ザ・グレート・展開予測ショー

きっかけ


投稿者名:08
投稿日時:(05/ 4/10)






「ふう、漸く着いたな」

 まるで全てが彼を歓迎しているようだった。
 本来雨が多いこの季節にしては珍しく、その日は気候も穏やかで、
風は緩やかに頬をなで、蒼く澄み渡った空からは穏やかな陽光が降り注いでいた。
 視界に写る全てが懐かしく、久方ぶりの故郷は以前と変わらぬ優しさで彼を包み込み、癒してくれる。
 ここはブラドー島。地中海に浮かぶ小さな島。
 ピエトロ=ド=ブラドー、およそ二年ぶりの里帰りであった。











 
 きっかけ









「一度故郷に帰ってみるといい」

 きっかけは、敬愛する師の言葉だった。
 進路も長年夢見ていたオカルトGメン入隊に内定して、卒業を間近に控えたピートに唐巣は告げた。
 ピートも暫く帰ってなかったことであるし、色々と報告することもあり異存はなかった。
 こうして彼の一週間の帰郷が決定した。






 ピートがしばらくその場に佇み、久しぶりの故郷を一通り満喫していると、懐かしい声がした。

「ピート!!」

「ジーナ!!」

 前方から駆け寄ってくる女性を見て、笑みがこぼれる。

「……………」

「……………?」

「ジーナ……?」

 ジーナと呼ばれた女性は困惑するピートを気にした様子もなく、従来の勝ち気な瞳で
 正面、右、左、そして下からジロジロと見上げる。
 どうやら品定めされているようだった。
 やられている方としては、やはり居心地が悪くて仕方がないのだが。

「うん! ちょっと見ない間にいい男になった!!」

「ちょ、ジーナ………」

 ジーナは満足したように頷き、ピートよりも少しだけ小さい身長で爪先立ちになり、
ガシガシと少々乱暴に彼の頭をなでまくる。
 最もピートぐらいの年でやられるほうは、やはりというか当然恥ずかしくあり、抗議の一つも出そうというものだ。

「あら…何だよこの子は、照れちまって。まあ、いいさ。それよりも、
遅くなっちまったけど―――」

「お帰り、ピ−ト」

 笑顔で迎えてくれた。







 古城へと続く山道から少し外れたところに位置する、それなりの規模の霊園。
 船着場で再開の挨拶を終えた、ピートとジーナはその中の一つの墓石の前で佇んでいた。
 そこには『ナディア=ド=ブラドー』という文字が刻まれていた。
ピートの母の墓前である。

「この花は……」

「ま、この間ね―――」

「ありがとうございます」

 一歩後ろに佇むジーナに礼をいい、亡き母に祈りと報告をする。
 話したいことは、島を出たこの二年で挙げればキリがないほどに溜まっていたが
 何も一度に報告することもない。
 何度も何度も訪れ、少しずつ少しずつ、報告していけばいい。
 そう思ったピートは自分の夢が実現しそうなことと、何人かの友人の話をすることにした。
 報告を終え立ち上がり、ジーナと入れ替わる。
 実をいうと、母親のことは、それほど多くを覚えているわけではなかった。
 ただハッキリ記憶に残っている母親といえば、おっとりとしていて、とても優しい性格に美しい容姿の持ち主。
 そしてこの島唯一の純粋な人間であり、島の誰からも愛されていたという事だけである。
 それ以外は結構曖昧な記憶しかない。
 それも仕方ないことであり、ナディアはまだピートが幼い時に、決して長命とはいえないその生涯を終えていた。
 
自分と同じようにして故人に祈りを捧げているジーナに、何気に目をやる。
 陽にあたり煌く金髪を、首の後ろで束ねているこの女性は、どんなに若々しく見えても間違いなく自分よりも数百年長く生きているのだ。
 母と親友同士だったジーナは、独身であったこともあってか自分のことを我が子の様に可愛がってくれた。
 このジーナこそが、母亡き後、自分をここまで育ててくれた第二の母なのだ。
 
 











その夜。
 ピートの目の前にはテーブルをこれでもか、というぐらいに埋め尽くす料理が並んでいた。
 量は言うまでもなく、見た目からも相当な手間隙がかかったと見て取れる。

