ザ・グレート・展開予測ショー

〜 『キツネと羽根と混沌と』 第27話 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/ 4/14)




夜。風。空・・・。
透んだ水――――――大気の匂い。感じたものは、眩暈と頭痛。



                
                       
 
                            ◇



〜appendix.? 『Quiz 』


【 ここに一冊の小説があります。ぶ厚い小説。貴方はたった今、この本を読み終りました。
 末尾のページをめくってみると、そこには何も印刷されていない、真白な紙切れが一枚だけ。その先にページはありません。
 さてさて、この終末を迎えた物語の世界は……
 様々な活躍を見せてくれた主人公たちは…この後、一体ドコへと消えてしまうのでしょう?回答時間は1分です。 】


 ※ なお、このクイズに解答はありません。



                              

                            ◇




水の音が鳴り響く。単調な調べと…そして沈黙。次の瞬間、ユミールは唐突にソレを理解した。
……想定外だ。
雨に濡れた体を引きずり、目の前の青年を見つめ返す。何故。どうして…。この男は、今、私に何と言った?


―――――…知ってるよ……。知ってるから…分かる………。


「………っ……!?」

怒りに我を忘れていた頭が、打ち水のように熱を失う。何だ、これは……。
…有り得ない、台詞。こんな言葉は『定めていない』。私たちの定めたシナリオに含まれていない…。
そうだ…そもそも、ここに横島忠夫が現れたこと自体が……。

「…?どうした?」

怪訝そうに横島が眉根をよせる。相手の顔に、新たに浮かんだ怯えの色。静止をかける横島の声を無視し、ユミールは当惑に足を後退させた。

「どこから………」
驚愕のつぶやき。フラフラと、危うげに後ずさる少女の背筋を、冷たい汗が伝い落ち…

……どこから、シナリオの進行は狂っていた?横島が《お兄ちゃん》と再会した時?それとも、私があの妖狐に倒された時?
だというなら、どうして歯車は食い違った?ナゼ、物語の語り手である自分が、舞台の小道具程度の存在に敗れねばならない?

あの時、タマモは……


『…好きな人が、いるから。何があってもその人のそばを離れないって…そう決めたから』


……。

……………。

……そう……言った……?


――――――――…。


降りつづける雨。その中で、灰の少女は横島の姿を凝視する。
その瞳に、不可解なものを目の当たりにする、確かな恐怖を浮かべながら………

「…………元凶は……お前……か…」

「?オレが……どうかしたのか?」

「全部……お前のせいで……!」

こんなハズでは、なかった。あのドゥルジでさえ、《進行》にコレほどの誤差を創り出すことなど不可能だというのに…。
『神』が……混沌が紡ぐ、絶対の《物語》が崩れていく。打ち砕かれた…。それもたった1人の、矮小な人間の手によって。


「―――――アナタ……一体、何なの?」

焦燥と、怒りと、そして奇妙な憎悪が入り混じったその声音は――――――

「……?なに……って……おい!少し落ち着けっ」

「何なのよっ!?答えてよっ!?どうして私たちに干渉するのっ!?どうして、そんなことが出来るの!?
 アナタ……だって……ついさっきまで……」

ついさっきまで…私の手の内で踊ることしか出来なかったはずなのに……。
私はあの日殺されて…、選ばれて…、お前みたいなヤツを嘲笑うために、もう一度生まれ変わったはずなのに…。
お母さんも、お父さんも、西条お兄ちゃんのことも……そのために、全てを投げ打ったのに……。

これじゃあ…

まるで、私が馬鹿みたいじゃない……。


「う…ふ…ふふっ……あはは…あは……は…」

弱々しく笑う。目の前の誰かにすがるその眼差し。それは肖像のようだった。
雨に濡れた…天使の肖像…。腐食した翼を抱えながら、彼女は笑う。


「…もう…ヤダよ……。一人は…嫌…。寂しいよ…」


…壊れてしまったオルゴールのように、彼女はただただ笑いつづけて……


「――――――――…。」

横島は、告げる言葉を飲み込んだ。代わりに差し伸べたものは、小さな掌。
たった一人で。びしょ濡れになって……。泣き顔にしか見えない笑顔を浮かべる少女に……彼は、静かに手を……

その掌は多分、小さすぎて……
彼女の体を、優しく包み込むことは出来ないかもしれないけれど…。彼女を覆う大きな闇をなぎ払うことは、出来ないかもしれないけれど…。
だけど…。

それでも…。


一歩。二歩。三歩…。距離が縮まる。
もう少しで、この子の肩に触れることが出来る。この時、横島は本気でそう思っていた。
光の中で仲間達と微笑みあう彼女の姿を……。本当にそれが可能だと、そう信じて……





しかし、それは全くの錯覚。錯覚だったと…そう思い知らされた。



 ◇


〜appendix.26 『祈りと代価と』



「……タマモさん?」


遊離した意識が像を結ぶ。じょじょに、じょじょに……研ぎ澄まされていく感覚と視界。
瞼(まぶた)を上げたタマモが始めに目にしたものは、薄赤の髪を持つ、美しい少女の顔立ちだった。

「神薙……さん?」
「…はい。お早うございます、タマモさん」

柔らかな微笑み。次いで、凛とした…しかし、こちらを見守るような穏やかな声音があたりに響き…
その声の中……。

―――――…あぁ…私はまた…アイツに置いていかれたのか……

胸元にかけられたジャケットを握りしめ、タマモは、ぼんやりとそんなことを考えていた。

「…イーターは……その……神薙さんが一人で?」

コンクリートの陰の下。ピチャピチャと音を立てる雨の滴に目を向けて、小さくタマモが口を開く。
神薙はそれに苦笑した。

「はい…。と言っても……この通りひどい有り様です。週明けまでに、制服を新調しなくてはいけませんね」

石柱に体を預けながら、彼女は白い吐息をもらし…。血に染まるスカーフをつまんでみせる。
その息遣いの、不自然な速度を怪訝に感じ、タマモは思わず顔を上げた。

「……大丈夫ですよ。少し、疲れているだけですから……」
言いながら、神薙はゆっくりとタマモの傍に腰を下ろし……。そして、それきり……両者の会話はしばし、途絶えた。
ただ2人は…無言のまま、暗く澱んだ(よどんだ)空を見上げて……。



サワサワ・・・、サワサワ・・・・・。


雨が、降り続ける―――――――――…。





「――――――天なる蒼い空がある限り……世界の全てに降り注ぐ、恵みの雫…」

風に揺れる長髪を押さえ、神薙がつぶやいた。振り向くタマモに微笑みかけ、彼女は薄く目を閉じる。

「本当に…雨は、あらゆる者に平等ですね。
 その者が望む、望まないに関わらず……いつまでも、何処まででも、たゆたうように流れていく」

「……?」

タマモは何も答えなかった。…答えることが出来なかった。
沈黙に耐えきれず、俯き、地に沈む水溜りをすくい上げる。たちまちのうちに、流れは指先をすり抜けてしまうが……
その感触は、思いの外、ひんやりとして心地よかった。

「…私たちが住まう世界には、この恵みをもたらす神様がいて、それらと争う悪魔達がいる……。
 人は、時として彼らに祈ります。道に迷い、重い惑い、絶望を目の当たりにした…その時に」

「……そう…かな?私は…そんなのアテにならないと思うけど…」

雨は嫌いだ…。特に今日のような、身震いを誘う冷たい雨は。
まだ、横島たちと出会う前……自分が現世で人間たちに追い立てられていた、あの頃から。
容赦なく体を打ち叩くこの無情の水は、タマモにとって、一種のトラウマに成り果てていた。そして同様に、祈りという行為が無意味だということも……。

「同感です…。神様も悪魔も、人間が思っている程、強くなどありませんから…。彼らだって、誰かにすがりたい。
 祈りたくなることもあるんですよ…。『心を持つ』というのは、きっと、そういうことなのでしょう…」

「神や悪魔が……祈る?一体、誰に?」

「…愚かしいことに…『神様』に、です」

言葉が大気を裂いた。その響きの、なんと酷薄なことか……。
タマモは目を見開き、傍らの少女を覗き込む。神薙は一度口を閉じ、そして…かすかにかぶりを振った。

「神魔だけでは無い……この世の生きとし生ける者全てが、心のどこかで祈っている。
 存在するはずもない、真なる『神』が、自分たちと供に在ることを。祈りは、やがて熱望へ……熱望は絶望へと変わり……」

…そして絶望は……いつか、渇望へとその身をやつす。
ソレは全智全能にして、唯一無二。あらゆる生命、神魔の欲望と、情念の集積……。

そう……


―――――世界ハ、『神』ノ到来ヲ渇望シテイル…。


……。

雷鳴が轟いた。
サワサワと…霧雨が2人の肩を濡らしていく。息を飲むタマモに、やはり神薙は、悲しげ微笑みをたたえたまま…

「先刻、貴方が闘い…そして打ち倒した存在は、『神』の御遣いであり―――世界という名の《物語》を糸で繰る語り手…。
 『混沌』と呼ばれる者たちの一柱です」

「…混……沌…?」

「光を示す白でもなく、闇を顕す黒でもない…。さまざまな色彩が混じり合った、《世界》の意志の代行者。
 ユミールは…そう、ほのめかしていませんでしたか?」

「………。」


ゾクリ、と――――――――…。

タマモの全身が栗肌立った。ひざから下の力が抜けていく…。
これは…?
妖精のように幻想的な目の前の少女を見つめ、タマモは思う。彼女の言葉に耳を傾けてはいけない、と。
何故かは分からない……だが、自分はおそらく…『踏み込んではならない領域』へと片足を突き出しかけている。

「……あなたは……」

「…心配しないで。タマモさんを巻き込むつもりはありません。私は、他の誰にもこの件に関わって欲しくない…。
 ただ、伝えておきたかっただけなんです。…もしもの時、横島くんを止められるのは……きっとタマモさんだけだから…」

苦しげに息を吐き、神薙は自らの胸元へ手を当てた。激しい……異常とさえ言える、呼吸の間隔。
彼女にとって幸いなことに、相対するタマモは、未だこちらの異変に気付いていない。
…普段、驚くほど聡明なこの妖狐の少女も、今の状況に混乱を否めないのだろう。

「横島を……止める…?私が…?」

「横島くんは《彼ら》に、世界で一番大切なものを奪われた…。
 『神』の存在を万が一知れば、それを放置しておくはずがない…。許せるはずがない…」

彼があの時失ったものは…あまりに大き過ぎた。
彼はこの広い世界で独りぼっち。心の何処かで――――愛する人が戻ってくることを、悲しく、悲しく……祈りつづけている…。



「――――…ごめんなさい。私はまだ少し…休んでいきます。足はもう…平気ですね?」

頬を緩める神薙に、タマモは小さく頷いた。
自分が意識を失っている間に、治療が施されていたのか……いずれにしろ、ありがたい事に変わりはない。

「一人で、大丈夫なの……?具合、良くないように見えるけど……」
「…はい。本当に少し疲れているだけですから。落ち着き次第、私もすぐに後を追います…」

目配せとともに交わされるやり取り。2人は理解していた…。今の会話は「無かったこと」にしなくてはならない。
タマモ自身が抱く、神薙への疑念とはまた別に…。その内身こそが、口外するには、あらゆる意味で危険すぎた。


それは世界の深淵の……その、まだほんの一端…―――――――――――。



――――――――…。



「………っ……くっ………ぁ…」


タマモが雨の向こうへと消えた、数分後。押し殺した声が路地裏に響く。
ひざまずくような姿勢で胸元を押さえ、神薙はせわしなく、激しい呼吸を繰り返していた。

小刻みに上下する、頼りない肩。少女特有の、華奢な細身が…苦痛に幾度も揺れ動く。

「…っ……ハァ………ハァ…!こほっ…こほ…っ!」

咳き込み、口元をに当てられた手のひらから…赤い液体が滴り落ちた…。
発作と苦痛…その両者が弱まる波を見計らい、神薙は小さな錠剤を口に含む。
…喉が鳴り、視界にモヤがかかる…。

……。

――――この世の生きとし生ける者すべてが、心の何処かで・・・・・


自らが口にしたその言葉に、神薙は気が遠くなる心地がした。
それは否定のしようもない、残酷な真実。絶望……温もりのない、凍える虚無。
静寂の中、少女はかすかにつぶやいた。


「例え…世界全てを敵に回しても……構わない…。あんなものが…もしも現し身を持って現れれば……全てが…」



全てが……



「…これから私がすることを……横島くん…あなたは、許してくれますか?それとも、私を……」


――――私を………――――



震えるような声音で、紡ぐように息を吐いて…


「―――――…横島……くん……」



…彼女の体は……崩れ落ちた。



『あとがき』


いやはや、凄まじいご無沙汰をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
実は、3月12日に親類に不幸がありまして…それで連載を執筆できないような精神状態に…。
一ヶ月以上のブランクが開きましたが、ようやく復活しました。皆さんご心配をおかけしました〜
…なんだか、知り合いの作家さまたちのお話も溜まりに溜まってるって感じですね…(汗)重ね重ね、すいませんです…

と、いうわけで、いきなり暗い話ですね〜うわ〜(笑)けっこう苦労して書いた回なのですが、出来栄えはどんな感じなんでしょう?
相変わらず、アイタタタのユミールに、不幸オブ不幸の神薙先輩 (爆
神薙先輩は実際のところ全然悪くないのになぁ……何ゆえここまで…。
次回はなるべく超特急で、西条VSイーター決着話をお送りします。

それでは、ここまで読んでくださりありがとうございました〜

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