〜 『キツネと羽根と混沌と』 第28話 〜
投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/ 4/23)
…遠くから足音が聞こえる。
階段を駆け上がり、こちらに向かって近づいてくる…。
風に乗る旋律。いつも通りの、聞きなれた足音。
隣にいることが当たり前すぎて……離れるまで、その大切さに気付くことが出来なかった…クラスメートの足音。
幾分、歩みが早く感じられるのは…今日もまた彼が怒っているからだろうか?
「―――――――…。」
まぶしい陽光に目を細め、『彼女』はゆっくり、その屋上の景色を見下ろした。
伸びをしながら、読みかけの本をひざに置く。
…かすかに朱が差すその頬と、大儀そうに開く鉄の扉――――――――
――――それは儀式だった。2人だけが知っている、ささやかだが大切な……出会いの儀式。
自分とドアまでの距離が、思いの外、遠いことを知って…『彼女』は待ちきれずに口を開いた。
「…こんにちは。西条くん」
そう言って、輝くように微笑む。
彼は面食らった様子で、一瞬だけ、こちらの顔をまじまじと見つめてきて・・・
「こんにちは…って、君、僕に対して他に言うことがあるだろう?」
「ぷっ…あははっ。変な顔っ。それに相変わらず、暑苦しそうな長い髪の毛…」
「ほっといてくれっ!…そうじゃなくて……はぁ、また病室を抜け出してこんな所に来てたのか…。
少しは、階段を昇る僕の身にもなってほしいな」
がっくりと肩を落として、西条は一つため息を吐いた。
それでも変わらず、優しげに自分を見つめてくる『彼女』の瞳。もう一度だけ、ため息つき…彼は屋上のフェンスに寄りかかる。
―――――…。
「……久しぶり…だな。変わりなかったかい?」
「まだ一週間しか経ってないのに……大げさだよ、西条くんは」
彼がこの病院を訪れるのは、週に一度。大学の講義がすべて終わる、土曜の午後の時間だけ。
本当は毎日でもいいぐらいなのに…
そんなことを考える自分のわがままを叱咤して、彼女はわざと、思いとは逆の言葉を口にした。
「…むしろ私としては、西条くんの方が心配かな…?ご飯、ちゃんと食べてる?」
「あぁ」
「私が起こしに行かなくても、寝坊したりしてない?」
「あぁ…」
「相変わらず、同級生の女の子に片っ端から声をかけて…あわよくばツマミ食い…とか画策してる?」
「あぁ。さすがはイギリス。ブロンドヘアーがよりどりみどり……って、ドサクサに紛れて、なんだ!その質問は!」
慌てて取り繕おうとする彼の反応に、少しだけ笑う。
だけど知っていた…。今、答えてくれたことは…全部、ウソ。私に心配させないように、本当のことをおどけた口調でごまかして…
…西条くんは、最近、嘘が多い。
「間下部くんも、元気にしてる?また見たいな……2人がバスケットの試合するところ」
「―――――――…。」
一瞬。
ほんの一瞬だけ……手すりに体を預ける、西条の顔がこわばった。
………?
ためらいがちに逸らされる視線。『彼女』は小さく首をかしげる。
「…いや、ルールもろくに知らないくせに、よく観戦したいなんて言い出せるもんだと思ってね…」
「え〜!何よ、それ。いいじゃない、ケチ!別に減るもんじゃなし」
…また、嘘をついている。頬をふくらませ、西条の腕を小突きながら・・・『彼女』は何度目かの、言い知れぬ不安に駆られていた。
ひそかに願う。
自分が居なくなるであろう、遠い未来の……他でもない、西条が掴むべき幸せを。
自分が消えたこの世界で…いつか、彼がもう一度笑えるように、と…そう祈って―――――祈るたび、理由もないのに涙がこぼれる。
「…そろそろ戻ろう。あまり長居すると、体を冷やすぞ?」
「…。」
「…ん?」
途切れた会話。振り向く西条が気付いてしまう前に、『彼女』は急いで目じりを拭った。
…そうしてまた、屈託なく、輝くように微笑む。
「…私、なんだか疲れちゃった。ベッドまで、おぶってほしいな…西条くん」
そう言って、すまし顔で見上げると…案の定、彼は心の底から頭を抱えて……
「……君……僕がもしも、ここに来なかったら…帰りは一体どうやって…」
「つべこべ言わな〜い!バスケット。見せてくれないなら、せめてコレぐらいはしてもらわないとね」
さも当然とばかりに口にする自分と、すごく困った顔をする西条くん。
だけど西条くんは優しいから、最後には決まってこう言ってくれる…。
「あぁ…やれやれ、分かった。ただし、本当に部屋までだからな。ほらっ」
「…ふふっ、ありがとう。それと…背中に私の胸が当たるからって、くれぐれも変なトコロをふくらませないよーに」
「誰がするかっ!頼むから負ぶさるときくらい、静かにしてくれ!」
それは、やはりいつも通りの儀式。雲一つない、晴れやかな午後。
照れ隠しのためか、背を向けたまま何も言わなくなってしまった西条を見つめ…
『彼女』は思う――――――――
「…ずっと…一緒にいられたら…いいのにね…」
彼の首筋に抱きつきながら、ささやいた。
「…急にどうしたんだ?」
「うん……どうしちゃったのかな…」
祈りが掌から零れ落ちないように…ささやいた―――――――――…。
◇
〜appendix.27 『決着の風景』
――――――それは、どこか幻想じみた風景。
視界の端を、紫色の閃光が染め上げる。揺さぶられる世界、反転する空間……。
膨大な質量を持つ黒槍が、西条の胸部を貫いた。血に濡れた部屋の…その中央で、さらなる鮮血が噴き上がり――――
「――――――っ!?」
「…終わりだ」
刹那の衝撃。擦過音とともに、10メートル近い距離を吹き飛ばされる。
反射的に向けられた銃口が、イーターの左肩へ、鈍色の弾丸を叩き込むが……しかし、それだけ。
削るように床を地滑りし、そのまま西条の体は崩れ落ちた。
…場に沈黙が訪れる。
「…………。」
人口の雨が作った水溜りに、薄紅の血滴が滲んで(にじんで)いた。
とめどなく西条の体から流れ出す、赤い命を一瞥し……間下部 紅廊は、深々と一つ息を吐く。
腕に残る、肉を裂いた生々しい感触――――おそらくは即死だ。急所を捉えられ、なお報いた最後の一矢は…この男の執念の為せる業か…
「…何にしろ…これで死に損ないは俺一人になった、というわけだ…」
抑揚なくつぶやくと、間下部は加えたタバコに火をつける。
…全ては、彼の思惑通りに進んでいた。
数分前、自身の細胞が認識した…分体の消滅。どうやら黒い人形たちは、ドゥルジによって一匹残らず破壊されたらしい。
なるほど、たしかに彼女の力は大したものだが……しかし、結果だけ見ればどうだろう?
今現在、昏睡状態で倒れ伏すドゥルジに対して、無傷でこの場に立つ自分。
スズノはフェンリルとの闘いで力尽き、さらに、小竜姫とメドーサでは例のガーディアンに太刀打ちすることなど絶対に出来ない。
この街を訪れた当初の目的を阻むものは、もはやどこにも居ないと言って良かった。
――――――すなわち、混沌と化したユミールを…再び現世から抹殺するという目的を…。
「………?」
歩き始めたイーターは、その時、かすかな違和感を感じていた。
かすかだが、奇妙な違和感。そしてその感覚は膨張するがごとく膨れ上がり、突如として、形を持った具象へと変わる。
「…っ…!何だ…?」
一条の光が糸となり、張り詰めた大気を切り裂いた。
瞬間、天井にくくられた照明が、落音とともに粉砕し――――――――あたりが、闇に包まれる……。
「――――おいおい…。たしかに急所を貫いたはずなんだがな…」
苦笑を浮かべるイーターの顔を、彼自身の手にしたライターの灯が映し出す。
視線の先で、影がゆらめく…。その懐から零れ落ちる、金色のチェーンとひび割れたとロケット。
…亀裂の底には―――ガラス張りの、一枚の写真が覗いていた。
「……このペンダントが無ければ…おそらく死んでいた…。心臓まであと2センチといったところか…」
薄明の中、西条は…銀のロケットを拾い上げ、それを強く握り締める。霊剣の有する凍てつくような光が…彼の開いた瞳孔を照らし出し…
「…答えろ、間下部。3年前のあの日……お前はどうしてユミールを殺した…?
あの子は、何も知らなかった…。あの子は『彼女』の――――――――”七海 ”の娘なんだぞ!?」
心臓を鷲掴むように、叫ぶ。
咆哮にも似たその声が、漆黒の闇に反響した…。瞳を閉じて、間下部は笑う。
「…お前なら分かるだろう、西条?あの頃の俺たちにとって、アイツは世界の全てだった。
お前が七海のためにユミールを守ったように、俺は七海のためにユミールを殺した…。違うことはただ、お前が真実を知らないという…その一点だけだ」
低く冷徹な…しかし、痛みを押し隠した声音。
失くしてしまった過去の面影が、その時、間下部に一つの幻覚を垣間見せる。
さらさらと吹く初夏の風。木漏れ日の向こうから聞こえてくる、彼女の声。壊れてしまった思い出の欠片を―――――――
「――――――…昔話にもそろそろ飽きたな。決着を着けようじゃないか」
紫煙をくゆらす、口元のタバコを投げ捨てる。
光が途絶え、空間は真の暗黒に彩られた。両者の境を交差する、凶気じみた殺気……。
蒼白い剣閃が宙を舞い、同時に、2匹の蛇が足元の闇を蹴り上げる。
刃の鳴らす撃音が、凍りつく大気に美しく哭いた―――――――――…。
「…西条……!」
「…間下部……!」
重なる声、最後の鮮血が闇に散り………
―――――――光が弾ける…………!
