ザ・グレート・展開予測ショー

EXILE〜追放者〜(2)


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/ 4/10)

「……斬りやがった、だと?!」
 驚きの声を上げる雪乃丞。


 驚きの源は、霊波砲を斬られたことにはなかった。

 確かに自分の主戦力の一つである霊波砲に対しての自負はある。

 だが、霊波砲が霊波を集積し、放つものである以上、より大きな霊気に曝されれば吹き
散らされることはありえない話ではない。

 驚きの主たる源……霊波を放った左の掌からうっすらと滲む血、そして、霊気の鎧と掌
の薄皮一枚を斬り裂いた斬撃が、戦いにおいてそうそう動じない……ともすれば戦闘狂と
も言い換えることも出来る雪乃丞の精神を僅かに揺るがしていた。

 本来の間合いから3メートルは遠い位置にまで届く……なおかつ、真正面からぶつかっ
た霊波砲によって多少はその威力を減殺されたはずのその邪気による斬撃が、霊波砲に比
べて遥かに収束された霊気の塊であるはずの魔装術による鎧をいとも容易く切り裂いたと
いう事実が、雪乃丞の脇の下にじっとりとした汗を滲ませる。


 常識で考えるならば、勝ち目はあまりに薄い。

 霊波砲という飛び道具を持つものの、最も得意とする戦法は魔装術に拠った徒手空拳の
格闘術。

 神通棍や精霊石、破魔札などのような、いかなる相手にも対処出来る汎用性を捨ててこ
の二つにのみ絞り込み、己を鍛え上げてきた雪乃丞にとって、距離を取って放つことが
出来る霊波砲がさほどの効果を望めず、残る手札が『無手勝流』一枚きりである以上、長
剣本来の2メートル近い間合いに加え、斬気の切っ先による3メートル……5メートル弱
という間合いの差はあまりにも大きすぎるのだ。

 相手が雑霊や取るに足らない妖怪程度であればこの程度の間合いは問題にならない。

 だが、相手は相当格の高い魔の眷属だ。動きそのものは身軽な雪乃丞が上回るだろう
が、相手とて林木ではない。

 ましてや、この死の妖精は間違いなく幾人もの抵抗者や護衛者を斬り伏せ、指差してき
た数以上の人命を奪ったという、血に染まった『歴史』を経てここに立っているのだ。

 その中には、今の雪乃丞と同じ程度、いや、それ以上の実力を持った退魔士もいたに違いない。

 少なくとも自分一人だけならば、たかだかこの二歩程度に過ぎないはずのこの5メート
ルに満たない距離を克服することが出来ないまま成すすべなく切り刻まれ、最愛のママの
元へと旅立っていたはずだ。


 しかし、今の雪乃丞には別の手札があった。


「日本人……左に一歩下がれ!」

 下がるより先に『手札』が銃爪を引く。銃声は、ほぼ一度にまとまっているが、五つ。

「銀の銃弾に……刻印と祝福も付加している。当たったら、お前の魔装術でもただではす
まないはずだ」


 娘を護りたい、その一心で依頼人の妻が法王庁に縋った結果、派遣されたという武装執
行官……“隼”こと、エンツォ=ファルコーニ……雪乃丞とは対照的に飛び道具を基本戦
法とするこの銀髪のイタリア人が、雪乃丞の言うところの『別の手札』であった。


 一発の銀の弾丸が一鬢の差で右耳の脇を行き過ぎる。

 横一文字に薙ぎ払われた長剣が翻り、もとの軌道を描くかのように引き戻される。

 渦巻く妖気が雪乃丞とファルコーニの顔を叩く。

 白煙が二つ上がっていた。

 着弾した弾丸は三発……残る二発は邪気まみれの斬気によってその力を失い、融け消えていた。

 一挙動で八度振るわれるという人狼族の間に伝わると妖刀と違い、その剣閃には手がつ
けられないほどの迅さは無いが、邪気に強いはずの銀を直接刀身に触れずとも溶解させる
だけの膨大な妖気を持ち、ある意味人狼族の伝説の妖刀よりも厄介なものである、と
もいえた。

 しかし、数秒前に絶技を見せた“隼”の射撃そのものに一切効果が無い訳でもなかった。

 弾頭に十字の刻印を刻まれた上、聖水を使用して祝福を与えることで破邪の特性を大き
く引き上げられていた純銀の銃弾は、本来の物理法則が働くならば硬度が違うはずの鋼鉄
の鎧に弾かれもせずに食い込み、人間ならば心臓があるべき場所と左腕をつなぐ鎖骨とを
結ぶ線上に、仄かに白い腐食の跡を残していた。

 銀髪のイタリア人が全弾を打ち尽くし、カソックの内ポケットから予備マガジンを一つ
取り出そうとしていたその瞬間、既に雪乃丞も動いていた。

 刻まれたばかりの傷を目掛けての一見不用意な突撃に、再度右の手首を翻した首無し騎
士の薙ぎ払う一撃が襲い掛かる。

 次の瞬間……長剣の一閃に捕捉されていたはずの雪乃丞の上体が、消えていた。

 低空の足刀がデュラハンの足元を襲う。

 上体を沈めて足先から相手の足元を掬う、いわゆるスライディング・タックルだ。

 無論、これで引き倒そうというつもりはまったく無い。

 むしろ小柄な方の雪乃丞にとって、この鎧姿の死神との重量差は大きく、足元を掬った
ところで体を崩せるという虫のよいことはそうそう起こるはずも無い。

 ただ、間合いを侵略するために二度は回避を試みなければならなかったこの局面におい
て、首無し騎士が牽制にすぎない銃撃に反応してしまった……いや、牽制と判っていても
霊的中枢を狙った破邪の銀弾をみすみす受ける訳にも行かず、反応せざるを得なかったこ
とにより、首無し騎士に隙が生まれた。

 無論、隙を見逃す雪乃丞ではない。危険が半分に減殺され、薙ぎ払う一撃を一度だけ躱
せばそれで充分というこの好機を成功させるための、一度きりの奇襲だった。

 右足に鉄に覆われた足先が当たる。

 左手を地面につけ、その反動と全身のバネを駆使して上体を跳ね上げる。

 5メートルの間合いは、消え去っていた。

 狙い通り、両足がしっかりと地面を噛んでいる。霊波が収まる右手を…固く握った。


「日本人……そっちは!!」

 武装執行官の声が上がる。ほぼ同時に横合いから襲い掛かる気配。

 雪乃丞の視界の右端に、首の無い馬が見えた。

 主の意思によって役に立たなくなった戦車から切り離された、左側の一頭だった。

 雪乃丞の意識が一瞬逸れたその時、デュラハンの左腕に抱え込まれた兜の目が赤い光を放つ。

「なっ?!」

 『一撃受けることも仕方ねェ!』その覚悟を決めていた雪乃丞の口から驚きの声が漏れた。

 兜の面頬が引き上げられていた。中身は無く、あるのはただ虚無を思わせる漆黒のみ。

 最早右拳は止まらなかった。吸い寄せられるように黒洞の中に収まる。

 雪乃丞の拳に集約された霊波が暴発する。だが、それほど重くないはずの雪乃丞の身体
は吹き飛ばされることなくその場に留まっていた。

 振るわれた右拳を噛み込むように兜の面頬が下り、魔装術使いの少年を捕らえていたのだ。

 『やべぇ……このままじゃ』右腕から血が吸い上げられる実感とともに、血の気が引いていく。

 首無しの軍馬の一撃は覚悟していた。だが、代償としてこの死の妖精を倒せる、と踏ん
だ上での覚悟だった。こうして逃げることもままならない状態にされてはどうしようもな
いし、なにより、魔装の鎧ですらも容易く切り裂けるあの長剣の斬撃を受けてしまう。


 脱出する方法も無いではない。

 だが、リスクは大きい。成功したところでほぼ間違いなく右腕は使えなくなるだろうし、
今使えるのが左腕一本だけとあってはそもそもの成功率も低いのだ。

 だが、やらなければ確実に……死ぬ。

 覚悟は決まった。

「日本人!……一体何を!?」言いつつ、装弾を終えると同時に銃爪を引くファルコーニ。

 立て続けに打ち出された五発の銀弾が、白銀の輝線を描いて首無し馬の四つの膝と横腹
に血の花を咲かせる。


 四肢を砕かれ、支えを失ったことで首無し馬が倒れた。

 『もし首があったなら……喰らっていたな』ギリギリで止められた突進を横目に雪乃丞
は意識を左腕一本に集中する。

 腕に絞った意識を、さらに先端に向けて絞り込む。

 魔装の鎧は、完全に消えていた。

 その代わりに左手に収まる霊気の盾が一枚。

 サイキック・ソーサー……全身の霊気を一点に集中させて生み出す、彼がライバルと認
めた男の一人が使う技だ。

『あいつなら……こうしたか?いや、そもそもあいつならこんなヘマはやらねぇか』


 霊力そのものでは彼に劣っていたはずでありながら、師匠譲り……いや、ある意味師匠
以上のデタラメな機転と想像を遥かに超える危機回避能力、そして、追い込まれたときの
桁違いの爆発力で、雪乃丞との勝負を勝ちに等しい引き分けにまで持ち込んだあの男なら、
こういった危険に身を晒すことなくこの危難を切り抜けるに違いない。


 著しい過大評価に気づくことなく生まれた感傷に浸る時間は、あまり無かった。


 右腕からは血とともに霊力も吸い上げられている。感傷に浸って機を失っていたのでは
笑い話にもならない。

 霊気による装甲が消え、より一層深く食い込んだ鉄の牙が肉に食い込み、血飛沫を上げる。

 薙ぎ払われた長剣が、逆手に持ち替えられていた。

 だが、遅い。




 ……左胸に刻まれた銃痕に向け、雪乃丞の左腕が振り下ろされた。



 『まだ、終わらねェ』確信したかのように、膝のバネを解放して右側に爆ぜる。


 デュラハンの左腕を付け根から吹き飛ばすほどの爆発ではあったが、完全に止めを刺し
たという訳ではなかった。確信通り、逆手に持ち替えられ、振り上げられていた長剣が一
秒にも満たない直前に雪乃丞のいた空間を通り過ぎ、剣先が突き立てられた床を妖気で侵食する。

 銃声が耳朶を打つ。

 五発全弾が皆中……うち、正中線上にある重要な霊的中枢を、三発の弾丸が打ち抜いていた。

 圧倒的な妖力を誇る長剣を振り上げることは、出来なかった。

 振り上げるべき右手から、不浄なる魔の眷属を浄化した証である清浄な白煙が上がる。
指三本が付け根から吹き飛ばされ、残る指が薬指と小指だけとなっては、剣を振るうこと
など出来ようはずも無い。



 残る霊力を込めた雪乃丞の霊波砲が……デュラハンの身体を貫いた。






「グラート!グラート!……」
 妻と娘を掻き抱いていた依頼人が、雪乃丞の無傷の左手を握って涙を流す。

 言葉は判らないが、悪い気はしない。

 小竜姫からの依頼で香港に行くことになった際、偽造パスを入手するために世話になっ
た地獄組からの紹介で護衛することになった『来日中のイタリア人実業家』とはいえ、や
はり人の親だ。

 いわゆる“マフィア”と呼ばれる類の人間……それも、組織の長である男が流す、本心
からのその涙に当てられ、雪乃丞はやや気恥ずかしい表情を浮かべる。


「ありがとう、と言っている」銀髪のイタリア人が、アタッシュケースから聖水を取り出
しながら言う。「答えてやったらどうだ?」
 
「あ……ああ」
 思いつきもしなかった。

 うやむやになったGS検定試験から香港での一件を経た今まで、修行を兼ねて、後ろ暗
い裏街道に位置するGSまがいの仕事ばかりをこなしてきたためか、こうして感謝される
こともなかった雪乃丞に、戸惑いにも似た……年相応の照れが浮かぶ。

「あ…あー、別に何てことはねぇよ。これも仕事だからな」
 目を逸らし、赤面する。

「まぁ、助かって何よりだ……ママを大事にしろよ」
 『これでいいのか?』という戸惑いがあるのだろうか、ぎこちない動きの左手で頭をなでる。

 一年前に死の妖精に指差され、命を狙われた娘は頷き「……グラート(ありがとう)」
とぽそりと呟くと、母親の胸元に顔を埋めた。

 言葉は通じていない。だが、確かに伝わった会話に……雪乃丞はネクタイを僅かに緩め、
顔を朱に染めてそっぽを向く。

 ……やはり照れていた。





 妖剣に聖水を振りかけ、祈りを呟いていた聖職者が、慣れない言動に明らかに動揺して
いる雪乃丞に近寄り、言った。

「傷を見せてみろ……多少の霊的治癒なら出来る」


 鉄錆がこびりついた傷口に聖水をかけ、清める。

 じゅう。
 妖気に侵された傷口が火を押し付けられたかのように熱を持つ。

 が、それも一瞬で冷えた。

「香港ではなかなかの活躍だったみたいだな。香港の基督教会連と……唐巣神父から報告
を受けている」

 突然の言葉……そして、その言葉が呼び覚ます苦い思い出に面食らう雪乃丞。

「アンタ……俺のことを?」

「いや、詳しくは知らない」ファルコーニはあっさり否定する。「とはいえ、魔装術を使
う人間自体、世界でも稀だからな。香港で原始風水盤が発動したということと、それを抑
えた人間の中に魔装術を使う日本人がいた、ということを耳にした程度だが……思ってい
たよりも若いな」
 そう続けて言うが、この男も充分若い。年のころなら二十代前半から中頃あたりだろう
か……この若さでそのような言葉を吐く辺り、聞く者によっては厭味にしか聞こえない。
「……よし、腱にも血管にも大きな損傷は無いし、瘴気による汚染も浄化出来る程度だ。
あとはこれで傷を閉じればいい」
 テーピングテープと消毒液、そして、大型のホチキスを取り出したイタリア人が言った。
「霊的治癒だけでもいいが、使った方が早く治るぞ…………………………日本人」


「……伊達雪乃丞、だ」
 思い出そうとしたものの、いとも容易く諦めたイタリア人に、疲れた口調で返した。


















 広島の洋館で、若き魔装術使いとイタリアから来た聖職者がデュラハンを倒したその頃、
関東圏内は群発地震に見舞われていた。

 不思議と霊的な場所にしか被害が無かったこともあってか、目立った混乱は無いが……
その不自然さに関東一円のGSの面々がある者は独自に、またある者はオカルトGメンや
GS協会の要請を受け、それぞれ調査を開始していた。


 そして、手の空いた一流GSを確保できない……その巡り合わせの悪さが、地震とはま
た違った意味で、村枝商事を揺るがしていた。

「……というわけなんだよ。何とかならないかね、黒崎君」
 哀願するかのように専務が言う。

 やれやれ、という内心の嘆息を表に出すことなく、黒崎……村枝商事営業企画部部長を
務める黒崎は頭を下げ、応じる。
「了解致しました」

 『相変わらず無能な男だ』思いながら、電話番号を思い出す。
 彼が今現在一応派閥に加わっている専務は、社内政治には強いが、それだけの男であった。
 有能な部下に恵まれた部長時代にはその無能さはそう目立つほどでもなかったが、最大
のライバルでもあった部下をナルニアという辺境に飛ばしたことで、いわゆる『お飾り』
だったことが明確になってしまっていたという点は皮肉以外の何者でもなかった。

 『そろそろ、切り時かも知れないな』思うが、止める。

 足を掬う材料はいくらでも揃っており、切ること自体は簡単だ。だが、タイミングが悪い。
 
 今これを切った所で、現専務の政敵であり、黒崎にとってはかつての上司でもある男が、
あと一年もすればナルニアから多大な成果を持ち帰って凱旋帰国を果たす。
 選択を誤れば、その男を敵に回さなければならなくなるのだ。

 トップへの執着も無きにしも非ずだが、今専務を追い落とし、己の政治力を駆使してそ
の後釜に座ったところで、三日天下で終わるであろうことは明白だ。

 ならば、有能な男の旗下でNo2に座るべきだ。
 王佐の才に甘んじることも悪くないし、万が一の禅譲もあり得る。少なくとも、穴の開
いた船に乗り続けるつもりは無い。

 そこまで考えた所で、携帯電話のコール音が4度目で止まった。
「もしもし、黒崎ですが……清水若頭はいらっしゃいますでしょうか?」
 電話口に出たのは黒崎が独自に裏でつながりを持つ馴染みの組、地獄組の若い衆。

『アンタか……どんな用件や?』
 電話越しに聞こえる、清水からの単刀直入な問い。

「一億用意します。これで、腕の立つGSを一人紹介していただきたい」
 シンプルな答えで返した。






「ああ、ああ……明日の朝、小倉……だな?」
 言って、公衆電話の受話器を置く。まるで身代金の受け渡しのようなシンプルな会話で
仲介人との電話を終えた雪乃丞は、済まなそうにファルコーニに向き直る。

「急で悪いが、仕事が入っちまってな……アンタの道案内は出来そうにねェな」
 東京までの新幹線代を持つ、ということで、成田までの道案内を頼まれていた雪乃丞が
頭を下げる。

 だが、それに対しての鋭い眼光を持つ銀髪のイタリア人の答えは意外なものだった。
「ああ……そのことだが、良ければ私も手を貸させて貰えないか?」

 意外な答えに一瞬呑まれ、ようやくその意識を戻した黒髪の魔装術使いが尋ねる。
「俺は別にいいけど……何でだ?」

「飛行機に乗ろうにも、地震の影響で飛ぶかどうかは判らない」一旦言葉を切り、力強く
言い切る。「それに何より、一人で空港に辿り着く自信が無くてな」

 力強かろうと……その理由はあまりに情けなかった。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa