ザ・グレート・展開予測ショー

こどもチャレンジ(11)


投稿者名:逢川 桐至
投稿日時:(05/ 4/14)



「…そぉう〜? 判ったわ〜〜
 助かったわ〜またお願いねぇ〜〜」

 言いつけてあった報告書を受け取って、彼女は退席を促した。
 部屋を出る青年を見送ってすぐ、奥に居る夫の元へと戻る。

「それじゃ〜学校の方に行くわ〜〜」

「車の手配は?」

 唐突な妻の言葉に、しかし鷹揚に頷くと聞き返す。

「済んでるわ〜〜
 あなたの方は〜?」

「明日から3日ほど向こうだな。 私の事は気にしなくていい」

 スケジュール帳なのか、茶色の革表紙の手帳を捲って返事をする。

「校長にもよろしく言ってくれ」

 わかったわ〜〜、との答えは、扉の向こうから返ってきた。

 あれで意外と素早い妻の慌ただしい動きに、少しだけ苦笑する。 そのまま執務机に意識を戻すと電話へと向き直った。
 霊能には大した才の無い……と言っても六道の基準でだが……彼だったが、実業家としては辣腕を揮っている。 妻と違ってスケジュールは詰りに詰っていた。





 こどもチャレンジ 11





「で、どんな仕事なんすか?」

 走るランクルの中、後部座席から横島が尋ねる。

「まぁ、よくある地縛霊だよ。
 あ、エミくん。 そっちに置いてあるファイルを開いて、読みあげてくれるかな」

 視線を前に向けながらハンドルを取る神父が、やはり後部に居るエミへと指示を出す。

「はい。
 えぇと… 持っていた別荘で、借金苦から自殺した男性の地縛霊。 連帯保証での借金でってのは、ちょっと悲惨ね。 逃げた友人は見つからなくて、漸く手に入れたばかりの別荘から自宅からを手放す事になって、その所為で一家離散してるワケ」

「うわ、そりゃ悲惨だわ…
 で、意識とかは有るんすかね?」

 ほう、と神父の口から漏れる。

 思考力の有無は、除霊する上で重要なファクターだ。
 有る相手なら巧くやれば説得で成仏させられるし、逆に自意識が崩壊していると力尽くでしか対応出来ない事が多い。 勿論、その場その場での状況などによりけり、なのだが。 ともあれ、一般の人の認識には、そんな差異など無いのが普通なのである。

 横島と美神が夏休みに入るのを待っていた為、そう言った知識的な物を彼に教える事はまだしていなかった。

 今回の仕事で、この二人の除霊に対する認識を確認出来そうだと、神父は独りごちた。

 特に横島は霊能と言い言動と言い、どうにもアンバランスで美神やエミとは別の意味で悩まされる。 通って来るようになって1週間経つが、未だに神父は年若い弟子を掴みきれていなかった。

「敷地内に入って来ると、警告の叫びを上げて追い立てて来る。 って書いてあるから、有るんじゃないかしら」

 一瞬、思考に集中していた神父の耳に、エミの読み上げた答が入って来る。
 意識を戻すと、彼は補足的に口を挟んだ。

「まぁ、敷地から出て来る事は無いみたいだし、今のところ出ている人的被害も死者は無し。 範囲が限定されているからか、一歩でも外に出られれば逃げられるみたいだね。
 説得で済まなかったとしても、それほど難しい話では無いと思うよ」

 まぁ、だからこそ、まだ経験の少ない二人を伴う事に反対しなかったのだが。

「話は変わりますけど、今夜はどんなトコに?」

「えっ?
 ああ出る前に言った通り、今夜中にけりは付くだろうけど、それでもトンボ返りって訳にはちょっといかないからね。 向こうで手配してくれる事になっているよ」

「けど、こんなシーズンで大丈夫なワケ? 別荘地なんでしょ?」

 エミとしては、横島に対して危機感は無い。
 覗きをしてる彼を見た事がある訳でもないし、そもそも見た目は小柄な小学生だ。 どこか大人びていても、警戒する対象とは捉え難い。 横島も彼女に対して劣情を向けた事は、こうなってからはまだ一度も無いし。
 まぁそれも、今のところは、だが。

 神父に対しても、警戒してる訳ではない。 でなければ、弟子入りとは言え同居なぞしていないだろう。 ただ、それでも成人男性である以上、さすがに同室となると抵抗が有る。

「騒ぎになってて、キャンセルが多いらしい。
 だからこそ、私たちが呼ばれた訳だが」

 彼女の思いを読んだ上で、彼は笑ってそう答えた。
 暮らしを共にするようになって、まだ1ヶ月。 神父自身とて違和感は有るのだ。 かつての弟子……今の弟子の一人の母親が、住着いた時ほど若くは無いから違和感程度なのだが。
 それに、年頃の娘となれば尚更だろうと思っても居た。

「まぁどの道、一晩だけの事だから」

「そうなんすか?
 神父も、2〜3日くらい骨休めしたっていいのに」

 横島としてはおかしな事ではないのだが、その言葉に神父は苦笑を貼り付かせた。

「君ねぇ…
 困ってる人を助ける事が、まず第一なんだよ」

 相手は小学生と、やんわりと諭す。

「けど仕事なんだから、体調管理とか現場に着いた時に疲れを溜めてない様にとか、そう言う事も考えなくていいんすか?」

 かつて、おキヌちゃんの訊ねに、美神が答えていた事を思い返し食い下がる。
 泊り掛けの仕事だと、2泊3泊は当然だった。 勿論、費用は依頼人持ち。 人の金で楽しむ事に主眼が有ったとは言え、強行軍での作業が負担を強いてくるのも事実である。
 命が懸ってくる以上、ある程度目を瞑ってしかりの事だとも言えた。

「忠夫の言う事にも一理あると思うわ。 ここのとこ、神父も少し働き過ぎだし」

「別に無理してるつもりは無いんだが…」

「この半月だけでも、8件。 今度ので9件目だし、充分ハードホークだわ。
 少しくらい休んだって、バチは当らないと思うワケ」

 スケジュール管理には、彼女も噛んでいる。
 自分と言う扶養家族が増えた為でもあると判っているから、あまり無理して欲しくは無かった。

 ちなみに、神父は生活費の為だけに仕事を増やした訳ではない。
 弟子が増えた事で、自身はあまり使わない御札を始めとした除霊アイテムを整えたり、GS協会への登録や保険など雑費への支出の方が大きい。
 エミや横島は、アイテム類をあまり必要としないのだが、霊力とて有限……普通は、だが……であり道具の使い方は知っている必要がある。

 加えて、神父は相場より低めの料金しか受け取っておらず、時として受け取らない事も多いだけに、結果 数をこなさざる得ないだけのだ。

「まぁ、これも性分でね。 君たちにはすまないが…」

 そう言って笑う。

 まぁ神父だしと、後ろの二人も、顔を見合わせて苦笑した。

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 ・

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「それはそれとして…」

 例によって盗人被りの不審な小学生が、人目を窺いつつ物陰から物陰へとこそこそ走る。

「エミさんは今は勉強中だし、神父はクライアントとの話し合い中。
 ここンとこ お母んの目があったから、今日こそは…」

 ぶつぶつと呟きながら、向かうは屋外露天風呂。
 最高級と言うほどではないが、避暑地と言う事もあってなかなか小洒落たホテルで、そう豊富と言う訳ではないらしいが温泉も引いてある。
 夕食には若干早い時間だが、観光から戻っての時間潰しの入浴にはいい頃合いだ。

 まぁ、そんな訳で、横島は犯罪行為に繰り出したのである。

「夜中までに、霊力を溜めんといかんしな… うん、チャンスは迷わず活かさんと」

 歳にそぐわぬ笑顔を貼り付かせて、慣れに慣れた隠形を駆使して、しかし男と書かれたのれんを潜る。

「よし、他に誰も居らんな?」

 脱衣所には、ラッキーな事に先客の痕跡は無い。 居たとしても、見掛けは小学生だから苦笑いで見逃して貰えたかも知れないが。
 とにかく、男湯には彼を妨げる要因は無さそうだ。

 手早く服を脱いで、タオルに何やら包むと、岩で囲われた風呂を覗き見る。
 そのまま、こそこそとお湯の中へ。

 怪しさ100%の行動で、お湯を区切る目のびっちりと詰った竹垣へと耳を当てると、おしゃべりする声が小さく聞こえた。

「声の感じ、まだ高校生か大学生くらいか?
 くくく、それじゃあお宝ぁ拝ませて貰おうか」

 何様だ、と言うか、幾つだおまえ、と、聞いてる人が居たらツッコミが入りそうな口調で、横島は作業を開始した。

 竹垣の様に見せているが、実際には塀に竹を貼り付けている様な物で、隙間から向こうが覗ける様な造りはしていない。 かと言って、その竹のお蔭で登るには手掛かりが無かった。

「こんな事も有ろうかと…」

 三つ股に割れたフックを付けた、細めのロープを取り出す。
 いかに仕切りとは言え、4mも5mも有る訳ではない。 くるくると回して勢いを付けると、すっと投げ付けた。

「ふっ」

 思い通り引っかかったのを確認しての、会心の笑み。
 器用に足の指で僅かに残った節の跡を引っかけて、するするとロープを手繰って登って行く。
 自身の倍以上有る壁を、登り切るのに5分と掛らなかった。

「さて、と」

 覗き込むと、丁度扉を開けて脱衣所へ向かう女性の群れが目に入った。

「そんなぁ…」

 が気配を他に感じて、思わず脱力する腕に力を篭め体勢を整えると、湯気立ち籠める浴槽へと目を凝らす。

「お…」

 神は居た、と思わず胸で呟く。

 湯気に霞んで見える人影は、まだ若そうなフォルムを持っていた。 だが、抜ける様に白い肌が湯気に紛れて、イマイチ良く見えない。

 気取られぬ様に凝視しようと、横島はそぉっと身を乗り出した。

 ・

 ・

 ・

 その頃、神父は ぴんちに直面していた。

「…な、なんで?」

「あらあらあら〜 奇遇ね〜〜唐巣ク〜ン〜」

 最終打ち合わせを詰めている所に、顔を出したのだ、彼女が。

「何故ここにいらっしゃるんですか、六道さん?!」

 尋ねるまでもなくカラクリは判っている。 判り過ぎるほどだ。
 最近の仕事の半数は、目の前の六道女史からの斡旋なのだから。
 何事もなく過ぎていたから気が緩んでいたが、これは容易に予想出来る状態だった。

「何故って言われても〜 たまたま遊びに来た先にあなたたちが来たのよ〜〜」

 そんな訳有るかぁっ!、と叫びそうになる自分を抑え込んだ。
 依頼人の別荘管理会社の管理人が、状況を掴めずおろおろしているのが目に入る。

 くっと眼鏡を指先で押し上げて、その間に神父はどうにか気持ちを切り替えた。

「それで、どうされたいんです?」

「何の事か判らないわ〜〜?
 でも唐巣クンが許してくれるなら〜、作業を見学させてくれると嬉しいわ〜〜」

 やはりソレかと、神父の肩ががっくり落ちる。
 自分の弟子たちを、彼女はかなり気にしていたのだ。 …まず間違いなく、次代を担う娘の為に。

 頭の中で、状況を整理する。

 横島の異能は、アレはあまり見せすぎるとヤバい気がした。
 となれば、エミをメインに、彼はサポートに据えるべきだろう。

 六道女史自身は、こう見えても除霊に関しては歴戦だ。 余程の事が無い限り足手纏いにはならない筈だし、実作業での演習と言うカタチは崩さなくても構うまい。 サポートだって期待出来なくもないだろう。 たとい12神将を……彼女の娘に受け継がれた、彼女自身の最強霊能を、持ち合わせていないにしても。

 そこまで考えて、気持ちを緩めた。

「…仕方有りません、ね」

 溜め息と共に呟かれた言葉に、六道女史は ぱぁっと顔を輝かせた。

「ありがと〜〜 だから、唐巣クン好きよ〜」

「ですが、こちらの邪魔は困りますよ。
 あくまで、これは仕事なんですから」

 クライアントの前である以上、実習を兼ねている……と言うか、主眼はそちらだなどとは言えない。
 彼とて、そのくらいの腹芸は出来る。 気が咎めてる所は残っているが。

「判ってるわ〜
 娘と二人、大人しく見てるだけにするから〜〜」

「お願いしますよ」

 にっこりとした言葉に頷き返して、不意に固まる。

「…って、今、なんとおっしゃいましたっ?!!」

 聞き捨てならない言葉が、神父の顔をあからさまに蒼ざめさせた。

 それにナニカを感じたか、依頼人が不安そうな顔で口を挟んだ。

「大丈夫…ですよね?」

「大丈〜夫よ〜〜 この唐巣クンは、日本でも指折りのGSだもの〜
 もし、まかり間違って何かあったら〜、六道の方で責任もって賠償してあげるから〜〜」

 正式に書類に起してくれると言う事で、彼の方は収まった。
 言うまでもなく、依頼元である管理会社も少なからず六道の影響下には有るのだ。 直系の親会社でなくとも、その保証有れば何が有ろうと彼に責任問題は起きないだろう。

「…って、六道さん?!」

 意想外の言葉に、答は返されていない。

「やぁねぇ〜〜 怖い顔しちゃって〜」

「娘さんは、今日は学校に通われてるのでは?」

 一縷の望みに、聞き違いだと言う幻想に縋る神父に、返された返事は無情。

「あの娘も日頃ストレスを溜めてるから〜、たまには羽を休めさせてあげないと〜〜」

 爆弾がここに在るのだと言う返事に、思わず立ち眩む。 反射的に指が十字を切った。

 その衝撃をなんとか受け止めた次の瞬間。
 脹れ上がる霊力の波動と響き渡る爆発音、それに逃げ惑う悲鳴とが、彼らの元に届いた。

「あらあら〜 どうしましょう〜〜?」

 まるで他人事の様な言葉が、少しだけ神父の心にドス黒いモノを纏わせたのは、これはもう仕方のない事だろう。





 【つづく】



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……ぽすとすくりぷつ……

 お久しぶりです。
 未だに復調しきった訳じゃないですが、取り敢えず3週間ぶりのこどチャでございます。

 ほんっと〜に、花粉症ってのは困った物で(^^; 気温の乱高下に風邪も誘発されて、堪ったものじゃない日々はもう暫く続きそうなのが泣けて来る。

 なもので、月2くらいのペースになりそうですが、なんとか一定ペースで続きは仕上げたいと思ってます、はい(__)

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