ザ・グレート・展開予測ショー

横島借金返済日記 5


投稿者名:純米酒
投稿日時:(05/ 4/ 1)

辺りは埃っぽく、ひび割れた壁土が時の経過を感じさせる。
歩けば軋む床板も耳障りな音を立てる扉も、かつての面影が全く感じられないくらいに寂れていた。

「ここから〜強い霊気をかんじるの〜」

クビラを頭の上にチョコンと乗っけた冥子が指をさす。確かに重々しい扉の向こうからは嫌な空気が漂ってきているのが感じ取れた。
だが、横島はもっと別なモノに怯えていた。いつ暴走するのか解らないしもべが彼女の周りを賑やかしているのだ。

今回の仕事は廃屋にいる幽霊の除霊で、GSとしてはごく普通のありふれた仕事だ。
だが、ありふれた仕事だからといって危険が無い訳ではない。
悪霊に取り付かれて命を落とす事だって充分にありえるのだ。また、命が助かったとしても除霊に成功しなければ信用は失ってしまう。
GS生命という事を考えれば、ありふれた仕事もおろそかにできないのだ。

「準備はい〜い? じゃぁ〜行きましょう〜」

なんとも気合の入らない掛け声と共にぶち破った扉をくぐる。
蝶番がバカになっていたのか、横島が押しても引いてもビクともしなかった扉は怪力を誇るビカラが破っていた。

(俺ってまだ何もしてないよなぁ〜)

今日の一件を振り返ってみる。
親玉と思われる悪霊はクビラが探し当て、引き寄せられるようにして集っていた多数の浮遊霊はバサラが根こそぎ吸引し、行く手を塞ぐ障害はビカラが排除した。

冥子の力を改めて認識する横島。GSとしての実力は決して低いわけではない。

六道家伝統の死の試練を一応成功させた後、二度と巻き込まれまいと美神とエミの二人が冥子に修行を課したのだ。
そしてその成果は一応の形になっていた。横島は見る機会がなかったものの、12体の式神を使役して結界の強化などをこなせしていたのだ。

(冥子ちゃんもやっぱりトップクラスのGSなんだなぁ……
 ヨッシャぁ!! 最後くらいは良い所見せて冥子ちゃんにも頼られるようになってやるぜ!!)

栄光の手を展開し、文珠を握り締めて意気揚々と躍り出る。

「ここは任せてください!! あんな悪霊はこのGS横島がチャッチャと倒して……」

威勢良く啖呵をきってみせるが、冥子からは何の反応も無かった。
振り返ってみると、今にも泣き出しそうな顔。

「え? ヤ、ヤバイィィ!?」

そう悟った時はすでに手遅れだ。

「き…きゃあああああああああーーっ!!」

親玉悪霊の余りのグロテスクさに緊張の糸が切れてしまった。こうなってはもう誰も止められない。

「こわいわ こわいわ こわい〜〜〜〜っ!!」

「こんなこったろーと思ったよっ!! チクショーッ!!!」

所かまわず暴れ始める式神達。普段は心霊治療に力を発揮するショウトラも、短距離の瞬間移動が能力のメキラも、変身能力で相手を惑わすマコラも、今は手当たり次第に暴力を振るっているだけだ。

新築のマンション一棟を一時間たらずで瓦礫の山にする事ができる力の暴走を、うらぶれた廃屋ごときが受け止めきれるわけは無い。

程なくして真っ平らな土地が誕生することになった。



依頼主は土建屋に廃屋解体を任せなくて済んだと大喜びだったが……




驚異的な回復力を誇る横島でも、回復力を上回るダメージを負えば怪我が治りきる事は無い。
彼は今、六道家の所有するスワン型クルーザーの屋上で、ショウトラによる治療を受けていた。

「ごめんね横島クン〜。大丈夫だった…?」

「……な、なんとか」

つい先ほどまで自分に飛び掛ってきた式神が自分の周りを取り囲み、その内の一鬼が一心不乱に傷を舐めている。
心底疲れきっていた横島の答えには力が感じられなかった。

(やっぱり冥子ちゃんと一緒の仕事はアカン! 身体は持っても神経が磨り減る!)

冥子の恐ろしさも再認識する横島。

一方、冥子はこれからわが身に降りかかるであろう事に怯えていた。

「仕事中の暴走はGSとしてだけではなく〜六道家の信用も失うというのに、貴女はまた〜〜」

怒っているのは表情で読み取れるが、声はなんだか脱力してしまいそうな響きだ。
だが、冥子はそんな声に大げさに反応し、肩をすくませて及び腰になる。

「だってお母様〜、怖かったんですもの〜」

「だってじゃありません〜!! 怖かったからと言って共同作業のGSに怪我させる様な真似をして恥かしくないのですか〜?」

「あぅぅ〜」

冥子は頭を抱えて小さくなる。

「イヤ、そんなにおっしゃらなくても……怪我もほら、この通り治りましたし」

他人の受ける説教を傍で見ているのはどうにも居心地の悪いものだ。
自分はもう大丈夫だとばかりに身体を動かしてみせ、笑顔を作ってみせる。
それでも彼女の表情が和らぐ事は無かった。

