ザ・グレート・展開予測ショー

美神SOS!(10)


投稿者名:竹
投稿日時:(05/ 3/31)

「我が兄の仇、ワルキューレ、覚悟!」
 ネイターの放った霊波砲が、ワルキューレ目掛けて飛んでいく。それは彼女を捉える事は無かったが、土や岩を巻き上げ地面に作られたクレーターは、その恐るべき破壊力と、発射したネイターの魔力の大きさを有り余る程に物語っていた。
「くそっ……!」
「話し合いは、無理なようだね!」
 向けられた敵意に、ワルキューレとベスパは臨戦態勢をとる。
 飛びすさって間合いを取り、同時にベスパが霊波砲を打ち返す。
 だが、ベスパの放った霊波砲はネイターが片腕に纏わせた魔力にねじ伏せられ、込めた魔力はネイターを傷付ける事なく霧散してしまった。
「……ち、効かないか」
 魔力と言う厳然たる判断基準が存在する魔族の世界は、人間界以上に力ある者が幅をきかす世界である。
 曲がりなりにもきちんとした社会を営み、それなりに機能させている今の魔界でもそうなのだから、反逆者でありテロリストであるアシュタロスの下に生を受けたベスパがどうなのかは、推して知るべしだ。
 ──だからと言って、素直に踏み躙られるつもりはないが。
「ふんっ!」
 再び、ネイターの霊波砲が二人を襲う。
 元々の自分の実力を遙かに超える魔力を付与された為か、力を完全には制御できていないようだ。だから霊波砲のコントロールは甘いのだが、その威力だけでも二人には充分脅威だった。
「おのれ……ッ!」
 ワルキューレが、軍から支給されたピストルを抜き、ネイターに向かって素早く二度引き金を引く。
 感嘆すべき早撃ちと狙撃精度だ。これが、ワルキューレが優秀と──同期と比べて昇進が早いと言われる理由の一つである。
 だが……
「こんなもの!」
 矢張り、ネイターには効かなかった。
「これも止められるか……」
「馬鹿な! 精霊石弾を!?」
 精霊石弾──ワルキューレのピストルに込められている銃弾は、弾頭に精霊石を埋め込んである特殊なものである。
 精霊石とは、地球上に存在する霊力が、長い年月を掛けて地中に蓄積され、集まり固形化したものである。言うなれば、簡易版文珠だ。
 凝縮された膨大な霊力エネルギーは、人の霊波を吸う事で強力な武器と化す。それは、文珠ほどとまではいかないもののかなりの汎用性を持ち、世界の霊能者が挙って欲する無敵のアイテムなのだ。
「精霊石弾をまともに受けて、平然としているなんて……」
「それだけ、奴の魔力が大きいと言う事だな」
 目眩まし、繋ぎや媒介、霊力の供給に結界の発動装置。無限の用途を持つ精霊石だが、矢張りその最大の使い道は“攻撃”だ。
 基本的に“聖”の属性を持っている精霊石は、“魔”の属性を持つものに特に大きな攻撃力を誇る。悪霊には勿論、そこら辺の野良妖怪だって、精霊石が一個あれば充分に祓う事が出来るのだ。
 とくれば……“聖”と“魔”の属性は、厳密に言えばそこまできっちりした括りがある訳ではないが、当然の事、精霊石は魔族にも大きな影響を及ぼす。
 ワルキューレに精霊石弾が支給されていたのは、彼女の主な任務が魔界の治安維持──神魔界デタントの推進に関わる仕事であるからだ。特殊部隊に所属しているからには、暗殺や諜報活動も日常的に行っている。対魔族武器である精霊石弾は、装備として必須なのだ。
 何にしても、精霊石による攻撃をまともに受けて傷一つ負わないなどと言う化け物は、そうとう高位の魔族と思って間違いない。
 ……目の前の男は、その“化け物”だった。
「どうするんだい、ワルキューレ……。このままじゃ、ジリ貧だぜ?」
 ベスパが、ワルキューレに囁く。名を呼ばれたワルキューレは、思案げな表情を浮かべ、独り言のように呟いた。
「そうだな。奴は、あの巨大な魔力を持て余しているように見えるが……」
「え?」
「他人の魔力を増やすなど、誰にでも出来るものではないだろう。魔族の身体と言うのは、そう言う事が出来ないようになっているんだよ。底上げした魔力をどこの誰に貰ったかは知らんが、相当な無理をしている筈だ。そこを突けば、或いは──」
「と言うと……、何だい?」
「せめて、近付く事が出来ればな」
 聞きようによっては、何やら恋する乙女チックなセリフだが、そう言う意味では勿論ない。
「強大な魔力と言っても、取って付けたものだ。安定していないのならば、付け入る隙はあるだろう」
「成程ね……」
 ネイターは、魔族と魔族の間に生まれた普通の魔物である。ベスパのように完全な神工魔族ではない彼に与えられた魔力は、あくまで表面に貼り付けられたものに過ぎない。やり方によれば、剥がす事も可能だろう。
「何をぶつぶつ言っている!」
 二人の小声の会話を遮るように、ネイターが叫んだ。その右手には、これまで以上に巨大な魔力の塊が鎮座していた。
「これで、終わりだ! 喰らえぇ……っ!」
「!」
 ワルキューレに霊波砲の狙いを定める、ネイターの額に脂汗が光っている。魔力を振り絞っているのか、自分の本来の出力を超えるその魔力を必死に御しようとしているのか。それとも、その両方か。
「ちいッ!」
 そして放たれた霊波砲は、寸分違わずワルキューレを目掛けて飛んでいった。