「こんなに……あ、あの」

「子供が遠慮するもんじゃないよ。 それとも何かい?
この私の料理じゃ不足だとでも―――?」

 口を開こうとしたが、エプロン姿で、仁王立ちするジーナに黙殺された。
 ただその視線が黙って食え、と告げていた。
 気にしなくていい、むしろ気にすることは許さないと言わんばかりだった。
 この男気あふれる性格は相変わらずだった。

「―――いただきます」

 ここは素直に食べておくのが吉らしく黙って、ナイフとフォークを取る。
 ピートの予想通りそれを見たジーナは嬉しそうに微笑んだあと、テーブルについた。
 積もる話はありすぎて、そのまま二人は語り明かした。














 一週間の滞在期間は本当にあっという間で、
いつのまにか今回の帰郷によるブラドー島での最後の夜になっていた。
 そんな中、ここジーナ宅では……


「あ〜あ〜、こんなに散らかして。全く……」


 少々お冠な様子で一人愚痴りながら酒瓶やら何やらを、片付けるジーナの姿があった。
 帰郷したピートの最後の夜ということで村の住民がジーナ家に押し掛けて来て、
そのまま宴会になだれ込み、そして今はその後始末に追われているという訳だ。
 更に言うと、この宴会は今日が初めてではなくピートが戻ってきた翌日からこの一週間ずっと続いていたのである。
 しかし、今日に限っては先日までの比ではなかった。
 最後の夜ということでそれはそれは盛大なもので、
つい先ほどまでまさしく、兵どもが夢の後という言葉が相応しい状況だった。

「……他人の家だと思って、無茶苦茶やってくれたよ……」

 この惨劇を作り出したにも関わらず今ごろは、恐らくベッドの中である被疑者達に一つ嘆息する。
 やるだけやって後は、ばたんきゅう、な村人たちを星空の下に放り出し……もとい
 非難させた訳なのだが、如何せん一人では片付けても片付けても全く片付かない。

「叩き起こしてでも手伝わせればよかったかねぇ……?」

 と、こぼしてみるが、この場において戦力にもならない、なるのは掃除の邪魔だけという様子だったのであるから……
 先のジーナの判断は的確だったのだろう。
 兎にも角にもこのままでは終わらないことも確かで、一つ気合を入れなおそうとしたところに―――

「ただいま帰りました」

 助っ人登場。
 どうやら孤独な戦いも終わりを告げたようだ。







 そこは小一時間ほどかかり、ようやく以前の姿を取り戻し、ピートとジーナは今は
ティータイムを満喫していた。

「早いもんだねぇ。明日にはもう帰るなんて」

「ホントですね。でも、また来ますから」

「当たり前だよ、ここはあんたの家なんだから」

 来なかったら承知しないよ、と軽く小突かれる。



 一週間という期間はこの小さな島を巡るには十分な時間で、
ピートはこの島がどう変わったかどこが変わってないのかを自分の眼で、耳で……五感の全てで感じていた。
 遣り残したことはあるのだが……

「……ブラドーには逢ってかないのかい?」

「……………」

 父親にコンプレックスを持つ彼は、その顔を見に行くつもりはなかった。


(やれやれ。相変わらずだね、この父子は)



「まっ、いいさ………それで、ピート――――」



「…………」






「あんた、彼女の4、5人はいんのかい?」


「………は?」

 全く脈絡のない話に思わず我が耳を疑う。
 が、対面の女性のニヤケ顔に冗談ではあっても幻聴ではないことがわかる。
 一瞬、ここ最近少々耳が遠のき始めた某錬金術師の姿が頭を掠めたが、
どうやら自分がその域に達するにはまだまだ時間的猶予は残されているらしいことに安堵する。


「………いませんよ。というかどうして複数なんですか?」


「あんたなら次から次に寄って来るだろ?」


「……寄って来ません」
(あの人じゃあるまいし――)

 脳裏に浮かぶのは、赤いバンダナがトレードマークの極貧少年。
 人間磁石よろしく、その強力な磁力で本人の自覚なしに次から次に女性を引き付けては離れられなくさせている。
 その人数は数えられるだけで、どこぞの所長とまだ幼い妹、幽霊というキャリアを持つ少女に狼少女と狐のあの娘……etc、etc。
 何ともバラエティーに富んでいるものだ。

(あっ、それと隣のクラスの……何さんだったかな?)