◇
〜appendix.28 『キミノオモイデ』
いつまでも、変わらないでいて―――――――
君にいつか言われたその言葉……。
――――――――…。
巨大な暴風が巻き起こる。
横島が次の瞬間目にしたもの………それは、瓦礫の全てを跳ね飛ばす、破壊の翼。そして、刹那にして消失した天使の姿。
「…っ!?ユミール……っ!?」
差し伸べた手のひらを振り払い、灰の少女が影に『沈む』。
同時に一帯を支配する、静謐と威圧。交錯する悪意の中、甲高い哄笑が横島のもとに降り注いだ。天空から木霊する、ゆがんだ女の声。
――――――……ッ…フフ…いけない子ね。物語の登場人物が、あまり世界の裏側に足を踏み入れようとするのは感心できないわ…
(…!?)
聞く者の畏怖の感情かき立てるその荘厳な呼びかけに…横島は一瞬、身構える。気配こそ希薄だが、口音から発せられる霊波と霊格…。
穏やかな口調で女がワラった。
―――――――怖がらなくてもいいのよ…。アナタには感謝しているの……私の娘が、いつもお世話になっているから。
…と言っても、きっと分からないのよね……ウフフフフフフッ
ノイズのような不協和音を奏でながら、ユラユラと周囲の景色が歪曲する。
歪曲を生み出すものは――――あまりにも強大な光の殻(から)。超高位の神族のみが放ち得る…凶悪極まりない滅びの光。
横島は、鏡の奥に映る、女神のシルエットを睨みつけた。
「…何者だ、アンタ…」
―――――それについては、詮索しないことをお勧めするわ…。それに分かるでしょう?私は、アナタが腕力でどうこう出来るような存在じゃない。
私がその気になれば、そこから半径10キロ以内のあらゆる対象を…1秒で灰にすることが出来るのよ?
「…っ!」
無邪気に宣告する言下に滲むものは、途方もない狂気。歯噛みする横島へ声はことさら柔らかく付け加えた。
――――――あらあら…恐い顔をしないで。私は…ただ、アナタに賭けを持ちかけにきただけなの。ドゥルジも眠っていることだし、退屈しのぎには丁度いいわ…。
私たち、あの子には敵わないから。
「賭け…?」
問い返す横島に、声が答える。
――――――ユミールを、セントラルビルに転送したわ。今、美神サンたちが居るところ…。
目を見開く横島の表情を覗きこみ…。その気配には、嘲りと喜色と、えもいわれぬ愉悦が張り付いている。
アナタが間に合って、暴走したユミールを殺すことが出来ればアナタの勝ち。
もしも間に合わず、美神さんも、おキヌちゃんも、シロちゃんも………みんな、みんな殺されたら、アナタの負け…。
――――――フフッ……公平なルールでしょう?