ドオォォォン……!

 轟音。
 避ける間も無くワルキューレを飲み込んだ霊波砲は、その場で爆発し、強大な魔力を撒き散らした。
 ──直撃だ。
「ふ……はははっ! やった……やったぞ!」
 爆発で起きた土煙が晴れると、そこには最早ワルキューレの姿は無かった。……跡形も無く砕け散ってしまったのだ。
「ワルキューレを殺した……ッ! 兄貴の仇を取ったんだ!」
「……」
 恍惚の表情を作り、虚空に向かって叫ぶネイター。その様を、ベスパが複雑な表情で見詰める。微妙な空気が、その場を支配した。
「は、は、ははは……っ!」
 そして、殆ど自失して高笑うネイターは、背後から自分に近付く黒い影に気付かなかった。


「愚かな……」


「!?」
 ネイターが“それ”に気付いたのは、ぎりぎりまで接近されてからだった。驚いて振り向く暇も無く、ネイターはチャクラを傷付けられ、地に倒れ伏していた。
 それから漸く襲撃者の顔を見たネイターは、更に驚く。
 それが、ワルキューレであったから。
「他人から魔力を贈与されたならば、チャクラは自分のものとは別にもう一つ存在する筈。もともと自分のものではないとすれば……至極、見付け易い」
 つまりが、美智恵がキャメランにしてみせたのと同じ事をしたのである。
 特殊部隊に所属するワルキューレは、敵の弱点を探るのが仕事のようなものだ。自分より強大な力を持つ敵を相手にする事もしょっちゅうである彼女にとって、ネイターに無理矢理くっつけられた巨大な魔力を取り除く事など、造作も無い作業だった。
「馬……鹿な……! 霊波砲は、確かに当たった筈だ……」
「甘いな……いや、怠慢と言うべきか。敵の生死も確認せずに、勝った気でいるとは」
「……!?」
 致命傷を貰い、這いずるのがやっとのネイター。斃した筈の仇に返り討ちに遭い、嘲りの言葉に絶望した彼の耳に、汽笛音が聞こえてきた。
「くぉら、何をするんじゃ、ベスパ!」
「あ、生きてたのか、ドグラ様。いやー、良かった良かった。今度こそ死んじまったかと」
「生きてたのかじゃないっ! また儂を投げて、他人の身代わりにしおって」
「“また”って、あれはルシオラだろ? まあ、そう言うなよ。いいじゃないか、どうせ兵鬼なんだから、壊れたって幾らでも直せるだろ。……軍の経費で」
「だからって、もし完全に消し飛んでいたら、直す事も出来なかったんだぞ!? と言うか、そう言う問題じゃないッ! お前達は、儂を何だと思っておるのだ!」
 霊波砲の着弾点で、ドグラがベスパを怒鳴りつけている。そのドグラは、何故か頭と背骨(?)だけの変わり果てた姿になっていた。
「身代わり……だと? まさか……」
「そう言う事だ。残念、諦めろ」
「くっ……」
 そう、先程ネイターの霊波砲を受けたのは、ワルキューレではなくドグラだったのだ。ワルキューレに霊波砲がぶつかる寸前、ベスパに投げ飛ばされたドグラがその身代わりとなって砕け散ったのだった。
 アシュタロスに造られたドグラの頑丈なボディは、霊波砲に直撃されながらも背後のワルキューレへの衝撃を抑え、彼女に反撃の機を与えた。その結果が、ねじ伏せられ、喉元にナイフを突きつけられたネイターである。
「安心しろ、殺しはしない。……貴様には、二三尋ねたい事があるのでな」
「尋ねたい事……だと? 馬鹿な、兄の仇である貴様に、教える事など何も無い」
 自分を見下ろすワルキューレに、顔を歪めて毒突くネイター。その瞳は相変わらず憎しみに満ちていたが、幾分かの恐怖も有しているように見えた。
「そう言うな。軍の敷地近くでテロ行為を行ったとなれば極刑は免れないだろうが、情報を提供したならば罪が軽くなるかも知れん。無論、傷も治してやるぞ。その傷では、ここまま置けば長くはあるまい」
 魔族とは言え、基本的に殴られたら痛いし、刀で斬られれば死ぬ。ただ、発する魔力で防御力を高めているだけの話だ。
 だから、ワルキューレが微笑と共に構えているナイフは、確実にネイターの生殺与奪を握っている。
「貴様に魔力を与えた者の名を言え。他人への魔力の贈与は、正当な理由が無い限りご法度だぞ」
 他者に、しかも同じ魔族に魔力を付与できる者など、魔界中探しても限られてくる。恐らくは、魔神レベルの実力者だろう。
 そんな大物が動くとなると、話は俄然ややこしくなってくる。ましてや、デタントの風潮が勢力を持っているこの状況だ、勝手な事は許されない。アシュタロスが造反を起こした理由を鑑みれば、軍人としてワルキューレに、このまま上司に報告もせずに黙過できよう筈も無い。
「巫山戯るな! 俺に仲間を……ボスを売れと言うのか!?」
「……拷問と減刑と、どちらがいい?」
「嘗めるな! 貴様に頭を下げるくらいなら、この場で舌を噛み切って──」
 そこまで言ったところで、ネイターの声は途切れた。
 同時に、彼の命も。
「な……に……?」
 ワルキューレは、何もしていない。だがしかし、いつの間にかネイターの背中に短刀が生えていた。これが、ネイターの命を奪ったのだろう。
「一体、誰が? いつの間に……!」
 驚いたワルキューレが辺りを見回すと、前方にいつの間にか見知らぬ男が立っている事に気付いた。
「何だ……? 貴様、何者──」
 痩せぎすの男だった。
 どこかの民族服のようにも見える、不思議な衣装。伸ばされた前髪は、光が細めの瞳に浴びせられるのを遮っている。
「……?」
 ベスパとドグラも、言い争うのを止めて男に視線を移した。
 そして、男がゆっくりと口を開く。
「……私は、仲間内では《サルタヒコ》と呼ばれている者」
「《サルタヒコ》……?」
 三人揃って、疑問符を浮かべた。日本を行動範囲に入れていたとは言え、矢張り土着の神話などには疎いらしい。
 男は、構わず続ける。
「タヂカラオが返り討ちに遭うかも知れないから、様子を見てこいとボスに命ぜられた。それで跡を付けてみれば、案の定この様だ。我々の活動に、軍の介入は避けたい。……妙な事を口走られては困るのでな、口を封じさせてもらった」
 つい先ほど仲間を殺めたと言うのに、眉一つ動かさずいけしゃあしゃあと言ってのけるサルタヒコと名乗る男。そんな彼の言い草に、ベスパがキレた。
「ざけんな! あいつは、あんたは仲間だったんだろう!?」
「ふん……、仲間だと? あんな下級魔族と同一視してもらいたくないな」
「な……っ!」
 ベスパは、仲間意識が非常に強い。故に、他人にも──敵にすら、それを求める。
 彼女にとって、家族愛と仲間意識は唯一絶対の価値観だ。それを踏み躙る者を許す事は、理性すら許容できない。だからこそ、横島が許せなかった。ルシオラが許せなかった。アシュタロスが……許せなかった。
 彼女の基準に照らし合わせれば、仲間を殺す奴は無条件で悪だ。この世に、存在する価値すら無い。
「ぶっ殺す!」
 激昂したベスパは、サルタヒコ目掛けて極太の霊波砲が放つ。
 見たところ、サルタヒコの魔力はネイターほど大きくない、ベスパの攻撃でも充分にダメージを与えられるだろう。
 尤も、ベスパはそんな事を計算していた訳ではなかったが。ただ、許せなかった。むかついたから攻撃した、それだけだ。
「ふん……」
 サルタヒコが鼻を鳴らす暇もあればこそ、ベスパの霊波砲は、彼の身体を貫く……筈だった。
「えっ……!?」
 だが、ベスパが霊波砲を撃った次の瞬間──サルタヒコは彼女の背後に移動していた。
「くっ、ど、どうして……!?」
 霊波砲は、虚しく虚空を通過していった。歯噛みするベスパに、サルタヒコが無表情のままに言った。


