。日本の伝統の素晴らしさをな…。」

「え?」

疑問符浮かべるピートに背を向けぬよう、細心の注意を払いつつ横島は歩み出す。
その行く先は何やら目から滝の涙を流しつつプルプルと震える招き狐。

もはや化けているのが苦痛になったタマモ。
ちょっと油断すれば遠ざかりかける意識を必死につなぎとめる。

(駄目よ…耐えなさい私…ここで術が解ければ、オールヌードを拝まれたあげく痴女の烙印押されてしまうのよ!それだけは…それだけは避けなくてはっ!!)

タマモ決死の思いも「がっはっはっ」と笑いながらブラブラさせて近寄ってくる横島の姿にもう限界寸前。

だが横島はタマモの横を通り過ぎる。

「へ?」と怪訝に思うが首を動かすわけにもいかず必死に気配を探ってみれば、背後に沸き起こる芸人魂。

「見せてやるぜピート!これぞ日本の心が生み出した伝説の技!」

「くっ…」と怯むピート。
「何が…」とビビるタマモ。でも自分の後ろでのことなら視覚的なショックは少ないと安堵した瞬間…

「魔技!「ちょんまげ!!」」

ペトンと頭にほの温かく重い感触を感じ、目だけを動かしてその物体の正体を知ったタマモ…。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

露天風呂は紅蓮の炎に包まれた。




結局、近くにお湯があったことが幸いし宿にはなんの被害も無く、焼け焦げた男たちも朝には平然と飯を食っていたりしていつもの日常が始まった。
誰も深酒のせいで前夜の記憶が無い。

ただ一人…白い灰になって部屋の片隅で笑いながら怒涛の涙を流しているタマモ以外は。
時折何かを思い出したかのように、頭の上を払う仕草をしてはズーンと落ち込む妖狐の少女に不思議そうな目を向けるおキヌだった。


それからしばらくの間、シロがテレビの時代劇を見ようとすると一目散に部屋へと逃げ帰るタマモの姿が目撃され、事務所の一同を大いに不思議がらせたのだが真実はついに告げられることは無かった。






                              おしまい

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