ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(16)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 6/ 2)

「うっ・・・」
昨日、エミの所に差し向けた呪いのしっぺ返しを食らって出来た二箇所の傷を押さえて呻く。先ほどから感じていた、皮膚の表面に痒みと鈍痛が交互に走っているようなじくじくとした不快感と痛みが、不意に、無数の針で傷口をつつかれているような、はっきりとした鋭い痛みへと転じていた。
昨夜のような、床の上を転げ回るほど激しいものではないが、差込みにも似た局部的な鋭い痛みから、額に脂汗が滲み出てくる。そして、包帯のすぐ下で表皮を攻撃しているように感じられたその痛みは、やがて内部へと浸透し、加奈江は不意に、口と喉の中が焼けるように熱くなったのを感じて、息が出来なくなった。
喉の奥が急速に渇き、そこから、口と胃の両方に向かってその渇きが広がっていく。その渇きが広がるのと同時に、自分の中で、何かが急激に変わっていくのを感じた。
貧血を起こした時のように、視界が不安定にぼやけて、明滅を繰り返すフラッシュライトのように白黒している。乗り物酔いした時の頭痛に似た、ガンガンと内側から響いてくるような鈍痛を頭に感じ、半ば混乱した不安定な心の中で、加奈江は、彼女の縋るべきもの−−−『永遠』を持っている存在−−−ピートの事を思い出した。
「ピ・・・ピエトロ君・・・」
掠れた声でピートの名を呼び、もつれた足取りでピートを横たえてある部屋に戻る。
そしてそこで、待ち望んでいたピートの『変化』が起こっているのを見て加奈江は、声にならない感嘆の息をついて、ベッドに横たえたピートの様子に見入った。
「・・・!・・・」
ここに横島か美神、もしくはキヌがいれば、以前、シロが見せた『超回復』の事を思い出したであろう。
静かに横たえられているピートの体の内側から−−−特に、銃弾を受けた傷口を中心にして、蛍の光のような淡い発光現象が起きていた。爛れた跡のようになっていた傷口は新しく蘇生した皮膚で覆われ、内側から全身に満ちていく新たな生気の勢いに押されてか、髪がゆっくりと伸びていく。
不老不死とまで謳われる吸血鬼の、その生命力の強さを正に目の当たりにして、加奈江は自分の痛みも忘れて壁にもたれ、生物学的には完全に死んでいた筈の体が、再び命を取り戻し、蘇生する様を恍惚と見つめていた。
「・・・これが・・・永遠の力・・・不老不死の・・・」
溢れ出んばかりの生命の息吹が空気をも揺らしているのか、白いパジャマの裾や髪が、淡い白緑色の光に照らされながら、さやさやと僅かに揺れている。
やがて、ピートの傷は完全に癒え、髪の伸びも止まり、光も消えたのだが、加奈江は尚しばらくの間、感激の余韻に酔うようにピートの横顔を見つめていた。
蘇生した体には呼吸が戻っており、その証拠に、僅かに胸が上下しているが、まだすぐには目覚めないのだろう。急激な回復の副産物か、一気に伸びたその前髪をそっと横に払おうとして手を差し伸べた加奈江は、ふと、自分の傷口に感じていた痛みが消えている事に気付いた。
感激のあまり脳内麻薬で痛覚が麻痺しているとか言った感じではない。喉に手を当ててみると、あれほど感じていた渇きが無くなっており、昨夜からずっと口の中に残っていた血の味も、すっかり消えてなくなっていた。
「・・・?」
自分の体の突然の変化に少し戸惑いながらも、傷はどうなったのだろうと、シュルシュルと頭の包帯を解く。そして、まだかさぶたにはなっていないかも知れないと思い、そっと顔の傷口に触れた加奈江の指先が感じたのは、ガサガサとした擦り傷の感触ではなく、いつもと変わらない、そのままの皮膚の感触だった。
「・・・!?」
ぺたぺたと顔中に触れるが、どこにも傷の感触が無い事に驚いて、洗面所に駆け込むと鏡をのぞき見る。一切歪みの無い大きな鏡面の中央に映った加奈江の顔には昨日負った擦り傷など影も形も無く、以前と同じ、少し青白いが傷も何も無い顔が、鏡を覗き込んだ加奈江の正面にあった。
(傷が・・・治ってる・・・?)
黒いワンピースの上から脇腹の傷も押さえてみるが、痛みは無い。かさぶたがはっていると言う感触も無い。
そして、それらを自覚した直後、加奈江は自分の中にある、新しい『何か』の存在をも自覚した。
(・・・もしかして、私・・・)
加奈江は、自分が昨夜、ピートの血を舐めた事を思い出した。
そして、さきほどの自分の異変が、まるでピートの蘇生に同調するように体の内側から湧き起こったという事を。
(・・・もしかして、私も・・・)
「それ」は、漠然とした感触だった。
しかし、はっきりと感じられるものではないが、「それ」は確かに今の加奈江の中に存在していた。
(・・・そう、か・・・そういう事だったのね・・・)
くっ、と、赤よりは肌色に近い地味な色の口紅を塗った唇が、鏡の中と外とで同時に、笑む形を取る。
そして、次の瞬間、洗面所に加奈江の哄笑が響いた。


・・・ボーン・ボーン・ボーン・ボーン・・・
部屋の振り子時計が、腹に響く低い音で時を告げる。
時刻は夜の八時。
ピートが身体的に回復してから既に四時間が経過していたが、彼はまだ眠りつづけている。意識がまだ眠っているのか、それとも体の回復にエネルギーを使ったので、再充電に入っているのか。
どちらにしろ、もうしばらく目を覚ます気配は無い。
そのピートの枕もと。
「・・・もっと眠らなきゃいけないのね。・・・でもいいのよ。ゆっくり休んでて・・・」
加奈江は椅子に腰掛け、その寝顔を見守りながら、静かに笑って言っていた。
「・・・時間はたっぷりあるんだもの・・・私も、貴方と同じになったんだから・・・」

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