ザ・グレート・展開予測ショー

師弟―後編(2) 完結―


投稿者名:臥蘭堂
投稿日時:(05/ 4/10)

 悩んでいた。迷っていた。悩み、迷い、心を惑わせ、その惑いによって、またあの人に負担をかけてしまった事を、悔いていた。その、筈だった。しかし。
 全て、吹き飛んでいた。
 あの人の傷つく姿に、全てが吹き飛んでいた。悩みも、迷いも、後悔も、何もかもが、あの人が、斬り付けられた背中から血を流しながら倒れるのを目にした瞬間に、一切が消え失せていた。そうして、真白に染め上げられた脳裏から、口をついて出てきたのは、しばらく口にしていなかった名前だった。

「横島殿ーーーっ!!」

 右手に生じた霊波刀は、かつてない輝きを放ち、彼女にとって一つの目標でもあった横島のそれをも凌駕する程の密度を完成させていた。
 シロは、そのまま横島をかばうように、人狼の霊と横島の間に割って入った。
 同時に放たれた袈裟斬りを、人狼霊は足捌きによってかわすと、そのまま螺旋を描くようにして間合いを取った。

「タマモ!」
「解ってる!」

 美神の声に、タマモは狐火を吹き、殺到しようとする雑霊達を押し留めた。美神は、そのまま倒れた横島の側へ寄り、傷の具合を確かめた。ジージャンと下のシャツは見事に切り裂かれ、露出した肌も血に染まっていた。しかし、傷は決して深いものではなかった。斬り付けられる瞬間、倒れるように体を泳がせたのが、良かったのだろう。

「う……美神……さん」
「大人しくしてなさい。傷は浅いけど、出血がひどいわ」
「いや、あいつは、シロには」
「安心しなさい」
 起き上がろうとする横島を押し戻し、美神は、神通棍を手に立ち上がった。
「今のあの子なら、大丈夫よ。見て解らない?」

 言われて、シロを見やると、一瞬振り返ってこちらをうかがおうとした視線と重なった。そこには、安堵と決意と、後、幾ばくかの横島には窺い知れない何かが含まれていた。

「シロ、あたしとタマモが周りを抑えてるから、早めに片付けるのよ!」
「はいっ!」

 タマモと美神が左右へ散っていくのを視界の端に捉えながら、シロは、眦を決して人狼の霊を、己が霊波刀越しににらみつけた。 
 人狼霊は、美神やタマモはおろか、己が呼び寄せた筈の雑霊達も意に介さず、ただ、そのうつろな眼窩をシロだけに向けていた。

「シロ……お前」
「ご安心くだされ、せん……横島殿。拙者、やっと解り申した。やっと、やっと解り申した」

 シロが、何の事を言っているのか。横島には、今ひとつ判然としなかった。だが。

 なるほどなあ。まあ、確かに声はしっかりしてるか。なら。

「よし、行けシロ!」
「はぁっ!!」

 横島の声を受け、シロは斬撃を放った。一閃、二閃と走る太刀筋は、小竜姫の太刀を受けた事のある横島の目にも、鮮やかなものだった。それは、シロの中の迷いが、完全に消え去っていた事を意味していた。

 そうだ。拙者は何を迷っていたのか。自分が、この人にとって、横島殿にとって何なのか。この人が、横島殿が自分にとって何なのか。
 決まっている。仲間だ。まず、何よりも、仲間なのだ。師であるとか、弟子であるとかよりも先に、この人は自分の大事な、誰よりも大事な仲間なのだ。
 そして、きっと、いつかは――

 人狼霊は、シロに反撃せず、戸惑うようにその斬撃をよけながら、呻きを漏らした。「ヴ……ジ……ジィ……ノォ」しかし、それに対してシロは。
「たわけ! 拙者は犬塚シロ、お主の大事なシノ殿ではござらん!」
「シノ……シノぉ!!」
「聞け、この痴れ者が! お主のシノ殿は、今お主がそうして抱えておろうが!!」

 瞬間、人狼霊は、己が左腕にしっかりと抱きしめた頭蓋骨に視線を下ろし――ぴたりと、その動きを止めた。

「シィ……ノ」
「解ったか。シノ殿は、既に冥土に旅立たれておられるのだ。一人、お主が来るのを、待っておられる筈だ。ならば、今お主がするべき事は」

 言いながら、右手首に左手を添え、正眼気味に構え直した。

 人狼霊は、その場にがくりと膝をつき、頭蓋骨を胸を抱き直して、シロを見上げた。そのうつろな眼窩から、涙が流れ落ちているかのような幻視が、シロの脳裏をよぎった。

「拙者が、送ってしんぜよう。シノ殿の待たれておられるであろう、極楽へ」

 そうして、真っ向上段からの一撃が、人狼霊を、現世から切り離した。

−−−−−

 犬塚シロにとり、横島忠夫という人物が何なのかと言うと――当人にも、実はよく解ってはいなかった。
 だが、今ならば、はっきりと解る。横島忠夫が、犬塚シロにとって何であるのか、はっきりと、良く解っていた。

「先生」
 横島の頭を自分の膝に乗せたまま、シロが呼びかけた。それに、横島はやや血の気の失せた顔を、しかし、柔らかく微笑ませて応えた。
「何だ、また先生に逆戻りか」
「良いんでござる。拙者が、そうお呼びしたいのでござるよ」

 そう。呼び方などは、どうでも良い。そんなものは、もういつでも変えられる。やっと解ったのだ。この人が自分にとって何なのか。あの二人が、かつてこの地で非業の死を遂げた二人が、教えてくれたようなものだ。
 仲間。誰よりも、何よりも大事な仲間。勿論、この人を自分の師と仰ぐ気持ちも、今尚変わることはない。けれど。ああ、けれど、いつか、いつかきっと。そうではない、また新しい関係を、この人と。
 その気持ちに、やっと気付けたのだから。
 父上。お喜び下され。シロは、やっと己の道を見出しましたぞ。

「ミカミー」
「何ー」
「あれ、いつまで放っておくのー」
「いや、もう少し……今ちょっと、へとへとで」

 穏やかな様子のシロと横島に対し、令子とタマモは疲労困憊という有様で座り込んでいた。人狼霊が消え、統率を失った雑霊達を追い払うのは容易い事ではあったのだが、何しろ、数が多すぎたのだ。遠く望む東の空が白み始めた頃、ようやく片付いた程だった。

「先生。拙者、先生に差し上げたいものがございます。受け取っていただけますか?」
「何だ? 一体」
「その、拙者としては、初めての事になるのでござるが……」
「はじ……めて?」

 もじもじと、頬を染めて言うシロの様子に、横島の中の妄想回路がうなりを挙げて始動する。

 初めて。初めて。シロの、初めて。え? ちょっと待てや。あれ? えーと、つまりそれは、ナニ? いやいやいやいや待て待て待て待て。そん急に、なあ。でも、このシロの様子からすると。でも、ちょっとやっぱりホラ、シロ相手じゃ犯罪だし。いや、でも最近コイツも順調に育――ああ、だからそう言う事じゃ。

「落ち着かんか、こんボケーっ!!」

 おたおたと慌てつつ顔をシロ以上に赤くした横島を、即座に復活した令子がしばき倒した。

「あ」

 横島忠夫、再出血により、全治一週間が確定。

−−−−−


――余禄


「ささっ、先生こちらでござる!」
「わーったから引っ張るなっちゅーねん! こちとら病み上がりやぞ!」

 傷が癒えたその日、横島はシロに引っ張られて埼玉県との境目近くにある山中へと連れてこられていた。

「で、何なんだ一体。こんな所まで連れてきて」
「ええと、その。あの時は、美神殿に邪魔されて言えなかったんでござるが」
「あ」

 言われて、思い出した。「初めての事」になる「差し上げたいもの」。

「あの、なあシロよ。それなんだがな」
「さあ先生、あちらに用意が!」
「あちらって、お前ちょっと待て! 初めてでいきなり野外か?! それは流石にヤバイぞーって、そうでなくてもやっぱりヤバくてだな!」
「アレでござる!」

 ばばんと、効果音まで聞こえてきそうな勢いでシロが指し示した先には。

「………………ゴミの山?」
「ゴミではござらんよう。拙者がこれまでに集めたコレクションにござる」

 コレクション、と言われても、横島には、ゴミの山としか見えなかった。古びたホーローの看板だの、片一方しかない靴だの、ゴムのボールだの。肉屋の裏からでも拾ってきたのか、牛や鳥の骨らしきものから、果ては――何か、理科室や保健室辺りで良くみた覚えのある形の、あきらかに作り物ではない、白く丸い「もの」だの。

「待て。色々あるが、まあ取りあえず待て」
「先生には、特別にどれでも好きなものを差し上げるでござる。拙者、これを人に差し上げるのは初めてなのでござるよ」

 ああ、まあ何となく、見当はついていたけど、なあ。

「どーせこんなこったろうと思ったよーっ! ドチクショーっ!!」

 叫びながら、どうやってあの「宝物」の山を人目から隠したものかと、途方にくれる横島に、シロは、しっぽを振りながら飛びついた。

「先生、大好きでござる!」



―これにて読切―

臥蘭堂で御座います。「師弟」これにて読切に御座います。余暇の共とでもしてお楽しみいただけましたら幸いです。
本作は、前回同様、馬家大姐様の御作に触発されたものです。前回は一枚だけでしたが、今回は幾つかの絵からインスパイアされております。
今回は構成に苦しみまして、あろう事か後半部分が2つにわかれるという有様に、己の力不足を痛感いたしました。
ともあれ、素晴らしい絵でイメージを下されました馬家大姐様、これまでにご意見を下さった皆様、ご助言いただきました皆様、及び、お付き合い下さいました読者の皆様に篤く御礼申し上げます。

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