ザ・グレート・展開予測ショー

EXILE〜追放者〜(7)


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/ 5/ 5)

 強くなった心算だった。魔に堕した竜族に与したことで得た力によって、天国で見ているママに認められるほどの強さと美しさを得たはずだった。
 だが、強くなったはずの自分には現実が突き付けられ続けた。

 彼が師事した女竜族の、今の自分では足元にも及ばない悪夢のような強さ。

 生まれながらに持ち合わせた吸血鬼の力と信仰によって得ることが出来た神聖な力……両者を使いこなす半吸血鬼の、断固たる意志。

 『日本最高のゴーストスイーパー』の弟子が追い込まれた際に放った、天才のみが放つことの出来る輝きと爆発力。

 



 そして、力ならば彼以上だったにもかかわらず、彼以上に強さを求めて魔に染まり、人としての心を零し落としてしまった末、挙句の果てに自分の手で命を奪った……かつての仲間。



 ――――俺の強さは幻だったのか?ママ……ママ……俺は間違っていたのか?


 『ママ』は答えない。写真と同じ顔で微笑むだけだ。

 最愛の母……だが、その微笑み以外の顔を知らない……それが故に抱いた悩みの解を見出せない悲しき魔装術使いは―――唐突に目覚めた。
































「気が付いたか?」
 カソックを脱ぎ、露わにした肩に包帯を巻きつけた銀髪の聖職者が尋ねる。

 朧気な記憶を引き出す。

 『敵』の一人に放った霊波砲がその左の肩口を霞めた記憶が、あった。

 ファルコーニの左足を見る……左の膝上に血痕が残っていた。

 飛び起きた雪之丞は「すま……」謝罪を述べようとして、痛みに顔をしかめる。

「肋に皹程度ですんだとはいえ……まだ動くな。強引に繋げたが、それでも完全に痛みが引くまで30分は掛かる」
 ファルコーニのその言葉に自分の状態を改めて見る。

 胸元から腹部にかけての広い範囲に、包帯が巻きつけられていた。

 湿布薬の強い臭いが嗅覚を刺激する。

「気負う必要はない。むしろ、こうして生きている事実を神とクロサキに感謝した方がいい」ミネラルウォーターのペットボトルを雪之丞に渡しながらファルコーニは続ける。「悪くすれば、殺す以外に止める術はなかったからな」

「礼を言うのはこっちの方です。貴方が生きてくれていたお陰で、殺人罪にも過失致死罪にも問われる心配がなくなりました」
 圧倒的な体術を見せつけ、雪之丞を一方的に打ちのめした黒崎は、肩を竦めながらやや冗談めかした口調で言った。


 笑えない冗談だった。


 そして、その笑えない冗談は、失意の中にある少年を容赦なく斬り裂いた。

 戦闘技術だけではなく、あらゆることを計算立てた上に偶然による誤差をも想定して先を取る、『人間コンピューター』の異名をとる高い知能に加え、相手の心理を読み取る人身掌握術に秀で、ビジネスの手腕も超一流――ただ、ユーモアのセンスを持ってはいないが故に、相手に無機質な……底冷えする冷たさを感じさせることもしばしばな眼鏡の企業戦士の言葉に、さらにショックを受けた雪之丞は……悔しさをうつむいての口調と拳に込め――「くそッ!」同時に床に叩きつける。



「強くなったはずだったのに……ママに喜んでもらえると思っていたのに――負けっぱなしじゃねェか!」
 不甲斐ない自分への憤りを隠すことなくさらけ出す雪之丞に、慰めの声をかけようとするファルコーニだが、それを制するかのように踏み出した震脚の『一歩』が……雪之丞とファルコーニの意識を黒崎に向けさせた。


「充分、強いですよ」岩肌に叩きつけた右拳を見せ、続ける。「……この通り、私の力では一撃で岩を砕くような真似は出来ないし、銀の銃弾がなければ霊にダメージを与えるような真似も出来ない……貴方はそれがどちらも出来るでしょう?」
 言葉の後につかつかと歩み寄り……雪之丞のネクタイを掴んで持ち上げ、その耳元で言った。
「……甘ったれるな。人間には出来ることと出来ないことがある……自分というものを弁えろ!」
 囁くようなトーンだが、急激に物腰を変えた黒崎の変化に面食らう雪之丞。

 だが、殺気すらも込められた表情から再びの変化を見せ、黒崎はネクタイを引き上げられたことでその腰を浮かせかけた雪之丞を解放すると、薄い笑みを浮かべる。
「……と、私の師ならば言うでしょうね。私も、壁に突き当たった時によく言われましたよ」

「――――アンタにも、壁に突き当たることがある、ということか?」

「当然です。私は神じゃないから、出来ないものは出来ません。そもそも、壁に突き当たることも困ることもないならば、貴方達を雇ってはいませんからね」


 当然の道理である。


「大事なのは、自分の出来ることをいかにこなすか。そして、出来ないことはいかに出来る人間に任せるか……ですよ。無理をして一人で何でもこなそうとしては、そこに穴が生じ、全体を歪めてしまう――歪みがあれば、本来の力を出すことも出来ませんよ。チームだけじゃなく、個人の心も、身体も……ね」

 “強さ”を求め、汲々としていた雪之丞の心に突き刺さる言葉と共に、黒崎は中段の突きを繰り出す。

 正道を身に付けていない雪之丞にも一目で判る、鍛えられた肉体と重心の移動、インパクトの瞬間の黄金率が生み出した……芸術のような突きだった。

 さながら空気の中に在る敵を一撃の元に倒したかのような手技の冴えに、無言で瞠目する雪之丞に、眼鏡を押し上げながら黒崎は言う。
「ポイントを重視し、打撃の速さ優先の技術を磨いた現代ボクシングならば同じ体勢から左右の連打を打てるかがものを言います。しかし、一撃必倒の技なら手打ちになりやすい速さよりも、多少テレフォンであっても重心を下半身に固定し、前方移動と同時に拳を繰り出せばいい……それならば、本来の腕力に加え、自分の体重と地面を踏み込む脚力、そして、重力もプラスできる――ようは使い分けです」

 雪之丞の目に輝きが戻った。無手勝流を本位とする雪之丞の興味を、体術の講釈で食いつかせたことに成功した黒崎は本題を続ける。

「ほんの基本ですが、この型を身につけるにも3年はかかっています。それでもなお、納得いく打拳を打つにはさらに5年は要しているし、足りないものを補い、不要なものは削り……ここまで来るには軽く15年、といったところです。壁にも一度や二度どころじゃないくらいぶつかっていますよ」

 クールさを崩すことなく、中段突き――中国拳法の中でも実戦色が極めて強い一大流派・形意拳のごく基本の型の一つである“崩拳”と呼ばれる突きのポーズを崩した黒崎が、向き直りながら雪之丞に諭す。

「貴方は負けっぱなし、といいましたが、負けることはそう恥じゃない。無論、負けるよりは勝つ方がいいでしょうが、相手と自分との差を推し量ることなく、素の力だけで勝ち続けた者よりも、敗北を経ることで彼我の力量差を見極る目を持つことになった人間の方が、土壇場では私は恐ろしい。敗北を二度と味わいたくない、という意志をバネに巻き返しを計ってくる人間は半ば予測不能な上に、仕掛ける側にしてみれば、相手の行動を予測し、先手を打つだけの冷静さも併せ持つことも出来ますからね」

 その“予測不能な巻き返し”によって、事実上の左遷先であったナルニア支社の業績を驚異的に伸ばし、世界最大規模のウラン鉱を有し、鉱業部門では最大だったキエフ支社を上回るものにまで仕上げた、かつての上司――そして、敗北らしい敗北を知らないが故に、強烈な勢いで追い上げてきた元部下に恐れを抱いた末に追い落とし、安穏としていたところで反撃を無防備に受けることになってしまった『現時点での』上司を思い浮かべつつの言葉だった。

「挫折すれば克服するために知恵もつく。力よりも技よりも、鍛えるべきはまず頭脳……判断力を鍛えれば、幅も広がるさ」
 容赦なく、ファルコーニもそれに加わる。

「判ったよ、これくらいの負けは受け入れてやらぁ!」年長者二人の説教に根負けしたかのように、雪之丞は叫ぶ。「その上で俺は俺の今やれることをやる!!それでいいんだろ?」

 『ここまで言われたのは……一度帰った時以来だな』ネガティブな意識に囚われていた雪之丞はそう思いつつ、照れを隠すかのようにそっぽを向いた。


















「見事なものだな、ああまで鬱屈した相手を納得させるとはな」
 雪之丞から数m離れた場所に立ち、周囲を警戒する黒崎の傍らで、カソックを纏い直したファルコーニが耳打ちする。

「なに、本業は営業ですからね……あれくらいの説得は軽いものです。前衛に迷いがあっては、後方で支援する方にも危険が及びますからね」
 嘘をつくにしても真実を交え、相手の意識を自分の望む方へと誘導する――詐欺まがいにもなりかねない、だが、法的には何ら問題はない取引を幾つも成立させてきた男にとって、自分の修行期間に近い年齢でしかない少年の説得などは、まさに赤子の手を捻るようなものであった。

 ついでに言えば、イタリア語と神の名、そして、信仰を持ち出してファルコーニに自分の名を覚えさせたのも、営業企画部の部長として、世界各国で数多くの戦場――多くは金と法律が武器という、比喩的なものであるが、文字通りのものも幾つかある――を渡り歩いてきた百戦錬磨の顔を持つ企業戦士である黒崎の直感から来る、一瞬の詐術ではあるのだが……可哀想なので気付いていないファルコーニには黙っておいてやろう。














 ――――つまるところ、二人のGSは黒崎によってものの見事に操られていたのであった。



















 その“光”に気付いたのは、不貞腐れ気味に寝転がっていた雪之丞だった。

 敵か……いや、人魂や燐光のような薄い光ではない。それに、その光源が現れる霊をあらかた駆逐し、ファルコーニが聖水で浄化をしながら進んできた入り口側である以上、そうそう霊が現れるはずもない。

 ――ならば、誰が近づいているんだ?

