ザ・グレート・展開予測ショー

EXILE〜追放者〜(8)


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/ 5/ 9)

「―――ヒルコの……片割れ?」耳慣れない単語に二人のゴーストスイーパーはそれぞれ怪訝な表情を浮かべ、顔を見合わせる。

 『……知ってるか?』『……知るわけないだろう、日本人』表情がそう物語る無言の会話。

 その沈黙の会話を、一般人であるはずの黒崎が中断させた。

「ヒルコ―――ということは、もしかして……古事記にある――国生みの神話に関連しているのでしょうか?」

「ああ……その通りや」

 実力そのものは手練のGSと言ってもいい域にはあるが、戦いと研鑚以外に興味を引くものがない単純な戦闘狂と、異国の文化には大して興味を持たないイタリア人が二人して博識な一般人に投げかける、『あっ!この野郎……見せ場取りやがって』という嫉妬にも似た視線はさておき、恵比寿神の映像は座したまま頷き、言葉を紡ぐ。

「ワシのもともとの名前はヒルコ……“日ィ”に子供の“子ォ”ゆうて書く、『日子』ゆうんが最初に二親に与えられた名前やった。
 この国を作ったおとんとおかん――イザナギとイザナミのこっちゃな――この二柱の神さんが、神の中でも主神に数えられる『昼』を司る力を持っとる『日の子』ゆうてこの名前を付けたんやが……生まれついて骨を持ってへんかったワシは、数えで三歳になったその時にも、立つことがよぉ出けへんかったんや。
 折角の『日の子』やから、と思うて育てておった長男が立つことすらでけへん……しかも、妹として生まれたアマテラスも、『日の子』としての力を持って生まれた。そこで、おとんとおかんは考えた訳や」


 福々しい表情を歪め、苦い言葉を続ける。








「『こんな子ォは、もういらん』……とな」











 神の言葉に、四人中三人の人間が衝撃を受けた。



「なるほど……『足萎えの蛭子、三つになれどなお立てず……天磐樟船(あめのいわくすふね)なる葦の舟にて高天原より流され――――播磨国西宮の浦に流れ着き、夷となる』――ということですか」
 唯一衝撃を受けていない人間が、眼鏡を押し上げながら無感情に語る。

「……む、ムカつくぐらいによぉ知っておるやないか」
 見上げる視線をややジト目に変え、恵比寿神が人間コンピューターに向けて呟く。


「お褒めに預かり、光栄です」
 やはり無感情気味に返す黒崎……このコンピューター、一度でいいからバグが起きるところを見てみたいのだが……無理だろうか?













「恵比寿様に……本当にそんなことが」

 伝説そのものは知ってはいたが、日頃から信仰する神の口から事実として伝えられるこの淡々とした独白に、何より人の親として大きな憤りを感じる賢一。



「親が子を棄てる……我々の教義なら考えられない話だな」

 およそ理解できない異教の神の心境を聞き、ファルコーニもまた痛烈な感情を抱く。


 
「ムカつく話だな……それでも親か!」

 そして……四人の中でも人生経験が極度に少ない魔装術使いは、明白な怒りを露わにして吐き捨てた。


「俺も親父と逢うことは殆どねぇし、逢ったら喧嘩する方が多いけど……それなりに情は受けてきたのは判るぜ。少なくとも『いらないから棄てる』なんていうことは絶対にねぇ――ママにしてもそうだ。そんなに体が強くないって言うのに俺を生んで、病弱だった俺をそれこそ命がけで育ててくれたんだ。多少のことなんざ目をつぶれってんだ!!」

 幼くして母を失い、その責を病弱だった自分に課していた雪之丞は、こう見えて人一倍愛情には飢えている。

 特に、幼い雪之丞を育てるために日本中を駆けずり回り、必死になって働いた父とも離れ離れで暮らすことが多くなった、ということも重なってだろう……『親子の情』というものには特に飢餓的なものを感じさせるほどである。

