ザ・グレート・展開予測ショー

EXILE〜追放者〜(3)


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/ 4/15)

 九州の玄関口を自称する小倉駅のプラットホーム……九時を回り、朝の雑踏が徐々に収
まりを見せつつあるそこに、二つの異様な光景があった。

 一つは銀の髪を持つ長身の外国人が器用に箸を使う姿。

 プラットホームの立ち食いうどんで黙々と麺をすすり、いなり寿司を食っているガイジ
ン……これだけでも充分にシュールな光景と言えるが、その隣に立ち、猛烈な勢いで丼を
重ねていく小柄な黒尽くめの男の姿は……なんと言うか、その……ある意味『異様』を楽
に越えていた。
 
 ずずっ!づるづるずるずるずるづるっ!!
「おばちゃん、おかわり!!」十二杯目を食い終えた黒尽くめの男……雪乃丞はそう言い
ながら麺を飲み込む。

 確かにここのうどんは安くて美味いから仕方ないとはいえ……まだ食う気か、お前は。


 だが、厭な顔も驚きもせずに十三杯目のうどんを作るおばちゃん……流石のプロである。


「そろそろ時間のはずだが……」
 カトリックの正義と威信にかけて悪魔や堕天使、異端を処断し、世界各地を転戦する所
為だろうか、流暢な日本語と下手な日本人より巧く箸を操りながら二杯目の蕎麦を平らげ、
丼のスープを飲み干した法王庁所属の武装執行官・エンツォ=ファルコーニが、ホームの
時計を見上げて呟く。


「はーい、兄ちゃん、280円ね〜。有難〜う。
 いらっしゃーい」


 方言特有の独特のイントネーションで客を捌き、応対するおばちゃんの声が響いている。


 店のカウンターに立つ眼鏡の男……その切れ長の目が、カウンターの一辺を占領し、明
らかにプラットホームに朝特有の喧騒以外のざわつきを作り出している大小二人の男……
というか、ざわつきの原因は明らかに『小』なのだが……の姿を捉えた。


「……かしわ蕎麦を」 

 言葉とともに眼鏡を拭き、懐に手を伸ばす。


「お待たせしました」


 財布から千円札とともに一枚の名刺を取り出し、辺を違えた隣の男に名刺を差し出す。
黒尽くめの衣服に身を包んだ小柄な男に名刺を渡した眼鏡の男は、おばちゃんから丼と
720円を受け取りながら……静かに名乗った。


「清水氏の紹介で来ました……黒崎です」


 時計が……九時を指した。










「黒崎サン……だったか。俺達に何をして欲しいんだ?」

 依頼人が到着した以上、これ以上補給する必要はない。雪乃丞はうどんを1分で処理す
ると意識をビジネスに集中させ……眼鏡を外して残り一箸ほどの蕎麦をたぐる、切れ長の
目を持つビジネスマンに尋ねた。


「ふう」
 黒崎は息を一つつき、緩めていたネクタイを締め直す。

「商談は列車の中で。
 なるべく秘密にしておきたいことですし……当方としても少々お尋ねしたいこともあり
ますから、ね」

 眼鏡をかけ直し、ファルコーニを見据えながら一歩横に歩み出て言う。


 黒崎の言葉を見計らったかのような完全なタイミングで、個室ボックス席を持つ特急列
車がプラットホームに到着した。






「清水氏に頼んだのは一人でしたが?」

「ああ、昨日一緒に仕事した縁があってな。腕は保証するし、報酬なら俺の取り分から半
分回しても構わねぇよ」
 黒崎の問いに応じ、雪乃丞が答える。

 依頼内容こそ判らないまでも、荒事をこなすことが間違いない以上、戦力は多い方がいい。

 なにより、彼にとってはこの男と組むということは願ってもないチャンスだった。

 香港での一件やそれから何度か請け負った仕事での苦戦に正直限界を感じていた最近の
自分にとって、スタイルの違いこそあれ、一個の完成されたテクニックを持つこの男と組
んでみる事で、何らかの突破口が開けるかもしれない。

 報酬が目減りするのは多少痛いが、貪欲に強さを求める傾向が強い雪乃丞にとって、彼
とはまた違った『力』を持つこのイタリア人と組み、何かを吸収する、ということは報酬
以上に重要なものでもあった。

 500万程度なら、授業料としては惜しくはない。

 むしろ、依頼人が二人分の報酬を出し渋ることで、金で買うことの出来ない『刺激』や
『実戦経験』を失ってしまう方が惜しかった。


「報酬なら問題ありません。ただ……今回の依頼は他言無用にしていただきたいことでし
てね。あまり人目に触れては、依頼が終了した後に当方に危険が生じかねません」
 一旦言葉を切り、肩をすくめて続ける。「……とは言っても、後ろ暗い依頼ではないんですがね」

 黒崎としても、確実に成功するのならば一人が二人になろうが関係なかった。ただ、そ
の言葉にある通り、この依頼に関しては人目に触れることは出来たら避けたかった。

 地元の警察には既に手を回している。だが、情報というものはどこから漏れるか判らな
いし、超一流のGSの中には、欲に駆られて依頼人の意思を無視する輩もいるという確か
な情報もある。

 その点、清水の紹介で引き合わされたこのモグリのGSは、一見すると胡散臭い面はあ
るが、金銭欲で動くよりも強い相手と戦い、己を磨くことを第一とする向きを持っている
上、金に目がくらんで裏切ったり、目先の欲で契約を一方的に破棄する――いわゆる『不
義理』とは対極に位置するような人間であることは保証されている。

 裏世界の人間とはいえ……いや、裏の世界の住人だからこそ義理事に忠実である清水の
紹介ならば間違いはない。事実、これまでの紹介には間違いはなかった。

 問題はその隣にいる男だ。改めて契約することも出来るが、アタッシュケースと白い布
に包んだ棒状の何かを抱えた、この正体すらも不明の銀髪の外国人に向かっておいそれと
秘密を明かすことは出来ない。

 契約をすること自体は簡単だ。GSとして活動している以上、免許はあって当然な上、
この男に染み付いた硝煙とガンオイルの匂いは、銃刀法をもクリアするだけの特別許可証
を有していることにもつながる。それを身分の保証として契約を結べば済むだけの話だ。

 だが、おいそれと契約したところでそれが個人を信用する材料にはならない。契約を盲
信する相手の裏を掻くことは、黒崎の生きてきた世界では常道なのだ。
 判断を下すべきか否か……黒崎は判断に困ったような表情を見せた。


 その顔を目にしたファルコーニ……察したかのような表情を端正な顔に浮かべ、目の前
の眼鏡の男に言う。
「秘密があるなら守るし、報酬なら別に構わない。私にしてみれば……………………」



 ファルコーニの言葉に何故か間が開く。厭な予感に、雪乃丞が睨みつけた。



「……こちらの日本人に頼んでいる道案内の代金の一部、といったところなのでね」


「いい加減覚えやがれ、このボケ外人が―――っ!!」

 こめかみに極太の青筋を立て、雪乃丞が爆発した。


「仕方ないだろう、日本人の名前はどうにも覚えにくいんだ」

 もしもその場に卓袱台があるならば、間違いなく思い切りひっくり返しながらであろう
雪乃丞の爆発に、真顔で答えるファルコーニ。流暢な日本語を喋っているくせに、説得力
がない。
 依頼人の前だということも忘れ、問い詰める雪乃丞。すっかり頭に血が上っている。

 ……無理もないが。


「じゃあ唐巣の旦那は?しっかり言ってただろうが『唐巣の旦那から報告は受けている』ってよ」

「敬虔なる神の使徒にはすべからく平等であるべし……ということだ。気にするな」
 ……つまるところ、キリスト教徒以外にはこんな態度取ってばっかり、ということか、
こいつ。
 なかなか侮りがたい奴である。


「気になるわっ!」

 気にするな、というのはやはり無理である。烈火の如く怒り狂い、黒髪の魔装術使いの少年は噛み付く。


 だが、黒崎の態度は違った。


 あまりに失礼なファルコーニの言動によって起きた雪乃丞の噴火を涼風の如くに受け流
し、黒崎はファルコーニに右手を差し出し、言う。


「ボン・ジョルノ、パードレ――――」

 その口から流れ出たのは、実に流暢なイタリア語だった。筆者の語学力じゃ表現できな
いだろうが、そりゃもう立派なものだ。


「ああ、日本語で結構!私はファルコーニ。えっと……シニョーリ……」

  差し出した右手を握ったファルコーニに、黒崎は笑顔で応じる。

「黒崎です。神父ファルコーニ……このめぐり合わせを神に感謝いたします」
 笑顔というのは少し御幣がある……この男の本質だろうか、黒崎の眼鏡の奥は全く持って
笑みを湛えてはいなかった。


 だが、黒崎の実は無表情な笑顔には全く気づかずに握った右手に左手を重ねあわせ、フ
ァルコーニは応じて言った。

「こちらこそ!シニョーリ・クロサキ!」
 相手がキリスト教徒なら一発記憶かよ。


 一方、取り残された雪乃丞はというと……。

「ママ……世の中間違ってるよ。ママ……ママ……こいつらぶっ飛ばしても、誰も文句は
言わないよね……」

 依頼人じゃなかったら、臨時とはいえ相棒じゃなかったら……そのようなことを考えつ
つ、心の中のお星様として燦然と輝くママに向かって、何やら物騒なことを尋ねていた。


























 どーでもいいが、黒崎にいいようにあしらわれてるぞ、ものの見事に。







 雪乃丞があっち側から戻ってきたのは、時間にして三十秒ほどだっただろうか?

 もういいか?と言わんばかりに黒崎は白黒写真のついた一枚の紙を差し出し、言った。

「今回依頼したいのは……この一件についてです」


「新聞?」

 覗き込み、記事を読み進む雪乃丞。

『O牟田で大規模な落盤。国道を運転中の四名死亡――――』

 その大見出しが躍る横に写真に写るものは、幅にして7メートルほど陥没したアスファ
ルトと重機で引揚げられる大破した乗用車……そして、濃密な霊気が作り出した、薄く白
い影だった。


『○月×日午前9時20分頃、O牟田市の国道で大規模な落盤が発生した。この落盤により、現場の真上を走行していた運送業金谷修さん(41)とトラック運転手大友功さん(59)、近くの会社員清武めぐみさん(24)が全身を強く打って死亡、金谷さん運転のワゴン車の助手席に同乗していた早川静夫さん(29)も搬送先の病院で2時間後に死亡した。
 現場はかつてH炭鉱があった場所の上を走っており、県警は大筋では事故と見て調査を進めているが、炭鉱の閉山が決定してから30年以上経過しての事故であることや、国の立会いの下で厳重に埋め戻された点や、H炭鉱という特殊な事情を持つ点から、霊絡みの事件としても調査を進めている』


「写真だけで判るぜ……明らかに霊絡みじゃねえか、これは」
 眉を顰めながら言う雪乃丞。

「……でしょうね。
 記事にはなっていませんが、この2時間後に亡くなった人が死の間際にこういったそうです。『黒い蛇が穴から出てきた』と、ね」言葉を切り、一度息を吸い込んだ後に、続ける。「そして、悪いことにこの運送業の方々は、とある貴重品を運んでいましてね。私の依頼は、その貴重品を私と一緒に探し出して欲しい、というものなのです」

 言葉とともに、黒崎は一枚の写真をポケットから取り出す。

 そこに写る恰幅のいい男を象った像が、黄金の輝きを見せていた。

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