「そういう訳にも行きません〜。このままでは六道家の名に傷がついてしまいます〜」

厳しい表情のまま横島の意見を遮ると、冥子に向き直る。

「冥子〜! 今回の一件は貴女が責任をとるのよ〜」

「…で、でも〜」

「でもじゃありません〜! ごめんなさいで済むのはお友達だけなのよ〜!」

「うぅぅ〜……わかったわお母様〜」


(せ、セキニン!? 俺と冥子ちゃんはもうオトナ…ということはアレかっ!? 婿養子かなのか?
 『奥様は式神使い』かっ!!?? 逆玉の輿かぁぁぁああああ!!!)
責任という言葉に横島は色めき立つ。よからぬ想像に火が着そうになるが、

「フミさ〜ん、私のお小遣いから〜3億円位を横島クンの口座に振り込んでおいて下さいね〜」

「かしこまりました、お嬢様」

「ハイ?」

『六道忠夫』の誕生という事にはならなかった。なるはずもなかった。
視線を母親の方に向けてみるとしたり顔で頷いていて、娘の言葉に満足しているようだ。

「そうよ冥子〜きちんとお見舞いを渡さないといけないのよ〜」

六道一家は何かが大幅にズレていた。

あまりのズレっぷりに文句の一つも言いたかったが、美神やエミに「付き合えば付き合うほどすごく疲れる」と言わしめる一族相手に横島一人がどうにか出来るはずもないのだ。また、もらう事になった金額も横島に引き下がるように決断させる力が充分にあった。

(まぁいいのかな………?)





六道家を後にした横島はその足で銀行に向った。信用していないわけではないが、急に億単位の金を手にする事になり、気持ちが落ち着かないのだ。

『強盗するならやってみろ!』と書かれた扉をくぐる。あいにく印鑑も通帳も持っていなかったのでキャッシュディスペンサーでの確認となったのだが、並んだゼロの数を見るとついつい表情が緩んでしまう。

(あと7億……これなら案外なんとかなりそうかな?)

明細書とチョット贅沢な夕食の為に下ろした福沢諭吉さん数枚を片手に銀行から出ようとした時に、従業員全員による見送りなどというどこぞの社長のみたいな送り出され方をされて唖然とさせられたりもしたが、3億の預金があるからだと思うとまた表情がだらしなくなってしまうのだった。








「たかが3億で何を浮かれてるか!?」

浮かれ気分の横島に厳しい現実を突きつけたのは厄珍だった。

たまたま厄珍堂を訪れた横島が嬉しそうな表情をしていたので『スケベな企みが成功したのか?』と問いただした厄珍にありのままを答えた結果が冒頭のセリフである。

「3億ってすごくねーか? 大盛りの牛丼なら60万杯は食える計算になるぞ」

「比較の対象が大間違いアル。ちょっと待つね……」

ガラスケースに腰掛けていた厄珍が店の奥にはいっていき、何かを探している。
埃まみれのジュラルミンケースを抱えて戻ってくるのを見ると横島は露骨に顔をしかめた。厄珍の取り扱う呪術道具や除霊用品に何度も痛い目に合わされてきたので、警戒しているのだ。

埃を払い落として開いた箱の中には宝石の様なものが並べれられていた。
それは横島も良く知っている、見慣れたものだった。

「なんだ精霊石じゃねーか」

「そーアル。どんな悪霊にもダメージを与えるGSの切り札、結界の材料にもなるし、土地を清めるのにも使える万能アイテムよ」

そう言われても、横島にはいまいち精霊石のすごさが理解できずにいた。
彼は精霊石以上の万能アイテム『文珠』を造りだせるの為、仕方のないことかもしれなかった。

今一張り合いのない相手に講釈する事になった厄珍は、かるくため息をつくとケースの中から一番小さな小指の爪程の大きさの精霊石を横島の目の前に差し出す。

「ボウズ、これがいくらぐらいかわかるか?」

「…大体3千万位か?」

横島の答えを聞いて更に大きくため息をつく。

「ケタが一つ違うアルよ、コレ1個で3億はするよ」

厄珍の言葉に衝撃を隠せない横島は思わず精霊石を手に取りしげしげと眺めてしまう。

「……マジかよ? これって美神さんのイヤリングとかより小さいじゃないか……」

「そーいうことアル。令子ちゃんの身につけてるイヤリングとペンダントだけでも15億は超すアルよ」

改めてGSが常識ハズレな職業だという事を思い知らされる。

「そういえばボウズがお使いに来た時も、吸魔護符と霊体ボウガンの矢で10億位の注文だったアルな」

風呂敷包みで、しかも片手で持てる量が10億というのに衝撃を覚えていたのを思い出す。

しばらく呆然としていた横島の表情が何処か遠くを見つめたようになる。

(やっぱり美神さんってすごいんだな……)

彼女の側にいた時は気付けなかった。報酬の金額とお札の値段に頭を悩ませ、常に的確に除霊を行ってきたセンスはやはり一流といえた。
彼女が見舞われたピンチは大抵荷物持ちである自分が荷物を手放したり、無くしてしまったりという事が原因だった。

(俺もまだまだなんだなぁ……)

かぶりを振ってため息をつく。離れれば離れるほど彼女の偉大さを知らされる事となる。



精霊石をもとに戻す横島の顔に先ほどまでの浮かれた気分は無かった。



「どうアル、ボウズ? 見鬼君と神通棍、霊体ボウガンの矢を20本と、
 破魔札、吸魔護符、結界札それぞれ5枚入りお得パックの入った『新GS独立セット』を
 今なら特別に5千万で売ってもよいアルが……」

一人のGSを前に商売の話を始める厄珍。

「いや、俺は栄光の手と文珠があるから何もいらない。お札の値段が50円とかだったら無くてもいいしな」

「それもそうアルな。まぁ何かの拍子で入用になったらいつでも来るといいよ」

「あぁ、必要になったら遠慮なく買いに来るからな。その時はまけてくれるんだろう?」

「そいつはわからんアルよ。期待しないでおいた方がいいね」

お互いが軽口交じりに会話を交わす。
資格試験のときには罵詈雑言を用いて「勘違い野郎」呼ばわりされたが、これまで幾多のGSを相手に商売をしてきた厄珍に『GS』と認めてもらえたのだと思うと、自信が湧いてくるのを感じる横島だった。


(そしていつかは美神さんにも………)







「今回の除霊、何がマズかったか……解るわよね?」

「……拙者が荷物を持ったまま孤立したことでござる…」

美神の問いかけは厳しくも責めるような響きは無い。

一般的に除霊というものは道具を使って行うもだ。
見鬼くんで目的の悪霊を探しだし、神通棍や破魔札、霊体ボウガンを使用して弱らせた後、吸魔護符に封印する。
封印された悪霊は、しかるべき所でお払いを受けて成仏できるように導くか、焼却処分される事になる。

封印出来ないとなると、その場で成仏させる必要がでてくる。
説得に応じるような霊ならネクロマンサーの笛で解決できるが、
そうでない場合は力ずくでの解決しかない。悪霊がこの世に留まれなくなるまで消耗させる為に、GSの方も必要以上の出費や消耗を強いられるのだ。

「解ってるんなら、同じ失敗しないように気をつけなさいよ」

励ますような優しさに満ちた声だが、シロはしょげている。
悪霊を目の前にすると闘争本能が高ぶり、周りが見えなくなってしまうのはコレが最初だからではないのだ。

横島が居なくなってからは体力自慢のシロが荷物持ちを担当していたが、道具が必要な時に側に居なかったり荷物をほっぽりだして悪霊と立ち回ったりして、ここ数回の仕事で何度かピンチに陥っていた。

ガラにも無く落ち込んでいるシロを慰めようと、おキヌは夕食のおかずを一品追加しようと考えいたとき、ぽつりと漏れるようなシロの声が聞こえてきた。

「先生はやっぱりすごかったのでござるな。きちんと美神殿の立ち回りを理解し、おキヌ殿を守り、そして自らも除霊に参加して……
 拙者なぞ足もとにも及ばないでござるよ」

居なくなってはじめてわかる事。
横島の存在がどれだけみなの助けになっていたか。
おキヌもタマモも横島に助けられた事があるので、シロと同じ思いを抱いていた。

しかしただ一人、美神だけは声を押し殺して笑っていた。

「な、なんなのよ……気味が悪いわ」

滅多に見られない光景に、うろたえるしかなかった。美神の笑顔は大金を前にしたときよりも嬉しそうだ。

ひとしきり笑ったあと、おキヌの入れた紅茶で喉を潤す。

「ふふ……横島君の昔を思い出したらおかしくって…つい、ね♪」

美神の話によれば、横島は自分に世話を焼かせていた足手まといと言った印象の方が強かったとの事だ。

「そ、そんな……信じられないでござるよ。確かに先生は女性にだらしないかもしれないけど……」

「あーそっか、シロもタマモも知らないのか……」

美神の口から聞かされる、過去の横島の行動の数々。

犬の悪霊に怯えてあっさり降参したり、その悪霊に襲われて荷物を全部落としてしまったり。
真っ先に悪霊にやられるのはしばしば、時には敵に操られて襲い掛かってきたりと、今の横島では考えられないような情けなさだった。

美神のホラ話かと疑ってみても、おキヌは苦笑しても否定はしないのだから、たぶん真実なのだろう。

「まぁ、情けなかった頃は霊能力もなかったしね。それが今では居て欲しいよ思えるようになってるんだもの……」

窓の外を眺める美神の表情は穏やかでいつもより赤みがさしていた。夕日の所為なのかそれとも……

(コレばっかりは美神さんでも譲れません!!)
(拙者、もっと修行を積んで先生が誇れるような弟子になるでござるよ!!)
(…………なんかムカツクわ、良くわかんないけどムカツクわ!!)

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