ザ・グレート・展開予測ショー

横島忠夫奮闘記 80〜臣下の契り〜


投稿者名:ぽんた
投稿日時:(05/ 4/19)

湯治という名目で魔界を訪問し、寛ぐ予定だったのが疲れるような事が連続した為にリリスから
場所を教えられた露天風呂に横島は来ていた。湯の中にその身を沈めると程好い湯加減が心地良い。
乳白色の液体だが妙な刺激臭も無く、体を伸ばして浸かっていると正に極楽気分という奴である。

「しっかし気持ち良いなぁ〜、香りも何だか良いし入浴剤でも入れてんのかな?」

何となく温泉と言えば硫黄の臭いという先入観があった為、そんなバカな内容を一人ごちる。

「そんなモン入れるかアホ、こりゃ源泉だ」
「効能は疲労回復とリラックス効果がある、私もここは気に入っているよ」

答を返す者などいないはずの場に唐突に現れたのは既に見知った二柱の魔神。
それぞれ横島に答ながら湯の中に入って来る。それまでは肩まで浸かっていたのだが
一段高くなっている場所に腰掛け、腰から上を湯から出している。所謂半身浴だ。
何となく話が長くなりそうな予感がしたのでのぼせないように事前措置をしたのと
腰の辺りが最も疲労していたので出来るだけ長く浸かっていたかったというのもある。

「や〜っとお前を解放したかあの女は、全く遠来の客人を独り占めしやがって」
「まあ事情が事情だ、仕方があるまい」

アスモデウスが口火を切って話し掛けて来たが、大した内容でもない、恐らく前振りのはず。
本当に話したい事はこの後に来るのだろう。

「それでいったい何をやったんだ?」
「はぁ?」

「惚けなくても良いだろう? 過去にリリスの試練を突破した者などいない、何をしたのだね?」
「何って“ナニ”だけど」

ようするに横島が試しに合格した時の事を詳しく話せという事なのだろうが試練即ち房事である。
その内容を他者に話すというのは閨での出来事をベラベラと喋るという事だ。
自分の体験談をそのように自慢げに話す男もいるが、横島はそれには抵抗を感じるタイプだった。
自然と口は重くなる。

「まあ、そこは企業秘密って事で」

軽くかわして誤魔化そうとしたのだが相手は執拗だった。

「無論タダでとは言わねぇ、欲しいモンがありゃぁ望みのままだ、なあ“兄弟”?」
「これは取引だよ、交換条件として人界では手に入らないアイテムを用意するが? “弟”よ」

あくまでしつこく追及してくる。取引の報酬に多少は心を引かれるがだからと言って流されはしない。
何時の間にやら弟になったらしいが、目先の物欲に目が眩んで師匠の怒りを買う方が余程恐ろしい。

「いや、“アレ”の最中のこと話すなんて相手のヒトに悪いから、恥ずかしいだろうし」
「「はぁ!?」」

横島自身も無理がある、と思った言い逃れではあった。ヒトもあろうに夜魔の女王が
房事を恥ずかしがるなど。猫がマタタビを嫌う、というようなものだ。

「あの淫乱が恥なんて感じるわきゃ無ぇだろ?」
「…つまりそれは絶対に話さないという意思表示かね?」

アスモデウスが呆れたように大声でツッ込むが横島の本心はバアルの指摘通りである。
リリスには恩がある、横島に足りない物を教え、それを掴む為の方策を知らせ、必要な力を
与えてくれた。ついでに(あくまでもついでだ)気持ち良い事も教えてくれた。
これだけ揃えば、師匠への恐怖を除いても、多少の物欲よりも恩の方が優先する。
更に根源的な部分で語るなら、男との取引よりも女を優先するのが当然である。

「閨での事を話さないのも男の嗜みって事で…」
「良くぞ、言うた! それでこそ我が弟子じゃ」

良い加減この話題を打ち切ろうと思い、拒否の意思を伝えた瞬間にそれまで存在しなかった
気配がいきなり背後に出現した。偶然なのか、様子を窺っていたのか。

「さて、随分と姑息な真似をしておるではないか?」
「よ、ようリリス相変わらず色っぺえ躯だな…」
「や、やあ流石は黄金比率の肢体だね、見事なまでに美しい…」

現れた時点で全裸だったリリスが湯に浸かりながら皮肉げに話し掛けると微妙に動揺しながら
二柱が眼を逸らそうとしている。以前見た時は対等の印象を受けたのだが現時点では力関係が明確だ。

