ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(17)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 6/ 5)

白壁で全体を覆った洋装建築がさっぱりとした風に見える唐巣の教会。
外見的に完全洋風の建物で、しかも教会と言うと、中身も何かしら特別なのかと思われそうだが、講堂などの教会部分は別にして、唐巣達が普段生活している自室などは、そう珍しい内装になっているわけではない。
台所の設備も、普通の一般家庭のダイニングキッチンとそう変わらないもので、特別に何か変わったものがあるわけではない。
ごく普通の、その辺のガス販売店で扱っていそうなガスコンロを前に、唐巣はエプロンをつけ、少しぼんやりとした様子で台所に立っていた。
「先生。焦げてますよ」
「・・・え?あ、ああ。おっと」
不意に、後ろから声を掛けられて我に返り、自分が目玉焼きを作っていた事を思い出す。黒いフライパンの中では、焼き過ぎで端の方から黒く焦げ始めている目玉焼きが、ふつふつと油の爆ぜる音を立てており、慌てて持ち上げて火から離すと、ちょっと焦げた匂いが混じってはいるが、十分美味しそうな香ばしい香りが唐巣の鼻をくすぐった。
「すまないね。ちょっとボーッとしていたものだから」
「珍しいですね。考え事ですか?」
「ああ。ちょっと・・・!?」
苦笑しながら振り返ったその時、鞄を片手に廊下に出て行く学生服の後姿を見て、唐巣はハッと息を呑んだ。
「ピート君!?」
確か、数日前から行方不明になっている弟子の名を呼んで、彼の後を追う。
声が聞こえなかった筈はないのだが、ピートは全く何も聞こえなかったかのように歩みを止めず、いつも、学校がある日にそうしているように、制服の詰襟を直しながら勝手口に向かって行った。
「ピート君!いつ−−−いつ帰って来たんだい!?怪我は?体は大丈夫なのかい?」
思わず、フライパンごと目玉焼きを落としてしまった事も気づかずに、こちらに背を向けて歩いて行く後姿を追う。
しかし、自分の動き全体が異様に遅いスローモーションのように感じられ、ピートはゆっくりと歩いているようなのに、唐巣は追いつけるどころか、間の距離がどんどん離れているように感じられた。
廊下も、大して長い廊下ではない筈なのに、異様に長い距離を走っているように思われて、次第に息が上がってくる。水の中を走っているように、周囲の空気が自分に絡み付いてくるかのように重かった。
「待ちたまえ!ピート君!顔を−−−顔を見せてくれ!−−−無事だったのかね!?−−−ピート君・・・−−−」

 ・・・ガシャン!バサッ、バササッ・・・バタバタ・・・
「−−−!」
突如、耳に響いた騒音によって、急に全身を引っ張り上げられたような感覚と共に覚醒する。
飛び起きる−−−と言う程ではないが、激しく脈打っている動悸に押されてガバと身を起こすと唐巣は、視界の端の方で、強風に煽られてはためいているカーテンに気づいてそちらを見た。
まだ白々とした月の光が、はためくカーテンの影を、ぼんやりと床に落としている。壁に掛けた時計を見ると、時刻は、やや明け方に近いものの、まだ夜中と言って良い時間帯だった。
掛け金をし忘れたため、夜風に負けて、窓が開いてしまったらしい。
唐巣はベッドから降りると窓を閉め、吹き込んだ風に落とされた、室内の本や写真立てを拾い上げた。
とりあえず、朝になってからちゃんと片付けようと、適当に棚や本棚の上に積み上げておく。そうして大雑把に落ちた物を整理していた唐巣だが、その手がふと、一つの写真立てを拾い上げた時に停まった。
全身黒いコートに身を包んだピートと、若い頃の自分の写真。
その上に、例の高校編入の時の写真を重ね入れて飾っていたのだが、捜索に使うためにそちらの写真を外に出したので、こちらの写真が久しぶりに表に出て来ていたのだ。
もう二十年以上前のもので、写真に写る青年唐巣が着ているものは、基本的に今仕事の時に着ている服と同じデザインだが、その中身の男は、今の自分しか知らない人間が見ると、全くの別人にしか見えないだろう。
ちょっと睨んでいるようにも見える、どことなく剣呑な目つき。
まだ荒削りである分、若々しい力を全身に蓄えた雰囲気。
(・・・そう言えば、この頃は兄弟みたいな感じだったなあ)
今の唐巣とピートの年齢差は、外見年齢で考えれば親子だろうが、この頃の唐巣は二十歳そこそこ。見た目の年で単純に考えれば、兄弟と言って良いだろう。
(本当に変わらないなあ・・・)
今、自分で無事を確認出来る範囲に本人の姿が無い分、今と変わらない姿の写真に何故か慰められたような気がする。先ほどの、何となくぼんやりと嫌な感じがあった夢のせいもあり、唐巣は手近に置いてあったハンカチで丁寧に写真立ての覆いを拭くと、いつもの棚に戻した。
そして、他に落ちていた物の残りも簡単に片付けて、寝直そうとベッドに戻りかけた時。
不意に電話が鳴り、こんな時間に誰だろうと思いつつも、唐巣はいつものように電話を取った。
「はい。唐巣で−−−すっ!?」
こちらが名乗り終わる前に、キーンと耳に突き刺さってきた少女の甲高い声に驚く。
『すいません!あの、唐巣さん!!大変なんですッ!!』
「お、おキヌ君かい?どうしたんだね?落ち着いて・・・」
電話の相手は、令子の助手の、キヌだった。
普段はのんびりしていて優しい少女なのだが、何に対しても非常に優しい分、感受性も強いため、何かとんでもない事が起きると、感情が暴走して瞬間的にパニックになる事がある。この騒ぎ様だと余程の事があったのか、少し受話器から耳を離して彼女をなだめると、唐巣は何があったのかを尋ねた。
『あの、私も、さっき美神さんに起こされて教えられたんですけど・・・!』
なだめられて少し落ち着いたのか、先ほどより落ち着いた声で喋り始めるが、ぐす、と小さくすすり上げた音が声に混じっている。
・・・何か、泣く程の事が−−−?
それから、数秒後。
あまりに予想外なキヌからの情報に、唐巣は、少なからず感じていた眠気をすっかり吹き飛ばされた。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa