ザ・グレート・展開予測ショー

師弟―後編(1)―


投稿者名:臥蘭堂
投稿日時:(05/ 4/ 6)

「どう、解る?」
「んー……駄目ね。多分向こうの山の方だとは思うけど。あっちの方、今一霊波が濃すぎて解らないのよ」
「ったく……とんだ手間だわ。こうなったら、市だけじゃなくてあっちこっちからふんだくれるだけふんだくってやんないと」
「半分は自業自得じゃない」
「だから尚更腹が立つのよ!」

 東京西端部の山道を歩きながら苛立たしげに言う令子に、タマモがぼやいた。二人は、今横島が連絡を入れてきた神社に向かっていた。

 別件の除霊を終え事務所に戻った令子は、人工幽霊一号から横島の伝言を聞き、血の気が引く思いを味わった。まさかにも、そこまで深刻な霊が関わっていようとは思ってもいなかったと。
 無論、後悔するだけの彼女ではない。すぐさま思考を切り換え、横島達への応援態勢を整える事にしたのだ。地脈が通り雑霊が集まりやすいと言う現地の特質と、横島の報告から、キヌは事務所で待機、自身とタマモの二人で現地に向かう事とした。
 雑霊ごときであれば、確かにネクロマンサーの笛は有効でもあろうが、しかし、それらを統括する核となる霊が、強力かつ敵意に溢れているとなれば、話は別だからだ。戦闘力と言う点では、どうしても他のメンバーに一歩以上はおくれるキヌでは、危険の方が大きい。それ故の人選だった。

 中央道と甲州街道を交通機動隊にも目をくれず飛ばし続けた二人が山麓の町に辿り着いたのは、丁度、横島とシロが霊団の核と出くわした頃だった。
 無論、そうした状況を知らぬ二人は、とりあえず横島とシロの霊波を探りながら、最後に二人が連絡を入れてきた神社へ向かう事にした。

 結局、すでに活性化しつつあった核の影響によって、横島とシロの霊波を見つけ出す事は出来ぬまま、二人は神社に辿り着いた。用件を告げようと社務所を訪れてみれば、丁度宮司とおぼしき人物が、巫女と会話している所に出くわした。

「もしや、美神除霊事務所の方ですか?」
「はい。GSの美神令子です。こちらは、助手のタマモです」
 令子の示した免許証にちらりと目をやり、宮司は納得いったとばかりにうなずいた。
「ああ、やはり。横島さんとおっしゃる方から、お出でになられるかもと聞いていましたので」
 挨拶もそこそこに、令子は単刀直入に用件に入った。
「二人は、今何処に?」
「隣の山に向かうとおっしゃってましたな。何でも、護符で霊達を分断するとか何とか。ああ、それよりもですな。あなたにお見せしたいものがありまして」
 どこかしら呑気な空気すら持った宮司の言葉を令子は辞退しようとした。しかし。
「もしかすると、除霊のお役にたつかもしれない資料が、見つかりまして」
「資料?」
「ええ。私の曾祖父が集めたものなのですが、横島さんが見たと言う社について、それらしい記述がありまして」

 そうとなれば、令子にも否やとは言えなかった。

−−−−−

 巨狼の元から文珠による空間転移で逃れた横島とシロは、先程までいた山頂に来ていた。辺りには、まだ雑霊達も来てはいないようだったが、眼下のそこかしこでうごめいているそれらが、ここにまで辿り着くのは、時間の問題でしかなかった。
「シロ、怪我ぁないか」
「はい。拙者は大丈夫でござる。先生こそ……」

 あの巨狼――あの時は、まだその姿はとっていなかったが――に、もろに突き飛ばされている横島の方が、肉体的なダメージは大きい筈だった。しかし。

「なーに。あの程度じゃ美神さんのツッコミにも及ばん。どうって事ぁないわい」
 笑ってみせる横島に対して、シロは、力のない微笑しか浮かべられなかった。そうしたシロの様子に、つい溜め息の衝動がつきあがるのを、ばりばりと頭をかいてこらえた。

 たく。しゃーねーなあ。お前がそんなにらしくないんじゃ、俺もらしくならざるを得ねーじゃねえか。

「シロ、さっきの奴だけどな」
「……あれは、人狼でござる」
 震えるような声が、痛ましかった。
「やっぱりな。どうも、ただ狼の霊にしちゃあ、人に似た霊気だと思ったけど」
「あやつ、拙者にむかって『シノ』と言っておりました。意味は、解りかねますが」

