ザ・グレート・展開予測ショー

EXILE〜追放者〜(1)


投稿者名:すがたけ
投稿日時:(05/ 4/ 5)

 がかっ!がかっ!がかっ!
 馬蹄の音が深夜の森に響く。

 ガラガラガラガラガラガラガガ……。
 古びた車輪の立てる、軋みの混じった音が洋館の前で止まる。

 じゃら…じゃら……ん。
 金属の擦れ合う音が、近づく。

 ごん、ごん!
 樫で出来た玄関の重厚な扉が、二度叩かれた。



「来るぞ、日本人!」
 カソリックの法衣であるカソックに身を包む銀髪の男が『日本人』に言い放ちながら、銀色に輝くベレッタの薬室をスライドさせる。

「いい加減…名前を覚えやがれ、ファルコーニ!」言いつつ、『日本人』は身に纏っていた黒いトレンチコートを脱ぎ捨てる。
 トレンチコートの下はほぼ黒一色……スーツとパンツにネクタイ……白いシャツ以外の衣服を喪服を思わせる黒に統一した男の周囲に、霊気が集まっていく。
 いや、“男”と呼ぶにはまだ若い。面差しのそこかしこに少年を思わせる若さをありありと覗かせる『日本人』の黒髪を刺々しい霊気の塊が覆い始めた。

 魔装術……体内外の霊気を収束し、全身に霊的な強化を行う攻防一体の強化術だ。
 制御は難しく、未熟であれば間違いなく……多少熟達していてもなお精神を崩壊させ、魔獣と化す危険を常に内包するため、使用者をごく限られた数にするこの強化術を使う少年は、全身を霊気の鎧で武装しながら、ファルコーニという、名前を覚えないイタリア人に向けて言った。
「伊達…雪乃丞だ!」

 扉からは白煙が上がり、扉の向こうの相手への精一杯の拒絶を示している。
 『名前を覚えない奴な割に、やる』何時結界を破られるかは判らない。扉に向けた注意を逸らすことなく、雪乃丞は玄関をはじめとしたこの館の各所に結界を施した銀髪のイタリア人を横目で見ながら、一人ごちた。
「流石に、法王庁の武装執行官“隼”……か。やるもんだ」


 ばしゃ!
 不自然な音が響く。言うなれば、水で満たした風船を思い切り壁目掛けて叩きつけたかのような、重く鈍い音。

 ごぁん……ごグん。
 二秒を置いて、分厚い樫の扉が横一文字に切り開かれた。外からの強烈な邪気の放射に、外開きの扉が無理矢理に内に向けて開かれ、扉だった樫の板が、爆発したかのような勢いで吹き飛ばされる。

 部屋の灯りにまず照らされるものは、邪気に侵食し尽くされた結界の名残というべき白煙……そして、揺れ動く白煙に見え隠れする、斧と槍との特徴を併せ持つ長物・ハルバートの不気味な銀光。

 じゃりんッ!!
 催促するかのような金属音に、ハルバートが出し抜けに動いた。
 白煙を巻いて首の無い二頭の馬…そして、古代ヨーロッパで使われていた戦車に騎乗した全身鎧の騎士が現れる。
 その右手に結界を破壊したハルバートを握り、左腕には兜に覆われた己の首を抱えた異様な騎士の姿に、二人のGSの後ろに控える『護衛対象者』が僅かに恐怖の声を漏らす。

 およそ一年前に感じた時以上の恐怖に凍りつき、気を失いそうになる護衛対象者……五歳にも満たない幼女は母親の首にしがみつき、それだけでその幼い命を奪いかねない程の恐怖を振り払おうと、力の限りに抗う。
「…パパ…マンマ!」
 か細い声と震えながらも掻き抱く気配……この二つに押され、雪乃丞が動いた。

 死を予言し、およそ一年の後に指差した相手の命を刈り取るという首無し騎士……デュラハンと呼ばれる、北欧を起源とする死を司る邪妖精を相手にした戦いが始まった。


「まず『足』を潰す…援護しろ!」
 雪乃丞の言葉に頷きながら、ファルコーニが銃爪を二度、数秒遅れてさらに二度引く。

 著しく高い突進力を持つ戦車相手にするには、広い玄関ホールという場所は一見不利な場所だ。
 だが、空を飛ぶどころか、異空間をも走破するという戦車を駆るこの邪妖精を相手取るには、この広いホールで戦わなければならなかった。

 その機動力が最大限に発揮される野外はもちろんだが、逆にごく狭い密室のような限定された場所で戦おうものなら、こちらは身動きを取りづらいまま一方的に攻撃を受けるという危険が大きすぎた。

 だが、適度に広さがあり、その上、『扉があるならば扉から入ろうとする』という習性を持つデュラハンを相手取るには、玄関という格好の入り口を持つ場所はこちらがイニシアチブを取れる数少ない場所なのだ。

 先手を取り、首無し馬の二頭のうち一頭でも倒すことが出来れば、その一頭が邪魔になり、戦車の機動力は失われる。逆に討ち漏らし、後手に回ってしまえば、首無し騎士を倒すことは出来ても、一年前に宣告された死の予言は当たることになるであろう。

 絶対に逃すことの出来ないチャンスだった。

 魔装術使いの目の前に立つ右側の一頭の胸に、二つの穴が開いた。

 どす黒い血が噴き出すより早く、追い打つかのような拳の一撃が首無し馬の胸板を突き上げる。右拳に纏わりついた圧縮された霊気が馬体を貫き、戦車を駆る鎧の胸甲を襲う。

 霊波の一撃が、デュラハンの纏うマントの留め金を引きちぎった。

 ぎぃん、ギン!
 連続する金属音……そして、戦車がバランスを崩して傾く。
 柄の部分から折れ曲がったハルバートが投げ捨てられた。

 『どんな腕してやがるんだ、こいつ』感心と驚き半分づつを覚えながら、雪乃丞は飛び退る。

 ハルバートの柄を狙っての精密な射撃で懐に飛び込んだ雪乃丞を援護した上、波状攻撃で深いダメージを負った首無し馬に跳弾で止めを刺す…かつて香港で散々見せ付けられた、顔見知りの腕利きGSらの反則じみた戦闘技術とはまた違う……『超人的』としか例えようが無い射撃技術を目の当たりにした雪乃丞は驚きに支配された意識を瞬時に切り替え、得物を投げ捨てた死の妖精目掛けて霊波砲を撃ち込む。


 霊波が両断された。


 首無し鎧の腰間から抜き放たれた長剣が銀光を放つ。




 恐らくは本来の武器なのであろう、ハルバートとは段違いの妖気を発する長剣をぶら下げ……デュラハンが役に立たなくなった戦車を降りた。

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