 思い立った雪之丞は、やや離れた位置で話し込む二人に小石を投げつけ、立ち上がる。




 魔装術は……使わない。左手に圧縮した魔力を集中し、万一の際に備えてはおくが、下手に力を振るってしまっては、もしこの光の正体が興味本位で入り込んだ一般人ならば、黒崎が危惧していたように除霊中の事故とはいえ、過剰防衛として後ろに手が回ってしまいかねない。

 過去、後ろ暗いこともやってきた雪之丞にはなんとしても避けたい事態ではあった――そこもまた、偶然ながら黒崎と一致してしまった見解ではあったが……何やった、お前ら?




 一度じっくりと問い質してみたい過去は兎に角、無防備に光の主は近寄る。


 光の具合から、恐らくその光の正体は懐中電灯であろう人工の光であることと、桁違いに強い霊力を一点から感じることだけは、霊力を持つ二人は掴むことが出来た。

 光の様子からすると、現在の距離は10m強。

 敵か、味方か……いや、そもそも味方であるはずはない。だが、正体は掴めない……油断も出来ない。

 足音が近寄るたびに神経が磨り減っていく。

 残す距離は5mを切った。

「精霊石よ!」
 ファルコーニが、左手の中に収めていた精霊石の力を解放する。



 坑道内で拾った精霊石だった。精製されてはいなくとも光を発するぐらいの力を引き出すことぐらいは出来るということもあって、黒蛇との戦闘で壊れた軍用ライトの代用の光源として利用していたものであったが、一気にその力を解放すれば簡易的な閃光弾にもなる。


 闇と思っていたところから急激に強烈な光を受け、目を眩ませた人影が、動きを止めた。

 ファルコーニの言葉と同時に閃光を背にした雪之丞が人影に飛び込む。この距離ならば、一瞬の隙さえ作れば問題なく間合いを侵略できる……引きつけるだけ引きつけて一気に制圧するという……雪之丞が立案した、急ごしらえだが効果的でもある作戦だった。



 雪之丞が懐中電灯を持つ手を取ろうとしたその時、「何するんや……この罰当たりモンが!」その耳に関西訛りの声が聞こえた。

 声と共に生み出された圧倒的なプレッシャーが、雪之丞の動きを無理矢理に止める。

 人影の着た漆黒の服――恐らくは革製のライダースーツの懐から、やや黄味がかった温かみを帯びた光が漏れていた。

 眼鏡をかけ、鼻髭を生やした壮年を越えた年齢を思わせる顔がその光に写る。

「し……社長!?どうしてここに?」

 黒崎の驚きを含んだ声が響いた。

 この依頼の最中にも感情の動きを殆ど感じさせなかった黒崎すらも動揺させたその男は……日本が誇る国際的総合商社であり、依頼人である黒崎も所属する村枝商事株式会社代表取締役社長――村枝賢一その人であった。

「おお、その声は黒崎君かね……もともと手配は白井君に頼んでいたはずだが――?」そこまで言った後、思い返したかのように賢一は黒崎の疑問に答える。「私はこちらの……恵比寿様に受けたご恩を返すためにここにお連れしたのだよ」

 賢一は、言って懐から『それ』を取り出す。
「なんや……賢一の知り合いか――ワシャあ、またヒルコのヤツに操られた奴かと思うてもうたわ。やりすぎてもうたが、まぁしゃあない……許したってや」

 賢一の手がライダースの懐に収めた黒檀の恵比寿像を引き出したその時、春の陽光を思わせる暖かな光を纏った小太りの男の立体像が現れる。

 身体に掛かる重力が一気に10倍になったかのような圧力が瞬時に消え、膝を折っていた雪之丞とファルコーニは一瞬だけとはいえ押し潰された肺に空気を送り込むべく荒い息を吸い込む。

 圧倒的な神気による圧力を与えた相手に命に別状がないことを確認した恵比寿神は、溜め息を一つ吐き、三人を見渡す。
「改めて自己紹介しよか……ワシは恵比寿――七福神の一柱であり、この賢一の家の守り神……そして、ここで目覚めてしもうた古い神――――ヒルコの片割れみたいなモンや」
 悲しみを帯びた声で……恵比寿神が言った。

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