ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(7)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(00/ 6/ 6)

その後、執事の引率で一行はホウルへと案内された。軽く見積っても百人位の人間が招待できる程の贅沢なスペイスと云い、床一面に敷かれた赤色地に金色の縁が縫い取られた鮮かな絨毯と云い、窓をゆったりと覆う絹のレイスのカーテンと云い、天井から吊り下った豪奢なシャンデリアと云い、全くこの石造りの建物の重厚な外観を裏切らない立派な内装が施されていた。
しかし、それらをうっとりと眺めては歓声を漏らす女性陣とは対照的に、男性陣の表情は各々一様では無く、複雑である。カオスは考え事をしている風に首を傾げて唸っているし、ピートは下ばかり見て何やら落着きが無い。横島に至っては自分の一張羅が枝に引っ掛かった部分から綺麗に真っ二つに裂けてしまった上に、先程カオスが「テレサによく似ている」女性の熱い抱擁を受けた直後に「何しやがるこのハレンチじじい! そのちちは俺んだーーー!」と絶叫しながらカオスに跳び掛かろうとした処、「ハレンチは貴様じゃ!」との怒号と共に美神の強烈なヒールの一撃を後頭部にお見舞いされた事が不満だったらしく、患部をさすりながらぶつぶつと文句を垂れている。
一行は今、このホウルの中央に設置された奥行きの長い会食用のテイブルに掛けている。上座から下座まで15メートルは離れているので、一行は取り敢えず左右男女に分かれて、上座に近い方から順に腰掛ける事にした。机の上には急拵えではあるが、突然の来客にも関わらずそれなりの数の料理が並んでいる。この宴の主人である、テレサによく似た女性は今、お召し替えの為に出払っている。
「どうやら幸運にも、儂らは当初の目的地に時代的にも地理的にも近い時空間に到着する事が出来たようじゃな。」
逡巡するのを止めたカオスが、一転して陽気な調子でそう結論した。
その言葉に憂い顔のピートが、その顔をあげる。
「……十三世紀のヨーロッパですか……。」
「へーっ、『じゅーさんせーきのよーろっぱ』って、『お城』ってトコにそっくしですねぇ。」
「……おキヌちゃん……。」
「まあ、一応お約束みたいですから……。」
美神の突っ込みに、キヌは赤面して小さく舌を出した。
ピートが身体を傾けて、カオスに問う。
「しかし、でも、どうしてそんなに都合良く目的地に?」
「そこなんじゃがな、小憎。皆も経験したと思うが、時間跳躍の直前に酩酊状態と云うか、酷い乗り物酔いの様な何やら妙な気分になったじゃろう?」
皆、一様に頷く。
「儂もそうじゃった。つまりじゃ、儂等を道『連』れに巻き込んだあのアホの文珠の作用で、儂等の体内の中で『時空超越内服液』と同等の成分が再生産されたと考えられるな。」
カオスはピートの素朴な疑問に対し、下手の席でまだ不平をこぼしている横島を顎で指しながら、さっきまでの思索の結果を披露する。
「それに、魔法科学の粋を集めて編み出された、機能的には本物と大差が無い特殊人工素材を用いて創られている為に魔法薬などが効く筈のマリアが何故にここにおらなんだか。まあ最悪のケイスとしては、跳躍中に儂等とはぐれてしまい時空間の狭間を彷っておる可能性じゃが、儂等五人があの部屋におった時とほぼ同じ位置関係のままこの時空間に来ている事を考えると、あの文珠のエネルギィは思いの他強大であったという事じゃ。したがってもしマリアに文珠が効いておれば、確実に今頃はその、嬢ちゃんの隣りの席に座っておる筈じゃ。」
そう言ってカオスが指差した自分の下手の空席に視線を巡らせた後で、キヌはカオスの言いたい事を察して息を詰める。
「それじゃ、マリアさんには文珠が効かなかった……」
「左様。恐らく充電中にマリアの周りに発生した静電気が、文珠の効果を遮断したのじゃろう。静電気力に依る心霊的効果の遮蔽……それはそれで魔法科学者としては大変興味深い現象じゃな。」
「それより、アース位付けときなさいよ、危なっかしいわね。」
そんな美神の指摘を無視して、調子付いたカオスは続ける。
「つまりじゃ、あの跳躍の瞬間にこの中で一番この時空間を正確にイメヂしていたこの儂のお陰で、こうして全員無事にいられる訳じゃ! どうじゃ、参ったか、ははははーーっはっはっはっ……」
「……それに、あの女性との『ご縁』も浅からぬ、みたいだしねぇ?」
「ぎくぅぅっ!!」
今度の美神の指摘の前には、さしものカオスも腰に手を当てたまま硬直する。
「……勿論、私達に説明してくださるわよねぇ、カ・オ・ス・さ・ま?」
「ぐ、ぐぅ……。」
「そうですよ、ドクターカオス、貴方とあの女性との関係は?」
「えっ?」
いきなりピートがカオスに詰め寄りだしたのを見て、美神は一瞬機を奪われた。
ピートの隣で愚痴っていた横島も、カオスの方を向いて勢いよく立ち上がる。
「そうだ、そうだ! 何で、あの女のちちがお前のもんなんだ!?」
「お前は黙っとれ!!」
「うんぐうっっ!!」
美神の一喝と共にチキンの丸焼きが、大きく開いた横島の口の中に頭の先から突っ込まれた。横島は暫く苦しそうに藻掻いていたが、程無く静かになった。
キヌが机を廻りこんで横島のもとへと走り寄るのも無視して、美神は余裕たっぷりに
、カオスに迫った。
「それに、どーぅしてあの人が、あ・の・『テレサ』にそっくりなのかしらねぇ?」
「そ、それはじゃなあ……」
これ以上話題を他の事にはぐらかす事など、アドヴァンテヂを握ったいまの美神の前には不可能である。カオスは観念した様に両方の掌を広げてみせた。
「わ、わかったわい。お、おほん。……むかーしむかし……」


「……あの女性はテレサ姫。人造人間の方の『テレサ』の造形と名前は意図的なものでは無く『マリアの妹』というキーワードから極めて単純に連想されたものが無意識に頭の中にひらめいたのじゃろう。つまり彼女は美神と横島とマリアが十三世紀のヨーロッパで出逢ったマリア姫の妹君じゃ。幼少の頃のテレサ姫は生まれつき体が弱かったらしく、ベッドの上で少女時代の殆どを過ごしておったらしい。父親である領主は熱心なオカルトフリークであった為、他の子が外で遊んでいる間に彼女はオカルトや錬金術に関する書籍を片っ端から読み漁った。そして年月は流れ行き、姉妹が各々十三歳と十歳であったある日、自分の身柄の保護と資金援助を求めて齢三百にも及ぶ一人の錬金術師がこの欝蒼とした森林に囲まれた領地に訪れた。彼こそが人呼んでヨーロッパの魔王、ドクターカオスその人……つまりこの儂じゃ。儂が持参した霊薬をテレサ姫に飲ませると、たちどころに姫の体調は回復した。この功績が認められ、儂は見事に領主家に信頼関係を取り付け、まんまと、いや正式に資金援助の契約を取り付ける事に成功したのじゃ。さて、男兄弟の居ないこの領主家の次期当主として教育されていたマリア姫に対し、元々聰明で知識欲の豊かなテレサ姫の方は、この一件を境に本格的に錬金術の研究を志す事になった。しかし選りにも選ってこの儂に師事したいなどと言いだしおる。初めは『弟子は取らない』だの『それは秘密なのだ』などと言ってはその要求を拒み続けておったのじゃが、あまりに熱烈に志願してくるので、仕方無くな……べ、別に下心があったのでは無いぞ、決してな! いや、それにしてもテレサ姫は実に優秀な生徒でな、この儂ともあろう者が時を忘れて姫との談議に熱中する事もあった。『探究者は本来、孤な生き物である』という持論をかねてより抱いていたこの儂じゃったが、いつの頃からか自分の知識を受け継ぎ得る者としてテレサ姫を意識するようになった……だから、あくまで弟子としてであり、他意などこれっぽっちも……。しかし初めの出会いから六年経過したある日電撃的に、という表現が相応しかろう、テレサ姫は没落した辺境伯家やらとの縁談を纏めてしまったのじゃ。一応階級では格上である伯爵家の強い要望とやらで、ほんの限られた身内の間だけで簡素な結納の儀式を済ませた直後に、姫は伯爵家へと嫁いでいってしまったのじゃ。間の悪い事に儂はこの時、長期にわたり出払っておった……それ以来、彼女には一度も会っておらん……って、おい貴様等!!」


「……あ、カオス……もう終わった?」
美神が、机の上に重ねた腕の上からゆっくりと寝惚け顔を持ち上げた。立ち上がって陶陶と演説を垂れていたカオス以外の面子は全員、テイブルに突っ伏して寝息をたてていたようだ。
カオスは怒りと恥かしさで若干気色ばんだその顔を震わせた。
「貴様等が聴かせろと言うから、この儂が甘酸っぱい思い出話を聴かせてやっておると云うのに、皆して転寝(うたたね)を決めこむとは、何と不粋な!」
「あら、本人のいない間にひとの話をする方が、不粋が過ぎるんで無くて? カオス様。」
凛としたメッツォソプラノと共に上座の側にある大きな扉の影から、話題の女性テレサが姿を現した。エメラルドグリーンのドレスの上から装飾的な模様が金の糸で縫い取られたきらびやかな襷を掛けて、さらに先程よりもアクセサリィとメイクを充実させていた。ルージュの艶もあでやかな口元に、少し意地悪な微笑をたたえている。
「い、いやぁ、見目麗しいそなたの姿を見たこの者どもがあれこれとそなたの事を訊ねてくるので、こちらとしてもそなたに再び相まみえた幸運を喜ぶ余りに、ついつい問いに答えてしまった次第なのであるが……レィディに対してまことに失礼な事をいたした、テレサ……伯爵夫人。」
「公式な場でも無いというのに『伯爵夫人』だなんて水臭いですわ、カオス様。それに言葉遣いが他人行儀が過ぎます。言葉遣いは勿論の事、私の事は昔の様に『テレサ』とお呼び下さいな。」
先程までとは違った意味で顔を赤くしているカオスに向かって、テレサは眼を細めてにっこりと微笑んだ。

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