「……私がボスから頂いたのは、この力。無駄な魔力の底上げなどと言う、陳腐なものではない。そう──音速をも超える疾風の移動術、『空跳瞬歩』」


 『空跳瞬歩』。
 ぶっちゃけた話が、超加速である。
 美神は「超加速ぐらい」と言ってのけていたが、本来は韋駄天にしか使えない特殊かつ高度な技で、また有益性も高い術なのだ。如何なる空間をも縦横無尽に駆け回る超加速の能力は、天孫降臨の先導を務め、天狗伝説の原型となった道案内の神の名に、正に相応しい。
「貴様らと、これ以上関わる気は無い。……失礼する」
「あっ、ちょっ、ちょっと待て! 面貸しな、このド外道っ」
 ベスパの制止などもちろん聞かず、サルタヒコは次の瞬間には既にその場から姿を消していた。超加速を見切る事は、ベスパにすら出来ない。
「……超加速、か。残念ながら、取り逃がしてしまったようだな」
 ヒートアップしたベスパを宥めるように、ワルキューレは冷静にそう言った。
「ちっ……、それで? どうするんだい、大尉殿」
 少し落ち着いたのか、息を整えたベスパが、頭を掻きながら上司に尋ねる。
「うむ……、こいつを探っても、これ以上何も出そうにないからな。──ならば、これは私の私事だ。上には報告しない、私一人で処理する」
「ふん……、そうかい」
 その回答に、ベスパは面白くなさそうに応えた。未だ興奮が収まらないのか、憮然とした表情のままだ。
「まっ、いいけどね……」
 ベスパの呟きは、誰の耳にも届く事なく、高い空に溶けていった──。


 ネイター──《タヂカラオ》と《サルタヒコ》。
 先の二人が、ベスパにとっても重要な関わりのある“計画”に関与していた事を彼女が知るのは、全てが終わった後の事だった。






