ザ・グレート・展開予測ショー

横島忠夫奮闘記 83〜師・姉・母〜


投稿者名:ぽんた
投稿日時:(05/ 5/ 7)

横島への試練は課した者自身が不可能と断言した。その理由が“可愛いと虐めたくなる”。
聞き様によっては微笑ましいかもしれない、例えば話題の出た場所が小学校なら。
だがここは生き死にの場を何度も越えて来た者達が集う場所、そこでの評価は失笑物か噴飯物か。

「何じゃ? 不服そうな顔じゃの? お主は横島が可愛くないのかや?」
「彼の事は何より可愛く思っています、ですが貴女のように歪んではいません!」

リリスに問いに対する小竜姫の答は凛冽としたものだった。
可愛いからこそ試練を与える、絶望を与えようと思う程彼女は歪んではいない。

「貴女のような方が彼の師匠など、やはり私は認めたくありません」
「リリスちゃん、ヨコシマの事あんまり虐めないで下ちゃい」

思わず洩れた小竜姫の本音にパピリオの本音の言葉が追随する。
だが言われた方は余裕の表情を崩さない。

「パピリオよ、男を愛おしむには様々な方法がある。まっすぐな表現なら誰にでも出来る。
 じゃが“大人の女”ともなれば直球だけでなく変化球も憶えねばならぬぞえ?」

小竜姫の事は一切無視してパピリオに対してのみ尤もらしいフォローを口にする。

「むう、“大人の女”……難しいでちゅ」

天真爛漫な幼女を口先三寸で言い包めてシレッとしている相手に対して小竜姫の怒りは収まらない。

「老師様、何とか言って下さい!」

飄々と事態の推移を眺めている彼女の師に対して八つ当たり気味の言葉が放たれる。

「そう熱くなるな小竜姫よ、ではお主は奴が途方に暮れて立ち竦むとでも思うのか?」

まったく熱の篭っていない口調だが、その内容は彼女の頭を冷やすだけの効果があった。

「…いいえ、人の歩みを止めるのは絶望ではなく諦念。そして今の彼に“諦める”という選択は在り得ません」
「じゃろう? 大切なのはノルマの達成ではなく、その本来の目的を果たす事じゃ。
 形は違えどあ奴なりの答を見つけて少しでも前に進むのではないかと儂は思うておる」

リリスの望んだ成長は横島が“女の心”を理解出来る、少なくともその動きを察する事が
出来るようになる事。それは現在全く出来ていない。だからこそ最も近道のように思い込ませ、
尚且つ無理ッポイ課題を与えたに過ぎない。その理由は複数ある。

横島は過去において常に良い意味への方向に予想を裏切って来た。霊能力ゼロの状態で
サイキックソーサーを発現させ、屈強な魔装術使いと互角に渡り合った。
たった一つの能力、しかも自在に使いこなせない状態で死地に赴き“栄光の手”を顕現させ
それを霊波刀にまで発展させ、体術の心得も皆無の状況で近接戦闘をこなし活路を開いた。
何の展望も無い状態で妙神山最難関の試練に挑み、人界唯一となる文珠使いに生りおおせた。

いったい誰が予想しただろうか? 一介の平凡な高校生が神魔の注目を集めるような存在になるなどと。
彼をしてビックリ箱のような男だと、ワイルドカードのような不思議な存在と言ったのは
彼の記憶野で見たルシオラの思念。
過去の成功が即ち未来を保証するようなものでない事は十二分に承知している。
だが、それでも尚、期待したくなる。何かを魅せてくれるのではないかと。
リリスの見る横島忠夫という人間はそういう男だった。
そして今回に限り期待が外れた場合、それはそれで構わない。

「絶望に打ちひしがれ悲嘆に暮れるあの男の瞳はどのような色に染まるのであろうな?
 ドン底で打ちのめされた時はどのように癒してやろうか? ウフフフ…ゾクゾクするのう」

自らの両腕でその躯を強く抱き締めながら、妖しい喜悦に震えるリリスを見て二柱の神族は腰が退けていた。

(変態ですか?)
(ホンモノなのねー)

“これ”だけを見ればリリスは単なる真正の変態である。そして紛れも無く真実の一端でもある。
“単なる変態”がリリスの本性なら話は簡単だ。だがそれは唯の一側面に過ぎない。
周囲を驚かせるような成長を遂げてくれるのが愉しみな反面、それが叶わず絶望するような事が
あれば心と躯の双方で慰め、精神が弱り切った状態の相手に手取り足取り優しく教えてやり、
心ごと鷲掴みにする事が出来ればそれはそれで良い。どう転ぶにせよ退屈とは無縁になる。

だがその総ての思惑の斜め上を行くような結果を出してくれるのではないか、という期待を
密かに抱いてもいる。誠にもって面倒臭いお人柄である。


「で、ですが下手な振る舞いは彼の今迄の人間関係を台無しにしかねないのでは?」
「はぁ? こ奴が今更知り合いの女に妙な真似が出来るとでも思うのか?」

単に女の躯を知っただけで今迄の知り合いへの態度など変えようがない。
逆に色香に惑わされる事がなくなった分、相手を一人の人間として冷静に見れる。
それにより見えて来る長所もあれば、新しく気付く短所もあるだろう。
それは人付き合いを続けていく上での必然、その事で態度を変えるような事がもしあれば
単なる未熟というだけの事。結局彼が言われた事を果たそうと思うなら未開地を開拓するしかない。
即ち、輝かしき連敗惨敗記録を誇るナンパへの再チャレンジだ。

「お主らこ奴と初めて出会った時の事を憶えておるか?」

横島が何をしたかは知っているが、相手の印象を知りたく思ったのかリリスが女性陣に問い掛ける。

「私はいきなり帯を解こうとされましたが…」
「私の時は人生設計がどうのと血迷った事を言っていたな…」
「私は“まるごと俺のモノ”とか言われたのねー」

お世辞にも好印象を持ったとは言えない口調だった。

「せめてもう少しスマートな身ごなしを身に着けねば話も聞いてもらえぬであろうな」
「「「………………」」」

対女性でスマートに振舞う横島というのが想像つかないのか沈黙してしまう女性陣。
だがこれからは少なくとも落ち着いて対応する事は出来るようになった。
スマートさとは即ち洗練であり、それは場数をこなすしかない。
経験によってのみ練磨され磨き上げられていくのであれば可能性絶無とは言い難い。
今迄入場資格すら無かった男が、入場券を手にした現状。ホームに入る事は出来ても
乗車券を入手出来るのか、各駅停車か特急か。はたまた永久フリーパスを手にする事が出来るのか。
それはこれからの頑張り次第、そう考えれば無体な試練という訳でも無い。
もう少し解り易く親切に、求められている経験を教えてさえいれば。

「お主ら今の横島を“男”として“女”の目で見る事が出来るかえ?」

唐突な問いではあるが、確かに彼女らとて女の端くれ。
“女”としての見る目が無いでは無い。

「私は彼に好意を持ってはいますが、それは目下の身内に対するものです。殿方としては…」

小竜姫にとって、二度目の修行に来た時の彼は贖罪の対象。それからは導くべき者、
護り育てる者という意識でしか見て来なかった。突然“男”としてどうか、と問われても
返答に詰まる。確かに魅力のある人物だとは思う、種族の垣根などにも囚われない。
では自分の伴侶として考えるとどうか、考えるまでも無く答は否である。
今の横島は正常な精神状態でなかった時の思い込みが基となり小竜姫の事を神聖視している。
その為彼女は生身の女の部分を超克したかのように振舞わなければならなかった。
そんな状態で互いを対等な男女の目線で見る事など出来る訳も無い。


「闘う際に性別など関係ありませんから、私もそんな意識を持った事はありませんね」

ワルキューレにとっての横島は、共に闘うに足る戦士であり背中を預ける信頼に足る戦友である。
肩を並べるのも背中合わせになるのにも何の不満も不安も無い。
では裸の胸を合せる相手としてはどうか。
今迄考えた事も無いというのもあるが、微妙な処である。

“何”が足りないと具体的に言える訳では無い。だが“何か”が足りないのも又確か。
自分の心理にハッキリと言葉に出来ない部分があるのがもどかしいが無視するには少々大きい。
いったい何が足りないというのか、いくら考えてもその答は出ない。


「ん〜、私は超絶テクニシャンになった横島さんに興味があるのねー」
「ヨコシマはカッコイイと思いまちゅよ?」

好奇心のみを最優先させているヒャクメとお子様パピリオは例外として
小竜姫とワルキューレの反応は大体リリスの予想内だった。

横島にとっては一種の逃避のようなものだったのだろうが、相手を“師匠”や“戦友”に
カテゴライズする事に拠り“女”である事から目を背けようとしていたのだろう。
嘗てのルシオラへの盲信、無限なまでの過剰な神聖化故に。
自分を“女”として見ない相手に“男”を感じるはずが無い。
“範囲外”の女から見た男は“対象以前”だったと言う訳だ。


「何かが足りない、それが何かを特定出来ないというのは何もかもが足らぬからよ。
 雄の力は身に付いたが男の器量、包容力等はまだ足らぬ。その分伸びる余地も大きいがな」

リリスの言い分はワルキューレにとっては腑に落ちるものであり、小竜姫にとっても
明確な根拠を提示して反論する事は出来なかった。腹いせにヒャクメを睨みつけて縮ませておく。
横島が人間として男として成長するのは喜ばしい事だ。
そしてその方面では小竜姫よりもリリスの方が遥かに詳しいのも変えようが無い事実だ。
幸い彼は人間達の中で一人でも多くの女性達と出会う方策を採るはずなのでそれを見守るしかない。

「そう言う訳で達成不可能との見積もりはこ奴には言うでないぞ」

勝手極まる論調で話を締め括られてしまったが今更文句のつけようもない。
両手に持ちきれない程の武器を持たせた挙句に使い方を一切説明しないまま新兵を戦場に
送り出すような気もするがそれを言ってもどうにもならない。

「リリスちゃん、ヨコシマの事いっぱい励まして応援しても良いでちゅか?」


詳しくは解らないが横島が何やらこれから苦労しそうな事は伝わって来た。
何であれ彼には頑張って欲しいのだが、過度の期待は逆効果になりかねない。
“アナタなら出来るはず”、言う側は相手の適性や資質を見極めた上での激励の言葉として
発言しているのだろうが、言われた側にはプレッシャーにしかならない場合がある。
パピリオ自身が身を以って経験している。生まれながらに強大な力を持っていたので修行
という物自体が好きになれない。だが“大人になる”という目的の為に嫌な事も頑張っているだけだ。

目標:セクシーダイナマイツな大人の女、ベスパに追いつき追い越せ
ここで肝心なのは、彼女の目指すプロポーションは断じてもう一人の姉ではないという事だ。
無論二人の姉共に好きな事に変わり無いがそれとこれとは別の話なのだ。

「おお勿論じゃとも、パピリオが応援してやればそれは総て横島の力になるであろうよ」

当然パピリオからの過度の期待はプレッシャーにしかならないであろうが、そんな事はリリスの知った
事では無い。彼の事を兄とも慕う少女の期待に応えられないくらいなら男など辞めてしまえと言った処か。

そんな事を考えながらもパピリオを柔らかく抱き寄せ、その手は優しく彼女の髪を梳いている。
パピリオは気持ち良さそうに目を閉じ、リリスの豊かな双丘に顔を埋めていた。

「リリスちゃん良い匂いでちゅ」
「そうかえ? 別に香水などはつけておらぬが」

パピリオは“母”というものを知らない。それ故リリスに存在せぬ母の面影を見たのだろうか。
小竜姫がどれ程彼女に愛情を注いでも、やはり母性を醸し出すには未だ神族としては年若い。
精々が姉代わりが限界である。小竜姫もそれを自覚しているのか、この時ばかりはリリスを見る視線が
和らいでいる。だが姉のように接する事で伝えられる愛情もあるはずで、それを諦めるつもりは無い。

「むう、リリスちゃん胸が大きいでちゅね?」
「大きければ良いと言うものでもないぞ? “プロポーション”と言うが如く大事なのは“比率”じゃ。
 尤も妾の躯が“黄金率”を有した三界最高の肉体なのも又、事実じゃがな」

言いも言ったり、言い放ったり事もあろうに小竜姫の眼前で。
だがその口調は勝ち誇るでも無く、自慢気でも無く、単に事実を述べているだけ。
そしてヒャクメが恐る恐る小竜姫の表情を窺い見てもその様子は平静そのもの。
ここまで差が在ると対抗意識も芽生えないのだろうか。
小竜姫自身は自らの存在価値を武神である事に置いている為些事には拘らないのだろう。       あんまり。

「リリスちゃん、今日は泊まっていけるんでちゅか?」
「さて、それは妾の一存では決められぬ。猿神の許可が無ければのう」

傍若無人な夜魔の女王にも一応は遠慮というものがあるのか、そんな事を口にする。
斉天大聖程の相手であれば、それなりの敬意を払った処で別に恥でも何でも無い。

小竜姫にしてみれば出来れば早急にお引取り願いたい相手だが、パピリオがここまで懐いて
しまった以上は無下にも出来ない。師の決断を待つ事になるが、それは実に呆気無い物だった。

「折角の遠来の客人じゃ、ゆるりと過ごされるが良かろう。泊まる部屋はパピリオの処で良いかな?」

それはせめて一晩なりとパピリオに母の胸に抱かれる心地を味あわせてやりたいという心遣い。
修行以外ではパピリオに対しとことん甘い、この武骨な闘神の精一杯の親心。

「忝い斉天大聖殿よ、お主の厚意に最大の感謝を」

斉天大聖の心根が伝わったのか、珍しく敬称付きで呼びかけ感謝の意を顕にする夜魔の女王。
そんなやり取りに潜む底意など知らぬ気に無邪気に喜ぶ蝶の化身。

「わあ流石はサル老師、話せるでちゅ。じゃあリリスちゃん一緒にお風呂に入るでちゅ。
 それで寝る時は川の字になって眠れるでちゅね」

“川”の字になって寝るのが以前からやりたかった事なのか嬉しそうにリリスに話し掛けている。
川の字になるという事は当然三人目が必要になるのだが、誰が来るのかはパピリオの中では既定事項らしい。

「じゃあ早速お風呂に行くでちゅ、それと…アシュ様の事知ってるなら色々と教えて欲しいでちゅ」
「そうか…ではあ奴が太古の昔女神だった頃の話でもして聞かせようかの」

リリスの手を引くようにして席を立ったパピリオに穏やかに話し掛けながら後に続こうとしている。

「アシュ様って女神だったんでちゅか?」
「うむ、昔はな。ああ、それと話が退屈に感じたらいかぬでな、一つ余興を見せてやろう」

ヒトもあろうにリリスが余興を披露するというので周囲の注目も集まるが、当の本人は何処吹く風だ。

「余興って面白いんでちゅか?」
「うむ、“ゾウさん”と言うてな、初めて見た時は中々笑えると思うぞえ?」

そう言うと気を失っている横島を小脇に抱え、パピリオについて部屋を後にする。
残された面々には色々と考える事が残されていた。

「よろしいのでしょうか老師?」
「何がじゃ? 川の字か? 間にパピリオが入るから大丈夫じゃろ。心配ならお主が三人目になるか?」

斉天大聖の半ばからかい混じりの台詞を真に受けて小竜姫が真剣に考え込んでいる。

「やめておけ小竜姫、お前の為だ」


小竜姫の思考に水を差したのはワルキューレの思いの外真剣な声。
ワルキューレの見る限り、リリスは横島の事を複雑怪奇に気に入っている。
そしてアシュタロスの遺児達に対する思いやりは横島に対する以上の物がある。
ここで“小竜姫”という新たなファクターを放り込んで下手にリリスの悪戯心を刺激する
よりも三名の“擬似家族”で過ごさせた方が平穏無事に済む可能性が非常に高い。

ワルキューレの言い様は真剣に友の身を案じてのものであり、説得力も充分に備えている。
尤も決定的だったのは、新しい世界に目覚めたければ止めないが、という皮肉気な一言だったのだが。

「ま、まぁそれはともかく…何故入浴に横島さんを伴ったのでしょう? 
 察する処“ゾウさん”なる余興に関係しているのでしょうか?」

小竜姫から呈された素朴な疑問、だがそれを聞いた三名がそれぞれ目を合わさないように顔を伏せる。

「あ〜、セーブしたままのろーぷれの続きをせねば…」

そんな白々しい事を呟きながら斉天大聖が席を立つ。

「“ゾウさん”の事はそやつらから聞け」

その捨て台詞を残したまま。

「あぁ、リリス様の口に合いそうな食事は私が作ろう、台所を借りるぞ小竜姫」

ワルキューレはリリスの好き嫌いを知るのは自分だけというのを大義名分にその場を逃げ出す。

「“ゾウさん”に関してはヒャクメが詳しいそうだぞ?」

(幼い頃共に入浴した時に悪戯したのが未だにトラウマになっているらしいな…すまんジーク、
 悪気は無かったんだ、全く…あの頃は解らなかったが今なら解る。あれはイカンよな)

胸中に頑是無い幼少の頃を思い出しながらささやかに懺悔しているワルキューレ。
これからトラウマになるであろう横島に対する気遣いが無いのが哀しい処だ。
だがここは妙神山、仏道が治め神族の住まいし地。
魔族たる者が出しゃばるべきではないという慎みだろう。   きっと。

斉天大聖が去りワルキューレもこの場からいなくなった。
取り残された小竜姫は、情報量の豊富さを誇る調査官たる親友を無言で見詰める事になる。

(あううぅ〜、酷いのねー皆私に押し付けて逃げちゃったのねー)

ゾウさんプレイ自体は結構笑える物だし横島の境遇には同情出来るが同時に失笑が洩れてしまう。
だが詳しい説明を聞いた時の小竜姫の反応は容易に想像がつくし、その際理不尽に八つ当たりされるのは
間違い無くヒャクメだろう。それだけでなく下手すれば風呂場へと乱入して救出するとか言いかねない。

並みの相手ならそれでも良いだろうが、今風呂場にいるのは色々な意味で予測不可能な夜魔の女王。
三名が裸でいる場に乱入したりすればこちらが引ん剥かれて引き摺り込まれるのがオチである。
ヒャクメとしてはそれは避けたいので、取れる方策は時間稼ぎのみである。

「ヒャクメ? 何故目を逸らすのです? 早く教えて下さい」

そんなヒャクメの態度を訝しく思いながらも当然のように質問が投掛けられる。

「ん〜と〜、どう説明すれば〜一番解り易いか〜悩むのねー」

どこかの名家のご令嬢のように語尾を延ばしながら少しでも時間を稼ごうと涙ぐましい努力を続けている。
だが常と違い過ぎる親友の口調に当然不審を覚えぬはずも無く。

「どうしたのです? その喋り方は? 貴女に話し易いやり方で構いませんので教えて下さい」

更なる追求が掛けられるのも至極当然の事。
結局少しづつ事実を小出しにしながら説明する、というセコイ手法しか残されていなかった。

それは男にしか出来ない一発芸、何か特別な要素があるという訳でもない。
年の離れた妹を風呂に入れてあげる兄、娘を風呂に入れてやる優しい父。
ちょっとした茶目っ気があれば、意外と多くの男性がやってみようかと思う事。
その後成長した少女の無邪気な一言で落ち込んだり、ポークビッツ? という率直な感想で
再起不能になりかけた者もいるかもしれない。

出来るだけ婉曲な説明を試みるが伝わり易い事象な為、簡単に実像を看破されてしまう。
ようするに今横島がどのような目に会いかけているのかを把握した小竜姫がヒャクメの不安通りに
腰を浮かし掛けたが彼女の慎ましい努力はささやかに報われた。


『うわわわっ、何してるんスか? い〜や〜、や〜め〜て〜』

気のせいか涙声のような悲鳴がエコーが掛かって聞こえて来た。

『キャハハハハッ、ゾウさんゾウさんでちゅ〜』

とても愉しそうな無邪気な笑い声も聞こえて来た。


「…………」
「ま、まぁパピリオが喜んでるのなら横島さんも本望なはずなのねー。それとも小竜姫も見たい?」

気まずい空気を払拭するかのようにヒャクメが軽口を飛ばすがそれに応じる声も無い。
今迄知らなかった、無縁なままで過ごして来た、出来ればこれからも過ごしたかった今日の
経験を思い返し、完全に脱力しているようだった。
そのままそっとしておく事にして、食事の支度を手伝う為にヒャクメも台所へと向かって行った。


















「何時まで拗ねておるつもりじゃ? 良い加減機嫌を直さぬか」
「そんな事言われてもな〜」

呆れたような口調でイジけた背中に声を掛けているのは気まぐれなる夜魔の女王。
その言葉を受けているのは傷心の未熟者。
芸そのものよりも、目が覚めた時に師匠から好き放題に弄られており、それを目の前でパピリオが
凝視しながら爆笑していたのがショックだった。不意打ちにしてもキツ過ぎる。    だが、

「ねえヨコシマ〜もう一回〜、ゾウさんゾウさんやって〜」

結局アンコールが入ると拒否出来ない横島だった。

(クッソー、もうヤケじゃ!)
「ほぉ〜らパピリオ〜、ゾウさんだよ〜ん。 パオーン」

横島の目元の辺りが濡れているのは湯が飛沫いたか汗でも掻いたのか、きっとそのどちらかだろう。

「うむ、中々の切り替えの早さじゃな」

そんな二人の様子を愉しそうに見ている無責任な御方がいたそうな。




「では少しばかりアシュの昔語りでもしようかの」

すっかりはしゃいで満足そうにしているパピリオに、アシュタロスの過去を掻い摘んでリリスが話している。
それを一緒に聞ける程横島はまだ回復していなかったので、“額冠”に一応問い合わせていた。
後から、ちゃんと聞いていたのかツッ込まれても大丈夫なように。

元はバビロニアの豊穣を司る女神であり、他にも性愛や戦闘を司っていたと解っても何の感慨も湧かない。
ただ堕天前は恵み深く慈悲深かったと解り、やっぱりな、と思ったくらいである。
アストレトやアシュタルテと呼ばれていた頃にバアルと夫婦だったというのが衝撃情報
だったが当時の様子を想像してみたいとは全く思わなかった。

パピリオなどはアシュタロスが誰かの“妻”だったという事に大層驚いていたが
慈悲深い女神だったと聞いてより一層納得していた。

「それで、あの、リリスちゃん…もう一つだけ聞きたい事があるんでちゅ…」

取り敢えず一通りの簡単な説明を聞いた後で、パピリオが何やら言い難そうにモジモジしている。
先程の神族の面々がいる場では聞き難く、それでも彼女が知りたがる事といえば限られて来る。
恐らくそれは横島も知りたかった事、彼女の残された姉の事だろう。
どれほど周囲が愛情を注いでも、たった一人残った姉と離れ離れでいる事は寂しいはすだ。
ルシオラとの再会が遠のいた事を思えば尚更だろう。

実を言うと横島は今回の魔界訪問でベスパに会えるのではないかと密かに期待していた。
だがあの場所に彼女の姿は無く、誰もその事に言及しない以上は彼の口からは聞けなかった。
ベスパが彼にわだかまりがあるのではないかという心当たりがあるので尚更だ。
周囲がそれを気遣って何も言わないのではないかと勘繰ったのだ。
だがパピリオが知りたがっている以上、言い難い事を代わって口にするのも“義兄”の務めだろう。

「師匠、今ベスパって元気にしてるんスか?」
「ベスパか…あの娘も肩肘張るのをもう少し緩めてくれたら良いのじゃが…」

だがリリスから語られたベスパの現状は横島の想像とは少々違っていた。
デタント派の三柱の魔王達は全員アシュタロスの遺児には好意的らしい。
ベスパは自らの意思で軍に入って来たが、本人が望めば正規の士官教育を受ける事も内勤に
廻る事も出来たらしいが彼女はそれら総ての薦めを謝絶して前線か辺境での軍務を希望した。
“アシュタロスの娘”故の厚遇では無く、自らの実力で存在価値を証明して“流石はアシュタロスの娘”
と周囲に認めさせたいらしい。今も生きている妹の立場を少しでも良くする為に、既に死したる者達の
価値を証明するかのように。当然軍内部でもキツく当る連中はいるが、実力と実績で黙らせる為に
現在危険な任務に就いているそうだ。

「危険ってどんな事やってんスか?」
「まぁ、一言で言うと魔獣狩りじゃな」

事の起こりになった魔界軍刑務所の脱走騒ぎの折り、脱走者達が追っ手を混乱させる為に軍の施設の
一部を逃走する際に破壊した。そこは軍で生け捕りしていた魔獣の厩舎。魔界最強の耐久力を誇る
ヘルハウンド、特殊能力があるという訳でも無いがひたすら頑丈。魔力による攻撃を外皮が無効化し
物理的攻撃に対する防御力も異常に高い。その為ヘルハウンドの皮革は防弾対刃対魔対神対霊素材として
軍の装備への流用性が非常に高いのだが、魔神クラスの力が無いと生け捕りは難しい。
今回珍しくアスモデウスが直々に捕まえて来た獲物が逃げたので仕留めた者には褒賞が与えられる。
ただし皮を傷付けずに持ち帰ったら。困難極まりない条件だがベスパなら妖蜂を使って相手の内部から
毒を使うなりして殺す事が出来る。危険な仕事ではあるが適任なのも確からしい。

ベスパが望んだ褒賞は彼女が捕らえた別種の魔獣をアスモデウスの領地で放し飼いにしてもらう事。
魔獣の名はケルベロス、捕獲者はベスパ、と言うよりベスパの姿を認めた瞬間に逃亡の意思を放棄し
尻尾を股に挟んで全面降伏したらしい。その様子を見てベスパは嘗て彼女がキツい折檻をした相手なのを
確信したそうだ。妹が可愛がっていたペットが自分に対して慈悲を乞うのなら対応は決まっている。

出来る限りの自由を保証しつつ、何時の日か妹が魔界を訪れた時に確実に会えるように
所在を確認出来る場所で暮らさせる事。それには有力者の領地での自由を勝ち取れば良い。
その為の条件を提案し、相手が無条件で構わないと言っているのに危険な仕事に従事しているそうである。

「ベスパちゃんは意地っ張りだけど優しいんでちゅ」
「少しは甘えてくれた方が我等は助かるのじゃがな、まぁアスモの奴の人徳の無さじゃな」
「やっぱ下心かなんか感じたんじゃないスか? リリス様から言ってくれれば少しは…」

そう言ってはみるが誰から言われても彼女の態度は頑なだったかもしれない。
ベスパにとってはアシュタロスとそれ以外では大きな差があるのだろう。

「この世に姉妹二人きりという考えがあの娘を追い込まねば良いのじゃがのう」
「やっぱ俺じゃ力になれないッスよね?」

もしベスパに助力を請われれば何であれ協力を惜しむつもりは無いが、その可能性は低い。
横島の事をどう思っているか良く解らないだけに尚更だろう。

「ベスパちゃんだって何度も会えばヨコシマの良さが解ると思うんでちゅけどね〜」

パピリオがそう言ってくれるのは嬉しいが何度もどころか一度目さえ覚束ない。
道は遠く険しそうだった、諦めるつもりも無いが。



風呂上りのリリスは肌が桜色に上気して何とも色っぽいはずなのだが、パピリオの濡れた髪を
拭いてやったりしている姿は唯の面倒見の良い姐御である。

元の部屋に戻ると大人組には冷えたビール、パピリオにはハチミツ入りレモネードが用意
されていた。少しづつ料理が出て来て全部が出揃った頃には斉天大聖が戻って来た。
途中料理を手伝おうとしたのだがリリスに酒の相手を務めるように言われ、又小竜姫も寛いで
いるように言ってくれたのは良いのだが、何故だか目を合わせようとしてくれない。
良く良く見るとヒャクメやワルキューレも同様で心当たりの無い横島は訳が解らない。
その理由は食事の時に明らかになった、斉天大聖の一言によって。


「パピリオよ、“ゾウさん”は楽しかったか?」
「うん、とっても面白かったでちゅ」
「え? エ? ぇ?」

何気無い問いに対してパピリオが素直に答えているが横島は困惑する事しきり。

「ぷっ ククッ… 『パオーン』って横島さん一生懸命だったのねー」

堪えきれずに思わず零れた笑い混じりのヒャクメの一言が決定打だった。
風呂場で自分が“余興”に何をしたのかが何故か知られているらしい。
ヒャクメの事だから覗いていたのかもしれない。
そう自覚した瞬間、体内の殆どの血が音を立てて顔に昇って来たような気がした。

小竜姫は何でも無いようなフリをして明後日の方向を向いているが耳が赤い。
ヒャクメは俯きつつ腹筋を鍛えるが如く笑いを堪えている。
リリスと斉天大聖は何事も無かったような顔をしているし、パピリオはニコニコと笑っている。

「横島…今度ジークとゆっくり酒でも飲むと良い、きっと話が弾むだろう…」

そしてワルキューレの慰めているのかどうかも定かではない言葉が一層横島を落ち込ませた。

「ヨコシマ、又今度ゾウさん見せて下ちゃいね」

それでもパピリオからそう言われてしまうと、

「おう、任せろ」

そう答えてしまう横島だった。

「次は“ハナが延びたー”というぐらいの細やかな芸をして欲しいものじゃな」

リリスの言葉は正に止めだった。シモの芸とは言え中々奥が深いものらしい。

その後は料理の味も解らぬまま機械的に咀嚼を繰り返し、気付いて見れば食後のお茶の時間だった。
何を食べたのかも良く憶えていなかったが満腹感がある以上はきちんと量は食べたらしい。
何とは無い気怠げな満足感の漂う中、無邪気な声が部屋の空気を固着させた。

「リリスちゃんとサル老師ってどっちが強いんでちゅか?」

それはこの場の誰もが知りたかった事、両者共に神魔の高位存在な為力の上限は計り知れない。
強さこそ存在意義のような両者が軽々しく互いの優劣を認めるような事を言うとは思えない。

「この場で闘えば間違い無く猿神が勝つであろうよ」

だがそう思っているのは周囲の者達だけらしい。

「格闘になればじゃろう? お主から遠隔攻撃でも掛けられた日には堪ったものではないわ」

真の強者には虚勢を張る必要など無く、それぞれの特性に応じた状況を予測する。
リリスは魔力こそ魔界でも類を見ない程強大だが、近接戦闘のスキルが特に秀でている訳でもない。
一方斉天大聖は近接戦闘だけに限っても神界屈指の実力者、更にその上様々な術の創始者でもある。

「もしも猿神と闘う破目になったらアスモの奴でも盾にして妾はサッサと逃げるであろうよ」

薄情なように聞こえる事をリリスが言うが裏を返せばアスモデウスならば斉天大聖を相手取って
盾が務まると見なしているという事だ。それどころか互角以上に闘えると見込んでいるのかも知れない。

「アスモってそんなに強いんスか?」

実際にアスモデウスと闘ってアッサリと瞬殺された横島だが何と言っても一度だけの事。
それに較べて斉天大聖の強さは嫌と言う程身に染みて解っている。
身贔屓かも知れないがどうしても老師の方に天秤が傾いてしまう。

「あ奴が一旦闘いに没入し血に酔えば、辺り一面は血の海で屍山血河に成り果てる。
 一度だけこの目で見たが、濃密な血臭と死の気配が満ち溢れて恍惚とする程じゃったな」

そんな光景は見たくないな、と思った瞬間にリリスの繊手が横島の目の部分に当てられ、
過去に見たのであろう情景が流れ込んで来る。
太古にあった戦の直後の光景なのだろうか、夥しい神魔の屍が折り重なっている。
この光景を見ている本人を除けば生きて動いている唯一の存在アスモデウス。
彼の周りの屍に原型を留めているものは無く、あらゆるパーツがバラバラに飛び散っている。
だが立ち尽くす彼の表情に勝ち誇った色は無く、その目には殺戮直後の愉悦は写っていない。

「ねえ師匠、アスモの奴何であんな寂しそうっちゅうかツマンナさそうな顔してるんすか?」
「奴が強過ぎるからよ、殺戮衝動は我等の本能じゃが唯殺せば良いというものでもない。
 闘争本能も満たさねばならぬが一合で相手が死ねば闘争以前の刈り取り作業の如き物。」

ようするに闘いの果ての殺戮こそを望んでいるのに“闘い”そのものが成立しない。
太古の昔ならそれでも機会はあった、だが人の子が地に満ちた今では不可能だ。
アスモデウスと互角に闘うような敵手とまみえた日には人類が滅ぶだろう。

「う〜わ〜、俺そんな奴相手にして良く無事やったな〜」
「何が無事じゃ、きっちりと“殺された”であろうが。まぁあれは一瞬でもあの男をその気にさせたお主を
 褒めるべきかもしれぬがな。大体お主がアスモの安い挑発に乗って容易く逆上したのがいかぬ。反省せよ」
 
穏やかならぬ内容に小竜姫が引っ掛かりを覚え詳しく問い質すと横島が魔界で一刀両断された事を聞かされた。
普段の横島ならそんな挑発には乗らないはずだが小竜姫ですら敵わない相手だからこそキレたのだろう。
嗜めるべきかと思う反面純粋に嬉しくもあった。結局斉天大聖が何も言わない事もあり深く追求しない事にした。

その後は細かい取り決めをした。と言っても大した事ではなく、横島の近辺に魔界とのゲートを繋ぐ事。
ただし妙神山とのゲートが職場なのを鑑みて、自宅以外で横島に縁の場所を選定する。これからの修行は
妙神山・魔界・人界の全てで行い選択は横島の意思に任せる事。それらを決めた時、パピリオは既に眠っていた。

珍しい客が来た事もあり、はしゃぎ過ぎたのだろう。リリスが抱き上げると横島に部屋までの案内を命じた。
小竜姫の顔色を窺うとアッサリと許可されたので先にたって案内する。夜具を敷きパピリオを横たえると
リリスがそのまま添い寝し横島は反対側に横になる。魔界にいた時に纏っていた淫靡な空気などその時の
リリスには微塵も無く、一個の純粋な母性がそこに在った。


翌朝パピリオが目覚めた時、両手をそれぞれに握られており、その感覚はとても心地良かった。
その日は朝寝坊しても叱られる事も無く、夕方近く迄二人に構ってもらい上機嫌だった。
両名が帰る時こそ寂しそうだったが、リリスに必ず又来ると言われて気を取り直していた。
若干一柱複雑そうな顔をしていたが。





暫くぶりに自宅に帰り着いた横島は安心感からかリビングで横になるやたちまち寝息をたて出した。
結構キツ目に揺り起こされると目の前に微妙な表情をしたタマモがいた。

「お帰りヨコシマ」
「おぅただいま、それとお帰りタマモ」

何時も通りの何気無い挨拶、だがそこはかと無く心の中を温かい物が満たして行く。
休養に行ったはずの魔界では妙神山の修行よりキツイ体験をしたような気がする。
せめて今夜だけでものんびり過ごそうと思い脱力すると、抜いた物の代わりにホンワカと
した何かがゆっくりと体の中に入って来るような心地がした。


「ねえヨコシマ? 随分深い処から知らない女の匂いがプンプンするんだけど一体誰なのかしら?」

この一言を言われるまでは。


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(あとがき)
遅くなりましたが少々反則気味に無理矢理人界まで戻しました。
最近すっかり話を短く纏める事が出来なくなりました。退化したんだろうか。

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