 その『親子の情』というものを否定するかのような二柱の神の態度に、自然と多弁になっていた。



 だが、続けられた恵比寿神の言葉は、特に雪之丞に大きな打撃をもたらす。


「すまんのぉ。ワシのためにそこまで怒ってくれて。せやけど、それだけで終わりやないんや。
 高天原から棄てられた時のことは、よぉ覚えとる。『今まで育てておったが、こんなヒルみたいな骨無し子なんぞ育てたなかった』『アマテラスが生まれてくれて助かった。お陰でこないな子を育てんで済む。ああ汚らわしい。二度と見たないわ』実の二親にこうまで言われて、ワシは棄てられたんや。
 その時からワシは『日の子』の意味を持つ『日子』の名を奪われてもうて『ヒルの子』……『蛭子』になったんや。おんなじ『ヒルコ』やいうのに、片やお日さんを司る主神の候補で、片やバケモン扱い……大違いやろ?」



「……っ!」
 舌鋒を途絶えさせ、雪之丞は息を飲む。


 ファルコーニも賢一もまた、絶句以外に何も出来なかった。



 実の両親によって化け物扱いされ……愛情すらも与えられずに棄てられた恵比寿神の吐露する言葉に込められた絶望は……あまりに昏く、深いものであった。

 絶句以外に何も出来ようはずがない。



 
「とはいえ、ワシもこのあとで似たようなことをしたんやさかい、おとんとおかんについてはそうは言えん。
 あまりに深い絶望と恨みに囚われたとはいえ、一応は神に連なる身ィや……何よりも怖いのは高天原から流されたことやない……ワシ自身が深い絶望と恨みによって蝕まれ、ホンマモンの『穢れ』――今風に判りやすく言うなら、魔族やな――になってまうこと……そして、それを消し去るために、実の兄弟やその一族に消されてまうことが、何より恐ろしかったんや。
 そこでワシはな……自分の一部に自分の中に生まれ、澱のように溜まっておった『穢れ』を一箇所に集め――切り離して棄てたんや」

 左手に手刀を当て、引くジェスチャーを見せた。

「……結局ワシもわが身可愛さで“ヒルコ”を棄ててしもうたんや。徐々に自分が違うモンに変わってきておるのが判る……それが怖ぉうてたまらんかったという理由だけで、な」


「いえ――その気持ち……察します。異教の神よ」
 ただの同情だけではない――ある種の畏敬を帯びた口調で述べるファルコーニ。

 異教の信徒に敬意を表された恵比寿神は、銀髪の武装執行官を見上げ、言う。
「――――なるほど、な。何にせよ、時間はもうあらへん。ここから先の説明は、歩きながら進めよか」



 その言葉は――どこか哀れみを帯びた、言葉だった。



「せやけど、ワシを棄てたおとんとおかんには……感謝もしとるんや。お陰で、アマテラスやツクヨミ……スサノオよりも遥かにはよう、『人』に出会えた。
 バケモン扱いされるか、と思っておったワシを、人は神として……それはもう大切に扱こうてくれたんや。そして、“蛭子”やったワシが『異邦の者』ゆう意味の“夷”ゆう呼ばれ方をするようになって祀られ、今の恵比寿になった訳やが……このときに悟った訳や。ワシら“神”の眷属は、結局のところ、人の心を受けることでやっと生きてゆける存在なんや、ということにな」


 神自らのその言葉に、一般人よりもはるかに“神”と言う存在に触れる機会に恵まれている二人のGSは驚きを隠さない。


 “神”といえばある種の超越者であり、人間というものなど歯牙にもかけない存在である、という認識をもっていた。


 その超越者自らが、『人間の心を受けることでやっと生きてゆける存在』と自らの眷属を評価していることは、明らかに人間から見た“神”という存在に対しての今までの認識を大きく覆していた。