 あるいは、「シロ」と言おうとしていたのではないかと、それが、気になって仕方がなかった。

 シノ。シロ。シノ。シロ。似ている。あるいは、もしやするとアレは、あやつは、拙者の事を知る者なのか? だとすると一体。

 しかし、その思考は、頭に置かれた横島の手の感触で断ち切られた。
「何考えてるか大体想像できるけどな。そんな訳ねえだろ。いいか、あいつは昨日今日幽霊になった訳じゃないんだ。どう見積もっても、死んでから数百年はたってるよ」
「あ……」
 ぽかんと、シロは寸時呆けたように口を開いた。横島は、その表情に苦笑をもらした。
「ったく、そーいう所は相変わらずだなあ。まあ、お前らしいっちゃあらしいけどな」が、すぐに顔は、普段とは一線を画す締まりを見せた。「なあ、シロ」
「はい」
「俺がいっちょう引っ掻き回してくるから、お前、さっきの神社に戻れ」
「は?!」

 驚いたように、あるいは、呆れたように言うシロに、横島は相好を崩してシロの頭に置いた手を押し付けるようにして撫で回した。

「いつも人の事先生せんせい呼んでるんだ。こういう時ぐらいは、言う事聞いとけや」

 頭に置かれた手が、正確には、その指の間に挟みこまれた文珠が光を放つのに気付いた時には、すでに、周囲の風景がぼやけ始めていた。

「先生! 先生! せんせ……!」

 光がほとばしり、やがて、その場には、横島ただ一人だけが残されていた。

−−−−−

 宮司に案内されて通された部屋には、古びたノートが幾冊かと、やはり、幾冊かの古文書が広げられていた。
 令子とタマモは、宮司の示す箇所に目を通した。はたして、そこには――


 昔、この地域が国司や管領等の勢力争いの舞台であった頃の事。近在の山々で威を奮う山賊がいた。山賊とは言っても、「党」を名乗るそれは、半ば以上明確な武力を備えた武士団であり、その横暴に、近隣の民は脅えるより他になかった。

 そこに、師弟二人の武芸者が現れたと言う。師は、逞しい青年、弟子は、服装こそ男であったが、実際には、少女と呼んでも構わないような娘であった。
 近隣の者に頼られた二人は、山賊討伐を買って出たと言う。
 多勢に無勢どころの話ではなかった筈だが、二人の働きは正に鬼神の如きものであり、山賊全てとは行かずとも、頭目格となれるような者は全て、二人によって誅されたと言う。烏合の衆と化した雑兵達も、ほどなく周辺の地頭達によって捕縛、あるいは討伐された。
 しかし、代償は無論の事あった。娘の方が、深い傷を負った。地頭の内の一人に館の片隅を借り、青年は娘の手当ての為にしばし逗留していた。だが。そこで、悲劇が起こった。

 ようよう娘に快復の兆しが見え始めた頃の事だった。ほとんど寝ずの番に近かったのが、災いしたのだろう、娘の意識が戻ったのに安堵した青年は、しばし、眠ってしまった。青年が目を覚ました時目にしたのは、それまで彼等に感謝し、下にも置かぬ扱いであった者達の敵意の視線と、深手を負ったが為に、人前に正体を顕わしてしまった娘の、亡骸であった。

 猛り狂った青年は、その場の皆を殴殺せんばかりに暴れたが、すでに疲労の極みにあった身ではそれもかなわず、ついには、娘の亡骸に覆い被さるような形で、討たれたのだと言う。


「私の曽祖父は、郷土史研究を趣味にしていたんですが、これは、近在の老人達から聞き取ったものをまとめたのだそうです」
「つまり、ある程度は流布していたわけですね、この話は」
 宮司の言葉に、ノートから目を離さずに令子が聞いた。その表情は、実に険しいものだった。
「これが、横島が見たって言う社に祭られていると?」
「場所などからして、そう考えて良いかと思います。実際、横島さんがご覧になられたと言う社については、記録らしいものが何も残されていないのですが……この記録によれば、二人を鎮める為に、社を建てて祭ったという説も残っていたそうです」
「それが、その社だと?」
 半ば睨みつけるような令子の視線に、やや臆しながらも、宮司は首肯した。
「曽祖父は、そう考えたようです。こちらの」言いながら、一冊の古文書を二人の方へ押しやった「地誌に僅かながら、それらしい社に関する記述があるんですが、曽祖父はそれと結びつけて考えたようで」
 ますます表情を険しくしてその書面を睨みつける令子に、タマモが聞いた。
「ミカミ、これってやっぱり……だよね」
「そうね。まあ、珍しい話じゃないわね。祟りそうな存在を祭りながら怒りを鎮めようとする……あの道真も、そうやって神にされたんだもの。けど、これは異常よ」
「う……むぅ」
 当然、宮司には何らの責任はない。しかし、記録から導き出される推論は、宮司にも反論を許さぬ空気を作り出すだけのものがあった。
「出雲大社はご存知ですよね?」流石に、令子も気を取り直したのか、軽く咳払いして話を続けた。「大国主命は、天孫降臨を受け入れる事の見返りに、壮大な社の建立を願った。そうして建てられたのが出雲大社……ただし、その建築には、疑問が幾つかあると言う説もある」
「門の柱が奇数である等ですな。しかし、それは」
「ええ、私も半分以上眉唾だと思います。確かに大和朝廷からすれば出雲朝は恐るべき相手でしたでしょうけど。その辺りについて一次資料が遺されていない以上、推測の域を出ない話だわ。けれど、これは違う。違いすぎる」

 令子は、その涼やかな眉宇が醜く歪むのにも構わず、目頭を揉んだ。

「これは、殺した相手を永遠に閉じ込め呪い続ける為の――檻よ」

−−−−−

 シロの姿が消え、転移が完了したのを確認した横島は――がっくりとその場に膝をつき、手近な幹に己の頭を幾度も叩き付けた。
「バカバカバカバカ俺のバカーーーーッ! 俺一人であんなんどーせいっちゅーんじゃーっ!! このえーかっこしーっ!!」」
 涙に鼻水、果ては耳からまで体液をほとばしらせながら、一しきり己を罵っていた。だが。途端にその肩が力なく下がり、幹に額を押し付けるような格好で動きを止め、長い、長い溜め息を漏らした。

 でもなあ。あんな顔されちゃあなあ。俺が踏ん張るより仕方ねーよなあ。

 そう横島が思うほどに、シロの様子は、痛々しいものだった。あの状態では、あの巨狼を相手に、まともに立ち回る事はかなわないだろう。そう判断したのだ。
 よろよろと立ち上がり、眼下の斜面を眺め下ろせば、霊視ゴーグルを使うまでもない程に密度を増して可視化した雑霊の群れと、それより一足早く、山頂目掛けて駆け上がってくる巨狼の姿が見えた。

 たはー。やる気まんまんでやがんの。アイツだけならともかく、周りの霊がなあ。あれを何とかせんと、幾らあいつの体削っても、霊体吸収されて復活されんのがオチだろうし。にしてもまあ――まったく、どんな怨みを抱いてるのやら。この辺りの浮遊霊やら何やら、ほとんど支配下においてるんじゃねえのか。

 相変わらずぶつくさとぼやきつつも、横島は、手元に残った幾つかの除霊道具と、六個の文珠だけでこの場を乗り切る為の策に取り掛かった。

−−−−−

 神社から横島のいる山頂まで、令子、タマモ、そしてシロの三人が、暗い山道を駆け抜けていた。
 シロが神社に転移したのは、丁度令子達が神社から出ようとしている所だった。一時の混乱はあったものの、三人は、横島の救援に駆けつける事にしたのだ。
 道々寄って来る雑霊達を蹴散らしながら、令子は、自分達の出した結論をシロに伝えた。

「やはり、アレは人狼の……」
「間違いないわね。アンタの話で決定的になったわ」
「何とか、成仏させる事は」
 出来ぬものかと問いたげなシロの言葉を、令子は、冷徹に断ち切った。
「無理ね。二人が死んでから、すでに数百年。その間、その人狼はずっとアンタ達が見た社に閉じ込められていたのよ。まともに供養されていたり、きちんと祭っていたならともかく、そんな状態で捨て置かれていた霊が、まっとうな意識を残している可能性はほぼ皆無よ」
「けどさ、ミカミ。解んないんだけど、どうして今になってそんな強い力を持ったりしたの? コイツとヨコシマが来るまでは、大した霊障も起きてなかった筈でしょう?」
「それは、拙者も疑問でござった。あの社を先生が調べた後から、急に霊達の動きも派手になりもうした。一体」
 二人の疑問に、令子はしばし沈黙していたが、意を決したように、口を開いた。
「……多分、アンタが引き金になったんだと思うわ」
「拙者が?!」
「ただでさえ希少な人狼族の女。多分、年齢的にも、あの話の中の娘と似通っていたんじゃないかしらね」
「拙者と、その娘を混同したと?」

 瞬間、シロの身に恐るべき震えが走った。もし、そうであるのならば。しかし、継がれた令子の言葉が、その言葉のもたらす違和感が、シロの思考を引き戻した。

「そう考えるのが、一番しっくり来るって事よ……かんっぺき、私のミスだわ」
「美神殿のせいでもござるまい。もし、誰が悪いと言うのなら」

 村人達であった筈だ。異形であると言うだけで、恩ある者を討った者達である筈だ。しかし、彼等にして見れば、確かに、恐るべき事ではあったのだろうと、想像も出来た。嫌な想像には、違いないのだが。

「解ってるなら、詰まらない事考えるんじゃないわよ」

 言われて、はたと気付いた。つい最前まで、全て自分のせいだと考えてはいなかったか。自分のせいで、あの人が苦境に立たされているのではないかと。自分がいたせいで、あの人はまた傷つこうとしているのではないかと。

「悪いって言うなら、山賊達もそう。臆病だった村人もそう。けど、今回の場合は、あんな所に産廃なんか捨てにいったアホ業者が一番悪いわよ。ったく……見てなさいよ、横着こいたツケから何から、全部まとめてむしり取ってやるわ!!」

 こうなった時の令子の恐ろしさを、シロとタマモは嫌と言う程知っていた。もっとも、二人にしてもその業者に対しては同情の余地など微塵も持ちあわせてはいなかったので、因果応報、と言う程度の感想しか抱けなかったが。

「ミカミ! あそこ!!」
 やがて三人の視界に、うっすらと光を放つ真四角な結界の中、狼頭人身の亡霊と対峙する横島の姿が見えた。
「先生――!!」

−−−−−

 全く、予定は未定とは良く言ったものだと、横島は泣き言の一つも言いたくなる気持ちだった。
 ありったけの札と霊的処理を施したトラップ類を仕掛け、六個ある文珠の内四個を結界用に仕掛けるまでは良かった。雑霊達と巨狼の移動速度の差が、罠を上手く機能させてくれる筈だった。しかし。
 雑霊を吸収した巨狼の敏捷性が、まず横島の予測を越えていた。その攻撃をかいくぐりながら、文珠による四方結界を完成させるのに手間を取り過ぎたのだ。
 また、雑霊達の動きも、予想以上に早かった。四方から迫るその様子に、本来なら巨狼だけを閉じ込める筈だった結界を、つい自分まで一緒に閉じ込めてしまうぐらいに。

 狭い結界の中で、巨狼の攻撃をぎりぎりで躱すと言う状況では、残された二つの文珠の使い道など限られていた。「吸」「収」と文字を込めたその二つを、噛み砕きにかかる口の中に放り込むのは、さほどの苦労ではなかった。勿論、恐ろしい事は間違いないが。

 しかし、二つの文珠を吸印札代わりにして、雑霊の大半を剥ぎ取った相手の姿が、狼から人のそれへと変じた段に至り、横島はつくづく思った。

 やんなきゃよかった。

 巨体を生かした攻撃も、確かに恐ろしかった。何しろ、横島が用意した結界は、せいぜいが数メートル四方というものでしかなく、一辺の半分近くになろうかと言う巨体を避けるには、一苦労であった。しかし、それは小回りの利かない相手にも大きな制限であった。だから、横島ならではの退避術を駆使する事で、避けきる事が出来た。
 しかし、人型となった相手の恐ろしさは、ある意味巨狼であった時以上だった。

 単純に、強いのだ。恐らくは、生前に肉体はおろか、文字どおり魂にまで刻み付ける程の鍛練を課したのだろう剣技は、理性や正常な認識と言うリミッターを失った事で、より恐るべき境地へと至ったようだった。
 例えば、相手が上段に振りかぶれば、ああ、頭を狙っているのだなと、判断は出来る。しかし、そこから振り下ろされる霊波刀――そう、それは霊波刀を使うのだ――を、避ける事が出来ない。受けるのが精一杯なのだ。あの八房のように、一度に複数の斬撃が来る訳ではない。しかし、その一つきりの斬撃は、犬飼ポチのそれすらも凌駕している。

 しかし、そうした事よりも。

 あの左手に持ってる骨。大きさからすると、子供か、さもなきゃあ――女か。ああもう、解ってるよ。それ、大事なんだろ? それが、アンタの大事なヤツなんだよな? 解ってる。解ってるさ。俺も、そういうケースにゃ何度か出くわしてるしさ。けどなあ、だからってよ。ああもう、ホントに。やりずれえなあ。結界もそうは長持ちしそうにないってのによ。

 横島の、そうした迷いはあるきっかけで、確実な隙となってしまった。すなわち。

「先生――!!」
「シロ?!」
 シロの声に、横島は振り向いた。振り向いて、しまった。そして当然、人狼の霊は、その隙を逃す筈もなかった。

 霊波刀の一閃が、横島の背を切り裂くと同時に、文珠の結界が、消失した。

―続く―

−−−−−
すいません。構成ミスにより後一本入ります。力不足。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa