ザ・グレート・展開予測ショー

こどもチャレンジ(12)


投稿者名:逢川 桐至
投稿日時:(05/ 5/11)



 いつもの事と慣れ過ぎて油断したからか。

 いや、これは自分の天職だ。
 途中で見付かった事は、まぁ確かに多々有るが、それは油断故ではなく相手が悪かったからだ。 …たぶん。

 では、どう言う理由でかはともかく、その足場が脆かったからなのか。

 いやいや、なかなかにしっかりした造りをしていた。
 有りがちな手抜きの気配も無かったし、きちんと金を掛けられた構造物だった様に思う。

 ならば、他の要因か。

「運だな、きっと」

 諦めの声が漏れる。
 ここ一番と言う時、いつだって自身の天秤は大きく傾くのだ、どちらにかはともかく。

 紛れもなく落下している自身の状況を顧みず、横島はそんな事を考えていた。
 ぶっちゃけ、覗きに夢中になるあまり乗っていた仕切りから足を滑らせ、落下している最中なのだ、女湯へと。





 こどもチャレンジ 12





 まぁ、大した高さではないから、即座にお湯の中へざぶんと落ちる。

「あれ?」

 水飛沫を盛大に上げながら、しかし横島は違和感を感じていた。

 想定したほどの痛みが無い。
 ほんの3mそこらとは言え、湯船がプールほど深い筈も無く。 当然 身体は……少なくとも手足くらいは底にぶつかっていなくてはおかしい。

 なのに。 何か柔らかい物の上にでも落ちた様に、硬さが感じられなかった。

 特に左手。
 何やら柔らかい感触に、思わずふにふにと動かしてしまう。 すると押し返す様な弾力。

「あー、これは…」

 ぷにっとした感触に、手が勝手に動き続けている。

「ふ…」

「ふ?」

 声が聞こえた方に顔を向ければ、涙を一杯に溜めた怯えた様な怒った様な、そんな表情をした少女。 そのどこか見覚えのある顔に、反射的に視線を逸らす。

 相変わらず自発的に動いてる左手へと目を向ければ、手の内にはまだ小振りな、だが形の良い胸の膨らみが有った。

 意識して手をふにっふにっと動かす。 ふわっと押し返して来る柔らかさ。

 どうやら現実の様だ。

「…ふぇ…」

「笛?」

 ボケた所で、だが現状が無しになる訳も無く。

「ふぇえぇぇえぇぇぇぇぇっっっ!!!!」

 思い切り少女が泣き出した途端、猛烈な勢いで吹き上がった霊力の爆発に、彼の身体は大きく宙へと弾き飛ばされた。

「のぅぉわぁぁぁっっ!」

 遠ざかる爆発の中心に、少女とは別の12個の異形を目にして「見覚えが有る筈だわ」と呟くと、身体の痛みから横島は意識を手放した。

 ・

 ・

 ・

「…つう訳で、そのまんま吹き飛ばされちゃいまして。
 やー、まいったまいった」

 ぼろぼろになって発見された弟子は、あっけらかんとそう曰った。

 その言葉に、神父は額に手をやって立ち暗む自身を押え込んだ。
 齢12の少年の行動は、紛う事無き覗きの常習犯のソレで。 そんな事を何でも無い事の様に笑顔で答えられても、はっきり言って困る。

 周りに居並ぶ面々は、被害者かつ加害者の少女とその母親、それに少年の姉弟子……つまりは女性だらけなのだ。
 覗きを何でも無い事の様に言う横島に、はっきりと不快気な視線を送っている。

「き、君ねぇ…」

 神父の口から溜め息混じりに言葉が漏れる。
 このフレーズを一体 何度使っただろう。 良くも悪くも、この少年は厄介事を持ち込んでくれる。

「けど、今日は除霊作業をする事になってるじゃないっすか…」

 向けられた視線のキツさに、今更ながらの弱腰で、弁解する様な言葉が漏れる。

「だから何だってワケ?」

 エミから見ても、それは悪ふざけと呼ぶには少々看過し難い行為だった。

 それ以前に、横島以外にとってその言葉は、何の言い訳にもなっていないのだ。
 涙目の少女……言うまでもなく六道冥子(16)である……も、むぅっと頬を膨らませている。 12鬼の式神も、母親に制御されていなければ、また暴れ出したかも知れない。

「だ、だから、霊力を上げとかなきゃなぁ、と」

「それと覗きとに何の関係が有るんだね?」

 神父の声音にも、叱りつける様な強さと呆れとが混ざっていた。

「俺の霊力源って煩悩なんで、今の内に高めとこうとオモイマシテ…」

「「「はぁ?」」」

 冥子を除く3人の口から、呆れ混じりの疑問符が零れた。

「普通は〜〜、そんな方法は取らないものよ〜〜〜」

「そう言われても、実際これで上がるし…」

 自明の理とばかりの言葉に、冥子を除く3人の肩ががっくりと落ちる。
 そう言う霊能者も居ないでもないのは事実。 房中を能くする修験や密教関連者も大きな目で見れば、そうと言えなくも無い。

 だが、小学生の男の子が、となると少なからず異端だ。

「じゃあ、おたくは今、霊力たっぷりってワケ?」

「んな訳ないじゃないっすか」

 気を取り直したエミの問い掛けに、これまたあっさりした答が返る。
 すぐに、彼女の目はキツくなった。

「どう言う事よ? 覗きで霊力上がったんじゃなかったワケ?!」

「上がった分なんて使い切っちゃいましたって。
 生きてるだけでも、誉めて欲しいくらいだっちゅうの」

 そう言われて、六道女史は さっと顔を逸らした。

 これは神父にもエミにも納得がいく。
 あの突然吹き上がった巨大な霊圧と、その場の惨状の痕跡は目にしているのだ。 直接 捲き込まれたにしては、彼の被害は皆無に近い。 見た目、ボロっちくなっているだけなのだから。

「あー、で、それだと今夜の作業には支障でそうなのかね?」

「ん〜
 同じくらい無茶しなきゃなんない、なんてぇのでなきゃ、まぁ大丈夫だと思いますけど」

「ふむ…」

 気負いの全く無いその答に、右手を顎に添えると神父は黙って考え込んだ。

 今回の仕事は、そう難度の高いモノではない。
 だからこそ、研修を兼ねて二人を連れてきたのだ。 何が有ってもフォロー出来る程度の仕事で、力試しや場馴れさせるには ちょうどいいからと。

 それにどのみち、六道女史の目もあるから横島はサポートに徹しさせるつもりだった。

 先の暴走で一端は垣間見せてしまった事だし、ならば六道親娘と共に後ろで見学させていても問題ない。 と言うかその方が無難だ。
 今回の目標は単体だし、屋内作業のパターンも有り得るから、一塊で動くのは確定だろう。 ならば、横島はそれでいい。

 エミを現場に連れ出すのは、コレで3度目。
 こちらは、そろそろ作業に手を出させてもいい頃合いだ。

 撃滅波はその効果に比して、化粧・衣装・呪唱と用意が多岐に渡り手間も多いが、貫通波なら自在に出せると判っている。 その威力も、平然と受け止めきった横島が異常なのであって、騒霊相手なら問題ないくらいには強い。
 彼女は、直接の経験を積ませても良いレベルだ。

 となると、前衛を自身が務めねばならないが、彼我の差を考えればそう難しい事ではない。

 そう算段して、彼は口を開いた。

「そうだね。
 それじゃ、予定通り今夜決行と言う事で」

 ・

 ・

 ・

 その頃、東京。

「エミまで居ないって事は、仕事に連れてったってコト?!」

 美神が不満そうに声を荒げていた。

 彼女が今 いるのは、通い慣れて来た神父の教会である。
 期末試験に備えていた美神が、ここにやって来たのは単純な理由からだ。



 遅れを取り戻すべく勉強に集中していたが、それも数日ずっと続けて、ではフラストレーションも溜まって来る。
 人が集中して何かをこなせる時間と言うのは、けして長くはないのだ。 息抜きはどうしたって必要である。

 しかし、一月に渡って荒れた生活を送り、不良たちにすら目を逸らされるほどの行状の結果。 美神には元々多くなかった遊び仲間と、すっかり疎遠になっていた。
 おそらくは、それでも彼女からアプローチすれば、応じてくれる友達もいただろう。 だが、照れ臭さや恥ずかしさもあって、美神はそう出られなかった。

 となると、彼女が足を向けられるのは教会くらい。

 そんな訳で足を延ばしてみれば、しかし建物からは人の気配が全くしなかった。
 弟子たちそれぞれに予め渡されていた合鍵を使って、取り敢えず中へと入る。

「えっと、今日の仕事は…」

 執務室に取り付けられたスケジュールボードを見れば、某観光地での作業の予定が記されていた。

「…県だと、泊り掛けかぁ」

 これでエミも居ないとなれば、同行したのは まず間違い無いだろう。
 弟子たちの中で一番場馴れしているのは美神だが、能力自体は一番低い。 未だ、自衛にも難が有るくらいだ。 それは、自身、理解している。
 横島は実力はともかく年齢に難があり、だから実際に助手を務めた事が有るのはエミだけだ。 霊力的にも充分高く、能力開発より場数を踏む事の方が意義のある程度には強い。 だから、手が要るならば、エミを連れて行くのは当然の選択だ。

 しかし、そうと判っていても悔しいものは悔しい。
 彼女とは反駁し合うモノがあるだけに、余計に。 理ではなく感情のラインで納得出来ない。

「ふんっ」

 だが、一言 吐き捨てて、美神は気持ちを切り替えた。

「けど、て事は忠夫は来ないわよねぇ。
 あいつで鬱憤晴らそうと思ってたのに…」

 その内包する霊力は不自然に高いが、なぜか美神にビビってる……様に見える……横島は、体のいい発散相手だった。
 口で反抗されても、反撃された事は無いし、言う事を聞かなかった事も無い。 まるで、主従関係でもあるみたいに。 その配置が、自身の中でしっくりと来るのだ。
 年下相手に虐めなんてガキっぽいとは思わないでもないが、これがなんともしっくり落ち着くものだから、今となっては彼女も気にしなくなっていた。

 それはともかく、エミまで居ないとなれば、彼も今日は来ないだろう。
 美神と違い、横島はここ最近も通っていた筈だ。 仕事での留守は、当然 連絡されて居ると見ていい。

「ちぇ。 どうしようかしら…」

 不意に、目の前に有るテーブルの上、そこに置かれた箱に目が止まる。 その中には、今回 神父たちが残して行った道具が入っていた。
 箱から手持ちぶさたに中身を取り出すと、それらを弄くり始める。

 御札の類いはきちんと管理されて居るし、おそらくは持って行ったのだろうから、この箱の中には勿論 入っていない。
 あるのは、霊体ボーガンなどの、エミがあまり得意ではないらしい攻撃用アイテムばかり。 どうやって使うのか、美神にも良く判らない物も入っている。
 素で自衛手段を持つ横島と違い、エミも美神も某かの道具は必要だ。 とは言え、それらとの相性もあり、神父は何とか遣り繰りして様々な道具を教材として集めてくれたのだ。 つまり、目の前のこれらがそれだった。

「ママは、これを使う事 多かったっけ…」

 取り出した霊体ボーガンを構えてみる。
 幼い頃の自分を伴っていたからか、まず先制出来る長射程のコレは必ず使っていた。 空中などの敵にも有効であり、霊体ボーガンは使い勝手のいいアイテムの一つだ。

「それから、近付いてきたヤツには御札を向けて…」

 牽制の意味合いも強いボーガンと違い、種類次第でかなりのダメージを与えられる御札は、多くのGSにとって必需品だ。

 美智恵も例に漏れず、良く使っていた。
 個人で請け負うGSにとって、起動の際に僅かに霊力が要るだけの御札は、かなり高価ではあっても それに見合う価値が有る。 吸印札の様に事後処理の必要な物もあるが、霊力対効果のパフォーマンスが優れているからだ。

「そして最後に」

 これまた、見慣れていると言っていい道具の一つ……神通棍を手に取る。

 その時だった、屋外から何やら大きな声が聞こえてきたのは。

「ぃ〜むぁ〜〜っ!!」

 手にした小さな筒をぎゅっと握り締め、美神は煩わしそうに顔を顰める。
 母親を思い出していたこの一時は、彼女にとって大事なモノだった。 それを汚いダミ声が邪魔をしたのだ。

 すくっと立ち上がると、騒音の下へズカズカと歩き出す。

 叫び声の聞こえた門の向こう。
 握り締めていたエミのヒールを、力一杯その騒音の源……筋肉質の男へと投げ付けた。

「よ〜〜こ〜〜し〜〜むぁはぁっっ?!!」

「うっさいわね、何なのよあんたはっ!!」

 額を押さえてしゃがみこむ男に、胸を反らし仁王立ちで問い掛ける。

「ぐぅうぉぉぉ… なにをするか貴様っ?!」

「なにを、じゃないわよ。
 こんな住宅街の真中でバカみたいな大声上げて、ナニ考えてんのよ、このバカっ!」

 切られた啖呵に、しかし珍しく彼……蛮・玄人は自身を制御した。 こう見えて、フェミニストでもあるのだ。

「くっ… まぁ、いい。
 それよりも、ここに横島と言うガキは居るか?!」

「なんな訳、あんたは?」

 立ち上がるなり威圧を掛けてきた肉達磨に、美神は薮睨みに ねめつけた。

 エミに比べて横島は、別に嫌いではない。
 便利な下っ端くらいには、身内扱いなのだ。 …主に横島の態度の所為で。
 それに彼は見た目通りの小学生。 こんなヤクザ紛いのおっさん……美神の認識ではだが……に、ほいほいと売るほど非常識ではない。

「居るのか、居ないのか、どっちだっ!!?」

 しかし、玄人はそんな忖度なぞ出来ず、一声そう吼えると掴み掛かる様に美神へと詰め寄った。

「なにすんのよ、このクソオヤジっ!!!」

 反射的に振り上げた手から、ジャキンッと音を立てて神通棍が伸びる。

 怒りと敵意で一気に集中された霊力が、神通棍に仕込まれた精霊石に拠る増幅機構を通されて、爆発的な攻撃力へと転嫁した。

「なっ…? どぎゃっ!!!」

 直径3cmそこそこの細い金属棒は、常識外の威力で彼の巨体を吹き飛ばす。

「これ…」

 自身の手が握り締める神通棍が、その力溢れるスイングが、美神の思い出の中に一致する。

「そっか… ママと一緒…」

 含羞む様に微笑みが零れ、少し緩む涙腺を押え込む。
 しっくりとくる手触りと、しっかりとした手応え。 いつか見た美智恵の様に、自身がそんじょそこらの悪霊なぞ歯牙に掛けない強さを持つと、自らの手で輝いている神通棍が告げている。

「ふふ… ふふふ… ふはははははっ!
 見てなさい、エミっ! これで先輩風なんか吹かせなくしてやるわっっ!!」

 空に浮かぶ宿敵に、力一杯宣言する。
 静かな住宅街に、一際高く哄笑が響き渡った。





「ま、またか… またなのか……?」

 高笑いを続ける彼女から、ほんの5mばかり先の車道で、ぴくぴくと蠢く肉塊が一つ。

 がくりと落ちたその手の先に、剣呑な気配に遠のいていた雀が止まる。 遠くから注がれる野次馬の、生暖かい視線が彼を包み込んでいた。





 【つづく】



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……ぽすとすくりぷつ……

 お久しぶりでございます。 月2くらいなどとぬかしつつ、そろ1ヶ月近くも開けてしまった、大嘘吐き@逢川です(__)
 4月中にもう一回とか思ってたんだけどねぇ… 困った物で。

 取り敢えず、予定通り蛮・玄人を使えたんで、その点は良し(笑)

 次回、師弟+親娘の除霊騒ぎは… なるべく早めになんとかしたいと思ってます(__) って、なんかいつものセリフになっちゃって困ったものですが。

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