「信じられん、いう顔やな。せやけど、考えてもみぃ?昔から『信じる者は救われる』というし、歌の文句にも『信じる者しか――――』ゆうのがあるやろ?」


 古めの神様なのに、案外新し目な歌が好きなのか?という疑問と、この程度の露出の場合、著作権は大丈夫か?という不安はさておき、恵比寿神はさらに言葉を続ける。


「あの文句には間違いはない……しかしな、それだけが全て、というわけでもない。ゆうたら、『信じる者しか救えへん』……これがもっとも正しいんや。
 そこの異人さんには信じたくない事実かも知れへんが……神とはいえ、万能やない。それが証拠に少し前にこの国の東の方で人狼族の大神が復活しかけたんやが――月の女神の力を借りたとはいえ、人間に倒されたいう話があったんや。
 もし神が万能言うんなら、はるか昔に北方の主神を喰い殺したこともある神ともあろう存在が、『たかだか人間』に倒されるというのもおかしいやろ?」


「――主神を喰い殺したというと……北欧神話のフェンリル・ウルフですか。
 確かに、人間に太刀打ちできるはずもないし、そもそも『復活』ということは、少なくとも一度は封じられたか倒されたということ――それほどの力を持つ存在ならば、封じられることも、倒されることもそうはないはず……という訳ですね」
 黒崎が僅かな情報から論理的に答えを導き出し、筋道立てて解説する。

「そう言うこっちゃ。“神”というものの力の源は殆どが霊気であり、霊気を帯びた『信じる者の心』こそが、最大の活力の元になるんや……それを失のうてしもうたら、たとえ“神”といえど、最悪滅びてしまう。北の大神がそうであったようにな。
 その“滅び”を遠ざけてくれる……自分を信じる人間に、神通力や奇跡という“救い”ゆう見返りを与える――これこそが、人と神との関係ゆう訳や。ワシが賢吉に助言を与えたように、な」

「しかし恵比寿様……私には別に親父が頂いたようなお告げは……」

 賢一の言葉に、恵比寿神はさも当然といった風に返す。

「ああ、それはそうや。お前はお前自身と自分を支える人の力だけで、賢吉以上の苦境をも切り抜けてきたやないか――信心が足りておるかどうかやない。ワシを頼る、ということを考えんかったから、ワシも助言を与えたりはせぇへんかったんや」
 福々しい顔を、文字通りの『恵比須顔』に変え、恵比寿神は賢一に笑いかけた。

 『最も大事なものは人の和』……この言葉をモットーとしている賢一にとっての、最大の賛辞であった。




「――話が逸れてもうたが、そうやって人に触れ、“神”として祀られるようになってから、高天原にいた時よりも神としての格が高くなるのを感じるようになってから……ワシは後悔した訳や。
 人に触れることでこれほどの力を得ることが出来た、ということは……もしかしたら、『穢れ』に喰い尽くされることなく――ヒルコのヤツを切り捨てることなく、ワシがワシであることも出来たかも知れん、とな」

 自嘲気味に笑みを零し、続ける。

「それはもう遅かったのやけどな。探そうにも、あいつを棄てたんは海の中……いくらあいつがワシ自身の分体というたかて、離れすぎたら判らんようになるし……『穢れ』を集めて切り離した以上、ある意味ワシと別のモンになっとることも考えられる――諦めて、土地神として括られることを選んだんやが……ある日、あいつの力を感じることが出来たんや。しかも、日ィの神さんとして祀られてる、ということをな。
 ワシャあもぉ嬉しなってな……何時か逢えることを願うて、もう一つの体を――分体、というよりは端末やな。それほど長い時間、力を使い続けることはでけん代わりに、自分の意志を確実に中継して伝えることが出来る体を――作って、とある船乗りに授けたんや……今賢一が持っとる、この黒檀で出来た身体のこっちゃ」


 『香港の一件の時に持たされた、小竜姫の角みたいなものだな』――場違いな、だが、自分の中にあるものとしては最も適切な印象を雪之丞は持つ。

 その印象は的を得ていた。

 土地に括られた神というものは、その力の源である“信仰”を集めることが比較的容易である代わりに、一旦その加護を受けた土地を離れてしまった場合には、その力の大半を発揮することは出来なくなってしまう。

 その欠点を補うものが、恵比寿神が現代風に“端末”と称した特殊な分体……“御神体”“聖遺物”と称することもある、その神に直接所縁ある品物だ。

 携帯電話と喩えてみても判りやすいだろう。電池が切れてしまってはただの文鎮代わりにしかならないが、電池が切れない限りは、余程の場所でない限り自由に通話可能という非常に便利な代物である。

 小竜姫が香港でメドーサと対峙した際も、管理人として括られていた妙神山から遠く離れた場所ではあったが、端末として雪之丞に預けた角を通して顕現し、およそ三分というごく短い時間だけとはいえ比較的自由に動くことが出来た。

 ましてや、小竜姫のような妙神山一山に括られた護法竜神どころではなく、また、同じ七福神の中でも“寿老人”や“福禄寿”のような長寿オンリーの『マイナーどころ』の神でもない。海の幸や交易、商売の神として全国規模の信仰を受ける、思い切り『メジャーどころ』の神である。その気になれば、地球の裏側であっても、軽く一時間やそこらは自在に行動出来る程の力を持っている……もし“ヒルコ”に出会えた場合には自分を呼び出すこと―――それを望んで、自らを信奉する船乗りに自分の端末である『黒檀の恵比寿像』を授ける……確かに巧いやり方ではあった。


「しかし恵比寿様……何でそれほどの力を持っている“端末”を載せた船が沈んだのでしょうか?私の親父が恵比寿様の船を引き揚げたことで、恵比寿様が私の家の守り神となって下さっているはずですが……?」
 賢一にとって当然の疑問である。

 父・賢吉がその船を引き揚げたことが縁で家の守り神になってくれている……神の寵愛を不公平なまでに一身に受けることであり、有り難いことであることに変わりはないのだが、先程までの恵比寿神の話を聞くと、何故それほどの力がありながら――という疑問に行き着くのも仕方ない。


「今から450年以上前のことや……ワシの分体やったはずが、遠いどこかで『日の神』というれっきとした主神になっていたことで、ワシにも流れてきたほどの『喜び』がな……突然『絶望』に変わったんや。そして、あいつの力が『絶望』に変わったことで、ワシにも影響が来てしもうたんや。そして、力が逆流してしもうたんが……悪いことに海の上やった、ということや」
 沈痛そうに瞑目し、恵比寿神は続けた。
「あいつから感じた『絶望』も、『逆流』もそれ以来は感じへん。せやけど……あいつが目覚めた今、もし『逆流』が起きてしもうたら、賢一はもちろん、ワシを信じておる数多の人間達にも影響が出てしまう――あれをもう一度起こすことだけは、何を置いても避けんとあかんのや!」


 恵比寿神の言葉に、重苦しい沈黙が降り積もる。


















「……依頼内容の確認をしたいんだけどな――――俺が請け負ってたのは、恵比寿像の確保だったよな、黒崎サン?」
 沈黙を振り払ったのは、雪之丞だった。

「ええ。当方の依頼は『黄金の恵比寿像の捜索、および確保』です。成功報酬は一千万円で、当方の理由によりキャンセルが生じた場合には五百万の違約金を当方が支払い、失敗やそちらのキャンセルにより、契約不履行とみなした場合には二千万の違約金を当方にお支払いいただく、ということになっていますね」
 眼鏡を押し上げながら、澱みなく黒崎が受け答える。

「もし、だけどな――その『黄金の恵比寿像』と戦って、ブッ壊してしまったら……どうなるんだ?」

 恵比寿神の顔に、驚きにも似た表情が浮かぶ。
「す、すまんのぉ……力を貸してくれるゆうんか?」

「……修復不可能なら、当然違約金として二千万円ですね」
 だが、黒崎の返した答えは……甘くなかった。

 賢一の申し出により、一旦キャンセル……後、『“ヒルコ”の沈静、もしくは撃退』という依頼で再度契約、という形に落ち着くまで、黒崎と雪之丞の間で一悶着あったこと……そして、問答になる以前の問題で、雪之丞がズタズタに打ち負けていたことだけは……伝えておこう。




「賢一よ……知り合いは選んだほうがええぞ」

 恵比須顔をやや引きつらせ、言う恵比寿神。

「いえ……そうは言っても、彼は優秀な部下ですから―――」

 そして、それに答える賢一……黒崎の人格そのものに関しては、否定しないらしかった。

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