アナタはどちらを選ぶのかしら? ルシオラさんとの約束どおり、『変わらないまま』ユミールを殺すことを躊躇して……そして全てを失うか…。
それとも、大切なものを守るため、ユミールの命を切り捨てるのか…。
「……っ」
さぁ…ゲームを始めましょう?横島サン――――――――…。
沈黙の中、雨が止まった。
『あとがき』
うーむ……あのでけぇガンダムにはステラが乗るのか…ますます目が離せないな、今日の6時……と、録画しておいたビデオを見ながら思う今日この頃です(爆
難産でしたがなんとか書き上げることができました…(汗)どうも皆さんこんにちは〜
前回、超特急と言っておきながら、結果として超鈍行になってしまい、申し訳ありません。
そして今回は…西条のファンじゃない読者さまにとっては、もの凄くつまらないお話だったのかも…と、あとがきを書きながら、内心冷や汗ダラダラです(笑
西条は地味な技(霊剣による攻撃、銃、ジャスティススタンなど)しか持ってないキャラなので、どうしても戦闘シーンそのものが地味に…
「戦闘シーンが多すぎる」というのも、今シリーズの反省点ですね〜
次シリーズはなるべく、戦闘を削ってストーリー重視でいきたいと思います。
さて、予定通り進めば、あと6・7話で『羽根編』は終了です。
『キツネとチョコとラブソングと』(近日完結予定(笑))も合わせると今回でキツネシリーズは93投稿目なんですよね〜。
応援をくださる皆さん本当にありがとうございます〜
「最終話と同時に100投稿目!」を狙ってがんばってみたいと思います。
ちなみに、これは大真面目だったりするのですが…このペースで行くと多分、シリーズ完全完結までにはあと150投稿ぐらい必要です(爆
目指せ、横タマ最大長編(笑)!それでは〜また次回お会いしましょう。
今までの
コメント:
- みなさの作品に感想がつけられず本当に申し訳ありません…。
特に、アースさんと、ぽんたさんと、竹さん……(土下座)
長編を読む時間が出来たときには、必ず感想を書きますので……どうかもうしばらくご容赦のほどお願いして…頂けるとうれしかったりするのですが(汗)本当にごめんなさい〜新連載にもチェックしたい作品がたくさんあるのに…うーむ…。 (かぜあめ)
- 一体どこらへんが公平なルールなんだ!(挨拶)というつっこみはともかく。。
いいですね。一気に物語が収束していく感じです。西条のクラスメートは天然系ですか?まだ容姿の描写はないので正確にはどんな人か分からないですが
ともかく100投稿目を目指してがんばってください。 (ヘイゼル)
- へっぽこで穴だらけの拙作への感想・・・・気長に待ってますんで、お気になさらずに・・・・・・
スズノ対フェンリル戦の行方が気になります。それにしても・・・・ユミールの母(七海さんじゃないほう)は何者なんでしょうか?
続きが気になる展開で楽しみです。 (アース)
- うわ、「幻想だった」ってそう言う事か! ちょっと意外な展開だったので、びっくりしました。しかも、女性キャラとは……これも以外。う〜ん、先が読めない。そんな訳で、思わず投票してしまいました。
でもまあ、今回のメインは西条なんですよね。僕は別に彼のファンと言う訳ではないのですが、素直にかっこいいと思いました。うー、このちょっと格好つけた会話がいいなあ。しかも、捏造過去(失礼)なのに、こんなにするすると話に入り込めるなんて。改めて、かぜあめさんの力量に驚嘆するばかりです。
では、これからもご無理をなさらずに頑張って下さいませ。拙作に対するコメントは、お気になさらなくても結構です(て言うか、ぽんたさんやアースさんと同列に並べられる程のものではないですヨー(恐縮)。どうせ後二つか三つ投稿したら終わりですんで、後で纏めてゆっくり読んで頂ければ幸いです。 (竹)
- えーと……「〜チョコと〜」のエピローグってもう上がりましたっけ?
このシリーズ、どうも最近の展開についていけない私だったり。なんでだろうなあ……。 (HAL)
- いやいや〜西条と彼女(七海)の病院でのシーンは
最高でした!!。やっぱり西条のスクール時代の話は、ホント良いですね。
なんか映画を見ている見たいでしたね★。
『七海』ってキャラクター、良いですよね・・・。
しかし、とうとう登場しましたね最悪な女神が・・・。
しかも横島がルシオラが死んだのも、あの女神が原因だと知ってしまったし・・。
これって神薙さんが一番、恐れていた展開になっちゃいましたね。
あと、これから神薙さんが世界中を敵に回してもやろうとしてる事って
何かな??。気になることが、てんこ盛りですね!!。 (GTY)
- はじめまして。
面白く読ませて頂いてます。
西条がかっこ良い・・・なまじハデじゃない分、余計に人間的な強さみたいなものが出ていて、かぜあめさんの書かれる西条はシブいなあ、と。
横島では多分、ああいう大人の男はできないでしょうし。
完全完結まであと150投稿、それはつまりあと150話分楽しみがある、という事ですね?一読者としては無責任に大喜びです(爆
隅っこでひっそり応援してますので、ぜひがんばって下さい。 (APE_X)
- アフラマズダですよね。多分。つーことは結構な大物が首をつっこんできたということでしょうか?ドゥルジさまも大変ですねぇ・・・
西条は別に私もファンというわけじゃないですけど素直にカッコいいと思いますよ?冒頭部が切ない切ない(笑)次回もがんばってください (T)
- 明かされる西条の過去…そして決着。
ココで西条が勝ったとしても…勝利の余韻とは程遠い後味の悪いものしか残らんのでしょうね…
黒幕…というか、大物というかが手を出してきましたね…
そしてまた、横島君に突きつけられる選択…どちらをとっても後悔することになるのは間違いなく…しかし選ばざるを得ない状況で…横島君がどう動くのか…何を選ぶのか… (偽バルタン)
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