ザ・グレート・展開予測ショー

EXILE〜追放者〜(4)


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/ 4/19)

 『賢一、ぬしゃ何ばテレっちしとっとか!!』

 不意に声がした。

 夢だということは判っている。その声の主は他でもない、既に鬼籍にある父のものだと
いうことも理解している。
 久々の生まれ故郷だからだろうか?父の十三回忌を目前にして思うところがあるのだろ
うか?それとも、一週間前に実家に向けて送ったにもかかわらず、配送の途中で事故に巻
き込まれ、忽然と姿を消したあの黄金の恵比寿像が自分の中で何らかの引っ掛かりを持っ
ているのだろうか?


 『なんか父ちゃん、せからしか(うるさい)なぁ?』
 声に応じ、村枝商事社長・村枝賢一はそちらに向き直る。

 そこには父の姿があった。

 老いても矍鑠(かくしゃく)としていた、海の男上がりの前会長・賢吉。夢のお告げに
従って行ったというサルベージで巨万の富を成し、その後にも『神懸かった』直感に基づ
いて行った差配によって大きな成功を成し遂げた、戦後立志伝の奇跡ともいうべき父親
に、当時35歳という若さでありながら実力でその後を継いでから現在まで20年と少し、
超巨大コングロマリットである六道グループには及ぶべくもないが、バブルの崩壊という
日本経済の転換期においても着実に業績を伸ばし、現在は『経営の神様』という異名すら
も受けることになった賢一は、臆することなく父の姿を見据える。

 『なんか、やあるか?!ぬしが手ば惜しんで人任せにしてしもうたけん、あげなこつに
なっとるとぞ。おっどん達を盛り立てて下さっとる恵比寿様に悪いち思わんとか!!』

 『悪いち言うとは、むしろあん事故におうてしもうた立迫ンとこの二人やらみたいな、
被害を受けた人たちについて言うべきこつタイ!!父ちゃんのごつ、人死にが出とっても
まず第一に恵比寿様、恵比寿様っち言うやら、オイにはでけるか!!』

 父の恵比寿信仰の深さは知っていた。無論、出先でも毎朝毎夕祈りを欠かすことがなか
った父の影響は、自分や弟妹達にも多少なりともある。
 だが、『最も大事なものは人の和』をモットーとする賢一は、昔からのつながりを持つ
立迫運送の二人をはじめ、人命に犠牲が出ている以上は弔意は示したかった。

 夢の闇の中、睨み合う父と子……根負けしたかのように父が呟く。
 『こんガンたれ(生意気な悪ガキ)が……誰に似たんかのぉ』

 『アンタじゃ、アンタ』
 とても50代半ばとは思えない、悪ガキのような笑みを髭面に薄く浮かべて返す息子。
死の直前までこのようなやり取りを行ってきた、二人ならではの会話だった。

 『で、なんな……俺っが夢に出てきてから?今まで出てこんやったっち言うこつは、供
養が足らんで化けて出てきた……っち言うことやなかろうが?』

 賢一の言葉に、賢吉は頷く。
 『そがんじゃ。
 ……ぬしゃ、恵比寿様は?』

 『ああ……親父の喜ぶっち思うて、持っては来とるが』
 父の言う『恵比寿様』が、父が引揚げた沈船から発見され、現在は村枝家の家宝となっ
ている黒檀の恵比寿像であることを悟り、頷く賢一。

 『したら話は早か……恵比寿様の話のあるっちこつじゃ』


 言葉とともに、道を譲るかのように脇に一歩退く賢吉。その後ろから、烏帽子に顎鬚、
だぶついた衣服を見に纏い、右手に釣竿を持つ恰幅のいい男が現れた。

 日頃は黒一色の姿しか目にしたことはない……だが、その色と大きさ以外は見慣れた姿
に毎朝毎夕祈りを捧げている『それ』と何ら一切変わりはない姿を持つものは……父の商
売の転換点において幾度となく夢枕に立ち、助言を繰り返してきた恵比寿神そのものの姿
だった。



 『賢一……すまんのぉ。悪いが……頼みがあるんや』身長にして140センチはないで
あろう恵比寿神が、申し訳なさそうに頭を下げる。











 家の守り神である恵比寿神の頼みを断る術は、賢一は持ち合わせてはいなかった。








「兄ちゃん、本気か?法事は明日ぞ!?」
 村枝商事の大本の母体となった村枝海産の直系といってもいい……九州特産の食品の加
工における最大手『ムラエダフーズ』社長を務める弟・正将が、兄・賢一に問い詰める。

 無理もない話だ。父の十三回忌法要を目前にして来客も多くなるというのに、跡取りが
留守にするというのは非常識極まりない。

「しょんなかタイ。お前も知っとろうが……親父が恵比寿様の夢を見て、そんお告げのお
陰で会社を大きゅうして、俺どまを育ててきたっち」

 やはり納得のいかない顔の正将に、賢一は苦笑混じりの顔で続ける。

「昨日の俺っが夢に……恵比寿様が出て来らしたんじゃ。昨日の夢で俺も初めて見たとや
バッテンが……恵比寿様と親父とが頭を下げて言うんじゃ、助けてくれ、っちな」

「親父が、か……」
 正将の心から、所詮夢じゃないか、という疑念は消えていた。幾度となく父に助けの手
を差し伸べた『恵比寿様の夢のお告げ』は、当然ながら正将にも擦り込まれており、ある
種、疑いを持つことすらも許されないものでもあった。

 その上、頑固で強気……いわゆる『肥後もっこす』だった父・賢吉が夢の中とはいえ頭
を下げた、という兄の言葉は衝撃にもなった。


「恵比寿様だけでも撥ね付けれん、ち言うとに、あの親父が頭を下げるんだけんの……あ
れにゃちぃと逆らえん。
 心配せんちゃヨカ。この通り、<恵比寿様>も一緒だけんの」

 黒い革製のライダースーツの懐に忍ばせた、紫色の絹で出来た巾着から黒檀の恵比寿像
を覗かせ、賢一は、暖気していたHONDAワルキューレに跨った。


 もっこすぶりも父譲りである賢一が、ここまで万端に準備をしている以上、いくら説得
をしたところで最早譲ることはないだろう。

 正将は説得を諦めた。
「……しょんなかなぁ。
 判った、兄貴は恵比寿様と一緒に出ておる、と言っておくけんが……絶対に今日中に帰
らんば、くらすけんの(ぶっとばすぞ)!」
 諦める代わりに、約束させる。

 ここぞというところで約束を破ることがない、という兄の性質を知っての上繰り出した
弟の牽制の言葉に……。
「な〜ん言うか。お互いくらすっちゅう年やなかろうが」
 太い笑みを浮かべ、兄はヘルメットを被る。

 壮年を大きく越えたとは感じさせない、兄弟の会話であった。






















 17年前に退社した『村枝の紅ユリ』相手に“ケンちゃん”呼ばわりされていた村枝商
事社長が、56歳間近とは思えない出で立ちで件の廃坑に向かったその4時間後……雪之
丞とファルコーニは、立会人として同道する黒崎を伴って坑道を歩いていた。








「熊本県A尾市と福岡県O牟田市に跨るH炭鉱といえば、その昔……明治時代に“千里眼”
と呼ばれる透視能力者が財閥の求めに応じて見つけた、といういわれがありましてね」
 モスグリーンのコートを羽織り、くすんだ同系色のパンツを穿いた黒崎が、大型ライトを片手に語る。

 夏を過ぎ、残暑と呼ぶ季節も残すところ僅かとなったとはいえ、外では暑苦しい出で立
ちであることには変わりないが、坑道に満ちた冷気と霊気は季節外れなコートの必要性を
強めてくれる。


「『分を損なわずに掘り進めれば、永劫に繁栄をもたらすだろう』ということらしかった
んですが……欲に駆られて分を弁えなかったんでしょうね」

 瞬間―――狭い坑道内で反響する銃声が轟音と化した。

 同時に、雪之丞の放つ霊波砲が密集した雑霊をまとめて吹き散らす。



「……結局はこの通りです。霊絡みの事故が相次いで起き、エネルギー事情も変わったこ
とも災いして、閉山を余儀なくされた……と、いうわけです」

 何事もなかったかのように、肩を竦めて続ける。目の前で霊が怨嗟の叫びを上げていよ
うと、顔色一つ変えずに説明を続けたこの男……GSでもないのに大した精神力である。

 ……とはいえ、これくらいで動じるような精神では、素手で雑霊を殴り散らすような男
の部下はやれないかもしれないが。





 閑話休題。






 ファルコーニが頷き、黒崎に返す。
「クロサキの話は判った。ここには地脈が通っているし、それをなぞるように霊の通り道
も通っている。巧く流れに沿う掘り方をすれば良かったかもしれないが、あまりに雑に掘
ってしまったらしいな」

「確かにそうだな」ファルコーニの言葉に雪之丞も続く。「地脈と霊道が重なり合ってる
お陰で精霊石がところどころで結晶化してやがる……これだけ雑霊が出てこなけりゃ、今
でもいい鉱山になっていたかもしれないな」
 確かに雪之丞の言う通りだった。遥か南西の『不知火海』へと続く霊道と、一本の帯状
の炭田を作り上げている地脈が絶妙な位置で重なり合い、霊力に満ちた場を作り上げてい
た。
 そして、自然と因縁の持つ霊力とが交差したことによって生み出された一つの奇跡――
世界で流通する精霊石の大半を産出するザンス王国には及ぶべくもないが、精製プラント
が整いさえすれば、日本で消費される精霊石の一割は賄えるであろう精霊石を産出する程
の、潜在的な鉱床が作り出されているという奇跡が――そこにはあった。


 かの“千里眼”の持ち主はこれを見越していたのだろうか――それを確認する術はない。

 今はただ、四名もの死者を出した落盤事故の原因であり、運送業者のワゴンから黄金の
恵比寿像を持ち去った“黒い蛇”を探し出し、件の恵比寿像を確保すること……それだけ
が彼らに課せられた任務であった。

「……見てみろ、日本人」まだ言うか。

「………あぁ!?」
 ナレーションのツッコミと同じ思いを胸にしながらの雪之丞の言葉が、地面を指差すフ
ァルコーニの左手を見て止まる。


 奇妙なきらめき……滑りの強い液がライトの強力な光を反射して発する、気味の悪い輝きがそこにあった。


「へっ、おあつらえ向きに巣までの足跡を残してやがる」
 所詮は動物の……蛇の変化した妖怪だろう……そう侮る気持ちが雪之丞に生まれていた。


「油断するな……日本人」
 その気持ちを戒めるかのように一声かけるイタリア人。

 そして、国際的大企業に属する企業戦士はそのやり取りに興味を示すことなく、無言で
坑道を照らしていた。


 その光が、T字状に分岐した道を指し示す。

 滑つく水先案内は左を指し示している。

 ごく自然に法王庁の武装執行官の足は右に向かった。

「……オイちょっと待て!」
 短い体躯を精一杯伸ばし、魔装術使いがカソックの後ろ襟首を掴む。

「何だ日本人!?」
 雪之丞の、行き足を止めるその行為がいかにも理不尽とばかりに、不機嫌に返すファル
コーニ。

「ごく自然に逆に行っただろ、手前ェ!いくら方向音痴だからって言っても、はっきりと
印があるってのに逆に行く馬鹿がどこにいるってんだ!」

「多少は方向音痴なところはあるにせよ……流石に逆に行ったつもりはないが?」

 ある程度の方向音痴は認めつつ、やはり不機嫌そうに返答する。

「多少どころじゃねぇ!行ってるじゃねぇか、思いっきり!」
 さしもの黒崎もあっけにとられてしまったこの応対に、思わずブチ切れる雪之丞。





 思えば、この男と初めて会った一週間前もそうだった。




 『すまないが……道を尋ねたいのだが?』

 タクシー料金を持たないため、駅から護衛を務める洋館までの20キロ以上の道のりを
歩いていた雪之丞に、そう声を掛けたのがこの男だった。
 『タクシーに乗ったというのに、途中で置いて行かれた』法王庁から派遣された武装執
行官を名乗ったこの男は、偶然にも同じ相手を護衛すると判った雪之丞に礼を述べつつそ
う言っていた。
 『家の前まで乗り付けたというのに、何故か反対方向に歩いていった』と使用人に聞い
た時には、何かの間違いだろう、と思った。



 だが、使用人の言葉が間違いでなかったことは到着後の一日で証明された。


 大きいとはいえ、地上三階と地下にワイン蔵があるだけという建物内で散々迷うのだ。

 毎夕洋館の要所に結界を張った際にも、本来なら門外漢でしかない雪之丞が立ち会わな
ければならなかったのだ。


 精神的にかなりの重労働だったその苦労を思い出し、雪之丞はさらに言い募る。
「これ以上迷惑かけるんなら首輪――――――――」
 『首輪引っ掛けて、引きずりまわして歩くぞ!!』そう言ったつもりだったが、言葉が
出なかった。

 声が枯れた訳ではない。

 喉にも喋った実感はある。

 だが、音として響いていないのだ。

「……やべぇ!!」
 雪之丞は叫び、周囲を見回す。

 『不用意に相手の領域に踏み込みすぎた』その実感に冷や汗が背を流れる。

 しかし、その叫びは雪之丞の喉元だけで消滅していた。

 瞬間、黒崎が手にした軍用ライトの電球が砕けた。

 音の無い世界で、何かが皮膚を、鼓膜を、頭蓋を……揺らす!!


 亜音速の衝撃波が、三人を撃ち抜いた。


















 『……頼み言うんは、お前が手に入れたちゅう黄金の恵比寿像についてや』
 目的のH炭鉱まではあと二十分という場所まで辿り着いていた村枝商事社長は、夢枕で
の恵比寿神の言葉を反芻していた。

 『あの『恵比寿像』は、言うたらワイの分身であり……ワシの罪でもあるものなんや。
捨てた思たんやが……因縁やのぉ、舞い戻って来よった』
 悲嘆――そう表現することが相応しい表情を浮かべ、恵比寿神は続ける。
 『戻って来たんはしゃあない。せやけど、ケリをつけるにはワシは何ぼなんでもあちこ
ちに括られすぎとる……せやさかい、お前には悪いんやが、ワシをあいつの前まで連れて
行って欲しいんや』

 像ではにこやかな表情しか見せたことのない恵比寿の気弱そうな顔に、賢一は衝撃を受けた。
 ……その衝撃は、頷きで払拭するしかなかった。

 信号が青に変わる。
 賢一はアクセルを開け、呟いた。
「もうすぐだけん……まっちょって下さい」

 実際には東京暮らしが圧倒的に長いとはいえ、魂そのものはバチバチに熊本人だった。

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