氷室の夢
投稿者名:豪
投稿日時:(05/ 5/ 3)
―――――――――夢を見ている
楽しくて 賑やかで 可笑しくて
それでいて 少しだけ 哀しい
そんな夢を見ている
―――――――――――そんな、幽霊の夢を
「夢?」
「はい」
きょとんとした表情で聞き返す横島。
一つの頷きで肯定を示したのは、一人の幽霊。
人呼んで美神除霊事務所の良心、おキヌ。
彼らと同様にこの部屋に居た美神もまた
おキヌの言葉の意味が取れなかったのか、表情だけで疑問を表していた。
今日は給料日。
おキヌが従業員として務めているという事もあってか
基本的に、美神は振込みではなく手渡しだった。
ラーメンに卵を入れられる、と喜んでいる横島の次に
おキヌは美神から給料を渡されていた。
どう考えても、日給三十円以上の金額を。
日給三十円では、一月分でも千円にすらならない。
それでも、おキヌは一言足りとて文句を言わないばかりか
そのお金は、ほとんど自分の為には使用されず
横島の為の食費か、浮遊霊の爺さん婆さんの為の線香代として消えていた。
その上、自分の仕事はしっかりと頑張るのだから
さすがの美神といえど罪悪感が刺激されたのだろう。
いつしか、その給金は横島には及ばないまでも、かなりの昇給をされていた。
このまま行けば横島を追い抜く日も間近である。
それを渡されたおキヌが、ポツリと呟いたのだ。
本当に何気なく、つい口を吐いたという感じで。
――――――――――夢、という単語を。
「はい、何だか今が夢なんじゃないかって」
「夢かー、そーだね。
うん、確かに給金とはいえ美神さんから金貰うなんてゆゴフォッ!!!」
「あんたのセクハラなんて悪夢でしょーがっ!!!!!」
「あ、いえ、そうじゃなくて・・・・・・・・・」
おキヌが訂正する間も無く、壊れてゆく横島。
美神除霊事務所においては、いつもの風景とも言えたので
いちいち口を挟んだりせずに行儀良く待った。
最近では、横島自身も助けを求めない辺り
実は解ってやっているのかもしれない。恐るべき哉、関西人の血。
そして、いつものように人類の規格を大幅に越えた回復力を見せ
傷一つ無く舞い戻った横島と、少しだけ心配げな様子を見せる美神とに
優しげな微笑みを見せて、おキヌは口を開く。
「ちょっとだけ思ったんです。
今こうしていられるのが夢なんじゃないかって」
微笑みを儚げなものへと変え、そのまま瞳を窓から空へと。
青く澄み渡る空には、幾つもの雲が浮んでいる。
きっと同じ空など一つも無いのだろう。
その色にしても、浮ぶ雲にしても。
けれど今見ているそれは、確かに変わらぬ空なのだ。
過去も、現在も、そして―――――――未来も。
そこから目を離す事が出来ず、再度、口を開いた。
「ずっとずっと昔に死んじゃった私が
本当に死んでしまう前に見ている、夢なんじゃないかって。
そう、思ったんです」
横島との出会い。美神による雇用。
怖い事も沢山在る除霊作業。
町に来て増えた浮遊霊の知り合い。
山に居た頃と比べ、今の生活は楽しい。
でも、死んでから随分と経つ。
喜ぶ事、悩む事、過ぎる時、重ねる日々。
―――――――――その全てが、夢なんじゃないのか。
そんな考えに囚われていた。
愚かと断じる事も出来るだろう。
今の生活に不満があるわけではない。
本当に幸せだと、心から感じている。
ただ、それだからこそ感じてしまう、一抹の不安。
一番大事な人たちは生きているからこその、一抹の寂しさ。
気付けば、顔を伏せていた。
視線が捕らえるのは、部屋に敷かれた絨毯ばかり。
それでも重くなってしまった雰囲気を変えようとして
無理にでも笑みを形作ろうとした時
「夢でもおキヌちゃんと一緒っつーのは嬉しいな」
え、という口の形で固まったおキヌが見たのは
悪戯小僧な笑みを浮かべた横島の顔。
その彼は口を閉じて、美神に視線だけで問う。
それだけで全てを了解したのか
彼女は一つだけ頷いて、おキヌへと微笑みを投げ掛けながら
「そーね、おキヌちゃんなら夢でだって一緒に居たいわ。
アンタの場合は、夢でセクハラなんて考えてんじゃないでしょーね」
「いや、やりませんて。
相手がおキヌちゃんじゃ、俺がまるっきしワルモンやないですか」
「私だと違うのかっ!!!!!」
そして再び、殴り飛ばされる横島。
そしておキヌは虚を突かれた表情のままに、その光景を見ている。
横島の言葉だけを見るならば、それは見当違いだ。
見る夢がどうこうという話ではないのだから。
けれど、その言葉に込められた想いは、ちゃんとおキヌへ伝わっていた。
今の生活は、夢なのかもしれない
それが恐かった そう思う事が恐かった
何もかも 無くなってしまう気がしたから
全部 消えてしまいそうな気がしたから
でも、無くなったりなんかしない
もし、これが夢なのだとしても
皆を大切に思う、私の心は本物で
私の『幸せ』は、確かに此処にあるから
いつの間にか、粛清の時間は終っていた。
おキヌは呆然としたままに、彼らを見詰める。
倒れたままに笑いかけてくる横島。
腕組みをして微笑みをくれる美神。
形はそれぞれ違うけれど、本当に優しい二人の家族。
その二人を見ながら、涙が滲むのを堪え
手に掴んだままの給料袋を、ぎゅっと懐に抱き締めて
「これからもっ、よろしくお願いしますっ!!!!」
涙混じりのその声は、窓から外へと抜けて
千切れ雲と共に、蒼く広がる空へと溶けていった。
人里離れた山奥
一人の少女が眠り続けている
死という名の、眠りについている
闇の腕に抱かれて、氷の寝床に包まれて
見た者は誰も居ない
孤独に在り続ける彼女が
微かに、本当に微かに浮かべた笑みを
まるで、楽しい夢でも見ているかのような微笑みを
今までの
コメント:
- お名前はかねてより存じ上げておりましたが、ご挨拶するのは初めてだろうと思います。どうぞよろしくお願いします。
幽霊の見るうたかたの夢、それは美しくもあり悲しくもある夢。
どことなく、黒沢監督の『夢』を観たときのような思いを抱きました。
最後の氷漬けの少女が微かに笑うシーンは、少しホラーのような気もしましたが(笑) (赤蛇)
- 豪さん、はじめまして。
300年間ずっと一人でいたこと、そして幸せな今をすごせていること。
それがおキヌちゃんに夢と思わせたのでしょうか。
なにはともかく、とても綺麗なお話をありがとうございました。 (美尾)
- 初めましてでございます。
夢は見続ける事により現実との区別がつかなくなり
そもそも今までの現実が夢であり現実が夢となり・・・
の無限ループにハマってしまいます。現に私も結構危険です。
そういう時はどどちらも現実and夢だと言い張ってみます。
結局夢も現実も同じものかもしれないということですね。
何だかよくわからないコメントになりましたが、ごちそうさまでした。 (白湯)
- はじめまして豪さん。
日常の一コマ……ヘタしたら「何時もの光景」の一言で片付けられる情景がこんなにも、深くなるなんて…… (純米酒)
- はじめまして、よろしくお願いします。
題名から、「どんな内容かな?」と思っていたんですが……『胡蝶の夢』ですね。うんうん、ええ話や〜。
おキニスタな自分としては“おキヌちゃん、反魂復活前のある日の事務所風景”といった感じで……良かったです。 (すがたけ)
- 初めまして、新参者ちくわぶと申します。
詩のように素晴らしく、イメージが豊かに湧いてくる文章。
そして温かく爽やかな印象の物語と、文句の付けようがないです。豪様の実力にただただ感服するばかりです。
氷漬けのおキヌの笑顔が、やがて現実になるのがとても幸せだなぁ…と感じて。
素敵な話をありがとうございました。 (ちくわぶ)
- 初めまして、とおりと申します。
私もおキヌファンなんですけど、染みましたー。
爽やかな気持ちになる作品ですね。 (とおり)
- 更におキヌファン参戦。
というわけで、はじめまして豪さん。
なんて言えばいいのか・・・う〜ん。兎に角、心にグッとくるような話でした。
すごく良い話をありがとうございます。 (never green)
- 豪さん、初めましてどうも。
今回感想一番乗りの赤蛇さんと同様、現実と夢想が境界を争う作品でも、こうも方向性の違う話ができるのか……うーん、おもしろいっ!
ここで出てきた「夢」は『スリーピング・ビューティー!!』(その11)での別れの場面に於ける令子のはなむけの言葉、
「おキヌちゃん―――/夢は人の心に必ず残るものよ!/それが素敵な夢だったのならなおさらでしょ?/指から水はこぼれても手のひらにはしずくが残るわ―――」
……ここでの「夢」にも綺麗に対応しますね(アンティ令子の方々にはこの辺りの彼女の言葉にもっと耳を傾けて欲しいな……っとそれは余談)。その通り、はかないから貴いのでは非く、素敵だからこそ貴いのでしょうね、夢ってやつは(この辺りひょっとしたらルシオラにとっての「夕日」とも対応しているかも……ああっまたしても余談余談)。
ともかくも素敵な白昼夢、ありがとうございました。 (Iholi)
- 何でも無い筈の、何時も通りの風景…
それが彼女にとっては、こんなにも大切で、輝かしい物で…
実に、おキヌちゃんらしいお話と思いました。よかったです。 (偽バルタン)
- 皆様、はじめまして。豪と申します
ずっと読み専を続けておりましたが、このたび初の投稿に踏み切りました
読んで下さった皆様、コメントを下さった皆様。どうも有り難う御座います
>赤蛇様
同時にその夢は、楽しくも在り、騒々しくも在り、そして時に馬鹿馬鹿しくも(マテ
むぅ、ラストシーンはほのぼのを目指したのですが(ぇ
>美尾様
幽霊な彼女が横島君や美神さんのような生きている人間と生活している、その現状が夢を思わせたのかもしれません
本来在り得ない幸せで在ればこそ、まさに夢と消えてしまうのは恐く感じられるでしょうから
>白湯様
夢も現実も、楽しんでしまえば無問題<それでいいのか
でも実際、夢と現実とに境なんて無いのかもしれません
>純米酒様
話的には地味めだと思っていたので、そう言って頂けると嬉しいです
何ても無いいつもの光景というのが、きっと掛け替えの無いものなのでしょう
>すがたけ様
『胡蝶の夢』すなわち、ある日おキヌちゃんが目覚めたら一匹のパピリオになっているという<それは『変身』
おキヌちゃんファンの方々にも気に入って頂けたのなら幸いです (豪)
- >ちくわぶ様
詩のような感じになるのは癖なのです(笑
彼女にはやはり笑っていて欲しいですよね
>とおり様
イメージ的には五月の風(何
後味すっきりを目指しました(笑
>never green様
感動を少しでも伝えられたのなら幸いです
これからの励みとなります
>Iholi様
実は美神さんのその台詞が、本作の原点だったりします
この日々は眠り続けていた彼女にとって、ある意味『正夢』と呼べるのかもしれません
>偽バルタン様
何処にでもあるような、在るのが当たり前のような、けれど確かに暖かな
そんな、日溜りのような幸せが彼女には似合うかな、と (豪)
- おキヌちゃんのお話を見ると食いつかずにいられない末期人間です(笑)。
えーと、はじめましてだと思うのですが、記憶違いでしたらすいません(汗)。
さてさて、事務所の日常の中でふと不安に駆られるおキヌちゃんは私も以前に挑戦したことがあるのですが、ずっと豪さんの文章のほうが綺麗にまとまっていてくどさがなくていいと思います。二人の語り掛けに篭められた温もりによる心の変化が自然に流れていって、なんだかほんわかします♪
私的には「二人の家族」の表現がいいなぁって思ったり♪
これからもいいお話を期待しております(特におキヌちゃんを>爆) (マサ)
- たとえこれが夢であったとしても、彼女が幸せであるということは確かな事実で、そう遠くないうちにはっきりとした現実になるんだろうなぁ……と。
その「いつか」が来た時の彼女の喜びようが浮かんで微笑ましくなります(笑)