 ついこの間、クラスメートの机の少女が少々不機嫌そうに新しい名前を挙げていたのだが、その向こうで自分の前の席のメガネの少年と他5,6人がカッターナイフ片手に何やら物騒な相談をしていた中に、
先ほどまで隣にいた大柄な少年? の姿があったことが印象強くてその名を思い出せない。
 無論バンダナの少年は自分が狙われていることに
「理不尽やーー!!」等と叫んでいたが………

(今度、あの輪の中に入れてもらおうかな?))

 いつも彼に主導権をを握られている自分としてはこんな時ぐらい
にしかやり返せそうにない。
 自分もあの輪の中にいたら彼はどう反応するだろうか? 楽しみである。
 とりあえず、トラの少年と三白眼の少年の仲間に入れてもらおうと思うピートであった。



「にしても、東京の女は見る目がないのかねぇ? こんな良い物件、野放しにしとくなんざ……」
「まさか……男色―――――」
「違いますっ!!」

 この狭い島では、他人の噂話は娯楽でありその回りもとんでもなく速い。
 そう、どこぞの竜神の姫の得意技と比べても遜色ないくらいに。
 よって彼女云々はどうでもいいが、―――もっとも4,5人というところはきっぱりと――――
 男色というところは全身全霊で否定しておかないと、永久に故郷を失いかねない。

「良かった、良かった。あっちで汚されたかもって心配してたんだよ。うん、
まだまだ青い果実のままだね。おばさん安心したよ」

「青い果実って……」

 今時それはないのではないか、と思うが蒸し返すこともないと口をつぐんでおく。


「―――とは言っても、流石にその年で彼女の一人もいないってのは、
ちょっとおばさん心配だ。
だからここで一つ昔話をしよう。役に立てばいいんだけどね」

「はあ、昔話ですか?」



「そうさね……あれは700年以上も前のことだったかね――――――」







 それは蝙蝠を眷属に従え、身に付けた外套を漆黒の翼の様に広げていた。
 人目を忍び、月光からさえも隠れるようにして、闇夜の空に溶け込んでいた。
 人の形を持つ、人ではないもの。
 不死者達の王、吸血鬼ブラドーは己の古城へと急いでいた。

「お、おのれ…ドクター・カオス。今に見ておれ」

 ブラドーは傷口を抑え、己をこんな目に合わせた宿敵の名を、忌々しげに怒気に満ちた声で吐き出す。
 そして次こそはこの牙をその身に突き立ててやる、と復讐を誓う。
 そして、あの男さえ……そう、あの男さえいなくなれば――――。

「人間どもめ!! いつか必ず余が―――――」

 月を見届け人として、支配者として君臨するのだという決意を新たに、固めようとしたが――――。

「うっ……いかん…………」

 その決意表明が拙かった。
 負傷した体はその叫びでいよいよ限界を迎えてしまい、そのまま地上へ向かい真っ逆さまへ―――。







「――――――ここ、は……?」

 視界に飛び込んでくるそこは、普段慣れ親しんだものではなかった。
 気が付けば外套も脱がされていて、傷の手当てもされている。
 状況が分からず、困惑していると。

「お目覚めですか?」

 その手に水を張った容器を抱えた女性が入ってきた。

「……お前が、手当てしたのか?」
「ええ、ひどいお怪我をされていましたので……」

 気が付かれたのなら温かいミルクでも、と背を向けた女性のうなじを見て、
 己が何者かということを思い出す。
 そうだ。自分は吸血鬼の王。人の上に君臨する存在。支配者なのだ。
 王たるもの、良い働きをしたものには褒美を与えねばならぬだろう。王とは飴と鞭を使い分けなければならない。
 例え相手が人間だとしても―――。
 ブラドーの口唇が歪む。

「そうか……ご苦労であった。褒美といってはなんだが―――」

 吸血主の誇りたるシンボル。異常に発達した犬歯が怪しく光る。
 その輝きが一人の女性の人間としての生涯の終わりと、新しい不死者の誕生を告げていた。

「―――余の僕にしてやろう!!」

 そして文字通り、その牙が女性に襲い掛かろうとしたその刹那――――!!

 ――――ゴン!! ……………………バタッ。

 鈍い音が響いた。

 ………………もぞもぞ。スクッ。


「貴様……余をなんと心……得……る………」


 潰れてはおらんだろうな、と鼻に手をあて立ち上がる。
 そして無事を確認して、コホン、と一つ咳払い。
 そして王としての威厳を再びその身に纏い、全身から放つのだがどうにも締まらない。
 原因は目の前のあれだろう。
 油断していたとはいえ、霊力の欠片も感じられない唯人の女性に不覚を取ってしまった事は、この際非常に不本意だが、百歩譲って良しとしよう。
 だが――――――。

(何故、フライパンなのだ……? と言うか、どこから出した?)

 それはないだろう、と呆けた顔を浮かべてフリーズしてしまったが、
獲物の怯えた表情、震える様子を見た捕食者はその自尊心を満たし再起動。
 ニヤリと口元を歪める。

「そうだ。恐れ敬え。そして光栄に思うが良い。この最強にして至高の吸血鬼の王たる
この余の僕となり、永久に仕えることができることをな――――――!!」


 再び牙をむく、が……………

 ゴン!! …………………バタッ。
 ………もぞもぞ。スクッ。


「き、貴様……一度ならず二度までも………もはや許すことはできん! そこになおれ!!」


 ゴン!! バタッ ゴン!! バタッ ゴン!! バタッ ピクッ、ピクッ、ピクッ、ゴンゴンゴンゴン…………


 この女性気絶している者に対して確実に止めをさすあたり、なかなかイイ性格をしている。


 こんな鬼ごっこを二、三度繰り返した後
両者とも肩で息をして一定の距離を取り、相手の出方を伺っていた。
 一人はフライパンを胸に抱くようにして、怯えた様子で眦に涙を貯めて。
 もう一方は無数のたんこぶをアクセサリーよろしく身につけていた。

(……こやつ、ホントに人間か?)

「………っ!?」


 こちらよりもよっぽど人外らしい女性を、本当に人間なのかと訝しげに見やる。

ビクッ!?

 そうなのだ怯えた様子は見せるのだが――――。
 だからと言って試しに一歩踏み出す。すると――――――ゴン!!

「……くっ!!」

 こちらが反応出来ないほどの速さで、あの忌々しい凶器を振るうのである。
 ブラドーからしてみれば、外見があれなだけに簡単なウサギ狩りのはずが、
とんでもなく性質の悪いウサギだったようで全く理不尽極まりない。
 全く怯えた様子も、目に浮かべた涙も演技なのではないかと思ってしまう。

 はあ、と心の底から搾り出すように一つため息をつく。

「余に仕える、これ以上はない栄誉だというのに……もうよい。貴様のような凶暴な部下はいらん。
だが、手当てをしたことは褒めてつかわそう。ではな、余は帰る」

 どうやら諦め……ではなく、見逃してやることにしたらしいが―――――

「……待ってください」

「ん、今更、余に仕えたいと申しても遅いぞ。まあ、非礼を詫び、泣いて頼むのなら――――」

「違います。――――ん」

 視線を上に向ける女性にならい、上方に目をやる。
 そこから柔らかな光が差し込んでいた。

「今宵は満月だったな。だが、それがどうした?」

「直してください」

 残念ながら全く迫力はないのだが、む〜〜〜〜、ブラドーをとねめつける。

「は?」

 何を言っているのかが分からなければ、意味も分からない。
 このまま無視しても良かったのだが、それは何故か罪悪感を感じる。
 だから、考える。
 ………………考える。
 ……………………考える。
 ポンと手を打つ。
 ああ、成るほど。あの時の落下でどうやらこの家の屋根を突き破った。
 だから屋根を直してから帰れ、そういうことらしい。


「…………………………………………!?
よ、余を誰だと心得る!! 最も古く、最も強力な吸血鬼にして王であるぞ!? その余に――――」
「貴方が壊したんです。だから、直してください」
「だ、だから余は―――」
「直してください」
「……よ、余は―――」
「直してください」
「………」

 本日二敗目をきっした瞬間だった。

(何なのだ、この女は!? 余を恐れもしなければ敬いもせぬ!!
 挙句の果てには余にこの様なまねを―――!!)

 トンカチの音を月夜に響かせる不死者の王の虚しい心の叫びであった。





 律儀にもキチンと修理を終えたブラドーが、心底疲れた様に呟く。

「はあ、もう何もないな? 今度こそ余は帰るぞ」

「待ってください」

「今度は何―――――。何だこれは?」

「お花です。聞いたことがあります。吸血鬼の方はお花から精気を摂取することができるって。
私の血をあげることはできませんが、これは屋根を直していただいた御礼です。お陰さまで
雨に悩まされることもなさそうです」

 何が嬉しいのか、この女性は先程までとは打って変わって、にこにこと本当に嬉しそうな笑みで花を差し出す。
 仮に無知なのだとしても、自分のことを全く恐れた様子もないし、
この状況で礼だと言う。
 何を考えているか分からないが、無碍に扱うこともないとブラドーは差し出された花を受け取り、精気を吸う。
 すると女性はまた、嬉しそうに笑う。

(本当に変な女だ)

 散々な目に遇ったが、この回復したわが身に免じて多めに見ようと自身の寛大な心を称え窓のふちに足をかける。

「女、今度こそ本当に帰るからな」

「女じゃありません。ナディアです。貴方は――――?」

「何を言っているんだ、おん……「ナディアです」……」

「ナディアなんです」

「………ナディア」

「はい。ナディアと申します。貴方のお名前、教えてもらってもよろしいですか?」

「……ブラドーだ」

「はい、では、またいらして下さいね。ブラドーさん」

「……ふん」

 どこまでも変な女だと思った。







 それから数日が過ぎたある夜のことだった。

「邪魔するぞ」
「あら、ブラドーさん。いらっしゃいませ」

 唐突にナディアの下へ、ブラドーが訪れた。。

「ふん……この間は散々な目に遇わされたが、助かったことは事実だ。よってお前――――「ナディアです」―――
ナディアに褒美を持ってきた。受け取れ」

 あらぬ方を向いて黄金の鷹を差し出す。

「金、ですね。これって物凄く高価な物じゃないんですか?」

「知らん。城にあったものだ。それに余には必要ないものだ。では確かに借りは返したぞ」

 もう用はないと、前回と同じく窓から飛び立とうとするが――――。

「受け取れません。こんな高価なもの」
「受け取らぬのなら捨てるだけだ」

 きっぱりと言い放つ。

「……判りました。お気持ちありがたく頂戴します」
「それでよい」

 折れそうにないブラドーの様子に、ここは引いておく。
 しかし借りだと言うが、ナディアにはタダでこの様な高価のものを貰うつもりは毛頭なかった。

「その代わり―――」

 だから――――

「…今度は何だ?」

「お礼としては高価すぎますので、当分はお夕飯はここで食べていってください」

 借りを返したことが、何故これからの夕飯にエクスチェンジされるのか
ブラドーは心底分からないという様子で目をむいていたが、ジーナはそれを華麗に無視する。


「ちゃんと、いらしてくださいね?」


 とにかく彼がこれからもここを訪れることを前提に、食費という形で受け取らせてもらおう。











 二人が出会い、男がいつのまにかその女性を
極々自然に名前で呼べるようになってからどれくらいだろうか。
 今日もブラドーはここでナディアと向かい合って夕飯を済ませていた。

「ナディア……」

「何でしょう?」

 真剣味を帯びた声に、ジーナは皿洗いの手を止める。
 それを見て、ブラドーは続ける。

「そろそろ、世界征服を現実のものにしようと思う。
だが、一つ問題がある。いくら余が偉大かつ強力で唯一無二の王だとしても、アジア、アフリカ、ヨーロッパ支配という
偉業を成し遂げるには、例えそれが微力であっても何かしらのサポートが必要となるであろう。
そこで、だ―――――」

「――――今日からナディア・ド・ブラドーと名乗ることを許し、
その役目をお前に任せよう。存分に励めよ」

「―――――えっ?」

「ん、どうした。もっと喜んでもいいのだぞ?」

「……………」

 思考が停止する。
 目の前の男性が何を言ったのか、耳に入ってはくるのだがその意味を租借することが出来ない。

「そうか……言葉にならなぬほど嬉しいか? そうであろう、そうであろう」

「……………」

 この男性は今、何を言ったのか分かっているのか、と思う。
 こちらは嘗てないほどに狼狽しているというのに、あちらは憎らしいほどに何時も通りなのだ。
 もしかしたら先程の言葉には深い意味はなく、
純粋に彼がいう所の王に相応しい臣下として迎え入れようということだったのかも知れない。
 そう思ったが――――――。

「………断る、というのか」

 それで確信する。
 いつだって自信満々でことあるごとに我は王なのだぞ、とまさしく唯我独尊を地でいく目の前の男性がポツリと呟いた不安。
 そんな彼らしくない様子が、なんとも彼らしいと思う。
 そうだこれは素直とは程遠い彼なりの精一杯なのだ。
 思えば出会ってこのかた、ここまで驚かされたことはなかった。
 そのせいで少しだけ混乱してしまったが、そうと分かれば返事は決まっていた。
 ジーナはくすっ、と笑って言った。



「世界一のお后様にしてくださいね」














 それからいくつもの季節が過ぎていった。












「遂にアジアをこの手に治める時がきた。なに、案ずることはない。余以外ならば夢物語で
終わっていたであろうが、感じるのだ! ブラドー帝国の胎動を、な……
しばらく留守にするが、後は頼んだぞ! ナディア!!」



「お邪魔するよ、ナディア」

「あら、いらっしゃい。ジーナ」

「ピートは?」

「お友達の家にお呼ばれよ」

「それは残念。旦那は?」

「ちょっとね。夜までには帰ってくるわ。それまではゆったりお茶でもしましょ」




「お帰り、ピート。あらあら、こんなに汚れちゃって……先にお風呂入りなさい。
あなたーー! そんな隅っこで座り込んでないで、ピートをお風呂に入れてやってくださいな」


「おのれ〜あの愚民どもが〜〜〜〜〜〜〜〜」



















「数々の神秘が眠る砂の王国―――アフリカ。余の色に染め上げるのもまた一興か………。
聞こえる。偉大な王を渇望する人間たちの切なる思いが!
ナディア、手土産はファラオとやらが残した宝石でよいか!?」



「おかあさん、おとうさんどこに出かけたの?」

「そう、ね……砂遊びかしら?」


「ズルイよ。おとうさん」


「すぐに帰ってくるわよ。その時に遊んでもらいなさい。ね」



「あなたそんなとこに座り込まれたらこの上なく邪魔です。それにそんなに砂まみれじゃ家がよごれちゃうでしょ?
それよりもピートと遊んであげてください」


「追い出されたのでは断じてないからな!! あんな砂ばかりの国など余のほうから願い下げたのだ!!」














「恐らく今日は帰れんが、次に日が昇るころには余はヨーロッパの王に君臨し、ナディア、そしてピート
お前たちはそれぞれ后と王子になっているであろう。些事は任せたぞナディア!!」




「あらあら。ピート今日の晩御飯は何が食べたい?」

「う〜んと……シチュー!!」

「わかったわ。でも、お父さんの分まで食べちゃ駄目よ?」

「うん。わかってる! ちゃんと残しとくよ!!」

「良い子ね」




「お帰りなさい、あなた。晩御飯食べるでしょ? すぐに暖めるから少し待ってて下さいね」

「うう〜〜〜〜、おのれ、おのれ、おのれ、おのれ〜〜〜〜〜ドクター・カオス〜〜〜〜〜っ」



















 そこには四人の人影があった。
 床に着いているのはお世辞にも血色が良いとはいえない女性
 そんな彼女にしがみつき、涙を浮かべている少年。
 その傍らに佇む男性。
 そして一人離れたところでそんな彼らを遠巻きに見ている女性。

「ナディア、この程度のこと余の妻なら跳ね除けてみせんでどうするか」


「ふふふふ、そうですね。貴方の妻、ですもんね」

 気丈にも強がって見せるが、その痛々しい笑みが深刻な状態だと伝えていた。
 そんな母親の様子に幼い少年が耐え切れるはずがなかった。

「お、おか……ぇっ……ぐすっ…ぉか〜さん」

「ピート、泣かないで」

 思う様にならない腕を動かし、優しく慈しむように頬を撫でる。
 泣き止むまで撫で、そして泣き疲れて眠ってしまったら眠りを妨げぬようにそっと髪を撫でる。
 できることならずっと、ずっと、ずっと……………
 この身体が朽ちても、この愛しい想いは朽ちることはないのだから。





「いよいよみたい、です」

 撫でる手は止めず、視線を夫へと向ける。

「許さんぞ、ナディア。お前は言ったではないか。世界一の后にしてくれ、と。
その誓いはまだ果たされていないではないか。余は嘘をついた覚えはない」

「私は……『世界一のお后様』でしたよ。第一印象は、なんて傲慢なひとだと思いました。
次に思ったのはホントはやさしいひと。
だってあなたは本気で私を手にかけようとしなかったんですもの。
それに文句を言いながらもキチンと屋根を修理してくださいました」