「そのような心根じゃからお主らは“早い”のよ、この早○魔神どもが」

衝撃の一言であった、相手もあろうに六大魔王の内の二柱に対してこの呼称、リリス以外に真似出来まい。
余りの言われようにバアルは深甚なショックを受けたのかなにやらブツブツと呟いている。

「待てやこらフザケんな、俺が“早い”んじゃなくてテメエが“遅い”んだろうがこの不感症女!」

アスモデウスの立ち直りは早かった。情欲を司る魔神の意地と面子に賭けてそんな不名誉な
呼称を受け入れる訳にはいかないのだ。断じて撤回させねばならないが、リリスの態度は余裕綽々だ。

「嘗てのお主より遥かに短い時間で試練を達成した男がここにおるのにか? 
 自身の未熟を他者に責任転嫁してはいかんよのう?」

現に成功した者を引き合いに出されてはグゥの音も出ない。そしてその成功者は秘訣を教えようとしない。
アスモデウスが眼光鋭く横島の方を見据えるが、一切臆する事無く、それに込められた力だけで
人を殺せそうな視線を堂々と、リリスの背後に隠れてやり過ごす。

(俺を睨んでもしゃーないやろ?)
「我が弟子への八つ当たりはやめてもらおうか。そう言えば“兄弟”がどうのと言うておったな?
 では相応しい呼び名を贈ってやろう。アスモが“テク無し”の1号、バアルが“リキ無し”の2号じゃ」

横島の心の声を聞いた訳でもなかろうが、リリスが更なる追い討ちを掛け止めを刺す。
正しく“止め”だった。性戯において超絶の技巧と絶倫を誇る魔神に対して言葉もあろうに
“テク無し”に“リキ無し”である。余りの衝撃に二柱共固まっている。
無理も無い、これ迄の永き悠久の時の流れの中で一度もこのような扱いを受けた事など無いだろう。
流石に気の毒に思えてきたが憐れなまでの落ち込みぶりに思わず失笑が洩れかけた時に
氷の刃は横島の心臓をも貫いた。

「他人の事を笑うておる場合か? ヘタレの3号よ」
「おっ俺? 俺もッスか?」

全くの他人事として見ていた為完全にノーガードで喰らってしまった。
横島としては及第点を貰えていたつもりだったのだ。

「一度や二度巧くいったぐらいで調子に乗るでないわ。魂を直結した時におぬしの記憶を
 覗いたがあの女あしらいのマズさは何じゃ? 下手と言うにも限度があるぞえ?」
「き…記憶ってまさか全部?」

リリスが何気無く投下した爆弾発言は確実に横島の急所を直撃していた。まるで精密爆撃である。
他人に対してお世辞にも自慢出来るような思い出など欠片も無い。

「うむ、既に何もかも総てを把握しておる。おぬしが忘れたような事迄の、今や本人以上に詳しいぞえ?」
「ぜ…んぶ? 何も…かも? …………ガハァッ!」

今迄忘れていたような恥ずかしい記憶までが甦り、怒涛の勢いで脳内を荒れ狂っている。
何故人は忘れるのか、それは覚えているのが負担になるからだ。忘却は神々の慈悲とも言う。
負担になる程の恥ずかしい記憶の総てを把握していると言われて平静でいられる訳が無い。
結局横島も衝撃のあまり固まり、串に刺さった和菓子宜しく三兄弟は湯に浸かりながら固まっていた。

それを見やるとリリスは薄く笑いつつ湯殿を出て行った。どん底まで叩き落せば連帯感も生まれるだろう。
今迄の段階で二柱は割と横島の事は気に入っているようだったが、リリスの試練で先を越されたような
カタチになったので後にしこりを残さないよう咄嗟に配慮したのだ。横島の魔界での強大な後ろ盾は
多い程良く、結び付きは強固な程良い。尤も二柱を言葉で叩きのめしたのは単に楽しみの為だったりする。

横島の記憶を覗いた際に解った事だが彼に神族の知己は少ない。その分思慕の深さは尋常でない。
特に小竜姫への懐きよう、慕いっぷりは実の家族も同様である。斉天大聖へは畏敬の念が
強い為一歩下がるが祖父への態度など大体そのようなものだろう。つまりはやはり身内同様。
ヒャクメという神族に関しては考慮に値せず。問題はパピリオ、完全に兄妹同然である。

