ザ・グレート・展開予測ショー

美神SOS!(11)


投稿者名:竹
投稿日時:(05/ 4/ 7)

 父が死んだのは、私がまだ何も分からない子供だった頃の話だった。
 それから母は、女手一つで私を育ててくれた。力がものを言う魔界、力無き者は幾ら踏み躙られても文句を言えない。奪われ尽くされ、犯し尽くされ、殺され尽くされても、それが条理。
 そもそもが上級風魔だった父に力尽くで妻とされた母だ、自分一人が生きていくのさえ、本来ならば大変な苦労だったろう。ましてや、足手纏いにしかならない弱者を――子供を養い育てていくなど。
 けれど私は、母の生前そこまで苦痛を味わった覚えは無い。私のような立場の者であれば、普通はもっと苦労をしている筈なのだが、貧しいながらも私は母と二人のその生活に、不満を抱いた事は無い。それを実現した、母の苦労が偲ばれる。
 私は、己の境遇を呪った事など、一度とて無かった。
 そう、母が死んだあの時までは――。


 母が死んだのは、いつの事だったか。実を言うと、正確には覚えていない。もう大分前の事だったような気もするし、ついこの間の事だったようにも思える。
 どのような死に様だったのかも、あまり覚えていない。ただ、非常な怒りと憎しみとが、猛烈な勢いで心を満たしていったのだけは覚えている。
 母は――あの美しく、聡明だった優しい母は、野盗に襲われ殺されてしまったのだ。
 一応のところ統一政府が存在し、社会として機能しているとは言え、魔界ではインフラが充分に整備されているとは言い難い。強者の法は、弱者に厳しい。ひっそりと底辺の片隅で暮らすしかない、力無き者には。
 だから、盗賊などと言う生業が成立しているのであり、そんな事を日々行っている連中は、朱も交われば何とやら揃いも揃って野卑で粗暴だ。
 そんな輩に襲われた美しい容姿を持つ母が、どのような目に遭って死んでいったかは、想像に難くない。推測するまでも無いだろう。と言うか、私はその現場を見ている筈なのだが、前述の通りそこの記憶はかなり曖昧になってしまっている。強いショックによる記憶障害なのか、それは余程おぞましい光景だったのだろう。
 ――そしてそれが、私が風魔として覚醒する切っ掛けとなった。


 気付いた時には、私は血の海の真ん中に立っていた。
 周りには、全身を切り刻まれ、どす黒い血を垂れ流す野盗達の死体。
 父より受け継いだ上級風魔の血が、今まで顕現する事の無かった才能が、怒りによって引き出されたらしい。返り血に濡れた私の顔は、いつしか笑みを形作っていた。
 私は、大声を上げて笑った……――






「はーい、そろそろ起きて、こっちに戻ってくるワケ」
「……」
 六道本家邸、中庭。
 先程フミと横島に敗れたサクヤが、ロープで縛られてエミらに詰問されていた。
「もう一度聞くわよ? 令子の馬鹿がどこに居るのか、それを教えて欲しいワケ」
 腕組みをしたエミが、サクヤを見下ろして言う。
「……」
 気まずげに目を逸らしたサクヤは、ややあって渋々と言う感じで口を開いた。
「……冗談じゃない。ボスや仲間達を売るなんて、そんな真似が出来る訳ないです」
 自分を取り囲む、エミや横島や冥子に対し、サクヤは弱々しい口調ながらも、しかしはっきりと要求の拒絶を口にした。
「ふぅ〜ん、そう……」
「ぅ……」
 それを聞いたエミの瞳が、妖しく細められる。それを受けて、サクヤが嫌そうに身動ぎした。
「それじゃあ、仕方無いワケ。言いたくなるようにするまでよ。……冥子!」
「は〜〜い。ハイラちゃん〜〜」
「メェ〜」
 エミに振られた冥子の指示で、未の式神・ハイラ(冥子が影の中に従えている、十二神将の一柱)がサクヤの頭の上に乗っかった。
「その子に、悪夢を見せてあげて〜〜」
「メェ〜!」
 冥子の号令一下、ハイラが神通力を発する。サクヤを強制的に眠りにつかせ、彼女の脳に悪夢を見させるのだ。
「いっ、いやぁ〜〜〜〜〜っ!」
 ニニギから授かった『絶対防御』の能力のお陰で直接的な攻撃には殆ど無敵を誇るサクヤだが、反面その幼い感情は精神的な攻撃に弱い。ハイラの催眠術にあっさり陥落するのも、悪夢を見させられ寝言で悲鳴を上げるのもその現われと言える。
「何か……、やってる事が殆どナイトメアじゃないすか。ハイラって、ただの毛玉じゃ無かったんすね」
「夢の中に入れるだけの能力なんて、夢魔を祓うとき以外に何の役にも立たないじゃないの〜〜。横島くん、私の十二神将を侮ったら駄目よ〜〜」
「はあ……」
 誇らしげに胸を張る冥子に、横島は少しばかり畏怖を感じた。と言うか、それが出来るなら、先程サクヤを眠らせるのに貴重な文珠を消費した俺の立場は一体……。
 目を前に向けてみると、サクヤが悪夢に魘されている。
「……」
「?」
「……はッ!」
「どうしたの、横島くん〜〜」
「ちっ、違うんです、冥子さん! 縛られた中学生(見た目そのくらい)が身悶えするのを見て、興奮してた訳じゃないんですっ! 俺はそんな、アブノーマルな趣味の人間じゃないんだぁぁ〜〜!」
「……? よく分からないけど、大変そうね〜〜」
 近くの木にヘッドパットをかまして、邪念を振り払おうとする横島。いつもの光景と言えばそうだが、最近はシロの意外に積極的なアプローチを受けている事もあって、ちょっと本格的にやばいのだ。基本的に子供好きな彼は、そんな自分が許せない。涙も出ようと言うものである。
「う、う〜ん……」
 そんな事をしている内に、サクヤが目を覚ました。
「どう? 教えてくれる気になったワケ」
「だ、誰が……! ボスは、母を亡くし自分の力を制御できずに苦しんでいた浮浪児の私を拾って、保護して新しい力までくれたんです。そんなボスを裏切るなど、ましてや仲間を売るなんて、そんな事できな――」
「あら、そう。じゃあ、次はどうしてあげようかしらね、冥子」
 悪夢に眼を潤ませながらも頑として口を割らないサクヤに対し、しかしエミと冥子はまだまだ余裕を持っていた。
「う〜〜ん、冥子、そう言うのはよく分からないの〜〜。エミちゃん、どうすればいいか分かる〜〜?」
「そうねー、アジラの魔眼で石にするとか、それとも、クビラの霊視で恥ずかしい過去覗くとか……。あ、そうだ、マコラを彼女に変身させて、ストリップショーって言うのも――」
「うわあぁあ!」
 並べ立てられる恐怖の選択肢に、サクヤが叫んだ。
「ちょっ、本気じゃないですよね!?」
「さあ、どうかしら。ねぇ、冥子?」
「やっ、止めて下さい〜〜!」
「それじゃあ、令子ちゃんの居場所を教えて欲しいの〜〜」
「そ、それは……」
「マコラちゃん〜〜!」
「わ、分かりました! 言いますからっ」
 そうして遂にサクヤを陥落せしめた二人を見て、何だかんだいってもやっぱり仲がいいなと横島は思った。間に美神を入れた故の事だとしても。腐れ縁でもそれが解けないと言う事は、互いに何かしら思うところがあるのだろう。……まあ、この場合、冥子の方は推測するまでもないが。
「《アマテラス》……美神令子さんは、今、ボスの居城に――我々のアジトに居ます」
「それは、どこにあるワケ?」
「魔界の隅っこの方です……。我々の所業は反政府活動紛いだったりしますから、あまり目立つ事も出来ませんので」
「ふぅん、そう……」
 その回答に、エミが顎に手をやる。
「魔界、か……。ちょっと厄介かもね。それで、おたくの仲間ってのは、他にどんなのが何人いるワケ?」
「そ、そんなの、言えません……」
「冥子ー、マコラを――」
「ちょ……っ」
 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。敵の情報を得ようと脅迫を続けるエミに、流石に見かねた横島が割って入った。
「ま、まあまあ、その辺にしときましょーよ」
「って、おたくの事じゃないの」
「それはそうですけど……」
 そう、横島自身もサクヤ達に狙われている以上、これは人事では全然なく、敵の情報は直接自分の身の安全に関わる事なのだが、女の子が拷問を受けるのを黙って観察するのには、横島は肝が小さかった。
「お、《オオクニヌシ》さん〜〜! ありがとうございますっ」
「え、ど、どういたしまして? って、俺の名前はオオクニヌシじゃないってば」
 涙を流して、横島に感謝するサクヤ。彼女には、拷問をやめるよう便宜を図ってくれた横島が、天使のようにも見えた(と言うような比喩が、魔族にとって適当であるかは兎も角)。
「でもさ、そう言う訳だから、俺達は美神さんを助けたいんだ。そのアジトとか言うとこまで、案内して欲しいんだけど」
「で、でもそんな……」
「別に、裏切って連中と戦えなんて言わないからさ〜。お願い! 捕まっちゃったんだから、それくらい仕方無いって。ね? きっと、サクヤちゃんのお仲間も、止むを得なかったって分かってくれるって」
「え、う、う〜ん……」
 師匠譲りの詭弁を弄する横島を前に、縛られたまま考え込むサクヤ。流石に横島、子供の扱いには長けている。
 サクヤがあまりにも呆気無く横島に協力的になりそうなのは、矢張りその前にいきなり強烈な拷問を受けた故か。飴と鞭、エミの意図がそこにあったかどうかは分からないが。
「はっ……、相変わらず人外を誑かすのは上手いワケ」
 エミは、苦笑しながら言い捨てた。




「どう、ドクターカオス〜〜。フミさんは、大丈夫そうなんですか〜〜?」
 可愛らしく首を傾げて、冥子が問う。
「うむ、これは凄い! 全く霊脳技術に拠らない完全自律型機械人形とは、矢張り日本の技術力は侮れぬの、マリア」
「イエス、ドクター・カオス」
 問われたドクターカオスは、相変わらず人の話を聞いていないのか、的外れな返答を返した。その傍らにはいつも通り、彼の最高傑作であるアンドロイドのマリアが影のように付き従っている。
 ヨーロッパの魔王と呼ばれた、不世出の天才錬金術師。不老不死となり千年の時を生きた男、ドクターカオス(最近は、痴呆気味)。そして、人工霊魂で脳波に見立てた電気の流れを操る事によって、完全な自律を実現させた人造人間M‐666『マリア』。
 たまたま所用(冥子の母に、パトロンになってやるから技術を寄越せと言われていた)で六道邸を訪れていた彼らは、サクヤとの戦いでショートを起こしたフミの修理に駆り出されたのだった。
「フミさん〜〜、早く元気になってね〜〜」
 火花を散らすカオスの手元を見ながら心配そうに眉根を寄せる冥子に、いつの間にかやってきた他の使用人が声を掛けた。
「あの、冥子お嬢様……。お嬢様に、お客様がお出でなられておりますが……」
「え〜〜、どなた〜〜?」
「さあ……、ただ、会えば分かると仰っておられますが」
 予期せぬ来客に、疑問符を浮かべる冥子。
「エミちゃん、横島君、何か知ってる〜〜?」
「知らないわよ」
 と言っている内に、その来客がやってきた。
 ……大勢だ。
「あれ〜〜? 貴方達は〜〜」


「横島さん!」
「先生、ご無事で!」
「馬鹿みたいに広いわねー、この家。ほんと人間て、こう言う何の役にも立たないものを作る発想だけは凄いわね」
「何だ、横島。生きてやがんじゃねーか。ま、おめーがそう簡単にくたばるたぁ思ってなかったけどよ」
「そうでなきゃ困るさ、このあたしを殺してくれた男なんだから」
「はぁ〜い、久しぶりね、皆さん」
「あ、ほら、あの縛られてる子でしょう? ピンクの髪の子供って」


「なっ!?」
 都合、八名。どう言うメンバーかよく分からない団体様に、横島達は混乱をきたした。
「おキヌちゃん、シロタマ、メドーサに雪之丞に魔鈴さん、それにえ〜っと……」
「鎌田勘九郎よ!」
「て言うか、この馬鹿犬と一緒くたにしないでって、いつも言ってるでしょ!」
「そ、そうそう勘九郎だ、勘九郎。それでお前達、どうしてこんなとこに? てか、このメンバーは一体、何」
 その横島の問い掛けに、まず答えたのはメドーサだった。
「あたしゃ、あんたらを追ってきたに決まってるだろうさ。こいつらとは、その途中で遇ったんだよ。やっぱりお前達を探してるって言うから、ついでに案内してもらったのさ」
 メドーサは、そう言っておキヌちゃんを指す。それを受けておキヌちゃんの方に顔を向けた横島に、おキヌちゃんが説明する。
「シロちゃんとタマモちゃんに、横島さんの臭いを辿ってもらってここまで来たんです。私も、横島さんや美神さんの助けになりたいんです!」
「おキヌちゃん……」
 いつに無く真剣な――いや、彼女は常にどんな時も真剣だが、しかしここまで鬼気迫ったおキヌちゃんは横島も殆ど目にした事が無い。こう言う時のおキヌちゃんは梃子でも動かない事を、横島はよく知っている。
「拙者も、及ばずながら先生のお力になりとうござるよ!」
「よく分からないけど、美神さんを助けに行くんでしょ? なら、私にも一枚噛ませなさいよ。美神さんや横島には恩も借りもあるし、このまま放っとくなんて出来ないからね」
 シロが意気込んで、タマモは少し恥ずかしそうに、二人ともがそう言った。
「シロ、タマモ……」
 そこで、横島は漸く気付いた。彼女達は、自分を助けてくれるつもりなのだと。美神を助けるのに、協力してくれるつもりなのだと。
 共に美神の下で働く事務所の仲間だ、勿論そのつもりではあったが、同時に女の子をそんな危ない目に遭わすのに躊躇していた部分もあった。彼女らの実力はよく知っているが、相手はあのグラサンやサクヤのような途轍も無い力を持つ化け物どもなのだから。
 だが、これで踏ん切りがついた。矢張り、一緒に行ってもらおう。彼女らにとっても、美神は大切な存在なのだから。
「水臭ぇぜ、横島。こんな面白そうな喧嘩に、どうして俺を呼ばねぇ」
「アタシも協力してあげようかしらね……、メドーサ様の仰せとあらば」
「ええと……、じゃあ、私も。何かよく分かりませんけど、乗り掛かった船ですし」
 聞いてもいないのに、雪之丞・勘九郎・魔鈴の三人も、決意表明をしてくれる。メドーサやおキヌちゃん達から、事情を聞いたのだろうか。普段の仕事が常に命懸けのゴーストスイーパーにおいては、自分だけでは手に負えない仕事に協力してくれるような同業者間の横の繋がりが重要だとは言え、相も変わらず付き合いのいい連中である。
「ふむ、面白そうな話だの。よし、マリア。ここは儂に任せて、お前も付いてやってやれ。美神令子を攫った連中の、“目的”とやらも気になるでな」
「イエス、ドクター・カオス」
「ま、頭数は多いに越した事はないワケ」
「令子ちゃん、今いくわ〜〜。待っててね〜〜」
 マリア、エミ、そして冥子。彼女達も、無論ともに来てくれるようだ。
 これも、美神の人望か。天井天下唯我独尊な業突く張りだが、悪い人間ではないのは少し彼女を知った者には分かるのである。


「こ、こんなに味方が居るんだったら、戦わなくても済むかな?」
「何言ってるんですか、横島さぁん!」
 総勢十一名プラス捕虜一名。美神を助けるべく、彼らは魔界へと向かった。






「正気か、貴殿ら。ここから先は魔界、人の身では生きて帰れるか分からんぞ」
「あー、何とかなるだろ」
「……相変わらずいい加減な男だな、お前は」
 人狼の里のある山の、更に奥地。人間どころか妖怪すら滅多に立ち入らない、深い深い森の奥。
 霧の煙るこの森は、神聖過ぎるが故に時空の歪んだ魔界への入り口。東京の六道邸を発って数時間、横島達は魔界へ入るべくこの森までやってきた。
「ここを過ぎたら、後戻りは出来ないよ。覚悟はいいかい、横島」
 メドーサが、揶揄するように横島に言う。
「お、おう……! だ、大丈夫、いっちょやるかぁー、ま、前向きに……」
「……思いっ切り震えてんじゃないか、情けない男だね」
「だってよぉ〜」
「ったく、しっかりしなよ!」
 ここまで来ていつも通り腰の引けている横島に、メドーサが背中を叩いて渇を入れた。
「……怖いなら、無理して魔界まで行かなくてもいいと思いますけど。どの道、徒労に終わるのですから、わざわざ死にに行く事もないですよ」
「う〜、いや、でも。ここで助けに行かないと、後で美神さんが煩いし」
「助けに行かなければ、後でなんて無いと思いますよ?」
 その様子を見たサクヤがアジト襲撃を思い止まらすように言ってみるが、流石に横島もそこまで腑抜けではない。戦わなければならない時は、本能的に分かっている。行動基準を、それに頼り過ぎるのが困りものだが。
「ふう……」
 ままならない現状に、思わず溜息をつくサクヤ。
 獲物であった筈の人間に捕らえられ、仲間達のアジトへの道案内をさせられている。横島に美神奪還を諦めさせようとしたのは、仲間達を裏切るような行動をこれ以上したくないと言うのもあるが、横島に情が移り始めているのも否定できない。
母を失ってから、情に薄い生活をしてきた為か、彼女は他人との付き合いに必要以上に感情移入してしまう癖がある。そんな多感なところを、ニニギに利用されていると言う側面もあったりするのだが。
「女に気合を入れてもらわねばならぬとは、嘆かわしい事よな。と言うか、何だ、この面子は。男女比が滅茶苦茶ではないか」
 と、そんな彼らの遣り取りを見て、この森に住まう天狗が苦言を漏らす。横島に好印象を持っていないのだから、口調も自然と刺々しくなる。
「るっせーよ」
「時代は変わったと言う事か。最早、戦いは男だけのものではないのかな」
「何を、訳の分からない事をほざいてんだ……。お前、やっぱり女好きだろ」
「ふん……」
 修行一本の天狗が、口喧嘩で横島に勝てる訳が無い。ばつ悪そうに口篭もると、天狗は懐から何やら小瓶を取り出した。
「餞別だ、持っていけ。人間には大して効かぬが、無いよりはましだろう」
「え?」
 天狗から横島に投げ渡されたそれは、天狗特製の霊薬『倍櫓』だった。
「……サンキュ」
「武運を」
 天狗に礼と別れを告げ、横島達は森の奥――魔界へと足を踏み入れた。









「……あそこです」
 魔界へ入って、如何程の時が経ったか。
サクヤの指差す先、横島達の行く手に、巨大な城が姿を現した。
「あそこに、美神さんが居るのか」
 横島が、既に拘束を解かれたサクヤに問う。
「はい、それと――」
 そこまで言って、サクヤは何かに気付いたかのように口を止めた。と同時に、横島達の前に上空から五つの影が降ってきた。
「な……!?」
 驚く横島達に、現れた五つの影のうち中央の人物が口を開く。
「……案内ご苦労だった、サクヤ。ここから先は、私に任せてもらおう」
「サルタヒコさん!」
 中央の男――サルタヒコは、サクヤに声を掛けると横島に向き直って言った。
「《オオクニヌシ》――横島忠夫よ。ボスがお待ちだ、ご同行願おうか」
 言うが早いが、瞬時にサルタヒコの姿が掻き消える。次の瞬間、サルタヒコは横島の眼前にまで接近していた。

ガイィィン……!

 金属音が、辺りに鳴り響く。
 サルタヒコと横島の間に身体を割り込ませ、サルタヒコの脇差しを愛用の刺股で受け止めたのは、横島の後方に居たメドーサだった。
「はい、そうですかって訳にはいかないね。横島は渡さないよ」
「……貴様、魔族か? 何故、そんな人間の男を庇い立てする」
 展開についていけない横島達を尻目に、メドーサとサルタヒコは至近距離で挑発し合う。
「なぁに、単に仕事だと言うだけだ。ただ、あたしは仕事に命懸けてるからね。断じて、手を抜くつもりは無いよ……!」
 そう言い放つと、メドーサは魔力を噴射してサルタヒコを突き飛ばした。
「ちっ……、私の『空跳瞬歩』についてくるとは……!」
「はっ! ガキの使いじゃあるまいし、超加速くらい使えないと思ってるのかい」
 以前に美神に言われたセリフをそっくりそのまま引用しながら、メドーサは更に踏み込んでサルタヒコに追撃を加える。超加速の勢いに乗った攻撃は、尋常でなく重い。
「くっ……!」
 メドーサと同じく超加速の術を持つサルタヒコには、それは反応できないスピードではなかったが、勢いの付いたその攻撃のパワーは、女の細腕によるものとは言え、かなりのものだった。
「横島さん、今の内にお城へ――!」
「あ、そ、そうだね!」
 おキヌちゃんに促された横島が、メドーサとサルタヒコの脇をすり抜け、城へと向かおうとする。
「ぬうっ、待て!」
 サルタヒコは慌てて制止しようとするが、メドーサと現在進行形で刃を合わせている最中に、余所見は出来ない。
「お前達!」
 切羽詰ったサルタヒコは、城から連れて来た復活怪人達に号令を掛けた。オモヒカネに洗脳された四鬼の復活怪人は、横島目掛けて襲い掛かる。
「うわっ!」
 だが、それは横島に届く直前、飛んで来た霊波砲によって阻まれた。
「おら、横島! ここは俺らに任せて、とっとと旦那を迎えに行ってやりなッ」
「雪之丞!」
 その強力な霊波砲を撃ち出したのは、早くも魔装術を纏っていた雪之丞。他の面々も、既に臨戦態勢に入っている。
「先生、御身大切に!」
「レッツ・ゴー、横島・さん」
「横島君〜〜、令子ちゃんを宜しくね〜〜」
「ここまできて尻込むんじゃないよ、気張って行くワケ!」
「まさか、貴方達と手を組んで戦う日が来るとは、思わなかったわね」
「横島さん、頑張って下さいね!」
 霊波刀で、ロケットアームで、十二神将で、霊体撃滅波で、霊波砲で、攻撃魔法で――各々の手段で復活怪人達の動きを牽制しながら、仲間達は場内へと向かう横島を激励してくれた。
「ありがとう!」
 自然と、お礼が口を突いて出た。どちらかと言うと捻くれ者の横島は、普段お礼などあまり素直に口にしないのだが(それどころか、逆恨みと責任転嫁の達人である)。
 横島は、案内役のサクヤを小脇に抱えると、一直線に城門へと走っていった。
「おキヌちゃん! 横島の側を、離れるんじゃないわよ!」
「うん! ありがとう、タマモちゃん」
 一拍遅れて、おキヌちゃんも走り出す。強い決意を秘めて。
 タマモが復活怪人達に狐火を展開して切り開いた道を、おキヌちゃんは走り抜けた。今日の彼女は、Gパンに髪は動き易いポニーテール。やる気だ。
「おのれ……!」
 サルタヒコが歯噛みする。城にはまだ四人の仲間達が居るとは言え、自分が守備する、この城門を突破された事には変わりない。失態だ。尤も、ニニギにしてみれば予定通りなのかも知れないが。
「ほら、余所見してる暇は無いよっ!」
 と、こちらは本来の目的を忘れてしまったのか、それともこれも任務の一環なのか、メドーサである。まあ、ここでサルタヒコを見逃せば横島を追撃するだろうから、彼と戦う事も“横島を護る”であるには違いない。
 そのメドーサの攻撃を、サルタヒコは渾身の力で弾き飛ばす。
「へぇ……、少しはやるじゃないか」
 メドーサの口元が、少し綻ぶ。
「くそ……、嘗めるのも大概にしておけよ、貴様ら……! 全員、ここより生きては返さぬぞ!」


 冥子、マリア、エミ、メドーサ、勘九郎、雪之丞、シロ、魔鈴、タマモ。以上、GSチーム。
 対するは、サルタヒコ、そして、復活怪人ブラドー、雪女、ヌル、デミアン。
 壮絶な戦いが、今、幕を上げた――






「ふん、始まったか……」
 その頃、タケミカヅチは城内の廊下で表の喧騒を察知していた。
「矢張り来たようだな、《オオクニヌシ》」
 相手は、あのアシュタロス討伐において格別の功績を上げたとされる“文珠使い”横島忠夫である。彼との戦いを望み、筋金入りのバトルマニアであるタケミカヅチの胸は、盛大に高鳴っていた。
「あの姑息なサルタヒコなどに、殺されてはくれるなよ……?」
 待ちきれないとでも言うように呟いたタケミカヅチは、背後に微かな衣擦れの音を感知した。
「? 魔力を感じない――」
 魔力を遮断しているのだろうか、でも何故? 今この城の中に居るのは、自分を除けばボスと二人の仲間だけの筈。自分の背後で気配を絶つ理由など無い。
「……?」
 不振に思って振り向いたタケミカヅチの目に映ったのは、全く予期せぬ人物だった。
「なっ……、貴様は!」
「ちっ、やっぱり見つかっちゃったか。止むを得ないわねッ」
 “その人物”は、タケミカヅチに見付からないように身を潜めようとしていたらしい。だが、疲労した身体ではそれもままならならず、敢え無く発見されてしまった――と言う事らしい。
「《アマテラス》!? 貴様、どうしてこんなところに! いつの間に研究所の水槽から抜け出したのだ」
「ゴーストスイーパーは、度胸が大事なの。クスリとキカイで私を眠らせておいたつもりでしょうけど、あんなのは気合と根性で何とかなるものよ」
 “その人物”とは――


「ったく、よくもやってくれたわね。この私に喧嘩売った奴は、神でも悪魔でもただじゃ済ましてやらないんだから」
 研究室のシーツとカーテンを下着代わりに巻き、オモヒカネの予備の白衣に身を包んだ――
「あんた達、纏めて極楽にいかせてあげるわ!」
 美神令子。






 そして、更に同じ頃。
 辛くも城門を突破した横島とおキヌちゃんは、城内を疾走していた。
「大丈夫、おキヌちゃん!」
「は、はい! ぜんぜん平気ですよ、横島さん!」
 おキヌちゃんの体力を心配する横島に、おキヌちゃんは気丈に返す。矢張り、まだまだ横島には、おキヌちゃんを味噌っかす扱いしているところがあるようだ。横島が霊能力に目覚める前は、そのポジションは横島のものだったのだが。
「お、降ろして下さいよ〜〜」
 一方、そう言う横島はまだまだ余裕だ。伊達に自分の体重の何倍もの荷物を運んで、日夜除霊に出掛けてはいない。サクヤを脇に抱えたままにも関わらず、足を進める速度は少しも衰えない。
「で、次はどっち、サクヤちゃん」
「こ、この廊下の突き当たりにホールがありますから、そこを真っ直ぐ突っ切ったところにある階段を上れば、ボスがいつも居らっしゃる玉座の間です」
 サクヤの言葉を受け、静まり返った城内を更に走り続ける横島とおキヌちゃん。そして、やがて立ちはだかった例のホールの扉を、蹴り飛ばすようにして開けた。
「……!」
 横島とおキヌちゃんが、同時に息を呑む。
 観音開きの扉の向こうには、黒髪の女魔族が待っていた。横島達を睨み付け、既に臨戦態勢だ。その強大な魔力に、ホール中の大気が震えた。
「あ、ウズメさん」
 サクヤが、女の名を口にした。ウズメ――それが、今から戦う目の前の女魔族の名らしい。
 だが、横島にはそれが信じられなかった。彼女の名前は、《ウズメ》などではない。そうだ。見間違う筈も無い、あの触覚、ショートカット、あの薄い胸は――


「ルシオラ……」

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa