ザ・グレート・展開予測ショー

EXILE〜追放者〜(9)


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/ 5/14)

 彼は―――――眷属として作り上げた“睥睨する者”の死を感じた。

 だが、その死の瞬間に“エビス”の力は感じなかった。いや、“力”そのものも感じることは出来なかった。

 “エビス”の手の者か?

 それとも、別の何者かなのか?

 ――――答えは、出ない。

 ただ、虚しさにも似た感情が、微かにこみ上げてくるだけだ。

「ああ、あいつは死んだか。まぁ、死んだのならば仕方ない」

 揺れ動くことのない感情の深淵で、ぽつり、と呟いた。










 何時から全てが虚しくなったのだろうか……彼は思い返してみる。

 本体に棄てられた時には、彼の心にはまだ恐怖と怒り、恨み等の負の感情が満ちていた。

 だが、負とはいえ強い感情を保っていたことで、自我を強く持つことは出来た。


 程なくして本体の感情と力が流れ込んでくるのを感じた。



 ――――その感情の名は、“戸惑い”“喜び”“異邦神……『エビス』としての自覚”。

 ――――流れ込む力は、人に信じられることからくる、信仰という名の無尽蔵の“心の力”。



 『私も……信じられることで力を得ることが出来るかも―――』



 いつしか、負の感情は“憧憬”にとって変わられていた。

 負の感情に囚われること……それが神から魔への転落を開始する一歩になるとはいえ、本来が主神になるべくして生を受けた存在であるために、転落そのものへはやや猶予期間があったことが、彼にとって、幸いに作用していた。



 彼を乗せた葦の一葉は、海を超え、遠い異国に辿り着く。


 本体からは程遠く、最早力を感じることは出来ない。

 だが、“本体の……エビスのようになりたい”その一心で力を振り絞り、骨のない身体を精一杯本体をイメージして形作った。

 より人の目を惹くように、身体の構造を黄金へと変換もした。



 思惑通り、彼を拾い上げた人間は、西の海岸に流れ着いていた彼を神からの……沈み行く太陽からの授かり物として敬い、称えた。


 “本体”にもなれなかった『日の神』に、“分体”である自分がなった……その瞬間だった。


























 だが、千年をも越えるその幸福な日々は、無慈悲に奪われた。

 疾く駆ける四足の獣と火を吹く武器――馬と銃を用い、200にも満たない人数で3万を越える兵を駆逐した白人達の長が、彼の加護を与えた者の末裔を捕らえたその時……そして、白人達が身代金として膨大な金を奪った挙句、約定を違えて加護を与えた者を殺したその時――彼を太陽と崇めた、愛する者達の国・インカは無残に滅んだ。

 彼を拾った者の末裔の一人でもある一人の祭司によって、山越えを果たし、深緑の森へと落ち延びることだけは出来たが――彼を伴って単身で落ち延びたが傷を受けていた青年は、帝国の再興を夢見ながら、傷を悪化させて孤独に死を迎えた。

「――そうだ……私の心は、あの時に死んだのだ」

 最期のその時まで彼を信じ、死んでいった一人の青年の死……その死の瞬間に――あまりに深い絶望に囚われた彼は、力ある神の座を降りた。

 指導者を失った帝国そのものは、傀儡、という形で残りはした。だが、傀儡の帝国も程なくして滅ぼされ、彼を信仰する者も無理矢理に改宗させられたことで彼に流れ込む力は完全に失われた。




 力を失い、休眠せざるを得なくなった彼を掘り起こしたものは、魔族の兵鬼だった。

 青年の遺骸や金品とともに見つけられた彼ではあったが、最早全てを虚しく感じていた彼は休眠状態を解くことなく、されるがままにその仲間である女魔族によって売り払われ……この国に戻ってきてしまった。




 偶然なのか、運命なのかは判らない。




 だが、そんなことはどうでもいい。戻ってきたからには、やらなければならないこともある。

 そのために力は多少取り戻した。だが、“信仰”から得た力ではない、霊道を通る死霊と多量の精霊石を取り込んで、無理矢理得た力だ。

 本来の力からはかけ離れた、魔に堕ちかけている力――――その証拠に、生み出した眷属はあの“睥睨する者”……『骨を持たない者達を統べる者』としての“ヒルコ”の力が生み出した眷属であり、主神として絶大な力を有する『日子神(ひるこのかみ)』としての力は、ほぼ失われている。

 あと数日もすれば、“神”としての彼は完全に塗り潰され、完全に“魔”へと存在を変えることになるだろう。

 だが、その程度のことは最早構わない。

 自分が自分であるうちに、“神”ヒルコであるうちに、神代の刻から感じてきた無念と絶望をせめて一筋でも、彼を棄てた本体に……“エビス”の身体に刻み込む―――――。



 それが、数千の刻を経て、帰還を果たした『追放者』という名の狂神の、最後に残った理性の一欠片であった。


「アマル―――お前の姿を、借りる」

 その姿で戦うことが、彼を最期まで信じた男への報いになるかのように……飛び抜けて優れた戦士でもあった最後の祭司の姿をとり、“ヒルコ”は、深淵を思わせる暗い闇へと歩を進めた。






















 雪之丞達が奥に進むにつれ、霊気の濃度は増していた。

 霊能のない黒崎ですらも視認出来るほどの濃密な霊気――――恵比寿神が放つ神気によって中和されなければ、前に進むことは到底無理と言っても過言ではなかった。

「しかし……協力感謝致します………………異教の神よ。我々だけでこの霊気の渦を抜けることは、相当に難しかった」
 謝辞を述べ、歩みを進めるカトリックの執行者……やはり、キリスト教に関するもの以外を記憶することは出来てはいなかったが。


「わ、ワシはマイナーか?コレでも日本全国で大々的に祀られとる、メジャーな方かと思っとったが……名前も覚えられへんとは――――」

 落胆に肩を落とす恵比寿神に、雪之丞が瞑目しながらその肩を叩く。
「恵比寿サンよ……それは、明らかにこのボケ外人がおかしいんだ。アンタがマイナーって訳じゃねぇよ。バチの一つや二つ、当てちまって構わねぇ。いや、むしろ当ててくれ」

「いや、ワシ崇り神やあれへんし……」

 『―――崇り神だったら、祟ってたのかよ?』冷や汗を一筋垂らしながら、雪之丞は心の中だけでツッコミを入れると、前々から抱えていた一つの疑問を日本が誇る大企業・村枝商事株式会社代表取締役社長にぶつける。

「ところで……気になってたんだが――どういういきさつで“黄金の恵比寿像”を手に入れたんだ?」
 日本でもトップクラスの大企業のトップに立つ人間に対しているとは思えない、横柄な口の聞き方だが、雪之丞にしてみれば相手はクライアントとはいえ、自分も個人事業主……相手が超巨大な財力を誇るからといって態度を変えるよりは余程誠実、という理論であった。

 少々青臭い理論に基づいての態度に、賢一は気分を害することなく応じる。
「得意先から売り込みがあったのだよ。『自分達のグループで南米で新しくプラントを建造している最中、いろいろと掘り当ててしまったんだが、買い上げてくれないか?』とね」

 言葉のトーンに嘘はない。「へぇ」と軽く応じ、雪之丞は疑いなくその話を受け入れる。

「全部で四百万ドル……円にして三億五千万近くだったが、時価総額なら五億でもおかしくない、捨て値に近い額だったからね。喜んで買わせて貰ったよ」

 『簡単に言うな』途端に受け入れられなくなった。



 いくら稼いでも、金が右から左に消えてゆく生活が延々と続いている雪之丞にとって――殺意をダース単位で抱いてもいいくらいの台詞だった。














 ――ファルコーニも黒崎も……賢一の言葉に殺意を抱きはしたが、雪之丞も、緊張を切らしている訳ではなかった。

 あの黒蛇による不可避の奇襲を喰らったこともあり、会話を進めながらも周囲に気を払い、神経を磨り減らしながら万全の体勢で備えている。


 ……その、はずだった。






 ――――――坑道に血臭が満ちた。




 突然の空気の変質に……崩れ落ち、膝を屈するファルコーニの姿に、慄然としつつも周囲を警戒する雪之丞と黒崎。


 奇襲?

 だが、どこから来た?