魔界も同様のカードを有しているが生憎と現在は近場にいない。横島への接触は魔界側が後発な為
遅れを取っているのは仕方が無いのだが、だからと言って手をつかねて放置する訳にもいかない。
他にも神界側が色々とホザいている事があるが、逆転の鬼札も見つけた。
それも総ては横島と繋がり記憶を隅々迄共有したお陰である、何が幸いするか解らない。












リリスが去った後、湯の中に取り残された早○三兄弟の中で最初に現実に戻って来たのは
やはりというか横島だった。元のプライドがちっぽけな分砕かれたダメージも小さいのだろう。
虚ろな眼をして一人言を呟いている、別の意味で危ない魔神達に近付くと手で水鉄砲を作り
交互にお湯をかけて現実に引き戻す。正気づいて後、ギョッとしたように周囲を見回すと
リリスがいないのに気付き、あからさまに安堵の吐息を漏らしている。

「テク無し1号だと?…」
「リキ無し2号とはね…」
「俺はヘタレの3号だってさ…」

二柱から思わず零れた苦渋の呟きだったが、横島の発言を聞いてハッとしたように顔を上げた。
先程リリスは横島を持ち上げた挙句に散々自分達を扱き下ろしたのでは無かったか。

「一度や二度巧くいったからって調子に乗るなって…昔の俺は酷すぎるって…
 今は頑張ってるのに…精一杯やってるのに…」

小声で呟いているが当然二柱には聞き取れる。そして極度に落ち込んでいる他人を見れば
何の根拠も無くとも自分は何となくマシであると思えるものだ。しかもそれがつい先程迄
持ち上げられて良い気になっていた(魔神主観)相手となれば生暖かい同情の目を向ける
余裕も出ようというもの。二柱の魔神達は横島に近寄ると力付けるように肩を掴んだ。

「まぁ、元気出せや」
「気に病んでも仕方が無かろう」

どちらかと言えば自分達に言い聞かせている観のある台詞だったが横島はそこまで穿ったりしない。

「はぁ…まあ俺が経験少ないのは事実やし、まだまだって事かなぁ〜」

薄っぺらなプライドの持ち合わせなど無い為、素直に自分の未熟な部分を肯定して前向きな姿勢を
見せている人間の立ち直りの早さを驚きつつも見守りながら面白そうに話し掛けて来る情欲の魔神。

「リリスに“何が”まだまだって言われたんだ忠夫?」
「女心が全く解ってないってさ」
「それはまた難解な事を…」

横島の答を聞いてバアルが同情めいた事を口にする。女心を完全に理解出来る男など三界に存在しない。
経験を積み数をこなしてようやくある程度の類推が出来る程度だ。精々経験豊富な年長者の助言を聞けば
少しは参考になるかも知れないという程度で他には近道など無い。

「そういう事なら俺達が豊富な体験談って奴を聞かせてやっても良いんだぜ?」
「マジか?」
「ただし交換条件だ、リリスの攻略法を教えてくれ」

細い蜘蛛の糸を目の前に垂らされて反射的に飛びつきそうになった横島だったが済んでの処で思い止まった。
実際に様々な恋愛遍歴のある奴から体験談を聞く事が出来れば言う事無しだが、交換条件が飲めない。
どうやらリリスにヘコまされたのが相当悔しかったらしいが、一度言わないと決めた以上は絶対に言わない。
先程秘密厳守しようとした状態で褒められた後で、いきなりバラす訳にはいかない。
横島的には掌は何度返しても減らないのだが、相手が女性でしかも師匠とあればこの限りでは無い。

「んじゃ、教えてくんなくて良いや」
「この頑固者が、昨日初めて会ったリリスに何でそこまで義理立てしやがんだ?」
「それとも完全に彼女の色香に溺れ込んでいるのかね?」

「あのヒトの色香にすら冷静に対処出来るようになる為の試練だよ。
 それに確かに昨日初めて会ったばかりだけど、別に大事なのは長さだけじゃ無ぇだろ?」

魔神達は何とか横島を足掛かりにしてリリスへのリベンジを果たしたいのだが予想外に意思が堅い。
横島自身をどん底迄落ち込ませた張本人を何故そこまで庇おうとするのか、人間の考える事は解り難い。
押しても引いてもビクともしない、脅しても空かしても効果が無い、はっきり言ってお手上げである。
ヤケのようになって酒を持って来いとアスモデウスが言い出したが横島は以前妙神山で入浴中の飲酒が
どれ程酔い易いか身を以って知っている。それを理由にさっさと湯殿から出てしまった。

その横島を追うようにして残りの二柱も湯から上がり腰にタオルを巻いた状態での酒宴となった。
給仕を務めるのは麻雀時の脱衣係、軍における接待担当で名をラン・スー・ミキと言い飴玉三人娘と
呼ばれている。今日の衣装はナース服、体操服(ブルマ着用)、バドワイ○ーガールスタイルだった。

「どうだ今日の趣向は? 昨日のリサーチから露出が多けりゃ良いって訳じゃ無さそうだったんでな」
「…なんつーかアスモ、お前の人界文化への理解は激しく歪んでるが…これはこれで良し!」

結局横島からリリスの弱みを聞き出すのは諦めたのか、それとも酔わせてからリトライするつもりなのか、
和やかな飲み会だった。話題は主に人界での横島の周囲の人間関係で二柱も興味深そうに聞いている。
途中バアルの眉が一瞬ピクリと反応したのが気にはなったが、そのまま流して一通り話し終えた。

「そう言や俺以外の魔界で名前知られちゃった人間て誰がいるんだ?」

単純な興味からの質問だった。とりあえず“今”は横島が最も有名らしいがそれ以前にも
注目を集めた人間がいたのではないかと思ったのだ。

「一番有名なのは、まぁソロモン王だな」
「いやそんな伝説の人物じゃなくて、今生きてる人では?」

横島の予想では美神親娘ではないかと思ったのだが予想はあっさりと外れてしまう。

「そりゃぁなんつっても唐巣和宏だろ」
「へ? 唐巣神父?」

意外と言うと失礼だがその名前が出て来るとは予想していなかった。
実力ナンバーワンとは言われているが目立つキャラクターではない。
尤も魔界の注目を集める基準は人界とは違うのだろう。

「美神さんは?」
「母親の方は評価も高いがね。平然と部下である君を使い捨てにする冷酷さ、悪辣さは好まれるね」

ここでも美神令子の名は出て来ない。人界では先ず最初に名前が出て来るGSは彼女なのにだ。

「なぁ、美神令子さんは?」
「我々が興味を持つのは突出した“個”だよ」

バアルの返答は美神令子は突出していないという意味になる。
横島の知る限りにおいて美神令子ほどあらゆる範囲で常識と良識の壁を突き破っている者はいない。
魔界での判断基準がどのへんにあるのか知りたくなるのも当然だろう。

「基準はどうなってんだ?」
「個体での強さだね」

魔界での最もポピュラーな判断基準は“強さ”である。それも存在そのものが持つパワーが強い程良い。
唐巣はあらゆる自然と精霊と聖霊の力を自らに集め行使する。美神美智恵は道具使いであるが
道具無しでもその悪辣さと冷徹な策略家ぶりで警戒されている。その娘令子は母親と同タイプだけに
そのスケールダウンぶりが目について母親より劣る存在として認識されている。

「いや母親を上回る悪辣さもあると思うけど…」
「それは単に俗界における小悪党ぶりだけだろう?」

確かに美智恵は所得隠しや脱税などとは無縁だろう。銃剣類や重火器類を不法所持しているとも思えない。
引退したヤクザに追い込みを掛けるような真似をして追い詰めた挙句に逃走させたりもしないだろう。

「お前の後じゃ伊達雪之丞と六道冥子が名を知られてるぜ、こないだの生中継が効いたな」

アスモデウスがそんなことを言っている時に不意にバアルが目を眇めて横島の方を見詰めている。
そんなに細めた目で睨まれる覚えなど無い横島は戸惑うしかないが、アスモデウスも何かに
気付いた顔になり、目を細めて横島の事を睨みつけている。居心地の悪い事夥しい。

「忠夫…何でお前とリリスの間に力の糸が結ばれてるんだ?」
「試練を果たした後で新たに契約を交わしたりしてないかね?」

急に真剣になった様子に不審さを感じるも、一応素直に問いに対して考えてみる。
バアルに言われた言葉、“新たに契約を”何か似たような響きを聞いたような記憶が脳裏を掠める。

「う〜と、そう言や『新たな契りを望むか』とかなんとか言ってたような…」
「それだ!」
「その後で何かを、いや言葉を飾っても仕方が無い、リリスの体液を飲んだかね?」

いったい何を慌てているのかさっぱり解らないので取り敢えず聞かれた事に素直に答える。

「あ〜血と唾液を混ぜたやつを飲まされたけど?」
「その後はやっぱりヤッちまったよな?」
「具体的に言うと彼女の胎内に精を放ったかという事なのだが?」

今更惚けても始まらないので正直に話す。放つどころか搾り取り尽くされて気が遠くなった、と。
いったい何を大騒ぎしているのかがさっぱり解らずに問い詰めると、一応の答は返って来た。
つまり、契約申し立ての後に互いの体液を交換する事によって正式に契約関係が成立する。
一番軽い契約が互いの血を口に含む物らしいが、横島が飲まされたのは血と唾液、恐らく汗も
混じっていたはず、との事。これは契約者を人間の身に留め置く限界での最上級の契約らしい。
これより上のクラスの契約だと完全に眷属化するそうだが、下のクラスでも暴走すれば魔族化する。

どうやらリリスと横島の間に正式に契約が結ばれているらしいのは解ったのだがそれだけだ。
何故二柱の魔王達が大騒ぎするのか全く解らない。
その様子を見て取ったアスモデウスは一つ舌打ちをすると横島を引き摺って動き出した。

「酒飲んでる場合じゃ無ぇな、行くぞ!」
「へっ? 行くって何処へ?」
「リリスの処に決まっているだろう、どうせ娯楽室辺りで酒でも飲んでいるはずだ」

話の流れが全く飲み込めない横島は為すが儘に連れ去られていく。
バアルがそれに続き、若干気後れした様子で飴玉三人娘がその後に付き従っている。




「おお意外と遅かったの」

殴り込みのような勢いで娯楽室に入って来た一同を出迎えたのは、寛ぎまくったリリスの一言だった。

「“遅かった”じゃ無ぇだろうがテメエ!」
「どういうつもりか説明してもらおうか?」

対する二柱の様子は“穏やか”という言葉の対極で、リリスの優雅な様子とは対照的だった。
突然深刻に対立したような気配に不安になった横島が間に割って入ろうとしたがリリスに止められてしまう。

「心配するな、お主は後ろの三人娘でも連れて先程の寝室にでも行っておれ」

何でも無いといった様子の落ち着いた声でそう話し掛けて来る。

「あの〜それってまさか…」
「無論修行の続きじゃ、不覚を取るでないぞ? 後の三人は部屋におるフレイヤから詳しい話を聞け」

それだけ言われて部屋から出されてしまった、後に続くのはナース服・ブルマ・バ○ガールである。
正直狐に摘まれたような心持だがあえて逆らってまで部屋に残るべきなのかが解らない。
仕方が無いので取り敢えず指示に従う事にする。さっさと終わらせて急いで帰ってくれば良い事だ。


横島達が出て行ったのを見送って、リリスの表情がガラリと変わる、正に豹変だ。

「お主らが言いたいのは“契約”の事であろう?」
「当たり前だ、テメエ何もかもブチ壊すつもりか?」
「それとも何か思惑があるなら話しておいて欲しいね」

現在横島を取り巻く周囲の状況は一言で言うと“放置”である。
彼が人間としての生と決別するまでは積極的に勧誘をしない。
あくまで本人の意志を尊重する、と言った具合だ。

だがあまねく神魔の中にあって最も熱心に“優先権”を主張しているのが竜神族だ。
その根拠とは横島こそが、次代の竜神王たる世継の王子、天龍童子の第一家臣であるというものだ。
無論そのような主張は現在公には認められていない。竜神王もそれは承知の上で主張しているのだ。
その主目的は周囲への牽制で、魔族はおろか他の神族も含めて、主張し続けたという事実を以って
最初に勧誘する権利が既得権の如く思い込ませる一助になればという目論見なのだろう。

このような状況下で魔王の一柱たるリリスと横島の最上級の契約など挑発も度を越えている。
竜神王の思惑に対し真っ向から喧嘩を売っているのと同じだ。デタントも何もあったものでは無い。

「天龍童子と横島の間に君臣の契りは正式に成立しておらぬ」
「「なっ?」」

だがリリスの放った一言は、現在のある種の安定を醸し出している状況を根底から覆す。
竜神王が虚言を弄して神魔の情勢を創り出していたという事になる。

「竜神王がハッタリかましてたって事か?」
「だが仮にも神々の一族を統べる長たる者がそのような軽率な振る舞いをするとは思えないのだが」

同じ一族に生まれついた場合を除けば、神魔においては君臣の間では臣下の方に選ぶ権利がある。
気に喰わなければ禄を返上して自由の身になれば良い。正当な理由がある場合はそれに遺恨を
持つのは無粋であるとされている。臣下として誘い、相手がそれに応えるだけの働きをした時は
充分に報いてやらねば主君たる資格無しと見なされる。

「天龍童子は一切横島に報いておらぬ」
「はぁ? 山のような千両箱で支払ったんじゃ無ぇのか?」

少なくともそのような事実があったと報告が為されている。
神族がその程度の事で嘘をつく必要など無い、金など神族にとって大した価値を持たない。

「言い方を変えようかの? 横島は天龍童子より一切の報いを受けておらぬ」

リリスの言い様は言葉遊びのようなものだがそんな無駄をする女では無い。

「つまり天龍童子側は支払ったが、それが彼の手に渡っていないという事かね?」

流石にバアルは聡く、リリスの言い方の変化で事情を把握したようである。

「ようするにピンハネされたって事か? あの頃のアイツの周囲にいたのは…美神令子か?」

アスモデウスも資料から知った横島の過去の環境から事実を推測したようである。

「だが竜神族も裏付け調査ぐらいは行ったのではないかね?」
「美神令子を相手にな、世間知らずでお人好しの神族など体良く騙されて終わりであろうよ」

神魔の集まりで発言する前に事前調査をしたのだろうが当時横島は妙神山の加速時空間内での
自虐的な修行に没頭しており、斉天大聖を補佐する形で小竜姫達も掛かり切りだった。
その間の調査となれば当然美神除霊事務所への聞き取りとなり、その所長の答など解りきっている。
渡しただろう? と聞かれれば、勿論と答えてその後は忙しいから、と言って追い払ったに決まっている。

「けどよぉ、天龍童子は忠夫の奴と直接その辺の事話して無ぇのか?」
「いや横島の事を第一家臣と呼んでいるという事は過去にそのような経験が無かったのだろう。
 その為に知識が不足していたのか、もしくは美神に渡した以上は後で横島にも幾らかは渡るはずと思ったか」

アスモデウスの疑問の声に対してバアルが自説を展開して推測しているが、所詮は推論止まりである。
重要なのは横島が通常の時給分以外の収入を得ていない事と、竜神族側がその事を把握していない事だ。
この二つは厳然たる事実である。

「竜神族の思惑がたった一人の人間の欲深さで覆るって訳だ、魔族冥利に尽きるってモンだな」
「自ら欲の少ない者は自分の基準で他者を測り、相手の強欲さを見誤るという事実の好例だね」

大体の事情を把握した魔王達が実に愉しそうに言葉を交わしている。
この事実に他の誰も気付いていない以上はかなりのアドバンテージを得た事になる。

「それで? そろそろこの場から“彼”を遠ざけた理由を教えて欲しいものだね。何か思惑があるのだろう?
 何も知らされずに踊らされるのは趣味じゃ無い、君の本音を聞かせて欲しいものだね、リリス?」

バアルの静かな追求の声にも何ら動揺の気配すら見せずにリリスが相対している。
そのような質問など予測の内だったのだろう。夜魔の女王が徐に口を開く。

「先ずこの事実は我等三柱の胸の内に留め置いてもらいたい。
 もう一つ、神族に対してもこの事を派手に言い立てるつもりは無い」

彼女の提案は他の魔王達の現在の思惑とは大きくズレていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(あとがき)
迷走の後の暴走の果てにようやく軌道修正出来ました。と思ったら長くなり過ぎて魔界編が
今回で終わりませんでした。嘘吐きと呼んで下さい。次回でこそ魔界編終わらせます、とか
もう言いません。多分必要なことは殆ど書いたと思うんだけどな〜。
今後えっちぃ描写は殆ど無いと思います、て言うか表現が難し過ぎて…

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