ありふれた日常を題材としてここまで素敵なお話に仕上げてしまう力量にただただ感服するばかり。本当に素敵なお話をどうもありがとうございました。 (龍鬼)
- >マサ様
此方への投稿は初めてですので、おそらくはじめましてです(笑
周囲に居る皆と違って、おキヌちゃんだけが幽霊ですからねー。不安になるのもむべなるかな
そんな不安を吹っ飛ばしてくれる『家族』が傍に居る、それこそ幸せというものなのでしょう
はい、これからも頑張りますよー
・・・・・・・・でも、おキヌちゃんって書くの難しいです(ヲイ
>龍鬼様
生来天邪鬼なもので、ありふれた物こそ題材にしたくなるのです(笑
霊としての日々はまさに儚く夢と散り、けれど重ねた幸せは雫として彼女に残り
目覚めた彼女にはかつてとは違う、けれど確かな幸せが待っている、ということで (豪)
- やはり最期の場面はゾクッと来るものがあります。「よろしくお願いしますっ!!!!」で終わっていれば、ほのぼの丸く終わる(当時の)美神事務所のドラマとして収まっていた所に、突如「彼女の現実」を突き付けてくる落差の感覚…でしょうか。
そのドラマが、やはり、氷漬けのまま永遠に眠る少女の人知れず見た夢だった…と言う現実。
だけど、それでも、彼らの言葉はやはり「そこに在るもの」だった――だから彼女は微笑み、この後の未来(ごぞんじ原作「スリーピング・ビューティー!」)を見る者に予感せしめる場面でもあります。だから正確には落差と…そしてその中で揺らめく希望、の感覚でしょうね。
わざと言葉の意味をずらして答えた横島が心憎いです。 (フル・サークル)
- >楽しい夢を見ているかのような微笑みを
コミックス派だった私が、あの話を読み―――おキヌちゃんが復活する時に感じた思いは、あの日々は彼女にとって『夢』となってしまったんだな。と、なんともいえないさびしい気持ちでした。反面、とても美しい話だなぁ、とも不覚にも。・・・いや、別に、不覚ッ、とか思う必要はこれっぽっちもないんですけどねぃ。
ちょっとコミックスを読むことを躊躇ってしまっていたあの話と、唐突に向かい合うことになったような心地で―――素晴らしいクオリティーだなぁ・・・と、感じました。
>皆を大切に思う、私の心は本物で
そして―――。
それだけではない、と感じた言葉。
黒キヌに毒された私の心は癒されるようです。(遅いナァ、癒されるの)
そうです。彼女はいつだってそういう思いなんです。他の人が横島に対して誘惑していても、鈍感な彼が気付かないのを見てにやにやしたりしません。同じように『?』と微笑んで首を傾げたりするんですっ。そうだっ、そうに違いないっ!
・・・と、思うと同時、『現実』と言うものが見せる残酷さ―――を、きっと、あの頃の自分が見ていたら反対票を押していただろう、と言う恐ろしさが共に浮かんできました。(?)
とりとめのないコメントになってしまいましたが・・・面白かったです!(結論) (veld)
- >フル・サークル様
彼女が生き返る事が無ければ、彼女にとっての先が無ければ
あるいは、よりブラックな形になっていたかもしれません。
彼女の幸せな未来があるからこそ、本作はハッピーエンドなのかなとも思ってみたり
なお、横島君は恐らく天然(笑
>veld様
お恥ずかしながら、昔はこの話の在る巻だけ読み返す事が出来ませんでした。理由は絶対に泣くから(恥
年くったせいか、今では一番好きなエピソードでもあります。
現実は残酷な所が多過ぎて、けれど、それが幸せを否定する事には繋がらないのかなとも思えたりしますねー (豪)
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