「ただいま、黒猫さん」
「魔鈴ちゃん、お帰りニャ」
 レストラン、『魔法料理・魔鈴』。
 この店の主、魔鈴めぐみ。本来は門外漢の日本人でありながら、本場でもとうの昔に失われてしまった古代魔法を復活させ、その全てを使いこなす天才魔女だ。
 魔法による摩訶不思議な演出と、身体に良い健康メニューが評判の『魔鈴』。その主である魔鈴めぐみは、『魔鈴』を経営する傍ら、ゴーストスイーパーとしても活躍している。今も、出前がてらに除霊依頼をこなしてきたところだ。
「雪之丞さん、勘九郎さん。お二人とも、店番ありがとうございました」
 服の埃を払って手を洗うと、魔鈴は自分の代わりにカウンターに座っていた二人の男に声を掛けた。
「ごめんなさいね、お客さんに店番なんかやらせちゃって」
「何、いいって事よ。ただ飯に有り付けたんだ、礼を言うのはこっちだぜ」
 カウンターに座っていた二人の男の内、背の低い男が椅子から降りながら言った。目付きが悪く態度がぶっきらぼうなので分かり辛いが、彼なりに感謝しているらしい。
 伊達雪之丞。魔鈴と同じく、ゴーストスイーパーを生業としている少年である。実力はさておき、無免許のモグリではあるが。
 そんな彼が、どうしてこんなところでレストランのレジ打ちなどをしているのかと言うと。
「いや、参ったぜ。いつも通り横島の奴に飯食わせてもらおうと思ったら、あの野郎、アパートに居ねーんでやんの。一晩待っても帰って来やがらねーし、勘九郎に電話してら、こいつも無一文だって言いやがるし」
「放っといて。仕方無いでしょ、アタシは魔族なんだから。人間界のお金なんて、持ってる訳ないじゃない。働こうにも、鬼を雇ってくれるところなんて、この国じゃそうそう見付からないのよ」
 横柄に言い張る雪之丞に指差されたもう一人の背の高い男が、声質に似合わないオネェ言葉で言い返した。
 彼は、人間ではない。鎌田勘九郎、彼は元・人間だったが、魔族と契約して自ら魔物と化した。尤も、その直後に今、目の前に居る雪之丞に命を絶たれた訳なのだが、コスモ・プロセッサの起動時に劣化コピーとして復活したのだった。
 そして今は、矢張り取り敢えず野良妖怪として日々を凌いでいる。何故かと言えば、勘九郎や雪之丞に力を与えたメドーサは、アシュタロスの配下だった。魔界全体に対して反旗を翻したアシュタロスに与していた勘九郎にとって、憧れの魔界は肩身が狭い場所となってしまったからだ。
「ピートやタイガーに電話しようにも、連中揃って電話線止められてやがるしよ。弓に頼るのもかっこ悪ぃし、勘九郎と二人でどうしようかと思ってたら、ふとこの店の前を通り掛かるってよ」
「……まあ、店の前で行き倒れられても困りますし、雪之丞さんとは知らない仲でもないから構わないのですけど、友人にたかるのに慣れてしまってはいけませんよ。施しを受けるのに感謝の気持ちを忘れてしまっては、人間としてお終いです」
 友達少ないんですね……と言うセリフを飲み込んで、魔鈴は雪之丞を諭した。友人関係の貧困さでは、魔鈴も人の事は言えないが。
「あー、そうだな。んじゃ、俺らはこの辺で。ありがとよ、世話んなったな」
「いえいえ」
 ひらひらと手を振って店を出て行く雪之丞と勘九郎に、魔鈴も笑顔で手を振る。


 余談だが──『魔鈴』がレストランから仮装オカマバーに方針転換したとの噂が近隣住民の間に広がり、このあと暫く『魔鈴』の客層に変化が起きたと言う。




「ふぃー、久々に腹一杯食ったぜ」
「それは良かったわね。私も、お腹いっぱい。デザートに、雪之丞でも頂こうかしら。どう? 食後の運動に」
「っざけんな、馬鹿! うわ、寄るんじゃねぇ、この変態魔族!」
 魔鈴の店を出た途端に、路上漫才を始めた雪之丞と勘九郎。そんな二人を、通行人の皆さんは胡散臭そうな目付きで眺めていたが、その中に一人だけ、自分から彼らに寄っていく少女が居た。
「あんた達、雪之丞に勘九郎じゃないか、丁度いい」
「え?」
 急に名前を呼ばれ、振り返った二人の目に映ったのは……
「……誰?」
「『誰?』とは、ご挨拶だね……。忘れたかい? あたしさ、メドーサだよ」
「メドーサ?」
 メドーサの事は、もちろん二人も良く知っている。抑もが、彼らに魔装術と言うチカラを得たのは、彼女と契約したからなのだから。
 だが、目の前の少女は、二人の記憶の中のメドーサとは似ても似付かない。確かに面影はある気はするが、メドーサはこんな子供ではなかった筈だ。背ももっと高かったし、目の前の少女よりずっと凶悪な面をしていた。
「ええと……メドーサの娘とか? そうだよな、メドーサは横島と戦って死んだ筈だし」
「本人だよ!」
「ええ〜?」
「いいんだよ、若返ったんだ! 詳しい事情は、後で美神令子にでも聞きな」
 そう言われても納得がいかない雪之丞と勘九郎であったが、自称・メドーサの少女の剣幕に押されて黙らされた。この迫力は、確かに嘗て自分達を恐怖で従えていたメドーサのものかも知れない。
「……まあ、いいや。それよりあんたら、横島を見なかったかい?」
 一息ついて、メドーサが二人に尋ねた。
「横島? 見てねぇけど……。んだよ、何で横島の奴なんざ探すんだ。奴に復讐でもしようってか」
「何だい、殺気立つんじゃないよ。ったく、相変わらず安い男だね。別に、そう言う訳じゃないさ。──で、勘九郎はどうだい」
「いえ、アタシも見てませんわ、メドーサ様」
 友情パワーを安いと言い切られては雪之丞も立つ瀬が無いが、メドーサはこういう性格である。だが、雪之丞も勘九郎も、どうやら横島の行方は知らないようだ。
「ちっ……、っとに勘が鈍ったね」
 月で横島の体内に入り込んで蘇生した時、メドーサは若返った。その時、身体の再構成と共に、肉体に染み込ませた実戦勘も消失してしまったらしい。その後の戦闘で横島相手に不覚を取ったのも、勘が狂っていたからと言うのが理由の一つだ。ましてや、今のメドーサはその劣化コピーである。
 防御に徹していて、サクヤの霊波を記憶していなかったのが痛かった。それでも昔なら、対峙した相手の霊波は無意識の内に記憶していたものだが。
「あたしも、焼きが回ったね……。少々、ぬるま湯に浸かり過ぎたか」
 勿論、美衣やケイに感謝はすれこそ、逆恨みするつもりはない。
 とは言え、しかし、さて本当にどうするか。バイクに乗って移動していった為か、横島の霊波も薄くなっていて、今のメドーサでは追跡不可能だ。蛇がベースであるメドーサは、追跡能力に特別優れていると言う訳ではない。
 とすれば、矢張り自力で探すのは無理なようだ。
「じゃあ、そうだ。雪之丞、勘九郎。頭悪そーな真っピンクの髪した、魔族の小娘が飛んでったのは見なかったか」
「見てねぇ」
「申し訳ありません、見てませんわ」
「ちっ、そうかい……」
 見たところ、あのサクヤとか言う魔族は、人間界に来てまだ日が浅いらしい。と言うか、メドーサの見立てでは、今日始めて魔界を出たのではなかろうかと思われる。故に、“魔”の霊波を隠して潜伏する術も未熟だろうと推測できる。ぱっと見、そんな感じだった。長年、三界(人間界・神界・魔界を総称して、そう呼ぶ事がある)を跨いで暗躍してきた、メドーサには分かる。
 サクヤ程の魔力をこんな街中で隠さずにいれば、一端の霊能者ならまず気付くだろう。だが、雪之丞も勘九郎も見ていないと言う。
 絶望的だ、完全に見失ってしまった。どうする。アシュタロスに協力した人間の企業に、その事をネタに協力を仰ぐか。いや、そんな事してる時間はないだろう。と言うか、そんな事をするくらいなら、自分で探した方が早いだろう。そんな遠くまで逃げたとも思えないし……
「……いかん、混乱してるな」
「あのー……」
 全く、こんなヘマは、初めてだ。無様な自分の姿に、思わず頭を抱えるメドーサ。これだから、あいつらと関わるのは嫌だったんだ。
「あのー」
 いや、でも本当にどうする。横島やあの黒い女が、逃げ込みそうなところ? 知るか、そんなの。せめて、方向だけでも分かれば──
「あのーッ!」
「何だ、五月蠅いな……」
 考え込むメドーサに、声を掛ける人物が一人。


「私、さっき出前の帰りに、その子見ましたよ。ピンク色の髪をした女の子」
 ──魔鈴めぐみ。






 魔界、《ニニギ》の居城。その、玉座の間。
 そこに居るのは、この城に集った者達を束ねるボス・《ニニギ》と、黒髪の女魔族。
「もう聞いているか、《ウズメ》。《サクヤ》が、《オオクニヌシ》に捕らえられたらしいぞ」
 苦笑しながら言うニニギに、ウズメと呼ばれた女が生真面目に応える。
「は……、聞き及びました。如何なさいますか、ボス」
「ふん……」
 心配そうな顔で尋ねるウズメに、ニニギはその幼い顔を楽しげに歪めた。
「まあ、良い。何にしても、これで《オオクニヌシ》は《アマテラス》を助ける為に、自分からここまで乗り込んできてくれるだろう。《オオクニヌシ》は我々の手に入る、結果は同じだ」
 そう言って、悠然と微笑むニニギ。
「ウズメ、お前にも出てもらうぞ」
「御意に……。貴方様に助けて頂いたこの命、ボスの為に捧げる覚悟は、とうに出来ております」
「うむ……」
 僅かに頬を染めて跪くウズメを、ニニギは楽しそうに見下ろした。
 本当に、楽しそうに。

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