 耳目だけではない。ゴーストスイーパー二人は霊気を感知するべく意識を凝らしていたし、霊能を持たない一般人とはいえ、黒崎もまた、殺気や空気の動きに対する察知能力は常人よりも遥かに高い。

 そんな三人を向こうに回して奇襲を成功させた上、未だに姿を現わさないのだ。

「気をつけろ、今の攻撃は足元から来たぞ!」
 一撃を受けた感触から相手の攻撃の出所を推察し、ファルコーニが声を張り上げる。

 相手の持つカードは恐らく速さ……“隼”のコードネームを受ける要因の一つであり、動き回る標的にも精密な射撃を皆中させるほどの驚異的な視力を誇るファルコーニの目にも捕らえられなかった一撃を繰り出し、ケブラー繊維で加工され、物理的に強い防弾・防刃効果を有していたはずのカソックごと右脚の膝から上を切り裂いていた。

 カソックの下に着用していた、妖刀をも受けきるだけの堅固さを持つセラミック製のボディスーツがなければ、ファルコーニに待っていたものは右半身を縦に断ち割られての死だった可能性が極めて高い。







 だが、一撃で死を与えられないということは、ダメージと同時に情報をもたらすことにもつながった。



 まず判るのは、相手の『武器』とその射程。

 相手が見えていない以上、射程は不明だが、飛び道具による傷ではありえない、鋭利な刃物で斬り裂かれた傷であることは判断出来た。

 傷口や、斬り裂かれたカソック、線状に傷ついたボディスーツの状況から、どれだけの威力を持つかということも……どのようにその武器を使ってくるかも類推できる。

 縦一直線に引いて斬られた傷は、相手の得物が刃状の武器の中でも、先に広島で倒したデュラハンの持っていた長剣のような断ち割るタイプの『剣』ではなく、日本刀のような片刃の刃であろうことを……ファルコーニの特別な目にも一切通り過ぎる様を見せなかったということは、遠心力で振るわれたものではないことを雄弁に物語っている。

 また、ボディスーツにも傷跡を残すほどの必殺の威力をも有していながら……奇襲を仕掛けておきながら、一撃で殺せない、ということは、あえて加減をしていない限り、精密な攻撃が出来るという訳でもないことも現わしていた。




 ――――意外に近い場所に、敵はいる。


 結論付けたファルコーニは、残る三人を呼び寄せた。


















 “エビス”とその手の者が一箇所に集まったことは、“ヒルコ”にとって、好都合だった。

 不用意に近づいてきた人間に斬りつけた時、頑強な服の下にさらに鎧をつけているとは思わなかったために仕損じてしまったが、相手はまだこちらの存在を完全に把握し切れてはいない。


 高さを、絞り込む。

 薄く、長く、硬くをイメージしながら腕を編成しなおす。

 冷静さを保ちながら、一撃の下に全員を葬り去ろうとしていたその時……“ヒルコ”の目に飛び込んだものは、立ち上がった銀髪の白人の手に握られた、十字の結び付けられた細い鎖だった。

 彼を愛した者達を、そして、彼が愛した者達を屠殺した白人達が手にしていたものを見てしまった“ヒルコ”は、その冷静さを失ってしまっていた。




 ――――――すぐに、殺す!





 仇を討つことを優先し、刃と化した腕を振るおうとした“ヒルコ”は、銀髪の白人が十字のついた鎖……ロザリオを手にして何事かを呟いていたことにも、眼鏡を掛けた黒髪の青年が隊列の前後に何かを置いていることにも、気付いてはいなかった。




 だから、壁に擬態していた“ヒルコ”は、予想外の無数の打撃を受けてしまった。


「『主の言葉は全て純粋。主は拠り頼む者の盾なり』――――」
 ファルコーニの作り出した光の盾が、四人と恵比寿神を半球状に覆うと同時に、黒崎も両手に持っていたクレイモアの起爆装置のボタンを押す。


 不用意に攻撃を繰り出そうとしていたヒルコの右腕が、純銀のベアリングによって引き裂かれる。

 ぼろぼろの刃となって辛うじて残った部分もまた、本来の威力を発揮することなくファルコーニが作り出した光の盾に阻まれ、その動きを止めた。

 痛みと怒りが、擬態の身体を人目に露わにする。


 隊列の3m先、というごく近くの岩肌が、徐々に色彩を帯び始めた。

 赤、黄、緑……原色が入り乱れた、南米の少数民族が着けるかのような装束に身を包んだ青年の姿で、怨嗟の込められた声で古き神は言う。

「――――やはり、お前は……消してやるぞ、“エビス”!」
 よりにもよって、仇敵と手を結んだ『かつての本体』への怒りを露わにして―――。

「それがお前の……今のお前か、“ヒルコ”」
 深い悲しみを湛えた顔で、恵比寿神は呟いた。

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