「その次は不器用で繊細な心の持ち主。覚えてますか? あの時の事……最初は何を言っているか判らなかったんですけど
あれはプロポーズだったんですね。あまりのいい様に呆気に取られて返事もできない私を不安げな
瞳で見つめて言いましたよね? 『……断るのか?』って」

「……う」

「あなたとの生活はとっても大変でしたよ。あなたは中々言うことを聞いて下さらないし、
やることなすこと子供のようで随分と手を焼かされましたけど……それさえもとっても楽しかったです。
子供のように純真なあなたといるととっても楽しかった。………そして―――――」

 ぎゅっとピートを胸に抱き、その頭に口付ける。

「この子を授かりました。こんなにも愛しいこの子をあなたとの間に授かりました」

「………ん、おかあさん」

 夢の中でも、自分のことを想ってくれてるらしい。
 とても嬉しく、愛しく思う。
 それと同時に幼い我が子に母を失う悲しみを負わせなければならないことを申し訳なく思う。

「だから……私は、『世界一のお后様』 
誰よりも愛してる世界一の王様。
何にも変えがたい愛しい王子様。
この二人を旦那様と子供に持つことができた私は『世界一のお后様』 誰がなんと言おうともです」

 それだけがたった一つの真実だと、確固たる自信を持って告げる。
 その眼光は死を目前にした者が、出来るものではない程に強いものだった。

「……目が離せぬのなら、ずっと側にいれば良いではないか!? そんなに心配なら余から目を離すな!」

「そんな無茶なことを言ってくれるところも大好きなんですけどね、でも
今度だけは少し残酷ですよ。………ピートをよろしくお願いしますね」




「――――ありがとう」










「あんたはまだまだ幼かったから、あんまり覚えてないかな」

「…………」

「それから、かな? 以前にもまして世界征服やらなんやらを言い出したのは…………
あんたにはコンプレックスかも知んないけど
それも嫁さんへの一途な想いの表れと考えてやれば、可愛いもんさね。ただ
あんたの親父は頭のほうはあんまり良くないみたいだから、
いつのまにか視野が狭くなって暴走しちまうのさ。この間みたいにね」

 こんな風にね、と両手を目線の高さに上げ視界を狭める。

「……買い被りすぎじゃないですか?」


「まあね、だから『考えてやれば』って言ったろ? それに島のみんなも大抵の事情は知ってるから
本気では怒んないのさ。それと、憎めない奴なんだよね。もともと」

 得な奴だよ全く、と苦笑する。

「国境や貧富の差にかかわらず人の為に働きたいんだろ? 立派だよ。大きな目標だよ。
だけど、あんたもブラドーと一緒で父親のことになるとこ〜んななってんじゃない? ん?」

 再び自分の視界を狭めた両手を、そのままピートの目線にスライドさせる。
 目をパチクリさせて呆気に取られているピートを尻目に、私はもう寝るよ、と
肩をポンと叩いて寝室へ向かう。

「………」

そこには暫くの間、何かを考え込むピートの姿があった。




 翌日、ここブラドー城では久方ぶりの父子の対面がなされていた。
 もっともTV番組でよくある企画などとは別物であり、感動の再開などとは全く縁がない類のもので
当然二人の間にながれる雰囲気はピリピリとしたものであった。
 そんな中、先制パンチを放ったのは父親のブラドーだった。

「この馬鹿息子が。よくものこのこと、余の前に出て来れたものだ」

「うるさい、このボケ親父。そっちこそ少しは時代に追いついたのか?」

「「……………」」

 次に口火を切ったのはアウェイに乗り込んできたピートであった。

「あれ以降、島のみんなに迷惑をかけてないだろうな?」

「大きなお世話だ。お前こそ、ちょっと島の外で生活してるかといっていい気になってるのではないだろうな?」

「それこそ、大きなお世話だ。そっちこそ、いつまでも島に閉じこもってないで時代に追いつく努力をしろ」

「「…………」」









ドゴ〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!









「何やってんだか、あの二人は………」

 ふもとの村、ジーナは自室の窓から山頂を見上げていた。
 そこにあるのは揺れる古城。
 どうやら全くの予想通りの展開が繰り広げられているらしい。
 期待通りな二人に苦笑するしかない。

「まあ、気が済むまでやんなよ。親子喧嘩をさ―――」

 普段滅多なことでは余裕を崩さないピートも、実の父であるブラドーの前では容易にそのスタイルを崩壊させ、
ムキになってしまうところがある。
 恐らくピートにそのことを言えば、心外だと否定することは必死だろう。
 要するに全く似てないようで、その実似たもの同士なのだ、とジーナは思う。
 これがきっかけであの親子に何かしらの変化があるとことは間違いなかった。
 そう結論付けて、ジーナは島中に響き渡るBGMに耳を傾けることにした。




 最終ラウンドまでもつれ込んだ末のダブルノックアウト、この場に最も相応しい言葉である。
 荒れ果てた一室――――壁が破壊されたことによって一室になったフロア―――
に肩で息をしている似たもの同士二人が仰向けに倒れていた。
ピートが立ち上がる。
 恐らくテンカウントはとうに過ぎているはずなので勝敗には無関係だろうが………

「逃げるのか」

「誰が……船の時間なんだ」

「………ふん」


 出口に向かう途中で立ち止まり、肩越しに指を二本立てる。


「あ〜〜そうそう、二つだけ言っておきたいことがある」

「……何だ?」


「……あなたに一つ誤らなければならないことがある。―――すまない」

「……意味がわからんな」

「今は分からないなら、それでいい。どうせ後々分かる」

「…で、もう一つは?」

「……吸血鬼の息子というだけでなく、ブラドー伯爵の息子ということを、ほんの少しだが
受け入れられたような気がする………」


「――――父さん」

「…………そう、か」

 父さんと呼ぶのも呼ばれたのもいつ以来だったか――――
 二人は親子三人で暮らしていた頃が思い出していた。
 それは愛する者たちに囲まれ、この城で過ごした日々。
 自然と穏やかな雰囲気が満ちる。





 ピートにはもう一つだけどうしても言っておかなければならことがあった。

「……それと、やっぱりもう一つだけ」

「……訊こう」




「世界征服もいいが、周りに迷惑をかけるな。あなたは、少し頭を使うということを覚えた方がいい」













 ――――――第二ラウンド開始










 もうその姿は見えなくなってしまったが、
 ジーナは今も船着場からピートを乗せた船が消えていった海を眺めていた。

「ブラドーはあんなでも、一応あんたより何百年も長い時を渡ってきたんだよ。
そんな奴とヒヨッコのあんたが張り合ったらどうなるか気付いているかい? 
ピート、あんまり父親待たせんじゃないよ。本気のブラドーを叩きのめせるくらいに――――
今よりもっと、もっと、いい男になりなよ?」

(久しぶりにブラドーの様子でも見に言ってやろうかね?)

 酒の肴はこの一週間でストック済みだった。


 揺れる船上からピートは、徐々に遠ざかる故郷を見詰める。
 その地で触れた暖かさ、それは自分の中で太くどっしりとした柱となった。
 それこそどんなときも、揺るぐことのない行動理念でありまさしく原点ともいえるもの。
 それさえ忘れなければ、大きな間違いは滅多にしないことだろうと思う。
 戻って来て良かった。
 ……それに思わぬ副産物もあった。
 父なりの事情には情状酌量の余地があった様に思う。
 それを聞きお互い向かい合ったことで、
自身の中の父親へのわだかまりが少しだけ解消できた気がする。
 もしかしたら、師は最初からこうなることを期待して帰郷を薦めたのかも知れない。
 それはあながちありえないことでもなさそうだ。
 なにせ自分の師は気遣いの人なのだから。
 今よりも更に頑張っていこう。
 そしてまた戻ってくると強く決意する。
 その為の一歩としてとり合えず、最優先で某事務所に向かわなければならないだろう。

(一筋縄ではいかないだろうけど………)


 何としても父と母の思い出の品を、返してもらわなければならないだろう。










〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


(あとがき)

 初めまして。08と申します。
 脳内ではいろいろこうだったらいいな、とか考えたことは多々ありますが、
 文章にしたのはほとんど素人です。これからも色々チャレンジしていきたいと思って
 おりますので、ご指導よろしくお願いします。


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