ザ・グレート・展開予測ショー

「どようの夜に」


投稿者名:犬雀
投稿日時:(05/ 5/14)

「どようの夜に」



「ねえヨコシマ…」

いつもの美神除霊事務所の昼下がり、唐突なタマモの一言からそれは始まった。

「なんだ?」

ぼけら〜とソファーに寝転びながらせんべいを齧っていた横島が気の無い返事を返す。

「「どようのうしの日」って何?」

「ウナギを食う日だ。」

「俺には関係ねーけどな。」とやさぐれる横島にタマモはキョトンとした顔を向ける。

「なんで土曜日で牛でウナギなの?」

「知らないけどな…。でもそういうことになっているんだ。」

「ふーん。ウナギって美味しいの?」

「美味いけど…お前食ったこと無いんか?」

「昔あるかも知れないけど覚えてない。」

そういや俺もしばらく食ってないなぁと思う横島。言われてみればウナギの味も形も遥か記憶の彼方だったりする。

「ここに居りゃ食えるだろ。」

タマモたちが自分よりはるかに良い食生活をしていることは知っている。
だから贅沢者の美神が夕食にウナギを出していないとは思えない横島である。

「私、ウナギ嫌いだから。」

帳簿を整理していた美神が書類から顔も上げずにポツリと呟く。

「そうなんすか?」

「ええ。油っこいでしょ。何となくねー。」

「油?!」とタマモの目がキランと光る。気のせいか髪の毛もパタパタと揺れているようだ。犬であれば尻尾を振っているというところだろうか?

「ねえ。ヨコシマ。ご馳走して!」

「まてや。それを俺に言うかお前は。俺がここ二〜三日どんな食生活をしているか知っているのかお前は。ペンペン草が意外に美味いことに気がついた男の気持ちがわかるんかお前はぁぁぁぁ!!!」

「あんたいったい何を食べているのよ…。」

「哀れと思うなら給料…いえ…なんでもないです…」

血の叫びをあげる横島に呆れ顔の美神は横島の願いを視線だけで圧殺してやれやれと頭を振った。

「そんなに食べたきゃ買ってきて食べればいいでしょ。スーパーなら安いのあるでしょうに。」

「そうなの?」

ニヤリとタマモは横島に近づいてその袖を掴む。
嫌な予感がヒシヒシと背骨を尾てい骨まで走りぬけ、思わず後退さろうとする横島の手をがっちりと掴むタマモ。
その目に星の輝きと、その顔に堕天使の笑みを浮かべてタマモは横島に囁いた。

「奢って…」

一瞬ドキっとしたものの「俺はロリコンちゃうわぁぁ」と心の中で絶叫しつつ、横島は悲しげに首を振るとジーパンのポケットから財布を取り出し、中身を手のひらに晒して見せた。

チャリン…枚数の少なさが音だけでもわかるほどの物悲しい響きだったが美神の耳がピクリと動く。

「これが俺の全財産や!どちくしょおぉぉぉぉ!!!」

「…199円…」

さすがのタマモも涙を隠せない様子だ。

「タマモ…」

「何?」

「お前もちっとは出そうとか思わんのか?!」

「え?わ、わたし?」

言われてタマモもスカートのポケットから、今時の若い娘が持つには珍しい赤いがま口を取り出して中身をその手のひらにあけてみる。

チャリチャリン…と横島よりなんぼかマシな音がしたが入ってたのはやはり小銭だけ。

「…213円…」

がっくりと肩を落とす二人からはとめどない悲しみの波動が伝わってくる。
なんというかもう触れただけでビンボ臭くなりそうなその気配に帳簿をつけていた美神の手が止まる。

「あのさヨコシマ…二人合わせれば何とか食べられないかな?ウナギ…」

「それを食った後、俺はどうやって生きていけばいいんや…」

「あー。んと…今の季節ならノビルとかも食べれるし…」

「何が悲しゅうて都会の真ん中でサバイバルをせにゃならんのだぁぁぁ!!」

再び絶叫する横島の大声に美神がキレた。

「あんたら五月蝿いわよ!そんなにウナギが食いたきゃ川でも海で行って自分で獲ればいいでしょうが!!」

「「はいっ!!」」

美神の剣幕に尻尾を丸めて事務所から飛び出す横島とタマモであった。
二人が退室するのとすれ違いにおキヌが入ってくる。

「あれ?横島さん帰っちゃいました?」

「五月蝿いから追い出したの。でもアイツのことだから晩御飯までには戻ってくるでしょ。」

「そうですね。ところで美神さん。今日の夕飯は何にしますか?」

「そうね…たまにはおキヌちゃんも楽したいでしょうから今日は出前にしない?」

「え?私は別にいいですよ。」

「んー。でもなんだか鰻重が食べたい気分なのよね。もう帳簿の整理で目が疲れて…ほら、ウナギってビタミンAが豊富でしょ?」

「老眼ですか?…「なにか言った?」…ひっ!な、な、なんでもないです…」

「そう。だったら後で出前とりましょ。」

そう言ってもう一度帳簿に目を落とすと再び数字と格闘しだす美神に人工幽霊は声を出さずに優しく笑った。




一方その頃、事務所を追い出された横島とタマモは川辺を歩いていた。
ちょっと見には仲の良い兄妹が散歩しているようにも見えるが、近くに行けば二人のかもし出す気配が「ほのぼの」と言うより狩人または漁師のそれに近いということがわかるだろう。

「ヨコシマ…川ね…」

「ああ…川だな…」

「ウナギいるかな?」

「知らんが居るんじゃねーか?川だし…」

なんだか会話が危険な方向にシフトしつつあるようだ。

「獲れるかな?うなぎ…」

「道具が無ければ駄目だろ。釣竿とか…」

「文珠でなんとかならない?」

タマモの台詞にポンと手を打つ横島。
しばし二人で顔を見合わせていたが、同時にニヤリと笑うと一目散に川岸に走り出した。
水際についた横島の手にはすでに文珠が握られている。
『竿』と込めて発動させてみれば、横島のイメージ通りの霊気の釣竿が出現した。
器用なことに糸も針もついている。

「いっぱい釣れるといいわね!」とワクワクしながら見守るタマモに一つ頷いて横島は釣り糸を水面に投げ入れた。


30分経過…

「釣れないわね…」

「まてまてって釣りってのは忍耐の勝負だ。」

「そうなの?」

「うむ。焦る奴は釣りにむかん。」

自信満々な横島の台詞に釣りの経験の無いタマモは「ふーん。」と小首を傾げながらも従うことにする。

…1時間経過…

「ねえ…ヨコシマ…」

「なんだタマモ…」

「ピクリともしないんだけど…」

「魚が居ないのかな?…くそっ!都会の川がこれほど荒廃しているとは環境行政は何をやっておるかっ!!」

何やら八つ当たり気味な言葉を天に向かって吐く横島。
すると背後を釣竿を持った老人が通りかかった。
老人は横島の手で光る霊気の釣竿を興味深げに見つめると近寄ってくる。

「お兄さん釣れるかね?」

「いやそれがサッパリなんすよ。」

好々爺とした感じの老人に横島も苦笑を返した。タマモが老人の持っているバケツの中を覗き込む。
中には名前はよくわからないけど丸々と太った十数匹の魚が居た。

「ヨコシマっ!やっぱりこの川には魚がいるわ!!」

「でも釣れないよなぁ…」

勢い込むタマモに向かって少し萎れた答えを返す横島に老人は怪訝そうな顔をした。

「ところでお兄さんや。餌は何を使っているんじゃ?」

「「へ?」」

釣れなかった原因は環境行政の不手際のせいではなかったようだ。



その後、老人にこの川でウナギは釣れないと聞かされてとぼとぼと事務所への帰り道を歩く二人。
二人とも見事に背中が煤けている。

「ぐすっ…ウナギ…」

とうとうベソをかきはじめるタマモ。よほど未練があるらしい。
まあ人間というものは手に入りそうで手に入らないものには心惹かれるものだから仕方ないだろう。狐だけど…。


「先生!タマモと何してるでこざるか!」

突然後ろからかけられた怒声に振り向くと、そこには「犬まっさかさま」と書かれたドッグフードが入った買い物袋を下げて仁王立ちするシロの姿。
敬愛する師匠がよりによって女狐と何やら仲睦まじく(シロ主観)歩いていたのが気に入らないのか髪の毛がかすかに逆立っている。

「「なんだシロか…」」

見事にシンクロしつつ吐き出される溜め息に怯むシロ。
尋常ではない気配に何があったと聞いてみれば、返ってきた答えはさしものシロですら呆れるものだった。


「ウナギでござるか…?それなら人狼の里の川に一杯いたでござるよ。」

「「本当?!!」」

「む…拙者は嘘はつかないでござる!」

「ヨコシマっ!」

「わかっている!シロ!人狼の里へ行くぞ!!」

「い、今からでござるか?」

「ふふふふ…」

不気味な笑い声とともに横島が取り出した二つの文珠はそのものズバリ『転』と『移』。

「せ、先生…そんな勝手に文珠を使ったら美神殿に怒られるでござるよ…」

「ふふふふ…シロよ。お前はまだ俺のことがわかってないな…」

「え?」

「将来の折檻より目先のウナギが大事なんやぁぁぁ!!」、「そうよっ!!」

またまた息の合った横島とタマモに抗議をする間もなくシロは文珠の放つ光に巻き込まれた。





「横島さんたち遅いですね…」

「あんのバカは何やっているよっ!!」

「美神オーナー。シロさんもまだ帰ってませんけど。」

もう湯気の出なくなった鰻重を前にそれぞれの感情を見せるおキヌと美神。
どちらかは解らないけどクウウウウと小さくお腹のなる音がした。





その頃、人狼の里では…


「コレがウナギなのっ!!ちょっと固いけど美味しいっ!!」

「コラ!シロっそれは俺のだっ!!」

「拙者の里のウナギでござる!いかに先生といえどコレは譲れませぬ!」

里の者達が獲ってくれたウナギを山盛りになったご飯に乗せて貪り食う横島たち。
彼らの腹に入ったウナギの数はすでに二桁の大台にのっている。

そんな彼らを驚きの目で見つめる長老に若い人狼がそっと耳打ちする。

「長老、アレはウナギはウナギでもヤツメウナギと言わなくていいのですか?」

「…お主は今更言えるか?」

「はあ…でも宜しいのですか?昔から「卵たちまち、山芋やたら、ヤツメウナギは8度勃つ」と言われてますが…。」

「かまわんよ…。それで人狼の里の少子化問題が解決するかも知れないのじゃからな。」

「なるほど…」

ニヤリと悪代官と商人のように笑いあう長老と若い人狼の前で横島たちはモフモフとウナギを食い続けたのであった。





後日、美神除霊事務所に一通の封書が届く。
それは行方不明になった横島とタマモそしてシロの連名の封書。

中を開けてみれば、子狐と子狼を抱いた横島とその隣で幸せそうに笑う今はすっかり大人の色気を滲ませたタマモとシロの写真。
そして一枚のカード。

カードにはただ一言…


「私たち結婚しました。」と書かれていた。


「「なんだとぉぉぉぉぉぉ!!!!」」


「土用の夜に」      おしまい

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